【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

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 トヴァルと共にクロスベルを一通り回ったティアは約束の時間になった事で港湾区へ足を進めていた。遠くから見える海の光景に電車から1度見た事もあって近づいて見たいと思っていたティアだが、トヴァルに「後でな」と言われて我慢する。……そして空が茜色に染まる中、ティアは彼と共に約束の公園へ到着した。

 

「……ぁ」

 

「どうやら待たせちまったみたいだな」

 

 彼の後ろに隠れ乍ら様子を伺うティア。そんな彼女達の前には1人の少女とその少女の後ろでトヴァルにお辞儀をする女性の姿があった。少女は彼……では無く、彼の連れて来た何処か面影のあるその姿に小さな声を漏らす。そして女性が「ティオちゃん」とその名を呼んで優しくその背中に触れれば、彼女の行動が後押しとなって少女はゆっくりとティアへ近づき始める。

 

「ティア……なんですね」

 

「っ! ト、ヴァル……?」

 

 名前を呼ばれて肩を揺らしながら不安そうにティアはトヴァルへ視線を向ける。彼は何も言わずに頷いて1歩下がり、その行動にティアは少しあたふたしながらも自分の名前を呼んだ少女へ視線を向けた。

 

「あ、の……えっと……」

 

「……覚えて、ないんですよね」

 

「……ご、めん、なさぃ」

 

 ここに自分の姉が居る事は既に説明されている。少女と自分の髪色が似ており、また女性がその背を後押しした光景も見た事でティアには目の前に立つ相手が姉であると理解出来た。故に怯えながらも逃げる事はしない。だが、悲し気に告げる彼女の言葉にティアは思わず謝ってしまう。すると少女は首を強く振って、更にティアへ近づいた。そしてその首に手を回し、抱きしめる。

 

「生きていてくれただけで、良いんです。……ありがとう……!」

 

「う、ん…………お、ねぇ……ちゃ、ん……?」

 

 記憶の無いティアにはまだ彼女が姉であるという実感は無い。だがそれでも本気で自分と出会って涙を流す彼女の姿に、ティアは知らないながらも余り恐怖を感じなかった。少女と共に居た女性が貰い泣きした様に涙を流す中、少しの間ティアは少女に抱きしめられ続ける。

 

 それから数分。ティアを離した少女は記憶の無いティアへ自己紹介を始めた。ティアの姉である彼女の名前はティオ・プラトー。現在このクロスベルで特務支援課と呼ばれる組織に居り、後ろに居る女性はその発足時に知り合ったエリィ・マクダエル。年齢は違いながらも同僚であり、仲間であると語る彼女の姿にティアは自分に取ってⅦ組の面々の様な存在なのだと認識する。

 

「さて、この後はどうするか。ティア、お前さんはどうしたい?」

 

 既に暗くなり始めた空。トヴァルの質問が列車で提示された寝る場所を決める物であると分かったティアはティオへ一度視線を向ける。

 

「俺としては、やっと再会出来たんだ。一緒に居ても良いんじゃないかと思うが……無理は言わない。これからしばらくはここに居るんだからな。慣れて行けばいいさ」

 

「う、ん……あ、の……ティ、オ……」

 

「無理にお姉ちゃんと呼ばなくても大丈夫です。ティアの呼びやすい様に、読んでください」

 

「う、ん」

 

 相手が姉である以上、名前で呼んでから言い直すべきか悩むティアに察したティオが告げる。それを聞いてティアは頷くと、少し話をしてからトヴァルの元へ近づき始める。彼が確認をすれば、どうやら常に同じ場所で過ごす事はせずに時間が空いた時だけ一緒に会って過ごす事で決まった事を弱々しくもティアは伝えた。

 

「そっちはそれで良いのか?」

 

「はい。……早速明日の朝、迎えに行きます。東通りの遊撃士協会(ブレイサーギルド)で良いでしょうか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。取り敢えず一週間くらいはクロスベル(ここ)に慣れるまでゆっくりしてるからな」

 

「ばぃ、ばぃ……」

 

 トヴァルと共に港湾区を後にするティアは離れて行くティオとエリィへ手を振る。ティオが手を振り返し、エリィが微笑みながら返すのを見て遊撃士協会の本部へトヴァルと共に戻ったティア。最初はエオリアを初めとした数名を警戒するも、出迎えたミシェルが仕事で全員出ている事を伝えた事で2階へ上がった彼女は安心した様子を見せる。

 

「一応、ここに居た4人はそれぞれ自分の住居があってそこに住んでるらしい。つまり、ここには明日までもう誰も来ないって訳だ」

 

「う、ん……」

 

「明日は朝から来るって言ってたからな。早めに寝といた方が良い」

 

 その後、2階で夕食を取ってから寝る事にしたトヴァルとティア。本来寝る場所では無いが、住居の無い2人はこの場所で夜を過ごす許可を既にミシェルから貰っていた。明日に備えて早めに眠る事にして、ティアはその日を終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロスベルにティアがやって来て数日。ティオと再会を果たしてから、姉である彼女は毎日の様にティアを迎えに来てはクロスベルを一緒に回る日々を送っていた。最初の2日程はトヴァルが同伴したものの、徐々に慣れる事でティオと2人きりにもなれる様になったティア。だがクロスベルに居る間その全ての日に会える訳では無い。ティオが以前語っていた特務支援課が解散になった事で彼女も他にやる事が出来、クロスベルから離れる必要もあったのだ。

 

 ある日、ティオとは会わずにトヴァルと街の外へ出る事になったティアはウルスラ間道と呼ばれる場所にある浜辺へやって来ていた。

 

「そんじゃあ、今から力を制御する為の特訓を始めるぞ」

 

「な、に……する、の?」

 

 トヴァルは自分が扱う武器、スタンロッドを肩に当て乍ら告げる。それに首を傾げてティアが説明を求めれば、まず最初に彼は浜辺を徘徊する魔獣へ指を差した。

 

「取り敢えず、まずはあれを倒すんだ。ARCUSを使わずに、お前自身の魔法(アーツ)でな」

 

「っ!」

 

 言われた言葉に目に見えて驚いたティアだが、トヴァルは言った言葉を訂正する事は無かった。「危なくなったら助けてやるよ」とだけ告げ、トヴァルは魔獣に物凄い速さで駆動を済ませた弱い威力の魔法を放つ。攻撃を受けた事で魔獣は2人の存在に気付き、怒りを露わにし乍ら近づき始める。トヴァルが一歩下がれば、その怒りを向ける対象は必然的にティアとなった。

 

「あ、あわわわわっ!」

 

 追い掛けて来る魔獣から必死に走って逃げる事になったティア。攻撃をする余裕も無く逃げるだけの姿にトヴァルは頭を抱えると、「ぶっつけ本番過ぎたか……?」と少々後悔した後に一瞬で彼女と魔獣の間に入り、スタンロッドを振るった。魔獣はその一撃だけでは倒れないものの軽い気絶状態となり、再びトヴァルは魔獣から距離を取った。

 

「ティア、今回だけARCUSでの魔法を許可する。代わりに何とか感覚を掴めよ」

 

「あ、う……ぅ、ん」

 

 ARCUSを手にⅦ組の面々がやっていた事を、トヴァルがやっていた事を思い出して彼女は魔法の駆動を開始する。気絶から目覚めて再びティアへ魔獣が襲い掛かり始めるも、その身体が彼女の元へ届くよりも先に発動した魔法は以前暴走状態のティアが放った様な1本の雷だった。空から飛来するそれを魔獣は避けられず、直撃。身体を黒焦げにして地へ伏した。

 

「で、出来、た……ぁぅ」

 

 魔獣が無力化された事で安心し、思わず砂浜で座り込んでしまったティア。そんな彼女にトヴァルは近づくと、「その感覚を忘れるなよ」と言ってから魔獣が余り居ない場所へ移動する。そして少しの時間を経て再び魔獣と戦う事になったティアはARCUSで放った魔法の感覚を思い出しながら、ARCUSを使わずに自らの力で放とうとする……が、ここで問題が起きた。

 

「ど、どうや、って……アーツ……使う、の?」

 

「……あぁー」

 

 ARCUSとティアの身体では勝手が全然違ったのだ。普段導力器を使って魔法を扱うトヴァルには当然分からない事であり、ティアの言葉に彼は再び頭を抱える。

 

「取り敢えず、なんだ……何とかして感覚を掴め」

 

「……」

 

 この日、ティアは仲良くなってから初めてトヴァルに不信感を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。今日は前にも言った様に、練習は無しだ。ティオも忙しいみたいだからな、自由に過ごしてくれ。向こうで言う、自由行動日みたいなものだな」

 

 7月中旬。トヴァルと共に自らの中にある魔法を扱う特訓をし乍ら、ティオとも仲を深め続けていたティアはトヴァルから言われた言葉に不安げに頷いた。もうクロスベルの街については色々知る事が出来ていたティア。しかしトヴァルとティオが居ない1人での時間は初めてであり、彼女は悩んだ末に行政区にある市立図書館へ向かう事にした。

 

「あ、ティア! おはよう!」

 

「っ! おは、よう……キーア」

 

 途中、中央通りを通ろうとしていたティアは元気よく声を掛ける1人の少女と遭遇する。それはキーアと言う名の少女であり、特務支援課が保護した少女だとティアはティオから話を聞いていた。自分と同じ様に以前の記憶が無い彼女に一種の親近感を感じずにはいられなかったティアは自然と彼女とも話を出来る様になっていた。

 

「キーア、は……学、校?」

 

「うん! ティアは何処に行くの?」

 

「今日、は……自ゅう、行動……日。図書館、に……行く」

 

「そっか!」

 

 キーアは最近、子供達が通う学び舎……日曜学校へ行く様になった。以前からティアが学校に通っていた話を聞いていた彼女は興味を持った様で、その辺りでの話で盛り上がる事が多々ある。ティアの行く先を聞き、自分の学校へ遅れない様にその場を後にするキーア。彼女を見送った後、ティアは目的の市立図書館へ入った。

 

「……」

 

 外に比べれば人の少ない建物の中はとても静かであり、ティアは踏み台などを使って気になる本を手にすると椅子に座って読書を始める。だが長くは続かず、本をしまって次に手にしたのは……『裁縫・色々な縫い方辞典』だった。

 

「……」

 

 難しそうな本も、子供向けの本も余り楽しめなかったティア。しかしその本には人形を作るティアに取って沢山為になる内容が書かれていた。夢中になってそれを読み続けていれば、時間はドンドン進んで行く。やがて昼を過ぎた頃、ティアは空腹を感じて半分程まで読んだその本を元あった場所へ戻す。

 

「……お腹、空ぃた……」

 

「それでは、昼食になさいますか? ふふ」

 

「っ!」

 

 市立図書館を出て何気なく呟いた言葉に返って来た返答。居る筈の無い人物の登場にティアは飛び上がって距離を取りながら声のした方向を見る。……そこには第3学生寮で見かけた服装をそのままに、微笑みを浮かべるシャロンの姿があった。

 

「な、何……で……?」

 

「アリサお嬢様を始め、Ⅶ組の皆様が随分心配されていた様なので少しだけ様子を見に参りました。Ⅶ組の寮母として、当然の事ですわ」

 

 特別実習の期間も終わり、Ⅶ組は今トリスタで日々を過ごしている。本来なら9人の為に寮で過ごして居る筈の彼女だが、ここに居る理由はその言葉通りであった。アリサは毎日の様に『大丈夫かしら? 怪我とかしてないかしら?』と心配し、家族と上手く過ごせているのかを心配する声が彼女以外からも上がったのだ。そこで比較的自由に動ける彼女が今日だけ、様子を確かめに来る事になったのである。

 

「Ⅶ組の皆様は今朝登校されましたので、下校する前。夕方には向こうへ帰りますわ」

 

「そう、なん……だ」

 

「ところで、こんな物をご用意したのですが……如何でしょう?」

 

 そう言ってシャロンが取り出したのは木藤のバスケット。少し見える様にして蓋を開けた中には美味しそうなサンドイッチが入っており、数日とは言えシャロンの料理を食べた経験上それが間違い無く美味しい事をティアは知っていた。故に彼女の言葉に頷いて、ティアは港湾区の公園へ向かう。そしてそこで共に昼食を食べた後、彼女が帰る時まで行動を共にする。やがて時間になった事でトリスタへ帰るシャロンを駅で見送り、ティアは遊撃士協会へ戻るのだった。


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