【完結】調の軌跡   作:ウルハーツ

7 / 49
第Ⅰ部-第2章- 麗しき翡翠の都
2-1


 初めての特別実習から早一ヵ月。あの日以降、リィンが自分の身分についてを明かした事で貴族を敵視するマキアスとの間には溝が生まれてしまった。ティアとの距離も依然として余り縮まってはいないリィン。だがあの特別実習での2日間がティアにとって無駄だったかと問われれば、決してそれは無かった。

 

「ティアちゃん」

 

「っ! ……は、ぃ」

 

「何時もの、お願いして良いかな?」

 

「うぅ……ア、リサ……頑張、って……」

 

「~~~っ! ありがとう、ティアちゃん! さぁ、行くわよ!」

 

「あれ……何?」

 

「わかん、なぃ……」

 

 主にアリサとティアとの間にあった距離は特別実習を境にかなり縮まったと誰が見ても分かる程に2人は会話を出来る(・・・・・・)様になっていた。そして同時にアリサの欲望にも見える何か、リィン達が『可愛いもの好き』と称す彼女が隠そうとしていた性格が表に出る様になる。殆ど毎日の様に授業が終わり、放課後を迎えればクラブへ向かうアリサ。ラクロス部に入った彼女はティアに応援をして貰おうと元気が出る様で、今も彼女からの応援を受けて見るからにやる気を出しながら教室を出る姿にフィーが思わず呟く。応援しているティアにも余り詳しくは分かっていない様子である。

 

「フィー、は……ぇんげぃ、部?」

 

「ん。一緒に行こう」

 

「……うん」

 

 園芸部に入部したフィー。昼寝に適しているから、と言う彼女らしい理由で入部した彼女は毎日の様にティアを連れて放課後は花壇へ訪れていた。園芸部はエーデルと言う名の女子生徒が部長を務めており、2人からすれば先輩の彼女はとてもおっとりした性格故かティアの同行に文句一つ言う事は無かった。寧ろ歓迎し、ティアが怖がらない範囲で接している彼女にティアは僅かに心を開き始めてすらいる。

 

 適当に花壇でエーデルと共に土を弄り、早めに終わったフィーはティアを連れて昼寝の出来そうな場所へ向かう。学院内は騒がしく、屋上には人の気配。そこで彼女が選んだのは……旧校舎の前だった。ポツンと置かれているベンチには人が3人程座れそうなスペースがあり、周りには誰も居ないが故に眠りを妨げる物も無い。

 

「ふぁ~、おやすみ」

 

「う、ん……おや、すみ。あぅ?」

 

 眠ろうとするフィーの姿に慣れた様子で膝上のスカートを叩いて準備をしたティア。だがそんな彼女の準備を無意味にする様に、フィーはティアの身体を抱き上げ始める。そして出来る限り奥の背凭れへ背中を付けると、ティアを腕の中に納めたままベンチに横になり始めた。

 

「フィー……?」

 

「ティアは抱き枕。ティアは抱き枕」

 

「抱き、枕……抱き枕……うん」

 

 フィーに催眠術の心得は無い。だが彼女は耳元で言葉を繰り返し、ティアは徐々に自身を抱き枕と思い込み始め……やがてジッと抱き枕役に徹し始める。その後、眠るフィーに釣られるかの様に眠ってしまったティア。狭いベンチの上でも小さな2人は落下する事無く、陽が沈むまで眠り続けるのだった。

 

 夜。サラの部屋で眠る予定だったティアが中々眠れず、サラがお酒を我慢する事になったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びトールズ士官学院の生徒達は自由行動日を迎える。サラの部屋で目を覚ましたティアは眠そうに目を擦りながら部屋を出ると、真っ直ぐにフィーの部屋へ。だがそこにフィーの姿は無く、代わりに会ったのは1枚の置手紙。

 

『今日は別行動』

 

「……あぅ」

 

 書かれていたのはたった1文。だがティアには今日1日過ごす上で頼れる相手が居なくなってしまった為、その1文が途轍もなくショックなものだった。前日にサラから1日中第3学生寮へ居る事は駄目と念を押されたため、何処にも行かないと言う選択肢は選べない。ティアは何時もの荷物を手に、恐る恐る寮を出ると士官学院の本校舎に向けて怯えながら足を進めた。

 

 

 一方、生徒会の手伝いとして特別実習と同じ様にリィンは学生たちの問題や教官の手伝いを熟していた。現在、本校舎2階の廊下でとある女子生徒と会っていたリィン。それは平民を示す緑色の制服を着た女子生徒、コレットからの依頼であり、以前生徒手帳を落とした事でリィンがそれを見つけ出して渡した相手でもある。

 

「えっと、今回は誰かと仲良くなりたいって事らしいけど……」

 

「うん。その……リィン君と同じⅦ組のティアちゃんと仲良くなりたいの! お願い! 協力してくれないかな?」

 

 コレットの言葉にリィンは今回の件が難題であるとすぐに理解した。同じクラスメイトの自分もまだ余り仲良くなれていないのに、誰かを仲良くさせるのは難しい。それを伝えると、コレットは「大丈夫!」と自信有り気に答えた。

 

「リィン君に直接紹介して貰おうとかは思って無いの。唯、普段何処でどんな事してるとかを教えてくれないかな?」

 

「普段、か」

 

 リィンの知るティアの行動パターンは基本的にフィーと同じ。何処か昼寝が出来そうな場所があれば、そこに2人で居る可能性もある。が、コレットはそれを聞いて首を横に振った。そして続けられたのは、『ティアが1人で居る時に居そうな場所』について。同じⅦ組だから分かると思われてしまっている様だが、リィンには難しい問いだった。

 

「1人の時、か……まずは人気の無い場所に居そうだな」

 

「ふんふん、人気の無い場所ね」

 

「でも危険は絶対に無い場所だ。例えば図書館や寮内。他には……」

 

 リィンの思い当たる場所を口にすれば、それを以前拾って貰った生徒手帳のメモ帳部分に書き記していくコレット。余りにも熱心な様子にリィンは思わず今度は質問を返す様にしてしまった。

 

「どうしてそこまでティアと仲良くなりたいんだ?」

 

「え? だって可愛いじゃん!」

 

 答えは単純だった。何処かアリサに近しい物を感じたリィン。やがて話を終えてコレットがお礼を言いながら去ろうとする姿を見送っていたリィンは思い出した様にその背へ声を掛けた。

 

「コレット。1つ、大事な事がある。……絶対に無理して距離を縮めようとはしないでくれ。ティアが臆病なのは、知ってる筈だ」

 

「勿論! 嫌われちゃったりしたら意味ないからね! ゆっくり、着実に……~♪」

 

 リィンの忠告を聞いて答えたコレットは何かを想像した様に両頬へ手を当て乍ら去って行く。別の不安を少々感じずにはいられなかったリィンだが、大丈夫だろうと判断して今度こそ彼女が去って行く姿を見送った。……そして彼は窓の外を眺めながら約一ヵ月前にサラへ聞いた質問とその答えを思い出す。

 

『ティアが怯えているのは、大人……いや、自分よりも大きい相手に、なんですか?』

 

『……どうしてそう思ったのかしら?』

 

 彼女の質問にリィンはティアがケルディックの町に住む少女と一緒に居た事を話した。一切彼女へは怯えた様子を見せず、会ってそんなに時間が経ってないにも関わらず隠れる相手にまでしていた少女。……そこでリィンはティアが大人に。正確には自分よりも大きな相手に怯え、異常な程に警戒しているのでは無いかと思ったのだ。彼の話を聞いて少しの間を置いた後、サラは唯一言。

 

『えぇ、そうよ』

 

 どうして自分よりも大きな存在に異常なまでに怯える様になったのか。その経緯については分からないままである。だが、少なくとも自分達がその対象になっているのは間違い無い。かと言って仲良くなれないかと聞かれれば、アリサとの姿を見るに不可能では無いのだろう。要はティアが信用し、慣れる必要があるのだ。

 

「……あ」

 

 ふと、1人の人物を思い出したリィン。自分達よりも先輩でありながら、フィーよりも幼く見える彼女ならティアと簡単に仲良くなる事が出来るかも知れない。そんな事を思い乍ら、彼は次の手伝いをする為に廊下を去る。

 

 

 その頃、第3学生寮からⅦ組の教室へやって来ていたティアは嘗ての様に新しい人形を作っていた。今度は紫色の髪をした女性の人形。誰が見てもそのモデルは分かる程に完成間近のその人形を手に、黙々と作り続けるティアは今日1日の殆どをそこで過ごすつもりだった。……そしてそんな彼女の元へ1匹の小さな獣が近づき始める。

 

『にゃぁ』

 

「っ! ね、こ……?」

 

 学院に紛れ込んだ様子の黒い猫。最初は驚いたティアだが、その姿を確認した彼女は自ら近づき始めた。人に慣れた様子の猫はティアの撫でる手を気持ち良さそうに受け入れ、その後席に戻ったティアの膝上には丸まった黒猫の姿があるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『って訳だ。近々、会わせたいと思ってる』

 

「そうね。少なくとも次の実習先と班分けは終わってるから、その後になるでしょうね」

 

 ティアの居なくなった第3学生寮。サラの自室に、その部屋の主であるサラはARCUSを使って誰かと連絡を取り合っていた。その最中に一度、教官用図書の運搬を任されたリィンが訪れたが、彼女は通信を繋げたまま軽く答えてそれを受け取るだけ。何か大事な話をしていると察したリィンはすぐに部屋を後にし、今は彼女しか居なかった。

 

『アイツの面倒、押し付けて悪いな。サラ』

 

「全くよ。……休学、って事になるのかしらね」

 

『もし本人にその気があれば、帰らない可能性もある。……実際はその方が良いんだろうな』

 

「えぇ……そうね。取りあえず、向こうでは頼むわよ」

 

『あぁ。気付かれない程度には見ててやるよ。こう言うのは慣れてる』

 

 そう言って通信が切られると、サラは大きく息を吐いてリィンが持って来た本を確認。その後、窓の外から入る明るい陽の光を受けて何かを決心した彼女は……何時かの様に缶を取り出し、良い音を鳴らしてブルタブを開ける。

 

「プハァ~! 最高ってね。……まぁ、なる様にしかならないわね」

 

 明るい内から飲む酒の味に快感すら感じ乍ら、サラは静かに呟いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。