別世界の異邦者 作:みども
ポストを開けたら、謎の封筒が入っていた。
宛名は我が家であっているけど、差出人の名前はない。
気になって開いてみると、そこにはヴァンガードのデッキが一式入っていた。
「……いや、何コレ?」
それしか言えない。
何このお届け物?
何故にヴァンガード? しかもデッキ一式。
誰のお届け物か知らないけど、高校受験を控えているのでヴァンガードから一旦距離を置いている人の家に何届けてくれてんのさ。
溜息を零しそうになり、そういえばと封筒の宛名を見る。
もしかして私じゃないかもしれない。
兄貴? それとも親父? じっちゃんかな?
家族でヴァンガードをしているのは兄貴と私だけ。私じゃないとすれば、兄貴宛かもしれない。
というわけで宛名を確認すると……
『空見 ルイリ 様』
「いや、何でさ?」
まさかの受験生の私宛だった。
「うーん……」
困ったな。
3年前に出場した日本で決勝リーグを開催したアジアサーキットではベスト4入りを果たしたこともある。名前を世間に認知されていてもおかしくはない。
……自分で言うのも何だけど。
でも受験を控えた中学3年生、今年は受験勉強に集中するためヴァンガードとは距離を置き、公式大会には出ていない。
そんな私にこんなの送りつけてくる変わり者がいるかもしれないけど。
……どうしよっか?
送り主の名前がなければ誰に返せばいいのかもわからない。
いや、送り主も返して欲しいわけじゃないかもしれないけどさ。
手紙とかでも入っていてくれればと思うのだが、中身は本当にデッキ一式のみである。送り主のヒントはない。
カードを見るとヴァンガードがしたくてたまらなくなる。受験に集中するという今年の目標を壊す誘惑だ。
裏面を見てるだけでもこのデッキを知りたい、ファイトしたいっていう気持ちが湧き上がってくる。受験生にこれは毒、それも猛毒だ。
いやいや、ヴァンガードとは距離を置くと決めたんだ。入試を終えたら、その時は好きなだけやればいい。
そう決意して、首を横に振る。
「……兄貴にやろっかな」
貰い物のデッキだけど。
兄貴なら有効活用するだろうと、デッキを封筒に戻してこの中身は兄貴に丸ごと譲ることにした。
その時、手元が滑って一枚だけカードが床に落ちてしまった。
しまった、と思いながらそのカードを拾おうとする。
その時、カードは表を向いていた。
ユニットの姿が描かれたカードの表。
それが目に入った時、私は思わず手が止まった。
「シーストライカー……? 初めて見るクランだ」
そのカードは、私の知らないカードだった。
白い海軍士官の軍服に身を包み、日本刀を携え戦艦の甲板に立つ、アクアフォースに所属するアクアロイドのユニットとは一味違うよりこっちの世界の海軍の軍人に寄せたような格好が描かれている。
グレード2、パワー5000、クリティカル1、シールド5000、クランはメガラニカ所属……シーストライカー。
ユニットの名称は、『海将 ジパングイクシード』。
ユニットはもちろん、シーストライカーというクラン名も私にとっては初耳だった。
知らないクランの知らないカード。
私がヴァンガードと距離を置いていた間に、随分と進化しているようだ。新規クランまで出ていたなんて。
スキルを見たところこいつは防御に特化したユニットのようである。
知らないクランのカードで構築されているだろうデッキ……見たい。すごく見たい。そして使ってみたい。
「いや! ダメダメダメ! 使ったらあとは泥沼!」
延々とファイトに没頭して受験がおろそかになってしまう。
使うのはダメだ。ファイト禁止の年にするって決めたんだから!
「…………」
……で、でも、ちょっと見るくらいは良いかな?
見るだけ、見るだけだから! ほんのちょっとだけ!
ファイトはしないし使うこともしないから! ただ、見るだけ。見るだけだから。
そう自分に言い聞かせて、封筒からデッキを取り出した。
『Vanguard』と描かれている裏面を返して、カードを表にする。
そこに描かれていたのは、知らないクランの知らないカードたちだった。
「おお……」
海洋国家メガラニカに所属するクラン。
アクアフォースとキャラがかぶっていそうだが、シーストライカーというクランはどうやら海軍がモチーフらしい。
でもアクアフォースと違い、主な種族は『ヒューマン』と『マリンシップ』。
マリンシップも知らない種族だけど、このクラン専用の種族なのだろうか? 描かれたイラストを見ると、マリンシップはどうやら船がモチーフになっている種族のようである。
種族というか、もはや兵器や道具だけど。
イマジナリーギフトは『フォース』。
テキストを見ると、山札からのカードを入れ替えたスペリオルコールを得意とするクランのようだ。展開力とパワーアップに優れた、どちらかというと素人向きのクランぽい。
扱いやすい分スキルも単純で相手に手が読まれやすそう。でも、使いこなせば強そうだ。
スターターデッキを丸ごと使っているのか、『守護者』のカードはドロートリガーではなくグレード1である。
グレード3が8枚、グレード2が10枚、グレード1が15枚、グレード0が17枚。順調なライドがしやすく、スキルを持たないバニラユニットも入っている。
デッキのバランスと使い勝手は良さそうだが、強力なスキルの連鎖などは出来なさそうだ。
それよりも、未知のクランの未知のスキルが多数ある。
……なんかもう、このデッキでファイトしたくてたまらなくなってきた。
「いや! 今年はヴァンガードと距離を置くって決めたんだから!」
カードを見てしまったことで湧き上がってきた誘惑を間一髪で抑えることができた。
うう……これはまずい。家に置いていたら間違えなく誘惑に負ける。兄貴は私が誘惑に屈した時、嬉々としてファイトの相手をする姿が予想できる。そのまま泥沼に引き込まれ、成績ガタ落ちで受験も失敗という暗黒の未来が。
ダメだ。家に置いていたらいつか誘惑に負ける。
どこかに預かってもらおう。
デッキを封筒に入れ、私はとある場所へと向かうことにした。
向かった先は私の馴染みの、とは言っても今年は行かないことにしていたはずのカードショップだ。
店名は『クラウン』。
ロゴは王冠だけど、実際の意味は道化師というよくわからない店だ。
……まあ、店長が変わり者だし。
しばらく見ない間に品揃えも変わっているだろう。こんな新規クランも出たくらいだしね。
そう思いながら、到着した『クラウン』の自動ドアをくぐった。
店の内装は大して変わっていない。
しかし、ファイトテーブルが並んでいる方に人だかりができていた。誰かがファイトをしていたみたい。
……レジ空になっているけど、大丈夫?
ショップ大会を開いているわけじゃないと思うけど、なんの人だかりだろうか。
気になった私は近づいてみた。
「おら、これで8人抜きだせ! 次の相手はどいつだ、あ!?」
どうやら、連勝しているファイターがいるらしい。
人だかりの中心で拳を突き上げている変な髪型の男がいた。
……誰?
知らないやつだ。高校生っぽいけど、髪型と仕草はクソガキのそれだろ。
少なくともクラウンでは見たことがない。
……私が離れていた間にきた客かな?
負けたと思われる面々の中には同じクラウンの常連である顔見知りもいる。彼らを負かしたということは、ファイターとしての腕は相応にあるみたいだ。
頭の中身はバカそうだけど。
まあ、今の私には関係ない。
さっさと店長に受験が終わるまでこのデッキを預かってもらおう。
……早く離れないとファイトしたくてたまらなくなるから。
クラウンの店長は人だかりの中にいた。
身長190cmの巨体が目立つスキンヘッドの大男なのですぐに見つけられた。
カードショップよりもスポーツ用品店の店長が似合う風貌。もしくは海外セレブのボディーガードとかしていそう。
本人に面と向かって言ったことはあんまりないけど。あんまり。
ヤジが飛び交う人だかりの中をこっそりと進み、ようやく店長のところに到着した。
そして店長のゴツい体を包むパッツパツのTシャツの裾を軽く引っ張った。
「店長」
「うお!? ……ルイリちゃんじゃねえか、久しぶりだな」
ファイトテーブルで拳を突き上げている変なやつを見ていたせいで私が来ていたことに気づいていなかったぽい。
結構大げさに驚かれた。
……デカイ図体で何驚いてんのさ。
「まあ、受験生だし今年は控えるから」
「そっか、ルイリちゃんも中3か……あのクソガキがすっかりデカくなったもんだぜ」
「クソガキ言うな。あと、ちゃん付けする年じゃねえし」
恥ずかしいから。あと、クソガキ呼ばわりはむかつく。
若干苛立ちを覚えながらも、溜息を零して落ち着かせる。
「はあ……まあ、良いや。店長、これちょっと預かっといて」
そう言って、封筒を渡す。
それを渡された店長は状況がわからないのか、顔に? マークを浮かべていた。
「ん? なんだこれ?」
「なんでも良いから預かっておいて。受験終わったら存分に使いたいから」
強面に渋い表情を浮かべながらも店長は了承してくれた。
封筒の中身を確認している。
「まあ良いけどよ……ヴァンガードのデッキ?」
「うん、今朝届いていた。私宛に」
「差出人の名前がない封筒……おいおい、危ねぇもんじゃねえよな?」
「店長の面が合わされば怪しさ満点……痛ぁ!?」
「こんのクソガキ、相変わらずの減らず口だな!」
げんこつ喰らわせやがったぞ、この893フェイス!
地味に強烈な店長のげんこつに、思わず頭を押さえる。
「いたいけな女子に暴力振るうな、893フェイス! 絵面完全に犯罪者だからな!」
「お前のどこがいたいけな女子だ! 口は悪いし、態度は悪いし、兄に似て荒っぽいし!」
「店長は顔が悪い……痛ぁ!? 店長なんか強面の上にそうやってすぐ手をあげるし!」
「安心しろ、手をあげるのはクソガキ限定だ」
「クソガキ言うな、ハゲ!」
「おまっ……! 人の1番気にしていることをつつきまわすな!」
声のデカい店長と言い合いを始めたのが悪かったかもしれない。
周囲の注目がこっちに集まってきた。
それは当然、ファイトテーブルにいた変なやつの目も向けられることになる。
たまたま店長がデッキを手にしていたこともあり、変なやつは何を勘違いしたのか新たな挑戦者と受け取ったらしい。
「ほほう……次の挑戦者は店長自らか。良いぜ、受けて立ーつ! ヘイ、カモン!」
「……いや、なぜに?」
ギャラリーが盛り上がる中、指名を受けた店長は困惑するばかりである。
そして完全に蚊帳の外にいるはずの私と目があう。
すると何を思ったのか、店長は手に持っているデッキを私に押し付けてきた。
「いや、挑戦者はこいつだ! このクソガキ……いってえ!?」
「クソガキ呼ぶな!」
店長の足の甲を踏みつけた。
……というか、何言ってんのさこの人?
今更になって店長が人に勝負を押し付けてきたことに気づく。
「おいこら強面店主、私受験生だから! ファイトしてる暇ないからこれ預かってもらおうとここ来たんだよ!」
「やかましい、クソガキ! 一度くらい良いだろうが! 買ったらパックおごってやるから」
「受験生だって言ったよな! ブースターパックで釣ろうとするな!」
私もやりたい。そりゃ、ファイトしたいよ。
でも今年はヴァンガードと距離を置いて受験に集中すると決めているんだ。
だから、ブースターパックで釣るな!
部外者だし、私はこれを預かってもらうためにここに来ただけである。
店長に一度は押し付けられたデッキを押し返す。
「やるなら店長がやれよ! これ貸すし!」
「どうせ貰い物のデッキだろうが!」
「うるさい! とにかく私はファイトしないんだ!」
デッキを店長に押し返した私は、これ以上注目される前に退散するべくその場を離れようとする。
だが、今度はあの変なやつに負かされたこのショップの常連で私とも顔見知りの、断じて友人ではなく単なる顔見知りの変態がすがりついてきた。
「ルイリちゃん、待って! なんで最近顔見せてくれなかったの〜!? それより、頼むよ! 僕の仇をとって〜!」
「鬱陶しいわ! 離れろ、変態!」
腰にしがみついてくるこの変態。
クラウンの常連で、100回はファイトしたことがある顔見知りである。
アジアサーキットでも毎年活躍する、このショップの常連の中でもトップクラスのファイターなのである。変態だけど。
「というか、離れろ! しがみつくな! なんなんだよ、変態!」
「愛しのマイプリンセス、ルイリちゃん!」
「やめろマジで! 鳥肌立つ……って、どさくさに紛れて頬ずりしてんじゃねえよこのド変態野郎!」
「僕の仇をとって、マイプリンセス! ……グホッ!?」
「離れろこのクソボケ! 変態! あっち行け!」
なんとか変態を引き剥がすことに成功した。
なんでデッキを預かってもらうだけなのにこんなに疲れなきゃならないんだよ……全く。
身体的よりも精神的に疲れた。もう帰る。
こんなのに付き合ってられるかと帰ろうとしたのだが、騒ぎすぎたせいで今度は私が人だかりに囲まれていた。
「ルイリだ!」「ルイリちゃんだ!」「クラウン最強のプリンセス(クソガキ)のルイリちゃんじゃねえか」「よっ、クソガキちゃん!」
「クソガキ言うな! てか、なんで集まってくるんだよ!」
わらわらと取り囲まれる。
人だかりから脱出を試みようとするが、その前にとうとう変なやつにも捕まってしまった。
「ほう……聞いたぞ。お前がこのショップ最強のファイターか! ならばこの俺とファイトしてもらおうか!」
「いやしねえから」
「ええ!?」
だって受験生だし。
ヴァンガードとは距離を置くって決めたんだ。ファイトするつもりはない。
それに変なやつはもう間に合っている。たぶん、受験生じゃなかったとしてもこの変なやつとはファイトするつもりはなかっただろう。
というわけで、私は帰る。
付き合ってられるかっての。
「やるなら店長とやれば? 私は帰る」
「ふはははは! 臆して逃げるとは、程度が知れるというものだぜ!」
安い挑発に乗る年じゃないし。
無視してショップを出ようとする。
だが、変なやつは許しても他のやつらが許さなかった。
「待って、せめて仇をとって!」
「あいつに負かされて悔しいんです!」
「クラウンがあんなやつに負けるとは、認めたくないんです!」
「マイプリンセス! 僕のためにどうか!」
「知るか!」
強面店主の道化師店舗のプライドなんぞ知るか!
それにこいつらのためにファイトする義理もない。
というわけで、人垣を押しのけようと試みる。
だが、結束する連中は私が帰ることを認めなかった。
「「「通さんぞー!」」」
「なんなんだよお前ら!」
なんでヴァンガードファイターがスクラム組むんだよ! お前らの中にスパイクブラザーズ使うのなんかいねえじゃねえか!
おかげで私はドアへの道を塞がれた。
それどころか押し込まれてファイトテーブルのエリアへと連行された。
そこには当然、変なやつがいる。
「なんだ、一度は逃げたかと思ったが戻ってきたのか? お前もまた1人のファイター、勝負から逃げることはしないということか!」
「この状況見てなんでそう思えるんだよ!」
やっぱりこいつ、頭の中までバカなタイプだ!
そんな心の叫びは届かず、ファイトテーブルに連行され、店長が再びシーストライカーのデッキを押し付けてきた。
「覚悟を決めてやれ! 何、一回くらいなら大丈夫だ」
「大人が受験生をヴァガードに誘うな!」
私だってしたい!
でも今年は受験勉強に集中するって決めたんだよ!
店長へデッキを押し返そうとするが、店長も負けじと対抗する。
「あんたがやれよ!」
「お前がやれって!」
「私は帰って受験勉強するんだよ!」
「1回やったら帰って良いから!」
「その一回が泥沼の誘惑の始まりだから、イヤだ!」
「誘惑に負けるのはお前が弱いからだ! さあ、今年1回限りのファイトをするんだ!」
店長は折れそうにない。
周囲の客たちも折れそうにない。
私も抵抗したが、結局1回限りという事で折れた。
「……ったく、1回だけだから! これやったら今度こそ帰るから! 負けても文句言うんじゃねえぞ!」
そう、1回。1回限り。これだけやったらもう今度こそヴァンガードから離れて受験に集中するんだ。
そう己にも言い聞かせる。
初めて見るクランの初めて扱うデッキで行うファイト。
玄人でも苦労する経験の少ないデッキだ、勝てるなんて思っていない。
対戦相手の変な髪型は負かした相手から見るにかなりの実力を持っているだろう。頭はバカだけど。
自信満々に仁王立ちする変な髪型に、テーブルを挟んで向かい合う。
「小宮山 カツヤだ。言っておくが、お姫様相手だろうが手加減はしねえぜ」
「しなくて良い。というか姫とか呼ぶな。私は空見 ルイリ」
ファーストヴァンガードを配置し、手札を揃える。
……悪くない手札が初手に来た。引きなおす必要はなさそう。
「3枚引き直すぜ。お前はどうする?」
「私は良い。さっさと始めよう」
「そうだな」
今回限りだし、気負わずやるとしよう。
このデッキと小宮山との出会いが、この先に起こる大きな騒動に巻き込まれることになる未来を、今の私はまだ知らなかった。
「「スタンドアップ、ヴァンガード!」」
この掛け声とともに、霊体となり私たちの降り立った惑星クレイに新たな戦いが起こる。