【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

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幕-2

 着せ替え人形の時間が終わり、建物を出て休憩する為に波止場へ足を運んだティア。するとそんな彼女の足元に一匹の猫が近づき始める。……それはクロスベルに居た時にティアが可愛がっていた猫、コッペ。実は特務支援課の使っていたビルの屋上を寝床にしており、ティオやロイド達にも可愛がられていたコッペ。今回の壮行会には共に連れて来られた様である。

 

「コッペ……」

 

 足に擦り寄るコッペを抱き上げ、ティアは本来船が横付けされる場所で足を外に出して自分の横へ降ろした。

 

「えへへ……にゃぁ、にゃぁ」

 

『にゃぁ~』

 

「普通に言葉で喋れ。そう言ってるわよ」

 

「!? あ……セリーヌ」

 

 コッペを愛でながら思わず猫の真似をして鳴いたティアへ、突然少女の声が掛かる。だがそれは人では無く、エマの使い魔であるセリーヌだった。一瞬人に聞かれて恥ずかしさを感じたティアだが、相手が彼女と分かってホッとした様子を見せる。そんな姿にセリーヌは心の中で『単純ね』と思いながら、コッペとは反対の場所に座り込んだ。

 

「撫でて、良い?」

 

「別に、好きにすると良いわ。前は聞きもしなかったじゃない」

 

「あう……ごめんね」

 

「怒ってる訳じゃ無いわよ。……あぁ、もう! ほら、撫でなさい!」

 

「うん……フワフワ」

 

 ティアがトールズ士官学院のⅦ組に在籍していた頃、教室で人形を作るティアの元に現れた事があったセリーヌ。その際は校舎内に迷い込んだ猫だと思い、自ら近づいて来るその姿に手を伸ばして膝に乗せた後に愛でたティア。しかし今は話を出来る事もあり、許可を得ようとする彼女にセリーヌは少し突き放した言い方で答える。が、それにティアは怒っていると勘違いしてしまう。結果、セリーヌは少しの罪悪感から自らティアの膝に飛び乗って答えた。……セリーヌを撫でるティアは、コッペを撫でていた時同様に幸せそうに感想を呟いた。

 

『にゃ~!』

 

「こっちも撫でろ。そう言ってるわ」

 

「コッペ……うん」

 

 コッペの言葉を通訳され、ティアは左右の手でセリーヌとコッペを別々に撫でる。

 

 ティアの撫でる事に関するテクニックは、決して高いとは言えない。猫として少々プライドの高いセリーヌは誰にでも撫でられて気持ち良くなる軽い猫では無かった。1人、撫でられたら逃れられない例外は居るが……少なくとも、ティアの撫で方では毛並みに触れる手の心地良さは余り感じなかった。が、ティアにはそれ以上に途轍もない優しさと暖かさを彼女は感じる。コッペもそれは同じ様で、『まぁまぁ』と撫でるティアの腕に感想を言いながらも自らティアの身体へ擦り寄っている。

 

「セリーヌ……ママを助けるの……手伝ってくれて、ありがとう」

 

「あんな切実そうなお願いを聞いたら、放っとく訳にも行かなかったってだけよ。別に、あんたの為じゃ無いわ。……まぁ、でも。良かったわね。犠牲を払う(・・・・・)程、大事な人だったんでしょ?」

 

「っ! ……うん」

 

 エマの使い魔だからこそ、分かる事。セリーヌの言葉にティアは一瞬驚くも、頷いて肯定した。するとセリーヌはティアの膝を飛び降りて建物へ向かいながら、そっと振り返る。

 

「何かあったら、あたし達に頼りなさい。魔女として、使い魔として。出来る事はしてあげるわ」

 

「セリーヌ……ありがとう」

 

 彼女の離れる小さな後ろ姿にティアがお礼を言うと、傍に居たコッペもティアから離れて気ままに行動を開始する。2匹の猫に癒されたティアは立ち上がると、波止場を離れて砂浜や海の家があるレイクビーチへ足を進める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイクビーチ。そこでは現在、女性達に寄る飲み比べが行われていた。参加者は成人を超えたお酒の飲める者達。サラを始めとした酒好きの者達が多数自信満々に参加する中、彼女達を余裕で倒して勝ち上がったのは4人。

 ラインフォルト家の完璧なメイド、シャロン。

 『黄金の羅刹』の異名を持つ武の頂点を超えし者、オーレリア。

 嘗てトールズ士官学院で園芸部の部長を務めていた先輩、エーデル。

 結社の使徒第七柱にして武の頂点。現在はティアの眷属となった鋼の聖女、アリアンロード。

 

 数名の酒飲み自慢な女性達を余裕で蹴散らしてお酒を飲む彼女達に、酔った様子は欠片も無い。対決をする為に人を集めて欲しいと頼まれ、連れて来たリィンが見ていて申し訳なく思う中、その戦いはお店のお酒が尽きた事で引き分けとなってしまう。

 

「ふふっ、流石でございますね」

 

「2度も敗北を喫する訳には行きませんからね」

 

 解散の間際、シャロンの言葉に他の者と同じく酔った様子を見せずに答えるアリアンロード。飲み比べを始める前から、ローゼリアと共にお酒を嗜んでいた彼女の余裕に潰れた者達は絶対に敵わない強者の風格を感じずにはいられなかった。……すると、そこへティアが姿を見せる。が、彼女は現れてすぐに苦しみ始めてしまった。

 

「あぅ……お酒、臭い……」

 

 レイクビーチは建物内では無い。だが人に入ったアルコールの臭いは当然残り、酔い潰れた者達を始めとしてお酒を沢山飲んだ者達が集まるそこは酷いアルコール臭が充満していた。気配や嗅覚が敏感なティアにはとても耐えられない様で、彼女は逃げる様にレイクビーチを後にしてしまう。

 

「私達、臭うでしょうか?」

 

「……そうですわね。確かに、少し……」

 

 そしてお酒の臭いに。つまり自分達にティアが逃げてしまった事で少しだけ衝撃を受けた2人。その後、アリアンロードがシャロンに連れられて臭いを誤魔化せる物をミシュラム内のお店で買う姿が目撃されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティアー!」

 

「あ……キーア……!」

 

 レイクビーチから逃げたティアは、ロイドとエリィに連れられて歩くキーアと再会する。キーアがティアに気付くと同時に走り出し、その手を掴んで再会を喜ぶ中、掴まれたティア本人は目に見える彼女の成長を感じる。……始めて出会った頃に比べ、明らかに背も雰囲気も大きくなっていたのだ。

 

「ロイドと、エリィも……久しぶり」

 

「あぁ、久しぶりだな。ティア」

 

「元気そうで何よりだわ。……彼女と一緒なのは流石に驚いたけれど」

 

 ロイド達が最後に出会ったのは、パンタグリュエルでの戦い。だがあの時のティアはロストナンバー(別人)だった為、話をするのはカンパネルラに誘拐された日が最後であった。見た目は変わらず、だが元気そうな姿に安心した様子を見せる2人。ティアがママと慕う相手とは一度ぶつかり合った事もあり、この場に居る事に衝撃を受けて以降話も出来ていないが、結社の事等について聞きたい事は2人を含め数多くの者達が思っていた。が、今は明日の戦いの為の壮行会。野暮にならない為に、我慢していたのだ。

 

「ティアはもう、鏡のお城に入った?」

 

「ううん。まだ、だよ」

 

「それじゃあ、一緒に行こうよ! ロイド、良いでしょ?」

 

「勿論だ」

 

「ふふ。それじゃあ、テーマパークの方に行きましょうか?」

 

 ロイドの許しを得て、キーアはティアの手を掴んだままテーマパークに向けて走り始めた。元気なキーアとそんな彼女に驚きながらも少し嬉しそうに走るティアの姿を優しくロイドとエリィは眺め、2人の後を追ってテーマパークへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡の城で士官学院に居た頃に見た事のある人物と再会したティアは、キーアと別れてお城の前にある橋で海とテーマパークの光が作りだす幻想的な光景を眺めていた。

 

「やっと見つけた」

 

「? フィー……ラウラも」

 

「其方も十分に楽しんでいる様だな」

 

 ティアに声を掛けたのは、ラウラと行動を共にしていたフィーだった。どうやらティアを探していた様で、彼女を挟む様に手摺りに近づいた2人。……すると、フィーはティアへ質問する。

 

「ティアは……明日以降、どうするつもり?」

 

「?」

 

「姉のところへ戻る。鋼の聖女殿と共に居る。もしくは別の何か……其方には様々な未来が選べると言う事だ」

 

「……考えた、事……無かった」

 

 今までアリアンロード(ママ)の力になりたくて行動して来たティア。だからこそ、明日以降が無事に来るならば。目的を果たしたアリアンロードは今後どうするのか。そして、ティアはそれについて行くのか……ティアは決めなければいけなかった。

 

「ティア。私からも、1つ提案がある」

 

「提案……?」

 

「そう。……私と一緒に、来る。遊撃士になって(・・・・・・・)、一緒に過ごす」

 

 フィーの提案にティアは目を見開いて驚いた。戦いについては、ティアも戦う術を持つ為に問題無い。その力を活かす職として、遊撃士は選択出来る内の1つ。フィーと共に行けば、彼女とは勿論。サラやトヴァルと比較的沢山連絡を取る事が出来る様になるだろう。2人にも仕事がある為、常に一緒には居られないが……少なくとも、フィーの傍には居られる気がティアにはした。

 

「一緒に居たいから……考えて置いて欲しい」

 

「う、ん……」

 

 答えを聞かずにティアから離れるフィー。すると、そんな彼女の後ろ姿を共に眺めていたラウラが静かに口を開いた。

 

「私はフィーを友と思っている。勿論其方もだ。だが……フィーは、お主を友以上(・・・)に思っているのかも知れないな」

 

「友達、以上……?」

 

「ふっ。その内分かる。フィーについて行くにしても、行かずにしてもだ」

 

 ラウラは最後に「明日に備えて早めに休んで置いた方が良いぞ」と続け、フィーを追う様にその場を去ってしまう。そして再び1人となったティア。フィーの告げたそれが、ティアが初めて今後や将来を考える切っ掛けとなった。


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