アルフィンと出会ってから、ティアは彼女の元にも訪れる様になっていた。日々忙しい故に居ない事もあるデュバリィ達と違い、基本的には来賓室に居る彼女。心細く1人で居るよりも一緒に居た方が安心出来たのだ。念の為、常にクロウ等から許可を貰っては現れるティアの存在はアルフィンにとっても安心出来る存在と言えた。
「ティアちゃん。貴女は心細く無いの?」
「1人は……嫌」
アルフィンから見てティアは自分と同じ囚われの身。故にした質問だが、以前と同じくティアが返した答えはその意味が少々違った。しかしその事実を知る由も無いアルフィンは悲しそうに答えるティアの姿に近づき、その身体を抱きしめ始める。
「大丈夫よ。今だけかもしれないけれど、私が傍に居てあげるわ」
「うん……あり、がとう」
「っ!」
暖かい少女の抱擁。ティアはそれが少し嬉しくて、笑みを浮かべながらお礼を言う。そんな儚げながらも何処か気丈に振る舞う姿はアルフィンの心を撃ち抜いた。そして思わずティアを抱きしめるその腕を強くしてしまい、中々離れないアルフィンにティアは首を傾げる。……すると、現在2人が搭乗しているパンタグリュエルが地上へ降り立ったのに気が付いた。
「誰か、戻って来たのでしょうか? それとも、出て行った……?」
「……入って、来てる」
「! そう、ティアちゃんには分かるのね」
アルフィンの言葉にティアは頷いて肯定した。地上へ降りたのは数分。アルフィンと外を覗き込んだティアだが、それが何処なのかを判断する事は出来なかった。が、アルフィンが「ここは……ユミル?」と呟いたのをティアは聞き逃さなかった。……それはリィンの故郷の名前だった。
それからしばらく時間が経った頃、来賓室の扉がノックされる。ティアがこの場に居る以上、他に居る人物はアルフィンに取って警戒すべき相手ばかり。故に彼女が驚く中、ティアは扉の向こうに感じる
「……リィン」
「え……そんな、まさか……ど、どうぞお入りください」
『失礼します』
ティアの言葉に驚きながらもアルフィンが入室を許可すれば、扉を開いて現れたのは本当にリィンだった。恰好はティアの知るⅦ組の赤い制服とは違い、入った彼はアルフィンとティアの姿に驚き目を見開いた。
「殿下。それに、ティアまで……!」
「リィンさん……あぁ」
「リィン……」
彼の姿を見て、アルフィンは警戒を解くと同時に彼へ駆け寄り始める。突然の事に驚きながらも彼女を受け止めたリィンはその背中を優しく擦りながら「無事で良かった」と告げる。……そして少しの間2人が会話をした後、2人は同時にティアへ向き直った。
「久しぶりだな、ティア。でも、どうしてここに?」
「リィンさん。多分、ティアちゃんも私と同じ様に……理由までは分かりませんが、それは間違い無いと思います」
居るとは思っていなかったティアの存在。再会を喜ぶと共にリィンが質問すれば、彼女の代わりにアルフィンが答えてしまう。リィンはそれを聞いて考える様な仕草をした後、取り敢えずは納得した様に頷いた。
その後、彼の妹……エリゼ・シュバルツァーの所在についてリィンはアルフィンへ質問。話に寄れば、アルフィン共々攫われてしまったらしく、現在この船に彼の妹はいなかった。ティアも覚えが無い為、間違い無い事である。……この話の際、ティアはアルティナがアルフィンと彼の妹を攫った話を聞く事になった。一度それらしく台詞を攫った本人から聞いていた為、アルティナと仲良くしているティアは戸惑ってしまう。が、その戸惑いに2人が気付く事は無かった。
様々な出来事を経験して来たのだろう。落ち込む彼へアルフィンが彼の妹の代わりに激励を送り、気を持ち直したリィンはここを脱出する為に行動する事を決める。……そして当然、彼はアルフィンとティアもここから助け出す為に行動を開始した。
「リィン……あのね……」
「ティアちゃん、大丈夫よ。私が傍に居てあげるから、安心して」
話の流れがこのパンタグリュエルから逃げる方向に進み始めていた為、逃げる必要のないティアはリィンへ話し掛けようとする。だがアルフィンがそれを不安に思った故の声だと思い、その手を握って頭を撫で始める。ティアについては彼女に任せ、自分はその2人を守ると決意したリィンは2人を連れて来賓室から外へ出た。
パンタグリュエルの甲板へ目指す途中、リィン達の行く手を仮面の男とデュバリィが塞いだ。
「って、何でティアがそっちに居ますの!?」
「ここに居る事は前々から聞いてはいたが、まさかこの様な形で邂逅するとはね」
「くっ、失敗しましたわ。ティアと
対峙する2人に刀を抜いて構えるリィンの後ろで、アルフィンに抱きしめられているティアの姿を見てデュバリィは驚き声を上げる。そして隣に居る男性に聞こえない様に、小さな声で続けた彼女は改めてリィンへ刃を向けた。
「殿下、ティア。下がっててくれ!」
「リィンさん!」
「あぅ……あの」
リィンの言葉にティアを連れて後ろへ下がるアルフィン。当然彼女に抱かれたティアも同様であり、話をしようとするも弱々しい声は2人に届かない。……すると、リィンの身体から突如赤黒い靄の様なものが生まれ始める。そして、彼が吠えると共にその髪色は黒から銀色に。目は赤色に変化し始めた。その場に居る全員が驚き戸惑う中、それを見ていたティアは彼の姿に。その赤黒い
2対1。デュバリィと仮面の男性……ブルブランは相当の実力者である。だがそんな2人を相手に立ち回り、やがて下す。そして2人の隙を突く様に、リィンは次の行動を開始した。
「殿下、失礼します。ティアも俺に捕まってくれ」
「あ、あの……ね」
「早く!」
「あぅ……」
大きな声で言われてしまい、怯えて後ろからリィンの首へ抱き着いたティア。すると彼は人間離れした跳躍でその場を移動して、対峙していた2人から距離を取ると同時に超える。驚く2人を置いて、2人の少女を抱え乍ら走るリィン。横抱きにされたアルフィンは少々ドキドキしながらも、彼の背中にしがみ付くティアを気遣い続けた。
次にリィンの行く手を塞いだのはゼノとレオニダスだった。だがリィンは一瞬で分身するかの様に残像を見せて2人を超える。しかし当然彼ら以外にもリィンの行く手を塞ぐ物は居る。……次に邪魔をしたのはアルティナだった。リィンが来る事は分かっていた彼女だが、その腕の中に居るアルフィンを。そして首に掴まるティアを見て、静かに腕を上げた。
「クラウ=ソラス」
その言葉と同時に現れたのは、彼女よりも大きな傀儡。嘗てサラが実技テストで見せた傀儡と少し似ているが、それ以上の存在感と意思に似た何かが感じられる。アルティナは呼び出した傀儡、クラウ=ソラスの腕に乗ってリィン達の前に飛来した。
「リィン・シュバルツァー。やはり不埒な人だった様ですね」
「そうなんですか?」
「全力で否定させて貰う」
「……不埒……?」
「……返してもらいます」
「何を……っ!」
アルティナが腕を上げれば、それに答える様にクラウ=ソラスが腕を振るった。その攻撃を刀でいなして壁へ激突させようとするが、耐え切った上で反対の手がリィンの元へ振り切られた。しかし紙一重でそれを交わしたリィンはクラウ=ソラスとアルティナを飛び越える。そして一度高い位置に会った柱に足を付け、一気に前へ飛び出した。
「リィンさん、あの子に何か貸していらしたのですか?」
「そんな覚えないんだけどな……」
「……アル、ティナ」
アルフィンの質問に心当たりが無かった故、首を傾げながら呟いたリィン。その後ろでは、友達が離れて行く光景を振り返りながら見つめるティアの姿があった。
やがて船内から出る事が出来たリィン達。脱出する上で見つけるべき目標を目前にして、リィン達の前に2人の人影が立ち塞がった。1人はクロウ。そしてもう1人は……浅黄色の髪をした男性。
「よぅ、随分久しぶりじゃねぇか」
「? あんたとはさっき、話した筈だ」
「テメェじゃねぇよ」
「リィンさん」
「……下がっていてください」
マクバーン。それが男の名前であり、彼はリィンへ。リィンの背後に掴まるティアへ声を掛ける。危険な相手故に、リィンがアルフィンへ告げれば彼女はティア共々後ろに下がり……リィンはクロウと対峙した。マクバーンはその戦いに手を出すつもりは無い様で、リィンとクロウの一騎打ちが始まる。
上下に刃の付いた両剣を振るうクロウと刀を振るうリィンの刃同士が激突する度、甲板には甲高い音が響いた。だがやがてその勝負にも決着が付く。クロウの両剣を弾き、戦闘に勝利したリィン。だが勝負が終わると同時に彼を纏っていた赤黒い靄は消え、髪も目も元の色に戻る。そしてかなり疲労を感じている様で、彼は膝を付いてしまった。
「リィンさん!」
「大、丈夫……?」
「はぁ……はぁ……」
「鬼の力が尽きたか」
「……ぁ……」
クロウに勝つ事は出来た。今まで邪魔をして来た相手を超える事も出来た。だが脱出する前に立てなくなってしまったリィンにもう、勝機は無い。リィンに駆け寄ってしゃがみ込んだアルフィンには近づいて来るマクバーンが余りに恐ろしく、同じ様に傍へ駆け寄ったティアを抱きしめてしまう。やがて背後からは今までリィンが超えて来た5人が現れ、正しく絶対絶命。……そんな時、空に赤い影が現れた。
「ティアちゃん!」
「ティア!」
アリサの声とデュバリィの声が同時にティアの名前を呼んだ。リィンを救う為にパンタグリュエルの甲板へ現れたのは、ティアに見覚えのある人物ばかりだった。全員が全員では無いが、サラやトヴァル。Ⅶ組の面々にシャロンの姿もあり、その殆どがティアの姿に驚きを隠せていなかった。が、今はそれどころでは無い。戦力差はリィン達の方が人数で勝っていても、その実力的には五分五分。そこで現在船内にはいないヴィータが青い鳥を通して、リィン達を逃がす判断を下した。……そして
『ティア。貴女が決めなさい』
リィン達とデュバリィ達の間で、ティアは何度も視線を行き来させる。クロスベルで姉と一緒に居た筈のティアがここに居る事をおかしいと思いながらも、今は時間を掛けている暇は無い。故にティアへ呼び掛けるが、反対側ではデュバリィが呼び掛けていた。その事実にティアと面識のない者達が不審に思うも、今はその状況を見守るだけに徹していた。
「ティア」
「ティアさん」
フィーの声とアルティナの声が聞こえ、再び左右を見続けるティア。だがティアが最終的に足を進めたのは……デュバリィ達の方だった。
「そんな、何で!?」
「ティア、あんた……」
「フィー……サラ……トヴァル……みんな……ごめん、なさい」
目の前の出来事にエリオットが驚き声を上げる中、武器を構えたままサラがティアへ鋭い視線を向ける。ティアはそんな面々に振り返ると、頭を下げて今度は速足でデュバリィの元へ。受け入れられないアリサを初めとしたⅦ組の面々。だが何時までもこの場に留まる訳にはいかず、素早く切り替えたサラが転移術を扱うエマに声を掛けた。
「待って! まだティアちゃんが!」
「エマ、早くしなさい!」
「っ! はい!」
「ティアちゃ」
同じ様に動揺していたエマだが、サラに強く言われて転移術を発動する。アリサの声が途切れ、Ⅶ組の面々はその場から姿を消した。もう1度ティアへ視線を向けて、サラ達もその場から退散。騒がしかったパンタグリュエルには少しの間、静寂が訪れた。