【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

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 特別実習2日目。昨日、誰よりも早く眠ってしまったティアは一番最初に目を覚ました。が、普段は感じない自分を覆う様な何かに気付いて困惑。ゆっくりと顔を上げれば……穏やかな表情で自分を抱きしめて眠るアリサの姿がそこにはあった。

 

「っ! ぁ、ぅ……ぅう!」

 

 気付くと同時に困惑したティアは力の入っていないアリサの腕から抜け出すと同時にベッドから落下。身体を強く打ちつけるも、大きな音は鳴らなかった事で誰も起こす事は無かった。痛みに涙を浮かべ乍らも、逃げる様に部屋を飛び出したティア。……宿酒場からも飛び出す姿は朝早くから準備をしていた女将に目撃され、目を覚ましたリィン達がティアの姿が無い事でパニックになる様子を見て女将が外へ出てしまった事を伝える。そして探しに行く為に外へ出た4人は、騒ぎがする大市にティアが居るかも知れないと思いながら足を進めた。

 

 一方、宿酒場を飛び出したティアは昨日回っただけで殆ど土地勘の無いケルディックの町中できょろきょろしていた。まだ早い時間故か見える人は大人ばかり。中には自棄酒をする男性もおり、地面に座って飲む彼からは酷いアルコール臭が漂っていた。ティアには離れた距離からでもその匂いを感じる事が出来、偶然傍に居た猫とティアは苦しむ事に。するとそんな彼女に声を掛ける幼い声があった。

 

「大丈夫? ルルも苦しんでる……ちょっとこっちに来て!」

 

「ぁ、ぅ……」

 

 それは見た目ティアと同じくらいの少女だった。猫の名前はルルと言う様で、猫を片手に抱え乍らティアの手を引っ張ってその場から離れた少女はケルディックの町にある礼拝堂の前にあったベンチへ移動する。そこは酒に酔った男性からかなり離れており、臭いも届かない。猫のルルはもう苦しんでおらず、ティアも悪臭から逃れる事が出来た。

 

「ぁり、がとぅ」

 

「ううん。にしても朝からあんな場所で飲んで、困っちゃうよね!」

 

「ぅ、ん」

 

「その制服、昨日来てたしかんがくいんの人達と同じ制服でしょ? あなたも生徒さんなの?」

 

 少女は人見知りしない性格の様で、初めて会ったティアへ容赦無く質問をする。だがティアは彼女へ怯えた様子を見せずに弱々しくも頷くなどして答えた。子供乍ら話すのが苦手だと察した少女は基本自分が話す様にして会話を広げ、気付けば長い時間をティアは少女と話していた。

 

「それでね、ルルったら魔獣に飛び掛っちゃって……凄い怖かったんだ」

 

「だぃ、じょぅぶ……だった、の?」

 

「うん。すぐにパパとママが来て追い払ってくれたの。その後凄い怒られちゃったけどね」

 

「良か、った」

 

「……ねぇ。ティアちゃんは、お喋りは好き?」

 

「?」

 

「何かね、分かるの。ティアちゃんはもっと喋りたいって思ってるのかなぁって」

 

 基本聞く側だったティアは少女の言葉に驚き、やがて俯いてしまう。だが言葉にせず、小さく頷いて答えた事で少女はベンチから降りて彼女の前に立った。

 

「それじゃあ、練習しようよ!」

 

「練、しゅぅ?」

 

「うん! まずはもっと大きな声で喋れる様に! それとお返事も出来る様にね!」

 

 少女の言葉を受けて戸惑いながらも同じ様にベンチから降りたティア。少女の腕に抱かれた猫も応援する様に鳴き声を上げる中、礼拝堂前には元気な声と弱々しい声が響く事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある事件に遭遇し、大市の元締めである男性に事件の解決を任せて貰ったリィン達。ティアを探しながら解決する為に動いていた4人は礼拝堂から聞こえて来る声に気付いた。そしてその声が辛うじてティアの物だと分かったアリサは一目散に駆け出す。リィン達も彼女を追って礼拝堂へ向かえば、その目の前で少女と一緒に何かの練習をするティアの姿があった。

 

「はい、あ・い・う・え・お!」

 

「あ……あ・ぃ・う・ぇ・お」

 

「や・ゆ・よ!」

 

「ゃ・ゅ・よ」

 

「ティアちゃん?」

 

「っ!」

 

「わわっ! えっと……」

 

 それは彼女達なりの声を出す練習であった。少女の言葉を復唱するティアの姿にアリサが声を掛けた瞬間、ビクッと目に見えて反応したティアは少女の背中に隠れてしまう。後から追い付いて来たリィン達はその光景を目撃し、何があったのかが分からず困惑した。そして同時にティアがフィーやサラとは違う人物に隠れている事実に驚いていた。

 

「同じ制服……ティアちゃんのお友達?」

 

「え? えぇ、そうよ」

 

「あ、ぅ……違う……」

 

「そ、そうね。お友達じゃ無くて、何というか……仲間、かしら?」

 

「仲間?」

 

 友達を否定されて少々ダメージを受け乍らも言い直したアリサ。何とか少女と話をしてティアと知り合いであり、探していた事を伝えた4人は今まで何をしていたのかをティアへ質問。彼女の代わりに少女が猫と共に酒の匂いに苦しみ、ここへ連れて来たと答えた。良い大人が道端で酒を飲んでいると聞いて一瞬サラを思い浮かべながらもそんな人が町に居るのかと思ったリィン達。だが、少女の続けた言葉は彼らに違和感を与えた。

 

「普段はあんな人、居ないのにね。困っちゃうよ」

 

「普段は居ない? その人はこの町の人じゃ無いのか?」

 

「わかんないけど、あんまり見た事無い人だよ?」

 

 少女の言葉を聞いて疑念を持った4人。何かを考え始めるその姿に少女が首を傾げ、何も知らないティアも同じ様に首を傾げる。その後、再びA班として行動する為に少女と別れる事になったティア。リィン達が酒に酔った男が何処に居たのかを聞けば、弱々しくもその方角を指差した。未だに男性の姿はあり、ティアが苦しまない様にアリサとその場に残ってリィン達は男性と会話。戻って来たその表情は先程よりも何かを思案していた。

 

「どうだったの?」

 

「あの男性はルナリア自然公園。と言う場所の管理人だったようだ」

 

「でも突然辞めさせられちゃって、自棄酒しちゃってるみたい」

 

「ルナリア自然公園。……昨日、俺達が追い返された場所か」

 

 リィンの言葉に全員が思い出すのは寄り道として近づいた謎の門とその前に立つ2人の男性。門前払いを喰らった事で調べる事は出来なかったが、彼らは互いに頷き合って何かを決断する。

 

「ティアちゃん。今からまた外へ出るけど、大丈夫?」

 

「……う、ん」

 

 アリサが心配そうにティアへ声を掛けた時、彼女は何時も通り大きく4人から距離を取りながらも彼女の言葉に頷いて答えた。昨日とは違う眠気に襲われても居ない状態での返事に4人が驚く中、少女との練習は彼女にとって良い物だったのかも知れないと感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日追い返された門前へ到着したA班は見張りの男性2人が居ない事で堂々と近づく事が出来た。そして門の目の前で証拠になりうる物を見つけ出し、彼らは中へ入る事を決意。門には鍵が掛かっており、ラウラが大剣で破壊しようとするのをリィンは止めて自分がやると告げた。刀を使った素早く静かな一閃は音も立てずに鍵を破壊し、門は独りでに開き始める。

 

 中も魔獣が徘徊しており、それも外に居る魔獣よりも危険な存在ばかり。更には道が狭く、見つかった場合は逃げる事も出来なかった。細い道などでは挟まれる可能性すらあり、身長に進むA班。すると、ある曲がり角でティアが僅かに声を上げる。

 

「ぃ、る……よ」

 

「っ! リィン」

 

「あぁ……」

 

 彼女の言葉を聞いてラウラがリィンへ視線を向け乍ら声を掛ければ、彼は頷いて様子を伺う。……曲がり角の先には昨日戦った手配魔獣と同じ程に大きな魔獣が徘徊しており、彼は3人に目配せをすると静かにエリオットと戦術リンクを繋いだ。そして相手が気付かない様に注意を払い、一気に飛び出す。戦いは瞬く間に終わり、地に伏せる魔獣を前にエリオットが安堵の溜息をついた。

 

「ふぅ~何とかなったね」

 

「先に奇襲を仕掛けられたのは大きいな」

 

「もし真正面から挑んでいたら、少し苦戦したかも知れないわね」

 

 その後も、ティアが稀に敵の事を教える等して不利な状況に陥る事無く奥へと進んだA班。やがて最奥に近い場所へ到着した時、またしてもティアが何かに気付いて足を止めた。

 

「人が……ぃる」

 

「人? は、犯人かな?」

 

「恐らくな。ティア、何人居るか分かるか? 他にも分かる事があったら教えてくれ」

 

「……う、ん……4、人……。皆、大きな……銃」

 

 ティアの言葉を聞いた4人は頷き合い、彼女へここで待つ様に告げる。今までの魔獣と違って相手は人間。下手な魔獣よりも危険であり、彼らはティアが狙われる可能性も考慮したのだ。幸い周囲に魔獣は居ない様子で、素早く制圧出来る様に努めようとリィンが告げて4人は飛び出した。……そして壁越しに聞こえる戦闘の音。銃声が鳴る度にティアは頭を抱え、やがて静かになると聞こえて来るリィン達4人の声が無事である事をティアへ知らせた。だがその瞬間、ティアの耳にその音は聞こえた。

 

「っ!」

 

 途端に感じる凄まじく巨大な生き物の気配。ティアはオロオロしながらも意を決した様子で4人の元へ近づいた。

 

「大きぃ、の……来る!」

 

「え? うわぁ!」

 

 突然現れたティアとその言葉に驚いた時、感じ始めた地響きにその場に居た全員が警戒する。その地響きは定期的であり、更には明らかに近づいていた。……そして全員の前に姿を現したのは、未だ見た事も無い程に巨大な魔獣だった。

 

「きょ、巨大なヒヒ!?」

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

「この自然公園の主と言ったところか!」

 

 その姿にエリオットが驚き、制圧された男性4人が恐怖する中、リィンはこの場所を切り抜ける為に撃破する事を決断する。ラウラも大剣を構え、アリサもティアを気にし乍ら武器を構える。誰よりも巨大な魔獣に怯えるエリオットも、女神に祈りを捧げ乍ら魔導杖を手にした。

 

 死闘。そう呼ぶに相応しい戦いが始まった。ついさっき奇襲を仕掛けて倒した魔獣を同種の魔獣を仲間として呼び、更に敵が増えた事でティアも彼らの元へ近づかざる負えなくなり、制圧した男性4人とティアを庇いながらの戦闘はかなり厳しいものだった。何とか呼び出された魔獣の仲間を倒し切り、再び巨大なヒヒと対峙する事になった時。相手は突然地面を物凄い勢いで叩き始める。地面が振動する事で真っ直ぐ立って居られなくなった全員。そして体勢を崩したところへ巨大なヒヒは突進を繰り出した。

 

「皆、避けろ!」

 

「くっ!」

 

「うわぁ!」

 

「ティアちゃん!」

 

「っ!」

 

 突進してくる巨大なヒヒの攻撃から避ける為に各々前へ飛び出す等して回避した4人。だがティアは行動が遅れ、それに気付いたアリサが彼女の身体を抱きしめる様にして一緒に回避をする。1人の少女を伴っての回避は反動が大きく、リィン達と違ってアリサはすぐに立ち上がる事が出来なかった。……そしてそれは大きな隙となってしまう。

 

「アリサ!」

 

「っ!」

 

「駄目だ、間に合わないよ!」

 

 再び突進を始める巨大なヒヒ。まだ立ち上がっても居ない状態で避ける方法が無く、リィンやラウラが駆け出すも間に合う状況では無かった。アリサが迫り来る巨体に目を瞑った時、突然目の前が光り出した事で彼女は瞳をゆっくりと開く。

 

「う、うぅぅぅぅ!」

 

「ティアちゃん!?」

 

 アリサの前には先程自分が庇ったティアの姿があった。何時かの様に彼女の周りには薄い膜があり、ティアは自身の身体を淡く発光させながらも涙目のままアリサの前で巨大なヒヒの巨体を受け止め続ける。やがて巨大なヒヒが両手を合わせてティアの身体へ横から叩きつければ、薄い膜は割れる様に壊されてティアは大きく宙へ投げ出された。受け止める者も居らず、制服を汚しながら地面を転がる彼女の姿に絶句するアリサ。だが、状況はまだ危険なままである。

 

「アリサ!」

 

「くっ、エリオット。ティアを頼む。はぁ!」

 

「わ、分かった!」

 

 未だ動けないアリサの元へ駆け出したリィンは巨大なヒヒが彼女を傷つけるよりも早く攻撃を加える。その間、ラウラがアリサを何とか立たせてエリオットがティアの安否を確認。やがてリィンが炎を纏った太刀で巨大なヒヒの身体を斬り、それが決定打となって死闘は終わる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「何とか、なったか」

 

「ティアちゃんは!?」

 

「大丈夫、気絶してるだけだよ」

 

 息を切らしながらも、ティアの安否を確認した一同。エリオットが彼女を横抱きに抱え乍ら告げた言葉に安堵するも、彼らは更なる窮地に追いやられる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が茜色に染まる頃、宿酒場の借りていた部屋で眠っていたティアは目を覚ました。周りに誰の姿も無く、彼女はベッドから降りると下へ。そこにはリィン達4人とサラの姿があり、それに気付いたティアは迷わずサラの元へ。突然現れた事に驚きながらも、彼女は「目が覚めたのね」と言ってその頭に手を置いた。

 

「聞いたわよ。庇ったんですってね。少しは仲良く出来る様になったのかしら?」

 

「うぅ……わかん、なぃ……でも……ア、リサ……助けて、くれた……から」

 

「っ! ティアちゃんが名前を……!」

 

 アリサが驚く中、他の面々も一様に同じ理由で驚いていた。今までティアが名前を呼ぶのはフィーかサラの2人だけだった。だが今この瞬間、初めて彼女は違う人物の名前を呼んだのだ。アリサは幸せそうな表情を浮かべ、そんな姿を見ながら少なくとも悪い仲にはなっていないと思った3人。サラも満足そうに頷くと、彼女と共にA班は帰りの電車でトリスタへ向かう事になった。特別実習に関する意義を考えながら話をするリィン達。ティアは昨日の朝同様に別の座席に座りながら、流れる景色を眺め続ける。

 

「……教官。1つ、確かめたい事があります」

 

「? 何かしら」

 

 彼らの会話を気にもせずに。


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