「爆豪勝己。私のものにならないかい?」
喪に服す少女はヒーローの卵に尋ねる。
「久しぶりに若人の心意気に惚れたよ。君の活躍が見たくなった。うちの事務所に来ないかい?私がトップヒーローに育てよう」
彼女の言動は一つ一つが洗練され、まるで夜想の令嬢が小さな男の子をエスコートするように右手が少年を誘う。
ショックで思考が止まっていた瞳に意思が戻る。
彼女は少年の名前を呼び伸ばした右手で彼の名前を宙に描き言葉を続ける。
「名は体を表す。己に負けず挑戦し続け勝つ君よ。そして知ってるかい勝己って名前はね元は勝気という言葉に由来してるんだ。負けず嫌いで誰にも負けないという意思が君の名であり君だ」
深まる笑顔から覗く二本の牙は邪悪に光る。
「誰にも負けない力……欲しくないかい?爆豪勝己。
手を取りたまえよ。
私、ナイトウォーカーが君に力を貸そう」
少女の見た目からは想像もつかない蠱惑的な悪魔の誘い文句が再度右手と共に彼に伸びた。
教室にいる他の学生は誰も動かない。いや、動けない。まるで物語のワンシーン。クライマックス。魔王の誘いのような一幕に自分たちはこの劇の主役(ヒーロー)じゃないと直感してしまった。観客は劇の続きを固唾を飲んで見守ることしかできない。してはいけない。
彼の右手は少女の手に伸びるも途中で止まってしまう。
ヒーローの紅蓮の瞳は炎のようにゆらゆらと揺れている。しかしその炎にはすべてを飲み込む火災旋風のような畏怖を覚える力強さはなく、焚火の残り火のように弱弱しかった。
だが、緊張の一場面は始業の鐘の音と男の声によって急な幕引きとなってしまう。
「どうしてここにいるんですかナイトウォーカー?」
気怠そうな瞳と声が少女に向けられた。教室前方のドアに居たのは一年A組担任の相澤だった。
「はぁ、失敗したなぁ。学校生活なんて何十年も前だからチャイムのことなんて忘れていたよ。せっかくの一幕が台無しだ。せっかく格好よく魅せていたのに少しは空気を読みたまえよイレイザー・ヘッド。ぷんぷん。」
ナイトウォーカーは視線を相澤に向けるといままでのヴィランのような雰囲気は霧散し、見た目相応のおどけた様子になる。
「いえ、俺に八つ当たりしないでください。チャイムがなる時間は俺じゃなくて学校が決めたことなんで。あと腰に手を当てて頬を膨らませられても困りますよ。年齢を考えてください」
「あら、でも可愛いじゃないですか。社長、写真撮ってもいいですか?教室をバックに撮影なんて滅多にできませんよ」
「いいねアヤメ。撮って撮って。あ、後で私のスマホにも送っておいて」
「えぇ、分かっておりますとも」
アヤメと呼ばれた女性は返事を返すと黒曜石のような瞳をキラキラとさせながらスマートフォンを取り出し撮影を始めてしまう。その光景は仲の良い姉妹の日常風景のように見え先ほどまで教室の空気を支配してた人物とは到底思えず学生たちもただ立ち尽くしている。
相澤は溜息一つ吐き、こめかみを押さえながら話し出す。
「ナイトウォーカー。ここはレジャーランドではなく勉学に励む学校で部外者が好き勝手していい場所じゃないんですよ。わかったらさっさと帰ってください。授業ができません。あとお前達は席に就け。いつまで呆けてるつもりだ」
相澤の目が妖しく光ると学生達はパブロフの犬のように瞬時に着席した。
ノリノリで違うポーズをきめて撮られていたナイトウォーカーだったが、目的を思い出したのか爆豪に向き直り声をかける。
「改めてナイトウォーカーだ。こう見えても古参のヒーローでね。経験量は抜群。会社的に見てもまだまだ成長余地があり人材も金もある優良事務所さ。うちでの経験は必ず君の力の一助になると確信している。それにね」
一呼吸置きナイトウォーカーの月の瞳は爆豪を真摯に捉え、今までにない慈愛に満ちた顔で言葉を続ける。
「初めに君に惚れたと言ったのは本当でね」
言われた本人も含めて教室の空気が固まるが、女子生徒たちからは黄色い声が上がる。そんな彼女たちにナイトウォーカー苦笑し訂正する。
「あぁ、前もって言っておくけど恋愛的な感情ではないよ。爆豪も女の子達も期待させてしまってすまないね」
「はぁ?誰がっ」
「照れなくてもいいさ。可愛い女の子に好意を寄せられたら誰でも嬉しいものだよ。
話を続けるとね。私が惚れたのは君のヒーローになろうとする姿勢。ヒーローとしての姿勢さ」
「姿勢だ?」
爆豪が聞き返す。
「そう姿勢。考え方と言ってもいいよ。誰にも負けない力をもってヴィランを打倒する。勝利という一点に突き進むその姿に私は心打たれたよ。ただの勝利に満足せず完膚なき勝利を望んでいたんだろう?自身の弱さを克服し相手の本気をねじ伏せて勝利したかったんだろう?」
「っ!」
爆豪の瞳が揺れる。
「その一心不乱に勝利を掴もうとする姿に恐怖を覚える者もいる。みんなが君みたいに強い人間じゃないからね。でも私はそんな君の姿に惚れたんだ」
ナイトウォーカーは小さく笑うとアヤメから小さい紙を受け取り爆豪に差し出した。
「これは私の名刺だ。これから職場体験が始まるだろう?その時うちに来なよ。断言しよう。うちに来ればトップヒーローにしてあげる。ちなみにね。私は目的のためなら手段を選ばない。君にとってどんなに過酷でもトップヒーローになってもらうよ」
最後に悪魔のような笑顔で怖いことを言い放った。
爆豪の瞳には少しの迷いがあるようだったが伸びる右手は悪魔の名刺を確かに受け取った。
「ふふ、君がうちに来ることを期待してるよ。イレイザー・ヘッド邪魔して悪かったね。少しは愛想と年上に対する礼儀を覚えような?」
「あなたは年齢をかさにきての横暴を押さえるべきですよ?」
「はは、言うねー。横暴は年寄りの楽しみさ。それを奪おうなんて年上に対する敬いがたりてないね」
「知ってますか?感情が先行し合理に欠ける年寄りの妄言を押しつけることをパワハラっていうんですよ?」
「おぉこわい。なら訴えられる前に年寄りは退散するよ」
最後にナイトウォーカーは爆豪に手を振り教室を後にした。
相澤は生徒たちに向き直ると。
「じゃあ今日のヒーロー情報学始めるぞ」
”何事もなかったように普通に始めたッ!!”
名前の由来は嘘です。こうなら面白いなーと思いました。