7月下旬。朝、帝国の事が書かれた帝国時報を読んで険しい表情をしていたトヴァルと共に
「出、来た……」
「上出来だ。……ティア、話がある」
戦いが終わり、初めての時とは違ってティアは座り込む事無くトヴァルへ声を掛ける。それに満足した様子で頷いて告げた彼は、手招きをしてティアを呼ぶ。首を傾げながらも彼へ近づけば、言い難そうに後ろ髪を掻き乍らも彼は口を開いた。
「率直に言わせて貰うとな、来月に俺は向こうへ戻ろうと思ってる」
「っ!」
トヴァルの言葉にティアは大きく肩を揺らして徐々に目へ涙を浮かべ始める。以前にサラから言われていた、姉の居るこの街で過ごし続けるか、学院へ戻るかを選択する時が到頭やって来たのだ。トヴァルは「良く考えとてくれ」と話を終わらせ、その日の練習は終了となる。現在ティオはクロスベルに居ない為、ティアは遊撃士協会の本部2階でどうするべきかを必死に考え始めた。
「あれ、ティアちゃん。どうかしたの?」
「っ! ェオ、リア……」
遊撃士であるトヴァルはこの場所でお世話になって居る以上、一時的にクロスベルで活動していた。故に1人だけだったティアの元に現れたのは、エオリアだった。最初は避けていた彼女も1月以上の間に少しずつ慣れ、話せる様にまでなったティアは彼女に驚きながらもその名前を呼ぶ。ティアに名前を呼ばれた事で嬉しそうにし乍ら、エオリアは彼女の隣へ座った。
ティアはエオリアにもうすぐトヴァルが居なくなる事を。そして彼に着いて行くべきか、姉の居るこの街に残るべきかを考えているとたどたどしくも説明した。何も知らない人ならば、家族である姉の元へ残る事を勧めるだろう。だがティアについての話を1月以上の間で知る機会もあったエオリアには、何と答えて良いか分からなかった。記憶は無いものの血の繋がりがある自分の姉か、自分を拾ってくれた信頼出来るトヴァルやⅦ組の仲間達か……。
「ティアちゃんは、どうしたいの?」
「……わかん、なぃ……」
首を横に振り乱しながら答えるティアの姿にエオリアは抱きしめたい気持ちを今は押さえて、その頭を撫で始める。
「もしお姉さんと別れても、トヴァルさんと別れても、また会いに行く事は出来る。どっちを選んでも、二度と会えないなんて事にはきっとならない。だからティアちゃんが
「ぃっ緒に……ぃたぃ、人……」
トヴァルが居なくなる日までまだ数日猶予がある。エオリアは「焦っちゃ駄目だよ」と優しく告げて、クールに去る事を心がけ乍ら1階へ。その後、1階で抑えていたものを爆発させてしまった事で受付に居たミシェルに見られて赤面するエオリアを知らずに、ティアは悩み続ける。……やがて時は選択すべき8月を迎えるのだった。
8月。駅には肩に袋を引掛けたトヴァルと、何も持たずに立つティアの姿があった。
「良いんだな?」
「う、ん……だぃ、丈……夫」
「そうか……まぁ、暇が出来たら見に来るからよ。元気でな」
ティアの頭に軽く手を置いて数回弱く叩いた後、トヴァルは駅の中へ。……ティアはそんな彼へ着いて行こうとはせず、見送る立場にあった。悩んだ末に、クロスベルへ残る事を決断したのだ。現在ティオはこの街に居ないが、全力で事を済ませてクロスベルへ帰ろうとしていると聞かされていた。それが自分の為でもあると聞かされ、帰って来る彼女を迎える為にも。姉の来るこの街に残る事をティアは選んだ。
トヴァルの計らいで、ティアはティオが帰って来るその時まで遊撃士協会に寝泊りをしても良い事になっている。故にそこへ向かってティアは歩き始めた。が、駅前通りから中央広場へ入ったティアは日曜学校へ行く為に集まっている子供達に遭遇。キーアの姿もあり、彼女を見送る4人の大人たちの姿もそこにはあった。
「あ、ティア! おはよう!」
「おは、よう」
キーアが声を掛けた事で、彼女以外の子供達もティアの姿に気付いた。彼女の元へ近づいて話を始める子供達だが、日曜学校の登校時間が迫っていた事で長くは話す事無く解散。ティアはその場に残り、キーアを見送る4人の大人達は彼女に視線を向けた。
「おはよう、ティアちゃん」
「う、ん……おは、よう」
「ロイドさん、彼女は……?」
「あぁ、ノエルとワジは知らなかったよな」
姿勢を低くして挨拶をするのは、ティオと出会った時に付き添いで傍に居たエリィだった。彼女が声を掛ける中、ティアの存在が気になった女性の1人が傍に居た男性へ声を掛ける。……話し掛けられた男性の名はロイド・バニングス。ティオと同じ特務支援課の一員であると共に、リーダーの様な存在でもある。ティオを通じて彼とエリィ、そしてもう1人の男性と面識があるティア。まだ男性達には慣れていないが、彼らは既にティアの存在を周知していた。最近特務支援課に入った者以外は。
解散していた特務支援課は再結成された。ワジ・ヘミスフィアとノエル・シーカーはその再結成に合わせて特務支援課に入った者だ。元々彼らと関わりはあったものの、その1人1人の家庭事情まで知る間柄では無かった。ロイドが端的にティオとティアの関係を説明すれば、ノエルがエリィと同じ様に近づいてしゃがみ込む。が、初めて会ったティアは彼女を警戒して数歩距離を取った。
「あ、あれ?」
「えっと、ティアちゃんは……」
逃げられた事に驚き戸惑うノエルへティアが臆病である事をエリィは説明する。それを聞いて納得したノエルは離れた距離から小さな敬礼を見せ、優しく笑みを浮かべながら自己紹介をする。
「ノエル・シーカーです。……よろしくね、ティアちゃん」
「ぁ……う、うん」
「僕はワジ・ヘミスフィア。宜しく」
「う、ん……?」
2人の自己紹介を受けたティアだが、ワジと名乗った青年の様にも見える相手を前に思わず首を傾げてしまう。……相手が大人の男性なら、より恐怖を感じずにはいられない。だが、ティアには分からなかったのだ。ワジと名乗った相手が男性なのか、女性なのか。シャロンの時と同じく分からない相手には警戒心を抱かずにいられない。故にティアは彼を他とは違う理由で警戒する。
「どうやら、大分怖がられてしまったみたいだね」
「ははっ、俺とランディも似た様なもんさ。今日は1人なのか?」
「ロイド。トヴァルさんが
ワジがかなり警戒されていると分かって爽やかに頭を横に振る中、ロイドが苦笑いを浮かべながら続ける。そして離れた位置からティアへ質問すれば、彼女の代わりにエリィが答えた。それで全てを察したロイド。話ではティオが戻って来次第、特務支援課で過ごす事も話に上がっていた。
特務支援課として再結成したからには、当然やるべき事が彼らには多々あった。故に何時までもティアに構ってはいられず、彼らはティアに一言二言告げて行動を開始する。彼らと別れて1人になったティアは再び遊撃士協会へ戻る為に足を進める事にした。
港湾区。トヴァルが去り、ティオの居ない中で遊撃士協会にお世話になりながら過ごしていたティアは1日中そこには居られない為、公園へ訪れていた。比較的頻繁に公園へ訪れる事が多かった故に、周囲の人間もティアが1人でベンチに座っている光景を慣れ始めた頃。人形を作り続けるティアの膝上に突然何かが飛び乗る。
「ひぅ! ……あ、ぅ……コッペ……?」
それは黒い猫だった。トリスタで出会った様な猫とは違う黒猫。普段は特務支援課の屋上で過ごす事が多い様で、ティアはティオ経由でコッペの存在を知る機会があった。膝に座るコッペに驚きながらも、未完成の人形を完成している人形に並べる様に横へ置いてからその毛並みを撫でる。気持ち良さそうに鳴くその姿にティアが思わず笑みを浮かべる中、突然背後から聞き慣れぬ声を掛けられる。
「へぇ~、随分懐かれてるんだね」
「!?」
その声にティアが驚いて立ち上がれば、膝上に居たコッペも急に立ち上がったティアに驚いて逃げ出してしまう。するとティアの前に顔を出したのは、1人の少女だった。何処かで見た様な真っ赤な髪と楽しそうに笑みを浮かべるその姿にティアが警戒する中、少女はティアの座っていたベンチを見て……そこに置かれた人形の1つを見て驚いた様にそれを手に取る。
「何かこの人形、何処かで見た事ある気がするんだけど……う~ん」
それはフィーをデフォルメした人形だった。首を傾げて考え始めるも、怯えるティアの存在を思い出した少女はそれをベンチの上へ戻す。そしてティアへ急接近すると、怯える彼女をそのままにその周囲を回って観察し始めた。
「ふんふん、なるほどね~」
「……な、に……?」
「あぁ、ごめんごめん。可愛かったからついね。ねぇ、名前は何て言うの?」
「あ、う……ティ、ア……で、す」
「ティアちゃんか~。私はシャーリィだよ、よろしくね!」
過去に出会った誰よりも距離を強引に近づけて来る少女、シャーリィを前にティアは困惑してばかりだった。だが彼女は猫が好きで可愛い物が好きと言う事もあり、少しだけ会話をする事が出来る。決して長く無い時間を彼女と過ごした後、何かを思い出した様子で港湾区を後にする事になったシャーリィはその去り際に足を止めて振り返る。
「また話そうね、ティア!」
「あぅ……う、ん」
1本に纏められた長い髪を揺らしながら離れて行く彼女を見送ったティアは再びベンチに座り、人形を作る。彼女の見たフィーの人形。教室で作ったサラの人形。そして金髪の男性、トヴァルをデフォルメした人形を並べて彼女が次に作るのは……薄水色の髪をした少女の人形だった。
「ティア……!」
「ティ、オ……おかぇ、り」
8月某日。クロスベルへ帰って来たティオはティアと再会する。仲間達の窮地を救った後、遊撃士協会へ訪れた彼女はミシェルにお辞儀をして2階へ上がり、そこで人形を作っていたティアの姿を確認する。階段へ何時でも視線を向けられる位置に居たティアは上がって来た人物がティオと分かり一安心した後、人形をテーブルに置いて彼女の元へ近づき始めた。
「ただいまです。あぁ……ティア」
近づいてくる小さな身体を抱きしめ、ティオは心底安心した様な表情を浮かべる。そして「これから一緒に居られますよ」と告げれば、ティアは頷いてテーブルに置いてあった人形を回収した。
「ミ、シェル……」
「バイバイ、ティアちゃん。また何時でもいらっしゃい。歓迎するわ」
「う、ん……あり、がとう」
「長い間、お世話になりました」
受付に立つミシェルへ挨拶して、ちょっと背筋が寒くなる投げキッスを貰いながら建物から出たティアはティオと共に特務支援課があるビルへ向かい始める。予定では新しい部屋では無く、ティオの部屋で一緒に住む事になっている。故に特務支援課ビルへ到着すれば、今日から一緒に住むティアを歓迎する様にロイドを初めとした面々が出迎えた。そして誰よりも嬉しそうにティアの前に立ったのはキーアであった。
「今日から一緒だね、ティア!」
「う、ん……お、邪魔……しま、す……」
「ううん、違うよ! ただいま、だよ!」
「あぅ……ただ、ぃま」
「お帰り!」
笑顔で告げるキーアの姿に見ていた全員も笑顔を浮かべる中、彼女に手を引かれて階段を上るティア。そんな2人の後ろ姿を眺めた後、エリィがティオへ「良かったわね」と声を掛ける。するとティオは僅かに目元へ涙を浮かべ、それを拭って「はい」と静かに返した。
その後、細やか乍らもティアの歓迎会が行われた。新しく過ごす事になった場所にまだ不安を隠し切れないティアだが、時間が解決してくれると全員は思う。そして夜を迎え、ティアはティオと共に部屋へ入った。
「お布と、ん……敷く……?」
「用意もしてませんし、その必要はありません」
そう言ってティオが指を差したのはベッド。最初から彼女は同じベッドで寝るつもりだったのだろう。フィーと共に過ごして居た時は誰かと一緒だったが、トヴァルと再会してここに来てからはティアが同じ布団で誰かと寝る事は無かった。誰かの温もりを感じて安心しながら眠る事に慣れていたティアは最初中々寝付けなかったが、最近はもう1人で眠れる様になっていた。が、また誰かの温もりを感じて眠れる事にティアは嬉しそうに笑う。……結果、再び1人じゃ中々寝付けない身体となるのはある意味自然の事だった。