機動戦士ガンダムSEED パトリックの野望   作:UMA大佐

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前回のあらすじ
バルトフェルド「化け物には化け物をぶつけるんだよ!」

現段階でのスミレさん(フェンリルのパイロット)のステータスを乗っけておきます。

スミレ・ヒラサカ(Aランク)
指揮 9 魅力 11
射撃 14 格闘 6
耐久 10 反応 9

今回から、スミレさんの乗るフェンリルは制式量産型と差別化するために『プロト・フェンリル』表記になります。


第43話「第2次ビクトリア攻防戦」その5

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ビクトリア基地 南方空域

 

『隊長、Cエリアの敵の掃討が完了したとのことです』

 

「連中は航空戦の経験はともかく”スカイグラスパー”に乗り慣れていない。念のため移動拠点に着艦してメンテナンスを受けるように返信しておいてくれ」

 

『イエッサー!』

 

「……といっても、ほとんど方はついたがな」

 

もはや敵が存在しなくなった空域で愛機である”アームドグラスパー”を飛行させながら、アダム・ゼフトルは呟く。

大西洋連邦所属兵の彼らは、ビクトリア基地には”スカイグラスパー”運用のアドバイザーとしてやってきていた。”スカイグラスパー”はベース機となった”スピアヘッド”と同様に扱いやすい機体だが、今まで使っていた機体から新型機へ乗り換えるにはそのための訓練がどうしても必要となる。東アジアとユーラシアでの教導を終えてアフリカにやってきたところを、今回の戦いに巻き込まれてしまったのだった。

当初、”スカイグラスパー”に乗り換えたベテラン兵士を擁する空戦部隊はZAFT側に対して有利に戦えていたが、汎ムスリム会議を初めとする親プラント国の参戦と、それによって増大した戦力を抑えきることは出来ず押し込まれるようになってしまった。

今までこちらが押しつけていたはずの「数の利」を逆に味あわせられたことは非常に癪に障ったが、ここを逃げ切らなければその借りを返すことも出来ない。

その憂さ晴らしとまでに、撤退部隊に襲いかかろうとしている”ディン”部隊相手に暴れ回っていたのだが……。

 

「陸のやつらも、中々やるねぇ……」

 

眼下では、昨今ほとんど見られない光景が作り出されていた。

大地を踏みならすキャタピラ、轟く轟音、衝撃で軋む装甲。

鋼鉄の塊(戦車)殺意(砲弾)を撃ち合う光景など、今時実戦で見れるものではない。

アダムは少しだけ、その戦いを地上で見ることの出来ないことを残念に思った。───なんとなく、これより後にあのような戦いが見られる気がしなかったから。

 

 

 

 

 

『ファ○ク!どこにどれだけ目がついてりゃ、今のを避けられるんだよ!』

 

「ジェイコブ、落ち着け!数の上ではこちらが有利なんだ、慌てることはない!」

 

『……本当にあれは戦車なのか?』

 

現在、”ノイエ・ラーテ”3両は突如表れた”プロト・フェンリル”と戦闘状態にあった。

サイズは同等、火力も互いに互いの装甲を突破出来るだけのものがあるのは理解している。であれば、よほどの腕の差がなければ勝敗は決したようなものである。

にも関わらず、彼らの戦いは拮抗状態にあった。たしかに、”プロト・フェンリル”のパイロットの能力は優れている。『深緑の巨狼』と呼ばれる力は伊達ではない。

しかし、それは他と隔絶するほどの力ではない。互角の戦いになっているのには理由がある。

 

『モーリッツ!”レセップス”に逃げられる!』

 

「わかっている!……っくぅ!」

 

”レセップス”を追撃しようとしても、”プロト・フェンリル”はその隙を見逃さずに必殺の1撃を撃ち込んでくる。そのせいで”レセップス”と”ノイエ・ラーテ”隊との距離は開いていくばかりである。

”ノイエ・ラーテ”の勝利条件は『”レセップス”の撃破による撤退部隊の安全確保』。一方、”プロト・フェンリル”の勝利条件は『ノイエ・ラーテの撃破によるレセップス撃破阻止』。

ここで”プロト・フェンリル”を撃破しても、”レセップス”を撃破出来なければ意味がないのだ。かといって”プロト・フェンリル”を素早く撃破して”レセップス”を追撃しようにも、”プロト・フェンリル”のパイロットは回避に専念し始める。

良い兵士とは自分達の勝利条件を間違えず、ベストの行動を取り続けられる存在である。その点”プロト・フェンリル”のパイロットは、ここで”ノイエ・ラーテ”を引きつけておくことが自分の勝利に繋がるということがわかっている。

スタンドプレーの多いZAFTにも、あれほどの兵士がいるのか。

モーリッツは敵であるにも関わらず、”プロト・フェンリル”のパイロットに対して敬意を持った。

 

 

 

 

 

「残念、外れ……!」

 

スミレは爆走させていた愛機を急カーブさせる。直後、近くの地面に敵から放たれた砲弾が突き刺さる。

正確な射撃だが、実戦経験の少なさが垣間見える。いくら正確でも、それだけなら避けるのは難しいことではない。といっても、今の時点でスミレは手一杯だ。敵に増援でも来れば、自分ではすぐにやられてしまうことだろう。

 

「……!」

 

急停止。目の前に敵弾が着弾。息をつく暇もなく再発進。停車していた場所に別の敵からの攻撃が突き刺さる。

スミレは恐ろしいほどの反応速度で、3両の新型戦車からの攻撃を回避し続けていた。”プロト・フェンリル”が『1人乗り』だからこそ出来る技である。

大抵の戦車を満足に動かすには、最低でも3人は必要だ。操縦手、砲手、そして車長。もっと複雑なものになればここに通信手が追加されることもある。

しかし、一つの機械を複数人で動かすには『あるもの』が発生する。車長の命令が他のメンバーに伝わり、実行に移されるまでに発生する『あるもの』、すなわちタイムラグ。

こういう場合タイムラグは、乗組員同士での連携強化やそれぞれの熟練によって縮めていくことも出来る。

それに対して、”プロト・フェンリル”はなんと1人乗り。操縦、砲撃、通信。それらを1人でこなさなければいけない。

普通なら扱いきれずに自滅するのが関の山。───普通なら。

スミレ・ヒラサカはこの”プロト・フェンリル”を満足に扱えるだけの能力があった。その結果、戦車を動かす上で必ず発生するはずのタイムラグが発生せず、段違いの反応速度で走らせることが出来る。

1秒にも満たないわずかな時間でも戦場では命取り。他の戦車に存在しない特性とパイロットの能力が優れているが故に、スミレ・ヒラサカと”プロト・フェンリル”は『深緑の巨狼』と呼ばれるようになったのだ。

それでも、この状況を続けるには苦しい物がある。スミレはレーダーをチラリと見た。

”レセップス”は連合の撤退部隊に近づいている。護衛のMS部隊もそれなりにいるから、戦闘になってもそれなりに敵へ被害を与えることは出来るだろう。

まったく、さっさと帰ればいいものを。どうせ自分が助けにきたことも「出来損ないの戦車もどきが身を挺して自分のために時間を稼いでくれる」などと都合良く考えているに違いない。

そして、戦闘が終わればいかにも自分が勇ましく戦ったかをアピールするのだ。

はっきり言って助けたくなどない。そのまま囲まれて袋だたきにでもなって欲しい。

が、そんな奴が乗っている”レセップス”は国力に乏しいZAFTでは貴重な大型陸上戦艦。そして護衛についているMSだって大切な戦力なのだ。見捨てればZAFTの勝利は遠のく。

 

「負けられない……負けちゃいけないのよ、あたし達は!それをわかってない!」

 

調子に乗るなら、乗れば良い。成果を求める、大いに結構。

しかし、自分の行動が周りにどういう影響を及ぼすかを考えたことがあるのか!?お前の判断で失われたものが、どれだけの価値があるのかを理解しているのか!?その対価として得られた物に、どんな価値があるのだ!?

大きな怒りを抱きながらも操縦に支障が出ていないスミレ。また1発、敵からの攻撃を避ける。そして彼女は目を細めた。

これまでの分析と自分の勘が確かならば、そろそろ敵は『大きな何か』を仕掛けてくる。そう考える根拠は、敵側の『阻止限界点』だ。

敵の走行速度を考えれば、あと少しでレセップスが撤退部隊に追いつくよりも先に撃破することが難しくなる。

艦砲クラスの砲を備えていても、”レセップス”側が乱戦に持ち込めば誤射の可能性が生まれ、戦いづらくなる。

自分も同じような物に乗っているからわかる。あれらの兵器を一番上手く運用する方法は、前方に敵だけが存在している状況が一番なのだ。

 

「もうちょっとだけ付き合ってもらうわよ、後輩」

 

地球(本場)で作られた兵器に対して、宇宙で作られた戦車にもMSにもなりきれない半端物が掛ける言葉ではない。おそらく、乗っている兵士達もスミレより年上しかいないだろう。

だが、こっちの方が長く走ってきた。多くの敵を撃ち抜いてきた。自分は未だ、お前達よりも先を走っている。

生き残りたいなら、勝ち残りたいなら自分の先を行ってみろ。

 

 

 

 

 

スミレの予想は正鵠を射ていた。

”ノイエ・ラーテ”の最大速度を発揮しても撤退部隊に被害を出してしまう『阻止限界点』までの時間は、ほとんど残されていない。

今のように砲撃しては躱し、砲撃しては躱しを繰り返し続けるわけにもいかない。もっとも、そうなるように立ち回った”プロト・フェンリル”のパイロットも流石だ。

時間はほとんど残されていない。モーリッツが有効な手段を探っていると、ジェイコブからの通信が入る。

 

『なあ、モーリッツ。ひょっとして、()()ならいけるんじゃねえか?まだあいつには見せてないだろ?』

 

『あれ……まさか』

 

「たしかに、まだあれは見せていないが……あからさま過ぎてバレるんじゃないか」

 

『ああ、確実にバレる。だからこそ、一工夫ってやつさ』

 

ジェイコブの話す作戦は、非常にリスキーなものであった。ともすれば、なんてものではない。確実に自分達の中から犠牲が生まれる、そういう類いだった。

しかし、迷う時間もなければ余地もない。

もともと戦争の中で散ることは覚悟してここまで来た。この作戦が撤退する仲間を救うために今出来る最善の手段であるならば、ためらう必要が存在するわけもない。

 

「わかった。じゃあ───」

 

 

 

 

 

「……来た!」

 

敵戦車からスモークが散布される。自分の周りを囲むようにまき散らされる白煙は、みるみる内に”プロト・フェンリル”を覆い隠してしまった。

このスモークにどんな意味があるのか。レーダーを確認してみれば、”レセップス”の方向へ向かっていく反応が3つ。

スミレは自分が()()()()()()ことを直感した。

スモークで視界を遮り、その隙に本命まで全力ダッシュ。”レセップス”を守るために慌ててこちらが追いかけたところを包囲して撃破。

そうだとわかっていても、放置すれば奴らはそのまま”レセップス”に向かってしまうことだろう。

面白い。スモークに対しての警戒心が緩んでいた自分には腹が立つが、作戦に見事こちらを乗せてきた敵に対して賞賛を送る。

だが、自分もあちらにまだ見せていないカードがある。そのカードを通せるかどうかは、自分次第。

 

「勝負よ……!」

 

 

 

 

 

レーダーには、煙の内から出てこようとしている”プロト・フェンリル”を示す反応が確認出来た。

ヘルマンは口端をつり上げる。どうやらこちらの策に乗ってくれたようだ。もっとも、相手側の立場を考えれば乗らざるを得ないのだが。

 

「掛かったぞ。1号車、いいな?」

 

『もちろんだ!』

 

ジェイコブの乗る2号車を先頭として三角錐のような陣形で走行していた”ノイエ・ラーテ”達だが、1号車と3号車はわずかに、かつ徐々にスピードを落としていく。

煙の中から出てきた敵機を2号車が引きつけ、1号車と3号車が敵を挟撃。撃破した後に3両で”レセップス”を追撃。その場で組み上げた作戦にしてはそこそこなものではないかと思う。

それに、万が一この作戦が失敗した時のための()()も掛けている。

 

「来い……来い……」

 

徐々に近づいてくる”プロト・フェンリル”の反応。煙から出た瞬間に1号車と共に挟み込み、撃破する。

士官学校ではこんな戦い方を教えられたことはない。たった1機の強大な敵を撃破するために作戦を組み上げる、実行する。

この部隊に来てから、退屈することはなかった。

戦車のどんなところが素晴らしいだとかを延々と語ってくる戦車バカ。

”ノイエ・ラーテ”ならどんなことが出来るか、どんな風に戦えるかを熱論する戦車バカ。

───そして、そんなバカどもに感化された戦車バカ。

 

「カウント5、4、3……」

 

まだ、戦い足りない。これからも、このバカ共と戦場を駆け抜けたい。

こんなところでは、終われない。

必勝の覚悟を決め、カウントを進めていく。

 

「2、1……撃て!」

 

煙の中から、”プロト・フェンリル”が表れる。しかし、そのタイミングは完全に予測されていた。

1号車と3号車、2両の”ノイエ・ラーテ”から放たれた砲弾は。

その深緑の車体に。

───突き刺さることはなかった。

 

「───なんだと!?」

 

間違いなく、直撃するコースのはずだった。”プロト・フェンリル”が直前である行動を取らなければ。

煙から出る直前に”プロト・フェンリル”はモビルモードに変形、車体に格納されていた人型を露出した。普段は突撃砲、つまり砲塔を旋回させることが出来ない”プロト・フェンリル”だが、この形態に変化することで砲角を操作することが出来るようになる。

その形態になって何が出来るのか。何をしたのか。

”プロト・フェンリル”は、自分の前方の()()に砲弾を撃ち込んだ。タンク形態では不可能な砲角で撃たれた砲弾は地面を吹き飛ばし。

───”プロト・フェンリル”の走行を乱した。

簡潔に言えば、「目の前の地面をわざと荒し、”プロト・フェンリル”の機動を不規則なものにした」。それだけのことである。

しかし不規則なものとなった“プロト・フェンリル”の走行を、正常な軌道で走行するものと予測していた”ノイエ・ラーテ”が捉えることは出来ず。

逆に、”プロト・フェンリル”は乱れた勢いを利用して3号車に近づいてくる。

 

『1号車、逃げろ!奴は───』

 

「クソ、回避だ!仕掛けてくるぞ!」

 

「だめです、間に合いません!」

 

意表を突かれたこともあり、操縦手は咄嗟の対応が出来ない。ここに来て経験不足が仇となったか!

近づいてきた”プロト・フェンリル”、その人型の左腕には武器が握られている。

ヘルマンにはその武器の形状が正確に理解できた。

あれは、”ディン”にも装備されているショットガンだ。

だが、ノイエ・ラーテの側面装甲には”ジン”のライフルに耐えるだけの防御力が備わっている。一撃で突破出来るだけの攻撃力を備えているとは思えない。

そう考えていたヘルマンだったが、近づいてくる強敵がその程度のことに感づいていないなどとどうして言えるだろうか、と考え直す。

MS用ショットガンで”ノイエ・ラーテ”の装甲を突破する。それを可能とする方法。

ある。たしかにある。だが、もう遅い。

既に、”プロト・フェンリル”はターゲットを終えていた。

 

(見通しが、甘かったか───)

 

今まで感じたどんなものより大きな衝撃を感じると同時に、ヘルマンの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

”プロト・フェンリル”が発射したショットガンには、通常の散弾ではないある弾丸が装填されていた。

スラッグ弾。本来散弾を放つ武装でるショットガン用に作られた、『バラけない』弾丸。

命中率を重視した散弾では威力が足りない。そんな状況で用いられる破壊力重視で作られたのがこのスラッグ弾である。

今回、”プロト・フェンリル”は火力支援兼MS用移動武器庫としての役割を与えられていた。

撤退部隊の追撃を行なっていたスミレはバルトフェルドから敵の概要を聞き、その時”プロト・フェンリル”で牽引していたウェポンラックからこの武装を持ち出し、格納していたのだった。

結果、敵戦車の1両に致命打を与えることに成功。装甲の貫通は確認出来なかったが、動かなくなったその様子を見れば安心してもいいだろう。

 

「『均衡は崩れた』!そして!」

 

タンク形態に変形し、突出していた敵戦車に狙いを付ける。

スミレは、モーリッツ達の狙いを完全に見切っていた。”レセップス”を狙っているように見せかけて煙から出た瞬間に狙い撃ってくることを。

そして、隠された()()()()()()()も。

 

「これで詰みよ!」

 

万が一”プロト・フェンリル”を撃破出来なかった時も、突出した車両を1両であろうとも”レセップス”へ向かわせるだけの時間を稼ぐ。

そう、隠された狙いとは『たった1両の決死隊を本命へ向かわせるための時間稼ぎ』。

これまでの戦い振りを見れば、おそらくやれる。たった1両であっても”レセップス”に肉薄することが出来るだろう。

スミレが目標を達成するには、突出した車両を撃破する必要がある。しかしそれを挟撃した2両が阻む。

敵の策を突破するために、目の前の地面に砲撃して自分の動きを乱す。動きの乱れた愛機を乗りこなして、挟み込むために減速していた敵車両に急接近し、スラッグ弾をお見舞いする。

全て、スミレの思い描いていたもの。

もし敵の砲撃を躱せなかったら?愛機を乗りこなせなかったら?スラッグ弾が敵に有効でなかったら?

そんなことは考えない。考えてる暇はない。

それになにより、スラッグ弾が通じるかどうか以外はスミレにとって意味のない思考だ。

()()()()()()()。その確信があった。そして、それが出来るからこそ『深緑の巨狼(エース)』と呼ばれるようになったのだ。

そして、スミレは突出した車両に対して狙いを付けた。

命中すれば、敵はたった1両を残すばかり。”レセップス”の安全を確保した上で、じっくり敵を撃破することが出来る。

無茶な動きをしたことで、走行は未だに乱れている。しかし、それでもこの一撃は命中する。命中させられる。自分には出来る。

確信と共に、トリガーが引かれる。

 

 

 

 

 

『終わらせない!』

 

 

 

 

 

突如として、スミレの前に土砂が舞い上がった。挟み込んでいた2両の内、”プロト・フェンリル”に攻撃されなかった方が前方に砲弾を撃ち込んで妨害を試みたのだ。

スミレはそれに驚くが、トリガーを引く指は止まらない。

発射された砲弾。それは”レセップス”を追う敵戦車へ───。

 

「……はずれ」

 

先ほどまでの必中の確信は、失中の確信へと変わった。

砲弾は敵戦車に向かわず、わずかに逸れてどこかへ飛んでいった。

”プロト・フェンリル”は砲撃によってめくれ上がった地面の上を走行したことで動きに乱れが生まれ、減速をかける。

態勢を整えてレーダーを確認する。スミレは息を飲んだ後、ため息をついた。

 

「抜かれたかぁ……。隊長許してくれるかなぁ」

 

敵戦車が1両、阻止限界点を突破。”レセップス”の方向へ向かっていくのが確認出来た。

そして、そこに残存したもう1両が立ち塞がる。

もう自分ではどうやっても、あの敵を追うことは出来ない。

たしかに1両、敵の戦車を撃破することは出来た。しかし、たとえこれが100両の戦車の撃破だったとしても、自分は敵を防衛目標に向かわせてしまった。どれだけの戦果を挙げたところで、目標の達成に失敗したことには変わらない。

自分は、目の前の戦車達に敗北したのだ。

 

「いや、まあ別にいいけどさ。よく考えたら1両程度なら護衛部隊で返り討ちだろうし?流石にそこまで無能じゃないでしょ」

 

見事な負け惜しみである。スミレの直感は、『あの戦車なら単独でも”レセップス”を撃破し得る』と言っている。撤退する敵を追撃するボーナスゲームとでも思ってるアホと命を賭けて味方の撤退を支援する勇士。モチベーションの違いも明らかだ。

おそらくこの戦闘が初の実戦であるはずの『後輩』にしてやられたのだ。それくらいは言ってもいいだろう。

スミレは、胸の内から湧き上がってくる感情を抑えきれない。

自分の妨害をかいくぐって目的を達した敵への賞賛、自分の目標を失敗に追い込んでくれた敵への怒り。

そして。

ようやく訪れた()()()()()()()()()

敵も理解していることだろう。今から自分(プロト・フェンリル)を通しても間に合わない。

つまり、両者ともに。

何の気兼ねもなく戦える状態にあるのだ。

 

「最初に見たときから、ずっと思ってたのよ。どっちが強いのかって」

 

システムに異常は見られない。砲弾の残りも十分。

相手も覚悟を決めたのか、こちらの側面に回り込むように走り出す。当然そんなことを許すわけがなく、こちらも走り出す。

 

「ちょうど、お互い面倒な縛りがなくなったわけだしさ」

 

”プロト・フェンリル”が走行ユニットを操作してちょうど正面に敵が来るように調整し、”ノイエ・ラーテ”が砲塔を旋回させて敵を照準に捉える。

 

「ガチンコで、やりあおうじゃない───!」

 

返答は、砲撃によって返された。




あと、たぶん2話くらいでビクトリア基地編が終わります。たぶん。

あとノイエ・ラーテの描写について。
本来であれば、スミレさんはこの3両に撃破されてます。いくらスミレさんがAランクまで育ってるからって、性能ほとんど同じなのに一対三で勝てるわけがないですから。
今回ここまで拮抗したのは、互いの状況の違いです。
ノイエ・ラーテがどうにかしてレセップスに追いつかないといけないのに対して、プロト・フェンリルはただ足引っ張って時間稼ぐだけでいいんですから。圧倒的に条件が緩いんです。
次回こそ、完全に対等な条件でのタイマン回となります。
彼らの未来はどうなるのか。どちらが勝つのか。
お待ちください。

誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。

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