5月の実技テストを終えて数日。2度目の特別実習日になったその日、リィンは自分と同じA班の面々を思い浮かべて頭を悩ませていた。
次の実習先は公都バリアハート。ユーシスに縁のある場所であり、彼も同じ場所へ行く事になっていた。……それだけなら頭を悩ませる事にはならない。だが最大の問題は彼と共にマキアスも同行する事である。犬猿の仲と言っても過言では無い程に仲の悪い2人は前回の実習でも殴り合い寸前にまで喧嘩をしていたとリィンは聞いていた。最初に班員の発表があった際にはサラへ抗議をし、戦う事にすらなったものの手も足も出ずに敗戦。班員を組み替える事は不可能だった。
「それに……」
更にリィンが頭を抱えるのは現在自分がマキアスに避けられてしまっている事と、今回の実習に再びティアが同じだと言う事であった。今回、班員にエマとフィーが居る事で前者はともかく後者の存在はティアにとって大きいだろう。だが、完全にフィーへ任せっきりにする訳にも行かない。前回に引き続いて一緒という事もあり、数名からは応援される事になったリィン。1名嫉妬の目線が怖かったが、彼女との接し方をどうするべきかも悩みの種であった。
班員と合流して駅へと出向いたリィンはそこでガイウスから激励の言葉を受け取る。前回2人と共に同じ班だった彼は仲を何とか取り持とうとしたが、結果として失敗。だが『リィンならやれる筈だ』、と確信した様子で彼は告げた。
一方、別々の班になったアリサがティアに応援を願う姿があった。見慣れた物ながら、ティアが戸惑い気味に『頑張、って』とアリサを応援すれば、彼女は見るからにやる気を出し始める。そして去って行くB班を見送った後、A班も電車へ乗り込んだ。
電車の中では前回同様にティアが別の座席へ。だがその隣にフィーも座っており、向かいにはエマが座っていた。綺麗に男女別に分かれる形で座ったものの、リィンは会話をする度に状況が悪化するユーシスとマキアスの2人へ頭痛を感じ乍らも納得する。
「……成程。道理で散々な成績だった訳だ」
彼の言葉に2人は反応し、敵意すら見せ始める。そんな中で彼が語るのは前回の特別実習でB班が貰った成績について。本来Sまである成績でB班が出した成績はE。普通の試験なら赤点レベルのそれを出した2人に「また繰り返すのか?」と。
2人はすぐに納得はしなかった。だがリィンは自分達が今、
「少なくともあの時、俺達がもう少し連携出来ていれば……戦術リンクを使い熟せていれば」
「勝つ事は無理でも、
「……」
サラについては未だに分からない事が沢山ある。だが誰が見てもフィーとティアは彼女と面識があり、そのフィーが続けた言葉は戦った3人に重く圧し掛かった。
「アリサさん。ラウラさん。エリオットさんは前回同じ班でした」
「ガイウスならどんな相手でも合わせられるだろう。少なくとも合わせようとする筈だ」
「準備万端。問題無さそうだね。アリサとか、ブースト掛かってそうだし」
「あぁ。……下手したらダブルスコアもありえる。俺達がこのままならその差は」
「分かったもう良い! そこまで言われたら協力するしかないだろう!」
「合わせる気は無い。が、自ら負け犬に成り下がるつもりも無い」
矢継ぎ早に続けられる言葉に到頭耐え切れなくなったマキアス。普段から成績の良いエマをライバルとして見ている彼には耳の痛い話であり、またユーシスも負けると言われてそれを受け入れられる性格では無かった。戦っていた訳では無い2人だが2日間は一時休戦して協力し合うと約束する姿を見てリィン達が安心する中、フィーは2人に見えない位置でティアにピースサインを見せた。
電車を降りて駅のホームに立ったA班を出迎えたのは、沢山の駅員達だった。主にユーシスを出迎えている様子であり、彼の荷物を持とうとする等の目に見える特別扱いが彼の家柄の凄さを物語る。沢山の人達が並ぶ駅のホームに居るのは当然全て大人。ティアがフィーの後ろに怯えて隠れる中、ユーシスは目の前の光景に頭を抱えた。……駅員達に他の5人は一切眼中に無かったのだ。出来る限りユーシスの機嫌を損ねない様に、それでいて取り入る隙を見つけようとしているのが彼には丸分かりだった。
そんな中、人混みが道を開ける様に開き始める。そしてそこから姿を見せたのは1人の男性。
「あ、兄上……」
「親愛なる弟よ、3ヵ月ぶりくらいかな? 聊か早すぎる気もするが、良く戻って来たと言っておこう」
ユーシスに兄が居る等と聞いた事の無かった面々は驚かずにはいられなかった。ユーシスを始め、他の5人を順々に確認してから自己紹介を始める男性……ルーファス・アルバレア。彼はユーシスを茶化す様な発現をし、それに狼狽えるユーシスの姿は正に
「フィー……大きぃ、建物……ぃっぱぃ」
「だね。公都って呼ばれるだけはある」
「フィー、ティア。大丈夫か?」
「平気。ティア、行くよ」
ルーファスが運転手付きで用意したのは長い後部座席の導力車。先に乗る彼に付き従う形で入って行く中、街の光景に驚いていたティアとその傍に立つフィーへリィンが声を掛けた事で2人も乗り込み始めた。普通の導力車に比べればかなり広いものの、7人も乗って居れば狭く感じずにはいられない。隣に座るエマとの距離が近い事でティアは無意識にフィーへ身を寄せていた。
「ふむ。大分怯えている様だが、何か怖がる様な事でもしてしまったかな?」
「何時もこんな感じだから、気にしなくて良い」
「ふ、フィーちゃん」
怯えるティアの姿にルーファスが気にするも、首を横に振って何時も通りの言動で答えるフィーにエマは思わず焦ってしまう。相手が相手故に失礼な言動は問題にすらなりかねない。そう思い、代わりに謝ろうとする彼女へルーファスは微笑みながら気にしていない事を伝えた。
車の中では特別実習の課題について、話が行われた。今回実習の課題を作ったのは何と彼であり、宿泊先のホテル等を準備したのも彼。それを聞いて代表する様にリィンがお礼を言い乍ら課題の書かれているであろう封筒を受け取る。
そして次にユーシスの学院生活やマキアスの父親についての話が行われた。マキアスの父親は貴族ばかりの政治世界で平民として帝都知事にまでなった人物の様で、マキアスはあからさまな敵意は見せずに彼と会話をする。……少なくとも、大貴族であるルーファスはマキアスの父親に『平民だから』と言う理由で悪い感情を抱いていない様であった。
話の最中、予定の宿泊施設を到着した事でA班は車を降りる。ルーファスはこの後公都を出る予定があるとの事で、彼が去って行くのを見送ったA班。ケルディックと違って都会の街には人も多く、ティアは常に怯えてばかり。それを見兼ねたユーシスはまずホテルで荷物を置く事を提案する。……中に入って再びユーシスを特別扱いする問題があったが、彼自身がそれを止めさせる事で事無きは得た。
「この実習で少しは仲良くなれると良いのですが……フィーちゃんはどうやって仲良くなったんですか?」
「……成り行き、かな」
前回とは違い女子と男子で別々の部屋を借りる事が出来たA班は1度別れて荷物を整理する。と言っても必要な物とそうで無い物を分けるだけであり、ティアの場合ははぐはぐフィーと未完成はぐはぐ。裁縫セットの3点を部屋に置くだけ。大きな部屋に大きなベッドが3つある環境に好待遇を感じ乍ら、エマは横目でティアに視線を向けて呟いた。そしてふと気になった様に質問すれば、フィーは少し顔を上げてからそう答える。深く話をするつもりは無い様で、準備を済ませた3人が外に出れば既に終わっていた男子3名がフロントで待っていた。
「それじゃあ、今日の課題を確認しよう」
全員が集まったのを確認して、リィンはルーファスから受け取った本日の課題を確認する為に封筒を開けるのだった。
半貴石の一種、ドリアード・ティア。それを求めて外へ出る事になったA班は何処か胡散臭い男性の情報を頼りに歩みを進める事になった。それは課題にあった1つであり、何でも旅行者の男性が結婚指輪を作る為に欲しがっていると言う内容。経済的にも厳しい彼はリィン達へ頼み、彼の力になりたいと動き出したA班だが……今の気分は半信半疑であった。
「ブルブラン男爵、だったか。あの男、どうにも信用ならんな」
「何と言うか……」
「胡散臭い」
中々見つかる事の無いそれを見つけると言う話になった時、偶然居合わせた男性から情報を貰ったA班。だが雰囲気や言動がどうにも怪しく、他に情報も無い故にそれを当てにして来たリィン達は正直不安を隠し切れなかった。……そんな中、ティアがフィーの着る制服の裾を引っ張り始める。
「あっち……虫、が……ぃっぱぃ」
「ん。行ってみよっか」
「……話には聞いていたが、本当に魔獣の気配が分かるのか? 正直まだ信じられないんだが」
「ふん。行ってみれば分かる事だ」
「リィンさん。見失わない内に追い掛けましょう」
ある方向を指差して告げたティアの言葉にフィーは頷き、歩き始めてしまう。当然裾を握るティアも同じ様に前を出てしまい、怪しげな男性と同様に半信半疑なマキアス達はその後を追い始める。リィンもエマに言われて急ぎ足で進む中、やがて6人の目の前には虫型の魔獣が集まる場所に到着する。虫達は一様に1本の木に群がっており、その樹からは樹液が流れ出ているのが見える。
「確か、樹液が石の様に固まった物。だったな」
「はい。ですがこのままだと食べられてしまうかもしれません」
「急いで駆除するしかないだろうな」
「ティア、下がって」
「う、ん」
「よし。一気に殲滅するぞ!」
リィンの号令を受け、一斉に虫型の魔獣を倒す為に動き出した5人。マキアスとユーシスは未だ連携が出来ず、戦術リンクも繋げる事が出来ずじまいだが、それでも難なく魔獣を撃破する事には成功する。無事に残った樹液を調べれば、そこには綺麗に光る塊。……目的の半貴石を手に入れる事が出来た。
A班はそれを手に街へ戻ると、職人通りと呼ばれる場所にある宝飾店、ターナーへ足を進めた。……しかしそこで待つのは浮かない顔の旅行者と店主。そして見せつけられるのは、貴族による横暴がまかり通る現実であった。
「どんな結末が待っているかと思えば、とんだ喜劇だった様だな」
「まだ居たんだ」
「ふ、フィーちゃん」
肩を落として店を後にする旅行者を唯見送る事しか出来なかったA班へ話し掛けたのは、情報を与えた胡散臭い男性……ブルブラン男爵だった。彼の情報は本物であり、フィーの言動にエマが謝罪してリィンがお礼を言えば、彼は笑みを浮かべて口を開く。
「人生には苦悩が満ちている。思う様に行かないからこそ、誰もがもがき苦しみ続ける。先程の茶番は見るに堪えなかったが、それに翻弄される君たちはとても美しい」
「……何の話ですか?」
「ふふ、それでは失礼するよ」
「っ!」
何かの台詞を言う様に告げる男性へリィンが返すも、彼は答える事無くお辞儀をする。そしてその目が僅かに一瞬だけティアと会えば、何も言わずに彼は店を後にした。その視線に何の意味があったのか、ティアには分からない。一瞬だった故に彼女以外は誰も気付いておらず、結局A班は心にモヤモヤとしたものを感じ乍ら次の課題を熟す為に店を後にするのだった。