緋い恋文   作:紫 李鳥

2 / 5


 

 

 ……すおうまゆこ?

 

 一度も聞いた事のない名前だった。封筒の中にあったは、三つ折りになった罫線のない和紙だった。毛筆で認められた流麗なる文字は、書道に携わったであろう片鱗がうかがえた。

 

 

 

拝啓

 夾竹桃(きょうちくとう)が色を鮮やかにする今日この頃 いかがお過ごしでいらっしゃいますか

 奥様がお亡くなりになられたとの事 お悔やみ申し上げます

 私のせいですね どうかお許しください

 博章さんが自由の身になられた分 私のほうは不自由な身の上になって 皮肉なものですね

 私は己の(とが)を背負って 一生償っていきます

 もう二度とお逢いする事はないでしょう

 いつまでもお元気で

 あなたに愛された日々が私のすべてでした それを支えに生きていきます

 ありがとう そして さようなら

 最後にイヌサフランの花言葉を捧げます

      かしこ

 

 

 

 

 アクリル絵の具だろうか、最後の一枚には、左下に淡藤色の花が描かれていた。封筒にも住所はなかった。いつ頃の手紙かと消印を視たが、煙草のヤニと湿気のせいでか、文字が滲んで明確に読み取れなかった。

 

 母が他界したのは三年前。私が嫁いで間もなくだ。文の内容からして、この手紙が届いたのは、それ以降の夏ということになる。

 

“あなたに愛された日々”……父はこの周防万由子という女と付き合っていたと言うのか。“奥様が亡くなったのは私のせい”とはどういう意味だ。母は末期の子宮がんで逝った。

 

 私は何度も読み返しながら、二人の関係を推量し、合点のいかない箇所は無理矢理に平仄(ひょうそく)を合わせた。

 

 ふと、横を()ると、日陰になっている父のい草の座椅子でミケが伸びをしていた。

 

 

 生活のために再就職を(かんが)えたものの、OLの経験しかない三十路間近には、正社員という好条件の募集はなく、とりあえず繋ぎにと思い、求人の張り紙があった近所の弁当屋で働くことにした。

 

 

 それは、新年を迎えて間もなくのことだった。ミケと二人だけで正月を過ごす初めての経験は、万感胸に迫るものがあった。

 

 正月祝いも兼ねて、父の好きだった煙草と、小瓶の日本酒を仏壇に供えた。

 

「……父さん、明けましておめでとう。そっちはどう?こっちはミケと二人の色気のない正月。煙草と酒、置いとくからどうぞ。あんまり飲み過ぎないようにね。煙草も吸い過ぎには注意しましょう。体に良くない――」

 

 そこまで言って、あっと思い、次の言葉を飲み込んだ。

 

 この世にいない人の体を心配して、……ばか。

 

「…………うーっ」

 

 途端、感極まって、思わず(むせ)んだ。

 

 

 気分直しのように、母の形見の藤色の付け下げを着ると、近くにある諏訪神社まで初詣に出掛けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。