宙が少女か、少女が宙か   作:銀ちゃんというもの

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27.“本”は何が為に

 会場に歓声が飛ぶ。

 歓喜の拍手が響いて、会場を包む熱気がさらに増すような気もした。

 

「異常すぎんか……? 例年以上としか言いようがにゃぁ」

 

 まぁ、この盛り上がりのお陰か、女子生徒に囲まれ目を白黒させるリィエルちゃんなんて珍しいものが見れたのだがと学院会館屋根上でリサは訝しげにつぶやく。

 それでも、此度の任務の標的、室長がザイードを確保した、なんて報告がありあっさりと片付きすぎてなんとも違和感を感じずにはいられないのだ。

 

 そしてダンスコンテストの決勝目前とはこういうものなのかと欠伸を零した。

 

 

 

 熱気も何もが最高潮。

 無事決勝も終わり、グレンとルミアのペアが優勝だとか、次はルミアが優勝したカップルに貸し出される妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)というドレスを纏ってグレンと踊るとかそういう情報を人型(ヒトガタ)越しに入手しては笑って楽しんでいたリサの意識は、アルベルトからの「イヴからの応答がない」の一言で任務のものに切り替わった。

 

 明らかなる緊急事態に他のメンバーの行動は早い。

 

「リサ、お前はイヴがザイードと黒幕を捕らえたと言っていた部屋にクリストフと向かえ」

 

 そんな命令に応えてクリストフと共に件の部屋へ歩を進める。

 

 

「なぁ、クリストフ…………先輩? まあいいか面倒い……クリストフ、この社交舞踏会なんか違和感……なかったかい?」

 

「もう遅いし今更ですけど呼び捨てで構いません……違和感、ですか?」

 

 部屋の前へやってきた二人は慎重に戸を開けて、中を見る。

 ザイードともう一人の男が捕えられるなか、そこにいるはずのイヴはやはりいなかった。

 

「あー……違和感なぁ、会場が熱に浮かされてーみてぇな、妙に盛り上がるようなんない?」

 

「……うーん、あっアルベルトさんから連絡が来ましたので、少しお待ちください」

 

 リサの言葉に引っかかったのか、少し悩むような素振りを見せたクリストフはだが、そこで来たアルベルトからの報告に一度思考を止める。

 

「えーっと……リサさん、あれに載せられたレコードのタイトルを教えていただけると」

 

「うん? …………うー……シルフィード……ああ、こりゃ編曲(アレンジ)あわせて会場で流れてるのと全く同じだぁね。んーこら、誰か聞いてたんかね、それが回りきって針が内側まで来てらぁ……」

 

「…………………………リサさん、どうやらそれ、正解のようです!」

 

「それってぇなんのこった?」

 

「先程リサさんが言っていたその、違和感とやらです。アルベルトさんがたまたま出会った女子生徒の方が先にその違和感の正体に気づいていたようです」

 

「それがさっきの連絡かい……?」

 

「はい、向こうに情報を伝えるのですこしお待ちを……ああ、リサさんも回線に接続して貰えますか? アルベルトさん、バーナードさん! こちらクリストフです…………────

 

 

 

(魔曲、ねぇ……どーりで()()()()()()()()()()()()()んぁって)

 

 魔曲、女子生徒(システィーナ)がいち早く違和感の原因を突き止め、たまたま出会ったアルベルトに報告したそれは、音楽に変換した魔術式。心に影響を与え、精神を支配するそれは、あまりにこの会場での暗殺、つまり記憶を消して(誰にも見つからないように)標的を殺す。それに最も適している形と言える。

 

 それに今回の編曲の元になった第八番までで構成される『交響曲シルフィード』の原典『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』のような呪歌は元々その系譜、そういえば、“家の本”にそんな感じのが大雑把に書かれていた気もしなくもないなーと、眼前の状態をぼんやりと見る。

 

『交響曲シルフィード』第七番を終え、会場にはやはり沢山の人影。

 しかし、()()()()は数人しかいない。

 

 第七番にあわせて第八番を踊っていたシスティーナとアルベルト。

 そしてそれを見て転機を効かせ、『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』の第八演舞を踊ったグレンと、共に踊るルミア。

 そして第七番が終わるまでに会場に入り込んだリサだ。

 

 なぜ第八番が精神防御の役割を果たしたのか。

 それは原曲の『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』にある。

 原典における第八演舞(エル・オクターヴァ)という舞踏は、第一演舞(エル・プリマル)から第七演舞(エル・セプティーモ)までの心を狂戦士とする演舞の締め、追儺(ついな)儀式とも呼べる最後の心から祓う、鎮めるといった意味を持つ。

 

 だからこそ、その場において、会場外で精神防御を固めたバーナードとクリストフとリィエルを除き、第八番を踊りもせず精神防御を固めずに何事も無かったかのように魔術を使うための左手を前方へ伸ばすリサと、その腕の先、拳銃を突きつけられていると同等の状態で余裕たっぷりに曲の余韻に浸かる指揮者が異様であった。

 

「え、な、なんですか……? これ……」

 

「ルミア! 貴方、無事!? ちゃんと正気!?」

 

 困惑と異様な空間に顔を青ざめるルミアと、それに駆け寄るシスティーナ。

 いつからこの術にかかっていたのかと狼狽えるグレンに答える、アルベルト。

 

 それを一瞥したリサはさて、と指揮者へ話しかける。

 

「なー、余裕そうに突っ立っちゃってぇいいんかい?」

 

「……よくぞ、我が《右手》から逃れた」

 

 右手で構えていた指揮棒をゆっくり落とした指揮者はそう告げる。

 

 睥睨するその瞳は冷え冷えとしている。

 

 ようやく繋がったと言うグレンに、システィーナが魔曲の概要を伝える。

 魔曲は心を支配する魔術であり、古代魔術(エンシャント)であり、魔法遺産(アーティファクト)であると。

 

 すると指揮者、ザイードは得意げに、我が家には代々魔曲の秘儀が刻まれた石が受け継がれてきたと、使い方や運用法は研究し尽くされていると彼は語る。

 

「私は七つ全ての『魔曲』を奏で聞かせることで、その場に居合わせる全ての人間の意識と記憶を掌握できる! 余すことなく、全てだッ! そうすれば、いかなる凄腕の護衛がつこうが関係ない! 『暗殺』など、容易く行える! そうだろう!?」

 

 両手を広げて、笑みを浮かべて、高らかにそうザイードは叫ぶ。

 

 精神を操り、記憶を消して、意識をその人間を支配する。

 

 バレることなく、自分以外を手駒にして、暗殺する。

 

 それも、白昼堂々と。

 

「……で?」

 

 そう、リサがつぶやく。

 

「もう一度言うぞ? 今度は聞き漏らさないよう、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれぇよ? 

 余裕そうに突っ立っちゃってぇいいんかい? なぁ、黒幕、魔の右手、ザイード」

 

 ああ、そうである。

 

 死霊の精神を操るリサの家のように生きた人の精神を操り、死霊の怨念あわせた記憶を消すリサの家ように生きた人の記憶を消して、死霊の意識を霊魂を支配するリサの家ように生きた人間の意識をその人間を支配する。

 

「気付いてんだろう? お前」

 

 だって、さっきからこっちを見る目が鋭いしな、とリサは零す。

 

「余すことなく? 全てぇだ? 何言ってんだい」

 

 古代魔術の時代から、今に至るまで、それを記述した本を精神に、深層意識に埋め込むまでして今まで伝えてきた家系がある。

 

 その家が、カミハ家が、果たして、精神防御に疎かになるだろうか。

 

 禁呪ともいえる代物を扱い、あまつさえ当主の心に“本”を、強制的に植え付ける一族が。

 

「お前の精神支配は届いてねぇ、これっぽっちもなぁ」

 

 ──否、精神支配魔術、精神攻撃。ましてや、自分と同系統の物など、効くわけがないのだ。




追儺、ついな、おにやらい。
豆まきとかそういう悪いものを追い『払う』こと。
西洋の魔術思想で五芒星の小追儺儀礼とか儀式前に払う?清める?ものがあったり。地の五芒星の書き順とか知らへん。

ちなみに今回というよりこの原作でいう七巻の内容における本小説で重要なところは今回の最後のシーンしかないという。
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