機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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カウント、0。
皆様、大変長らくお待たせしました。
散々感想欄で煽ってきた、「第2次ビクトリア攻防戦」になります。

戦争です。一心不乱で容赦ない戦争のお時間です。
血みどろ♪血みどろ♪


第39話「第2次ビクトリア攻防戦」その1

─ ここが地獄でないのなら、人間が地獄を想像することは一生掛かっても不可能だ ─

 

幾年が経とうとも、あの時のことを思い出すならばこう語るしかない。

私にとってあの光景とはつまり、地獄の具現である。あの戦い以後も大きな戦闘がいくつか発生したが、おぞましさであの戦いを上回るものはなかった。

あの場には、何もかもを焼き尽くそうとする漆黒の殺意と、その中でも輝きを失わない、一握りの誇りだけが存在していた。

                     

フリージャーナリスト ジェス・リブル

 

2/10

地球軍「ビクトリア基地」 周辺

 

「ふう……ふう……」

 

MS”ジン”のコクピットの中で、アダム・テイラーは息を荒くしていた。

無理も無い。あと数分で、連合軍のマスドライバー基地であるビクトリア基地への攻撃が始まるのだから。

ビクトリア基地の名は、ZAFTの中でも特別な意味を持っている。

ZAFTはかつて、この基地の攻略に失敗していた。敗因は、当時のZAFT軍の地上戦の経験不足と、地上支援の欠如。

慣れぬ地球の環境で散っていった同士達の無念を晴らすのだと、彼は先ほどまで息巻いていた。

しかし、今の彼からはそのような様子は見られない。操縦桿に添えられた指は忙しなく操縦桿を叩いており、顔には脂汗が浮かんでいる。

パイロットスーツの空調は働いているはずなのに。彼は自分の身に起きている異変の原因について考える。

なぜ汗が止まらない?この体の震えはなんだ?武者震いというやつだろうか?

いや、そんなものではない。この冷たい感覚がそんなものであるわけがない。ならば、何か。

───恐怖?彼はそこまで考えて、(かぶり)を振る。

馬鹿馬鹿しい。自分はこれから、プラントを脅かす悪を絶ちに向かうのだ。勇敢に、ナチュラル達と戦うのだ。

そんな自分が、恐怖を覚えるはずもない。祖国を守る勇者たる自分は恐怖などしないのだ。

ならば、この震えはなぜ止まってくれない───?

 

<「クイーンダウン作戦」開始!諸君らに宇宙(そら)の加護があらんことを!>

 

───始まった。

指揮官の号令を聞き、”ジン”や”ザウート”、”バクゥ”が一斉に敵基地に向かって進み始め、”ディン”が飛翔する。アフリカやジブラルタルなど、様々な場所から集まった勇者達。今回の作戦は更に、性能はともかく無くしても痛くない『盾』の存在もある。

そうとも、この勇壮な軍勢の中で何を恐怖することがあるというのか。

体の震えを押さえ込み、自身の”ジン”を進ませる。”バクゥ”ほど地上での機動性があるわけではないが、大地を駆ける足と宙に浮かぶためのスラスター、敵をなぎ倒すための銃と剣を携えたこの機体と共にある我々が、負けるわけがないのだ!

間もなくして、望遠モニターが小高い丘の向こうから敵の防衛部隊が向かってくる姿を映した。あちらにいる二つ目のMSが”テスター”というやつだろうか。よく見れば、増加装甲と大砲を付けた砲撃仕様の機体もある。だが、その数はやはりこちらの部隊に比べて明らかに少ない。

なんだ、たったあれっぽっち。たしか性能は”ジン”とそう変わらないと言うし、数で押してお終いだ。

そう考えていたアダムだったが、次の瞬間には思考を停止させていた。───目の前に、何かが降ってきたからだ。

それは地面に激突し、地面にめり込む。

いったい何が?彼は落ちてきたものに目を向けた。

それは、先ほど飛び立ったはずの”ディン”のようだった。()()といったのは、それが”ディン”であると断言出来なかったからだ。───腕や足が千切れ、残った体にもまんべんなく穴が空いてしまっていて、原型をとどめていなかった。

次の瞬間、落ちてきた残骸は爆発を起こして炎上し始める。推進材に点火でもしたのだろうか。しかし、その衝撃はアダムの思考を現実に引き戻した。

 

「うわっ!?い、いったい何が……」

 

上に目を向けると、空にいくつも花が咲いているのが見えた。

といっても、言葉通りの花ではない。

あれは、爆炎だ。ミサイルか戦闘機かMSかを判別することは出来ないが、何かしらが引き起こした爆発が、まるで花のように見えたのだ。もしや、花火というのはああいうのを言うのだろうか。先ほど落ちてきた”ディン”は、そこから落ちてきたのだ。

アダムは知らぬことであったが、上空では熾烈な空戦が繰り広げられており、現在進行形でいくつもの”スカイグラスパー”や”スピアヘッド”、そして”ディン”が命を散らしているのだ。彼の目の前に落ちてきた”ディン”も、その内の1機。

何度か呆然と足を止めてしまった彼だが、幸運なことに敵に打ち抜かれることはなかった。

もっとも、古いアニメにはこういう言葉も残っている。───『生き延びたとして、その先がパラダイスの筈はない』、と。彼の地獄はこれからなのだ。

ふと彼は、自分が揺れていることに気付いた。MSを走らせている時の揺れではない。もっと小刻みで、なおかつ重厚な揺れだ。

目の前に視線を移すと、足を止めている間に追い抜かれてしまったのか、多数の味方MSが敵に向かって走って行くのが見えた。

アダムはそれを見ても、続こうとはしなかった。その前に、この揺れの正体を突き止めなければならなかった。

敵部隊の方を見る。二つ目のMSがこちらに向かって進んできている。それは先ほどとあまり変わらない光景だ。

その光景に変化が訪れる。丘の向こうから、敵戦車部隊が現れたのだ。

3両。5両。いや、10両。まだまだ増える、15両───。そこで、アダムは数えるのをやめた。

戦車、戦車、戦車。地面を埋め尽くさんと言わんばかりに、戦車の群れがMSに続いて向かってくるのが見える。

自分よりも早く地上戦線に投入された彼が寝る前に武勇伝を語っていたことを思い出す。たしか「地面が3分に敵が7分」の戦場で活躍したなどと言っていたことを思い出す。そこで彼は切った張ったの大立ち回りを演じ、生還するだけでなく敵に大きな損害を与えたとも言っていた。

これを相手に生き延びたというならたしかに武勇伝だ。是非とも代わって欲しい。もっとも、その話を聞いた者は彼が()()()()()ということに気付いた上で、笑いのタネにしていたのだが。

アカデミーで教官達は複数の戦車との戦い方についても教えてくれたが、この数の戦車との戦い方は教えてくれなかった。こんな時は、どうしたらいい?

そして、その時は来た。

”ザウート”の砲撃を以て挨拶(こんにちは、死ね!)すれば、連合の砲撃MS(キャノンD)からの砲撃で以て返礼(お前が死ね)される。

”バクゥ”がミサイルの雨を浴びせれば、”リニアガン・タンク”により電磁加速された砲弾が壁のように襲い来る。

”ジン”や”シグー”が重斬刀を引き抜き、連合の”テスター”が盾を構える。降り注ぐ死の砲撃をかいくぐり、砲弾やミサイルの雨をくぐり抜けながら、両者の距離が縮まっていく。

振り下ろされた剣が盾にぶつかった音が、何故か砲撃音や爆発音よりも響いた気がした瞬間。彼はコクピットに警報が鳴り響いていることに気付き、咄嗟に機体を前に進ませた。

 

「うおっ!?」

 

後ろから轟音が響いたことから、彼は自分が先ほどまで立っていた場所に砲撃が飛来したことに気付く。───咄嗟に前に進んでいなければ、その砲撃に自分が打ち抜かれていたということにも。

目の前には血で血を洗う地獄のような戦場が待っているが、立ち止まっていれば良いマトだし、流れ弾も飛んでくるかもしれない。後ろに下がるなどと言うのは論外だ。敵前逃亡は重罪だし、「臆病者」の誹りも受ける。

前に進むしかないことに気付いた彼は、操縦桿を握る手に力を込める。

 

「へ、へへっ……ナチュラルなんて大したことない、大したことない、大した……」

 

大したことない、と何度も呟くのは、自分に言い聞かせるためだろうか。

目をギュッと閉じて、頭の中で強く思う。───大したことはない!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

雄叫びを上げながら、アダムは愛機を前進させる。

進め、進め、進め!

倒れ伏せる味方に目を向けるな!

大破した戦車など踏みつけろ!

弾が当たらないように祈れ!

走れ、走れ、走れ!

思考を極限まで絞り、余計なことを頭からそぎ落とす。

そうして進んでいる内に、目の前に立ち塞がる何かが見える。

ナチュラル共のMS、”テスター”だ。接近するこちらに気付いたのか、ライフルを構えている。

あれは敵だ。自分の命を奪おうとする敵だ。

敵は、倒さなければならない。敵は、滅ぼさなければならない!

目の前に命の危機が迫っている時、人間の思考を埋めるのはただ一つだけ。

誇り、大義、使命。そんなものが存在する余地はない。

殺らねば殺られる。ただそれだけなのだ。

殺せ!

 

「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

仲間と同じように”ジン”に剣を引き抜かせ、突撃する。

立ち止まれば死ぬ。死ぬのは嫌だ。だから、死ぬ前に殺せ。ほら、敵は目の前だ。ライフルを撃ってきているが、構うものか。

そして、剣を振り下ろす。鋼鉄を切り裂いた感覚は、当たり前だがアダムに伝わることはなかった。

モニターに映るのは、袈裟懸けに切り裂かれた”テスター”。損傷はコクピットに到達しており、破れた隙間から何か赤っぽい液体が流れ出ているのが見える。

あれがオイルだろうが()()()()だろうが、彼には関係なかった。

彼の中にあったのは、敵を排除した達成感、そして命の危険を排除した安心感のみであった。

ZAFTの大義だとか、人を殺した自分の正当性など、どうでもよい。

自分は生き残ったのだという、喜びだけ。

 

「やった、やったぞ!俺は───!」

 

次の瞬間、アダムの意識は永久に途絶えた。

いつの間にか近くにいた、別のテスターの構えたアーマーシュナイダーが、彼の”ジン”のコクピットを貫通したからだ。

これは1対1の決闘ではなく、多くの命が秒単位で消費されていく軍団同士の戦場。であれば、一つ敵を倒した程度で思考を停止させる愚か者が生き残る道理はない。

おお、なんと美しき(おぞましい)1:1交換。何年も積み重ねた人生が塵のように吹き飛んでいく様の、なんと愉快(悲惨)なことか。

これこそが戦争。

思考をやめれば死ぬ。

動きを止めれば死ぬ。

運が悪かったら死ぬ。

生き残るために必要なのは、止まらないこと。そして、その日の運が良いことを祈ること。

アダムは運は比較的良かったが、思考を停止させた彼の命を、死神は容易く奪っていった。

そしてそれは彼だけでは無い。彼の死は、ほんの一例でしかないのだ。

この後、ビクトリア基地から発進した爆撃部隊が戦場への爆撃を行なった。

爆撃はアダムの遺体を乗せていた”ジン”ごと吹き飛ばしていったが、それを知る者は誰もいなかった。ZAFTには機体を回収する暇も、兵士を探す暇もなかった。こうして、一人の兵士が生きた証は失われたのだった。

MIAが、また一つ。

 

 

 

 

 

後の時代で『第二次ビクトリア攻防戦』と呼ばれる戦いは、こうして始まった。

どうすれば殺せる?どうすれば生き残れる?連合軍とZAFT、両陣営の思考はこの2つで占められた。

もはや止めることは、何者にも出来ない。

 

 

 

 

 

2/11

農村

 

B(ブラヴォー)地点到着、スキャンを開始する」

 

ズシン、ズシンと音を立てながら3機の同じMSが歩いている。ZAFTの開発した”ジン・オーカー”だ。

彼らは現在ビクトリア基地攻略のための補給線を構築するために先行部隊としてこの場所にいた。

2/10日、つまり昨日から始まったこの戦闘では、1次衝突の際に連合・ZAFT両軍に多大な被害をもたらした。

彼らはそこにいなかったが、だからこそこの場所で戦線の構築に当たっているのだ。もしもあの場所にいれば、3人の内最低でも1人はこの場所にはいない。

同僚の話では、「弾丸の暴風警報に砲弾の大雨警報、しまいにゃ爆撃の大雪警報が発令された。生き残ったやつは運がいいやつだけ。たとえトップエースがいても、運が悪けりゃ秒で死ぬような戦いだった」とのことだ。

彼らは「運良く」この仕事を担当することになったためその場にはいなかったが、前線基地は今も床を埋め尽くす死体袋と怪我人に占領されている。

まあ、逆にいえば()()()()で済んだのだが。もしも『盾』無しで戦闘を進めていた場合、基地に運ばれた死体と怪我人の数はもっと増えていたのだから。

 

「───スキャン終了、敵影は認められず。ハート4-1より司令部へ。B地点を確保した」

 

<司令部よりハート4-1、了解した。これよりそちらへ拠点設置部隊を送る。到着まで周辺警戒を継続し、安全を確保せよ>

 

「ハート4-1、了解。これより警戒態勢に移行する。……ふう」

 

<やけに不安そうだな、ハート4-1?そんなにナチュラル共が怖いのか?>

 

ハート4-1と呼ばれた青年は、同僚からのからかいに顔をしかめる。

彼らのコールサインである「ハート」とは、この「クイーンダウン作戦」の指揮官が指定したコールサインのことだ。

トランプのスートに応じて役割が分けられており、スペードは最前線で敵部隊と交戦、ダイヤは前線基地や拠点の防衛、クラブは各部隊の支援という風に区別されている。

そしてハートに区分された者達の役目は、「補給線の確立と維持」である。

戦闘で補給線の確立と維持を軽視した者に待っているのは、満足に戦うことすら出来なくなった挙げ句の無様な敗北のみ。故に彼らには、「ハート(生命線)」というコールサインが与えられたのだ。司令部と通信を行なった彼の場合、「ハートの第四小隊所属の隊員その1」ということになる。

なお、補給線の重要性が理解出来ない者は「インパール作戦」を検索することを勧める。

 

「バカ言え、そんなわけがあるか。今日まで働き通しだし、この作戦が終わったら一度プラントに帰ってゆっくり休むことも出来るかと思っただけさ」

 

<わかるぜ。昼は太陽がガンガン照りつける、夜は寝苦しいし光に虫がたかる。ほんと、コーディネイターに生まれてよかったと思うな。プラントは快適だ>

 

<は、ハート4-2。作戦行動中ですよ?>

 

<おいおい、ハート4-1がチェック終了してるんだぜ?それに、周りにナチュラル一人見えねえ。さっさと逃げ出しちまったんだろ>

 

チェックが終了しているから大丈夫だと言うが、実のところハート4-1は指摘された通り、怖じけていた。いや、不吉な予感に襲われていたといった方が正確だ。

彼はこれまで何度も連合軍の部隊と戦闘してきた。その中で培われた勘が、彼に告げているのだ。───見られている、と。

 

「ハート4-3の言うとおりだ。スキャンはしたが、どこかに潜んでいる可能性はある。警戒を怠るな」

 

<潜むったって、どこに隠れるっていうんだ?たしかに周りには樹があるけどよ、MSを隠せない高さの樹ばっかりじゃないか。建物の中にも反応はなし。これ以上、どこに隠れるってんだ?>

 

ハート4-2の言うことはもっともだ。これ以上隠れられる場所が、どこにあるというのか。

ならば、この拭えない不安はどこから───。

森の中に隠れている様子はない。家の中にも反応は無し。車が数台あるが、そこに隠れているわけでもない。

そこまで考えたところで、彼はあることに気付いた。───()()()()()()()

逃げ出したというなら、人が走るよりずっと速い車を使わない理由はない。しかも、何両かは見えづらい場所に隠されている。

いや、よく見てみれば地面にはタイヤ痕が驚くほど少ない。車が5両はあるのに、まるでほとんど使っていないかのような───。

 

「───っ!地面の下だ!」

 

<へっ?>

 

ハート4-1から言葉が発せられた瞬間、MS隊の周囲の地面の下から人間が現れる。その姿は、これまで何度も戦ってきた連合軍の歩兵そのもの。彼らは地面に穴を掘り、その下に身を隠していたのだ。

穴の中には、人1人で持ち運ぶには難儀そうな砲塔が隠されていた。

あれは、AMSM(対MSミサイル)───!

 

「回避!」

 

<な、なんだこいつら!>

 

<うわぁ!?>

 

とっさに叫び回避行動を呼びかけるも、僚機はいきなり現れた敵歩兵に驚き、動きを止めてしまう。

結果、とっさにスラスターを用いてその場を逃れたハート4-1を除いた2機の“ジン・オーカー”に、あらゆる方向からAMSMが撃ち込まれる。

MSは搭乗者を守るために胴体部の装甲は厚く作られているが、それ以外の部分は意外に脆い。ハート4-2の駆る”ジン・オーカー”は頭部と右腕の関節部に被弾し、大きなトサカが吹き飛ぶ。しかしメインカメラへの直撃は避けたようで、その単眼から光が失われることはなかった。

問題はハート4-3の機体である。彼は運悪く3発のAMSMを被弾してしまった。

右腕の関節部、左肩。そして、左足関節。

機体を支える2本の足の片方が失われ、巨人は轟音を立てながら仰向けに倒れる。

 

<こ、こんな!くそっ!>

 

上体を起こそうと操作するが、すぐに左腕の関節部にミサイルを撃ち込まれる。これは先ほどのAMSMと違い、戦前から連合軍に配備されていたものだった。

FGM-148-2対戦車ミサイル。通称”ジャベリン改”。

西暦の米軍に配備されていた対戦車ミサイルの改良型だが、MSにダメージを与えるには一工夫が要る武装でもあった。だが、今回はその威力を発揮していた。一工夫こと、脆弱な関節部に向けて命中させることに成功したからだ。

威力は高いが持ち運びに難のあるAMSM”リジーナ”と、取り回しは比較的いいが威力がもの足りない”ジャベリン改”。これらを組み合わせることで、歩兵による()()()M()S()()()が確立した。

理屈は単純で、まずは敵MSを待ち伏せて、”リジーナ”の一斉射によって敵MSの動きを封じる。続けて”ジャベリン改”によって敵MSの関節部への攻撃。そして動きを完全に封じられた敵MSへ肉薄し、コクピットをこじ開ける。

この戦法は”リジーナ”のみでの対MS戦よりも敵MSの撃破成功率を引き上げることに成功したが、戦死者数も引き上げるハイリスクハイリターンな戦法である。

だが、リスクに気を取られては殺せない。1機も、1人すらも殺せないのだ。

 

<う、動けない!ハート4-1、4-2!助けて!>

 

<くそっ、こいつらぁっ!>

 

倒れ伏した僚機に、連合の歩兵部隊が近づいていく。その様はまるで、蟻が群がって獲物を食い尽くそうとしているかのようだ。

味方を助けるためにもう1人の味方が地面に落ちたままだったライフルを拾って敵に向けるが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「よせっ、ハート4-2!」

 

<なんで止める、4-1!?このままじゃ4-3が!>

 

「今撃てば、4-3にも当たるぞ!」

 

<っ!?>

 

仰向けに倒れた僚機には既に連合兵が取り付いてしまっており、コクピットをこじ開けようとしている。“ジン”を初めとするMSには、パイロットが気絶するなどの不具合が発生した時のことを考えて外側からコクピットを開閉する機能が備わっている。連合兵はそれを操作しているようだ。

近づいて手で追い払おうにも、コクピットを開けようとしている部隊とは別にこちらを”リジーナ”で狙っている部隊がいる。

MSという圧倒的戦力を抱えていながら、今のZAFT兵達は無力だった。これが歩兵ないし戦闘ヘリとの共同での任務であったなら。せめて、対人用の兵装があったなら。そう思わずにはいられない。

しかしそれらは「スペード」による拠点攻略に回されてしまっていて、今はどこも使えない。

そうして動けないでいる内に、ZAFT側にとって最悪の時が訪れた。

 

<く、くそ!こうなったら、一人でも道連れに……!?>

 

自爆装置を作動させて連合兵を道連れにしようとしたハート4-3だったが、その決断は数秒遅かった。

コクピットが外側から強制的に開かれ、何か小さいものを投げ込まれる。

何がコクピット内に放り込まれたのかを確認するまでもなく、コクピット内にいた青年の視界は真っ赤に染まった。

 

<ぎゃぁぁぁぁぁァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?あづい、あづぶぶぶぶぶっぶぶぶぶぶぐるぅ>

 

連合兵が投げ込んだのは、サーメートと呼ばれる兵器。正確にはAN-M14という製品名があるのだが、わかりやすく言うと───焼夷手榴弾だ。

投げ込まれたそれは一瞬で中にいた青年を燃やしていく。運が悪いことがあったとすれば、燃焼温度4000度にも及ぶ高熱で即死するはずが、パイロットスーツによって一瞬でも炎が遮られてしまったことだろう。

その一瞬が青年にこれ以上にない苦しみを与えることになったのは、彼の断末魔を聞けばわかることだ。

投げ込んだ連合兵達はというと、さっさと仕留めた獲物から離れて車に乗り込み、遠くに離れていく。

 

<ランディぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!くそったれのナチュラルどもがァァァァァァァァァァァァ!>

 

「うかつだハート4-2!待て、待つんだガンズ!」

 

仲間を無残に殺された怒りは、もう一人の仲間から冷静さを奪う。毒どころか塵一つ残らない灼熱で仲間を焼滅されたのだから無理も無い。彼は乗機を、バギーに乗って逃げていく敵兵に向かって走らせる。

しかし、それが彼の運命を決定づけた。

どうやって殺してやろうか。

ライフルで撃ち殺すだけでは芸が無い。踏み潰してやるか?

いや、一人一人握りつぶして苦痛を味合わせてやるのがいい。

そんなことを考えながら、スラスターを起動するハート4-2ことガンズ。

───瞬間、彼はコクピットをビームで打ち抜かれてその人生を終えることになった。

先に死んだハート4-3ことランディに比べ、ずいぶんマシな死に方ではあった。一瞬で体が蒸発しては、痛みもクソもない。

 

「ガンズ!?まさか、スナイパータイプか!いったいどこからだ!?」

 

とっさにMSの姿勢を低くすることで、少しでも敵に狙われる可能性を低くする。

望遠センサーを起動させると、およそ10㎞ほど離れた場所に濃緑(こみどり)の敵MSが狙撃銃を構えているのが見えた。

”スナイプテスター”。かつてカオシュン防衛戦にも投入されてナミハ・アキカゼが搭乗した機体よりも、更に狙撃に特化した機体となっている。

かつて数機の”テスター”に試験的に搭載された狙撃用スコープの付いた頭部とビームスナイパーライフルに加えて、バックパックにはライフル用のバッテリーが増設されており、本機の継戦能力は向上している。

さらに左手に装備されるシールドは、地面に垂直に固定出来るように設置用のアンカーが内蔵されている。

つまり、シールドを壁にしながら狙撃出来るということだ。メタ的な視点で説明すると、『輝き撃ち』というやつである。

比較的簡単な改修のみで出来上がるため、残存している”テスター”は”ダガー”の配備が進み次第、この機体や”キャノンD”に改造されていくこととなる。

しかし、そんな事情は今の彼らには関係ない。

今の彼らは、まさに狩人と獲物の関係。

うかつに動けば、ZAFT兵の乗る”ジン・オーカー”は一瞬で”スナイプテスター”に打ち抜かれてしまうだろう。

かといって10㎞の距離を詰めようにも、その間に打ち抜かれてしまう可能性はおおいにある。

僚機が1機でも生き残っていれば話は別だったのだが───。

彼は連合軍歩兵部隊が仕掛けた戦術に戦慄し、その戦術にみすみす嵌まってしまい仲間を失ってしまった自分を、援軍が駆けつけて”スナイプテスター”が撤退するまで責め続けた。

 

 

 

 

 

なお、彼はこの後仲間の断末魔や末路を夢に何度も見るようになり、PTSDを発症することになる。

ショッキングな出来事に加え、狙撃手にしばらく狙われ続けるという経験が原因となったのだろうと言われている。

 

 

 

 

 

2/11

市街地 廃ビル

 

「すげえ……これだけの規模の戦いは初めてだ……」

 

連合軍歩兵部隊のZAFT軍への遅滞戦術は複数箇所で行なわれていた。そのことを彼、ジェス・リブルが知るのは、戦争が終わってからとなる。

彼は今、戦闘で破壊された市街地に存在する廃ビルの一つに身を潜ませていた。

2時間ほど前まではここから離れた場所でMS同士の戦闘などを撮影していたのだが、突如現れた武装集団に追い立てられてここまで逃げてきたのだ。

それにしても、とジェスは先ほど疑問に思ったことについて振り返る。

先ほどの集団は火器で武装こそしていたが、その服装は連合・ZAFTのどちらのものでもなかった。特にジェスが気になったのは、その集団に混じっていた女性の服装。

あれはたしか、カンガという民族衣装の一つだったはずだ。19世紀ごろからビクトリア湖の周辺地域で用いられているもののはずだが、その服装を纏っているということは───。

そこまで考えたところで、ジェスの耳は銃声を拾った。

 

「っ、見つかった!?」

 

しかし、こちらに攻撃が飛んでくる気配はない。気付かれたわけではなく、近くで戦闘が新たに発生したということのようだ。

ガラスの割れた窓から少しだけ頭を覗かせると、ビルの北西方向で銃撃戦が発生していた。戦っているのは連合兵と先ほど遭遇した武装集団のようだ。

両者ともに激しい銃撃を敵に向かって浴びせているが、どうやら連合側が優勢のようだ。武装集団の数が目に見えて減っていくのに対し、連合側の兵士はほとんど脱落することがない。

 

「どういうことだ?あっちの集団、動きがほとんど素人じゃないか」

 

同じく戦闘に関しては素人のジェスでもわかるほどに、武装集団の戦い方はお粗末なものであった。

陣形の組み方、銃の構え方、ポジショニング。まるで銃の撃ち方だけ教えられて、戦場に放り込まれたような雑さだ。

いや、まさか───?

もしも、本当にそうなのだとしたら?本当に、銃の使い方を教えただけの素人が戦場に投入されているのだとしたら?

 

「動くな!」

 

「っ!」

 

後ろから鋭い声を掛けられる。誰かしらに見つかってしまったようだ。声を掛けてきたのは男性らしい。

 

「手を頭の後ろに回し、膝をつけ」

 

「……わかった」

 

言われた通りの体勢を取る。今逆らっても良いことは一つもない。むしろ、こうして警告してくれるだけかなりマシな方だ。

後頭部に堅い物が当たる。その正体は、考える必要はないだろう。

 

「お前は何者だ。ここで何をしていた?」

 

「お、俺はジェス・リブル。フリーのジャーナリストだ。ここには、取材で来た」

 

「取材だと?……証拠は」

 

「俺の右側の胸ポケットに身分証明と名刺が入ってる。それを見てくれればわかるはずだ」

 

「……」

 

後ろから手を伸ばされ、指示した場所が漁られる。お目当てのものを抜き取られ、少し時間をおいてから後頭部の感触が消える。どうやら信じてもらえたようだ。

 

「フリージャーナリスト、ジェス・リブル。たしかに本人のようだな。俺はビクトリア基地所属のルーク・ディッグ曹長。しかし、運が無かったな」

 

「運が無い?」

 

ジェスは立ち上がりながら、ルークの発言の意味を問う。後ろには4人ほどいたが、目の前に立っている白人男性がルークなのは間違いないだろう。声色にふさわしい風格がある。

運が無いとは、どういうことか?

 

「言葉通りだよ、よりにもよって歩兵戦に巻き込まれちまったジャーナリスト君。ここは地獄だ。どうやって敵を殺し尽くすか、それ以外の思考を頭から吹っ飛ばしちまったイカレ野郎どもの祭典。それがここだ。今生き残っていても、次の瞬間には粉みじんに吹き飛んでいてもおかしくない。極めつけに、()()だ」

 

ルークが指した方向には、未だに抵抗を続ける武装集団の姿があった。

その数は最初に見たときよりも明らかに数を減らしており、反比例するように死体の数が増えていることがわかる。

 

「宇宙人共を撃退してやろうと息巻いて戦場にやってきてみれば、そこにいるのは素人集団。まったく、戦争は地獄だぜってのは誰の言葉だったかな?」

 

「それだ。彼らは明らかに素人じゃないか。服だって、どう見てもZAFTのものじゃない。彼らはいったい?」

 

「おっ、取材か?まあ別に隠すようなことでもない。あいつらは───」

 

そこまで言ったところで、彼は耳に付けられたインカムに手を当てる。

その顔がみるみる険しくなっていくのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「どうかし───」

 

Scheiße(ちくしょう)、マジか!おい、ジャーナリスト!ここで悠長に話している暇はなくなった、今すぐ逃げるぞ!」

 

そう言うと、ジェスの腕をつかんで引っ張るルーク。掴まれた痛みに顔をしかめるが、途端に慌ただしくなる周囲の環境も相まって、そのことを咎めることは出来なかった。

 

「おいおい、いったい何が来るっていうんだよ!?」

 

「『エクスキューショナー』が来る!対人……いや、虐殺用装備のMS部隊だ!ここに止まっていたら全滅する!命は惜しいだろ!?」

 

インカムで他の部隊のメンバーにも注意喚起しながら、先ほどまでいた廃ビル3階から階段で降りていく。

1階にたどり着いてビルの外に出ると、未だに武装集団の抵抗が続いているのか、10数人の連合兵が戦っているのが見える。

 

「おい、撤退だ!やつらが来るんだぞ!」

 

「んなこたわかってる!だが、こいつら……!」

 

大声で、向こう側の隊長と思われる男性からの返事が届く。どうやらあの部隊は、武装集団の攻撃によって1カ所に引きつけられているようだ。

動きたくても動けないらしい。

 

「いけっ、俺達は構うな!」

 

「バカを言うな!」

 

「バカはどっちだ!もうすぐやつらが来る!被害を減らすにはこれしかねえんだよ!」

 

「くっ……!」

 

歯ぎしりするルークだが、彼だってわかっている。彼らを助けている余裕は、自分達には無い。

 

「……行くぞ、ジャーナリスト。ひょっとしたら逃げてる最中に、撮れるかもしれないぞ」

 

「……なにを?」

 

味方を見捨てる行為を咎めたくなるが、その表情を見れば、苦渋の決断であったことは一目瞭然だ。それに、自分は部外者。口を挟むことなど出来はしない。

しかし、何を撮れるというのか?

 

「───地獄を、だよ」

 

 

 

 

 

撤退していくルーク達の車両に運良く乗せてもらえたジェスは街から5㎞ほど離れたところにある小高い丘で下ろしてもらい、カメラを構える。一応茂みに隠れているので、運悪く流れ弾が飛んでこない限りは巻き込まれることはないだろう。

いったいこの後、どんな光景を見ることになるというのか。

その答えは、街にやってくる3機の“ジン”によって明かされた。背中に何やらタンクのようなものを背負っているが、いったい何のためのものだろうか───。

”ジン”が、左手に保持した武器を構えた時。

───地獄が、生まれた。

”ジン”が構えた武器。その正体は、MSサイズで作られた『火炎放射器』であった。

『エクスキューショナー』。なるほど、言い得て妙だ。巨人から放たれる業火は、まさしく天罰のようにも見える。

ぞれは果たして、何に対しての天罰なのだろうか。

プラントに住むコーディネイターを軽率に扱ったこと?

核兵器を用いて、コロニーとそこに住む人々の命を奪ったこと?

それとも、未だに戦争を続けていること?

あの場所に地獄の業火をばらまいているということは、敵、つまり連合兵がまだ残っているということだ。

先ほどルークと会話していた、あの男性も───。

いや、それだけではない。

自分達が離れてからそう時間も経っていないということは、まだ銃撃戦が続いていた可能性もある。

ならば、あの武装集団ももろともに焼き払われているのではないだろうか。

 

「いや……そんなバカな。あり得ない。連合軍と戦っていたってことは、ZAFTにとって味方ないし利用出来るってことだろ?まとめて焼き払うなんて、そんな……」

 

頭の中で浮かんだ予想をジェスは否定しようとするが、それを決定づける証拠はない。

わからない、わからない、わからない。

今の自分には、この戦いの『真実』が少しも見えない。

ただ一つ、言えることがあるとすれば。

 

 

 

 

 

ジェスの耳に飛び込んでくる『気がする』悲鳴は。この距離で届くはずもない、体を焼かれる痛みから発せられた悲鳴は。

けして、『嘘』ではないということだけだ。




ということで、ビクトリア攻防戦、その1が投稿されました。
いやー、ここまで長かった。
ずっと、ハードな描写が書きたかったんですよ!ええ!(満面の笑み)

「CEのスターリングラード」とか煽ってた割に、甘いじゃないかって?
HAHAHA。知ってるかい?
まだ、「その1」なんだよ?

それと、予告した通りリクエスト案からいくつか出してみました。

AMSM”リジーナ”は、まあ宇宙世紀のあれと同じですよ。
今回は、”ジャベリン改”という作者のオリジナル兵器と組み合わせてみましたけども。
ぶっちゃけ、あれが正解かどうかはわからないんだよなぁ……。
『モントゴメリ』様のリクエストです。

それと、”スナイプテスター”です。
こちら、ステータスになります。

スナイプテスター
移動:6
索敵:B
限界:140%
耐久:80
運動:10
シールド装備

武装
ビームスナイパーライフル:100 命中 90 間接攻撃可能
スパイクシールド:60 命中 70

カオシュン宇宙港で登場した”テスター B装備”と違い、全身を狙撃用に調整した機体。狙撃用に製造された頭部は、狙撃時にゴーグルがメインカメラの前に下りてくる。
狙撃姿勢を取りやすいように各所の装甲にスパイクを取り付けるなどの改修が施されていたり、センサー類の質を全体的に向上させている。
ビームライフルの有効射程はB装備に装備されたものよりも向上しており、およそ8000m圏内の目標であれば目標が動いていても8割以上の割合で命中させられるらしい。
また、シールドは垂直に設置出来るように設計された新型のものであり、殴打に用いることも出来る。デザインはまんま陸戦型ガンダムのあれ。
『ms05』様のリクエストです。

まだ、ビクトリア攻防戦は始まったばかりですよ……?ふふふ。

それと、ビクトリア攻防戦が終わったらボチボチ全体的な修正を行なおうと思います。いつのまにか設定に矛盾やら説明不足やらが目立ってきたもので……。
そういう「粗」が気になっていた方は、もうしばらくお待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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