「……では、母上はこのサイコ・バグに意味があると?」
「そうですよ、ドレル」
「フム……」
とは言っても、ドレル・ロナとてバグに対する見解はザビーネやベラ等と一致している。毒ガス等と同レベルの品物なのだ。
「お祖父様がどう言われるか……」
「マイッツァー様と我らは血の繋がりはありません、ドレル」
「……」
銀色の仮面を付けた母、自ら「銀の淑女」と名乗っている母の自意識の高さにドレルは辟易する事もあるが、それでも肉親である。ただでさえ父を失って心境的に不安定な青年であるのだ、強い口調で母に言葉を発することはできない。
「……マイッツァー様には?」
「伝えてあります、ドレル」
「ラフレシア、いやバグはクロスボーンでも嫌がる人間の多いことです」
「無差別な殺人を嫌がっているのです」
「サイコ・バグでそれに反する仕打ちが出来ると?」
「自分の目で見解し、伐つべき敵が解るのでありましょう……」
そう言いながら扇を軽く振る母、しかし母である淑女の言葉に、ドレルは何かが納得出来ないのだ。
――――――
「ザビーネ、ベラは知らないか?」
「さあ……」
たまにはテラスで食事を取るのも良いと思い、ドレルはこの公園を見渡せる席にと付いたのだが、まさかこの場所をザビーネ・シャルが知っているとは思わなかった。ドレルの見たところ、ザビーネという男はどこか野武士めいた面があり、優美を愛する者とは想像できない、武骨な者である認識だったのだ。
「私もここ数日、ベラ様とは会っていない」
「コーンスープをくれ、ザビーネ」
「良いですとも……」
ザビーネはどうやら昼食を済ましてしまっていたようだ、小食なのか匙が進まないのか、彼の皿には食べ残しが多い。
「ザビーネ」
「何ですか、ドレル様?」
「サイコ・バグの事だが……」
「……」
その単語が出たとたん、ザビーネはその片方だけしかない目を瞑り、腕組みをしながら静かに唸った。
「民意を失う兵器です、ドレル様」
「美意識ではない?」
「それは私の私情ですよ、一応ね」
「言うね……」
コロニー、フロンティアⅣの気候は程よく、どこか秋の風を感じさせる。
「ベラ、な?」
「バグ、サイコ・バグを使うとならば」
「ベラは嫌うか、ザビーネ?」
「ベラ様が我らの前に姿を見せることは、もうなくなるでしょうな……」
「父上も嫌われたものだ」
「カロッゾ様の件に関しては、関係がないでしょう……」
カロッゾ様、そう言ったときにザビーネの口の端に何か皮肉げな笑みが生まれた事にドレルは何も言わず、ただ。
「お祖父様も、胸の内を明かさない方であるからな……」
嘆息と共にドレルの口から放たれたその言葉、それにザビーネは静かに頷いたように見える。
「銀の淑女か……」
「母上が何か、ザビーネ?」
「パイロットとしても優れているようでありますね、ドレル様」
「昔取った杵柄という物らしいよ」
「なるほど……」
「ザビーネ?」
パンを千切りながらザビーネの閉じられたままの瞳をじっと見つめるドレル、しかし彼ザビーネはそのドレルが放った無言の言葉に答えない。
「……鉄仮面の元妻だというだけで危険なのに、誘われてはたまったものではない……」
「何か、ザビーネ?」
「いや、別に」
――――――
「死んでいった仲間、そして親父の仇という事でもあるけどね、ナツメさん」
「復讐かあ……」
「あるけどね、と言ったよ」
今日のシーブックは少し機嫌が良い、つい先日セシリーがこのスペースアークに顔を出したお陰かもしれない。
「危険なんだ、コスモ・バビロニアは」
「あなたもそう思うの、シーブック?」
「皆殺しを考える人間、それの独走を許すような組織だ」
どこかレーンと同じような事を言っている、ナツメはオレンジジュースを飲みながらそのシーブックの言葉にじっと耳を傾ける。
「だが、セシリーはなるべくならコスモ・バビロニア、クロスボーンとは会話で手打ちにしたいと思っているようだ」
「まるでメッセンジャーの女神ね」
「何か、レーンさんは彼女が来たとき、渋い顔をしていたけど」
「ああ、それは……」
ナツメが情報通のアラヴィスから聴いた話では、昔レーン・エイムが相手をしたテロリストにそういう、敵味方を行き来して互いを惑わせた女がいたという。
「感じすぎなのよ、あの人は」
もっとも、軽薄者であるアラヴィスの言うことであるからナツメは話半分として聞いていたが。
「ともあれ、バグは何とかしてこの世から消し去りたいな」
「それほどバグが嫌い、シーブック?」
「嫌いだね、人を効率よく仕留める為だけにデザインされた品物さ」
「へぇ……」
ナツメはそのバグとやらの実害を見た訳ではないが、ここまで嫌悪感を人に与える兵器とならば、やはり「邪悪」なのであろう。
「F91、調整は終わった?」
「やはりヴェスバーが欲しい、ガトリングの調整自体はグルズさん達に手伝ってもらって終わったよ」
「ビームガトリング、不満があるの?」
「ビームシールドを撃ち破れない、当然だろう?」
そのままシーブックはテーブルの上に置いてあるハッシュドポテトに、やや乱暴な手つきでフォークを突き刺した。確かにその理屈はナツメにも解る。
「ペーネロペー、上手くつかえそうなんだって、ナツメさん?」
「本当はレーンさんの方が上手く使える」
「ファンネル、ニュータイプとやらの専用兵器か……」
シーブックにとって、いや今の若いパイロットにとってファンネルという無線誘導兵器は馴染みがない物らしい。ナツメにしても父やレーンがサイコミュに理解がある家で育った為に、他の人間よりもこの武器について知っているだけだ。
「F91のバイオ・コンピュータだって、サイコミュみたいなものじゃない?」
そのナツメの言葉にシーブックは無言のままでいる。確かナツメが聞いた限りでは、彼の母親がそのコンピュータの設計に携わっているらしいが。
「よっ、ナツメちゃん」
そういっていきなり女性の肩を叩く男は、アラヴィスしかこの艦にはいない。
「何よ、アラヴィス?」
「少し模擬戦に付き合ってくれないか?」
「ペーネロペーで?」
「いやジェガンでさ……」
「ペーネロペーはやっぱり怖い?」
そのナツメの皮肉に、アラヴィスはもちろんシーブックもまたその肩を竦めてみせる。
「ジェガンとペーネロペーでは、勝負にならんでしょ、ナツメちゃん……」
「あ、そう……」
このレジスタンス、連邦軍の後ろ楯があってモビルスーツの保有量自体は多いのだが、肝心の質がともなっていないのだ。旧式のジェガンやリゼル、そしてオデュッセウスの得体の知れない追加サイコミュ・ユニットばかり廻されるという自体になっているのだ。
「ペーネロペーとジャベリン、ようやくF91に追従できる機体が来たからなあ……」
そのシーブックのぼやきには、この場にいない古参兵、レーンやデッツも同意する事だろう。
「あ、鹵獲したエビル・S達もあったっけ……」
いざというときはコスモ・バビロニアに対して「民間人や脱走兵達の勝手な抗議活動」として切り捨てる腹積もりが、連邦の上層部にあるがゆえの雑多な集まりになっているのだ、この抵抗組織は。