【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

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「来ましたか。灰の起動者と蒼の起動者」

 

「マスター!」

 

「ママ!」

 

「……デュバリィ、ティア。やはり貴女達も来たのですね」

 

 アリアンロードは姿を隠す様に仮面を付けたまま、近づいて来るリィンやクロウへ語り掛ける。だが彼らが答えるよりも先に声を掛けたのは、デュバリィとティアだった。仮面越しにはその表情が伺えず、2人は感じる不安を胸に彼女と対峙する。

 

 彼女が仮面を付けている理由。それは結社の使徒として、銀の騎神を操る者として相克を迎える為。既に彼女の本名や、その素性を知っていたリィンは彼女に問う。……嘗て愛した存在を蝕む呪いの元凶、()に加担する結社や帝国側に何故つくのかを。

 

 アリアンロードの目的は、リィン達の様な騎神の起動者を倒して相克に勝ち残る事。……そしてその呪いの元凶である黒を、自らの手で討つ事。その理由を女の未練と語る姿に、デュバリィはやがて口を開いた。

 

「それだけじゃありませんわ。確かに女の未練から始まった決意かも知れない。ですが、今はそれ以上に……帝国の未来の為に。マスターは黒を討つつもりですわね」

 

「……何故、そう思うのです?」

 

「全てを終わらせる黄昏(・・)。私達はそれに加担してしまった。ですが、普通に考えてマスターがそれを受け入れる筈がありません。だって、それならティアや私。エンネアを救った意味がありませんもの」

 

「……」

 

「それに、私は。私達は、マスターが今まで私達に見せて来た誇り高き存在。それとは別にティアへ見せる(ママ)としてのマスターを知っています。そんなマスターが、世界を終わらせる事を認める筈が無い(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 それはアリアンロードやティアと共に過ごしたデュバリィだからこそ思える事だった。8年。アリアンロードにとって短く、デュバリィにとって長いその8年があるからこそ、彼女は確信をもってそれを言う事が出来た。

 

「ママ……」

 

「ティア」

 

「私。ママのお蔭で……ここに、居るの。ママのお蔭で、皆と会えた。……だから、ママが辛いなら。苦しいなら……私が、守るから。守れる様に、なるから!」

 

「マスター。貴女の決意は分かりました。ですが、あえて言わせて頂きます。……マスターは、間違っていると。全部1人で抱えて、全部1人で終わらせる必要なんてありません。私が! ティアが! アイネスが! エンネアが! 他にもシュバルツァーやⅦ組の者達が。同じ黒に抗っている! 1人で戦わなくても、皆で戦う事が出来る筈です!」

 

 デュバリィの言葉はリィン達の心に響く。アリアンロードは仮面の中で目を閉じ、ティアやデュバリィ。アイネスやエンネアと出会い過ごした日々を思い出し、兜を外す。その光景に驚くと共に、一瞬だけ思いが届いたと思ったデュバリィ。……だが彼女は選んだ道を引き返す事はしなかった。

 

「貴女達の成長を感じて、嬉しく思います。ですが甘い。黒に挑むには、甘さなど持っていてはいけない」

 

「っ! ママ!」

 

「構えなさい、ティア。デュバリィ。そして灰と蒼の起動者達。結社の使徒にして第七柱、銀の起動者……アリアンロードが、相手となりましょう」

 

 霊場に宿る力と一体化し、凄まじい闘気を放つアリアンロードにリィン達は構える。デュバリィはティアの横に立ち、剣と盾を構えて視線を逸らさずに大声でティアへ告げた。

 

「見せますわよ。私達の覚悟を!」

 

「! ……うん!」

 

 彼女の言葉にティアもグラーシーザを呼び、戦闘態勢に入る。……嘗て武の頂点と言われた鋼の聖女との戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁ!」

 

 槍を手に空へ突き出せば、走る空気がティア達へ襲い掛かる。デュバリィは盾でそれを何とか防ぎ、ティアもグラーシーザの守りで防御。リィンやクロウも武器を前に構えて防ぐ中、少し離れた場所でユウナが接近戦用のトンファーにも遠距離戦の銃にも使える武器を後者のモードに切り替えて発砲した。が、その銃弾が届く頃にはアリアンロードの姿は消えてしまう。

 

「遅い」

 

「なっ!」

 

 一瞬。一番遠かった彼女が目の前で槍を構える姿にユウナが驚く中、それを防ぐ様にリィンが間に入る。と同時に彼はその身から赤黒い靄を発生させ、やがて鬼の力を解放する。

 

「教官!」

 

「出し惜しみして勝てる相手じゃない! 俺達の全身全霊を持って、超えてみせるぞ!」

 

「らぁ!」

 

「!」

 

「なっ! マジかよ!?」

 

 リィンが力を使った事にユウナが動揺するも、彼の言葉で彼女は戦いに意識を向ける。するとアリアンロードへ両剣を振るってクロウが攻撃を仕掛けるが、彼女は片手でその刃を掴んでしまう。目の前の光景に驚愕するクロウ。そのままリィンと共に、その身体は大きく吹き飛ばされる。

 

「せやぁ!」

 

 すると、入れ替わる様にアリアンロードの目の前にデュバリィが入り込んで刃を振るった。赤く光る刀身はティアの魔法で強化されており、微かにその鎧に傷を付ける。だが攻撃と言える攻撃にはなっておらず、デュバリィも分かっていた様に距離を取った。

 

「そ、れっ!」

 

 その背後で大きく両手を突き出したティア。彼女の全力を持って放たれた魔法が発動される。空が飛来するのは騎神ほどの大きさはある巨大な氷。それは容赦無くアリアンロードの元へと落下し、彼女を押し潰した……様に見えた。

 

「嘘っ!?」

 

「失われし魔法、ここまで使える様になりましたか。ですが、まだ弱い」

 

 アリアンロードは槍を上に掲げ、落ちて来た巨大な氷を貫いてその場に留まって見せた。重そうにすら見せず、軽々とそれを振るって霊場の外へ放る姿にはその場に居る全員が彼女の強さに戦慄せずにはいられない。が、それでも攻撃の手を緩める事はしない。

 

「ユウナ!」

 

「はい! 壊せ、スレッジハンマー!」

 

 リィンの声に返事をした彼女はオーダーを発動する。そしてティアが同時に3つの補助魔法をリィン、クロウ、デュバリィへ掛け、3人は3方向から同時に攻撃を仕掛けた。1つを槍で。1つを手で。1つをその身で受けたアリアンロード。最後の攻撃で僅かによろめいたその隙を、デュバリィは見逃さなかった。

 

「行きますわよ、マスター!」

 

 3人に分かれ、目にも止まらぬ速さで攻撃を仕掛けるデュバリィ。アリアンロードはその猛攻を槍を盾に受け止め続け、やがて本物のデュバリィがその目前に現れる。手に持つ刃は輝き、彼女はそれを全力で振り下ろした。

 

「プリズム、キャリバーァァァ!」

 

「っ!」

 

 その一撃はアリアンロードの身体を後ろへ下がらせる。身体には殆どダメージが通っていないものの、デュバリィの一撃は彼女の槍を欠けさせた。

 

「やった!」

 

「まだ穂先を削っただけですわ!」

 

 思わず喜ぶユウナへ警戒を怠らずに告げるデュバリィ。自分や鉄騎隊とは違う者達と協力して戦うティアや、デュバリィの姿にアリアンロードは僅かに笑みを浮かべる。……すると突然、霊場の周りが光輝き始めた。それは相克の準備に必要な闘争が十分に満たされた証。

 

「デュバリィさん、ティア! 後は俺達に任せてくれ!」

 

「お前さん達の分まで、戦って来てやらぁ!」

 

「くっ、仕方ありませんわね。頼みましたわ!」

 

「リィン……お願い!」

 

 条件は整い、これから始まるのは騎神同士の戦い。デュバリィとティアに出来るのはその戦いを見守る事であり、2人は逸る気持ちを抑えてそれを見守り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィンとクロウの乗る騎神と戦い、敗北したアリアンロード。だが勝者であるリィンに取り込まれ、そのまま消えようとする彼女をティアとデュバリィが引き止める。リィンは自分に流れる力を返し、彼女の消滅をクロウの様に免れようとするが……第三者の登場とその不意打ちが、アリアンロードの乗る騎神を貫いた。

 

「マスター!」

 

「ママ!」

 

 不意打ちをしたのは、金の騎神。乗るのはユーシスの兄である、ルーファス・アルバレア。アリアンロードの乗る騎神は消え去り、その翼が彼の乗る騎神に受け継がれた後、彼は『最後の舞台で待つ』と残して去ってしまう。……残ったのは、胸を大きく貫かれたアリアンロードの姿。騎神を奪われ、命を繋ぎ止める存在が消えてしまった事で彼女も消えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが彼女が迎える運命の筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイネス、エンネア。そしてパンタグリュエルで待機していた者達が一斉に揃う中、アリアンロードの傍に突然ローゼリアが姿を見せる。

 

「ええいっ! 何時まで戦っておるのじゃ! 妾は堪えるのが必死じゃったぞ! 金の起動者め、手間を増やしおって……全く世話を掛けさせる! リアンヌの子よ、準備は良いな!」

 

「うん!」

 

「頼みますわよ、ティア!」

 

「エマ! セリーヌ! 手を貸すのじゃ!」

 

「御婆ちゃん!? 一体何を……」

 

 ローゼリアとアリアンロードは嘗て親友であり、アリアンロードを銀の騎神へ導いたのもローゼリアであった。だが親友が倒れるアリアンロードを前に憤りを見せながらも、その様子に親友の消え行く姿を悲しむ様子は無い。すると彼女は現れて即、ティアに声を掛けてから合流した1人であるエマへも声を掛けた。

 

「ロゼ……」

 

「リアンヌ、お主を消させはせぬぞ! 250年の謝罪もまだ聞いとらんからな! ドライケルスの魂もまだこの世じゃ! 何より同じ子を持つ親として、子を置いて早死にする等認めぬ(・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

「何を、するつもりですか……」

 

「説明は後じゃ。まずはお主の力を全部吐き出せ! そこの灰にでも食わせるのじゃ! やらないなら、妾が強引にでもやるぞ!」

 

 自分が消えると分かり、元よりそのつもりだったアリアンロードは内に残る力をリィンの操る灰の騎神ヴァリマールへ捧げる。もう彼女に力は無く、それを見た後にローゼリアは何かの術を発動し始めた。

 

「これって……まさか禁術!? 理に外れた術。それも死者蘇生なんて使ったら、最悪肉体が滅ぶわよ!」

 

「ええい! 黙って手伝わんか!」

 

 それは禁書と呼ばれる書物に載る、危険な魔術の一種だった。使用者に代償を齎す可能性もあるが、非常に強力な魔術。中には死者蘇生も存在すると言われているが、それを成功した例は無い。エマの傍に居た黒猫。彼女の使い魔、セリーヌはそれを知っているが故に、ローゼリアがアリアンロードを蘇生させようとしていると考えた。だが、彼女を動かす為に。ローゼリアは魔術を準備しながら告げる。

 

「安心せい! 死ぬ事にはならん! だから、頼む……!」

 

「御婆ちゃん……っ!」

 

 切実なローゼリアの願いに、エマは言われた通りローゼリアを補助する為に魔術を行使する。セリーヌも「知らないわよ!」と躍起になって協力する中、ローゼリアの傍に立ったティアは魔法を使い始める。

 

「何を……」

 

「私達が独断で、決めた事ですわ。……お叱りでも何でも後で私が受け入れます。ですがマスター。貴女は絶対に、消させません」

 

 倒れる自分の背に生まれる魔法陣。3人が彼女を救う為に魔法、魔術、禁術を行使し続ける。

 

「ゴフッ!」

 

「御婆ちゃん!?」

 

「心配ない! リアンヌの子よ!」

 

「うん! そ、れっ!」

 

 口から突然血を吐いたローゼリアにエマが悲痛の声を上げるが、彼女は禁術を発動したままティアへ声を掛ける。すると、頷いてティアが発動したのは……強力な魔法、ロストアーツ。足元に巨大な別の魔法陣が浮かび、光輝くと共にその場に居た全員やローゼリアの怪我を治療した。流れる血は止まり、ローゼリアが浮かべていた苦悶の表情が消える。

 

「ティアの使う魔法は、魔女曰く理から外れている(・・・・・・・・)そうですわ。当然ですわね。人の身で魔法を使おうとすれば、新たな()と成らなければいけないのですから」

 

「まだじゃ、もっと! 魂を繋ぎ留めるのじゃ! ぐっ!」

 

「っ! えいっ!」

 

 今度は身体の一部を失い、ティアがその光景に目を閉じて再び同じ魔法を放つ。ロストアーツの負担は大きく、1度使えば僅かでも休息が必要なティア。だが今、彼女は自らに感じる脱力感や苦しさを必死に耐えて、自分よりも辛いであろうローゼリアの身体を癒し続ける。

 

「250年分の魂……まだ、逝かせはせぬぞ!」

 

 その後も、ローゼリアは数度に渡って瀕死の重傷を負う。だがその度にティアは彼女の身体を治療し続け、到頭その時が来る。

 

「掴んだ! リアンヌの子よ、お主の力をこの魔法陣へ解き放つのじゃ!」

 

「っ! うん! ママ、帰って来てっ!」

 

 ティアはその言葉と同時に胸の前に手を当て、そこから手へ光を生み出す。そしてそれを床へ叩きつける様に放った時、眩い光が霊場全体を包み込むのだった。


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