パンタグリュエル。ティアは自分が今居る場所についてデュバリィに聞いた事で、その名前を知った。乗り込む際には地上に降りていた巨大な戦艦。しかし今は空を飛んでおり、ティアは雲ばかりが見える窓の外を眺める事が多かった。
「ぃたく、なぃ?」
「大丈夫です。寧ろ心地良くて……少し、眠くなります」
そして現在。ティアはアルティナに宛がわれていた部屋にお邪魔して、彼女のベッドで膝枕と耳掻きを同時に行っていた。出会ってまだ長い日は経っていないが、同じ戦艦で顔を合わせる事が多々あった2人。見た目もこの中では一番に幼い故に、ティアは自然と仲良くなっていた。……不思議と彼女に大きな恐怖を抱かなかったのも仲良くなれた理由の1つである。
「こしょ……こしょ……」
「んっ……」
「眠ぃ……なら、寝て……ぃぃ、よ」
「はい…………」
片方が終わり、反対側に向きを変えてから耳掻きを再開していたティアは過去にフィーを相手にやっていた際、彼女が眠ってしまった事を思い出してアルティナへ告げる。言われたアルティナは眠気に襲われて小さな声で返事をした後、徐々に寝入ってしまう。ベッドから足を出す様な形で膝枕をしていた為、余り苦痛に感じなかったティアは耳掻きを止めてそのまま。アルティナが目を覚ます時まで、体勢を変える事はしなかった。
アルティナが起きれば、彼女もやる事がある為に邪魔をしてはいけないとティアは部屋を退出する。その際、「またお願いします」と告げた彼女へティアは嬉しそうに頷いて返した。すると、部屋の前でティアはヴィータと遭遇する。
「あ……」
「あら。……あの子と一緒に居たのね」
「う、ん……」
ヴィータはアルティナを信用していない様子で、その部屋から出て来たティアへ少し冷たい雰囲気を出しながら声を掛ける。だがその雰囲気を感じ取ったティアは思わず怯えてしまい、それに気付いたヴィータは少し焦った様子で姿勢を低くして「ごめんなさいね」とその頭を撫で始めた。何時もの優しい雰囲気に戻ってティアが安心する中、ヴィータは思いついた様に両手を合わせる。
「今から、声の練習。しましょうか?」
「で、も……ぃそ、がし……そう」
「ふふ。少しくらいは大丈夫よ。おいで」
ティアはヴィータに誘われ、違う部屋の中へ入る。やがてその部屋からはとても綺麗な声と微かに聞こえる弱々しい声が響き始めるのだった。
「そら、ボルトだ!」
「あぅ……ミラー」
「うぉっ! マジか!?」
「……あれは何をやっていますの?」
「ブレード、と言うカードゲームらしい」
「中々面白そうやな」
船内のラウンジでティアとクロウがカードを片手に遊んでいた。普通に座ってテーブルに置かれたカードを見るクロウとは対照的に、椅子の上で正座をする事で何とか身長を届かせて不安そうに彼の行動をティアは待ち続ける。そしてそんな2人を別の椅子に座って眺めるのは、デュバリィと2人の男性だった。デュバリィの言葉に答えた大柄な男性の名はレオニダス。2人が遊ぶ様子を見て楽し気に続けたのは男性の名はゼノ。彼らもこの船に乗船していた。
「こいつで!」
「ぁ……ボルト」
「ぬぉ!?」
「7……お終い」
「はっは、ボロ負けやの!」
「うっせぇ! もう1回だ!」
「まだ、やるの……?」
ゼノの言葉にまるで躍起になった様子でもう一勝負しようとするクロウだが、既に3回程戦っていた為にティアは疲れ始めていた。それに気付いたデュバリィがクロウを止めて自室へ戻ろうとした時、今まで黙って様子を見守っていたレオニダスが口を開いた。
「少し、その子供と話がしたい」
「何でもⅦ組っちゅうとこに居たらしいやないか。ちょっと聞きたい事があってな」
ティアは2人の言葉を聞いてデュバリィへ視線を向ける。だが、デュバリィは言葉にせずとも『自分で決めなさい』と目で語った。……やがてティアは怖がりながらも頷き、デュバリィが代わりの様に答える。
「私も同席しますわ。よろしいですね?」
「まぁ聞かれて困る話や無いし、いいで」
その場に敗因を確認するクロウを置いて、ゼノとレオニダスが使う部屋に入ったティアとデュバリィ。向かい合う形でソファに座り、ゼノがまず初めにティアへ質問した。
「一応確認や。……フィー・クラウゼル。知っとるか?」
「っ! フィー……?」
「その反応は、知っている様だな」
「うん……友達、だから……」
知っている名前に驚き、答えたティアの言葉に2人は何処か安心した様な表情を見せる。そして2人は嘗てフィーが居た西風の旅団の人間である事をティアへ明かした。トールズ士官学院へ入る前にフィーと出会っていたティアは彼女の経緯について知っていた事もあり、2人の話を驚きながらも聞き続ける。……要するに、2人はフィーが元気にやっていたのか心配だったのだ。ティアは既に数ヵ月離れ離れになってしまった為、最近の事は知らない。だがⅦ組の面々の話をする事は出来た。
「10人中、男が5人か」
「変な虫は付いてへんやろな……」
「虫……?」
「気にしなくて良いですわ」
言葉にはせず、2人へ『余計な言葉を教えるな』と若干の威圧感を出したデュバリィ。怯えた様子は一切見せずに、だが「すまない」と謝罪するレオニダスにゼノも続いた。そして再び始まる話の内容はフィーについて。相手は大人な男性と言う事もあって、恐怖は無くならないものの、共通の話題がある事に。フィーの話を出来る事にティアは嬉しくも感じていた。
「っと、そろそろ時間やな」
「あぁ。色々話が聞けて良かった」
「うん……楽し、かった」
ゼノとレオニダスにもやる事がある。2人が忙しくなり始めた事でデュバリィと部屋を出たティアは、デュバリィもこれから用事があると言う事で部屋に戻る様に言われてしまう。アルティナも居らず、ヴィータも居ない。気軽に接する事の出来る相手が居ないと思い、誰か1人でも帰って来る事を願いながら……ティアはベッドで眠りについた。
ある時はアルティナと時間を過ごし、ある時はヴィータと声の練習をして、他にも乗船している人達と過ごしていたティアはある日、余り使われていなかった来賓室に誰かの気配がある事に気付いた。デュバリィはその正体を知っている様で、「大丈夫ですわ」と少なくとも襲ってくる様な存在では無いと安心させるだけ。それが誰なのかは教えようとしなかった。
「来賓室、ですか。あそこには今、皇女が居ます」
「皇女……?」
だが、アルティナに質問をした事で答えはすぐに得られてしまう。聞き慣れない言葉だが、取り敢えず『偉い人』と言うイメージのあったティアはそれを聞いてどんな人物なのかを想像する。するとそんなティアの姿にアルティナはさも当然の様に告げた。
「会って見ればいいのでは?」
「……怖い、かも……」
「いえ、そんなに怖い雰囲気は無かったです。誘拐している時も、弱かったですし」
「……誘、拐?」
聞いては駄目な言葉を聞いて首を傾げたティアに「何でもありません」と誤魔化したアルティナ。深く聞いても答えそうに無い彼女の様子を見て、ティアはそれ以上聞く事はしない。そこでアルティナが話を元に戻した上で、「気になりますか?」とティアに質問した。知らない人と会いたいとは思えないが、数日過ごした場所に現れた未知の気配。……気にならない方がおかしかった。
「一緒なら、怖くないですか?」
「え……?」
「私も一緒に行きます。そうすれば怖くない……違いますか?」
アルティナの言葉にティアは少し間を置いてから頷いて、2人は部屋の外へ出た。そして来賓室へアルティナが前になって近づき、ノックをする。中々声は聞こえず、だがアルティナはティアが部屋に居る時の様にその扉を開いた。
「貴女は……!」
中から聞こえて来るのは警戒や敵意を籠った少女の声。それはアルティナに向けられたものであり、だが言われた当人は怯む様子も見せずにティアへ視線を向ける。中に居る人物からはまだティアの姿が見えておらず、誰かが向けられた視線を先に居る事だけが理解出来た。
「大丈夫です。何かあれば、私が対処しますので」
その言葉を受けてゆっくりと開いた扉へ近づいたティア。やがて中を確認する様に顔だけ出したティアは、中に居た1人の少女と目が合った。何処か気品溢れる立ち姿で驚きながらも自分を見つめる相手はアルティナの言う通り、怖いとはかけ離れた様子だった。
「えっと……貴女は?」
先程と同じ言葉でありながら、その声に敵意は無い。警戒心は僅かに混じっている様だが、それ以上の困惑がその声音には含まれていた。アルティナ以上の子供。怯えた様子で周りを見ては自分を見るその姿に脅威は微塵も感じない故に、どうしてこの場所に居るのか少女は気になって仕方が無かった。が、質問に答える様に告げたティアの言葉が更に少女を混乱させる。
「……ティア……です」
「ぇ……」
少女にはその名前に聞き覚えがあった。友人の兄が在籍しているトールズ士官学院の特化クラスⅦ組。少女はその面々と顔を合わせた事があり、大きな話題にはならなかったがその名前を聞いた事があったのだ。友人と一緒にそれを聞けば、臆病で子供で可愛い子だと教えられた記憶があった少女。……正に今、目の前に立つのは
「貴女が……リィンさん達から少し、聞いています」
「っ! リィン……知ってる、の?」
「えぇ」
ティアの質問に微笑みながら肯定した少女は、スカートの一部分を掴んでお辞儀をし乍ら自己紹介をする。アルフィン・ライゼ・アルノール。それが彼女の名前であり、「どうぞアルフィンとお呼び下さい」と言う姿は皇族の様な佇まいを見せ乍らも親しみやすい印象をティアへ与える。
「それで……ティアさんは、何故ここに?」
「その……気に、なった……から」
アルフィンの問いは『どうしてこの戦艦に乗っているのか?』であった。だがティアの答えは部屋へ来た理由。彼女の答えを聞いてそのすれ違いに気付いたアルフィンだが、今の様子をアルティナがジッと見ている事に気付いて彼女は察してしまう。……ティアも自分と同じ様に何らかの理由で攫われてしまったのではないか? と。リィン達が好意的な知り合いの時点で、彼らと敵対するアルティナ達とティアが繋がっている可能性は考えなかった。
その後、アルティナを警戒しながらも話を始めたアルフィンはⅦ組の話でティアと徐々に打ち解けていった。酷い事をされていないか心配されれば、この戦艦に乗ってから危険と言える状況には陥っていない為、ティアは大丈夫である事をアルフィンへ告げる。心底安心した様に、それでいてまだ幼い子を船に閉じ込めている事にアルフィンは内心で憤るが……誤解である。
「そろそろ、戻ります」
「うん……バイバイ……アルフィン」
「ティアちゃん……! 必ず、リィンさんが助けに来るわ。だからそれまでの辛抱よ」
「?」
部屋を出るティアへ意を決した様子で告げたアルフィン。何から助けて貰うのか分からずに首を傾げたティアとの間を遮る様に、アルティナは扉を閉めた。そして扉を離れる最中、ティアはアルティナにお礼を言う。
「あり、がとう」
「いえ。……お礼なら、一緒に寝て貰えれば十分です」
「? ……うん。聞いて、みる」
アルティナの言葉に一度首を傾げ、理解してからデュバリィへ聞いてみる事にしたティア。その後、相談を受けたデュバリィは何とも言えない表情を浮かべるが、余りしないティアのお願いと言う事もあって渋々了承。この日はアルティナと共に同じ部屋で夜を明かすのだった。