【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

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第Ⅰ部-第3章- 再会の魔都
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 6月中旬。士官学院生達は一様に勉強する日々に追われていた。数日後に待つ中間試験で良い成績を残すためである。

 

 特別実習から数日が経った頃に無事目を覚ましたティアも今では普段通りに学校生活を送っており、彼女も他の生徒と同じ様に勉強を繰り返していた。サラからの説明を受けてティアが実質まだ1歳少々だと知った事で、彼女が勉強出来る様になっている現状がどれだけ凄い事なのかを知った9人。自分の勉強は当然乍ら、出来る限り彼女へ協力しようと決意した。

 

「ティアちゃん、今日は導力学について一緒に勉強しましょう?」

 

「う、ん……あり、がとう。アリ、サ」

 

「~~~っ! 良いのよ! 何でも頼ってね!」

 

 放課後になり、自由に過ごせる様になって生徒達は皆勉強ムードである。クラブも試験が終了するまでは行われず、サラが去って最初にティアの元へ近づいたアリサ。大分距離が近づいたのか、もう怯えた様子を見せずに告げたティアのお礼に感極まったアリサは今すぐ抱きしめたい衝動を必死に抑え込んだ。……そんな光景を傍で眺めていたフィーはふと、自分に視線を向けるラウラと目を合わせる。だが彼女はすぐにフィーから視線を外すと教室を後にしてしまった。

 

 特別実習でフィーが元々猟兵団に居た事を知ったラウラは、以後彼女と距離を取る様になっていた。嫌っているとも違う、微妙な距離。猟兵団は世間一般に良いイメージが無い。ラウラの中でもそれは変わらず、そこに居たフィーへ感じる思いは複雑なのだろう。

 

「それじゃあ、私の部屋へ行きましょうか!」

 

「アリ、サの……へゃ?」

 

「えぇ。フィーちゃんも来るわよね?」

 

「ん……そうする」

 

 フィーの居るところにティアがある様に、ティアが居るところにフィーがある。ティアがアリサの部屋に行くとなれば、当然フィーも同行する事となり、3人は第3学生寮へ向けて歩き出した。そしてそこで夕食の時間になるまで勉強を行えば、夜にはフィーの部屋で軽くもう1度自習をしてから就寝。そんな日々をティアは繰り返していた。

 

「……フィー?」

 

「?」

 

「……近、ぃ」

 

「そうかな?」

 

 最近はサラの部屋で無く、フィーの部屋でばかり夜眠る様になっていたティア。サラもティアが寝付くのを待たずに飲める為、喜んで譲っているが……知らぬところで実はティアはピンチに陥りかけていた。

 

「あ、ぅ……暑ぃ」

 

「気にしない」

 

 今までは同じベッドでも並んで横になるだけだった。だがここ数日、ティアはフィーと手を繋いで眠る事が多くなっていた。更には寝て起きた際に抱きしめられている様になり、寝る前に抱きしめられて眠る様になり……額と額を当てて完全に密着する様になって初めてティアはフィーの距離感が近い事に気付いた。だが特に可笑しな様子も無く良い切るフィーの姿に『そうなのかな?』と思ったティアはそれ以上文句を言う事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学生達にとって長い時間が終わった。中間試験の開放感に包まれながら迎えた自由行動日。ティアはとある出来事によって常に怯えた様子で過ごしていた。フィーが園芸部へ行ってしまった為、第3学生寮のフィーの部屋で1人だったティア。既に誰も居ないと感じていたティアだが、その感覚を裏切る様に突然部屋の扉がノックされる。

 

「ひぅ!」

 

『……』

 

「あ、う……う、ぅ……」

 

『うふふふ』

 

「っ!」

 

 音に怯え、あたふたするティアを嘲笑うかの様に部屋の中で響き渡る女性の笑い声。ビクビクと震え乍らベッドの上で布団を頭から被り、何も聞こえない様にする。……だが、ゆっくりと部屋の扉が開く音を聞いてしまう。何者かがゆっくりと近づき、やがて被っていた布団の頭部分に手を置いた。捲り上げれば見えてくる薄水色の髪。不安そうに顔を上げて見つめる少女に、彼女(・・)は優しく微笑んだ。

 

「ティア様、心休まるハーブティーをご用意しました。如何ですか?」

 

「あ、ぅ……」

 

 それは昨日、第3学生寮の管理人としてやって来た女性……シャロン・クルーガーだった。アリサの実家でメイドとして雇われていたと言う彼女はアリサの母によって、ここへ来たとの事。突然現れた大人の女性に怯えずにはいられないティアだが、何よりもティアが恐怖するのはそこでは無かった。

 

「シャ、ロン……?」

 

「はい♪」

 

 何故か昨日会ったばかりの彼女の名前をティアは呼ぶ事が出来た。大人故に恐怖は感じる。話す時にも上手く口は回らない。他の人達と同じにも関わらず、ティアは彼女の名前を呼ぶ事が出来た。まるで心の中へ違和感無く入り込む様なその女性に、ティアは未だ遭遇した事が無い故に恐怖を抱かずにはいられなかった。……相手がもしも男性なら暴走の可能性もあったが、女性故にその危険性が薄いのはある意味救いである。

 

「それでは、参りましょう」

 

「あ、あわわ……」

 

 被っていた布団を取っ払われ、両脇に手を入れて持ち上げられたティアは1階にあったソファとテーブルの場所に連れて行かれる。そして差し出される紅茶とお菓子。良い香りが部屋の中へ漂う中、ティアは不安そうにシャロンと紅茶を交互に見続ける。

 

「さぁ、お熱い内に。ですが火傷には十分にご注意くださいね」

 

「ぃ、ぃただき、ます」

 

 両手でティーカップを持ち、ティアは数回息を吹き掛けて冷ましてから紅茶に口を付けた。途端にその味に警戒して居たシャロンを前にして頬が緩む。と同時に一瞬赤い何かがシャロンを顔付近に見えるが、ティアが視線を向けた頃にはハンカチで口の上を拭うシャロンの姿のみで特に赤い何かを見つける事は出来なかった。首を傾げるも、微笑みを返すだけのシャロン。次にお菓子へ手を伸ばして食べれば、再びティアの表情は幸せそうに緩んだ。

 

「ただ、い……ま……はぅ……」

 

 そこへ丁度良く第3学生寮へ戻ってきたアリサが出くわし、ティアの幸せそうな表情にアリサの周辺で鮮血が舞った。余りにも突然、血を流したアリサの姿に驚いたティア。だが1度瞬きをした時には、アリサの周りは何事も無かった様に綺麗な床だった。今もアリサは倒れているが、制服の色以外に特別赤は目立たない。

 

「あらあら、お嬢様ったら。部屋にお連れ致しますわ。ティア様はごゆっくりご堪能下さいませ」

 

「……う、ん」

 

 シャロンへ連れて行かれるアリサを眺め、誰も居なくなった1階で心置きなく紅茶とお菓子を堪能したティア。その後はフィーの部屋で稀にシャロンや誰かの気配を感じ乍ら、はぐはぐ人形の制作に勤しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ティアが何とか赤点を免れた中間試験の結果発表や、Ⅶ組の実技テストが思わぬ形で行われた夜。ティアはサラに呼ばれて彼女の部屋を訪れる。フィーは何の用事でティアが呼ばれたのか分かり、『頑張れ』と応援の言葉を送るのみ。雰囲気から大事な話だと察してティアは真剣な面持ちで部屋の扉を叩いた。中から帰って来た入室を許可するサラの声を聞き、ティアが扉を開ければ中へ入って来る様に促される。

 

「……ティア、とても大事な話をするわ。ちゃんと聞きなさい」

 

「う、ん……」

 

 真剣な様子のサラを前に頷いて答えたティアは彼女の話を聞く。自分のフルネームや、両親がレミフェリア公国と呼ばれる場所に居る事。そして姉がクロスベルに居り、今度の特別実習で自分1人だけがクロスベルへ行く事になると。同行者はティアの知る人物であり、最後にサラは告げる。

 

「もし、家族と出会って何かを思い出した場合。もしくは思い出せなくても一緒に居たいと思ったなら、貴女は向こうで暮らしなさい」

 

「……向こう、で……?」

 

「えぇ。一応実習期間以降は休学として済ませてあるわ。少なくとも1月以上は向こうで過ごして、最後は自分で決めなさい(・・・・・・・・)。良いわね?」

 

「……ぅ、ん」

 

「今は大事な話。そう言う時の返事の仕方は教えた筈よ」

 

「っ!……は、ぃ」

 

 ハッとした様子で返事をしたティアの頭をサラは撫でると、「別に二度と会えなくなる訳じゃ無いわ」と告げて話を終わらせる。部屋を出る様に言われたティアは重い足取りでサラの部屋から退出すると、フィーの部屋へ倍以上の時間を掛けて戻るのだった。


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