別世界の異邦者 作:みども
入学後、すぐに雪凪では実力テストがある。
レベル的には中学の範囲だが、この休みにだらけてしまい入試の頃から色々と抜け落ちて滑り出しに失敗する新入生は多いとか。
ここで躓けばその後にズルズルと負債を抱えて試験範囲に遅れがちとなり徐々に授業についてこれなくなってくるから、このテストはとても重要となる。
だから置いて行かれない様に勉強しなさいと母に散々説教を食らったので、大人しく自室に戻って復習に取り組んでいた時、兄貴が部屋にやってきた。
「よう」
「帰れ」
「何だよ、まだ根に持っているのか?」
先ほどまで着させられていたメイド服による黒歴史。その元凶である兄貴がのうのうと登場したのだから、睨み付けてもいいはずだ。
……賭け事した自業自得って言うな! 反論できない。
この件に関しては、根に持たないわけがない。写真まで散々とりやがって!
両親にも見られて、そちらにまで散々笑われてしまった。
……もう2度としない。
だいたい妹の部屋にノックも遠慮もなくズカズカ入ってくるな!
だからモテねえんだよ、バーカ!
勉強にも集中できないので、とりあえずこのデリカシーのないクソ兄貴を部屋から叩き出す。
用件があってきたのだろうが、兄貴の方にあっても私の方にはない。だから叩き出す。
「もったいない。あ〜、もったいないことだ。笑ったのは悪かったけどよ、我が妹ながらなかなかに可愛かったぞ、メイド姿」
「喧嘩売ってんのかクソ兄貴」
「何でそうなるんだよ……」
人の黒歴史を作ったそばから散々ほじくり返そうとするからだ! マジで、喧嘩売ってるだろ!
叩き出すだけじゃ気が済まない。ぶん殴ってやる!
拳を握りしめて殴る気満々できた妹に、兄貴は「待て待て」と手のひらを向けながらその手に握られたスマホの画面を見せてきた。
そこには今年のアジアサーキットの参加選手の募集が開始されたという広告が出ていた。
「今年のサーキットはどうするんだ? 受験は合格したし、出るだろ?」
兄貴の用件はこれだったらしい。
ひとまず殴るのは延期して、兄貴の手にあるスマホの画面を見る。
アジアサーキット。
ヴァンガードの世界最強を決める最大規模の国際大会。
去年のサーキットは受験があり参加しなかったけど、毎年の様に私は参加してきた。
サーキットはアジア各地で開催される予選ステージと、予選を突破した選手だけがチャンピオンの座をかけ戦うことのできる決勝ステージの2つのブロックに分かれている。
本来は日本ステージに出るべきなのだが、日本は強豪が揃い踏みで事実上の決勝とまで言われるほどの狭き門。そのため、私は日本以外の予選ステージに出てそこから決勝ステージへの参加資格を獲得するために海外の予選ステージに参加することもしばしばあった。
去年は出なかったけど、受験も無事に終えたし今年は出るだろうと、兄貴は予選はどのステージに参加する気なのかを確認しに来てくれた様だ。
もちろん今年はサーキットに出る。
そして、予選ステージも何処に参加するか既に決めていた。
「今年は香港ステージに挑戦するつもり」
前回大会でチャンピオンの座に立ったサーキット覇者の常連、優勝最有力候補の最強のアクアフォース使い、そしてサーキットの舞台において私がまだ1度も戦ったことがない、蒼龍 レオン。
そのレオンの出る香港ステージである。
理由はもう決勝云々よりも、サーキットの舞台で一度で良いからあの最強のヴァンガードファイターに挑みたいからだ。
「レオン1強と言われる香港ステージか。俺は別に反対するつもりないけど、本当にレオンに挑む気か?」
店長に聞いていたのかもしれない。
私の選択を聞いても、リアクションは予想していたよりも小さかった。
……なんか拍子抜け。いや、驚かれること期待してたわけじゃないけど。
「決勝進出というより、そのレオンに挑みたいからっていのが1番の理由だけど」
「……そういや、まだ一度も戦ったことなかったんだっけ」
「面識はあるけどね」
「アジアチャンピオンの友達か……慣れちまったけど、俺の妹ってすげえんだな」
「……何だよ、気持ち悪いな」
いきなり何言い出すんだよ、この兄は。
「……これでもっと可愛げがあれば最高なんだが」
「本当に気持ち悪いな。どういう風の吹き回し?」
兄貴の言動がいつも以上におかしい。
妹に可愛げがあればなとか真顔でつぶやくなよ。実の兄、そんな気は微塵もないはずだろうけど、なんか私を見ている目に生理的嫌悪感を抱いてしまう。
……マジで気持ち悪いな! 出て行け!
「出て行け、このクソ兄貴!」
「何だよ、せっかく応募開始のこと教えてやったのに!」
「いいから出て行け!」
「『行ってらっしゃいませ♡』とか言ってくれれば––––ぶほっ!?」
「ふざけんなクソ兄貴!」
最終的に殴って叩き出した。
メイド服も黒歴史なので破り棄てたかったけど、ものすごくクオリティが高かったこと、作った人の苦労を考えると忍びなかったことなどから捨てられず、兄貴に返した。
「うん、まあ……これに八つ当たりしなかったのは俺としてもありがたいわ。悪かったな」
「服に罪はない。だがクソ兄貴てめーはダメだ、絶対に許さない」
「何でさ!? お互い合意の上のファイトだっただろうが!」
確かに、私も了承した。
だが許す許さないは別である。絶対に許さん。
クソ兄貴はウダウダ文句を連ねたけど、却下。私はこの件を恨む、絶対に許さない。
ふと思ったのだけど、このメイド服。兄貴は絶対似合わないだろうけど、レオンが着てくれたら意外と似合いそうな気がする。
「最低の発想だな」
「そうかな? 少なくとも兄貴よりは似合いそうだけど」
「お前な……女装させられるのって、男にとってはかなりプライドに亀裂走らせる所業なんだぞ。そもそも誰得だよ」
「……ジリアンとシャーリーン?」
「ああ確かにあの2人は喜びそうだ……って、何言わすんだよ!」
始めたの私だけど、この凄まじくしょーもない議論は早々に打ち切りにした。
似合いそうだしチェン姉妹も喜びそうだけど、レオン本人はきっと嫌がるだろうということで兄妹の意見は一致した。
本人が嫌がることを無理やり強要するのは良くない。賭け事で負かして従わせたとき以外は。
……賭け事ダメ、絶対。
そういえば、兄貴ってサーキットにでないのかな? 妹の私は何度も出場しているけど、兄貴が出たことは一度もない。
「俺は出ねえよ。世界に挑めるような大層なもんじゃねえから」
不思議に思って尋ねてみると、そう答えた。
私から見れば、兄貴もサーキットの決勝リーグに進出できてもおかしくないくらいの実力はあると思う。
「一度でいいから出てみれば? 多分かなりいいところまでいけると思う。それくらいの実力はあると思うけど」
「別に俺にとってヴァンガードは趣味の範疇であって、これで名を上げたいとか思ってねえから」
「……あっそ」
腕前はともかくとして、大会で好成績を残したりすることには興味ないようである。
兄貴は欲望には忠実だけど、目立つのはあまり好きじゃない。
本人がそう言うなら、サーキットに挑戦する気はないのだろう。
だからと言って残念だとかは微塵も感じていないけど。
兄貴のことはもういい。
それよりも自分の方だ。
受付が開始されたのなら、さっさと登録してしまおう。
もちろん予選は香港ステージである。
「レオンに勝てたら台風の目になるな」
「やるからには絶対勝つ! 正面から、全力でぶつかるまでだ」
「……お前最近あの道化師の店長に考え方似てきたな」
「はあ!?」
兄貴の言う道化師の店長とは、あのクラウンの店長のことである。
筋肉ハゲダルマで見た目指名手配犯の、あのクラウンの店長である。
ハゲで強面のあの店長にか!?
絶対にそれはない。断固否定する。
「ないない。誰があのハゲに似るものか」
「……いや、意外と似てるぞ」
あくまで兄貴は私とあの強面店主を同類にするつもりらしい。
ふざけんな、誰があんなハゲと似た者同士になるか。
ムカついたので兄貴を殴った。
「酷くね!? 道化師の店長がよっぽど大人だわ!」
「うるさい! 誰が強面ハゲだ! ぶっとばすぞ!」
「物理でぶっ飛ばすなよ! 別に見た目のこと言ってるわけじゃ……イッテェ!」
たまらず退散するクソ兄貴。
「やっぱり可愛くない! 俺の妹、暴力的すぎる!」
「可愛くなくて結構だし! 消えろ、クソ兄貴!」
実の兄に可愛いなんて言われても気持ち悪いだけだわボケ!
ちなみにこの後、両親に許可をもらい申請して、アジアサーキット香港ステージに出場することになった。
ただし、母からは中間試験で平均点以上を取ることを条件にされた。
できなければ参加申し込みは取り消しである。
……勉強頑張ろう。