【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

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第Ⅱ部-第8章- ~ママ~ 運命の改変
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 アリアンロードの待つ、エルム湖湿地帯へ向かっていたカレイジャスⅡ。だがその行く手を謎の障壁が塞いでしまう。それはティアがエリンの里に居た際に、リィン達が一度遭遇した障壁。結社や帝国の人間がそれを展開しており、超える為には発生源を見つけて破壊する必要があった。

 

 障壁の発生源を見つける為、クロスベルへ降り立ったリィン達。約2年ぶりの街並みにティアが辺りをきょろきょろと見回し、やがてリィン達は別行動をする事になった。

 

 リィン達は黒月(ヘイユエ)と呼ばれる組織の協力で、障壁の発生装置がクロウベルに建つ巨大なビル。オルキスタワーにある事を掴む。だが当然警備は厳重で、潜入する事は難しい。……そこで彼らが考えたのは、歓楽街にあるアルカンシェルで大きな公演を行う事で警備を薄くする事だった。クロスベルには特務支援課と親しく、リィン達に協力してくれる者が多数居る。アルカンシェルのダンサー達もそうであり、演奏家として名を上げていたエリオットや歌声が美しいアルティナ。他にも様々な者達が協力して、公演の準備に取り掛かり始めた。

 

「ティアさん」

 

「アルティナ……何か、お手伝い……する?」

 

 合流したティアも機材を運ぶガイウスや踊りの練習をするダンサー達を見て、自分もやれる事を探そうとする。そんな中、彼女に気付いたアルティナが声を掛けた。彼女はティアの言葉に少し考えた後、ティアを連れてエリオットの元へ。

 

「……どうでしょうか?」

 

「なるほど。ティアちゃんの歌、ですか」

 

「確かに……士官学院で軍楽の授業の時に歌う事があったけど、ティアは上手かったもんね」

 

「ただ、当の本人が人前で歌えるかどうかね」

 

 アルティナはエリオットへティアと一緒に歌う事を提案した。彼女はパンタグリュエルで共に声の練習をした経験から、ティアの歌声に関して知っていた。そして同じ学院で数ヵ月共に過ごしたエリオットやエマも、それは同じ。……彼らの言う通り、ティアの歌声はとても魅力的なものだった。しかしサラの言う通り、本人があがり症の上に臆病な為、人前で歌えるかが問題である。

 

「ティアさん、一緒に歌いましょう」

 

「あ、う……人、一杯、なんだよね?」

 

「緊張するなら、見てる人を野菜と思えば良いそうです。全部、にがトマトだと思いましょう」

 

 彼女の提案に狼狽えるティアへ、諦めずにアドバイスをして歌わせようとするアルティナ。……ユウナはそんな彼女を見て思う。あれは、何が何でも一緒に歌わせる気だと。やがて、アルティナ以外の者達もティアを説得。彼女はアルティナと共に、舞台で歌う事に決まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。ティアは緊張した面持ちで、舞台袖に立っていた。アルカンシェルのスタッフから借りたきらびやかな衣装を身に纏い、聞こえて来る客席の歓声と増える人の気配に怯えるティア。そんな彼女の手を、近くにいたアルティナが優しく握る。

 

「大丈夫です。一緒、ですから。それでも不安なら、本番でもこうしていましょう。少しは、安心出来る筈です」

 

「アルティナ……うん。ありがとう」

 

「ティア。昨日あれだけ練習したんだから、大丈夫。勇気と自信を持って!」

 

 エリオットからの応援も受け、やがて本番が始まる。彼の演奏を背後に、踊る者達の気配を感じながら。ティアはアルティナと手を握って歌を歌った。見える人々に怯え、途中で歌が止まりそうになっても。それを応援する様に前で踊る者達や、アルティナが言葉にはせずに彼女を勇気付ける。やがて歌姫として世界的に有名なヴィータや、仮面を付けたまま現れた謎の紳士、ブルブランが現れて更に公演は盛り上がり……その最中、リィン達はオルキスタワーで激闘の末に目的を達成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 協力してくれた者達にお礼を告げ、ティアがリィン達と共に居る事に喜ばれ、彼らは目的であったエルム湖湿地帯へ降り立つ。相克が行われるのは、霊場と呼ばれる特別な場。故にその入り口を探す為、彼らは遠くから見える光を頼りに進み始める。

 

 道中、デュバリィが過去に特務支援課とこの場所で邂逅した思い出を聞いて共に行動していたユウナが驚くなどしながら、邪魔する魔獣を蹴散らしてリィン達は霊場の入り口を見つけ出した。巨大な門の様なその光景を前に、ティアは胸の前で拳を握る。

 

「! あった!」

 

「この先に……ママが」

 

「アイネス、エンネアも待ち構えている事でしょう。ティア、最後にもう1度問いますわ。覚悟は、良いですわね?」

 

「……うん……! 絶対に、ママと会う、から!」

 

 ティアの決意を聞いて、騎神で戦う事になるリィンとクロウは互いに頷き合う。そして全員は霊場へ足を踏み入れた。……エルム湖湿地帯から一気に光景が変貌し、見えるのは巨大な星と浮かぶ岩。迷路の様に連なる道はとても長く、だがその道の途中にティアは2人の気配を感じ取った。別々の場所に立つ、アイネスとエンネアの気配を。

 

 相克を始めるには、まず場を整える必要がある。その鍵は闘争であり、彼女達は場を整える為にリィン達を待ち受けていた。まず最初に彼らが辿り着いたのは、エンネアの元。彼女はリィン達やデュバリィ、そしてティアの存在に気付いて優しい笑みを浮かべた。

 

「もう、大丈夫なのね……ティアちゃん」

 

「エンネア……うん。大、丈夫」

 

 だがその優しい笑みは、ティアの答えを聞くと同時に消え去る。そして見せるのは、敵としての険しい表情。

 

「ここに来たのなら、分かっている筈よ」

 

「う、ん……でも、ママに会うの。だから、私は……戦う……!」

 

「マスターの元へ辿り着く為に、踏み超えさせていただきますわよ」

 

 弓に矢を番え、構えるエンネア。その左右に現れるのは、結社の人形兵器が2体。リィン達も各々武器を構え、戦いは始まった。

 

 人形兵器が前衛。エンネアが後衛となって陣形を組む中、ティアもデュバリィの後ろで魔法を放つ。雷の魔法を連続で受ければ、機会故にショートして動きの止まる人形兵器。デュバリィも素早い剣戟で人形兵器を破壊し、瞬く間にエンネアを追い詰めた。

 

「ふふっ、見事なものね」

 

「もう、終わりですわ」

 

 エンネアの放つ矢は、デュバリィが軽々剣で叩き落してしまう。勝負は決し、乾いた笑みを浮かべて称賛するエンネアへデュバリィは告げた。

 

「……エンネア」

 

「ティアちゃん。……私は、貴女の事が少し……羨ましかったわ」

 

「ぇ……」

 

「同じ教団へ実験体として両親に差し出され、その後私はマスターやデュバリィに救われた。そして、マスターをママと慕う貴女にも出会った。……あの頃の私は、両親に捨てられた事が悲しくて仕方が無かった」

 

 デュバリィやティアは知っていた、エンネアの過去。だがリィン達は当然知らず、彼女の言葉でエンネアがティアと同じ教団の被害者であると知る。

 

「親を覚えていない。そんな貴女が、とても羨ましかった。……だけど、そんな私の心をマスターや貴女達は癒してくれた。本当に、幸せだったわ」

 

 最後の言葉と同時に、エンネアは弓を床へ落としてしまう。……彼女はこの戦いで、アリアンロードが消える可能性を感じたのだろう。彼女の強さは絶対。だが、今のリィン達やティアが居れば届いてしまうかも知れないと。

 

「エン、ネア」

 

「……行きますわよ」

 

 もうエンネアに戦意は無い。故にデュバリィは、声を掛けるティアを連れて歩みを進める。……これ以上留まってしまえば、今度は自分に迷いが生まれてしまう。そうならない様にする為の判断だった。

 

 

 更に霊場を進めば、次に立ちふさがったのはアイネスだった。彼女は自分が元々準遊撃士であった事を語る。嘗て自分が廃れて行く伝統武術を活かす為に準遊撃士となり、だが規約に縛られて罪なき者を裁けない事を苦しく思ったところでアリアンロードと出会った事を。

 

「規約など無い。制約も無い。唯、守りたいものを守る。悪を裁き、弱者を救う。そんなあの方の傍でこそ、この流派は輝ける。そう思ったからこそ、あの方に着いて来た。其方達とも出会えた」

 

「アイネス」

 

「だが、それももう終わる。マスターが勝つにしろ、灰が勝つにしろ……既に我らの道は(たが)った」

 

「……違うよ……アイネス、も。エンネア、も。デュバリィ、も……私も。皆、一緒。……ママの為に、戦うの!」

 

「ふっ。なら、証明して見せろ! ティア! 我らの思いと其方の思い、何方が強いかを。鉄壁にして不動の剛、超えて見せろ!」

 

「っ!」

 

 彼女の言葉を最後に、再び戦いが始まる。エンネアと同じ様に現れる2体の人形兵器。だがそれは共に戦うリィンやクロウの手で破壊され、アイネスはデュバリィへハルバードを振り下ろす。それを盾で防ぐも、防ぎきれない強い衝撃がデュバリィの腕を襲った。

 

「ぐっ!」

 

「その程度か、神速のデュバリィ!」

 

「! ど、りゃぁ!」

 

「っ!」

 

 至近距離で目と目を合わせ、告げられた言葉にデュバリィは盾を大きく振るってハルバードを弾いた。そして彼女を超え、その後ろへ滑る様に剣を振るう。少しの間を置いて、アイネスは膝を突いた。

 

「ふっ。流石だな、鉄騎隊筆頭。神速のデュバリィ」

 

「マスターにお会いするまで、立ち止まる訳には行きませんから」

 

 デュバリィの言葉にもう1度薄く笑って、彼女はその身体を倒した。ティアが急いで駆け寄るが、その身体に剣で出来た傷は無い。……デュバリィは先程の一撃を刃で行っていなかったのだ。

 

「何、この凄い感じ」

 

「間違い無い。この先に……」

 

「あぁ、居やがるぜ。ここまで離れてるってのに、ヒシヒシと伝わって来やがる」

 

「さぁ。行きますわよ……ティア」

 

「うん……」

 

 エンネアとアイネスを超え、遂にアリアンロードの待つ場所へと続く道が出来上がる。リィン達が感じる気配。当然デュバリィとティアも感じており、彼らは意を決してアリアンロードの待つ場へ足を進めるのだった。


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