4.リュウ
しばらくおさらいをしていると不意に視線を感じた。
周りを見回すと西行寺が自分をじっと見つめている事に気付いた。
西行寺は俺の視線に気付くと、無表情のまま、だが少し困ったように、ほんの少しだけ首を傾げた。
そして教室の外側の壁の一点に目を向け、それから俺に再び視線を戻す。そこには、彼女のギターが入ったハードギターケースが立てかけられていた。
2日以上連続してサポートが続くとき、西行寺はよくここにギターを置いていく。いつしか、そこは彼女のギターの定位置のようになっていた。
あーはいはい。
わかったよ。
目でそう返事すると西行寺は無表情の中に安堵の色をほんの、ほんのすこしだけ混ぜた。
気が、した。
西行寺は自分のギターケースを重そうに肩にかけると、衣擦れの音も立てずに教室を出て行った。
俺もその後に続く。
西行寺が向かったのは、音楽室。
西行寺は合鍵を使って鍵を開けると(何故西行寺が音楽室の合鍵を持っているのかは知らないし、聞かない。)電灯をつけて、俺を見つめてきた。
入れと言う意味に俺は解釈した。
俺が入ると、西行寺は内側から鍵を閉め、ギターケースを開けた。
ES-335WH「Lady Madonna」。
それが西行寺のギターの名前だ。※
西行寺が話してくれた…と、言うより、一方的に語りかけてきた内容によるとこのギターは6歳の誕生日にギターを欲しがった西行寺の為に爺さんが作ってくれたものだそうだ。
西行寺の爺さんは某ギターメーカーのギター職人だったらしく、斬新なアイデアで数々のヒット商品を生み出していた。
しかしライバル社の開発した技術も積極的に取り入れようとした為、自社オリジナル至上主義の連中から反感を買いメーカーを追い出された。
今でこそ大手メーカーから独立して自分の道を切り開く職人も多くいるものの、当時はリストラのレッテルを貼られたが最後。
西行寺の爺さんは二度とギター職人として働く事は無かった。
このギターもそういった内の1つで、ES-335にテレキャスター・デラックス等に使われているワイドレンジハムバッカー・タイプのピックアップを積んだモノでこれの種類によって音も変わる…らしい。
あと、ピックアップはだいだい上下に2基か3基搭載されており、上側のピックアップのみだと単音に向いた柔らかい音、下側だとジャカジャカ和音を鳴らすのに向いた少し硬めの音、真ん中(ピックアップが2基の場合は2基の音をミックス)はその中間となる。
あと、ピックアップそのものも大きく分けて二種類あり、シングルコイルピックアップとハムバッカーピックアップに大別される。
何も歪(ひず)ませず弾いた場合、シングルコイルはクールな落ち着いた音、ハムバッカーはまろやかな音だ。
また、歪ませた時、シングルより、ハムバッカーの方が音が太い事が多い。
(かと言ってシングルの音が細いと言うわけでもない)…らしい。
西行寺はギターを音楽室のオンボロのアンプに繋いで、静かにメロディーを紡いでいく。
俺にはその音が何を表してるかは知らないし、聴いても何も感じない。そして、メロディーが止んだ。
「どう」
どう、とは?
西行寺は少し首を傾けて「どう?」
あ、今の質問なのか。いつも言ってるけど俺は音楽を聴いても何も感じない。感想なら他の奴に聞いてくれ。
「そう」
西行寺はギターをしまうと。
ちょっとこちらを見た。
帰ると言う合図だ。
俺はその目を見つめ返すと何も言わずに西行寺に続いて音楽室を出た。
ガチャリと西行寺が鍵を閉める。
そのまま俺と西行寺は無言で教室に戻った。
これも朝の習慣となりつつある。
何故西行寺がそんな事をするかは全くわからないが。本当に何故なんだ。