レダニア国王暗殺計画実行の数日前、ゲラルトは酒場でロッシュと邂逅した。背中を丸め、官僚のように書類を眺めている彼にゲラルトは好奇心を覚え近づいた。
ウィッチャー3のクエスト「国家の理性」を題材にした2次創作です。
金と戦争と労働のカルマを愛情を込めて詰め込みました。

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ヴァーノン・ロッシュ、その理由、および結果

 ゲラルトはノヴィグラドの酒場に入った。酒はほどほどに、食事はボルシチを頼んだ。ヤケ酒したい気分でも腹を膨らませたい気分でもなかったからだ。

 ふとあたりを見回すと、すみの席で1枚の紙切れを眺めている男が目に入った。街に溶け込む身なりをした彼は、1人酒も飲まず押し黙っていようとゲラルト以外の目には止まらないようだった。

 数ヶ月前、ゲラルトはテメリア特務部隊隊長ヴァーノン・ロッシュと出会い、旅をし、別れた。だが、その旅では彼の難解な書類を捌く官僚のような側面を知ることは不可能だった。

 ロッシュはゲラルトの視線に気付くと、書類を丸め腰のカバンへ閉まった。そして、ゲラルトを静かに手招いた。

 

「こんな人目につくような場所で重要そうな書類に目を通すなんてな。お前らしい」

 ゲラルトは”ただの挨拶”といった風にそう言った。

「これはただ数字が並べられた紙クズだ。誰かに見られたところで何が書いてあるかなんて分かりやしないさ」

 ロッシュは言った。ゲラルトの”気さくな”挨拶は彼の日常にとっては些細なことだった。

「ヴィヴァルディ銀行から金を借りている。そこの使者とさっきまで言い争っていた」

「借金? お前はそんなタマじゃないだろう。なぜそうなった」

 ゲラルトは猫のような目を見開きそう言った。

「金がないからだ。他に何の理由がある」

 ロッシュはつっけんどんにそう言った。

「戦争は俺の想像以上に金がかかった。敵から略奪した分だけでは、とてもじゃないが足りない」

 ロッシュは神経質にそう話し始めた。

「最初は『テメリア戦時債券発行』という形で賄えた。だが、まともな軍隊が俺たちしかいないと分かると、あの人でなしどもは俺の国を見捨てやがった」

「だから、俺個人で金を借りることにしたのさ」

 ロッシュは当たり前の結論だという風にそう言い放った。ゲラルトは改めて目の前の男はイカれてると思った。

「あのドワーフは俺に貸した額とその利子。そしてオレンがクラウンに比べ、どれだけ鉄クズになっているかを語った。他にもゴチャゴチャと数字を並び立てられたがとにかく……」

「『もう金は貸せない』そうだ」

 ロッシュは静かにそう言ったが、眉間には血管が激しく浮き出ていた。彼のボルテージがピークに達したことをゲラルトは悟った。

「以前から揉めていたが、今回ばかりはハッキリとそう言われた。俺たちは兵糧を完全に断たれることが決まった」

 ゲラルトはやっとロッシュが暗殺計画を急ぐ理由が分かった。

 結局は金の問題だったのだ。

「……国が滅ぶとは具体的にどんなことなのか、嫌でも理解させられた。愛国心だけで人は動かない」

 ロッシュは達観したような口調でそう呟いたが、ゲラルトの耳には届かなかった。

 その時ゲラルトは、予想外に出てきた金の話でぐったりとしていた。これならロッシュの招きに応えなければ良かったという後悔で頭を一杯にしていた。

「……レダニアや元テメリアの貴族から支援を受けているんじゃないのか?」

「言っただろう。『俺たちの戦争を始めた』と」

 ロッシュは言った。

「……確かに、実際は方々から支援を受けている。だが、誰もがあの戦争で落ちぶれた……俺もな。支援されている身で言うのもなんだが……当てにはならない」

 ロッシュはげんなりとした表情でそう言った。

「そして、他国の人間からの支援は打ち切った!金を理由につけ込まれ、大義のために戦えなくなっては意味がない」

 ロッシュは不変の真理を説く学者のようにそう言い放った。

 ゲラルトはそれが『誰を』『どこの国』を指しているのかすぐに分かった。かつて政治の中枢にいたこともあり、これくらいの読みはできるようになっていた。そんな自分にもうんざりした。

「……そういえば、ヴィジマの銀行に入っている俺の金はどうなってるんだ?あそこに、お前の職場で働いていた頃の給料が貯えてある。どこかで払い戻すことはできないか?」

 ふと頭に浮かんだ疑問をゲラルトは口にした。

「それは無理な話だ。テメリアが復活したとしてもあの銀行は破産認定されるだろう。お前の給料も、俺の全財産も、何もかもあの炎で消し飛ばされたってわけだ」

 ロッシュは、そんなことはとるに足りないことだという風に言った。

 ゲラルトは、予想していたことではあったが、自分の大金が本当に無くなってしまったことにショックを受けた。改めて戦争に激しい憎悪を感じた。

 ゲラルトはこの時点でグリフィンと戦うくらいの気力を消耗していた。

「もういい。金の話は大嫌いだ」

 ゲラルトはロッシュの話を無理やり終わらせた。

 

 ゲラルトは、ロッシュのことを考えなしに行動し、問題を無理やり解決する男だと認識していた。

 そんな男が、金の話をする? 

 嘘つきだらけの銀行が作った数字と文章を吟味する? 

 軍隊を経営する? 

 確かにロッシュは社会の、それも国家の中枢で働いていた。ウィッチャーよりも政治や金周りに詳しいことは当たり前だ。だが、ゲラルトにとってこの現実はあまりにも信じられないものだった。

「正直に言うぞ、お前は俺と同類だと思っていた。つまり、政治や金の話となると蕁麻疹が出るタイプだ」

 ゲラルトは言った。

 ロッシュは小さく笑った後に応えた。

「よく分かってるな。だが、俺はそれと向き合わなければならなかった」

「……将校になってからは毎日のように紙切れと戦わせられた。ノイローゼになりそうだったよ」

 ロッシュは苦虫を噛み潰したような表情で言った。ゲラルトは安堵感とともに、目の前の男が知恵熱を出している姿を想像した。そんなことを知ることもなく、ロッシュは話し続けた。

「だが、陛下とテメリアのため、どんなことでも徹底的にやると誓っていた。だから、難解な文法だの数字だのを必死で勉強しなければならなかった」

「そして首都が陥落してからは、その嫌々身に付けた知識が俺たちの生命線になった」

 ロッシュは言った。その顔には中間管理職の哀愁が滲み出ていた。

「どちらにせよ、当面の頭痛の種は綺麗さっぱり消え失せた。さっきの紙切れもケツ拭きに使うつもりだ」

 ロッシュはそう軽口を叩くと、ゲラルトをじっと見やった。

「俺たちにはもう後がない。だが、こんな形では終わらせたくない」

 ロッシュは言った。獣のような迫力があった。

「お前には期待している」

 目の前の愛国者相手に、ゲラルトは何も言えなかった。

 

「お前は……なんていうか、本当に優秀な男だ」

 ゲラルトはなんとか言葉を発した。

「急にどうした、俺に媚び諂ってもしょうがないだろ」

 ロッシュはかつてゲラルトと旅をしていた頃と同じような、親しみを感じる口調で言った。

「いや違う。純粋にそう思っている」

 ゲラルトは言った。

 ある時は血気盛んな人でなしの軍人。そしてある時は金勘定で組織を切り盛りする中間管理職。そして、不可能と思われることを全て可能にする男。

 彼が何者にでもなり、何事も成し遂げられるのは『愛国者』だから。

 だが、それで全てに説明をつけろと?ゲラルトは納得できなかった。なぜならロッシュはあくまで人間だからだ。

「お前はいったい何者なんだ?」

 ゲラルトは言った。

「お前は変異体ではないはずだ。だがお前は人間にしては……異常だ」

 熟練のウィッチャーが人間を訝しがること事態が異常であった。

 ロッシュは長い沈黙のあと、ゲラルトの真意を理解し口を開いた。

「俺が何者か?そんなの簡単さ」

 ロッシュは続けた。

「『娼婦の息子』だ」

 そこには自嘲や皮肉めいたものはなく、ある意味誇りのようなものがあった。

 

「そうか」

 ゲラルトは無難な返事をした。こういった意味深な言葉には、なんとでもとれる返事をしたほうが良い。長年の経験からそう理解していた。

「言っておくがこれは文字通りの意味だ。まあ、お袋のことをバカにするヤツはぶちのめすがな」

 ロッシュは続けた。

「親父を失ったお袋は俺を養うために必死で働いた……梅毒になってからも働いた。苦しんで死ぬまで働いた」

 ロッシュは何かを堪えるかのように沈黙した。

「そんなお袋を見て、無力な自分が情けなかった。強くなりたいと思った」

 ゲラルトは誠実さを感じる沈黙で、彼の話に耳を傾けていた。

「……だが勘違いするんじゃないぞ。俺が今の俺になれたのは、本当に陛下のおかげだ」

「陛下のおかけで、お袋の苦労に見合うことができるようになった。理想の自分に近づくことができた。すべては陛下が俺に目をかけて教育してくれたおかげなんだ」

 ロッシュはそう言うと、ふと机とゲラルトを見やった。ゲラルトもつられて机と目の前の男を見た。ゲラルトはその時、この古びた机と立ち位置があの尋問の時とそっくりであることに気づいた。

「……前にも同じようなことを話したな」

 ロッシュもそれに気づいたらしくそう言った。

「あの時のお前の形相は今でも悪夢に見る」

 ゲラルトは長い沈黙を解き、そう言った。

「全く、人生塞翁が馬だ……お前とこんなくだらん身の上話をするようになるとは」

 ロッシュはそう言うと、エールを頼んだ。

 数ヶ月前と比べ、明らかにロッシュは変わっていた。困難に直面すると人はみな丸くなる。

 ゲラルトは自身の経験からもそれを知っていた。

 

 エールを一口飲んだあと、ロッシュは再び黙った。ゲラルトも同じく沈黙を守った。

「改めて言うが、俺は誰も信用していない。もちろんお前もな」

 しばらくして、ロッシュが口を開いた。

「ウィッチャーには感情がない。だからお前と同じように誰も信用することはない」

 ゲラルトはいつものようにそう応えた。

「お前は自分を隠したい時にそう言う。ヴェスが教えてくれた」

 ロッシュは言った。

「自分を隠すことは誰もがやっている。そして、これはウィッチャー専用の処世術だ。社会共同体に属していない変異体が身を守るためのな」

「お前は時々小難しいことを話す」

 ロッシュは言った。

「お互い様だろう」

 それはゲラルトの心の底から出た本音だった。

「……こんな世の中だ。ついさっきまで親友だった奴が数分後には俺から金を盗む。依頼人が報酬をケチって不意打ちで殺しにかかってくる。こんなことが当たり前のように起こるなら、身を守る手段は1つしかない」

 ゲラルトはいつも通りスラスラと説明した。

「お前は本当にウィッチャーなんだな」

 ロッシュはそう言って、もう一口エールを飲んだ。

 

 ふと、ゲラルトが窓の外を見やると、街頭の照明は消えていて酒場から自宅に帰れない程に泥酔した人々だけが街を支配していた。引き受けている亡霊退治に出かけなくてはならない時間になっていることに気付いた。

「俺はこれから仕事だ。この宴会からは失礼させてもらうぞ」

 ゲラルトはそう言って立ち上がった。

「良い気分転換になった。付き合ってくれて感謝する」

 ロッシュはまだ酒場に滞在するようだった。

「さらばだ、リヴィアのゲラルト」

 ロッシュは言った。

「ああ、さらばだ、ヴァーノン・ロッシュ」

 ゲラルトはそう言うと、出入口に向かって歩き出した。歩きながら次の依頼で対峙するであろう怪物と、その周辺の地形に考えを巡らせていた。

 




 北方諸国とニルフガード帝国の命運を左右した「ラドヴィッドⅣ世暗殺事件」
 これは、当時のレダニア国王が現在『農民宰相』として知られるディクストラに暗殺された事件である。魔女審判会、テメリア軍の残党が関わっていたという説もあるが、証拠は何一つ存在せず、歴史学者の間でも議論が絶えない。
 だが、これはディクストラが暗殺事件に関する全ての痕跡を消したことが原因なのは確かである。また、その後ディクストラ自身も暗殺されたため、当時でも事件の真相を知ることは不可能であっただろう。

〈中略〉

余談ではあるが、当時の吟遊詩人が唄っていた詩にこんなものがある。
『架空の存在であるウィッチャーが暗殺事件の報を聞きつけ、ディクストラを一刀両断。そして、テメリアの無垢な愛国者とともに国を再建する』という内容だ。
これは、ディクストラによる重い徴税に不満を募らせていたテメリアの民衆に広く受け入れられ、その旋律や詩は現在でもよく知られる民謡となっている。

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