「……よろしいので、ミネバ殿?」
「はい、マイッツァー殿」
その彼女、隣の男年寄りにミネバと呼ばれた中年の女性が示す視線の先には一機のモビルスーツ。それを自在に操り、器用な手つきで「子殺し」の生け贄とされたドレルを回収する老女の姿がある。
「しかし、まあ……」
「何ですか、マイッツァー殿?」
「あの方も、未だに現役な物で……」
そのモビルスーツ、旧式の「ジム」を駆るマス家の女性、彼女の事はマイッツァー・ロナもよく知ってはいるし、その気性も分かっているためにあまり迂闊な事は舌に出さない。
「ま、私も人の事が言えた義理ではないがな……」
「こちらジム、ドレル殿を回収しました」
「有り難う、セイラ殿」
「いえ……」
グゥン……
「……」
ここからでは良くは解らないが、恐らくはこの青い地球を背後とした宙域の少し先、ちょっとしたアステロイド・ベルトとなっている宙域には彼マイッツァーが手懐けておいた地球のパイロット、レーン・エイムの息子がいたはずだ。
「結局、あまり役には立たなかったがな」
「何をブツブツと、マイッツァー殿?」
「いやなに、ミネバ殿」
そう言いながらマイッツァーは一つ息を吐き、わざとらしく呼吸を整えた後。
「地球連邦が我らコスモバビロニア、それの建国を認めてくれたのが嬉しいのですよ」
あまり自分でも信じていないその密約、それを口にと滑らす。
「嬉しいのですよ、ミネバ殿」
「本心では、違いましょう」
「フム……」
「銀面の一件を扱った威圧交渉」
銀面、ほんらいならば銀仮面の淑女と言うべきなのだが、彼女はその女の名を知らない。マイッツァーに言われたままの名を述べているのみである。
「連邦の脆弱性に頼った物事の為し方、それを貴方は嫌うはず」
「勝手な決めつけを……」
だが、正直マイッツァーにとっては未だに「小娘」であるミネバ、旧ジオンの生き残りである彼女はあまり組したくない相手だ。
「オードリー、そう名乗る位だからな」
「何か?」
「いや……」
そのまま苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている彼マイッツァーと、何か感性が違う。
「ミネバ様、内火艇を発進してくれて?」
「解りました、セイラ」
ドゥ……!!
その時に漆黒の宇宙の中で火が灯る。マイッツァー達が乗る内火艇が。
「銀面、か……」
「カイ達は、上手くやってくれるかしらね……」
その小型の艦に掴まったままであるセイラのジムを連れて、何処かへ立ち去る。
――――――
「なーにやってんの!!」
「うるさいよ、あんた……」
バナージ・リンクスという彼、やや頬がこけた四十がらみの男である彼にとってこの老ジャーナリストは扱いづらいのだ。今まで何度もスクープ狙いの取材を受けてきた。
「ほら、早くそっちを持ってよカイさん……」
「よっと……!!」
彼がどのような人物なのかバナージにとってよくは知らない。が、妙にリディやオードリー達が彼と仲良くしているのだ、それも気に食わない。
「……フン!!」
その欲求不満をぶつけるかのごとく、バナージのガンダムMK-Ⅱが抱えたレーン・エイムの機体ジャベリン、活動不能となったそれをクロスボーン・バンガード所属の小型艦にと密着させた。
「こっちのデナン・ゲーのボウヤは、と……」
それでも、彼カイ・シデンが本来の仕事ではないこの「回収作業」と、そして人命救助を手伝ってくれたのはありがたいことだ。確かにバナージ一人では手に余る。
「生きてるぜぇ、バナージ君よ!!」
「ああ、そうかいカイさん……」
「カイさん、か……」
「……?」
さっきまでは騒々しい位な程であるこの男、かと思えば時おり何か気分が沈むような彼「フリージャーナリスト・カイ・シデン」の性格はバナージにも解らない、解らないが。
「……!!」
ザァ……!!
ふと、彼らのような「ほわいとべーす」とやらの自慢話が得意な年寄りと会話したときに感じる感覚。何かに、暖かい人に見守られているような「二つの視線」が、バナージのうなじを廻る。
「バナージ、早く持てよぉ!!」
「ああ、ハイハイ……」
「俺は、早くコスモバビロニアと!!」
「解った解った……」
「ジオン火星軍の接点、そーれの記事を書くのよ、解るぅ!?」
「うるさい、うるさい……」
どうせいつもの感覚だ、リディ達と話をすれば治る病だ。
「そう、あのセイラって人も言っていたからな……」
しかし彼だけが感じるこの謎の視線、それに触れた時に彼バナージは、いつも不可解な感情に心が包まれるのだ。
――――――
「なあ、セシリー」
「なによ……」
地球の海、何処までも広く伸びる生命の象徴を眺めつつ、シーブックは缶コーヒーを一息に飲むと、そのまま。
「身体に悪いわよ、そのムラサメ・コーヒー」
「あの銀面っていう女」
「それが?」
「結局の所、いったい」
強い陽射しに照らされた砂浜、そこにと腰を下ろし、ジーンズズボンを細い砂に汚させる。
「何者だったんだろうなあ……」
「知るもんですか」
「何かを、憎んでいたみたいだったけど」
「鉄仮面と同じく、単に」
折角の地球、という訳でもあるまいが、日本のサナリィ支部に世話となっている間、どうもセシリーはその恩恵を満喫しようと決めたらしい。彼女の際どい水着はシーブックの目のやりどころに困る。
「フラストレーションがあったんでしょう……」
「そうかな……?」
「過ぎたことよ」
「ウン……」
そのシーブックの返事はまさしく生返事、そのまま彼は海に向かうセシリーを眺めながら、傾きつつある陽を眺めながら何か考え事に没頭している。
「……」
宇宙からのF91などの回収、それにはまだ時間がかかりそうと聴いた。
「ふう……」
砂浜に座りながらシーブックは携帯端末にその指を走らせた、やや離れた場所にいるはずのナツメ、そしてザビーネとでも会話をしようと思ったのだが。
「くそ、通じん……」
シーブックは機械関係に強い方ではあるが、どうもこの通信機というものを手足のように扱うのは抵抗がある。やりづらいのだ。
「何故か、ザビーネの奴は上手く使いこなしているがな……」
それでも顔を会わせない会話、それに拒否感を覚えてしまうのがシーブックという青年である。そのまま彼シーブックは何かムシャクシャした気持ちを。
ポォン……
一掴みにした砂にと込め、それをよく晴れた海の方向へ向かってばらまいた。
――――――
「ドレル様も可哀想にな……」
とはいえ、ザビーネにとっては他人の家庭の事、それ以上の感情は湧きようにない。
パサァ……
ムラサメ研究所の一室、そこでザビーネ・シャルは今日発行されたばかりの新聞にとその目を通す。
――本日、地球連邦とコスモ・バビロニアとの間に、不可侵条約が締結されました――
「ふん……」
武力によって得た成果ではない、貴族的な外交によって成された、バビロニアの建国だ。
「しかし、それは……」
必ずしも彼ザビーネが望んだ貴族主義ではないのだ、このような地球連邦風のやり方は。
「……」
朝日が見える窓、それにちらりと視線をやった後にザビーネはコーヒーにとその口をつけ、暫しの間思索に耽る。
「私の目指しているものは……」
やはり今のバビロニアとは違う、力ある物が上に、心身ともに強い物が人の上に立つという主義を、今現在のコスモ・バビロニアが貫き通しているとは思えない。
「はたして、ベラに付くだけで叶えられる物なのか?」
連絡でもしてみようか、そうふと思い立ったザビーネは、携帯端末に浮かび上がるミノフスキー粒子濃度を気にしながら、器用な手つきでセシリーがもつ端末への通信を入れた。
――――――
「怪我の様子はどうだ、レーンとやら?」
「ああ……」
風光明媚な泉を臨む館、その一室で結局ジャベリンが爆発したことによる負傷を癒していたレーン・エイムは、そのまま。
「何とかなりそうです、ドレル殿」
「それはなりより」
ドレル・ロナ、コスモ・バビロニアの高級貴族の青年にと、軽くその頭を下げる。
「悲しいな、レーン殿」
「はい?」
「親子同士が戦うというものは」
「……」
レーンにはドレルがどのようなニュアンスでその言葉を言ったのかは解らない、が。
「戦場での出来事ですので」
ピィ、チィ……
鳥の鳴く声を聴きながら、彼レーンは息子を傷つけてしまったその手を、癒し続ける。
「全く……」
レーンにしてみれば、好き好んで妻を見殺しにするはずがない。その事は「息子」も解ってくれるはずだと思っていたが。
「ままならぬものだな……」
静かに席を外してくれるドレルの心遣いに感謝をしながら、レーンは自らのポケットに納めている携帯端末、息子からの着信があったその携帯端末にとチラリと目を向けた。
「……」
どうせこの部屋とは壁一枚の隣部屋にいるのだ、わざわざ父である自分と通信機越しに言葉を交わす必要もあるまいに、と思ってしまうのがレーン・エイムという男の、時代に付いていけない所であろう。
「リディさんは、私と違いこういう物を上手く使っているのにな」
多少の皮肉とやっかみが混じったその独り言、それはやはり彼レーンと息子との仲間(なかあいだ)だの、いわゆるジェネレーション・ギャップというものである。越えられない世代の壁だ。
――――――
「ふん……」
ナツメにしてみれば、父リディにこのような携帯端末で、ミノフスキー粒子を巧みに避けながら通信を行える技術を持っている点、それは何か気にくわないことだ。
「じゃあね、父さん」
「おい、ナツメ……」
「邪魔だから」
プッ……
ナツメにとっては久し振りに臨む地球の湖であり水着も新調したのだ、いちいち父親の紐付きではやってられない。
「ほら、ジュース」
「ありがとう、アラヴィス」
「そのセパレートの水着、似合っているよ」
「フフ……」
もはや空中分解寸前のレジスタンス組織、それは別としてもこの休暇が突然与えられたのは、ナツメ達にしても有り難い事である、ようやく息抜きが出来る。
カ、サァ……
照りつける太陽の元、ナツメが広げた一通の手紙、それに書かれていた言葉をナツメはじっと見つめた。
「……」
いくら父がくれた墓参りの招待状、手間を掛けてくれた理由は解るが、それにナツメが付き合わなくてはならない道理はない。たとえ自分の母親だろうともだ。
「ま、いっか……」
墓参りは父リディとは別に行こう、そう思いながらナツメは、その場で大きく伸びをしながら。
スゥア……
その脚を、湖へと疾らす。