「夫の仇を取りたいと思うのは、妻としての務めでありましょう」
「テキと見なしているのはレジスタンスのみで、地球連邦には敵対する意思はないと?」
「マイッツァーもそう申しております」
とは言ってもレジナウム、地球連邦軍の大将たる彼はその、額に大きな傷がある彼女、通称銀面の淑女とやらの言葉を真に受けるほど愚かではない。
「うーむ……」
その彼レジナウムが巨体を沈める豪奢な椅子、背もたれが軽く軋む音と共に彼は自身の整髪料で固めた髪に軽くその手を置く。
「お望みのサイコ・バグとやら、確かに我々地球連邦も設計図を持っている」
「簡単な作りでしょう、バグは……?」
「アナハイムの者もそう言っておりましたよ、淑女殿」
「シンプルな良い兵器です、バグは」
レジナウムにとっても、説明を受けただけでバグという兵器は対費用効果が優れている兵器であると理解できる。
「そう、例えば……」
例えば反乱分子の拠点にバグを侵入させれば、モビルスーツに守られているパイロットを死傷させる事が出来なくてもメカニックや炊事洗濯などの任務の者、そして司令を仕留めればその組織は壊滅したも同然だからだ。
「よろしい、連邦がバグのデータを買い取りましょう」
「では、お約束通りに……」
「はい、サイコ・バグを調達します」
「くれぐれも良識ある使い方を……」
「もちろんですとも、淑女殿」
――――――
「こうやって、君と話をし合うのは初めてかな?」
「ハッ、マイッツァー様……」
「楽にしたまえ、ザビーネ君」
「ハッ……」
とはいえ、ザビーネ・シャルにしてみれば何故コスモ・バビロニアの当主であるマイッツァー・ロナが自分を呼んだのかは解らない。先の小競り合いから帰還しての急遽の呼び出しであるからだ。
「そう、ドレルや銀面も一緒に呼ばれたな……」
そのドレル達とは艦が別だったが為に詳しくは解らないが、どうも彼らの乗っていた巡洋艦には、連邦の人間も乗ってきたという話が伝わっている。
「なあ、ザビーネ君」
窓の外から見える風景は日の光を浴びて一層に輝き、彼らがいる館の近くに拡がる湖が、人工日照の輝きをより強く煌めかせる。その光の波が自らの身体を暖める感覚をザビーネは覚えながら。
「私の名代として、ベラを見守ってくれぬか?」
「……」
そのマイッツァーから発せられた言葉、その意味を彼は自身の頭の中で何度か反芻をする。
「……なぜ、私に?」
「ドレルには、他の役割がある」
「それは一体……」
「このコスモ・バビロニアの当主としての役割だ」
マイッツァーの言葉、それを聞いたときザビーネは神経質そうにテーブルの上に組まれた自らの手を軽く微動させながら。
「ベラ様は、このバビロニアの当主に相応しくないと?」
「……」
椅子から静かに立ち上がったマイッツァー、彼に対して疑問の言葉をぶつける。
「民衆の空気を漫喫しすぎたのだよ、彼女は」
「はあ……」
「あれでは、連邦のやり方を取り入れるのに抵抗が無さすぎる統治者となってしまう」
「ベラ様は貴族主義に相応しくないと?」
「そうだ、君と同じようにな」
「ムッ……」
マイッツァーがどこか突き放すように吐いたその台詞、それに彼ザビーネ・シャルの神経は一瞬癇に触ったが、彼はそのまま一つ息を吐いた後、テーブルに置かれた紅茶に口をつけその呼吸を正す。
「私が貴族に相応しくないとは、マイッツァー様?」
「君の品性は騎士の持つそれだ」
「貴族と騎士は違うと?」
「私の目指している貴族主義においては、その両方に違いはない」
「……」
「ただ、武断に生きすぎる騎士は連邦とのやり取りにおいて、不利になるということだ」
「このコスモ・バビロニアが安定した後に私のやり方が裏目にでると、マイッツァー様?」
「勘が良いな、流石に……」
ザビーネに振り返ったマイッツァー、彼はそのままザビーネの厚い肩を一つ叩きながら、軽く笑みを浮かべる。
「その気骨と感性、ベラの近衛騎士に相応しいと思ってな」
「感性、というとどうもムービーで見たニュータイプのようですね」
「君にはその素質があるのだろう、ベラ共々」
「はい」
「私とて歳だ、ザビーネ君」
そのままマイッツァーは椅子にもたれ掛かるように座り込み、その唇を軽く紅茶で濡らした。
「ドレルに全てを任せる訳にはいかん」
「銀面の淑女どのがいらっしゃいますが……」
「あの者か……」
ザビーネにしてみれば少しこの老貴族に「探り」を入れてみた訳であるが、はたしてそれにこのマイッツァーが引っ掛かったのかどうかは、ザビーネには判断出来ない。彼マイッツァーは感情を表に出す男ではない。
「市井の実務に長けた者であるが」
「危険だと思われます、マイッツァー様」
「そうか、ザビーネ?」
「バグを必要悪と認識している嫌いがあります、毒物の使用は騎士道に反します」
「すこしつつしめ、ザビーネ」
「ハッ……」
「あれでも、ワシの義理の娘に当たるのだぞ?」
それを言われたら、確かに外様であるザビーネには口を塞ぐしか方法がない。
「ザビーネ」
「はい」
少し考え事をしていた彼ザビーネに、マイッツァーは静かに語りかけ。
「ベラをよろしく頼む」
「私は立身出世を試みる者です、ベラ様を利用しようという面もありますよ?」
「それでいい、ならばベラを良く立ててくれるはずだ」
「フム……」
何か納得がいかないザビーネ、彼にと軽く微笑んだ。
「市井に憧れるベラ様とその民衆の上に立とうとする私、お似合いか……?」
男女の関係、というのはザビーネにとってもベラにとっても互いに埒外になるが、それでも彼にしてみれば女王に仕えるザビーネ・シャル、シャル家というのは興味がそそられる物である。
「……私はこのバビロニアにあまり敬意を払っていない、何か覇気が足りない国だと思っている事を、このマイッツァー様に見抜かれている……?」
その思索にふけるザビーネを、日の光を浴びながらマイッツァー、彼は静かに見守る。
――――――
「母上は、何を考えておいでで……?」
「私は現実主義なのです、ドレル」
「しかし、エビル・ドーガはコスモ・バビロニアの品性を汚します」
「笑止な……」
そう息子に笑いかけながら、その手に持つ平団扇を大きく扇ぐ「銀面の淑女」は、しかしその仕草も息子ドレル・ロナにとって嫌な光景に映る所だ。
「戦に品性も何もありませぬ」
「騎士道という物もありまして……」
「所詮は勝った者が放つ理屈です、正道というものは」
「……」
話が合わない、カロッゾが死んでその仇討ちにクロスボーンへと参加した淑女ではあるが、やはり昔ながらドレルとの話が合わない。
「失礼、母上……」
暗い部屋の中でその席から立ったドレル・ロナ、その息子を見やる銀面の淑女の表情は窺い知ることは出来ないが。
「……」
部屋から立ち去るドレルにとっては、どこか彼女が笑っているように思えるのだ。
「フフ……」
その「息子」が立ち去った跡を淑女はじっと見つめていたが、しばらくしたその後に。
「無条件で、血の繋がりが愛情を注ぐと思い込んでいる、可愛い息子よ……」
昏く、暗闇の中でほくそ笑む。
――――――
「エビル・ドーガの試験を、ドレル兄上?」
「そうだ、ベラ」
「セシリー、そう呼んでいただけないかしら?」
このベラ・ロナことセシリーにしても自意識の強さは自分の母と変わらないなと、ドレルは鹿肉のステーキを食べながら考えてしまう。
「この店、良い店でありましょう?」
「最近私も、手軽に食べれる物ばかり食べていたからな、ベラ」
「セシリー、と……」
「解った、解った……」
淡いピンク色のドレスに身を包んだセシリーは、兄である自分の目から見ても美しいと思うが、その美しさの裏にはどうも妹にとって何処かに好いた男がいる、そう思ってしまう兄ドレルである。
「セシリー」
薄いワインを飲んでいるセシリー、彼女の頬に映えるオレンジ色の光にその両目を細めながら、ドレルは目の前にあるサラダを載せたボールを少し脇にと置きながら。
「やはり、お祖父様の元に留まるつもりはないか?」
「ないわ、やっぱり」
「そうか……」
以前に彼女から聞いた心情、それの念を押した確認をする。
「やはり、私がコスモ・バビロニアの当主にならんとするか」
「そうね、期待しているわお兄様」
「止めろ、その言い方は……」
その身をタキシードに包んでいるドレルは、その彼女セシリーの言葉に苦く笑いながら、食事の手を再開した。
「お祖父様、マイッツァーはセシリーに期待していたというのにな」
愚痴めいたドレルのその言葉、それをセシリーはあえて無視をし、その唇に軽くワインを湿らせる。
「失礼」
その二人が囲むテーブル、それに一人店の店員が近づく。
「このカードを預かっております」
「受け取ろう」
片目に眼帯を付けたその店員、彼の姿をチラリと見たドレルは、一つ咳払いをした後にカードをその手に受け取り、サッとその目を通す。
「失礼致します、ドレル様」
その店員はデザートをドレル達のテーブルの上に並べて、その後に一礼をして店の奥へと立ち去っていく。
「あの人も結構芝居気があるわねぇ……」
「そうだな、セシリー」
ドレルの手からそのカード受けとりながら、セシリーはデザートのチョコレート・ケーキを見つめつつ、一つ軽いため息をついてみせる。
「……」
そのカードを真剣な目で見つめているセシリー、ドレルは彼女の顔からその目をそらし、デザートに手をつけ始めた。
「サイコ・バグ、移動する最終防衛ラインね……」
「ベラ……」
「いいじゃない、誰に聞かれても」
もちろん、本来ならこのような場所で話す問題ではないことはセシリーにもわかっているはずだが、それでもその異質な兵器の特性を知ってしまったが為に彼女の口から出てしまった言葉、しかしそれにドレルは強い口調で止めたりはしない。
「ま、確かに誰かに聴かれてもいいか……」
やはり、どのような質と倫理観であるレベルの兵器であっても、効果的過ぎる兵器に対して拒絶反応を見せてしまうのはドレルの若さであろう。この事が連邦に聴かれて、勝手にサイコ・バグを止められてもよいと彼が考えてしまう程なのだ。