ミゲル「別に、嬉しくなんてないんだからね!エドワードとは互いにベストな状態で殺りあいたいだけなんだから!」
2/16
『セフィロト』 士官室
「ふう、こんなものか……」
ユージ・ムラマツはPCをシャットダウンし、椅子に座ったままで背伸びをした。骨が小気味のいい音を立てるのを聞くとどれだけ仕事をしたかが実感出来る。
考えることは山ほどあるが、とりあえず今日のところはここまでにしておこう。明日も早い。
そう考え、ユージは上着を脱ぎ捨てるとベッドに潜り込む。
(ここまで長かった……”テスター”の開発に始まり、OS完成までこぎ着け、ついにはカオシュン宇宙港防衛成功までいった。だが、だからこそ予想がつかなくなってきた)
目を閉じながら、ユージは今までのこととこれからのことを考え始めた。
この世界は既に、『原作』と呼ばれる大筋から外れている。
ユージが関わったことで、連合のMS投入の時期は大幅に早まった。そのことがカオシュンの陥落を防いだのは、おそらく間違いない。
だがカオシュンで手痛い目に遭わされたZAFTは、ビクトリアで親プラント国から戦力を供出させる(各国から問い詰められたプラント側は『知らぬ存ぜぬ』で通そうとしていた)などという方法を取ってきた。
戦闘終結の翌日に親プラント国の全てから地球連合への宣戦布告がされた時は驚いたが、それがZAFTの異常な勢力拡大の正体だと思えば腑に落ちる。
むしろ余所から戦力を引っ張ってくるなどというグレーゾーンギリギリな手法を採ったくせに、こちら側にあれだけの被害しか与えられなかったのがユージとしては信じられない。
ビクトリアの指揮官の判断が的確だったのは間違いないが、あれだけの戦力差があればバカでも圧勝出来るのが普通だ。
ようやくZAFTの指揮系統の杜撰さが、誰の目から見ても明らかになったということだろう。───そう、
ユージには敵を過小評価出来るほどの理由も余裕も無かった。
(『ヘリオポリス』崩壊からおよそ3ヶ月、たったそれだけで”フリーダム”や”ジャスティス”を完成させられるんだ。奪われたのが”イージス”だけでも、あちらに技術革新を起こすには十分なものだろう。精々完成が1ヶ月延びれば良い方……と想定するか)
今は”テスター”と通常兵器を合わせた数の利、そして”デュエル”や”バスター”といった『ガンダム』の力で上回っているが、それがいつ覆されるかわかったものではない。
そのことは、先ほど資料として”マウス隊”に送られてきた画像を見ればわかる。
シグー・ディープアームズ
移動:7
索敵:B
限界:175%
耐久:200
運動:32
武装
ビーム砲:150 命中 70
ビームソード:165 命中 75
ミゲル・アイマン(Aランク)
指揮 10 魅力 11
射撃 13 格闘 14
耐久 11 反応 15
PS装甲といった防御オプションが付いていない以外は”デュエル”と互角な性能のMSが、まさかこの時期に投入されるとは。
いくら”イージス”から得た技術があっても、もっと先のことになるだろうとユージは考えていた。
(わからないと言えば、この能力もだ。間違いなく
まるで『ギレンの野望』シリーズを彷彿とさせる、機体とパイロットの能力を数値化する能力。
誰が何のために持たせたかわからない能力だが、『セフィロト』に帰還してからは、それ以前までは出来なかった「画像を参照することでの能力の発動」が出来るようになっていた。
これまでは映像なり実物なり、リアルタイムで存在する物にしか能力を発動出来なかったこれが、写真のように「過ぎ去った時を映した代物」にも作用するようになった理由。
ユージは、この世界が
ターニングポイントを迎えたことで「何が起きるのか」、あるいは「何が起きたのか」はまだ把握出来ていない。
だが、
(”陸戦型バスター”……本来、あの機体は開発される予定がなかった。あの機体の開発・試験につぎ込む時間さえなければ、エドに”陸戦型デュエル”を渡すことが出来ていたかもしれないっていうのに)
元々”マウス隊”管轄で開発する予定だったのは、”陸戦型デュエル”のみだった。機体を新しく開発すること自体は、”テスター”の開発を経験しているため不思議でもなんでもない。試験部隊の領分でないのは認めるが。
だが、陸戦用に調整した『X100型』フレームの設計図が完成した辺りでハルバートンから新たに”陸戦型バスター”の開発を命じられたのだ。
地上での『ガンダム』稼働データ取得という目的を達する上ではまったく必要のない命令に、ユージは疑問を覚えた。
ハルバートンにその事を尋ねても、苦い顔をして口を閉ざすばかり。
結局答えを聞くことは出来なかったが、強力なMSはいくらあっても足りないしということで、大人しく命令には従った。
ハルバートンが口を閉ざした理由を悟ったのは、”陸戦型バスター”に搭載される予定の『武装』のデータを見た時だった。
(プロト・シュラークにトーデス・ブロック……間違いない、ハルバートン提督に命令を下したのは”ブルーコスモス”所属の将官だ。そして、後ろにはおそらく……)
肩部に搭載されるビーム砲とバズーカの名称は、GAT-X131”カラミティ”の武装と同一のものだ。盟主王ことムルタ・アズラエルが
要するに、”陸戦型バスター”は言い換えれば”プロトタイプ・カラミティ”のようなもの。”マウス隊”をこき使って得たデータで、コーディネイターを駆逐するための強力なMSを開発しようというわけだ。
流石にハルバートン提督も、大西洋連邦の大手スポンサーからの圧力を躱しきれなかったのだろう。
そして”カラミティ”は高性能であるが故に扱いが難しく、原作ではコーディネイターかブーステッドマンでも無ければ扱いきれない機体という設定だったはずだ。
(であれば当然、ブーステッドマンも作り出しているのだろう。いつまでもコーディネイターであるアイクやカシンが活躍しているのは気にくわないだろうからな)
まったく、頭の痛い話である。
高い金を払って出来上がるのが、どれだけ強くても時間制限付きでしか戦えない兵士未満であるなど、真っ当な軍人なら非難と呆れをミックスした感情をぶつけるしかない。
倫理的にも実利的にも、非効率的過ぎる。そんな無駄なことに使う金があるなら、MSの一機でも作って欲しいのが現状だ。
感情で戦争などやられてはたまったものではない……そこまで考えたところで、考えが脱線していることにユージは気付いた。
今のところ言えるのは、「悪の三兵器」の開発が決まったということだ。エドワードの愛機となるであろうソードカラミティの開発もほぼ決まったと見て間違いないだろう。
(それに、
やりかねないのが”ブルーコスモス”だ。より一層の警戒をしなければならないだろう。
(まあ、それ以外は比較的順調だ。”ダガー”の生産体制は整ったし、宇宙軍再編計画についても動きがあるらしい。”ジェネシス”の完成する前に決着を付けることが出来たらいいんだが……)
あんな一撃で戦争どころか人類を終了させかねない代物に注意を払わない理由がない。
このことを周りに伝えられないのが辛い。もっとも、伝えたところで狂人扱いされるのがオチだろうが。
極論を言えば、ZAFTはこの先の戦闘全てで敗北しても”ジェネシス”が完成すれば逆転出来る。
出力次第では地球の生物の80%を死滅させることも出来るという超兵器だが、これでも60%の出力で放たれた場合の計算なのだ。……たしか。
(あれはいつ完成したんだったか?たしか、プロトタイプの”ジェネシスα”も作られているんだったか。あれだって、十分に兵器転用出来る。……くそ、記憶があやふやだな)
ユージがこの世界に生まれ落ちて30年近くが経とうとしている。それは、「ガンダムSEED」の記憶をあやふやなものにするのには十分な期間だ。
この先起こりうる大きな出来事については士官学校にいたころ紙のメモに記して保管しているが、変化した世界でそれがどれだけ役に経つだろうか。
(いや、この際だ。役に立たないと割り切ることにしよう。ラクス嬢をここまで連れてきてる時点で、何もかもが狂ってる)
ここに至るまでの展開で何より大きな変化。それはキラによるZAFTへの返還が行なわれなかったラクス・クラインの存在だ。
戦況が比較的拮抗し安定している現在であれば、彼女にそこまで過激なアクションを取ることはないだろう。
しかし、彼女の存在は向こう側へのジョーカーとなり得る。
(今頃、そのことでプラントとの交渉が始まっているだろうな。こればっかりは、予想しようもない)
『原作』ではどうだか知らないが、こちらの世界ではまだ過激な”ブルーコスモス”は台頭していない。穏健派であるジレン大統領や冷静に物事を考えられる将官が舵を取っている以上、無理難題をふっかけてあちらを刺激することはないだろうとユージは考える。
そもそも、ユージは軍人であって政治的な考えが得意ではない。考えるだけ無駄、せめてこちらが戦いやすくなる交渉をしてほしいと願うだけだ。
(国際問題と言えば、”アストレイ”のこともだ。”マウス隊”で稼働試験が行なわれるのはともかく、まさかセシルの専用機としてあてがわれるとは……)
『ヘリオポリス』の秘密工場で発見された”アストレイ”2機分のパーツは、結局連合が使い続ける、要するにネコババすることになった。
オーブが文句を付けようにも、元々”アストレイ”はオーブが『ガンダム』のデータを盗用して作り上げた代物。
そしてZAFTにこのことが露見したところで、大した影響もない。むしろ
なにせ連合とオーブの秘密の関係が露見するということは、ZAFTがオーブを敵に回す可能性が増えるということだ。そうなれば、オーブを
無論、『オーブの獅子』ことウズミ・ナラ・アスハはそれをしたがらないだろう。中立の立場を維持し続けるために動き続けるはずだ。
それでもいい。ただでさえ資源の足りないZAFTがより多くの勢力を敵に回してくれれば、その分連合が楽になる。つまり、「味方にならなくとも、敵の敵になってくれればいい」ということ。
ユージとて、中立国という立場を取れる国の重要性は理解している。なんだかんだで、敵でも味方でもない国の存在は大切なのだ。
───それはそれとして、少しでもZAFTを削るのに作用してほしいだけで。
(大丈夫だよな?カオシュンとパナマが落ちていない現状、連合が無理にオーブを狙う必要もないはずだ。……いや、東アジア、その中でもジャパンエリアの連中は嬉々として侵攻しそうだが)
連合内の懸念事項は、なにもブーステッドマンや”ブルーコスモス”のことだけではない。
この世界の連合軍人なら誰でも知っていることだが、基本的に地球連合軍を構成する3つの大国は、それぞれ仲が悪いのだ。しかもそれぞれの国の中にも派閥がある。
大西洋連邦には、旧アメリカ合衆国出身の派閥と旧イギリス出身の派閥。
ユーラシア連邦では、旧ロシア出身の派閥と旧EU出身の派閥。
東アジア共和国でも、旧中国出身の派閥と旧日本出身の派閥。ジャパンエリアとはそのまま旧日本派閥のことを指す。
オーブには再構築戦争時に旧日本から逃げ出した人間の末裔が多く存在しているので、ジャパンエリアから見ればあの国は「裏切り者の国」でしかない。嬉々として戦うと予想したのは、そういうことがあるからだ。
それぞれの国に2つの大きな派閥が存在している上に、互いを良く思っていない。例外があるとすれば、東アジア共和国くらいだろう。
お互いに確執もあるし、大陸国と海洋国という考え方の違いもあるが、実利面ではベストパートナーだからだ。彼らが再び袂を分かつのは、彼ら以外の敵国が存在しなくなった時くらいしか考えられない。
このように、一つの勢力に6つもの思想が存在するのだ。
これまではZAFTに対抗するためにまとまりを見せていたが、”ダガー”の配備などに伴う余裕が生まれれば、結束を乱す輩が生まれるかもしれない。
ただでさえ
(ダメだ、考えれば考えるほどネガティブに寄っていく。もっと良いことを考えよう。───そうだ、セシルの機体だ。もう”EWACテスター”ではあいつの能力に合わせられないということはわかっていたが、機動性に優れた”アストレイ”を宛がえたのはいい)
あとは、セシルに合わせて機体特性をカスタムしてやるのと、外見を偽装するだけだ。
いくらオーブを巻き込みたいといっても、あからさま過ぎては逆にオーブを巻き込みたいという考えをZAFTに警戒させるだけだ。
バレるにしても、いかに「オーブがこっそり支援してました」感を演出するかが重要なのだ。
(専用機と言えば、”デュエル”と”バスター”の改修案……”バスター”はともかく、”デュエル”の方。あれは間違いなく”アサルトシュラウド”だ。ZAFTが施した改修であるはずのあれが、どうして連合で行なわれるんだ?)
そう、それだけがいまいちわからない。
『原作』では”ストライク”の攻撃で傷ついた”デュエル”を改修する時に、”ジン”用に作られたアサルトシュラウドという強化装備が使われた。つまり、”デュエル”がこの形態になるためにはZAFTに”デュエル”が存在しなければいけないはず。
(いや、そういえば、いつだったかにアサルトシュラウドを良状態で鹵獲できたということがあったな。……待てよ?この世界が『ギレンの野望』に近しい世界線であるなら……)
ユージの脳裏に閃くものがあった。
『敵開発プラン奪取』。『ギレンの野望』に存在する、本来自軍で使えない敵勢力の機体を使えるようになるシステムだが、”ジンAS”の開発プランを奪取したからこそ、”デュエルAS”の開発プランが発生したということではないだろうか?
そういうことであれば、今後は敵兵器の奪取にも力を入れる必要があるかもしれない。
(ダメだ、やはり考えることが多すぎるな。今考えてもしょうが無いようなこと、推測でしかないものもあるし……いかん、目が冴えてしまった)
いっそこのまま、コーヒー飲んで踏ん張るか?そう考えていた時のことであった。
<隊長、起きてくださ……ってますね>
「いったいどうした、マヤ君?こんな夜更けに……」
部屋の中に取り付けられたモニターが起動して、ユージの信頼する技術主任の顔を映し出す。
”アストレイ”の解析をするために働き続けていたはずの彼女がここまで慌てて連絡してくるとは、それほど衝撃的な情報でも入ったのだろうか?
「緊急事態です、隊長。実は先ほど……」
2月17日。その日、世界に激震が奔った。
なんと、地球連合軍とZAFTの間に、3月31日までの
具体的な協定内容は以下の通りである。
①両軍は3月31日の23時59分までの間、互いに対していかなる戦闘行動も行なってはいけない。
②3月31日にラクス・クラインの身柄とZAFTが奪取した”イージス”を交換する。
他にも色々と決まり事はあるが主な内容はこの通りだ。
何よりも人々を驚かせたのは、この提案が連合側から出されたということだろう。
連合軍はZAFTのことを民兵集団として認識しており、まともに交渉をする考えを持っていないというのはそれなりに有名な話だ。そんな連合軍が行方不明だったラクス・クラインの身柄を確保しているということ、あまつさえそのカードを『休戦』のために消費することに理解を示した者は少ない。
大半の人間は「少しの間だが平和になる」ということを喜んだ。だが、少数の人間はこの協定の真実を見抜いていた。
この条約の実体は、連合の必勝の策なのだ。
国力に乏しいZAFTにとって持久戦は鬼門、対する連合は時間を掛ければ掛けるほど力を取り戻していく。その上、"ダガー"の生産体制が整っている。
休戦期間の間にありったけの"ダガー"や宇宙艦隊を用意して、一気に物量で潰す。そういう目論見だった。
数を揃えられないZAFTが勝つには、大戦初期のような圧倒的技術アドバンテージを用意する必要があるが、いくらなんでも1ヶ月強では技術力を向上させるにしてもたかが知れている。
そして何より、この策は反意が生まれづらい。
只でさえ核を用いて『エイプリルフール・クライシス』を招いたとして連合首脳部には民間からバッシングを受けていたのだが、この休戦期間中に未だ混乱が収まらない地域への支援・対応もするということを宣言したため、人々はある程度の溜飲を飲んだのである。
後にこの休戦期間のことを『歌姫の凪』と呼ぶことになるが、協定の実体を把握していた者達は、この期間が『嵐の前の静けさ』であることを悟っていた。このまま両軍の雰囲気が緩和して終戦までいくのではないかという意見は見向きもされなかった。
なお、某"マウス隊"の隊長は「アッパラパーに時間を与えるな!」と憤慨したが、『ジェネシス』のことを他者に伝えられないもどかしさに震えていたという。
これにて、第1章は終了です。
長かった、実に長かった。
ユージの能力が微強化されたのは、第2章でアークエンジェルもといキラ視点になることが多く予想されているので、ユージがセフィロトに引きこもっていても資料整理とかそんな役割で登場出来るようにするためです。
中々出番がねぇなぁ、おい?
まぁ、番外編とかで出番は用意するけども。
まだまだ「パトリックの野望」は続きます。
これからも感想や意見をどしどし送っていただければ、私の励みになります。
応援、よろしくお願いします!
誤字・記述ミス指摘は随時受け付けております。