ちなみにここから「phantom」の名前が付く話が終わるまでが作者最大級の黒歴史。正直読まなくてもいいレベル。
きぃっと少し古いからか扉を開けるだけで音がする。
木製の扉の隙間より差し込む光と、少女の影。
影と光は飛び散り木の床に乾いた血液が被さって、壁に掛けられた絵画は顔を歪めて少女を凝視している。
木造建築の家のなのだが、壁の木目全てが瞳に見えて少し恐ろしい雰囲気を醸している。
「うっわぁ……。心霊現象が起こりますと言わんばかりなもんじゃあ、ねえですかい」
愚痴りつつも扉を更に開けて、その家の中に入る少女─リサは買った事故物件を早速覗きに来たのだが、明らかに可笑しい空間に若干の呆れを孕んだ顔で扉を……閉めた。
再び、闇に支配された空間。外が昼か夜か判断がつかない程、光が、無い。
一応、扉の取っ手をもう一度回し開こうとしてみても、何故か空くことは無い。きっとこの扉は魔術……いやそれ以外の手段であったとしても無理やり開けると余計に危険なことが起こるのだろう、何があるかは知らないが、とだるそうに長方形に紙を切った札を取り出すと口をごにょごにょと動かして微かに口から漏れた声が呪文を唱える。
札が日輪の様に発行して闇に包まれた室内を包み込む。未だ瞳孔が開いており、閃光弾に焼かれたかの様に白い視界を窄める。
札の仕組みは有事の際に使われ、通常は学院に貯蔵されている《魔導師の杖》と同じ、予め1つの魔術式が組み込まれており、規定の呪文を唱えると明かりが灯る。呪文を即興改変して短くすることも出来ないが、一部を除き、カミハ家の
一瞬、リサの視界に、モノクロの奇妙な男性の顔が大きく写り込むがすぐ消えた。それをハイハイテンプレテンプレとクスリと笑い一蹴するリサ。それにはこの現象を作り出した霊も少し怯えたのではないだろうか。
「とりま……
呟きを残して礼儀正しく靴を脱いで玄関に置き、その場去って行った。
リサにとって土足は厳禁なのである。
リサが玄関から1番近い木で作らてた片引き戸を開けるとそこは便所だった。死臭が漂うので直ぐに閉じた。自作した圧縮凍結保存してある御札型の
その向かいの部屋を開けるとそこは居間だった。
寂しく佇む木製の丸椅子と机、二つとも年季を感じさせるお爺さんと言った感じの木材出できている。机の上にはスープ皿が置かれている。そして壁の1箇所にはカーテンが掛けられ、恐らく後ろは窓があるのだろう。
ただ、それだけの空間だった。
少し気になり近寄ったリサが皿の中を覗くと赤い液体で満たされていた。
まるで絵の具をいっぱいいっぱいに詰めたかのようなそれ、それにリサは指を突っ込み。
「文字通りの絵の具じゃねーかい!」
鉄の匂いがしないことに気付いていたリサは怯えることも無く皿を持ち上げて床になげつけ叩き割った。
バリンッと大きな音を立てて割れ散る皿には赤い絵の具が付着し、破片破片がまるで花弁の様。
そしてその音に呼応するように、どた、どたどたどたと何か大きな生物の足音が2階、いやリサの真上にあるであろう部屋から聞こえる。
「あれま、誰か起こしちまったかな」
不穏な気配が流れるも臆することなく、大して気にしない様子で、次はカーテンを引いた。
──リサの視界に移ったものは瞳、耳、鼻、指、一体誰のものなのか、大量の人体部品で埋め尽くされた外はぐちゃぐちゃで。あまりにおぞましいそれらは人の正気を削り、吐き気を催させる。狙ったかのように圧力で圧迫されていた黄緑の瞳が破裂した。
まるでお前もこうなるぞと暗示するように。
「あー……うん、すまんな。私、目が潰れてもすぐ再生すっから、示されてもどうでもいいんだわい」
肉塊達が少しガッカリした様に見えたのはリサの幻視だろう。
用が無くなったからと居間を後にし、外に出てまた玄関に直接繋がる廊下へ出た。
玄関をちらりと見てみるといつの間にかリサの靴が消えていた。
「うっわ、私なんかの靴盗んで何するつもりなんだか。変態なんかい、この現象作った幽霊は」
逃がさないと伝えたかったつもりなのかと思われるが、単純にただ引かれただけの幽霊さんが可哀想に思えてくる。
リサが、階段に1番近い1階最後の部屋に入ると、そこは台所だった。
何故か視界が少しぼやけるため、近寄ってものを確認しようと踏み出すと足に違和感。
裸足の可愛らしい少女の足には割れた皿の破片が突き刺さっており、よく見ると床に大量の皿の破片が散乱していた。
「つってーよ」
痛覚が正常に存在しているリサは痛みをきちんと感じるのだ。霊的ではなく物理的、これが初めて、ここの幽霊がリサの顔を歪ませた瞬間だった。
リサは白い破片を引ん抜くと床に投げ捨て、足の再生を見届けると、床に散らばる皿達を黒魔【ゲイル・ブロウ】で端っこに吹き飛ばした。
哀れな皿達は抵抗することも出来ず部屋の端で大きな音をたてて集まった。
まずコンロの上に置かれた深鍋を調べようとリサが蓋を開くと中に詰まった、歪めて叩き潰したかのような成人男性のものと見られる顔が目を見開き、その歪んだ目でリサを視界に収めると、リサに向けてごぼっと血を吐き出した。
「うわっ……! うえぇ……服に着いちまったじゃねーか、くそ。うわ……何だこの血はよ! 妙にネチョネチョしてるし……無駄に染み込むし……体まで濡れて……うわぁ」
少しも怯える様子なくいリサだが、まだ気持ち悪くて顔を歪められたと満足そうな顔でもう一発、血反吐を吹いて再び眠りについた。
ぷちんっ……何かが切れる音がした。
「《こん・にゃろう・ふっ・ざけん・なぁぁあああ》!!」
心霊現象に巻き込まれている者とはとても思えない大声で、即興改変した錬金【アシッド・ミスト】を行使。リサが大の苦手な錬金術だが、怒りに任せたお陰の即興改変。そんな理不尽な憤怒の嵐にみまわれた哀れな鍋と肉は、元が肉体とは思えないほどドロドロに融解し、そんな肉体も飛び散ってリサに付着する。
しゅうっそんな音をたてて酸が少しリサの服を溶かすがほんの小指ほどなのでリサは気にも停めなかった。
「ひっ。なんか、とてつもねー執念を感じるぜい……いやほんとな。どうすらいんだよ……。下着まで血塗れなんだが……うっへぇ……気持ちわりぃ……」
『霊より物質に怯える』、日頃より神秘に身を置く魔術師故か、それともリサが特質なだけか、どちらもか。まあ、ここまで色々な事が起きておいて恐慌に堕ちない者は、魔術師といえどそこまで多くはいないだろう。誰であろうと少しは困惑するはず。
そんな『普通』は気にも留めず、赤く染った
「ちっ……なんもねえや……」
落ち込むリサ。
物色を終えて廊下に出ると視界に吐き気を催す程、
正直どうでもよかったリサは無視して二階へ上がる事にした。
木造りの急な軋む階段を、ぎしぎしと哭かせながら登る。
一階と二階の境界、階段の中心部、そこから、世界が赤黒く塗り変わった。入口の物とは違い、まだ乾いてない新しい物。勿論、台所の絵の具などではなく、正真正銘の鉄が香るそれ。壁に床に天井に、一面に塗りたくられた嘗て人の体内を循環していたであろうそれ。急勾配な階段が更に滑りやすくなったため、壁に手をついたリサには血液が暖かく感じられた。首を傾げて手を離してみると、触れていた場所に残るには手の跡では無く嘆き苦しむ男の顔。リサの記憶が間違っていなければそれは玄関でテンプレテンプレと流した男の顔が10歳も20歳も老けた様な物。……いや、者。
「趣味、わっる……!」
先程、生物の気配がした所に向かう途中だと追うのに悲鳴でもない声を大音量で言い放つリサに血出できた男の跡は少し顔を曇らせた。リサは既に見ていなかったが。
二階には二つの部屋と二つの窓があった。無論窓の奥には人体部品。
「呪いの正体は、バラバラにされた人間か何かなのかいねぇ?」
まあ、近い順に探索すればいいと取っ手に手をかけたリサを襲ったのは脱力感。まるで取っ手に体力を吸われる様な感覚に。
「はいはい、もう気づいてっから。幻覚を起こさせてるだけなんて誰でもわかっから」
無視して扉を開いた。
そこは書斎だった。
三方を本棚に囲われ、歴史書魔導書医学書物語……etc、本のカバーで虹を作った芸術。本の世界、そう言わざるを得ない、普通なら圧倒される筈だがリサの視線はその本ひとつに釘付けとなった。
まるで気付くなという程、色薄く、気配薄く、物理的に薄く、手に取ったリサがふっとカッコつけて息を吹いてホコリを払い。
「……ごほっ、ごほっ……ごほごほ……うぅ……」
盛大にむせた。
涙目になりつつ、落ち着いてから、一度、ふぅ……と息を着き、本の題名を見る。
『日記帳』
黒いインクで書かれたその文字は掠れていて、だと言うのに読みにくいということは無かった。
「日記帳ぅ……? だれのだい?」
興味を引かれ本を開いたリサは文章を読んでいく。
『聖歴1821年〇月〇日』
だいたい30年前に書かれた物のようだ。
『日頃から毎日欠かさず付けていた日記帳だが、今日引っ越したことを境に新しいものに変えてみようと思う。
引っ越したここは事故物件だとか何とかでだいぶ安かった。
聞くと昔の持ち主が屋根裏部屋でバラバラになって見つかったらしい。事件は未だ迷宮入りだそうだ。暇が出来たら見に行ってみるといいかもしれない。
それにしてもここはいい家だ。魔術研究用の地下室も書斎となりそうな大きな部屋もある』
一頁目はこれだけだった。
リサ次の頁を開くとそれは三日後の物だった。
毎日欠かさず付けていたんじゃなかったのか、と 日記帳に白い目を向けるも、続きの文章を読むとその瞳は輝くものに変わった。
『今日は昔の持ち主がバラバラに見つかった屋根裏部屋へ行ってみた。
幻覚か否か、バラバラの女の死体が見えた。
あれは呪いかなにかだろう。明らかに切り口も何もかもがおかしかった』
その次の記述は一年後、聖歴1822年の事。
『もう終わりだ。
ここからは出ること─出来ない。
あれは呪いなんておぞましいものではなかった。もっと単純──のだった。
嫌──だ嫌だ、死────い、消え─くない。
あ─は生─た───呪─だ。何が目──こ───幽───に────げよ──してい─』
文章が終わる頃にはミミズがのたくった様な文字が多くなり何を書いてあるのかが理解できない。
「あーっくっそ。クソ重要な情報を適当に書くなよウマシカかこいつぁ!」
危うく怒りに任せ、日記帳を投げ捨てそうになるのを抑えて次を開く。
『聖歴 年 月 日』
もはや年月を書く精神さえ残っていないのか日記帳の年月の欄には何も書かれていなかった。
その代わり──
『もう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ鉄は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌嫌嫌だ虹は色は灰色も緑はいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ鉄は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌嫌嫌だ虹は色は灰色も緑はいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ鉄は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ色は嫌だ怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌嫌嫌だ虹は色は灰色も緑はいやだいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだあかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか』
一体、何を体験したのか。
文字が乱雑に、ただ恐怖と狂気を書き連ね。
その日の日記にはまだ白い場所を探すのさえも憂鬱になるほど一面に文字が黒く刻まれている。
それはとても怖がりの幻覚とは一蹴できるものではなく、読む人間にまで恐怖を植え付ける。
然しものリサも少し不安げな顔をしている。
その表情とは裏腹に、リサは先程血液を吐きかけられた時以上に怒りに燃えていた。
何故か、それはリサがこの頁を見て、流石に少し怯えた時にそれは起こった。
「きゃぁァァァアアアアアア!!!!」
本が突如、甲高い女性の声で悲鳴をあげて、ごばっと開く本を口の様にして何処からか血を吹いた。
そして、顔面に直撃した……勿論リサの。
「ははっははは……」
カタカタと肩を震わせて笑うリサ。
「ははははははははははは!! くっそ……こん、ばか幽霊屋敷ぃ! テメーらは、人をビビらせんのに、同じことしかできねーのかい! ワンパターンなんだがよ! 今回に至っては鼻ん中に鉄の匂い充満して激痛が走ったわ!」
床をバンバンバンと思いっきり踏み、怒りに任せて日記帳を地面にぶん投げる。
「《もーえろ・やーけーろー・ちっせー火ぃーで・むざんに・もーえーつーきーろ》ッ!」
黒魔【ファイア・トーチ】。三節の呪文を態々、五節にまで伸ばして恨むをぶつけながら唱えるところは本当にイラついているのだろう。
再び、今度は苦しむような音をあげて燃え尽きた日記帳は灰も残さず消えていった。
「あはははっ。くそ、怖がった私がばかみてーじゃねえかよ」
リサはイラつきがままに書斎の戸を乱暴に開けて出ていく。
次は二階のもうひとつの部屋だ。
参考にしたホラー作品はなにかと聞かれれば、まあIbとか、クトゥルフとか。
あと錬金【アシッド・ミスト】はさっき考えましたけどなんかこんな感じの術あった気がする……酸毒刺雨以外で。