「クロスボーンとは痛み分けに終わったみたいだな、レーン大佐」
「仕方ありませんよ……」
正直な話、戦いの後で疲れているのに昔の上官、ケネスとは顔を合わせるのは彼レーンにとって難儀なものだ。
「ラー・カイラムにリディ准将と共に来たので?」
「そうだ、メジナウム殿と一緒にな」
「それは大変でしたね、ケネス先生」
「先生?」
「官職が無くても目上の方は、そう呼ぶとチュウゴクの歴史に倣ったのですが……」
「私はチュウゴクの者ではない」
「ニホンに家があるのでしょう、同じ事ですよ、ケネス先生」
「宇宙から物を見るな、地に足を着けるとあそこも広いのだぞ?」
何か文句を言いながらも、ケネス・スレッグの目からしてみれば、このレーン・エイムという男が何だかんだいって元気そうなのは結構な事である。
「クロスボーンな、手強いのか?」
「強いのです、心身ともにね」
「コスモ貴族主義とか言っていたな、レーン?」
「理屈では中世の回帰ですよ、さすがに封建時代そのものと言うわけではないでしょうが……」
「貴族か、権力を数人の人間で独占しようという構造かな?」
「そのクロスボーン、コスモバビロニアと関係が深い娘さんによれば、地球連邦を支える民主主義の否定が原点にある様子です」
「危険だな、レーン」
「はい」
レーン・エイムは、そのやや老けた感がある元上官にコーヒーチューブを手渡してやりながら、整備中であるモビルスーツ達、このスペースアークに係留されているF91達にとその視線を向けた。
――――――
「無茶をしてくれちゃって、シーブック!!」
「何だよ、セシリー……」
「コスモ・バビロニアは必ずしも版図拡大を望んでいないわ」
「いまさらそんな事を言うか?」
ハンガーデッキの上方からこちらへ妙な視線を投げ付けてくる二人の年配の男、彼らに一つ目配せした後、シーブックは再び大きく破損したF91の様子を確かめながら、傍らに立つセシリーにと非難じみた視線を送る。
「ラフレシアを許したセシリーのロナ家とやら、俺は信用してはいないぜ?」
「お祖父様の考えでは、もうバグは許されないだろうって」
「いや、違うな」
シーブックはあえてラフレシアと、セシリーの父である鉄仮面の名を出さずにラフレシアと述べたのであるが、その彼の心遣いにはセシリーことベラ・ロナは気が付かなかったようだ。少し彼女は疲れているのかもしれない。
「ラフレシアの二号機、俺は見たんだよ」
「二号機……!?」
「知らなかったのか?」
「……」
そのシーブックの言葉に強く自らの唇を噛むセシリー、彼女がその口を開きかけた瞬間、シーブックはそれを遮って。
「女だった」
何かをはきすてるかのように言い放ったシーブック、その彼の顔を覗き混みつつ、セシリーは自らの美しい金髪に軽くその手を添える。
「女の人……」
「仮面を付けていた、銀色のだ」
「まさか……」
「知っているか、セシリー?」
「銀面の淑女、兄の母親よ」
「確か兄さんはドレルとか言っていたな、そして」
そこでシーブックは一つ呼吸を置き、近くにあったサイドテーブルから野菜ジュースのチューブを取り出す。
「その、なんだ……」
「鉄仮面、私の父の前妻よ」
「ふん……」
セシリーはシーブックと目を合わせないままにそう言い放った後、彼から乱暴な手付きでジュースを奪い取り、その中身を自らの唇に押し当てる。
「おい、それは俺の飲みかけ……」
「鉄仮面がロナ家に入る時に捨てた女性、元ジオンの人間みたいよ」
「ジオンか、昔の話だな」
「私は会ったことはない、だけど兄ドレルは距離を置いていた」
そのドレルという男がどういう人間なのかはシーブックにはよく解らない、しかし一日前の戦場で会った彼女、その「銀面の淑女」とやらからは、何かシーブックは鉄仮面と同質の感覚を彼女から、そしてラフレシアの改良タイプから感じていた。
「ところで、セシリー」
少し気分を切り換えようとしたのか、シーブックはジュースを飲み干した彼女セシリーの顔をじっと見つめながら口を開く。
「このスペースアークの援軍にやって来た連邦、その艦からクロスボーンに誰かが行ったらしいな?」
「連邦の高官でしょう、取引かしら?」
「取引だったら、フロンティアⅣに行くはずでは?」
「私が知るもんですか、シーブック」
そう言いながら、セシリーはやや高慢にもシーブックにジュースの「お代わり」を要求する。
――――――
「マス家のおば様とは、今でも繋ぎを?」
「ああ、オールズモビル……」
何か暫く見ないうちに娘ナツメの顔付きが変わった、そう認識せざるをえないリディは、今さらながら娘との距離を感じてしまう。
「オールズモビルという旧ジオンの勢力が決起してな」
「知ってるよ、リディ父さん」
「また少し、地球のジオンの復権を求める連中が騒がしくなってきたんだ」
「昔の父さんの恋人、オードリーさんは無事なの?」
「恋人なんていう間柄じゃなかった、誰に聞いたんだナツメ?」
「バナージさん」
「ふん、全く……」
そのオードリーという女性共々、距離が離れすぎているが為にもう十年は顔を合わせていない男の事を思い出して彼、リディ・マーセナスは軽くその顔をしかめてみせる。
「まあ、最も……」
オードリーという旧ジオンの女性にジオン派決起という荒事の波が襲いかからないように、同じくジオンと繋がりがある家「マス家」の女老盟主に彼女の保護をしてくれるように頼んだのはリディなのではあるが。
「ナツメ」
「何、父さん?」
「良い生活を送っているか?」
「送っているわよ」
「……」
「ここでは、誰もマーセナスの家名を知る人はいない、家から離れられる」
冷たい表情でそう言葉を放つナツメ、彼女のその言葉にリディは一つため息をついた後。
「ア、アイスでも食べないか?」
「……」
「アイスが似合う女優、お前は似ていると父さんは思うぞ?」
彼は全く気が効いたとは言えない言葉を発するが、それにナツメは眉一つも動かさず。
「父さんの顔も見なくてすむから」
と、言い残したきり、白い壁に包まれた通路の奥へと歩み行く。
「……」
そのハンガー上に取り残されたリディに、ケネスと別れたばかりのレーンが何かを語りかけようとしたが。
「レーン!!」
「な、何ですかリディさん!?」
「昔の俺によく似た娘、ヨリを戻す事が出来ると思うか!?」
「はい!?」
突然ハンガー内で大声を上げたリディ、その彼に整備員や。
「何、あの人……?」
「さあ……?」
口喧嘩をしていたシーブックとセシリーも、互いに顔を見合せながら彼リディの顔を見やる。
「このスペースアークで酒を飲む場所はあるか、レーン!?」
「無いですって、落ち着いて下さいリディさん!!」
その叫ぶリディにケネス・スレッグもまた近寄ろうとしたが、一歩の所で思い止まった。
「私はリディさんに、権力争いに負けたツケを払っていない……」
リディもケネスも、レジナウム大将を筆頭とする連邦の穏健派、いや。
「自分では手を汚さない人間、それに我らは負けたんだったな……」
その対抗派閥に負けたリディやケネス、そしてレーン達、その事で常に連邦の内部では肩身が狭い思いをしている上に、家庭の問題まである自分達の神経がささくれているのは当然だと、ケネスは納得するしかない。
「その納得の仕方、レーンも受け入れてくれればいいが、な」