緋い恋文   作:紫 李鳥

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 そよ風が吹く晴天に洗濯をするのは気持ち良いものだ。裏庭の物干し竿に翻っている、真っ白いシーツが眩しかった。

 

 涼を取っているのか、日陰になった縁側の隅をミケが陣取っていた。雪見障子を開放した六畳の和室では、定年退職した父が甚平姿で詰将棋をしていた。

 

「ね、父さん。お昼、何する」

 

「ん?……さっぱりしたもんでよか」

 

「また、素麺にするね?」

 

「ったく、お前はレパートリーが少なかな」

 

 顔も上げないで罵倒した。

 

「すいませんね。何せ、嫁の経験が短かったけんで」

 

 私は皮肉で返した。

 

「……」

 

 父には少し刺激が強かったようだ。言い過ぎたのを後悔したが、後の祭りだった。

 

「……じゃ、スーパー行ってくるね」

 

「ああ。……あっ、煙草もついでに頼むばい」

 

 老眼鏡の上からやっと目を上げた。

 

 私の顔を見るのは、頼み事をする時だけ。

 

「はいはい」

 

 私はエプロンを脱ぐと、買い物かごを手にした。

 

 私は三年前に嫁いだが、父が倒れてからは実家に帰る事が多くなった。結果、夫との間がぎくしゃくし出した。

 

「お前の家はどっちだ?……交通費だって馬鹿にならないんだぞ」

 

 確かに、東京から九州に通うのは大きな出費だった。サラリーマンの夫におんぶにだっこでは、愚痴の一つも溢されて当然かもしれない。私は返す言葉がなかった。

 

「……老人ホームにでも入れたらどうだ。少しぐらいなら援助するよ」

 

 夫の口から不意に出た言葉は、雪国の軒先にぶら下がった氷柱のように、冷たく尖っていた。予想だにしなかったその言葉に、私は胸に込み上げる怒りと悔しさで、唇を強く噛んだ。

 

 ……別れよう。私が離婚を決めた瞬間だった。

 

 

 父が逝ったのは、その日だった。素麺の代わりに冷やし中華にした私は、長葱の先が飛び出した買い物かごを台所に置くと、居間に行った。

 

「父さん、冷やし中華に――」

 

 そこで視たのは、うつ伏せに倒れている父の背中と、散らばった将棋の駒だった。

 

「と……父さーん!」

 

 私は駆け寄ると、大声で叫んだ。救急車を呼んだが、手遅れだった。虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)で、父は呆気なく逝ってしまった。

 

 

 遺骨を抱えて帰るバスの中で、車窓に流れる人波を目で追いながら、他人が皆、幸せそうに思えた。無性に哀しくなった私は、人目も憚らず慟哭(どうこく)した。

 

 

 ……父さん、私、一人ぼっちになっちゃった。

 

 父が死んだのを理解してるかのように、仏壇の傍から離れないミケを撫でながら、笑う父の遺影にぽつりと呟いた。

 

 

 それは、父の遺品を片付けている時だった。寝室を兼ねた父の書斎にある書棚の奥から、黄ばんだ封筒が出てきた。そこには、橋田博章様、と父の名があり、裏には、周防万由子とあった。

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