そこは寝室だった。
ひとつのベットと、ひとつの小さめの机と椅子。
現代日本人がみたら旅館の部屋とも言いたくなる部屋。
ベットの上には白い布団と紺青の掛け布団。
机の上には小さなランプが橙に淡く光っていた。
「んだよ。変な匂いがすんぞ」
おぇ、と吐くマネをして鼻をつまみ匂いの原因と見られるベットの掛け布団を勢いよく捲りあげた。
鉄、汗、そしてリサに覚えがない匂い。
混ざった三つの匂いが悪化して充満して、最早鼻をつまむ事すら意味をなさなくなる。
息すら吸いたく無くなる匂いに苦しみながら、ベットの上に転がるそれをリサは見た。
苦痛に喘ぐ顔をしていた。
まるでこの世の地獄を経験したかのような、楽にしてくれと言わんばかりの顔を。
手を縛られていた。まるで所有権を主張されるように。
どう見ても年端もいかない少女だった。
もうやめてと叫ぶ幻聴がリサの耳に届いた。
悶え苦しむその姿は一糸も纏っていなかった。
生きていなかった。もう既に息絶えていた。
──そして何より、リサは視線を下ろした先にあるそれを見てこの家の現状を理解してしまった。
下半身、いや股間から垂れ落ちる白く濁った液体とそれに混ざる少量の血液を見た。
「なんだよ。この家は……」
足は太腿から先は無くなっていた。
まるで逃がさない為のように。
「あっ! ああ! ……くははははっ。そういう事か、道理で……くくくっ……」
狂ったように笑いだしたリサの瞳は一切笑っておらず、自分が血反吐をかけられた時よりも、本が吐いた血が鼻に入って苦しんだ時よりも、怒っていた。
「……初めにおかしいなと思ったのは、本当についさっきだい。日記帳に『昔の持ち主が屋根裏部屋でバラバラになって見つかった』と書かれていたつーこと。そして日記帳の持ち主が見た死体は女の物だったつーこと」
ゆっくりと、誰もいない世界の中、独白をする。
「私は窓の外にバラバラの死体を見たよ。確かに、バラバラな死体だったさね。だけんなぁ、瞳の色に同じものはなかったんだい。つまりは全部、違う者の物ってこったろ?」
どこまでも、口元の笑みは崩さずに。
「何人、この家で、怨念になるよーな死に方をしたんだろうなぁ。窓の外に見た部品で考えるとありゃ20人の分はあったんだ。あとあの鍋ん中の男にモノクロの男に額縁ん中の絵……そして、今私が見せられてる目の前の
私が気付けない程の悪霊や怨霊つったら、それはもう、多すぎて、隙間ないから、何も分からない……そういう事かい」
一人で何かを納得したリサは幻覚と判断した少女に触れた。
ふわっと臭いも声も姿も、何処かに去っていってしまった。
「辛かったろうなぁ……私の予想じゃあ、お前さんが最初の亡霊だろう?」
そう言って、もうここには用はないと部屋を出たリサは階段を降りて地下へ向かう、ここの元凶を確かめるために。
カツンカツンと地下に降りる石の螺旋階段を下るリサの目に飛び込んできたものは、如何にも魔術師の研究室という場所。
とても古い髑髏、魔獣の生きた心臓、人間の脳髄、処女の皮……。
「ちっ、前の持ち主は外道な魔術師てーことで確定だな。まあい……。
─────ッ!?」
部屋の中心に立ったリサは、不自然に飾られた白紙の大きな額縁に吸い寄せられた。
完全に体の制御は持っていかれ、リサよりも少し大きい絵に進行し……手を着けた。
白紙を通り越して絵の中へと入っていく感覚に、リサは意識が白く埋まる気配と共に、現実と人が作った空想の境界を超えたのだ。
白、白、白、白、白、白、上下左右前後全ての壁が白で埋まった部屋にリサは寝ていた。
気が狂いそうになるほどの真っ白。光源もないのに明るく見えるのはここがそういう世界だからなのだろう。
魔術的にも証明は可能な空間だから、リサは戸惑う事は無い。
「ここは……絵の……中かいな?」
何処へ向かう事も無く、その声は掻き消え静寂をまた作る。
リサの言うように、ここはまるで白紙の画用紙。
「さて……どうやってここから抜け出そうか……」
そういい立ち上がったリサはもう一度、全体を見渡す。
「本当に何も無いなぁ……」
困ったように頭を掻くと何かを思いついたようで、そうだっと広げた手の平を上に向けて拳で叩く仕草をする。
「何も無いなら作ればいいんだいっ!」
そう言って
ばこっと壊れた床。
「ふぅ……これで、何も無い部屋から床が一部壊れた部屋に変わったぜ」
あまりに阿呆らしい理論だが、正解だったようで部屋がぐにゃりと曲がり、今度は薄桃の壁に黄緑の床と天井というまるでリサの様な部屋になった。
前の部屋とは違い、部屋には窓が三方に置かれており、ない一方は木材でできた扉があった。
「どーせ、窓の外にゃ、同じような光景が拡がってんだろうよ」
向かって右側の窓に近づき、外を見るとそこはリサのいる部屋に似た空間。
ただ1つ違うのはリサのいる部屋の何倍も大きく、リサの入っている部屋と同じようなものなのだろう部屋がそこからひとつ見えるのと、そして何より、熊のぬいぐるみが四、五匹徘徊していた。
「はぁ!? ──ッ!」
驚いたリサは大声を出してしまい、それが窓の硝子を通して外にまで響いた。
その音に気づいた熊のぬいぐるみ皆が一斉に窓の中に見えるリサを黒く混沌に満ちた瞳で凝視する。
そして、てこ、てこ、てこ……。
ゆっくりゆったりとリサのいる部屋に近づいて来た。
「……ッ!? くっそっ! やっちまった!」
大きな音をたてて開く扉の音に振り向くと、一体どうして扉を開けられたのか、小さな熊のぬいぐるみが、何を持つことも無く小さな足で歩み寄る。
「あーもうっ、悪霊とっ捕まえて傀儡にしちゃろうとしていたんになしてこうなっとんじゃい!」
リサが叫びながら左腕を横に薙ぐ。
舞い落ちる粉雪、ハラハラと踊る極小の紙。
「《
リサの響く声に呼応して、白雪は
刹那。
ぬいぐるみに張り付いた人形が、轟っと燃え盛り、後には紙とぬいぐるみの灰だけが残る。
「ふぅ……あっぶね」
額の汗を拭う仕草をして危機迫っていたという雰囲気を醸すリサの顔に浮かぶのは焦り。
人形達は汗を拭った手を振り下ろすその行動ひとつでリサの手の中に戻り、圧縮凍結。
手の中に残った小さな紙をパッと何処かに一瞬で隠す。
それはまるで舞台を終えた役者を裏へ戻す様。
リサが部屋から出ると一面に広がる灰の海。
人形が仕留め損ねたのか有り得ないほどの速さで足を動かしてリサに飛びかかってきたぬいぐるみはリサが直々に【フィジカル・ブースト】を載せた拳で鉄槌を下す。
すると最後の一体だったためか、倒れたぬいぐるみもぬいぐるみの灰もマナに還元され付近の壁や床に吸収されていく。
ぬいぐるみの灰が消えて、前より見やすくなった黄緑の床にしゃがみこみ、人形の灰をどかして軽く魔術的な検査をするが何も分からない。
「まっ、そんなもんかねぇ」
もとよりなんの意味もないと悟っていたため落ち込む様子も無し。
「さてさて……」
まずはと部屋から出て左の方にあった筈の部屋へ向かうと、窓から見た時は見えなかったが扉の横に『正位置の間』と書かれた細い木の看板が掛けられていることに気付く。
「ふむ……?」
疑問に思い、戸を開けたリサの瞳に飛び込んできた光景は酷いものだった。
中央には、明らかに人の手首を結び吊るすための鎖とその先の手錠。
如何なる素材が使われているかは与り知らぬが使い古されたような鞭が無造作に転がる。
部屋の隅には四肢を拘束する用途のベット。
右の壁にかけられた猿轡と小型のナイフ、ノコギリ。
男性のアレに似たソレ。
まあ……つまり、なんだ、その……あれだ。
「……えぇ……。これに遭った奴に同情するぜぃ……。持ち主も、よくこんなに拷問具集めたな……」
その他、大量の拷問器具に若干頬を引き攣らせて一歩下がる。
「私、態と外道な奴らと繋がってる悪い貴族に売られて、その家滅ぼしたこたー何度もあるから、売られてそうそう拷問器具だらけの部屋へ連れてかれたこともあっけど……ここまで酷いのは初めて見たぜぃ……」
そして扉をバタンと閉め、部屋から逃げた。
「いやまあ、毎度なにかされる前どころか、売られて隙が出来たら直ぐに、虐殺作業に入ってたからあんな器具も男も経験したことない
がなぁ……くかか。初めては誰にも……いや、おにゃのこがいい」
巫山戯、笑いつつも部屋から逃げたリサの視界に映ったのは、リサが初めにいた部屋とその奥にある別の部屋。
その部屋にも看板がかけられているようでその文字を見ると『正直の間』と書かれていた。
「……あぁ? 向こうが正位置でこっちが正直ぃ? どーゆーこっちゃ」
頭に疑問符を並べ、暫く思考に沈んでいたリサは取り敢えず中を見ないことには始まらないと取っ手に手をかけて中を見る。
如何なる素材が使われているかは与り知らぬが使い古されたような鞭が無造作に転がる。
男性のアレに似たソレ。
まあ……つまり、なんだ、その……あれだ。
「前の部屋の物と位置が違うだけであるもん同じじゃねえかい!」
その他の拷問器具も、リサの記憶の限りでは抜けた物も増えたものもなく、ただ位置が変わっただけだった。
バタンッと大きな音をたてて扉を閉めて、再び思考に沈み込む。
「はぁ? この状態で謎を解けと申すの?」
あまりにヒントが無さすぎるため、できることを片っ端からしてみることにした。
再び『正直の間』に入ったリサは取り敢えず鞭で左腕を打った。
「つったあああああああ!!! ああもう、拷問器具のどれか使えば正解なんて考えは無しじゃ! 除外除外!!」
左腕を抑えてしゃがみこみ悶えるリサはこの可能性だけは除外した。
「ふぅ……つてて……」
長い時間をかけてやっと回復したリサは部屋から一歩出てブツブツと呪文を唱えた。
突き出した左手から発生した炎で部屋全体が火の海と化す。爆風は扉からしか抜けることは出来ず、結果として術者のリサが莫大な風に煽られ、吹き飛び、壁に衝突し、首やら手首やら足やらがありえない方向にねじ曲がったのだが、それはリサの異能で一分も経たず元に戻る。
「やっちまった……爆風について考えてなかったぜぃ……」
ふらりと再生した手足を動かし立ち上がり『正直の間』に戻る。
するとそこには火も破片も無く、無傷でご健在な拷問器具達がリサを見て嘲笑っているようだった。
(まあ……この空間のルールなんだろうなぁ……)
なんて、お気楽なことを考えながらも別で解決策を思考する。
「こっちが正直で向こうが正位置。拷問器具の正しい位置について言っているなら正位置が正しい思うかもしれんけどもこっちが正直。どっちも有り得そうなんだがなあ。だからあえて何も関係してこない初めの部屋に行くのもありかねぇ……」
初めの部屋に歩を進めるリサはそんな事を誰に言うでもなく口にする。
そして初めの部屋の扉を開けるといつの間にやらそこにそれはあった。
ポツン……と佇むそれは……。
「はぁ? チン……What……?? おいどういうこったよ。なんでナニの形の拷問器具が部屋に置かれてるじゃい? なんなのだ? 御神体なのかい?」
訳が分からないと頭を抱える。リサはまたもや熟考する。
そんなリサが顔を上げると上から人を立たせたまま手首を吊るすためにしか思えない鎖と手錠の存在に初めて気付く。
ふと……その考えを思いついてしまった。
正直、嫌だが、正解だというのなら仕方がないと再び『正位置の間』にたどり着いたリサはナニらしきアレと鎖の位置、鎖の長さ調節機能と長さを確認すると『正直の間』に向かい、鎖の位置と長さとナニらしきアレの位置を『正位置の間』と同じに変えて、それ以外の拷問器具を部屋から持ち出し始めた。
「ふぅ……よいしょっとぉ! ベットを持ってくのがここまで疲れるとは思わなんだ……。だがこれで正解だったらいいなあ!! よいっしょっとこらしょっ!」
最後の拷問器具、ベットを狭い扉から何とかだし終えると、空間が歪み始める。
「ここに置かれていたのは確かに家主が持っていた物だったんだろうなぁ」
答え合わせだとばかりに口を紡ぐ。
そして部屋から出した拷問器具類を一瞥して。
「確かにこの拷問器具共で拷問された奴らがこの屋敷には蔓延ってるんだろうがな、今回ここの空間を担当したやつぁーナニっぽいやつと鎖で拷問……いや虐待? まあどちらでもいい、それを受けたんだよ。
正位置は本当にまんま正しい位置つーこと。
正直は空間の担当が受けたのは全部ではない訳だった。だから全部あるのはおかしいんじゃよ。
そしてしーかーも、正位置とは違う場所に物が置かれていたんよ。
初めの部屋にあったアレで拷問を受けた訳じゃから正直の間にそれだけを正位置に置けばいい訳なのだね、ふむ。
……結構ヒント見逃してる感じが否めないのだけど勘が正解っぽくて良かった」
最後に格好のつかない言葉を残して歪む視界に次はどんなのだと喜色を浮かべ次を待った。
こんかいのおさらい
いっぱいひんとはあった。りさがなにもしらべずさいていげんでわかっちゃっただけ。
りさはしょじょ。
さくしゃはとりっくもこたえあわせもなにもいんぱくとをうけるようなものをつくれないあたまよわよわ(泣)
あと、人形は大祓の紙でできたあれを想像していただけると有難いです。
というか強姦をうけて死んだ霊を見て笑ってるこいつはほんとなんなんだ。