7-1
7月18日。ティアは目の前にある巨大な繭の様にも見える建物を前に、怯えていた。嘗てカレル離宮と呼ばれていたそこは余りにも禍々しく変貌し、ティアは不安げにアリアンロードを見上げる。が、彼女はティアを見ようとはしなかった。……更に、ティアは1人の男性に横抱きにされた少女の姿を見る。
「アルティナ……」
それは友達と言える存在、アルティナだった。目の前の光景と彼女が見るからに眠らされている様子に、感じる不安は募るばかり。知らない人物が居た事もあり、アリアンロードから離れる事をしなかった彼女はやがて共にその繭の中へ入る事になった。
長い通路の下に見えるのは、倒れ伏した禍々しい姿の聖獣。ティアは唯只管に恐怖を感じ、怯え続ける。……胸の内に感じる胸騒ぎの様な感覚が大きくなり始める中、ティアはアリアンロードへ質問した。
「何を、するの……?」
「……」
だが、彼女の質問にアリアンロードは答えなかった。一度目を合わせ、逸らす様に目を閉じてしまったのだ。
「ったく。おいチビ」
「!」
「分からねぇなら分からねぇで良い。とにかく、邪魔だけはすんなよ?」
「う、うん……」
怯え戸惑うティアの様子を見兼ねた様に、彼女へ声を掛けたのはマクバーンだった。だがその声音は厳しく、ティアは弱々しく頷いて返す事しか出来ない。……そして少しの時が過ぎた頃、ティアは自分達よりも少し上の位置に大人数の気配を感じ取った。
「やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
ティアの様子を見てマクバーンは察した様に首の後ろへ手を回しながら呟いた。螺旋状になっている道を下り、やがて3人の前に姿を見せたのは……旧Ⅶ組とアッシュとアルティナを除いた新Ⅶ組の面々。旧Ⅶ組にはミリアムの姿が無く、その理由は現在ティアと同じ様に別の場所で彼らを待ち受ける者の1人となっているからである。
「鋼の聖女、劫炎、ティア……いきなり厄介なのと会ったわね」
3人の姿に気付き、開口一番にサラが話し掛ける。マクバーンは今すぐにでも戦いたそうに。アリアンロードは唯静かに槍を取り出す中、ティアは2人の様子と揃う面々に困惑するだけ。……何時もとは違う雰囲気と大きくなり続ける胸騒ぎが、この戦いを拒んでいた。
「迷いのある者に戦場に立つ資格はありません。ティア、下がっていなさい」
「っ! ママ……」
「ま、予想通りだ。どっか適当に離れとけ……テメェが一緒じゃ、邪魔で仕方ねぇからな」
突き放す様なアリアンロードの言葉に悲し気に声を掛けるが、続けたマクバーンの言葉を聞いてティアはその場から離れる。戦うと思っていた故か、ティアの離脱に驚きながらも2人の強者を相手に戦闘を開始するしか無いリィン達。……やがて時間を惜しむが故に、ガイウス。エマ。ラウラの3人がその場に残ってリィン達は進む事になった。2人の元を通過し、離れていたティアへ近づいた彼らは一度その足を止める。
「ティア」
「あう……怖いの……」
「ティアちゃん……」
「ママも……何時もと、違う。アルティナが……居て……シャロンは、辛そう……なの。……ここが、苦しくて……分かんない」
迷い。困惑。恐怖。ティアが感じるそれをリィン達は察する事が出来た。今の彼女には戦意どころか、何が正しいのかの判断も出来ないと言う事を。久しぶりの再会ではあるが、それを喜ぶ状況に無い為に目を閉じて黙ってしまうアリサ。すると、フィーがティアへ近づき始める。
「ティア。待ってて。……全部終わったら、迎えに来るから」
「フィー……?」
「約束」
「……う、ん」
今の状況を理解させる事は難しい。故に今やるべき事を終わらせ、その後共に考える事で彼女の不安を解消させてあげる事が数少ない出来る判断であった。フィーの言葉に頷いて、ティアはそこで待つ事に。リィン達を見送り、ティアは唯彼らの無事を願う事しか出来なかった。
ティアは外を見る事の出来る画面越しに見えた爆発を見て、ゆっくりと膝を突いた。……爆破されたのは高速巡洋艦カレイジャスと呼ばれるもの。そしてそれは今の事態に駆け付けた3人の男性達を乗せていた。
帝国の皇子、オリヴァルト・ライゼ・アルノール。
ラウラの父であり、光の剣匠の異名を持つヴィクター・S・アルゼイド。
零駆動の異名を持ち、ティアを拾ってⅦ組へ導いた男、トヴァル・ランドナー。
「あ、あぁ……父上……」
「何、で……トヴァル……ぃ、や……」
落ちていくカレイジャス。そこに乗っていた者達の命が助かったとは到底思えず、その光景は外で戦う者達をも絶望へと落とした。
初めて、自分の知る人物が死んだ事はティアに取って受け入れられない事だった。膝を突いたまま、瞳から涙を流して呆然とその様子を眺める事しか出来ないティア。……その同時期に、やがて一番下に居た1人の青年が傍で眠るアルティナの首に手を掛けた。途端、ティアの頭に嘗て何処かで聞いた事のある声が響き渡る。
『……助けて』
「あ、う……」
『
「う、ぁ……いも、うと……?」
『守ってあげて』
「っ! これは……!?」
「ティアちゃん!?」
頭痛すら伴う声と苦しくなる胸。やがてティアの周りには青白い光が生まれ始め、それに気付いたアリアンロードとエマが声を上げる。……すると、ゆっくり
「あーちゃん!」
「ミリ、アム……さん。ティアさん、も」
『……』
ミリアムの声に弱々しく返したアルティナ。しかし続けてティアの名前を呼ぶも、彼女が返事をする事は無かった。そして、そんな彼女達に迫る聖獣の鋭い爪。ミリアムが傀儡に乗って守りを固めると同時に、ティアが片手を前に出して光の障壁を生み出す。……2人の守りは甲高い音を鳴らし、聖獣の攻撃は受け止めた。
「ティア、さん……?」
「何だろう、凄く……懐かしい感じがする」
『……』
攻撃が届かないと分かり、聖獣は何度も繰り返し障壁を叩き始める。様子の可笑しいティアにアルティナが困惑し、ミリアムが不思議な感覚を抱く中……ティアはゆっくりと2人の上へ浮上する。そして障壁よりも上に上がると、同じ様に手を前へ突き出した。
『グオォォォォ!』
途端、聖獣の元に無数の雷が襲い掛かる。当たらず落ちた雷は深く地面を抉り、その威力を物語る中……ティアはもう1度手を伸ばした。
「そっか……やっと分かったよ。ティアは僕達の」
何かに気付いた様にミリアムが口を開いた時、それを言い切る前に甲高い銃声が響き渡った。
「……ぇ……」
ゆっくりと落ちていくティアの姿を彼女達は。そして見ていた者達は見る事しか出来なかった。その背中は赤く染まり、やがて地面へ落ちる。……音の発生源は障壁を張っていた聖獣とは別の、斜め後ろ方向。
「ティア君!」
「兄上……何て事を!」
「何時までも邪魔をされては困るからね」
そこには先日、ある人物を撃たれた際に使われた共和国制の小型銃をティアへ向けたルーファスが立っていた。
「いやぁ! ティアちゃん!」
「…………」
アリサの悲鳴が木魂する中、完全に地へと伏したティア。そんな光景をアリアンロードは無言で、だがその拳を握り締めながら見続けていた。……そして、ティアが倒れた事で障壁は消滅。ミリアムはそれでもアルティナを守る為に、聖獣に立ちはだかる。結果、新旧Ⅶ組を待つのは絶望の結末だった。
ミリアムを失い、鬼の力に自我を失ったリィン。聖獣を倒すも、複数体の騎神に抑え込まれた彼を救出する手段は無かった。故に彼を残して脱出しようとする新旧Ⅶ組の面々。その際に撃たれたティアを連れて行こうとするも、彼女の元にアリアンロードの槍が迫った。転移の瞬間、その槍はティアの服を引っ掛けて範囲内から離脱。連れて行く事は適わず、転移が発動した事でその姿は消え去ってしまう。
「……ティア」
「……マ……マ……わた、し……」
近づくアリアンロードへ纏った光を失い、元に戻ったティアが何かを伝えようとする。だがその言葉を最後まで続ける事は出来ず、その目はゆっくりと閉じてしまうのだった。