【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

4 / 49
1-3

 交易地ケルディック。交易地と言われるだけあって市場などが盛んなその町に足を踏み入れたA班は少し寝てご機嫌になったサラの先導の元、今日1日泊まる事になっている宿酒場『風見亭』へと向かった。サラの後ろをくっ付いて周りを怯えた様子できょろきょろしながら歩くティア。店の中へ入れば、サラと顔見知りの女将がティアの姿を見てサラを懐かしむと共に「あんた何時の間に」と誤解をする。

 

「変な誤解をしないで貰えるかしら? 見ての通りこの子も私の生徒よ」

 

 制服に注目させる事で誤解を解いて椅子へ座ったサラは、女将に話をしてA班を部屋へ案内してくれる様にお願いする。予め話が通されていた事もあり、女将に「着いて来な」と言われて案内された場所は少し大き目の一部屋だった。男女別の部屋では無く、共同の部屋。その事にアリサが驚き質問するも、サラが『一緒で良いわ』と部屋分けをお願いしていなかった事を知らされる。今から新しい部屋を用意して貰う訳にもいかず、仕方なく了承した彼女は……リィンへ横目で警告する様に告げる。

 

「不埒な真似は許さないわよ」

 

「……ふ、ら……ち……?」

 

「気にしなくて良い。……恐らく、其方にはまだ早い」

 

 過去に色々あったが故に警戒されて肩を落とすリィンをエリオットが慰める中、ティアは聞きなれない言葉に呟きながら首を傾げる。その姿を見てラウラが告げれば、ティアは少々怯えながらもそれ以上気にする事は無くなった。

 

 女将は部屋を去る前、リィンへ1枚の封筒を手渡す。その封筒にはトールズ士官学院の校章が描かれており、気になりながらも開けた中に書いてあったのは……3つの課題だった。必須と書かれたものとそうで無いものが混じり、その内容は手配魔獣の討伐と言った危険な物からお使いの様な物まで色々。一同が困惑する中、まずはサラへ聞いてみようと言う話になった途端、ティアは誰よりも早く1階へ向かった。

 

 既に1階ではカウンター席で果実酒を楽しむサラの姿があり、まだ明るい時間からお酒を飲む彼女の姿に各々心配を抱く。そしてアリサが実習内容について質問すれば、彼女は酔った様子のまま答えた。

 

「必須の課題以外はやらなくて良いわよ。全てあんた達に任せるから、好きにすると良いわ」

 

 放任主義にしてもやり過ぎなサラの言葉にアリサが声を上げる中、何かを納得した様子でリィンは頷いた。

 

「そうした判断も含めて、特別実習と言う訳ですか」

 

 リィンの言葉にアリサ達が驚く中、サラはご機嫌な様子を見せる。何かを分かった様子のリィンへ当然話を聞きたがるも、現在の場所は宿酒場。しかも営業中と言う事もあり、まずは外へ出る事となった。だがいざ動き出そうとした時、ティアが着いて来ない事に気付く。彼女はサラの傍で立ち尽くしており、アリサが声を掛けるとティアは不安そうに4人とサラを交互に見始めた。

 

「はぁ。もうしばらくここに居るから、行って来なさい」

 

「…………ぅ、ん」

 

 動かないティアを見兼ねてサラが声を掛ければ、長い間の後に動き出したティア。やがて4人と合流すれば、リィンが分かった事についての説明を始める。彼曰く、数日前の自由行動日は似た様な事をしていたらしい。そしてそれを熟した末、彼はトリスタの街や学院について色々と知る事が出来たと言う。……それは正しく今回の課題内容と同じだった。

 

「確かに、僕達は本や話を聞いてばかりでこの町の事を深くは知らないよね」

 

「なるほど。課題を熟しながら、この町について知る。と言う事か」

 

 エリオットとラウラは納得し、アリサも少々不服そうにし乍らも納得。ティアは彼らの話を少し離れた場所から聞いており、リィンが「大丈夫か?」と聞けば恐る恐ると言った様子で頷いて返した。……その後、彼らはケルディックの町を周り乍ら課題を出した人物を当たる事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町を歩き、様々な話を聞いたA班は課題を熟す為に町の外へ出る事になった。魔獣も徘徊するであろう外は危険が多く、戦う必要があるだろう。互いが互いに戦う術を持つ事は知っていた4人。だが1人、明らかに戦えないティアにこのまま出て良いものなのかと4人は不安を抱く。実技テストの様を見れば戦えないのは確定であり、サラの元へ預けるべきとも思ったリィン。だが同じ組の仲間として、それが良い事とは到底思えなかった。

 

「どうする、リィン」

 

「取り敢えず、ティアには後ろに下がってて貰おう」

 

「えぇ。それが良いと思うわ。……大丈夫よ、ティアちゃん。私が守ってあげるからね」

 

「……ぁ、ぅ……」

 

「少々不安は残るが、()くとしよう」

 

 ティアを守る様にして外へ出る事に決めた4人。未だ真面な話すら出来ない現状に困りながら、A班は街道へと歩みを進める。

 

 建物が殆ど無い道には所々魔獣の姿があり、避けて進む事も可能だろう。無益な戦いは避ける方向で進み始めるも、完全な戦闘の回避は不可能だった。リィンが自らの獲物である刀を手にラウラと戦術リンクを使って素早く敵を斬り、エリオットは主に補助と傷の回復を担当。アリサは弓で彼らの援護に回る。数回戦闘を熟して目的の場所へ到着すれば、用事を済ませた後に少し寄り道として街道の更に奥へ。そこには謎の場所へ続く門があり、だが門前で見張っていた2人の男性に追い返される。そして帰り道。来る途中で魔獣を倒して居たため、その数は少なかった。が、居ない訳では無い。

 

「っ! ぁ、ぅ……」

 

「? どうしたの、ティアちゃん」

 

「ぁ、ぁそ、こ……ぃる」

 

「え? !? リィン! 魔獣が居るよ!」

 

 帰り道の途中、ティアが何かに気付いた様子で見つめる姿にアリサが質問した時、彼女の答えにエリオットが視線を向けて隠れていた魔獣の姿に気付いた。彼の声ですぐに武器を手にした4人。素早く戦闘を終わらせれば、リィンが安心した様子で武器をしまうその横でアリサがティアへ声を掛ける。

 

「ありがとう、ティアちゃん。お蔭で奇襲を受けずに済んだわ」

 

「ああやって隠れる魔獣も居るんだね。全然気付かなかったよ」

 

 アリサがお礼を言いながら近づけば、距離を取るティアの姿に少しずつ見慣れて来たエリオットが言う。そんな中、リィンとラウラは互いに目を合わせてからティアへ視線を向けた。まるで彼女がした事は今朝自分達がした様な気配の察知。だがどう見ても武とは無縁なティアにそれが出来た事が、2人には理解出来なかった。

 

 その後、魔獣に出合う事も無くケルディックへ戻ったA班はお使いの品を渡して課題を熟す。必須では無い課題も済ませ、次に向かうのは再び街道だった。だがその目的はお使いでは無く、手配魔獣の討伐。つまり戦闘は必須であり、今まで遭遇した相手よりも遥かに危険な相手である。今度こそティアを置いて行くべきか迷ったものの、同じA班として一緒に行く事にした。

 

 街道の途中に住む農家がその手配魔獣の被害者であり、まずは話を聞く事にしたA班。まだ若い4人と明らかに子供が居る事に申し訳なさそうにし乍らも被害を訴える住民。残念ながら手配魔獣に関する情報は少なく、倒す事を約束したA班は目撃された場所の近くへ。

 

「……ぃる」

 

「! 何処かに魔獣が居るの?」

 

「……ぉぉ、きぃ……の。……! ぉこって、る」

 

 再び何かの気配を察知した様子のティアにエリオットが警戒する中、リィンとラウラは再び目を見合わせる。そして徐にラウラはティアの前に近づくと、彼女と目線を合わせる様にしゃがんで声を掛けた。

 

「っ!」

 

「待つのだ、ティア。……其方、その大きい魔獣がどんなのか分かるのではないか?」

 

「ぁ、ぅ……」

 

「ラウラ、流石にそんなの分かる筈が……」

 

「ゆっくりで良い。分かる事を、教えて欲しい」

 

「…………長ぃ……尻尾。……ぉぉきぃ、牙。……変、な……せび、れ」

 

「ふむ……頑張ったな。ありがとう、ティナ」

 

 怯えながらもゆっくりと答えたティアに何かを考えながら、優しく微笑んでその頭を撫でて立ち上がったラウラ。最後の仕草にアリサが羨まし気な視線を送る中、リィンの元へ近づいたラウラは「気に留めておいても良いかもしれん」と告げた。彼も同意見であり、慎重に再び歩みを進めた先に居たのは今までとは違う大きな魔獣。青く大きな身体に岩をも噛み砕きそうな鋭い歯。長い尻尾を豪快に動かし、背鰭を震わせて小さな音を立てる。……ティアの言った特徴がその魔獣には全て含まれていた。

 

「ティアの言う通りだね」

 

「っ! ぁ、ぅ……ぅる、さぃ……!」

 

「ティアちゃん!?」

 

「……あの背鰭から僅かに嫌な音がする。ティアには聞こえている様だが……」

 

 耳を塞いで苦しむ程の大きな音では無い。言葉にせずともそう告げたラウラにリィンは彼女に関する謎が更に深まった様に感じた。見えない敵の察知、把握と異常な聴力。気にはなるものの、それを知る術がない為にリィンは思考を切り替えて手配魔獣の討伐に集中する。注意するべきは尻尾の薙ぎ払いと牙の攻撃。そして嫌な音による集中の妨害だろう。

 

「ティアはここに居てくれ。皆、手配魔獣を倒すぞ!」

 

 彼の言葉を合図に飛び出した4人。予め注意するべき点が分かっていれば動き易く、遥かに手強い相手でも彼らは戦術リンクを駆使して翻弄する。やがてラウラが渾身の一撃を叩き込んだ時、手配魔獣は大きな音を立てて倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 被害に遭っていた農家へ報告した後、ケルディックへ戻ったA班。もう後は宿酒場で今日あった出来事をレポートに纏めるだけとなった時、ティアは町に入ると同時に宿酒場へ4人を置いて直行してしまう。行く先は間違い無くサラの元。今までの時間では余り仲良く慣れて無いと感じた4人は複雑な心境の中、彼女を追おうとして……大市で騒ぎが起きている事に気付いた。

 

 宿酒場へ入ったティアは未だにカウンター席で飲むサラの姿を見つけてその隣へ座る。大分深くまで酔っていた彼女はティアの姿に気付くと頬を赤く染め乍らアルコール臭のする口を開いた。

 

「あら、もう帰ったのね。他の4人は? まさか、勝手に帰って来た訳じゃないでしょうね?」

 

「かだぃ……ぉわった……皆、は……知らなぃ」

 

「知らないって……はぁ……全く」

 

 サラは課題が終わってすぐにリィン達を置いて1人で帰って来たのだと理解し、溜息をついた。その後しばらくの間互いに無言のまま過ごした後、突然サラが両頬を手で2度叩いて染まっていた赤みは薄くする。そして女将に「そろそろ行くわね」と言って果実酒の代金を支払うと、席から立ち上がった。すると当然の様に着いて行こうとするティアにサラは「レポートはしっかりね」と告げ……素早く彼女の前から姿を消してしまう。

 

 心許せる相手が居なくなってしまってオロオロするティアの前へ次に現れたのはアリサだった。その後ろにはリィン達の姿もあり、レポートを書く為に宿酒場の席へ付く事になった5人。その後、今日あった出来事を話乍らA班はレポートを作り続ける。途中、女将から夕食として出された料理に舌鼓を打ち、やがて夜も更けて来た頃。ティアは眠そうに目を擦り始めた。

 

「ティアちゃん、眠いの?」

 

「……ぅ、ん」

 

「っ! そ、そう。……もう大体終わったし、一緒(・・)に寝ましょうか?」

 

「……」

 

 眠気に襲われて半分ほど意識が薄れていたティア。彼女はアリサからの言葉に頷き、今の状態なら話が出来ると分かったアリサは驚きながらも席を立つ。「ティアちゃんを寝かせて来るわね」と告げれば、他の3人も了承。ティアの小さな手を握って階段を上るアリサは何処か幸せそうで、それと同時に手を繋がれるティアの後ろ姿を眺めながらエリオットは口を開いた。

 

「それにしても、ティアも気配が分かるのかな?」

 

「いや、ティアは相手の特徴まで言い当てる事が出来ていた。気配、とは違う気がするな」

 

「うむ、私も同じ意見だ。それとティアはかなり耳が良い様にも思える」

 

「遠くだったけど、手配魔獣の出す嫌な音を聞いて苦しんでたもんね」

 

 その後、少しの時間を置いて何処かスッキリした様子のアリサが再び同じ席に座って今日1日の事について話し合う。更にどうしてトールズ士官学院へ入学しようとしたのかについても話し合う様になり、4人は談話を続けるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。