仮面ライダーデュオル   作:マフ30

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今回も無事に最新話更新できました。


第6話 JKぬらぬらクライシス(後編)

 

 あの日、僕の日常は変わった。

 それまでの僕はその他大勢の世界から見れば実につまらない奴だったのだろう。

 世界は不平等だ。いつだって、口やかましくて目立つ奴らの勝手気ままな言葉がそのコミュニティの一般基準にされる。

 つまり、真面目は退屈。物静かは根暗――といったように物事を上辺だけでしか推し量れない頭数ばかりが多い馬鹿共の意見が大衆の標準的な価値観になってしまうのだ。

 だから、この僕も学園内では退屈な根暗という評判を貼り付けられて細々と肩身の狭い思いをしてきた。

 

 今に見ていろよ。僕はいまの僕のままで十分にとても素晴らしく、有望な人間だって証明される日が必ず来るんだ。だから、いまの不遇は言うなれば潜伏期間だ。

 そんな風にストレスを溜める日々の中で偶然、あのカードを拾った。見慣れない絵柄だったのでその手のショップに売り払って小遣いの足しにしようかと思った矢先に、僕はカードに秘められた驚くべき力とその使い方を知った。

 

 カードの力で僕は退屈な現実でまるでライトノベルの主人公のようなチートキャラへと生まれ変わったんだ。どんな奴だろうと、どこに隠れようが逃げようが僕がその気になれば全ての行動が無駄になる。

 誰も僕には敵わない。しかし、僕は手に入れた奇跡の力でヒーローにも魔王にもなるつもりはなかった。そんな目立つことをすれば必ず、余計な敵が生まれる。それは本意ではない。やるならば一方的にするのがクールだと考えたからだ。

 だから、僕が望んだのはトリックスターだ。

 勝ち誇っている奴。自分は優れていると自惚れている奴。弱いくせに聖人ぶっている奴。そんな自分が物語の主人公だと痛々しく勘違いしているような奴らに闇の中を根城に相応の恥を与えてやるのが僕の願った配役だ。

 

 最初は夜遊びの繰り返しで脳細胞がチンパンジー以下に退化しているであろう、調子に乗った我が学園の汚点になりうる大学生たち。カードの力でいとも簡単に手に入れたスタンガンにアルコール度数の高い酒を巧みに駆使して、裸にすると夜更けの大学に転がしてやった。大勢の人間に取り囲まれて、見せ物のように失笑を浴びる連中の滑稽な姿は実に愉快爽快だった。

 

 次に懲らしめてやろうと思ったのが我が高等部で井の中の蛙のようにモデル気取りのビッチ共だ。こいつらも身包みを剥いで学園内の大通りに転がしてやろうと思ったところで転機が訪れた。

 僕に奇跡を与えたこのカードについて何かを知っているような素振りを見せる派手な髪色の男、ニューとか言ったか?

 

 兎に角そいつが僕を見込んで使い魔とか言って変な光の火の玉を連れて突然姿を現した。メタローと呼んでいたな。このカードが使えるという事、それは世界に選ばれた証だと。この腐った世界を変えてみないかと。我ながら当然だと思いもしたが、あまりにも都合よく出来過ぎている状況にいよいよ自分も正気を失ったかと思ったが何もかもが現実だとニューという男は断言した。

 

 僕としては決して自分と言う存在を露見させずに細々と活動をするつもりだったのでその提案には乗る気ではなかったのだが、方法は問わないし、彼が持ちこんだメタローを活用してくれれば後は自由だという事なので熟考の末に提案を受け入れた。

 メタローという使い魔は実に重宝するものだった。意思の疎通は可能だが覇気も自主性もない無気力な性格をしていて、全てを託すとある意味で職務放棄な欠陥品の使い魔ではあるが余計な口を挟まれないのはありがたい。

 それにメタローによって手に入れた新しい力は予想以上に素晴らしかった。

 ただ衣服を剥ぎ取るという原始的な行為以上に、クソビッチたちに効果的な恥辱を与えられるのだから。

 

 少々の想定外も起きてしまったが、それでも幸運の女神はこの僕を祝福してくれている。何故なら、本当なら一番初めに恥辱の限りを味合わせてやりたかったあの女。人気者なのをおくびにも出さない澄まし顔した双子の優等生――天風カナタがわざわざ向こうから、僕の領域へとやって来たのだから。

 

 

 

 

 

 

「面会時間ギリギリに来た俺も悪いけど、門前払いはないだろ?」

 

 カナタたちが夜の城南学園に向かった同時刻、ムゲンはガクトとナギコが搬送された病院にいた。クラスを代表としてなどと適当な方便を使って面接を試みたのだがガクトはほぼ容疑者に近い重要参考人と言う事で断られ、ナギコに至っては重篤な怪我を負っているわけではないが未だに意識が回復しないという事で彼女の方から何が起きたのかを聞きだすことも叶わなかった。

 

「まあ、そんなもんと覚悟はしてたけどなあ」

 

 頭を掻きながら周囲を見渡して、ムゲンはガクトがいる病室の位置を外から確認する。三階の個室。窓からは常夜灯と思わしき小さな光がカーテンから僅かに漏れていた。そして、幸いなことにまだマスコミのような取り巻きも少なく、時間が時間だけに病院の外の人目は限りなくゼロに近い状態だった。

 

「いいぜ、山育ちの本気を見せてやるか」

 

 目撃者が現れないことを祈りながら、ムゲンはガクトの病室の真下に位置する場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 その頃、あまり公言は出来ない特殊な方法で校舎内に入ったカナタたちはシスターを先頭に怪しい気配がないか注意しながら犯人の行方を捜していた。

 

「いまのところ、人の気配はないみたいだね」

「うちの高校、特別棟とか部室棟とか含めると結構広いし二手に分かれて捜した方がいいんじゃないか? 宿直のシステムはないけど、あまり時間をかけるのもマズイだろ」

「それも一計なんだけど、今回はよろしくないわね。ハルカちゃん」

 

 効率を重視するハルカの提案に待ったをかけたシスターはちょうど柱に掛けてある高等部校舎の地図を眺めながら語る。

 

「二人は勝手知ったる学園かもだけど、あたしとクーちゃんは土地不案内。それにお仕置き対象のローション大好きスケベ野郎がどんな奴か分からない以上、下手に分散するのは危険よ」

「なるほど。いつもはムゲンがいるから迂闊でした」

「でしょうね。まあ、ハルカちゃんたちはハルカちゃんたちでハイスペックだから、大抵のことは自力で切り抜けられると思うけど、それこそ噂のメタローちゃんが出てきたらひとたまりもないでしょ?」

 

 普段はいつもの三人の間でしっかりと役割分担が出来ているが故の盲点を指摘されてハッと反省するのもつかの間、シスターから聞き覚えのある意外な言葉が飛び出したことにカナタたちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。

 

「尤もで……ん?」

「あの、シスター?」

「いま、なんか変な単語を口にしませんでしたか?」

「だ・か・らぁメタローちゃんよ。アンタたちが絶賛戦ってる連中、今回もそいつが裏で糸引いている可能性があるから、こんな無茶してるんじゃなくて?」

「ぬぇえええ!? なんでシスターさんがそのこと知ってるんですかー!?」

 

 敵陣にて、油断も出来ない状況とは知りつつもクーの驚きの絶叫は学園中に木霊した。

 

「ちょ、ちょっとタイム! みんな輪になって下さい。緊急会議です」

「敵地で隙を晒すのはあまりよくなくてよ? カナタちゃん」

「色々な根底を覆す発言をたったいました人が言わないで下さい! あの、失礼ですけど、どこまで知っているんですか?」

 

 恐らく、普段の学園生活では絶対に見せないであろう、あわあわと困惑した表情をして両手でTの字を作って招集をかけるカナタ。

 シスターは優雅な佇まいでそんな彼女を面白半分にからかって見せる余裕の態度だ。

 

「そうねぇ、クーちゃんが異世界からやってきた魔術師ちゃんで、ムゲンちゃんがデュオルとかいう仮面のヒーローに変身して世界のために戦っているってことぐらいかしら?」

「ほぼ、全部!」

「一体……どうしてバレたんだ? あんなに細心の注意を払ってたのに」

「秘密の防犯カメラに全部記録されてたわよ」

 

 カナタほど驚きを表情には出していないが、青ざめた顔色で天を仰ぎみて狼狽するハルカにさらなる真実が突き刺さった。

 

「店の外以外にもそんなのあったんですか? 念のため、店舗の中はよく確認したのに」

「そりゃあね、あの店を開業するときに雇った従業員が店のお金を盗んだり、よからぬことをしなとも限らないって考えたから、仕掛けたあたししか知らない秘密のカメラだから気付けなくても無理はないわ。一応、言っておくけど何も最初からアナタたちのことを信用していなかったわけじゃないわよ。」

 

 経営者であり、雇い主という立場に就く人間としては当然な理由と用心深さ故にカナタたちの秘密とメタローの存在を知ってしまっていたシスター。けれど、彼はそんな世界を揺るがすような真実に触れたものとしては恐ろしく冷静かつ、この状況を楽しんでいる様な物腰であった。

 

「賢い子たちだとは思っていたけど、まだまだ爪が甘いわね。けど、可愛げがあってそっちのほうがあたしは好きよ」

「どうして、そこまで知っていながら……今まで何も言わなかったんですか? そして、何故いまになってこんなあっさりと白状したんですか、シスター?」

「そんな怖い顔してはダメよ、カナタちゃん。そうね、今までの沈黙もいまになっての告白も全てはタイミングかしら」

 

 バレれしまっていた事実と、それでもいつも通り何も変わらないシスターの立ち振舞いに言い様のない不安に襲われたカナタは険しい顔でその理由を問い質そうとする。

 彼女に対してシスターは実に簡単そうに腹の中を明かしだした。

 

「あたしだって、最初にカメラに映ったアナタたちの会話を聞いた時は驚いたわよ。でも、この目で見た以上は真実だと受け入れるしかない。そして、アナタたちが周りに秘匿しているようだったから、あたしもその意を汲んでさり気の無い手助けに留めていたわ」

「蚊のメタローが暴れた時に急に私とムゲンを帰らせたのも、助力のうちだったわけですか、参りました」

「あの、わたしに色々と世話を焼いて下さったのも……」

「クーちゃん、あんたはぶっちゃけ存在そのものがかなりフィクションしてるから、下手に取り繕わずに持ち味を活かしなさいな。そういうメルヘンな人なんだって、生温かく受け入れられるわよ」

「わっはー……シスターさん、いまの言葉鏡見てもう一回言って欲しいですぅ」

 

 何から何までお見通し。むしろ、自分たちがメタロー絡みの事件を解決しやすいように密かにお膳立てまでされていたことが判明して、三人は驚きや困惑さえも忘れてただ、ただ唖然とするしかなかった。

 

「もう勘の良いアナタたちなら察していると思うけれど、あたしがその猿芝居をやめたのはいまこの状況において、それが最善手だと判断したからよ。最大戦力のムゲンちゃんがこの場にいない中でアナタたちもあたし一人に遠慮して実力を出し惜しむのはやり辛いでしょ? 納得してもらえるかしら」

「……分かりました。こちらとしても、シスターが常日頃味方でいてくれるという状況は大変ありがたいですし、貴方を信じます」

「オーケー。素直なことは美徳よ。それに早速あたしの力が必要な展開みたいよ?」

 

 僅かに思案しながらも、これ以上の誤魔化しも意地を張るのも無意味だと考えたカナタはハルカを一瞥して、その表情から彼も同じ考えだと悟ると全てを受け容れる選択をした。

 

 彼女の見せた果断をお見事と微笑むと、いつもと変わらぬ愉快で妖艶な表情を引き締めて、シスターは暗い廊下の奥を見た。彼の視線の先には、なんと教室の机や大型定規に美術部の石膏像などが不気味な光を放ちながら学校の怪談よろしく独りでに浮遊して押し寄せてきたのだ。

 

「いきなり来たか、でもこれって確実に……」

「メタローが関わってますとも! そうなれば遠慮はいりませんですとも!」

 

 ハルカとクーがそれぞれ、言葉を繋ぎ合わせて真犯人の正体を確信すると身構えた。すると、三人を守るように素早くシスターが先頭に躍り出る。

 

「ここはあたしに任せなさいな。んふぅ! 聖ジョルジョの石膏像ね、相手にとって不足はないわ。あたしの極悪ドラゴンはそう簡単に鎮められないわよォ♪」

 

 シスターは引き裂くような勢いで警官の上着を脱ぎ捨て、ギリシャ神話の絵画顔負けの鍛え抜かれた上半身を惜しみなく曝け出して、空手の型にみられる三戦によく似た構えを取って迎え撃つ。

 

「待って下さい。待って下さい! シスター、この状況で脱ぐ必要ありますか!?」

「あら、お子様には刺激が強かったかしら?」

「何ら問題なく直視できますけど、露出狂が雇い主という現実に絶賛心を痛めています!」

「手厳しいこと言うじゃないの、カナタちゃん。でも、ごめんなさいネ……あたし、戦場では実は結構――凶暴なの♪」

 

 呆れるカナタたちをよそに獰猛な笑みを浮かべたまま、石膏像に正面からぶち当ると両腕を回して、ベアハッグを仕掛けた。

 

「存じておりまーす!」

 

 何を今更と言いたげな様子のハルカのツッコミと同時にシスターは砂糖菓子でも砕くかのように石膏像を純粋な膂力だけで粉微塵に粉砕してしまった。シスターはそのまま、残りの浮遊物もうねうねとした少し見ていると気分が悪くなるような独特の体捌きあっという間に叩き落として、犯人の仕掛けてきたトラップを無力化してしまった。

 

「さあ! 戦端は開かれたわよ、アナタたち。未だにビビって満足に挨拶も出来ない腰抜けドブネズミ野郎を見つけ出して、たっぷりとおもてなししてやるわよォ!」

「ひゃっはー! 今夜はわたしのゴーレムちゃんも存分に暴れさせてやりますよ!」

「二人とも、戦意が上がるのは良いけど夜分遅いのには変わりないんだからちょっと落ち着いて」

 

 大胸筋をブルブルと躍動させながら、シスターはその場のノリに焚きつけられて荒ぶるクーを引きつれて勇ましく駆け出した。

 

「あら……――」

 

 だが、走り出して数メートルも進まない内にシスターは暗闇の廊下に落ちていた何かを踏んでしまった。瞬間、足元に赤い光を放つ大きな魔法陣が浮かび上がり、まるで落とし穴にハマるようにシスターは姿を消してしまった。

 

「なっ、シスターが消えた!?」

「やられた。これみて、カナねえ」

「私のところに来たのと同じカードだね」

 

 件のカードを拾い上げて、冷や汗を浮かべるハルカ。四人団結して事件解決に当たろうとして早々に未知数ながら武力知力共に高いであろうシスターを真っ先に失うのは大きな痛手だった。

 あまりにも呆気ないシスターの離脱に三人が戸惑うのを見計らったかのように廊下のスピーカーから謎の声が聞こえてきた。

 

『すまないねえ、カナタちゃん。妙なイレギュラーには退場してもらったよ』

「メタロー……お前が一連の事件の犯人でいいんだな?」

『おやおや、意外と驚かないんだね。残念だよ、でもそういう空気読めない辺りが実に君たち姉弟らしくていいよね、褒めてあげよう』

 

 男性の声らしいが、酷くねちっこく、高圧的な雰囲気を感じる声だ。

 まるで、自分は全てを意のままに出来ると勝ち誇っているかのような喋り方で謎のメタローは三人に会話を続ける。

 

「やめてくれよ、お前みたいなのに褒められても恥なだけだ。あと、言っておくけどオレたちはかなり空気読めるほうだよ。空気読んだから、驚かないようにしてあげたんだぜ?」

「いろいろと器用なことで。シスターを何処にやったんですか?」

『いまは教えてあげられないよ。そんな怖い顔をしないでおくれよぉ、いつものスカした小生意気な顔をしてくれないとこっちもゲームに臨むのにモチベーションが上がらないじゃないか、カナタちゃん』

 

 期待していた反応が見られず、むしろ痛烈な皮肉交じりの返事を返されたことでスピーカーからの声は言葉選びこそ気品ぶってはいるが明らかな苛立ちが見て取れた。

 そして、未だ姿の分からないメタローは鼓膜にこべりつくような不快な声でもったいぶった提案を持ち出した。

 

「ゲーム?」

『簡単なゲームだよ。いまから制限時間一時間の間にこの高等部区画のどこかにいる僕を見つけ出せればカナタちゃんたちの勝ちだ。あの気持ち悪いのは解放してあげるし、僕も大人しく降伏するよ』

「そんな怪しさ全開の提案に素直に乗っかると思ってるのかな? 大体、私たちは貴方の姿だって知らない状況なのに? そんな雑な罠の誘い方、いまどき田舎のお婆さんでも引っ掛からないと思いますけど」

『この世に敵なしって思っているタイプかと思ったけど、意外と慎重で小心なんだね。僕は君たちとイーブンな条件で戦って勝ちたいからわざわざこんな提案をしてあげているんだけどね』

 

 ふてぶてしい物言いこそすれど、鼻息荒く早口でまくしたてるメタローにカナタは脳内を整理する余裕を得ると素早く聞き耳を立てた。もしも、放送室から直接スピーカーを使って話しかけているのなら、雑音が減るこの時間帯ならば機材の稼働音なりが流れ込んでくるはずだ。

 強かにすでにゲームを開始しているカナタの思惑を知ってか知らずか、メタローは気色の悪い欲望を垂れ流しながら、尚も摩訶不思議な術師気取りで話している。

 

『ほかのメスビッチどもはこっちが一方的に玩弄するだけで、満足したけど、君たちは例外だ。決定的な敗北を刻みこませてから、辱しめたいのさ。だからこそ、僕もこの場を移動するような不正は行わないし、平等に勝ち目を与えることを約束しよう。もちろん学園中に張り巡らせた仕掛けは罠として作動はするけどね』

 

 よく聞き耳を立てたが他の機械のような音は聞こえなかった。むしろ、メタローの声はマイク越しのどこかくぐもった雑味の感じられない、まるで肉声のような鮮明さがあった。

このことから、メタローの潜伏先として放送室は除外しても良いだろう。

 それを踏まえて、カナタは改めて選択肢などあってないに等しいゲームへの挑戦を表明する。彼女の後ろではハルカがクーに何かを耳打ちして、超特急で何かの作業をしていた。

 

「品の無い趣味をお持ちのようで。いいですよ、受けて立ちます」

『げひっ! おっと、失敬。良い返事をしてくれて感謝するよ。では、いまから一分後にチャイムを鳴らそう。それが合図だ』

 

 一分間の沈黙。不意打ちも警戒した三人だった何も起こらず瞬く間に60秒という時間は流れた。

 そして、ジャスト一分後に夜の学校にどこか不気味な圧力が混じるチャイムが響き渡った。

 

『ゲームスタート。幸運を』

 

 

 

 

 

 

 一方、厳重に扉の前に見張りが常駐する病室の中でガクトは大きな背中を小さく縮ませて沈痛な面持ちでずっと逃げ場のない不安と格闘していた。

 既に警察官から自分が置かれている状況を説明されていた彼の心中は穏やかな物ではなかった。迷惑をかけてしまう家族や、自分の人生、何よりも気がかりな宮前ナギコの安否。

 並みの人間ならば人目も憚らず、泣き喚いていても不思議ではない状況に身を置かれても苦心こそしても、じっと耐え忍ぶ彼と言う人間は強かった。

 そんな時だった。

 窓のガラスをコンコンと叩くような音が聞こえた。

 風で何かが当たったものだと思って、気にしなかったガクトだが再び、明らかにリズムを刻んで鳴る音に恐る恐るカーテンを開いた。

 

 

「よお、思ったより元気そうだな。中入れてくれるか?」

「ムゲン、おまっ何やっ――」

「静かにしろ。バレないように、そっと鍵を開けてくれ」

 

 なんとそこには病院の壁の凹凸や非常階段などを利用してよじ登って侵入したムゲンの姿があった。

 

「お前、どうやってここまで来たんだよ!? ジェット・リーみたいに上から降って来たのか?」

「クソ田舎の山育ちからしたら、ちょっと難しいロッククライミングみたいなもんだ。けど、確かにそっちの方が楽だったな」

 

 突然の来客に驚くガクトに軽く冗談を叩きながら、ムゲンはすぐに真剣な顔で本題を切り出した。

 

「いいか、人生で一番小さな声で答えてくれ、時間がない。あの夜、お前と宮前に何が起きたんだ?」

「……それは」

「ガクト、よく聞け。いま、俺やハルカたちで事件の真犯人を捜してる。だけど、ぐずぐずしていたら、お前が犯人扱いで一件落着ってクソみたいなシナリオが罷り通っちまうかもしれないんだ。覚えていることを全部話してくれ」

 

 ムゲンが保険のためと称して、こんな危険を冒してまでガクトの無実を先に証明しようとしたのには訳があった。

 何故なら今回の事件はこれまでのメタロー関連の事件と比べて特殊だった。タチの悪い悪戯のようなものから、一転運が悪ければ命を落としていたであろう危険な物へと豹変した事件の内容。

 明らかになったライダーメモリアが関わっている事実から、もしかしたらメタローがメモリアを手に入れて事件が過激になったのではなく、メモリアを入手して事件を起こしていた者にメタローが取り憑いたのではないかというケースが浮かび上がったからだ。

 もしもそうなれば、世界の修正がどこまで効くのかが定かではない。ガクトとナギコの平和な学園生活を守るためにも今回は探偵のような謎解きと真犯人の確保が重要だったのだ。

 

「その、だな……ナギコに相談されたんだ。突然妙なカードが下駄箱の中に入っていて、噂じゃローション塗れにされた女子生徒の傍に似たような物が落ちてたって話でよ。それでバイト休んであいつを家まで送っていく途中で変な光に包まれたと思ったら図書室にいた」

 

 尋常ではないムゲンの気迫に動かされて、ガクトは自分が体験した夢のように非常識なあの夜の出来事を話し始めた。

 

「暗くてよく見えなかったけど人じゃない妙なでかい奴がいた。むこうも、俺のことを見て驚いている様子だった。俺だけならぶっ飛ばしてやろうかとも思ったんだけどよ」

「気持ちはわかるよ。俺だってやべーやつがいたらまず一発食らわせて、その後で考える」

「けどなぁ、ナギコの方は完全にパニックになってて、声もあげられないって感じでよ。なんとなく、本命はナギコだなって野性の勘みたいなので気付いてたから逃げの一手さ」

「それで宮前を抱きかかえた状態で窓突き破って飛び降りたのかよ? 無茶しやがる」

 

 ガクトの思い切りがよすぎる行動にムゲンは賞賛しながらも、やれやれと苦笑した。

 

「褒めんなよぉ。死ぬほど痛かったけど、ちゃんと受け身も取ったからこの通りさ! ただなぁ、撒けたと思ったんだがどういうわけか追いつかれててよ、立ち上がる前にビリっと痺れたかと思ったらぶっ倒れてあの様だよ」

「スタンガンか何かだな……変なところはそれっぽい道具使いやがって、小汚ねえ」

 

 犯人のどこまでも陰湿な手口に憤るムゲンに今度はガクトの方が怖くて聞きたくても聞けなかった気掛かりを尋ねた。

 

「ムゲン、それよりナギコは大丈夫なのか? 怪我とかしてないか? 特に顔や目とか何ともなってないよなあ!?」

「デカい声出すな。大丈夫だよ、俺も病室には入れてもらえなかったけど、大した怪我はしてない。ちょっとショックが大きかったから寝込んでるみたいだけどな」

「そ、そっかあ! よかったぁ……いや、全然よかねえけど、ナギコのやつ本大好きだから失明とか一生もんの怪我とかしてなくて本当に良かったぁ」

 

 どかりとベッドに座り込んでガクトは心の底から安心したように安堵した。自分の方が未だにあらゆる方面から危機的状況だというのに彼は根っからのお人好しだった。

 

「ガクト、もう一つ大事なことを聞かせろ。そもそも、なんでお前と宮前って組み合わせなんだ? お前ら一体どういう関係だよ?」

「あーいや、それはよお……そのつまり、だな。こ、恋人というか、カップル的なだな」

 

 その問いかけに、ガクトはあからさまに照れくさそうにうろたえると、本当に消え入りそうな声でぼそりと呟いた。

 ずっと、ムゲンの中で腑に落ちなかった謎に対する、予想のしようがなかった思わぬ答え。ムゲンは思わず、初めてメタローに遭遇したときぐらいのショックを受けて一瞬完全にフリーズした。

 

「――マジにか。クッ……ハッハ、ガクトお前、面白すぎるぞ、おい」

「そんな笑う奴があるか。俺だって我ながら極端な組み合わせかなあ? とは思ってるんだよ」

「そこまでは思ってない。分かった、お陰で不可解だった疑問点が大体解けたよ」

 

 欲していた謎を解くために欠けていた全てのピースが手に入ったムゲンは病室の外に気取られないようにそろりと窓のサッシに足を掛けた。

 

「あとは任せろ。お前が宮前のために気張った漢気は無駄にゃしないさ」

「ちょ、ちょっと待てムゲン。俺には分からねえ、なんでお前そこまでしてくれんだよ? お前にとって俺ぁ友達でもないんだろ?」

「でも、いまはクラスメートだ」

 

 いくらなんでも行き過ぎているムゲンの行動に感謝以上に異質さを感じて戸惑うガクト。人として正しい反応をする彼に向けて、ムゲンは迷いのない声でさらりとそう答えた。

 個人的な区切りで彼を友達とは呼ばないムゲンだが、自分のことを危ぶんで遠ざけることがないガクトのことを得難い人間だと言葉にして伝えないだけで深く感謝していた。

 いくら、ムゲン自身が他人から孤立することや怖がられることに慣れていても、だからといってまるで平気なわけでもない、それがまだ正しく機能している人の心だ。

 

「あと、別にこっちにはこっちの事情があるんだ。何もお前や宮前のためだけにこんな無茶してるんじゃないから、そんなに気にすることはねえよ」

「その事情ってのはなんだよ? 天風たちのことか?」

「……色々あるけど、ガクトいいか? お前が宮前のためにしたことは正しいことだ。誰かのために身を呈して頑張った。正しい献身なんだ」

 

 数秒、きつく結ばれた口元が開いて出てきた言葉には普段の穏やかで大らかなムゲンからは想像がつかないほどに強く、頑なで、執念のような物が宿った重みがあった。

 ガクトも初めて見るような顔だった。怒りとも憤りとも言えない、別の何かが原動力になったものだ。

 

「ムゲン?」

「俺はその正しいはずの行いが何も知らない手前勝手な連中のせいで、胸糞な悪評で無神経に塗り潰されるのが気に入らないだけだよ」

 

 自分の言いたいことを伝えるだけ伝えると、ムゲンは早々に窓の外から足を踏み外さないように降下していくとあっという間に闇夜の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 城南学園高等部の校舎では重低音のエンジン音とガラスが次々に割れる音がけたたましく響いていた。

 

「今夜は優等生サボりの日だ! やっちゃいけないこと全部やるぞ!」

「クーさん、扉開けてるヒマないんで教室のガラス片っ端からぶち破っちゃってください!」

「お任せ下さいなぁ! でも、お願いですからわたしの手絶対に離さないで下さいよ!」

 

 学園の校舎内を所狭しと駆け廻るビッグストライダーには運転を担当するハルカと司令塔となるカナタがタンデム。さらにカナタに手を繋がれながら、スモークゴーレムに乗ってまるで凧か風船のように牽引されつつ、廊下側の窓という窓を破壊しまくるクー。

 

 先程ゲームが開始されるや否やクーが自分のランプとムゲンの指輪の物質保管空間を大急ぎで繋げて、こちらに召喚したビッグストライダーがあってこそ成立した即席の小型移動要塞化した三人はメタローとのゲームに勝つべく、一心不乱に次々に襲い掛かって来る学校の備品や用具を相手にしていた爆走していた。

 

「残り20分! この調子なら虱潰しに特別棟も合わせて全部の教室を回れるかな、どうよカナねえ?」

「家庭課室での包丁やフォークの一斉射撃や、音楽室の回転ノコギリみたいに飛んできたシンバルみたいなのがなければなんとかね! トランスポーター級の運転頼んだよ、ハルくん!」

「いやっはー……あれは本当に死ぬかと思いましたよ。というか、わたしの髪は一房ほどさよならバイバイしたんですがね! こうなったら伝説の弓兵よろしく、星だって落としてやる気合ですとも!」

「終わったら、私の馴染みの美容室紹介しますのでもう一頑張りですクーさん!」

「カナねえこそ、名軍師のナビゲート忘れないでよ!」

「しつこいようですが、この手も絶対離さないで下さいねカナタさん。わたし、自分が血と言う名のケチャップ塗れになるのはご勘弁ですので!」

 

 風を切り、本館と特別棟を二階で繋ぐ渡り廊下を駆け抜けながら、三人は決死の形相でお互いを鼓舞し合う。

 様々なイレギュラーが発生したとはいえ、ムゲン抜き、味方になったシスターが早々に離脱するという危機の連発の中でこのようにこの三人が息の合った連携を組めたのは一重に同じ困難に立ち向かった日々の積み重ねと、それぞれに癖のある人間性を持ちつつもそれを打ち明け、受け入れ、変わっていくという選択を選んだ勇気の賜物でもあった。

 

 

 

 

 

 

 けれど、けれど――そんな三人の奮闘を無碍にするように勝利の女神は浅ましくメタローを喜ばすように尻を振る。いや、メタローによって無理やり尻を振らされ、微笑みを強制されるといった方が正しいだろう。

 

『げひっ! この調子だと本当に時間内にここまで来ちゃいそうだね。そう、確かにこの学校の時計の中では間に合ってしまうだろう』

 

 ライダーメモリアの力で取得した万能とも言える魔法の力を駆使して、その空間内にある液晶画面で三人の行動をモニタリングしていたメタローは品の無い笑みで時計の時間を確認すると得意げに手を翳す。

 

『いけない、いけない。僕としたことがこの教室の時計だけ置時計だったから時間を揃えるのを忘れていたよ』

 

 一人でわざとらしく呟いて、メタローは持参していた学園の時計に比べて20分遅れていた置時計の針を進めた。20分ぶん進んだメタローの時計は当然ながらタイムリミットの一時間後を指し示す。

 

『はぁーい残念! 時間切れだよ、カナタちゃん! 君たちの負けだ。敗北、完敗、お悔やみを申し上げるよ』

 

 あまりにも姑息。

 あまりにも陰険。

 あまりにも滑稽な勝利宣言。

 最初から、カナタ達に勝たせるつもりのなかったメタローは幼児のワガママよりも劣りな身勝手な言い分を並べて、勝手に勝利者の優越に浸っていた。

 

 カナタたちが夜の学園に訪れた時点でメタローの目的は何が何でもカナタを自分のところに呼び込んで欲望のままに凌辱の限りを尽くすというものへと移り変わっていた。

 これまでのトリックスター気取りのゲームへの招きも全ては本気で勝利を掴み取ろうと奮闘する彼女たちを嘲笑い、心を圧し折るための矮小な企みの一つだった。

 

『ずっと、この時を待ち焦がれていたんだよ、カナタちゃん。さあ、君の絶望を見せておくれ!』

 

 わざわざ自分の姿を見せつけたくて、部屋の照明をつけるとそういって、メタローはその狭い空間でカナタに送ったカードと対となるコネクトの効果を持つカードの力を解放する。

 

 赤い光を放つ魔法陣が展開して、その中から不安そうに震えるように見える人間の指先が現れ始めた。

 

『げっひひひ! やあ、カナタちゃぁん! たくさん泣いて、よがって僕のおもちゃにな――ガアッ!?』

 

 我慢できずに長くぬめついた舌を飛ばして、魔法陣から強制召喚されている途中の手首に巻きつかせたメタローは辛抱たまらずに襲い掛かろうとして――あべこべに殴り飛ばされた。

 

 

 困惑する時間も与えられずに、メタローの視界を黒い塊が遮ったかと思うとその意識は強い衝撃に襲われて、僅かに暗転した。

 

 

 

 

 自分がつけた時よりも若干弱い照明の光にメタローの意識は十秒ほどの昏倒から覚醒した。けれど、目の前に飛び込んてきた光景に愕然として震えた様な呻き声を漏らした。

 

『ぐえ、えええ……な、な、ななな!?』

「お招きありがとよ。セーラー服じゃなくて悪かったな」

 

 狭く、廊下側には窓の無い理科準備室の中で自分をロッカーで殴り倒して末に足蹴にしているのは可憐でムカつくほどスタイルが良い天風カナタではなくて、今まさに獲物の喉笛を食い千切らんと猛る狼のような剣幕の灰色の髪の男子生徒だった。

 その顔にはメタローにも見覚えがある、ある意味で天風姉弟と並ぶ有名人だ。

 

『お前は確か双連寺! なんで、なんでっお前が出てくるんだよ! ふざける――グエッ!?』

「ご指名したのはてめえだろうよ。言っとくが俺のキャンセル料は高いぜ?」

 

 なんと、魔法陣から飛び出してきたのは別行動中のムゲンだった。

 ムゲンはメタローの姿を確認するや否や声も発すことなく急襲。手近にあったロッカーを投げつけて転倒させた。そのまま、天井の蛍光灯の一本を割れて折れるのもお構いなしに抜き取ると尖った先端をメタローの目玉ギリギリに突きつけて、マウントを取っていた。

 その上で、ムゲンは挑発するように自分をここに呼び寄せたカードをメタローにチラつかせた。

 

『それはカナタちゃんの下駄箱に仕込んだカード! どうしてお前が持ってるんだ? さっき、本人が持ってるのを確認したのに!?』

「うるせえよ、カエル野郎。俺らのバイト先には手先の器用な天才が二人もいてよ。速攻でレプリカ作ってくれたんだわ」

 

 そう言って、ムゲンは眼下の青くずんぐりとした異形を睨んだ。

 ぬめぬめした体表と不格好に長く大きなコブだらけのカエルの特色を持つフロッグメタローはまだ自分に何が起こったのか理解し切れていない様な反応を見せていた。

 

「そんなことよりも、教えろよ。なんでカナタを一番に狙ったんだ? 他の連中のことは置いといてやるよ、早く言ってみろ。 なあ、言えよ。こいつで目ん玉抉りだすぞ?」

『嘘だ……こんな、馬鹿力とは聞いていたがただの不良の腕力で、いまの僕が抑え込まれるな――イギッ!?』

 

 目を血走らせて、カナタを狙った理由を問い質すムゲンの剣幕に若干たじろぎながらも、たかが人間の分際でと激昂するフロッグメタローに問答無用の踏みつけが鳩尾目掛けて叩き込まれた。

 怒りのあまりに一周回って淡々とした機械のように落ちつき払った声でムゲンは問いかける。その様は怒声を上げて、獣のように暴れ回るよりも何倍も身の毛がよだつような恐怖を掻きたてる威圧感があった。

 

「お前のことなんてどうでもいいんだよ。人間でも化け物でも変態でも最低の屑でも好きにやってろ。俺が知りたいのはお前がカナタを狙った理由だよ。恨みでもあったか、あいつに非があるもんなら遠慮せずに言えよ、苦情はしっかりと届けてやる。ほら、胸張って言ってみやがれよ?」

『げひっ……ひひひ。そんなに聞きたいなら、言ってあげるよ』

 

 眼鏡のレンズ越しに爛々と輝く金色の瞳から放たれる殺気に内心竦みながらも、フロッグメタローはいまだ異形の力を得ている自分の優位を信じて、不穏な笑顔を見せた。

 

『ムカつくんだよ! あの女の自信満々で余裕ぶってる顔といい態度といい、勝ち組気取りで虫唾が走るんだよ!!』

 

 次の瞬間、折り畳まれて分からなかったカエル特有のバネのある鍛えられた両足でムゲンを蹴っ飛ばした。ムゲンは大きく飛ばされて、窓ガラスを突き破ると片足がギリギリで窓に引っ掛かった状態で宙づり状態になってしまう。

 

『だから、この力と姿を手に入れたときにイの一番でカナタちゃんに狙いを付けたよ。この舌で全身舐めまわして遊んでやったら、どんな反応するのか愉しみ過ぎて一睡も出来なかったくらいだ! だって、そうだろ? あの学園トップクラスの人気者の天風カナタが僕の姿にビビって泣き喚くかもしれないんだぞ? 鼻水も垂れ流すかな? 少しその気になって痛めつけたら失禁だってするかもしれないって妄想したら、日が暮れるまでが長過ぎて発狂しそうだったよ! だのに! あの女はこともあろうに、僕にはまるで興味がないってせせら笑うように、カードを教室の机に突っ込んで忘れてやがった!』

「分かった。もういい、喋るな。貴重なコメントありがとう、ゲス野郎」

 

 大音量で耳障りなだけの下手なヘビーメタルでも流れるラジオのように一方的で歪みきったカナタへの恨み辛みを吐き出すフロッグメタロー。

 目に映る上澄みだけしか知らずに身勝手極まりのない筋違いな怒りをカナタへと向けていたフロッグメタローの真実を確かめたムゲンは腹筋に物を言わせて弾むように理科準備室内にカムバックする。

 

『なっ……お前、本当に人間か』

「もちろん純度100%だぜ。DNA鑑定でもやってみるか? サンプルの血なら、いい感じに出てるしな。試してみろよ、理系野郎!」

『ごばあっ!?』

 

 顔や腕にいくつもの浅い切り傷を作りながらも、そんなものは気にもしない素振りでフロッグメタローに詰め寄るムゲンは力任せの喧嘩キックをぶちかまして、相手を廊下へと叩き出した。

 

「我ながら原始的な解決方法だと思うがよ、ここからは暑苦しいゴリゴリの筋肉的思考のオンパレードだ」

 

 眼鏡を掛け直しながらドライバーを装着したムゲンは迷わず引き抜いた二枚のライダーメモリアを挿入する。

 

【スカイ×ゴースト! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【エリアルファンタズマ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 黄緑の旋風を吹き荒ばせて、夜の学園に大空と幻霊を司る変幻自在の戦巧者が黒いパーカーを躍らせながら参上する。

 

『な、なんなんだよそれは!? 聞いてないぞぉ!』

『シンプルなもんだよ……俺はお前の敵だ』

 

 自分だけじゃなく、ムゲンまでも謎の仮面の戦士の姿に変わったことに激しく動揺して取り乱すフロッグメタロー。

 デュオル・エリアルファンタズマはそんなフロッグメタローに開戦の合図とばかりに風穴が開きそうな横蹴りを繰り出す。

 カナタを狙ったということだけでも怒り心頭だというのに、その上フロッグメタローの吐き気を催すような醜い感情を目の前でぶちまけられたデュオルはガクトとナギコにされたことへの怒りも重なって文字通り腸が煮えくりかえるほどの敵意を剥き出しにしていた。

 

『いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

 

 いつものように、戦士としての自分を奮い起こすための暗示のように掛け声を響かせるとデュオルは下衆の極みを具現化したようなフロッグメタローに突っ込んでいく。

 

『こんなのは僕の理想のやり方じゃないんだけどねぇ! やってやるよ!』

『お前の理想なんざ、ここからは一切合切許さねえよ!』

 

 腹を括って攻勢に転じたフロッグメタローは長い舌を巧みに操って槍のような乱れ突きをデュオルに仕掛ける。デュオルはそれを両手で円月を描くような動きで全て捌ききると反撃に掌底裏拳が入り混じった拳法式の連打をお見舞いする。フロッグメタローも反撃に慣れない動きで殴りかかって来るがデュオルはそれを軽くいなすと、逆に片手を捕らえて捻り上げると重い膝蹴りを食らわす。

 大きく後ろに跳んでどうにか攻撃から逃れたフロッグメタローはやはりまともに戦っては敵わないと一目散に逃亡を選んだ。

 

『く、くそっ! これだから野蛮人は始末がわ……おああああ!?』

 

 一歩一歩が驚異の歩幅で移動するフロッグメタローは後ろにデュオルの姿が見えなくなったのを確認してから、忌々しく悪態を吐こうとした。けれど、その瞬間に足首を何かに掴まれたことで背筋が凍るような恐怖を感じながら盛大に転倒した。

 

『なんか言ったか? 良く聞こえなかったからよ、もう一度俺の傍でハッキリと喋ってくれよ!』

 

 自分に何が起きたのか転がりながら自分の足元を見たフロッグメタローは廊下の床下から本当の幽霊のように透過状態でゆらりと姿を現したデュオルに声にならない悲鳴を上げた。

 

『ひぎっ――!?』

『追われる側になった気分はどうだ?』

 

 切れ味鋭い二段蹴りでフロッグメタローの顎下を蹴り上げて、強制的に立ち上がらせたデュオルはサンドバックに打ち込むような豪雨のような連蹴りを左側に集中させる。

 

『あがががががっ!? このぉおおおお馬鹿にするなよ!』

『うおっ!? クッ……手数は豊富そうだな』

 

 だが、フロッグメタローもやられてばかりではなかった。口から物に触れると爆ぜる高熱を帯びた泡の吐息・バブルブレスを吐き出してデュオルにダメージを与えると魔法の力で近場の教室の椅子や机をミサイルのように次々と撃ち出した。

 

『学校の中はあいつの弾だらけだな。 こいつもそんなに連続しては使えないし』

 

 最初の数発は拳や蹴りで叩き落としたが一教室分を撃ち尽くしても、フロッグメタローはすぐさまに隣の教室の椅子や机を弾丸にして再度攻撃を仕掛けてくる。

 幅の限られた廊下はもちろん、教室に逃げ込んでも自分を追尾してくる魔法を駆使した攻撃はデュオルとしても回避も迎撃もやり辛い厄介なものだった。

 いまは何とか仮面ライダーゴースト由来の透過能力で凌いではいたがこの一見無敵と思えた防御手段にもこちら側からも反撃できないという弱点以外に明確な制約があることをデュオルは体感していた。

 

『まさか、すりぬけ使うと呼吸できないとはな……早いうちに気付けて良かったと思うべきか』

 

 オリジナルである仮面ライダーゴーストは一度命を失った存在だったが故にその能力を万全に使えていたが、デュオルであるムゲンは生身の生者だからこそ、生命活動を司る大切な呼吸と言うものがまるで水の中にいるように透過能力を使用している時は出来なかった。

 

『どうした! さっきまでの威勢の良さはもうないのかい、ヒーロー! ダサいったらありゃしないよ、あの熊みたいな木偶の坊とどっちこっちだな!!』

『あ? いま、なんっつたオイッ!!』

『あの石頭の図書委員を襲った時にくっついてきたデカブツだよ! 本の扱いが乱暴だとか注意してきたあの女もウザかったがあの想定外のオマケは論外だったよ。まあ、上手く利用して都合よくデゴイにしてやったがねえ。可哀そうにこれから一生、異常性癖者のレッテルを貼って惨めに細々と生きていきたまえってねえ』

 

 上手い反撃の手段を考えていたデュオルだったが、調子に乗ったフロッグメタローが不用心に口を滑らせたその言葉に怒りのボルテージが振り切れると、心が突き動かすがままに椅子や机の集中砲火を掻い潜り真正面から対峙する。

 

『あいつを小馬鹿にしやがるのはその減らず口か? 勝手なことぬかしてんじゃねえぞ!』

『ゲッ!? こいつ、何する気だ!?』

 

 デュオルは突然、ジャンプして両手を天井に突き刺すと全身で屈伸するように渾身の力を入れて踏ん張った。

 最初はその意図が読めずに嘲笑っていたフロッグメタローだったがメリメリと音を立て出した天井を見て相手の正気を疑った。

 

『だあありゃあああああ!』

『うぅ……びゃあああああ!?』

 

 デュオルは自分たちが居る場所の天井を無理やりに引っぺがすと押し花でも作るかのような勢いで遠くにいたフロッグメタローを叩き潰したのだ。

 

『捕まえたぜ……ッシャア! とっておきいくぞぉおおお!!』

 

 降って来た天井の残骸に埋もれてのびているフロッグメタローの足をガッチリと両腕でホールドしたデュオルは豪快なジャイアントスイングをお見舞いする。

 

『ひぎぇえええええ! や、やめろよ! 放せ! この手を放せよおお!』

 

 技を掛けたまま、地上から僅かに浮遊して超高速回転するデュオルはまるでヘリコプターのプロペラだ。世界の修復力を逆手に取ったデュオルは意思を持った竜巻のようにジャイアントスイングのまま移動して、フロッグメタローを校舎の壁や柱に叩きつけまくった。

 

『おう! お望み通り、放してやるよおお!』

『ちょっ、待て! そっちは……あばああああっ!?』

 

 何度も頭を強打して悶絶しながら懇願するフロッグメタローの言葉の通りにデュオルは窓の外へとその手を放してやった。

 フロッグメタローはハンマー投げのような軌道を描いて校庭へと投げ出される。

 

『逃がしゃしないけどな! ダッシャアアア!!』

 

 さらにデュオルは外へと放り投げたフロッグメタローを追いかけて飛翔する。相手が地面に落下する前に追いついたデュオルは逆さまにしたフロッグメタローの頭部を両足で挟み、胴体を両腕で抱えると一気に急降下。

 とんでもない高度から繰り出されたデュオルのパイルドライバーによって、フロッグメタローは大地を揺らしながら頭部を打ちつけると、力なく大の字でその場に倒れ込んだ。

 

『ちくしょう……こんなクソゲーみたいな展開、認めないぞ。この僕は天風たちや巽とかいう木偶の坊なんかよりもずっとずっとすごいんだ。なのに……なのにぃいいい!!』

『寝言は寝て言え。陰に隠れてこそこそと悪さしてたテメエがあいつらよりも格上だなんて、怒りを通り越して笑えてくるぜ』

 

 手も足も出ない予想もしなかったデュオルと言う名の脅威に圧倒されて、容易く心が折れたフロッグメタローはそれまでの余裕ぶったトリックスター気取りの態度は欠片も見えずに、女々しく恨み言を吐き出すことしか出来なかった。

 呆れた醜態を晒すフロッグメタローに向けて、デュオルは渇いた態度で言い放った。

 

『ガクトの言葉を借りるなら、てめえこそが最高にダサい野郎だよ、変態ガエル。いいか、良く聞け、カナタもハルカもガクトだって才能とか持って生まれたポテンシャルだけを武器に満足して生きてる奴なんて一人もいるわけねえだろうが』

『げっ……ひいいい!?』

『どいつもこいつも、胸張ってなりたい自分になるんだって遮二無二に頑張ってるから、眩しいんだ。お前みたいな井の中の蛙とあいつらを一緒にするな』

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

 デュオルはフロッグメタローの胸ぐらを掴んで持ち上げたまま、ベルトのライトトリガーを引いた。ベルトの風車が輝きながら回転して、最大出力のエネルギーがデュオルの全身に迸る。

 

『こいつで事件解決だ。オオオリャアア!』

 

 片手で掴んだフロッグメタローを力任せに振り回して空高く放り投げるとデュオルはそれを追って自身も空高く飛翔する。月が夜闇を照らす空の戦場でデュオルは相手の片手片足を握り締めると弦を引き絞った弓矢の形でホールドすると一気に地上目掛けて落下する。

 

『参式ッ! オメガドロォオオオオオプッ!!』

 

『あぎゃあああああああ!?』

 

 裂帛の気合と共に急降下するデュオルは大気の壁を幾重も突き破りながら校庭のど真ん中にフロッグメタローを叩きつけた。地面が薄く凍った氷のようにあっという間にひび割れると二人の落下場所を起点に粉々に砕け飛んで大きなクレーターを作り、フロッグメタローは爆発四散して果てた。

 

『まさか、ただの人間にも使える代物だったとはな? コツみたいなものが要るのか?』

 

 目の前にヒラヒラと落ちてきた新たなライダーメモリアを手に入れて、デュオルは一人呟いた。

 メモリアに写る戦士は真紅の宝石のような鎧を身に纏い、魔法の指輪をかざした戦士。奇跡を織りなす魔法を振るい誰かの希望になり続けた男。仮面ライダーウィザードだ。

 

 

 

 

「さぁて、真犯人の面を拝もうか?」

 

 戦いが終わり、変身を解いたムゲンは足元に転がるフロッグメタローの素体になった人物の正体を確認した。

 

「こいつ、どっかで見たんだけどな……どこだっけ?」

「ムゲーン、お疲れー!」

 

 真犯人の正体はやはり城南学園高等部の男子生徒だった。

 けれど、目の前で気を失っている犯人の顔を見ても名前はおろか何年生かも分からないのでムゲンが首を傾げていると捕らえられたシスターを見つけ出したカナタたちが到着した。

 

「なあ、ハルカ! こいつ、犯人なんだけど名前分かるか?」

「どれどれ……ああ、この人だったか!」

 

 ムゲンに頼まれて、犯人の顔をペンライトで照らして確かめたハルカは思わず声を上げた。

 

「彼、川津っていう理科部の副部長だな。しかも、オレたち一度この人に会ってる」

「あ、そっか……始業式のときのあの人だこれ!」

 

 まるで接点がない犯人の素性だったが、カナタの言葉にムゲンも自分たちと川津の本当に些細な繋がりを思い出していた。何故なら、一番最初に大学で騒ぎになっていた事件を三人に教えたあの堅そうな雰囲気の通りすがりの男子学生こそがこの川津だったのだ。

 

「ところで、何でシスター上裸なの? あとなんかぬらぬらしてない」

「それは……」

「ムゲンさん。人間、知らないと言う罪と知りすぎる罠ですよ」

 

 ぐったりした様子で青ざめながらクーは放心したよう薄ら笑って呟き、カナタとハルカも死んだ魚のような目をして口をつぐんだ。

 何故なら、デュオルがフロッグメタローと戦闘中に理科室で無事にシスターを発見した三人だったのだが、その時のシスターがよりにもよって、荒縄でSM風に縛られた状態で宙吊りされていたのだ。

 ご丁寧にうるさかったのか目隠しと猿轡をされて、他の事件の被害者のようにぬるぬるのフロッグメタローの大量の唾液をぶっかけられていたものだから、その光景はシスターに悪意が無かったとしても、健全な若者にはトラウマになるのに十分な破廉恥限界突破の仰天映像だった。

 

 そんな事情は露とも知らないムゲンだが、この後にカナタの口からシスターが何もかも自分たちの秘密を知っていたことを教えられて、また別の意味で激しく狼狽えることになる。

 

 こうして、新学期早々に学園中を騒がせたいやらしい事件はこうして幕を閉じた。

 しかし、ムゲンたちが危惧していたようにメタローの力を用いて行われた犯行とその被害は無かったことに修正されてはいたが、川津が手に入れたライダーメモリアの力のみを使って行われた大学の事件はそのままの形で存在していた。

 

 それ故にムゲンたちはシスターが代表として川津を警察に突き出し、彼の自白と自宅から犯行に使われたスタンガンやアルコール類が発見されたことで本当の意味で事件を解決させた。

 

 

 

 

 

 

 ある日の放課後、先に教室を出て昇降口のそばでいつものようにカナタとハルカを待っていたムゲンはたまたまガクトと一緒になり、ぽつぽつと他愛のない会話をしていた。

 そんな中で例の事件の話題をガクトが口に出した。

 

「そういや、聞いたか? 例の大学の講堂で学生が素っ裸で寝てたとかっていう騒ぎ。犯人捕まったってよ」

「へー……勝手に酒でも飲んで酔い潰れてたんじゃなかったのか」

「なんかよ、高等部の男子がどういう手ぇ使ったのか分かんねえけど、あれこれやって昏倒させたんだとよ。ヒデェことする奴がいたもんだな」

「全くだ。はた迷惑にも程がある」

 

 あの後、川津は学校側から無期限停学処分を言い渡されたのだという。

 警察や学園側に語った犯行の理由はむしゃくしゃしてやった。馬鹿たちが偉そうにふんぞり返っているのが我慢できなかったと最後まで自分を省みるような言葉は彼の口からは出てこなかったという。川津という男は最後まで井の中の蛙のような男だったらしい。

 

「ところでよぉ、ムゲン。その怪我どうした?」

「単車でコケた。どっかの誰かさんが可愛い彼女さんと仲良く歩いてるのに気を取られて盛大にな」

 

 話題は変わり、フロッグメタローに蹴り飛ばされたときにガラスの破片で切った頬の傷をガクトに指摘されたムゲンは本当は本人から直接教えられたというのに、ちょっと得意げな口調でナギコとの仲をからかった。 

 

「げっほぉッ!? み、見てたのか? いつ、どこで!?」

「さあ、企業秘密だ。宮前のことなら俺もどんな子か少しは知ってるけど、ガクトとならお似合いじゃないか。大事にしてやんな」

「お、おう……嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、ありがとよ!」

「ああ、まさに美女と野獣だ。文化祭の出し物はお前ら二人主演でミュージカルでもやったらどうよ、このリア獣め」

「そっちかあああい! 目つきだけじゃなくて、口まで悪くなるとかどうしようもねえな!」

 

 カナタを真似るように黒い笑顔でにやつくムゲンにすっかりいつもの豪快で裏表のない朗らかなノリでツッコミを入れるガクト。彼のいうマイフレンドという関係ではないが、この二人は狼と熊と周りから例えられるように確かにお互いに規格外だからこそ息の合った組み合わせだった。 

 

「わりい、俺だ」

 

 スマホの着信音が鳴り、画面を確認したガクトは分かりやすいほどにやけた笑顔を浮かべてキョロキョロと周囲を見渡し始める。 

 

「顔に出てるぞ、ガクト。宮前さんだろ? 俺も素敵な飼い主たちがきたとこだ。また明日な」

「うん? あ、ああ……そうだな! じゃあな、ムゲン! 俺、行くわ! またな、マイフレンド!」

 

 ムゲンに背中を押されたガクトは屈託のない大声を張り上げて、大切な彼女であるナギコの元へと走っていった。相変わらず、自分にその呼び方を使うガクトにムゲンはやれやれと小さなため息をつくがそれに嫌悪の色は微塵もない。

 

「マイフレンドじゃねえっての。今回はバタバタしたけど、一応一件落着でなによりだ」

「言えてる。シスターにバレた時は心臓止まるかと思ったけど。それより、オレたちは飼い主とは随分な言い方じゃないのか、ムゲン?」

「そうだよ、ムゲンくぅーん。そこは両手に華でしょ?」 

 

 愉快そうな二色の声が後ろから聞こえるとムゲンの両腕をカナタとハルカが犯人を確保したぞとばかりに自分たちの腕に組ませた。

 

「カナタはいいとして、俺とハルカのカップリングはその筋の熱心な愛好家たちが暴動を起こしそうだからやめとこうぜ?」

「同感だ。まず、一番身近なところでシスターがスパーキングしそうで怖い」

「それもそうだねえ」

 

 三者揃って、なし崩し的に加わった強烈な味方であり、良き年長者のことを思い出して苦笑いを浮かべると学園を出た。メリッサへと向かう道すがらカナタとハルカはずっと気になっていたムゲンとガクトの関係にある一つの謎について思い切って問いかけた。

 

「あのさ、ムゲン……ちょっと聞いていい?」

「なんだよ、改まって」

「今回の事件で彼――ガクトくん。正直、私はすごく見直したよ。だからこそなんだけどさ」

「ん?」

「どうして、ガクトくんとは友達にならないの?」

「オレもそれは気になった。向こうはマイフレンドなんて呼んでるし、ムゲンが少し頑な過ぎないか?」

「お前らは自分のこと棚に上げてよくもまあ……いいか、こんな時でもないと言葉にして言えないか」

 

 実際のところ、自分たちに比べて明らかに付き合いやすそうなガクトのことを決して友達とは呼称しないムゲンの態度はカナタたちから見ても不可解だった。

 二人と顔をじっと見つめていたムゲンは少しだけ、どうすべきか迷ってから後になって言えずに後悔するよりはずっといいと考えて、心の中で言葉をまとめてから口を開いた。

 

「そんな難しい理由じゃないよ、単にガクトの知りあったのが去年の五月だっただけだ」

「……どういうこと?」

「五月って、まさか」

「その頃はもう俺にはカナタとハルカって友だちが居てくれたからな。量より質って言い方は変なのかもしれないけど――お前ら二人って友だちが居てくれるなら、俺は何も要らないよ」

 

 複雑な理由はなかった。でも、ムゲンにとっては深く大切な理由でもあった。

 傍から見れば異常な理由、拘りかもしれない。

 けれど、彼にしてみれば世界の何よりもこの二人っきりの友達が本当に本当に大切だったのだ。

 

「んー。何も要らないはちょっと大げさだな。友だちは二人だけで十分ってとこにしておこうか? だから、あいつは大切な知り合いだ」

「クス……なんだそれ? ムゲンのくせに生意気だぞぉ」

「ホント、これはペナルティだな。お望み通り、オレたち抜きじゃ泣いたり笑ったり出来ない体にしてやらないと」

 

 そんなムゲンの真摯な言葉にカナタとハルカの二人はあまりにも不意打ちだったのか、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。

 だが、続けて照れ隠しでとぼけるムゲンの言葉に普段の調子を取り戻した二人も気楽な感じに笑ってふざけだす。

 

「ハハッ! 望むところだ。余裕ぶっこいてると二人揃って俺に跪くことになるかもだぜ?」

 

 三人揃ってくだけた様子で笑いながらムゲン達は桜並木の道をいく。

 一歩前を進むカナタとハルカの後を追って満開に咲く桜を眺めながら歩くムゲンはふと足を止めた。ガクトとナギコが歩いていった方向へ向けて、捨てるのを忘れていた例のカードを細かく千切ると春風に乗せて高く放つ。

 

 どんな会話を交わすのかも想像が出来ない異色のカップルに祝福を!

 自分のような男には勿体ないような得難い大切な知人たちに幸福を!

 

 あっという間に舞い踊るように遠くへと飛ばされた細切れになったカードは紙吹雪のように、桜の花びらと一緒になって春のまぶしい空を彩った。

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 

 

 




今回もご覧いただきありがとうございました。
ちょっとだけ、ご報告……会社の技能研修が控えていまして、次回は少し投稿が遅れるかと思いますのでご了承ください。

それでは、ご意見ご感想お待ちしております。

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