最初のOLがチートだったら   作:Friday

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私の悪しき飲み癖

 

 

 

 

 前回の櫛田ちゃんとの遭遇からしばらくして。学校行事としては、中間テストが終わって数日経った頃だろうか。

 その日の私は残業が確定していた。というのも、中間テストに当たって色々と仕事の依頼が来てしまい、それの対応に追われたのだ。なんでも今年の1年に、テストの点数を後から変えるという意味不明なことをやった奴がいるらしい。一度データとして入力したテストの点数を書き換えると、『Sシステム』の評価項目を歪めてしまう。この調整というのが中々面倒なのである。是非とも次からは結果を入力する前にやって欲しい。

 しかも運の悪いことに、セキュリティ関連でもいくつかやらねばならない案件が出てきてしまった。昼の時点でその日中に終わらせなければならない仕事量の見積もりが出て、帰るのを諦めたのだった。もちろん、更井(さらい)も同じくである。

 忙しいときは本当に忙しいというのは前任者から伝え聞いた話ではあるが、まさか本当に帰れなくなるとは驚きだ。これはもしかしたら終バスにさえ間に合わないかもしれん。

 

(れい)さん、俺もう帰りたいです」

 

「私もよ。でも終わらないことにはどうしようもないじゃない」

 

「そりゃ、そうですけど……」

 

「いいから手を動かしましょう」

 

「……はーい」

 

 なんて愚痴を零すのにも手を止めずに零さねばならない。テストとか無くなればいいのに。なんて社会人らしからぬ愚痴を心の中で叫んでいると、向かいの席から私の愚痴が言葉になって聞こえてきた。

 

「テストとか無くなればいいのに」

 

「奇遇ね、私も同じことを考えてるわ」

 

「やっぱそうっすよね。まさか社会人になってこんなこと考えるとは思わなかった……」

 

「ええ、本当にね」

 

 全くである。こういう感想は学生のときに漏らすのではないだろうか。それもこんな寂しい職場などではなく、図書室や教室、もしくは友人の家で勉強会でも開きながら言う言葉だと思う。

 そんな青春系の漫画やアニメに出てきそうなセリフすら、時と場所を変えるだけでここまで社畜的なセリフになるとは。

 テストという言葉の残酷さを改めて感じていると、くだらない思いつきが頭を過った。

 

「……ねえ、更井。この学校って、システムやらルールやらを生徒が変えられるのよね?」

 

「あー、そういえばそんな話を聞きましたね」

 

「なら、テストをなくすこともできるのかしら?」

 

 学校のルールを変えられるなら可能なのでは、ふとそう思ったのである。

 

「いや、流石に無理じゃないっすか? いくらなんでもそれをやったら高校じゃなくなっちゃいますよ、ココ」

 

「それもそうか……でも、もしできるなら学生を唆してどうにかならないかしら」

 

「唆すって……。それやったら首が飛びません? 監視カメラあんだけいっぱいあるんすからバレますって」

 

「たしかに……」

 

 頑張って監視カメラの死角を探せばもしかしたら、とも思ったが、そこまでするくらいならテストの度に残業した方がマシだ。

 

「まあ、もしやるなら令さんが下着姿で色仕掛けっすかね」

 

「それ間違いなく公序良俗罪で捕まるわよ」

 

「えー、男子高校生なら余裕っすよ。奴ら基本的にエロいことしか考えてないっすから」

 

「あら、それはあなたもじゃないの? どうせそのシーンを撮影して……とか考えてるんでしょう?」

 

「そ、そんなことないっすよ……」

 

 阿呆か、この発言はどう考えてもセクハラだよな。ここで訴えれば仕事しなくて済むだろうか。……いや、こいつの仕事も私に回ってくる未来しか見えない。

 

「それに、やるなら佐枝(さえ)ちゃんにやらせたくない?」

 

佐枝(さえ)ちゃん?」

 

 あのナイスバディなら、男子高校生どころかほとんどの男は支配できると思う。ていうか、なんなら私が佐枝ちゃんに迫られたい。

 

「覚えてない? 茶柱(ちゃばしら)佐枝(さえ)。この学校の教員で、黒髪ロングの私くらいの歳のおっぱい大っきい娘」

 

 しばらく更井は沈黙した。妄想中だろうか? ……もちろん冗談だが。

 

「……ああ、この前令さんに紹介された人っすか? あの、背の高い美人さん?」

 

「そうそう、あの娘が佐枝ちゃん。どう? 自分が男子高校生だとして、佐枝ちゃんに迫られたら」

 

「そりゃ、一も二もなく全力を持ってテストを無くします!」

 

「でしょ! これならいけないかしら」

 

「たしかに行けそうっすね! ……まあ、教師がそんなことに手を貸すわけは無いと思いますけど」

 

「それもそうね、残念」

 

 私も更井も揃って肩をすくめた。どうやら私達、下らない言い合いをするくらいの余裕はあるらしい。

 そんな毒にも薬にもならない話を……毒にはなるか。とにかく、そうして適度に発散をしながら作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 そして時刻は夕方の6時、私と更井はほぼ同時に脱力した。

 

「うはぁー、終わったー……」

 

「ええ、ようやく……」

 

 ようやく、今日やらなければならないことが全て終わった。ずっと座りっぱなしで肩と腰がガチガチだ。私も歳かなぁ……。

 

「にしても、意外にも早く終わったわね」

 

「本当っすね、今日は最悪寝れないかと思いました」

 

 そう、当初は夜中までかかる見込みだったのだ。それを定時に遅れたとは言っても、完全に夜中までかかることは無かった。これは素晴らしい健闘である。

 

「俺、もう歳なんすかねー、肩も腰もガチガチっす」

 

 うん、今日は更井とやたら気が合うな。本当、全身限界である。もう今日は泊って行こうかな……。

 

「今さっき同じことを考えてたわ。20代も後半に入ろうとしてる私達なんか、もう身体はオバさんオジさんなんでしょう」

 

「やっぱそうっすかねー」

 

 更井はもう動く気がないのか、返事もそこそこにアイマスクを取り出し始めた。

 

「すんません、正直限界で。お先にいいっすか?」

 

「ええどうぞ、私は少し外を歩いてから寝ることにするから」

 

 お互い、今から帰ろうというつもりはないらしい。この部屋にはソファーが1つあるものの、ベットはない。ではどうするか、といえば寝袋が常備されてるのである。

 更井はいそいそとソファーの下の引き出しから寝袋を取り出し、さっさと横になった。もしかしたら、自分が起きてたら寝れないだろうと、女の私に気を使った部分もあるのかもしれない。

 ま、疲れてるのが大きいだろうけど。

 

「……行きますか」

 

 私は椅子にかけてあったジャケットを手に取ると、部屋を出た。寝る前に外の空気を吸いたかったのだ。

 

 

 外は既に日が落ちかけていた。最後に日の光を拝んだのは今朝だったので、なんだかタイムスリップした気分である。

 誰もいない学校の敷地内を適当にぶらぶら歩いた。

 一応バス停に一度寄ってみると、最終のバスは一応まだあった。しかしまあ、今からバスに乗る気力はない。今日は泊るのが正解だろう。

 

 あーあ、それにしても疲れたなぁ。こうやって疲れたときには酒でも飲みたいところだが、残念ながら学内にアルコールを売ってるお店は存在しない。飲みたきゃ外に出るしかないのだ。

 

 ビールが飲みたい。あと、唐揚げも食べたい。とにかく暴飲暴食したい。昔は飲酒で問題を起こす芸能人や政治家のニュースを見聞きしてはなんで酒なんか飲むんだろう、馬鹿じゃなかろうか。なんて思っていたものだが、今ではその気持ちが痛い程わかる。

 お酒は人類の英知だ、間違いない。これなくして生きていける人間はきっと超人か何かだろう。社会人ではなく、スーパーマンでも目指すことをオススメする。

 さて、どうしたものかと疲れた頭を回していたとき、ポケットのスマートフォンが通知を訴えた。

 ロックを顔認証で解除して中身を確認すると、佐枝ちゃんからメッセージが届いていた。

 

『今日、このあと暇はあるか?』

 

 おっと、飲みの誘いかな? アルコールに飢えていた私は即座に飛びついた。

 

『超ヒマ! 飲み?』

 

 返事はすぐに返ってきた。

 

『そうだ。すぐ行けるか?』

 

『うん、今仕事終わったところだからすぐにでも!』

 

『なら今から送る場所に来てくれ』

 

 場所? 校門前じゃダメなのだろうか。すぐに佐枝ちゃんから学校の敷地内の1地点を指し示す地図アプリのリンクが送られてきた。

 よく分からないけど、まあいいや。

 

『OK!』

 

 ここからそう遠い場所ではなかった。すぐ行ってしまうこととしよう。

 私がぶらぶらしていた地点から数分で到着するところ、ショッピングモールから少し歩いたところにある建物の一室にたどり着いた。

 中に入ってみると、内装は私の職場と同じような感じで、違うのはデスクが無く、4面ある壁の内の2面が本棚で埋まっていること。それと小さいが窓が1つあることだろうか。窓は私が頑張れば通れるくらいのサイズで、半開きになっているその向こうに微かな夕焼けが見えた。まさか近くにこんな部屋があったとは。

 そして部屋の中央には机が1つと丸椅子が2つ。そのうちの片方には佐枝ちゃんが座っていた。

 

「佐枝ちゃんお疲れー!」

 

 私の微妙にテンションが迷子な挨拶に、佐枝ちゃんは手を上げて答えた。どうやらもう1人で飲み始めているらしい。

 私は空いてる椅子に腰かけた。

 

「まさか学校にこんな場所があるなんてね。ここなら飲んでも大丈夫なの?」

 

「ああ、ここはショッピングモールの従業員の休憩所だったらしいんだが、遠いという理由で使う人間がいなくなって久しい。学内の数少ない飲酒ができる場所だ」

 

「へぇ、よく見つけたね」

 

「まあ、私も人に聞いた口だよ」

 

「ふーん、世の中には不思議なことを知ってる人がいるもんだねぇ」

 

 実際、最初にそれを知ったのは誰なのだろう。ショッピングモールの従業員が広めたのだろうか。

 まあいい、それより大事なのはお酒である。

 

「で、そのお酒はいったい何かなぁ?」

 

 今、目が血走っている自覚がある。

 

「ん、外で買ったものだ。マッカランの18年」

 

「おおー! すごい! めっちゃ高いやつじゃん!」

 

 マッカランとはウィスキーの一種だ。正直、何も知識はないし飲んだこともないが、謀家電量販店のお酒コーナーによく陳列されている。それもガラス張りのショーケスの中である。金額も少し手を出すには躊躇いを覚えるもので、いつかボーナスで買ってやろうと思っていたところだ。これは期待できる。

 さっそくいただきたい! ……一瞬、更井に声を掛けるか迷ったが、自分の分が減るから止めた。

 

「たまたま人伝手に安く買えてな。高級酒を1人で飲むのももったいないと思って呼んでやったんだ。私にひれ伏して飲むといい」

 

「ははー、最大限の感謝と敬意を佐枝ちゃん様に」

 

 そう言って、私は机に置いてあったグラスを差し出し、頭も一緒に差し出した。

 佐枝ちゃんがボトルの中身を注いでくれる。氷はないが、せっかくのお高いお酒なのだ。ストレートで楽しむこととしよう。

 

「いただきます」

 

「召し上がれ」

 

 私は恐る恐るグラスの中身に口を付けた。普段、ウイスキーなど飲まないから味の違いなんて分からないが……、うん。これは間違いない。

 

「……美味しい」

 

「だろう?」

 

 ウイスキーは度数が高いし、味もかなり癖が強いものが多いために飲みにくい。というのが一般的な見解だろう。それは半分事実であるし、普段あまり飲まない私も例に漏れずそう思っていた。

 しかし――

 

「これ、すごい飲みやすいね」

 

 正直ビックリした。思ったよりフルーティーで口に馴染むし、後味もしつこくない。

 

「だろう? アルコールはキツイものがあるが、これならいくらでも飲めそうだ」

 

「うんうん! 本当にありがとう、すっごい美味しいよ! ……これはウイスキーも敬遠するのもったいなかったかな」

 

 今度ここまで高いものは無理にしても、何か買ってみようか。家で飲む分には多少酔っても問題ないわけだし。

 

「で、今日はどうだった?」

 

 と、私が一呼吸ついたところで、佐枝ちゃんは意地の悪い笑みを浮かべてそう聞いてきた。この子、私の今日の激務を知ってるな?

 

「控えめに言って地獄……。テストの点を変えるってどんなマジックよ」

 

 あれのせいで完全にキャパオーバーとなったのだった。まあ、オーバーとか言っといて終わらせられたのだけど。

 

「ははは、あれは私も驚いたよ。まさか1年の1学期のテストでそんなことをする生徒がいるとは思わなかったさ」

 

「へぇー……って。もしかして佐枝ちゃんのクラスなの?」

 

「ああ、そうだよ。それも、令、お前の知ってるやつだ」

 

「私の知ってるやつ……」

 

 佐枝ちゃんのクラスで私の知ってるやつ……って言ったら1人しかいないじゃん。え、マジで? あの子ってそんなとんでも行為に手を出す子だったの!?

 

「まさかまさかの、綾小路何某なので?」

 

「正解だ。正確にはもう一人いるが……まあ、概ねあいつ1人で間違ってないだろう」

 

「うー、点数変えたやつは会ったらボコボコにしてやろうと思ってけど……流石に弟殴るわけにはいかないしなぁ」

 

 ぐっ、さっきまでは極悪非道の血も涙もない狂人を勝手に想定していたけど……。そうか、彼ねぇ。

 全く知らない人なら素直に恨めた。でもいざそれが知人となると、イマイチ憎めない。私はこのモヤモヤをどこにぶつければいいのだろうか。

 ……そうか、お酒にぶつけよう。

 

「そういうことだ。そういうことだから、今日は私のマッカランを分けてやる」

 

「うう、佐枝ちゃんがすごく優しい。こんな子に迫られたらそりゃあ、男子高校生なんてイチコロだね」

 

 更井、もしかしたらお前のテストなくそうぜ計画、実行できるかもしれんぞ。

 

「……イチコロ? 何の話だ?」

 

「ああ、いやいやこっちの話。気にしないで」

 

「? まあいいが」

 

「うんうん、それよりさ! ―――――」

 

 その後、私は仕事の愚痴やくだらない話。さらには最近職場で見た映画の話などをして楽しく過ごした。

 

 また、マッカランについてはお高いウイスキーの味を噛みしめるようにじっくりと……ではなく、勢いよく飲んでいった。だって美味しいんだもの。

 その姿には流石に佐枝ちゃんも驚いたのか、ボトルの中身が半分を切ったあたりでストップがかかった。

 

「おい、令待て。ペースが速すぎだ。明日も仕事があるだろう」

 

「……そだね」

 

 確かにもうアルコールが回っている気がした。まだ酒盛りを始めてから30分程である。いったん落ち着くか。

 

「ごめん、一回外の空気吸ってくる」

 

「ああ、そうしておけ」

 

「うん……おっと」

 

 断りを入れて立ち上がった私は立ち眩みを感じた。危うく転びそうになる。どうやら思ったよりも酔っているらしい。これは一回吐き出した方がいいな。

 

「大丈夫か? 私もついていくか?」

 

「ううん、大丈夫。佐枝ちゃんは飲んでてよ」

 

 流石にリバースするシーンを佐枝ちゃんに見せるのは恥ずかしい。佐枝ちゃんをここに残すのは申し訳ないが、一人で行かせてもらおう。

 

「ならせめて水は持っていけ」

 

「う、うん」

 

 言われた通りペットボトルの水を手に取り、若干千鳥足気味の足取りで私は外に出た。

 

 外はすでに日が暮れており、夜風が心地良い。

 さて、どこで吐こうか。トイレに行くのが手っ取り早いのだろうけど、この酔っ払った状態で万が一建物内の警備員に見つかったら不味い。学内は基本的に飲酒は禁止なわけだから、私の来季の人事考課に響く。

 ……そうだ、この建物の外にたしか海に面した場所があった。建物内はともかく、外はあまり警備員の数が多くない。あそこで海目掛けてことを致せばいける。

 

 そうと決めたら迅速に行動に移した。あまり早く歩くと嘔吐感がこみあげてくるので、ゆっくりと、されどできる限りの速さをもって。一路、海を目指した。

 最後の言葉だけならなんかカッコいいかも、なんてくだらないことを考えつつ、吐き気に耐えながら歩いていると、そう掛からずに目的の場所が見えてくる。

 街灯の明かりは十分ではなく、周りは見えにくい。これならもし警備員が巡回に来てもそーっと逃げれば逃げ切れる。とっとと済ませてしまおう。

 と、そこで吐き気が急激に込み上げてきた。やばい。しかし海は目の前、ここからはスピード勝負だ!

 

 海までのラスト数メートルを足音は最小限に抑えて走った。ちらっと横目に人影が見えた気がしたものの、それを気にする余裕はなく、柵から身を乗り出して海に内容物をぶちまける。

 うっ、音を出さいようにっていうのは厳しいか!

 結局盛大に音を立てながら、私は込み上げてくる流れに従って何度かゲーゲーやった。

 

「ふぅー……」

 

 とりあえず落ち着いたっぽい。未だ吐き気は残っているものの、すぐにどうこうというものじゃなさそうだ。ここでしばらくゆっくりしていれば、じきに治まるだろう。飲みすぎで吐くのなんて慣れたものである。

 その場に座り込み、ひとまず水を一口飲んだ。ペットボトルのキャップを締めながら、そういえばさっきの人影はなんだったかのと顔を上げて――――そして絶望した。

 

「…………えーっと、これは……ね?」

 

 私の目の前には、勇気ある制服少女こと櫛田(くしだ)ちゃん。そしてその後ろに、多分向こうは忘れてると思われる、弟(仮)の綾小路(あやのこうじ)くん。

 今の職場に来て、縁ができた数少ない人達のうちの2人が、呆然として私を見ていたのだった……。

 大人としての威厳が崩れ落ちる瞬間だった。

 

 

 

 

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