緋い恋文   作:紫 李鳥

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 暫く経っても、万由子の笑顔が瞼に焼き付いていた。私の取った態度は大人げなかったかもしれない、と後悔しながらも、憎しみという(しこり)を切除することはできなかった。私は放心状態で畳に座ると、横になっているミケの寝顔を眺めた。

 

“あなたを想う気持ちは誰にも負けへん”

 

 万由子の言葉が甦った。

 

「ミケ、私はどうすれば良かったの?教えて」

 

 そう呟きながら、無関心な素振りのミケを撫でた。

 

 本心は、「お母さん!」って呼んで、抱き付きたかった。だが、育ててくれた母に申し訳なく思い、できなかった。それに、手放したことへの恨みもあった。

 

 (わだかま)りを残したまま、もう二度と逢えないのだろうか。手放したとは言え、少なくても万由子は、私を想ってくれていた。私は自責の念に駆られながら、

 

「ね、ミケ。母さん、また来てくれるかな」

 

 と、聞いてみた。ミケはかったるそうにこっちを向くと、私を見て、「……ニャー」と生返事をした。

 

 

 

 万由子からメールが届いたのは、それから数日後だった。

 

〈お元気ですか。先日は不快な思いをさせてごめんなさい。あなたに嫌われて当然です。私の事は許してはもらえないでしょうが、どうか、私の想いだけは知っておいてください。お願いします。

 あなたを手放した後、長崎に移り住みました。あなたの傍に居たかったから〉

 

 えっ!長崎に住んでいる?……道理で会う時はいつも着物だった。京都から着物のままで長崎まで来るのは無理がある。

 

〈丸山のスナックで働きながら、あなたの成長を見守っていました。

 諏訪神社で会った時、京都からの観光客の振りをして近付きました。あなたと話したかったからです。そして、話ができた。間近で顔が見られて嬉しかった。

 あの手紙が存在しなければ、ずーっと友達のままでいられたでしょう。あの手紙は、あなたのお母様が亡くなられた事を知って書いたものです。手紙には詳細は書きませんでしたが、当時、私は入院していました。天涯孤独の身の上なので死んでも無縁仏です。

 もしかして死ぬかもしれないと思い、生きてるうちにお父様に気持ちを伝えたくて、手紙を書きました。まさか、あの手紙が残っているとは思いもしませんでした。でも、そのお陰で真実を話す切っ掛けができたのですから、手紙に感謝すべきかもしれませんね。

 私は、橋田家の前にある竹藪からあなたを撮っていました。お母様におんぶされてる頃から高校を卒業するまでの間を。笑顔の可愛いあなたを。話し掛けたいと何度思った事か。抱きしめたいと何度思った事か。それが叶わぬままにあなたは上京してしまった。

 そして、離婚して実家に帰ってきたあなたに近付いたのです。両親を亡くして、さぞかし寂しいだろうと思い。

 あなたを抱きしめられなかったのは心残りですが、あなたに逢えて、話ができて、本当に良かった。いつまでもお元気で。あなたの幸せを願っています。

 橋田美由希様 周防万由子より〉

 

 万由子は、私の名前を知っていた。……待てよ。私の名前にも、“由”が付く。万由子の“由”を取ったのではないだろうか。たぶん、父が命名したのだろう。きっと父も万由子を愛していたに違いない。

 

 メールには二枚の写真が添付されていた。それは、父に肩車されている四、五歳の頃のものと、正月に着物を着た中学の頃のものだった。竹藪に隠れて撮ったと書いてあったが、そこまでして私を見守っていた万由子の気持ちを考えると、申し訳なくも思った。

 

 私は、両親に育てられて幸せだった。万由子はどうだっただろうか。我が子を育てることができなかったのだから、決して幸せではなかったはずだ。それに天涯孤独だとも書いてあった。病気になっても看取ってくれる人もない。独りぼっちの寂しい人生だ。

 

 私は俄に目頭を熱くし、万由子に取った冷たい仕打ちを恥じた。

 

 

 二日後、私は万由子にメールをした。

 

〈先日はごめんなさい。突然のことで気が動転し、冷静になれませんでした。今は、私を生んでくれたことに感謝しています。ありがとうございます。

 良かったらまた、遊びに来てください。

 お母さんへ 美由希より〉

 

 

 

 

 完


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