40分が経った。
もう無理だ…俺これの前に塾にも行ってんだぞ…
俺はぐでんと机に突っ伏した。しんどいわ…。
すると、「ほんっと情け無いなぁ。じゃあ今日はここまで。」
いや、愛璃さん、俺はそもそも指定校推sへぶし?!痛い痛いアイアンクローはやめろお願いしますこの野郎!
なんとか食い込んでくる愛璃の左腕を振り払う。
おん?そう言えば左利きなんだな。
「そうだけど?悪い?」
あ、そうなんだな…って俺良いとも悪いとも言ってないんですが…。
「と言うか話をそらさないでよ!リュウも少しは進路に関心を持ったらどうなのさ。将来を左右すると言っても過言じゃないんだよ?」
俺そんな将来とかどうでも良いし。
安定した職業にさえつけたらな。
それを聞いた愛璃は呆れかえったように「本当にしょうがない奴だなぁ。」
そう言って溜息をついた。大きなお世話だ。
俺がムッとしていると「これ、持ってて。」と俺が返事する前に紙コップを押しつけられた。
なにやらリュックサックをガサゴソしている。
「あ、あった。」
そう言って愛璃が取り出したのは少し大きめの水筒。
カップが一緒についている奴だ。
「これ、私の淹れたココア。昨日は材料を買い忘れてたから自販機で買ったけど、いつもはこうやって持ってきてるんだ。」
愛璃はちょっと水筒を揺すってみせてそう言いながら笑った。自分のマグカップにココアを注(つ)いだあと俺の持っていた紙コップにも注いでくれた。
「飲んでよ、ねぇねぇ、どんな味?」
愛璃は期待を隠さずにニコニコしながら俺を見つめてそう聞いてきた。
やたら眩しい…俺にどんなリアクションを求めてるか知らないがまだ飲んでないのに感想を求めるな。
どれどれ…ん?美味しい!けどなんか不思議な味だな…
「へっへーん、すごいでしょー!」
なんか急に胸を張って得意げになりだしたぞこいつ。
本当に喜怒哀楽を惜しみなく表に出してくるな。
良いけど意味でも悪い意味でも、俺には無理だ。
なんて事をしばらくぼーっと考えていると、
「___________で、ちょっと隠し味にドライジンジャーを………って、リュウ、聞いてる?」気付くたら愛璃がなんか怒っていた。
ごめん、ココア美味しすぎて全く耳に入って来なかったぞ。
「ほんと〜?ただぼーっとしてただけじゃないの?」
こいつ、鋭い…俺は返事をする代わりに逃げるようにまた紙コップに口をつけた。
にしても、これ、本当に美味いな。
普通に売って欲しいくらいだ。
「え、ほんと?ココアをもっと美味しく飲める方法ないかなって考えて作ったんだけど、お母さんは『組み合わせがありえない』とか言って飲もうともしてくれなかったし。リュウがそう言ってくれて嬉しいよ!」
愛璃はとても嬉しそうにしている。
まぁ、最後の方しか聞いてなかったけど確かに普通ココアにドライジンジャーは入れないな。
意外にも美味しかった。
「でしょでしょ!あ、今日もあれしなきゃ!」
と、愛璃はそう言って左手の指をパチンと鳴らすとその瞬間指で赤と緑の粒子が煌いた。
昨日もやった事なのに俺はまた驚いて目眩がしたが今日はなんとか堪えた。
ああ、何者なんだこいつ。
頭を抱える俺に愛璃は、
「どうしたの?また昨日みたいにしんどいの?もしかして病気とか?」
自分のせいとは工業用ダイヤモンドの欠片ほども思っていないであろう愛璃は本気で心配そうに見つめてくる。
やめろじっと見つめるな恥ずかしい。
ってかそもそもお前が…いや、もう何も言うまい。
「?あ、昨日みたいに手を貸して。はい、右手のひら借りた。」
答えを聞く前に人様の手のひらを借りるな。
しかも心の準備がまだできてねぇよ…
当たり前のように人に魔法的何かをかけるな。
「あ、ごめんごめん。じゃあ3、2、1。はい、うーん…」
また確認せず…いや、もう何も言うまい(2回目)。
「はっ!」また俺の手のひらピッカピカだよ…って今日はちょっと軽いな。
っておおう?!
粒子が消えた時俺の手にはサンタクロースの絵が描かれた白い皿に盛り付けられたふた切れのクリスマスケーキが乗っていた。
でも…ん?何か違和感を感じるな。なんでだ?
「あちゃー、失敗しちゃったかー。」
愛璃は頭を掻きながら笑った。
「お皿はクリスマス仕様だけどケーキに何の飾りも載ってないや。
これじゃただのイチゴショートだね」
あ、なるほどな。
道理で違和感を感じた訳だ。
まぁ、でもこの時期にしては上出来かなと愛璃は言って俺の持ってる皿からひょいとケーキを一切れ掴んでそのまま口に放り込んだ。
…一口で。
当然のごとく失敗して口がクリームだらけになる。
アホか。
「あー、ふぁっふぁっふぁ。」
愛璃白い髭をつけたままニコニコ顔でそんなことを言いながら美味そうにケーキを頬張っている。
口に物を入れて喋るな。
…はぁ。なんか怒る気も失せるな。
「もぐもぐ…っくん。あ、リュウ鏡持ってる?」
持ってる訳____
「持ってないよね。あ、ケータイがあるや。」
もう何も言うまい(3回目)。
愛璃はスマートフォンを取り出すと内カメラを使って自分の顔を覗いていた「わー!これじゃ私がサンタクロースだイェーイお髭真っ白。」
…もはや何も言うまい(4回目)
「何リュウ黙って突っ立ってんのさ。食べなよ!」
えっと…愛璃さん?フォークも何もないんですけど…
「男ならそのままガブッと!」
いや、何言ってるんだ?
骨付き肉じゃねぇんだからよ。
あと、仮にその法則が成立するんだったら愛璃はアホみたいにかぶりついたから男になるぞ?
すると愛璃は口に生クリームをたっぷりつけたまま例の三白眼で睨んできた。「う、うるさい!さっさと食べなさい!」
ふむ、口に生クリームついてるせいで全然怖くないぞ。
まぁ、これ以上何を言っても引かなさそうだしここらへんで折れてやるか。
わかった、わかった。食べるよ。
俺は口にクリームがつかないよう細心の注意を払ってケーキを食べた。
もちろんクリームだらけになったが。
「あっはっはー!クリームだらけにして。リュウ可愛いね!」
この野郎…俺は拳を握りしめた。
が、口を真っ白にして笑っている愛璃を見ていると怒る気すら失せた。
はぁ…。
「で、何か口拭けるもの持ってない?」
えぇー持ってないのにケーキ出したのかよ!!
幸いにもティッシュを持ち合わせていたのでそれで口を拭いた。
愛璃は口を拭いた後、「助かったよー!毎年これやるとき能力を使いながらクリスマスグッズ出現させる方の手のバランスとるの大変なんだよね〜」
なんかパシられてる気が…
「そんなこと無いよ〜!ほら、こうやって今女の子とケーキ食べてた訳だし。見るからにリュウにとってそうある経験じゃないと思うけど?」
こいつ…!てか、それ本人が言うことじゃ無いだろ。
「あっはっは〜冗談だよ!私みたいな女子が隣に居てもイマイチ映えないだろうしね!」
豪快に笑い飛ばされた。
いや、ちょっと幼いかもしれないが見た目は俺的には悪く無いと思うぞ?
「ふーん…じぃぃ…」
なんだそのニヤニヤした目は!
「もしかしてタイプ?」
んぐぁ?な訳ねぇだろ!
なんでそうなる。
「だよね〜!ジョークだぁ!」
お、おう…今日はなんか疲れたぞ…はぁ…
「あはは。ごめんごめん。はっ…っと!」
パチン!と愛璃が指を鳴らすとケーキを食べたあと取り残された皿が赤と緑の光の粒子となって消えた。
おお、なんかかっこいいな。
「でしょう?いぇあ!___あっ!」
そこまで言うと愛璃は何かを思い出したように言葉を途切れさせた。
ウェアのポケットから何かを取り出した。
「もう11時!帰らなきゃ!」
あ、懐中時計か。
いまどき珍しいな。
「でしょう?貰ったんだ〜!で、私、帰らなきゃ。また明日ね!」
あ、わかった。
じゃあな。また明日。
俺は愛璃と別れるといつものように愛チャリにまたがって家路についた。
しばらく走っている内に、俺は5、6年ぶりに「また明日」を言ったことに気付いた。
そしてその間そんな親しみのある言葉をかけなくなっていった自分にも。
…ま、こんな人間だしな。笑うしかなかった。自嘲気味に笑うしかなかった。