最低字数制限のため、初出時のあとがき(一部編集)も含めています。
やり場のない思いを紛らわそうと廊下をうろついて戻ってくると、さっきまで熱戦が繰り広げられた教壇に、アイラが立っていた。
夕日を浴びて輝く髪が、窓越しの風に吹かれて、さらさらとなびいている。
声を掛けるより前に、薄く整った唇が動いた。
「さっきは、みっともないところを見せてしまったわね」
「…いえ、そんなことないです」
「アタシ、桜井クンの頑張りをふいにしたくなくて……それで、安心しちゃって…」
「……えっ?」
俺のことを思って、試合に臨んで…?
「だって、桜井クン、自分が作った論題で予想外の議論を出されたって、申し訳なさそうにしてたんだもん」
そんなことまでお見通しで、それでアイラに余計な負担をかけていたなんて……!
「迷惑かけて…すいませんでした…っ!」
「あやまることなんてないわ。アイツも言ってたけど、この試合で勝てたのは桜井クンの反論のおかげよ。それに……」
逡巡してから、アイラは言葉を継いだ。
「ねぇ桜井クン、試合中のヒミツ、聞きたい?」
秘密……?
そういえば、アイラがどうしてあんな議論を思いつくことができたのか、その答えをまだ聞いていない。
「教えてくれるんですか?」
「どうしても聞きたい?」
「そんなこと言われたら余計に気になるじゃないですか」
「じゃあ教えてあげる」
急に教壇を下りたアイラが迫ってくる。桜井がのけぞる間もなく、アイラの顔が、息遣いが感じられるほどに近づいてくる。
「…桜井クンと一緒に勝ちたくて、必死に考えたからよ」
そういい残して、アイラは桜井の横を通り過ぎ、そのまま帰っていった。
「じゃあね、桜井クン。ごほうびはこんどあげるからね!」
教室に残されたのは、アイラの残り香と、桜井だけ。
「……そんなの理由になってないじゃないですか………」
結局、アイラが展開した議論の秘密については謎のままだった。
要するに俺は、ディベートについて、まだ何にも分かっていないということじゃないか。
俺がアイラを言い負かすのは、まだまだ遠い先の話になりそうだ。
桜井は改めて自分の非力さを思いながら、さらなる議論の可能性と、アイラの「ごほうび」に期待を膨らませていた。
〈了〉
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あとがき
ライトノベルのような文章を書くのは初めてで、普段からディベート関係の長文を書いてはいるのですが、今回の執筆はとても骨が折れる作業でした。特に、議論に関係ない部分の描写は本当に大変で、稚拙な点が多々あることも自覚しております。
うれま庄司先生をはじめ、ラノベ作家の方々には改めて頭が下がる思いです。
私は純粋ディベーターであって、ラブコメパートを何とかするだけの技量も知識もないので、当初からディベートの場面に重点を置いた文章を書こうと思っていました。
その中で、せっかくの機会なので、商業ベースでは決して取り上げられないような「マニア向け」の内容を志向し、トピカリティとカウンターワラントという、いわゆるセオリーと呼ばれる議論をガチガチに展開させる議論を作ろうと思い立ち、本編のような文章になった次第です。
原作の小説でもいくつか議論の描写はあり、率直に言って期待以上によく出来ているとは思うのですが、すごい実力者である勇人のディベート術というのが一体何なのかよく分からないとか、議論の内容ももう少し盛り上がりがあっていいだろう、という不満がないでもありません。そこで、とりあえず勇人を対戦相手に引っ張り出しつつ、教科書的な理論的主張を展開する勇人と、それを打ち破らんとするアイラ・桜井チームの攻防という形で、話の山場を作ったつもりです。
勇人のディベート術の一端を表現できたかどうか怪しい上に、なぜか校長先生がディベートマニアだという謎の展開まで持ち出してしまい、原作のイメージを損ねてしまったうらみもあるのですが、ご容赦いただけましたら幸いです。
原作のラノベ『彼女を言い負かすのはたぶん無理』(かのむり)はディベート業界的にも話題の作品で、個人的にもディベートの楽しさをよく表現していると思っています。
私には書くことができなかった橘の今後の恋路の行方も気になりますし、学生ディベート界で有名だというアイラと本郷、そして桜井が、実際に競技ディベート大会で活躍する姿も見てみたい。その中では、原作で出ているような即興型(パーラメンタリー)のディベートだけでなく、準備型(アカデミック)の形式で、試合前の部活の様子なんかも交えた話があってもいいんじゃないかなぁと夢想しています。実際のところ、アカデミックディベートでは試合の準備が議論の8割を左右するところで、そこにもいろいろなドラマがあります。
残念ながら、原作は第四巻を最後に出版されず、レーベルも無くなってしまったのですが(絵師のしらび先生がその後大活躍されていることが唯一の朗報です)、かのむりは、ディベートから面白いストーリーを紡ぎ得ることを示した、貴重な作品です。今後、ディベートを題材とした興味深い作品が世に出ること、そして、そのような作品を触発するような優れた試合が出てくることを、一ディベーターとして願っています。
それではまた、どこかの試合会場でお会いしましょう。
ぐるめ
この後に議論の解説(本編)を掲載します。