最初のOLがチートだったら   作:Friday

6 / 6
私の良きほぼ他人な弟

 

 

 

「えーっと、これは……ね?」

 

 おそらくコミュニケーション能力がカンストしてると思われる櫛田ちゃんですらも、困った顔で固まってるこの状況。私の言葉を待ってるのだろうか、2人とも身動ぎ1つしない。

 ふむ、今の私はいったい彼らにどのように写ってるだろう。彼ら視点での私のここまでの行動を思い返したいと思う。

 

 まず1つ目。海の近くで2人で話していた(おそらく)ら、急に現れたダッシュのOL。

 2つ目。そのまま横を走り抜けて行き、海に面した柵まで到達。

 3つ目。柵から身を乗り出し、全力の嘔吐。それも盛大に周囲に音を響き渡らせるというオプション付き。

 4つ目。とりあえず落ち着いたのか、その場にへたり込みつつため息。臭い。

 5つ目。こちらを見上げて、顔が真っ青になる。←今ココ

 

 ……どう見てもおかしな人だ。これが自分の知り合いとか絶対思いたくない。流石の櫛田ちゃんと言えど、今後の付き合い方を考えるレベルの案件だろう。

 一方の綾小路くんについてはまだ赤の他人だ。向こうが私を認知していないというのはラッキーである。

 しかし、「覚えてないかもしれないけど、実は私、君の姉なんだ」なんてもう言えない……。こんなのが姉なんて彼も嫌だろう。私なら嫌だ。

 なんとか、ここから挽回する作は……。

 

「そのー…………」

 

 作は…………、そうだ!

 

「……ト、トイレと、間違えちゃった! てへっ♪」

 

「「…………」」

 

 2人は完全に固まった。

 

「…………」

 

 バカ!! 私のバカ!! 何やってるの!? 思いっきり滑ってるじゃん!

 ねえ、見なよあの2人を! 可哀想なものを見る目になってるよ、なんならちょっと怖がってるよ!

 完全に二の句が告げなくなっちゃってるって! 20代も後半に差し掛かろうというおばさんの「てへっ」に何の価値があるよ! しかもなんだよ「トイレと間違えた」って! 言い訳が雑過ぎるわ! こんな奴どう考えても地雷だろうが!

 な、なんとかフォローを。誤魔化さなくてはいよいよ私の人権すら剥奪されかねない。

 

「……あ、あははー……なんてねー……私、実はリアクション芸人目指しててー……」

 

「「…………」」

 

 うん、私に自分の致命的な発言をカバーする技量なんてあるはずないよね。

 

 ヤバイ、まじでこの空気どうしよう。本気で取り返しのつかないことになってしまった。

 それにこれはもはや可哀想なものを見る目ではない、ゴミを見る目だ。

 確実に喋れば喋るほど状況が悪化していってる。最初はおそらくミジンコくらいは持ってくれてただろう「目の前の生物が人である」という認識が、今、彼等の中から跡形もなく消えた。

 私は茫然、次に機能を停止。すべてを諦めた。

 しかし逆に場が凍りついたことで意識を取り戻したのか、櫛田ちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。

 

「えーっと、その……大丈夫、ですか?」

 

 流石は櫛田ちゃんと言ったところだろう。彼女は間違いなく勇気ある制服少女のようだ。この状況で声をかけるなんて私には間違いなく無理。この娘は天使だったのかもしれない。

 ところでその「大丈夫ですか?」は私の頭のことを言ってるのかな? そうだよね、きっと。ならば答えは1つ。

 

「……じゃない、かも」

 

 主に頭と肝臓(アルコールの消化器官)。

 

「そ、そうですか……」

 

 って違う! 折角の助け舟だ、ここで終わらせるわけにはいかん!

 

「あ、ううん、ウソウソ! 元気も元気よ! ほらっ、この通りジャンプとかでき……うっ」

 

「「うっ?」」

 

 まずい、また吐き気が襲ってきた。急に立とうとしたからか、我慢できないやつだ。

 

「ちょっと失礼!」

 

 私は颯爽と立ち上がりながら後ろを振り向き、さっきと同じように柵から身を乗り出した。

 

「オロロロロロロ……」

 

 そして第二波を発射する。またもや私の汚い声が辺りに響き渡った。

 数度の発射を終えて、水で口を濯ぐ。こちらも数回うがいを繰り返した。あらかた気持ち悪さがなくなったところで、ペットボトルの中身をもう一度飲む。

 そして気を取り直して笑顔で振り返った。

 

「奇遇だね、2人とも! こんなところで会うとは思わなかったよ!」

 

 どうだっ! もうヤケクソでさっきのは無かったことにしてしまえ作戦!

 こうしてしまえば簡単には指摘できまい、私に不可能はないのだ!

 

「あ、あはは……そう、ですね」

 

 櫛田ちゃん、完全に苦笑いである。

 綾小路くんは何も言わないけど……いや、それは無理があるだろ、って顔にハッキリ書いてある。…………やっぱ無理か。

 

 ブブブ、ブブブ

 

 どーしたものかとまた固まってると、救世主は意外なところから現れた。

 私のポケットが震え出したのだ。いや、正確にはポケットの中のスマホが、だけど。とにかくこれは着信に違いない! これで救われるぞ。

 取り出して見てみると予想通りに着信だった。佐枝ちゃんからだ。

 

「で、電話みたい。ちょっとごめんね~」

 

 通話ボタンを押して電話に出た。

 

『もしもし。佐枝ちゃん、どーしたの?』

 

『令、お前どこにいる?』

 

『海だけど』

 

『……海? トイレに行くんじゃ無かったのか?』

 

 あ、そういえばトイレ行くって言っちゃってたっけ。

 

『あはは、ごめんごめん。色々あってトイレは行かなかったんだ』

 

『おい』

 

『あー、まあ色々あったんですよ』

 

 主に私の胃袋の中身に。

 

『……はぁ、ついでにと思って私もトイレに来てみれば、電気は消えている上に中には誰もいない。何事かと思ったよ』 

 

『ごめんなさい』

 

『ああ、報連相はしっかりしろよ。……まあ無事ならいい、警備員に見つからない内に戻って来い』

 

『はーい。……あ、ちょっと待って』

 

『ん? なんだ?』

 

 そういえば、綾小路くんは佐枝ちゃんのクラスの子だったよね。それに綾小路くんと一緒にいるということは、櫛田ちゃんも同じクラスの可能性が高い。

 これは利用できる。

 

『ちょっとでいいからさ、海に来てくれないかな』

 

『……なぜだ?』

 

『実はリバースしててさ』

 

 電話の向こうから、呆れたため息が聞こえてきた。ごめん、佐枝ちゃん。

 

『わかった、すぐ行くから待ってろ』

 

 電話はそこで切れた。私は改めて2人に向き直る。

 

「ふっふっふ。これでこの場を……」

 

 待てよ、今ので普通に帰ればよかったんじゃ?

 今、知り合いから電話が来たわけじゃん。てことは、呼び出しの電話の可能性が彼等に伝わるわけでしょ? ならすぐこの場を去っても変じゃないね。

 ……やってしまった。

 

 どーしよ、この状況。結局、何も変わってないんだけど……。

 

「あの、令さん?」

 

「……ん、ああ。えっと、なに?」

 

「いや、その、電話の相手は誰だったのかなぁ、なんて……。更井さんですか?」

 

 おお、櫛田ちゃんはやっぱり一味違うな。ここでしっかり会話の流れを作ってきた。これで佐枝ちゃんが来るまでどうにかなる!

 

「ううん、今のは友達。さっきまで一緒に飲ん……んんっ、食事してたんだ」

 

 危ない危ない、飲んでたとか言いうところだった。

 

「あ、そうなんですね。じゃあ行かなくて良いんですか?」

 

「うん。えーっと、行くべきなんだろうけど、ね……」

 

 これ、なんて説明すればいいのだろう。今の流れを一通り話すと色々問題が出てくるし、かといってこんな複雑な話を省略して話すのも難しい……。

 

「まあ、少しゆっくりしてからにするよ」

 

「ふふ、あんまり待たせないであげてくださいね?」

 

「わかっております!」

 

 敬礼! 私も更井を見習った感じになってしまった。あいつの気持ちが少しわかったよ……。

 ふと、我が弟の方に目を向ければ、なんだコイツらっていう顔をしていた。そりゃそうよね、なんで櫛田ちゃんがよくわからんOLと普通に話してるのか疑問ですよね。私もそっちの立場だったら同じことを考えたと思う。

 ひとまず、知らない人の体でいくか。これが実質、弟との正式なファースト・コンタクトである。そして同時にワースト・コンタクトでもあるのだが……。(森〇登美彦さん並感)

 リバースした人という第一印象はこの際仕方ない。気合と根性で乗り切れ、私!

 

「えーっと、そっちの子は櫛田ちゃんのお友達?」

 

「はい!」

 

 櫛田ちゃんは後ろを振り向くと、彼を前に出して私の紹介をしてくれた。

 

「綾小路くん。こちら、この学校に勤めていらっしゃる御布施(おふせ)(れい)さん! で、こちら綾小路清隆くん、私の同じクラスのお友達です!」

 

 ほう、清隆くんと言うのだったか。正直あまり名前を憶えてなかった、どころか苗字もあやふやで適当ぶっこいたところがあるからな。綾小路清隆くん、ね。よし覚えた。

 

「紹介に預かりました、御布施令です。さっきは恥ずかしいところを見せてごめんね。もしよかったらこれからよろしく、綾小路くん」

 

 私がペットボトルを持ってない方の手を差し出すと、綾小路くんは素直に答えてくれた。

 

「こちらこそよろしくお願いします。……綾小路です」

 

 握った彼の手はガッチリしていて、流石は施設で育った子、という印象だ。……少し、つついてみるか。

 

「ね、綾小路くん。私のこと覚えてないかな? 実は前にも会ったことがあるんだけど」

 

 さてはて、流石に素直に少年時代のことは答えてくれないだろうけど、コンビニの前での遭遇くらいは覚えててもいいと思うんだ、私的には。

 

「えーっと、あれですよね。コンビニの前で少し……」

 

 おお、よし! ちゃんと覚えていてくれてる。

 

「そうそう、あのときは手伝えなくてごめんね」

 

「……いえ、断ったのは俺なので」

 

 この子も大概いい子である。……しかし、私何かしたかな。

 なんか綾小路くんの目が一瞬ゆがんだんだけど。もしかしてあのときのこと、あんまりつついて欲しくないのかな?

 何かあったのだろうか……。お酒で回らない頭を頑張って回してみるとしよう。

 えーっと確か、コンビニ前のゴミ箱付近でゴミ拾いをしてたよな。おそらくあのゴミはそのゴミ箱から零れたものだろう。つまりそれを戻していたわけで……。

 ゴミ箱、零した、ゴミ拾い、一人で、ここから導き出される答えは……………………………………はっ! まさかいじめ!?(※御布施(おふせ)(れい)は現在酔っ払っています)

 そうかそういうことか! ……たしかに他の人間(下手人)はあそこにはいなかった。でも、近頃の高校生のいじめの手口は陰湿化していると聞くし、きっと巧妙に仕組まれた罠だったのだろう。

 例えば、彼がゴミ箱の前を通るところを待ち伏せして、コンビニ前に設置されている監視カメラから見える角度を計算し、まるで彼が倒したかのように見せかけてゴミ箱を倒す。そして自分たちはその姿を糾弾して逃げ出せば、完全犯罪の完成だ。(※御布施(おふせ)(れい)は現在酔っ払っています)

 そんなことがあった後に私に声を掛けられれば、そりゃあ恥ずかしいだろう。くっ、私としたことが! 地雷を綺麗に踏み抜いてしまうとは。

 ……でも大丈夫だ、綾小路くん。私は弟をいじめの渦中にほったらかしになんかしないからね!(※御布施(おふせ)(れい)は現在ry)

 

「綾小路くん。大丈夫、わかってるからね。いつでも相談に乗るよ!」

 

 安心させるよう、私は彼の両肩に手を置いた。綾小路くんも真剣な目を私に合わせてきた。きっと何かが通じたのだと思う。これが姉弟の力か。

 櫛田ちゃんが首をかしげているのが横目に見えたが、すまない。綾小路くんも同じクラスの女の子にいじめのことは知られたくないだろうし、ここは口を閉じさせてもらう。

 

 と、そこで綾小路くんの後ろに見知った人影が見えた、佐枝ちゃんだ。

 私は大きく手を振って佐枝ちゃんを呼んだ。

 

「おーい、佐枝ちゃーん!」

 

 私が声を掛けると、佐枝ちゃんはこちらに気付いたようで進行方向がはっきりとこっちに向いた。

 少ししてスピードが上がった気がしたが、私に早く会いたいのだろうか。佐枝ちゃんはツンデレである。

 そのまま早歩きで私のもとまで来て、愛の抱擁をして……くれることはなく、なぜか怒られた。

 

「おい、令。貴様いくら独り身が寂しいからと言って高校生に手を出すな。流石に私も容認できんぞ」(※茶柱(ちゃばしら)佐枝(さえ)も少し酔っています)

 

「へ?」

 

「はい?」

 

 綾小路くんと私の困惑の声がハーモニーを奏でた。

 しかし佐枝ちゃんから伝わってくるのは絶対零度の視線である。こわい。

 

「そ、そんなことしてないよー?」

 

「そういう言い訳は綾小路の肩から手を離してからにしろ」

 

「えー、なんでよ」

 

「どう見ても男子高校生を社会人が襲おうとしているようにしか見えないからだ!」

 

「…………」

 

 ふむ、たしかにそう見えないこともない。というか、指摘されるとそうしか見えなくなってきた。

 綾小路くんが戸惑ってるのが伝わってくる。そりゃあそうだ。だって今、綾小路くんを挟んで私と佐枝ちゃんは話しているのだから。

 綾小路くんをこのままにしておくわけにもいかないし、私は渋々手を離した。

 

「えーっと、少しいいですか……?」

 

 と、そこで櫛田ちゃんがそーっと手を上げた。

 

「どうぞ、櫛田ちゃん」

 

 可愛かったので私が指名してあげると、櫛田ちゃんはこちらににっこりと微笑んでから、話し始めた。

 

「ありがとうございます。……茶柱先生と令さんって、お知り合いなんですか?」

 

 私と綾小路くんの誤解についてはまるっと無視した質問だ。なるほど、面倒な誤解は無かったことにしてしまえばいいというわけだな。勉強になります。

 そしてその回答は佐枝ちゃんがした。

 

「ああ、遺憾ながらな」

 

「ひどーい」

 

 このツンデレさんめ。

 私の発言は無視され、佐枝ちゃんは言葉を続ける。

 

「さっきまでコイツと食事をしていた。そしたら急にいなくなってな、今ようやく確保したというところだ」

 

「へえ、ビックリです。令さんが茶柱先生と知り合いだったなんて」

 

「あはは、そういえば言ってなったね」

 

 サプライズ感覚程度で考えていたが、あまりいいインパクトにはならなかったようだ。

 

「ああ、その点に関しては感謝する。……だが、夜遅くまで男女2人でこんなところにいるのはあまり褒められたことではないな。なぁ、櫛田、綾小路」

 

 その質問には櫛田ちゃんが元気に答えた。

 

「ちょっと夜風に当たりに来ただけなので、すぐ帰りまーす」

 

「俺も同じく」

 

 綾小路くんは控えめにそう言った。

 佐枝ちゃんはその姿を見て、鼻をならしてから私を指した。

 

「まあ、今回はコイツが悪い部分もあるだろう。不問にしてやるが、次からは教師にバレないようにやれよ」

 

「だからそういうんじゃないですよー」

 

「そうか、なら私はもう戻る。令、お前もさっさと戻れ」

 

 櫛田ちゃんは頬を膨らませて抗議するが、佐枝ちゃんはどこ吹く風。そう言ってもと来た道を歩き出してしまった。

 

「はぁ、仕方ないか。……じゃあね、櫛田ちゃんに綾小路くん。また会おうね」

 

「はい、またおしゃべりしたいです!」

 

 いつみても櫛田ちゃんには癒されるばかりだ。その気遣いをありがたくいただいておこう。

 一方の綾小路くんはペコリ、と軽く会釈をしてきただけだったが、まあいいでしょう。

 

「おやすみー」

 

「おやすみなさい」

 

 別れの挨拶だけ済ませて、私は佐枝ちゃんの後を追うのだった。

 

 …………綾小路くんに盛大な勘違いを植え付けたまま。もっともこのときは知る由もなかったのだが。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。