9.遺跡への道
吸うだけで生き返るような澄んだ空気と、一面に広がる緑の農地。
そこに走る一筋の街道が、坂とくだりを緩やかに繰り返し、うねうねと曲がり畝り地平線へと消えていく。
遠くを見遣れば、遥か彼方に連なる山々と、白い布を被せるように化粧する雪。
羊が草を食み、鳶が鳴く。
美しく、穏やかな道をアルザーノ帝国魔術学院の生徒を乗せた馬車がパカラッパカラッと走っていた。
「あいつら……何が目的だ……? 何を企んでやがる。……セリカだけでも怪しいのに、リサまで来るとは……こりゃ絶っ対ぇ、ロクでもない狙いがあるに違いない」
「そ、そんなに疑わなくても……。きっと、先生を助けてあげようっていう、親切心でお二人は来たんですよ」
紺青の空の元、馬車の手網を引くグレンがブツブツと言う様子を、手網操作の補佐として横に腰かけるルミアが苦笑いしながら宥める。
「いーや、ありえないねー。あいつらはな、俺以上に物ぐさというか、ワガママでフリーダムな奴らだぞ? それに、リサに至っては、セリカ以上に来る必要がねえし……本当に興味がある物以外面倒臭がって、世界が滅んでもやらないあいつらが何かを企んでないと思うか……?」
「そ、そうなんですか……?」
「ああ……そんなあいつらが、セリカは昔の友人の形見を持って、リサはとっさに揃えられる限りの物を全て装備してご同行だと……!? あ、ありえねえ……」
「あ、あはは」
本気で怯える様子を見せるグレンに曖昧に笑いかけるルミアを尻目に、背後に据えられた硝子の小窓から馬車内を覗き込む。
(そもそも……問題はそれだけじゃねえんだ……)
グレンは、酷く強ばった雰囲気を醸す光景をに内心溜息を着いて、此度、如何にしてこうなったのか、ふつふつと湧くように思い出すそれに空を仰いだ。
今回、魔術論文未提出の為、クビになりかけていたグレン。
それをどうにか足掻き逃れようとしている所を、学院長に勧められた観光名所ともなるような古代遺跡、『タウムの天文神殿』の調査を引き受けたグレンは人件費削減の為、生徒たちを連れていこうというロクでもない計画の末、『タウムの天文神殿』へ馬車で立候補した生徒数人と向かっていたところなのだが。
道中、御者とこっそり入れ替わり、バレないように馬車を操縦していたセリカが近道を行こうと街道を外れた当初予定していなかった道を通り始めた。
しかし、人の領域となった街道を大きく外れ、今も尚、魑魅魍魎共が跋扈する魔獣の領域に近づいた事でシャドウ・ウルフと呼ばれる『魔』を冠する獣に遭遇してしまった。
『恐怖察知』という能力を持つシャドウ・ウルフ達は、魔獣に怯える生徒たちを襲ってもいい『獲物』と判断して牙を向けたのだ。
文字通り『魔』の手からから生徒たちを守るため、馬車より空中で回転しながら地面に降り立ったグレンは足を捻り悶え、そこで隙を着く様にシャドウ・ウルフ達がグレンへ襲いかかった。
そこからは、セリカが昔の友人の形見の剣を持ち出し、無双したり。
薄桃の髪をした少女が馬車の誰も注意を向けなかった空間から現れたりとどんちゃん騒ぎの末に現在に至るわけなのだが。
セリカとリサが加わった馬車内の状況は最悪だった。
セリカに怯えた生徒達はセリカとその膝に腰かけるリサからなるべく離れた席に集まってしまっている。
男子生徒は男の意地で平然を装い、女子生徒は怯えきって、中には人の背中に隠れてしまっている者もいた。
ルミア、システィーナ=フィーベル、リィエルなど、セリカと認識がある生徒を除いて萎縮しきってしまった生徒達を見て、現状に溜息を着いたシスティーナは、鼻歌交じりに謎の薄桃の少女に本を見せるようにしながら我関せずと余裕の笑みを見せるセリカへ、場を軽くしようと話しかけた。
「えーと、アルフォネア教授……? ……えー、そのー。どうして今回の遺跡調査に?」
「……ん? ……理由か? 理由……そうだな……」
ふと、本に落としていた視線を外し、窓枠越しに御者の席へ目を向ける。
そして、くすりとなにか笑ったと思うと。
「なあ、リサ。……なんでだっけ?」
「はぁ? なして、話題を突然降るんよ。セリカが誘ったんだろうて……」
リサと呼ばれた薄桃の少女に話しかけた。
するとリサはなんとも不思議な、見た目からは想像もつかない様ないつもの口調で笑いながら会話をするものだから一瞬、生徒達の注目を集める。
「そうか……そうだったな。……なんとなく、なんとなく参加しただけだ」
リサの答えに満足とばかりに本へ視線を戻したセリカは答える。
「な、なんとなく……ですか?」
「そ。なんとなく、だ」
理由を話すことは無いと、遠回しに拒絶を感じる口調で「なんとなく」としたセリカに、このままでは話が続かないとシスティーナがまた話題を振る。
「え、えーと……その、教授の膝に座っている子は一体誰ですか? も、もしかして教授のお知り合いの子供とか……」
「ああ、こいつか。……こいつはリサ=カミハ」
そこまで伝えると目線でリサへ自己紹介するように促す。
「おう、私はリサってんだい。グレンとセリカの知り合いだ……後はー、そこん子とリィエルとも面識はあるな……。お前は……グレンから聞いてーぞ、システィーナだっけかい……? よろしくなぁ」
「う、うん……よろしく」
まさかあのグレンが、知り合いに生徒の話をするとはと少しびっくりしたシスティーナはそこの子と言い、目線でグレンの隣、ルミアへ指を指したリサに、挨拶をするとリサも黙り込み、またもや沈黙がやってくる。
「ああ、えぇ、あーっと……あっそうだ! 教授! ちょっと聞きたいことがあるんですけど!?」
何としてでも場の雰囲気を変えようとシスティーナが必死になって会話を続ける。
「……ん?」
「さっきの魔獣退治の件なんですが、なんでわざわざ剣を使ったんですか? 教授なら、普通に
「……? いや、だって……あの位置で私が
「私はお前達と同い年だぞい?」
「……え、えぇ……」
反応に困る答えが二重になって帰ってきた事に頬をひくひく引き攣らせ、システィーナは続ける。
「そ、それにしても、たった1人であれだけの数の敵を撃退しちゃうなんて……凄いなーっ! 憧れちゃうなーっ!?」
この2人を同時に相手するのは、自分には余ると悟ったのかセリカ1人へ声をかけるも……。
「ははは、フィーベル。お前、私のこんな噂を知らないか?」
「え?」
「曰く……セリカ=アルフォネアは、たった一人で数万の敵国軍を皆殺しにした……ってな? それと比べたら、あんな雑魚共……くっくっくっ……」
「え、……ええー……そ、それは本当の話で?」
「……さぁ、どうだったかなー……? どっちだと思う?」
悪戯っぽく、冗談とも本気ともとれる態度で笑うセリカ。
(う……逆効果だわ)
掌で顔を覆い、溜息をついたシスティーナは、特に珍しくもないいつも通りの態度に、それは今は
今のやり取りで、生徒達はさらに萎縮していまい、セリカとの距離が離れていく。
セリカもセリカで、生徒達を脅かして楽しんでいる節すらあるのだ。
笑い声を悪戯気に零して、生徒達をチラ見するセリカを見ると確信犯なことが伺える。
そしてなんと、リサと言う少女までもが、この現状を面白おかしく思っているのか、セリカの膝の上を傍観席に、舞台を覗くかの様に眺めていた。
あの
どうしたものかと
「……ん……? ……セリカ、リサ?」
朧気な瞳を擦って、起きたばかりで重いはずの体で軽々と座席を超えて。
「……2人もくるの?」
セリカの隣の席へ、リサの位置を一瞬羨ましそうにしながらボサボサの青髪をそのままに、飛び乗り、2人へ顔を寄せた。
「おう、リィエルちゃん。こないだぶりだねぇ……私達も一緒に行くこったしたかんな。よろしくなぁ」
セリカの分も代わりにとリサが答える。
「……そう。……何を読んでいるの?」
直ぐにリィエルの興味は2人からセリカの読む本へと移っていた。
「これか? これはな……『メルガリウスの魔法使い』っていう童話さ」
「ん? “左手に魔法を打ち消す赤い魔刀……右手に魂を食らう黒い魔刀……夜天の……”」
「“……夜天の乙女が課した十三の試練を超えて、十三の命を得た、魔煌刃将アール=カーン。ついに……魔王にすらその刃を向けて”……『メルガリウスの魔法使い』の序章の山場さねい」
ゆっくりと読む、リィエルを補助するようにリサが続け、リィエルの疑問に先回りする。
「そう、いわゆる主人公の『正義の魔法使い』が登場するのは第二章から。それまでは魔王とその配下の魔将星達がいかにして魔王の
「ほう……詳しいみたいだな?」
セリカが感心したように、リサが「あれま、説明取られちまった」と残念そうに、システィーナを流し見た。
「え? あ、はい……私達メルガリアンにとっては、この本も重要な研究資料ですから……それにこれはただの童話はありません、著者のロラン=エリトリアが帝国各地の神話、伝承を纏めて独自解釈の下、編纂した古代の神話大成でもあるんです」
すると、セリカがくすりと笑い、本を掲げて言った。
「これは子供の頃、グレンが好きだった本でな……今回の旅の途中の暇つぶしに、何か本をと思って書架を漁ったら懐かしいこれが出てくたんだ。……なあ、リサ、お前にも読んでやったこと、覚えているか?」
「おう、覚えてら。懐かしいなぁ……確かあん頃は、グレン、“僕も将来、正義の魔法使いになるんだー”って……」
「……えっ? い、意外だわ。先生がそんなものを好んでいたなんて……魔術は人殺しの道具だーなんて豪胆する先生なら、真っ先に下らないって言ってそうですけど……」
システィーナは昔のグレンという、システィーナの知らない驚きの姿に驚いた。
「今はヒネちゃってるがな。確かに魔術は人殺しの道具という一面をもあるが、決してそれだけじゃない……あいつも、腹の底ではわかっちゃいるんだろうが……」
「先生……。そういえば……アルフォネア教授はグレン先生の魔術の師匠で、母親代わりなんですよね。先生は子供の頃、どういう子だったんですか?」
と聞いたシスティーナへ、生徒達へ語られたグレンの人生。
「純粋で、真っ直ぐなやつだったよ。こんな私の傍に置いておくには勿体ないくらいに」
そうして語り始めたセリカに時折混ざって言葉を入れるリサ。
十数年前、ひょんな事で任務中にグレンを拾った事。
グレンと過ごした思い出。
とある事情で出かけていたセリカが拾ってきたリサに対する反応。
グレンが、幼いながらにリサが魔術を自在に操るのにも憧れていた事。
グレンは魔術より武道の才の方があった事。
錬金術の実験で瞳を輝かせたグレン。
偶に訪れるリサに、セリカから教わった魔術を喜んで見せていた事。
グレンからのプレゼントの赤魔晶石。
輝かしい学生時代を終えたあとのことは、言葉を濁して、複雑な表情。
「だからな……お前達には、本当に感謝しているんだ」
グレンが、また元気にバカできるのは生徒達のおかげだと、感謝を述べるセリカに生徒達は悟った。
セリカに関する様々な噂があり、近代魔術史に名前が出てくるのが序の口な伝説的な人物であろうと。
自分達と同じ人間なのだと。
緩和され、しかしまだシリアスムードな馬車の雰囲気の中、一人巫山戯る者がいた。
それは薄桃の髪を揺らして、腰掛けていたセリカの膝から唐突に飛び降りると、リィエルに抱きつく。
「なぁリィエルちゃんや、今日同じ
「……? 別にいいけど」
「やったぜ……! 無垢な美少女とひとつ屋根の下だい!」
喜色を示し、リィエルの髪に指を通し、梳くように撫でるリサになされるがままのリィエルを堪能するリサ。
そんなムードを真っ向から壊したリサを見てシスティーナはさらに悟った。
似た者師弟より、
いやぁ……難産ですねそうです難産です。
HELLSING買って読んでたから遅々として書くのが進まなかったわけじゃありません……!!
原作に添わせると、オリキャラのセリフを挟むのが難しくなるんです……!
後、原作に描写が引っ張られるんです!!