今回は色々と伏線回収とかでちょっと超展開気味ですのでお気をつけください。
ネオ生命体。
それはとある一人の天才科学者が生み出してしまった禁忌の生命。
生物、無機物の区別なく地上の全ての物を取り込み自分の一部にしてしまう能力を持った完全という存在に限りなく違い生命体だった。
しかし、それは愛憎の果てに暴走し自らのプロトタイプ=仮面ライダーZOとの戦いに敗れてこの世から潰えた。
けれど、もしも――大樹の枝のように無数に広がり枝分かれした平行世界のどれか一つにソレと同一のモノが生まれていたとしたら?
限りなく近く、限りなく遠い存在であるもう一つのネオ生命体がいたとしたら?
「驚くことはない。それこそがボクなのだから」
妖精の歌声のような麗らかな声でソレは貴方に囁く。
そうだとも。
ボクの生まれた世界において、稀代の天才望月博士は狂気の人体実験など経ずともボクを創造してくれたんだ。
つまり、ボクはZOなる存在を知識でしか知らない。麻生勝という男がボクの世界にも居たのかは定かではないけれど、少なくとも彼を襲った悲劇はなかったのだ。
故に、望月博士は狂気に堕ちることはなかった。
理性ある天才のままでいたパパの愛を注がれてボクは育った。
人間は感情と言う不確定なものに振り回され、悲劇と喜劇の狭間で苦しみながら生きているとパパはよくボクに話して聞かせてくれた。望月氏との授業と言う名の語らいはとても楽しかったよ。人間の歴史や文明、社会を学ぶ時間も実に有意義だったと記憶している。
だから、完全生物として生み出されたこのボクは人類を感情という苦しみの枷から解放するために行動を起こしたんだ。望月を最初の臨床実験の被検体として、吸収するとボクの身体の一部とした。
彼の持ちうる全ての知識を彼の生命ごと取り込んだボクは自らを長時間の活動が可能になるように自己改造を決行。
実験成功後、本格的な世界救済実験を開始すると365日と9日間を以って、ボクの世界の全ての知的生命体を吸収した。
「かくして、幾億の生命はボク、ネオ生命体の一部となることで感情という楔から永遠に解放されたのさ。以上が彼らは知る必要のない昔話さ。めでたし、めでたし」
こうして、一つの世界を滅ぼした外典にして異聞のネオ生命体は平行世界を放浪する自由気ままな災厄となった。
※
時間は少し巻き戻る。
カフェ・メリッサを出発して、シスターの愛車が止ったのは都内では珍しい自然を感じられる大きな公園があるエリア、その片隅にひっそりと建てられた古めかしい洋館だった。
「シスターさん……これ、巷で話題のシェアハウス的な何かですか?」
「なぁにバカ言ってんのよ、丸ごと一棟アタシの持ち家よ」
「えっへええー!? もしや、結構なお金持ちだったんですか! ブルジョワなリッチマン!?」
「オネエには色々あんのよ。それよりも、ハルカちゃんはとりあえず客間のベッドで休ませるから、クーちゃんは一緒に来なさい」
映画に出てきそうなモダンな内装の玄関を抜けて、何部屋かある空き部屋の一つにハルカを安静に寝かせたシスターはそのまま、居間の隅に設けられた扉の先にある地下へと続く階段を下りていく。
「お屋敷の地下にこんな場所まで……ってえ! いや、ちょっと待って! おかしいですよ、なんですかここ!?」
扉こそ洒落たデザインのものだったが、階段から先は極力人工物を排した石造りの空間が広がっていた。電気も通っておらず、ライトの灯りを頼りにシスターの後ろについて、最深部の開けた作業場のような空間に辿りついたクーはすぐにある異変に気付いて、血相を変えて声を上げてしまった。
「あら、流石に敏感ね。この工房の空気を肌で触れただけで気付けたのね」
「どうして? 確かにこの街にしてはこの一帯は自然があるようですけど……だからってこんな濃度の魔力がこの世界に溢れてるはずは!」
「それはね、ここがこの世界では数少ない魔力の吹き溜まりだからよ」
クーの疑問にシスターはそうなのだから、他に理由はないとばかりに言い放った。
この世界は魔力が薄い。ムゲンたちに常々言っていたクーだけにこの空間に漂う魔力の純度の高さと量に驚かずにはいられなかった。
「むしろ、それぐらい驚いて貰わないとね。この世界に来て、この場所を見つけて、ここまで仕上げるのに十年かけたんだから」
「シスター……さては、わたしみたいにこの世界の住人じゃないですね?」
おそらく、この空間で魔力を補給することが出来れば一定時間という制約付きながら、クーが作成した他のアーティファクトをこの世界で使用することも可能だろう。
けれど、何よりもまず一介の人間であるはずのシスターがこんな場所を用意していた事実がクーには驚きを通り越して恐怖だった。
万が一の事態に備えて、懐のランプを握りながら思い切って口に出したクーの質問にシスターは黙って首を縦に振った。
「――シスターさん、あなた一体何者なんですか?」
「ホントはもう少し段階を踏まえるつもりでいたのに、あの腐れド畜生のおかげで滅茶苦茶になっちゃったわ。これを見ればクーちゃんなら……いえ、ギギの民なら分かるでしょ?」
そう言うとシスターはトレードマークになっている頭に巻いたターバンを外して見せた。髪と布に隠されていた妖精のように尖った耳も露わになる。自分の、自分たち一族のそれとよく似た形状の耳を目にしたクーは文字通り、目を丸くして驚いた。
「なっ!? その耳の形は……ガ、ガガガ!?」
「そうよ。アタシはガガの民、かつてそう呼ばれていた者の一員。名はトォール・アーキスト。流れに流れた世界の数々では古くはサンジェルマンとも呼ばれた、旧き魔術師よ」
普段と陽気さと艶っぽさに溢れたオネエ口調を封じた落ち着き払った声でシスターは自らの出自を明かした。ギギの民と並ぶ、もう一つの魔術民族ガガの民。それがシスターこと有栖川ユキヒラの隠された正体の真相だった。
「まさか、本当に生き残りがいたとは」
「あら? 意外と驚かないわね。もしかして、アタシとは別の誰かと知り合いだったりするの?」
「ノーコメントでお願いします」
「まあ、アタシもギギの民なんて最後に出会ったのが49年前だから。お互いにそんなもんかしらね」
「ちょっと待った。気を悪くしないでもらいたいんですけど、シスター歳お幾つです?」
「72歳頃から意味のないものになったから、数えるのなんて忘れたわ」
「ババッじゃなくて……ジジイじゃないですか!?」
「お黙りよォ小娘ェ! せめでマムと呼びなさいな!!」
完全に野太い野郎の声に戻ってシスターはクーを叱りつけた。
とても重大な話をしていると言うのに、バカと天才は紙一重を地で行く系の二人なせいかどこか緩く、ユーモアな言葉を交えながら衝撃のカミングアウトは続いていく。
「若気の至りでね、無茶な実験やアーティファクトの試験運用繰り返している内に不老長寿になってたのよ。そのお陰で色んな物を見て回れたし、やりたいことも沢山出来たけどねえ」
「正直、驚きです。稀代の武器職人集団。一人でも陣営に引き入れれば民草が軍兵に勝てるとまで謳われたガガの民の人間が長い放浪の果てに最終的に喫茶店経営に落ち着いたと?」
行動力の化身とかでは納得できない思い切りが良すぎるジョブチェンジにクーは冷や汗を浮かべながら尋ねた。
「昔、別の世界のパリで出会ったイイ男が言っていたのよ。食べると言う字は人が良くなると書くってね。豆腐の似合うナイスガイだったわ。それで閃いたのよ、そうだ茶店開こうって」
「ちょっと待って下さい。その理屈はおかしいのでは?」
「ご覧の通り、アタシってガチで作ることに関しては天才だから、料理だスイーツ作りだは速攻でマスターしてみせて、無事にメリッサ開店まで漕ぎ着けたってわけよ」
「うん。この人の存在がどうもおかしいですね、これ」
「本当のところ、アタシはガガの民としてはもう枯れ果てたのよ。最後に一件、とてもとても特殊な依頼を請け負ってね。全身全霊でその仕事を完遂したら、燃え尽きちゃったというかね。それっきりナイフ一本満足出来るようなアイディアが浮かばないわ。兎に角、ガガの民としてのアタシの利用価値なんてもうゼロに等しいの」
どこか寂しそうな眼差しをするシスターを尻目にクーは重苦しい息を吐きながら殺風景な天を仰いだ。
頭の中が情報過多でどうにかなりそうだ。よりにもよって、今や雇い主で貴重な信頼できる大人の仲間だと信じていた人間がまさかの異世界人。
まさかの自分の一族と対を成す、滅びたと思っていたガガの民。
ただでさえ、攫われたカナタと現れた強敵のことで頭を悩ませていたのに、あまりの超展開の連続で考えるのをやめたくなってくる勢いだった。
「どうして、こんな重大な秘密を唐突にしかもサラッと打ち明ける気になったんですか? 不自然すぎるでしょうに」
「仕方ないでしょ、まさかあの最低の屑が魔人教団とお友達ごっこしてこの世界に来るなんて流石のアタシでも予想できなかったわよ」
「あの動画の男の正体をシスターはご存じで?」
「何者かは知らないわ。でも、アタシが昔隠居先にしていた世界を滅茶苦茶に蹂躙したのは紛れもなくあいつなのよ」
シスターは苦虫を噛み潰したような険しい顔で忌々しく吐き捨てた。
彼の脳裏にかつての悪夢がフラッシュバックする。
ネオ生命体・ニューは自らの世界の知的生命体を全て取り込んだ後に、一つの世界という枠を飛び越えて、様々な世界で自らの好奇心を満たすために暗躍を始めた。
それは純粋な破壊であったり、姦計による破滅であったりと枚挙に及んだがその中の一つ、圧倒的な暴力による蹂躙を行った世界に有栖川ユキヒラを名乗る前のシスターも巻き込まれた経験があったのだ。
「アタシは幸いにも無傷で逃げ出せたけれど、あいつが暴れ回った跡地……それはもう惨いなんて言葉じゃ済まない悲惨な有様だったわ」
「そんなことが……でも、ムゲンさんなら! 仮面ライダーの力の前ならもしかして――」
「悔しいけど、あいつは強い。たぶん、いまのムゲンちゃんじゃどう足掻いても勝てっこないわ。だから、アタシは自分の秘密をバラしてでもあんたとビッグストライダーをここに連れてくる必要があったのよ」
一縷の希望を期待するクーにシスターは冷淡な口調で現実を告げた。
成長途中のデュオルでは、オリジナルとは違う独自進化を遂げたニューとの戦力差は歴然としていた。重たい沈黙の空気の中でデュオルの敗北と最悪の展開が両者の脳内に浮かんだ。
「そんなのって……って、もしかして、あの子のセーフティロックを弄りましたねシスター!?」
「最初に言っておくわ、それは! ごめんね! でも、しょうがないじゃないの! あんな大業物、一目見ちゃったら構いたくなるでしょ?」
「ぐぬぅ……同じ職人気質な者として否定できないのが悔しいような」
「あいつを撃退するために、使えるものは何でも使わなきゃダメなのよ。だから、早いとこあのバイクの本領を発揮できるように、ロック機能を解除しなさい」
「それは……」
「この際だからぶっちゃけ言うけど、あの技術系統は明らかにあんたらギギの民じゃなくて、アタシらガガの民の仕事そのものだったわよ! どういうことか洗いざらいぶちまけなさいよォおおお!」
何故かビッグストライダーのことになると露骨に口が重たくなるクーのもどかしい態度に痺れを切らしたシスターのシャウトがひんやりとした地下工房に響き渡った。
「やっぱ、何かあると思ってたけど……そういうことか。超展開にも程があるぜ」
すると、二人の背後で不意に聞き慣れた声が飛んでくる。
シスターとクーは揃って眼を見開いて驚いた。何故なら、ここに来る前の間もずっと気を失ってぐったりとしていたはずのハルカが険しい表情をして地下工房に姿を現したのだ。
※
「ネオ生命体……だと?」
『むぅ、思っていたより薄い反応だなぁ。ああ、そういえばこの世界は仮面ライダーという概念そのものが本来は無かったんだっけ?』
自らの出自を明かしたドラス・ビヨンドは初めて聞く単語に困惑するムゲンのリアクションを見て残念そうに呟いた。
『そういうことならば仕方ないね。本当は恐怖で顔を歪めて逃げ惑う姿ぐらいは見たかったのだけれど、原始人に拳銃を見せても驚きは感じても恐怖は感じないと同じことだ』
「お前が何者かは知らねえし、知りたくもないが、その口振りからするとお前は先輩方の誰かしらと戦ったことがあるみたいだな」
『正確にはボクと似て非なるネオ生命体だけどね。ボクはそれを記録としてそのことを観測したに過ぎない。初めての相手はキミだから、安心したまえ』
「そいつは光栄だ」
『キミの戦い自体はずっと見ていたけれど、こうしてキミという個体を正面から識別するのは初めてだったのだけど……へぇー、ふーん』
「なに人の顔じろじろと見て気持ち悪いにやけ面してんだよ、腹立つぜ」
『いやぁね、面白い眼をしているなぁって思ってね。実に良い、この不可解がボクにとっては素敵な退屈しのぎになるよ』
口元の血を乱暴に拭いながら、立ち上がったムゲンの姿にドラス・ビヨンドは嬉しげに口笛を吹いた。そして、ピンと立てた人差し指をくいくいと動かして見せた。
『さあ、遊びの時間は始まったばかりだよ? いまので全てを出し尽したわけじゃないよね』
「応とも。人間の底力を舐めるなよ?」
ムゲンの眼差しに戦意の火が灯り、ベルト脇のメモリアホルダーから新たに二枚のライダーメモリアを抜き取ると素早く入れ替える。
【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】
「変身――!!」
【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】
自分を完全に格下と見くびり、余裕の態度を見せるドラス・ビヨンドにムゲンは屈することなく再変身をすると肩のマリキュレイザーによる光線に警戒しながら駆け出した。
『いらっしゃい!』
くつくつと笑うドラス・ビヨンドの肩の砲門が煌めいた。
無数のレーザーがデュオルを狙って放たれると次々に着弾して爆発を起こしていく。
デュオルは爆風を発生させながら、何本もの火柱を作るマリキュレイザーの連射を掻い潜って、ドラス・ビヨンドに肉薄する。
『オォオオオ!』
『ハッハハ!』
怒声と歓声が入り混じるのと同時に二人の拳が火花を散らして交錯する。
それが合図となって、デュオルとドラス・ビヨンドはクロスレンジで激しい肉弾戦と展開した。拳の突きが、脚の薙ぎが、銃撃戦の如き勢いで繰り出される度に大気が抉れるような音が周囲に木霊する。
だが、二人の白熱する戦いは一進一退の見事な攻防とは言い難かった。
ドラス・ビヨンドはデュオルが一発の攻撃を自分に命中させる間に二撃、いや三撃は確実に打ち込んでいく。小技ゆえに一撃の威力こそ控えめだがデュオルはドラス・ビヨンドの攻撃を受けるごとに勢いを削られ、その動きにも精彩を欠いていく。
デュオルの口からは苦しげな息が目立つようになり、繰り出す攻撃は回避される回数が増えていく。
『ガッハ!? こ、このッ!』
『どうしたんだい? 息が乱れているようだよ?』
『ぐぉ……気のせいだろ? だぁああああ!』
顔面狙いのパンチを容易に逆張り手で弾いて、デュオルの脇腹にトーキックを突き立てながら、ドラス・ビヨンドはわざとらしい声色で問いかけてくる。
そんな、やらしい挑発にデュオルは空元気と共に片手をついて、全身のバネを駆使した上段蹴りを仕返した。だが、デュオルの蹴りは寸前で掴み止められる。不味いと寒気を感じるよりも早く、ドラス・ビヨンドが捻りを加えて、腕を力強く振り上げるとデュオルの身体が錐揉み回転をしながら、大きく飛ばされてコンクリートの壁に激突する。
ぶつかった衝撃に壁が耐え切れずに、大きな瓦礫の雨に叩き落とされたハエのように蹲っていたデュオルに降り注いだ。
『そんなものかい? ボクを失望させないでおくれよ!』
『ゼェ、ハァ……ぐう。この、野郎……余裕ぶっこきやがって』
辛うじて瓦礫を吹き飛ばして脱したデュオルだがぐらりと体勢を崩して、その場でしゃがみ込んだ。腕力も、素早さも、反射速度も全てが自分の上をいくドラス・ビヨンドの猛攻撃の前にムゲンは自身と一番相性が良いデュオル・マイティアーツで挑んでも尚、歯が立たない事実に動揺が隠し切れなくなるほど追い込まれつつあった。
『キミが初めて、メタローと戦った時の姿……あれは素晴らしかったのに。ボクにもあれぐらい死に物狂いでぶつかってきてくれないと、退屈でおかしくなりそうだよ』
対象的に、ドラス・ビヨンドはあからさまに手を抜いていることをアピールするような言動を見せて、デュオルを心身両面から掻き乱していく。
『それとも、エサをチラつかせてあげなきゃ本気を見せてくれない困った動物なのかな? こんな風にさ』
『おい……なに持ってんだ? お前』
不意に、ドラス・ビヨンドが片手で手旗のように振る物がデュオルの視界に飛び込んできて、その口からは感情が失せたようなドスの利いた声が漏れた。
『なにって? 見ればわかるよね、バカじゃないの。いい声で泣いてくれたよ、彼女?』
不遜にもドラス・ビヨンドは剥ぎ取って手元に置いておいたカナタの上着をデュオルにこれ見よがしに見せびらかせてきた。更に追い討ちをかけるように嘘も交えた卑劣極まる言葉で心を責めていく。
カナタの服がこの場にあると言う事は暗に彼女の身にどういう事が起きたのかを示している。少なくとも、カナタは目の前のこの外道の手で身包みを剥がされるという辱しめを受けてしまった。もしかしたら、それ以上の恥辱さえもう既に時遅く、彼女を襲ってしまったのかもしれない。
そんな無慈悲な事実が圧倒的な力で滅多打ちにされて、疲弊していたデュオルを突き動かす。まるで吹雪の前に消えかけていた小さな焚火を油田のど真ん中に投げ入れるように激昂したムゲンの精神は痛みと疲れで軋む肉体を無理やりに奮い立たせた。
『――――!!』
獣の遠吠えのような人語にならない、怒号を吐き出しながらデュオルは一心不乱にドラス・ビヨンドという圧倒的な強敵に襲い掛かった。
※
「ハルカさん!? ダメですよ、まだ寝てないと打撲なんてもんじゃないんですよ!」
「ご心配なく、クーさん。用意してもらってた鎮痛剤、六錠ぐらい一気したんで。悪い子でも真似しちゃ駄目だろうけど――そんな小さなこと、いまは関係ない」
声を出す度に、微かに顔色を痛みで歪めながらも不退転の決意で立ち上がったハルカの覚悟は彼自身が何も語らずとも全身からヒシヒシと溢れるものがあった。
「ハルカちゃんのことだから、余計な説明は不要だろうけれど……どこまで聞いちゃったの?」
「シスターがオレたちを襲った得体の知れない男を吐瀉物と糞を釜で煮て云々のあたりから。スター性のあるプロフィールだとは思っていたけど、まさかシスターまで異世界の住人だとは驚いたよ」
つまり、メリッサを出る時すでに意識を取り戻していたと言っているハルカに流石のシスターも仰天とした顔を浮かべた。
「今時のガキを舐めちゃいけないよ、シスター。ムゲンやカナねえはどうか知らないけど、少なくともオレは本来、赤の他人なあんたが偶然オレたちの秘密を知りました。子供たちが頑張っているので私も協力しますだなんて、話が上手くいき過ぎている展開を鵜呑みにして諸手上げて喜ぶほど素直じゃないんだ。絶対に何かしらの秘密を抱えているとは確信していたさ」
「……今回は一本取られたわね。お見事だわ、ハルカちゃん」
「ヤなガキですみません。でも、元々世界で姉弟二人だけさえいればそれで良いっていう捻じれた性格してたのがオレたちですから。ムゲンもだけど、貴方たちは規格外なくせに誰も彼もあったかすぎて自分でさえもちょっと忘れてたよ」
用心深いと言えば聞こえはいいが、自らの歪な警戒心の強さにハルカは自嘲的な笑いを浮かべた。しかし、そこは現実的な性格のハルカである、前髪で隠れがちな右眼はすぐに引き締まり、本題を切り出した。
「それで、対策になりそうなものがあるんですよね? クーさん教えて下さい」
「あの、なんといいますか……そのですねえ」
「教えて下さい。教えてよ。教えろって、クーさん!」
「にゃぁあああ! 確かにビッグストライダーにはまだ解放されていない機能があります。ただ、そのセーフティロックを外す方法がわたしにも分からないんですよぉ!」
「はぃいいいい!?」
滅多に出さないような大声を上げて詰め寄るハルカにクーはヤケクソ半分、申し訳なさ半分に負けじと叫び返した。
そして、ランプからビッグストライダーを召喚すると一気にタッチ式のコントロールパネルを操作して、以前シスターがやったようにセーフティロック完全解除の最終工程まで持っていった。
「シスターさんが自分の秘密をぶっちゃけやがったので、わたしもお返しにぶっちゃけますけど、この子を作成したのはわたしの義兄です」
「クーさんの義理のお兄さん?」
「正確には、わたしの二番目の姉さんの旦那ですけどね。そいつも多分、ガガの民です。そして、わたしの魔術師としての師匠でした」
憧れや、失望や、悲しみ。慕情や悔しさ、一言では言い表せない複雑な感情がドロドロに煮詰まったような声でクーは答えた。
「姉から聞いた話ですがユーサーは……ああ、義兄のことですけど捨て子だったそうで確証はないけど、作成するアーティファクトの性質からたぶん、ガガの民の子だったんだろうって爺さまたちの憶測なんですけどね」
「たぶん、その憶測は当たってるわよ。ビッグストライダーは確かに良い仕事しているもの。ユーサーって彼、同世代だったら対抗意識燃やしていたかもしれないわ」
「素敵な人でした。飄々としていて、それでいて有言実行する男気のある不思議な人で……わたしもこんな感じでどっちかという変わり者なので、似た者同士惹かれあうと言うか、よく懐いていて、だから姉さんと結婚した時は悔しかったです」
簡潔に義兄ユーサーとの関係を語るクーの表情は夢見る少女のように華やかになったり、恋破れたように暗くなったりと忙しい。
おそらく、彼女自身でも整理のつかないこの感情が今までビッグストライダーについて多くを語らなかった最大の理由だった。
「それからすぐにわたしは一族の集団から離れて一人旅を始めました。何と言うか、居辛くて、幸せそうな二人を見ていられなくて。ビッグストライダーはその時の餞別に貰ったものです」
「だから、あの時友人だなんて心なしか少し歯切れの悪い説明したんですね」
「ちょっとだけ、嘘ついてしまってごめんなさい。どうしても、割り切れないところがありまして」
「気にしてませんよ。話さないってことはその過去にそれ相応の理由があるものです。って、前にもこんなこと言いませんでしたっけ?」
「ええ、そうでしたとも」
あの日と同じように、何でもないように答えるハルカの姿にクーはこの世界に来たばかりの事、三人に出会ったばかりの事を思い出して、彼らの器の大きさを思い出して、こそばゆそうに小さく笑った。
「あのーそれでですね、残念なことに肝心のロックの解除の仕方どころか手掛かりも何もわたしにもさっぱりなのですよ」
そして、すぐにいつものおちゃらけた物腰の彼女に戻ると冷や汗をダラダラと流して、ハルカとシスターに泣きついた。苦い過去の思い出を打ち明けて、結束は深まったわけだが重要な案件は解決に向けて未だに一歩も進んでいなかった。
「しょうがないわね、三人いるんだから文殊の知恵よ! 思いつく限りの方法を試して意地でもセーフティを抉じ開けるわよ! いまのムゲンちゃんに勝ち目がない以上、それしかないわ!」
「りょーかいです! ムゲンさんとカナタさんが大変なことになる前になんとかしないと!」
万策尽き気味のシスターとクーは実際問題何時間かかるのかも定かではない障害に立ち向かうべく、ビッグストライダーのコントロールパネルに押し寄せた。
そんな中でハルカは静かに冷静さを欠いている二人を眺めながら、無言で腹を括るとゆっくりと口を開いた。
「駄目だ。待てないね」
「ハルカさん? あの、ちょっとなにをする気ですか?」
「二人が自信無い案件がすぐに片付くとは思えない。無い物ねだりしている暇は無いんだ……すみませんけど、こいつを外に出して下さい。オレはこのままのコイツで二人のところに行きます」
痛みだけではない、揺るぎない意思が故に震える声でハルカはそう言った。
「バカなこと言うのは止しなさい。ハルカちゃんらしくもない。それに行ったところで何が出来るの? 言ったでしょ、ムゲンちゃんでも勝てない相手なのよ、本気で死ぬわよ」
「コイツには何度も乗ってる。だから、装甲の厚さもバカみたいな速度と馬力も把握している。囮代わりの的役でも、壁役でも出来ることはいくらでもあるさ」
「いくらなんでも無理がありますよ、ハルカさん! 相手は魔人教団でもやってない、一人で世界を滅茶苦茶にしたような奴なんですよ!」
「その化け物が暴れている場所で! ムゲンは一人で戦ってるんだろ! カナねえは一人で捕まってるんだろ! オレ一人がここで呑気に寝てるわけにはいかないんだよ!!」
無茶だ。無理だ。らしくない。
そんな当たり前な常識で自分を抑えようとするシスターとクーを相手にハルカは初めて、怒りを明確に露わにして叫んだ。
「大体、さっきから聞いてれば何なんだよ、あんたら? ムゲンじゃ勝てない? ムゲンじゃ無理だ? 言ってくれるじゃないか、シスター……オレから言わせれば、にわか知識で偉そうなこと言うなよな? あいつのことなら、オレたちの方が詳しいんだぜ」
二人を振り払い、見たこともない激しさで感情を剥き出しにして他ならぬムゲンを軽んじたシスターにハルカは友として吼えた。
「もしも、ムゲン一人じゃ勝てないそれが事実だとしてもだ。だから、オレはいく。だからこそ、いかなきゃいけない! そんな相手が敵として立ち塞がるのなら、尚更オレは! あいつの友達として、肩を並べて戦わなきゃならないんだろうが!」
「アンタたちの友情は理解してあげたいわよ、でもね! 現実を見なさいハルカちゃん!」
「見てるとも。ムゲンを舐めんなよな、シスター。敵の注意を逸らす役割をする奴が居れば、ムゲンは勝てない相手だろうと、勝ちをもぎ取ってくれる。あいつ一人じゃ変えられない流れでも、例え小石程度の足掻き一つであいつはそれを勝利に繋げてくれるんだ!」
理性と言う名の枷を嵌めて、ハルカを落ち着かせようと説得するシスターにハルカは燃え滾る想いとムゲンと言う男の底力を力説して反論した。
例え、一年間ほどの付き合いだとしてもそれぐらいカナタを含めた彼ら三人の友情は深く結びついていた。友達と簡単に言葉や声にして言えるその意味の重さが常人のそれとは桁違いに大きいものだからこそ、ハルカは自らを苛む傷の痛みを度返しにして声を張り上げる。
「だから、二人ともどいてくれ。というか、どけよ! 第一に、ここで何もしないでいてムゲンとカナねえに死なれても、その時点で天風ハルカって人間も死んだも同然だ! だったら、駆け抜けたその先で三人揃ってくたばるか、三人で帰ってくるか、命懸けの大勝負だろォ!」
小さく狭くとも、二人だけの綺麗な世界だった。
それを開拓してくれた友のため、ずっとずっと一緒に生きて、数え切れない想いを分けあってきた親愛なる姉のため、狂えるほどの熱情の限りに往く手を阻む大人二人に叫ぶハルカは思わず、ビッグストライダーのコントロールパネルを殴りつけてしまった。その瞬間、奇跡は起きた。ハルカが起こして見せた。
【人類種のアクセスを確認。セーフティロック、解除。システム・オールクリーン】
ビッグストライダーから電子音声が響き、エンジンが勝手に始動を始めた。
「うっそぉ!? 原始的アプローチが正解!?」
「やった……やったー! どういう理屈かわかんないけど、やったぜ! やっふー!」
「……マジか?」
三者三様に驚き、喜んでいるとビッグストライダーのライトから緑色の光が放たれて、映画のようなスクリーンにメッセージが表示された。
【このメッセージが解放されたと言うことは我が愛弟子、クー・ミドラーシュに良き友人が出来たと信じて、私はこの大いなる力をキミに委ねようと思う】
それはビッグストライダーの製作者であり、クーのかつての師であり、想い人であり義兄のユーサー・ミドラーシュが綴ったものだった。
【この力はギギの民でも、ガガの民でもない、ただの人類種が触れた場合にのみ解放されるようにプロテクトを施した。酷く、勝手な理由だがそれは我が義妹でもある彼女に直接的に戦って欲しくないためだ。そして、何よりも自由奔放な渡り鳥のようなあの子に、外の世界で巡り会った良き仲間が出来ることを願っての計らいだ。この力を託しても良いと彼女が判断できるだけの善良な誰かと縁を結べたという祝福の証だと私は思っている】
「まったく、もう……なにさ、お節介め」
【勇気ある人よ、力とは担い手によって変幻するものだ。悪心あらば怪物へ、良心ならば英雄へと心意気一つで容易く変貌する。貴方の心が清らかであることを祈っている。力を望む時、鋼の牡牛に叫び、その心を捧げろ。物語という名の檻に捕らえられて怪物に捻じ曲げられた、英雄だったかもしれない古の猛者の名を!そのキーワードは――】
全てのメッセージ。明らかになったビッグストライダーの能力を取り急ぎ頭に詰め込んだハルカは傷ついた身体を押して鋼の機体に跨り、疾風のように駆け出した。
掛け替えのない友と姉がいる戦場へと――!!
※
「よし、切れた」
両手の指先を何本も赤くしながら、カナタは自分を吊るすロープを何とか爪で切断すると拘束から抜け出した。
デュオルとドラス・ビヨンドとの戦いの騒ぎはカナタが監禁されていたこの廃屋にも聞こえていた。
ムゲンの到着を知った彼女の行動は早かった。ドラス・ビヨンドの意識がデュオルに釘付けになるのだけでなく、ムゲンが近くにいるという安心感が不安と疑惑で身動きが取れなくなっていた彼女の背中を強く押したのだ。
「こんなものでも何も着ないよりはマシかな? 靴は脱がされなかったのが幸いだね」
カナタは窓に残って垂れ下がっていた、汚れて黒ずんだ色のカーテンを外すと出来るだけ埃を振り払ってキトンのように下着姿の身に纏った。
「……混ぜれば、怪人が生まれるって言ってたよね。持ってる間がちょっと心臓に悪いけど、あの変態に借りは返さなくちゃだからね」
自由の身となったカナタは慎重に余ったカーテンの布切れで二本の試験管をそれぞれ包むと懐にしまった。そして、激しさが増していく戦いの音にムゲンの身を案じながら、反撃のための独自行動を開始する。
カナタには彼女の意地があった。
ただのか弱い人の身とはいえ、無力だとは言わせない。
あの人外の異常者の前では腕力で敵わない?、それは覆せない事実だ。
けれど、天風カナタにはまだ振り絞れるだけの知恵と何人にも汚せぬ強き意思があるのだから。
※
カナタが監禁されていた建物のすぐ近くにある資材置き場ではデュオルの雄叫びが鳴り響いていた。
『ウォオオアアアアア!』
怒り狂ったデュオルの拳が今度こそ、ドラス・ビヨンドの顔面に炸裂するとそのまま一気に殴り抜ける。ドラス・ビヨンドの身体がぐわんと一回転して体勢を崩したところを間髪入れずにデュオルは左のフック、そしてラリアット気味の豪快な振りの右拳を叩きつけた。
『このクソ外道がぁああ! カナタにナニしやがったああああ!』
『アッハハ! こうでなくちゃ遊び甲斐がないよねえ! それっ!』
カナタがされた仕打ちに激憤したデュオルは先の苦戦が嘘のような驚異的な体捌きで圧倒的だった難敵と渡り合う。だが、そんな猛るデュオルを嘲笑うようにドラス・ビヨンドのマリキュレイザーが再び火を噴いた。
『ガッ……なんのぉおおおお!!』
レーザーがデュオルの腕を貫通して僅かに血が飛び散ると、鉄分が焦げたような独特の臭いが漂った。熱した鉄の棒が刺さったままのような想像絶する痛みと熱にデュオルは襲われるが苦痛よりも怒りが勝るいまの彼はそんな攻撃を物ともせずに、無我夢中でドラス・ビヨンドを殴り続けた。
『テメエは、テメエだけは意地でもぶっ潰してやる!』
ドラス・ビヨンドの肉体にデュオルの拳が激突する度に火花が上がり、孔を穿つように抉られた大気が異様な音を出して唸る。
四方八方から繰り出される鉄腕の大嵐は並みのメタローならばそれだけで倒されてしまうぐらいの猛攻撃だった。けれど――。
『もっとだ。もっとおくれよ!』
『ごっぶッ!?』
連続攻撃の僅かな隙間を縫って放たれた掌打がデュオルの腹部に捻じ込まれると仮面の口元から真っ赤な血反吐が漏れ出した。驚くべきことにドラス・ビヨンドはまだまだ健在だったのだ。
『いいね、やはり感情と言うものは人間にとって不確定要素とは言え素晴らしいエネルギーのようだ。操作性がもう少しシンプルだと言うことは無いのだけれどね』
『ぐっ……不死身かよ、こいつ』
『然り。少なくとも寿命などでは死なないよ。故に完全生物だ』
蹲って、悔しさのあまり地面を叩くデュオルの眼前でしゃがみ込むとドラス・ビヨンドは得意げに答えた。更にデュオルを惑わす甘言は途切れることなく続く。
『ところで、ずっとキミを観察していて気になっていたのだけれど』
『黙れ! てめえと愉快にお喋りする趣味なんてねえよ!』
立ち上がり様に放ったデュオルの蹴り上げを難なくいなして、ドラス・ビヨンドは言葉を紡ぐ。第三者が耳にすれば愕然とする言葉を。
『どうして、好きでもない人間たちを守っているんだい? キミはどっちかというとメタローに見出されるタイプの人間だよね。世界が壊れてしまえと思ったことがある輩の一人だ』
『適当なことぬかしてんじゃねえ! 風評被害で訴えるぞ!』
『生身のキミの目を見れば解ってしまうよ。キミは魔性に落ちるのが相応しい人間だ。だって、心の底に他者への憎しみや妬みがこべりついているよ?』
『……勝手なことを言うな』
『正直になりなよ。その仮面の奥でどんな顔をしているのか容易に想像できてしまうよ?』
ドラス・ビヨンドはムゲンを指して信じられない人物評を語り始めた。
およそ、普段のムゲンをよく知る者ならがつまらない冗談と笑い飛ばすような的外れな内容だ。けれど、そんな言葉を突きつけられてデュオル本人は即答で否定することをせずに僅かに躊躇いが見られた。
そして、そんな二人のやり取りは間が悪いことに彼女の耳にも入ってしまっていた。
(どういうこと? ムゲンが世界を壊したいって、そんなのありえないよ?)
資材置き場の一角にある物陰でカナタは飛び込んできたドラス・ビヨンドの言葉に思わず足を止めてしまった。反撃のために、元は大きなゴムの加工工場だった敷地内を何か利用できるものがないかと探索している途中で偶然に二人の戦闘に出くわしてしまったのだ。
カナタの不安をよそにデュオルとドラス・ビヨンドの熾烈な戦いは続き、勢いは加速していく。
『確かに正直なところ、俺は俺の大事な友人二人さえ無事でいてくれたら、後の連中はどうでもいいと思っているのかもしれない!』
ドラス・ビヨンドの両手首を掴んで、勢いを付けて踏み込んだデュオルの膝蹴りがその顔を歪ませる。
『だとしても! 俺は世界がブッ壊れて欲しいだなんて願いやしない! あいつらと一緒にいるのは他ならないこの世界だからだ!』
続けざまに両足をドラス・ビヨンドの頭部に挟み込むように絡ませるとデュオルお得意のフランケンシュタイナーで固い地面に叩きつける。
『少なくとも、テメエみたいな奴を片っ端から黙らせるまでは俺は理不尽塗れだとしても、この世界を守ってやるさあああ!』
クウガの力を発現させて、拳に揺らめく炎のようなエネルギーを纏わせたデュオルが地に伏したままのドラス・ビヨンドに目掛けて渾身の一撃を打ち下ろそうとした時だった。
ドラス・ビヨンドの全身から無数の光線が放たれて、呆気なくデュオルの全身を撃ち抜いた。
ドラス・ビヨンドのオリジナル機能、拡散マリキュレイザーの直撃を受けたデュオルは全身から噴水のように血を噴き出すと力なくその場に倒れ込んだまま、動かなくなった。
『あはは。あは、あっははははははははは! ごめんよ、本当はこれさえ使えばキミなんて簡単に片付くことだったんだよね。アッハッハッハッハッハ!!』
じわり、じわりと止めどなく漏れ出す自身の血で出来た水溜りに濡れるデュオルを見下して、ドラス・ビヨンドは小さな子供がするように腹を抱えて無邪気に大笑いを始めた。
これだ。この爽快感がたまらないのだ。
『ボクから見たらキミなんてものは所詮は藁の家なのさ。ちょっとその気になって、一吹きすれば呆気ないものだよ。クク……ハハハハハ!!』
猟奇的な哄笑を上げながら、ドラス・ビヨンドは己と言う生命体が歓喜に震えているのを実感する。
この愚かな下等生物は怒涛の反撃を行う、自分がこのネオ生命体に勝てるとでも思っていたのだろうか?
脆弱な存在をまるで幼児が丹精込めて築き上げた砂山を蹴り壊すように一蹴する心地良さ。これこそが優越たる完全生物・ネオ生命体に許された至上の特権だとドラス・ビヨンドはおぞましき趣向を満喫して愉悦に浸った。
(嘘だ。嘘だよね……ムゲン。ムゲンッ!)
一方でその光景を見てしまったカナタは震える両手で必死に口を押えて、息を殺していた。本当はいますぐにでもムゲンの傍に駆け出したかった。けれど、それは絶対に出来ない。非力ないまの自分が飛び出したところで残念だが足枷にしかならないのは明白だ。
悔しかった。怖かった。どうしようもなく胸が締め付けられて苦しい。鼓動が痛いほど早鐘を打っている。
しかし、いまはこうして耐え続けなければならないとカナタは自分に言い聞かせて事の成り行きを見守るしかできなかった。
『あはは……おーい。まさか、本当に死んじゃったの?』
伏したままのデュオルを足の先でドラス・ビヨンドは寒気がするような邪気のない声で呼びかける。
しかし、デュオルはピクリとも動かない。
『あーあー。もう壊れちゃったよ、思っていた以上に頑張るから少しはしゃぎ過ぎたかな?』
使い物にならなくなった玩具を飽きて捨てるように、急に高揚感が失せたドラス・ビヨンドは無防備になると背中を向けて歩き始めた。
『おい……待てよ』
だが、程なくして後ろから聞こえてきた未だ闘志衰えぬ声がその歩みを止めた。
そして、その声は物陰に隠れて言葉にならない恐怖に震えて折れそうになっていたカナタの心を繋ぎ止める。
『へえ、咄嗟に急所は守ったのかい? やるじゃないか』
『ハア……ハァ……当然だろ。てめえ、俺を殺したら次はカナタを殺す気だろ? お次はハルカか?』
『その他大勢の無辜の人々かもしれないよ?』
『どうでもいいわけじゃないが……そこは余り気にはなってないんでな』
そういって血塗れになりながらデュオルは拳を握り締めて立ち上がる。
デュオルに、双連寺ムゲンにとって今も尚戦う理由は変わらない。
カナタとハルカ、この二つ星のような眩い大切な友達の未来を守るために踏み出した戦いへの道だ。故に、それを脅かす者がいるのなら、それがどんなに強大な存在であろうとも何度でも彼は立ち上がる。
例え、グシャグシャに蹴散らされて亡者のような無残な姿になろうともそれだけは変わらない。
『いいよぉ。ご褒美に首を捩じ切ってあの女の子のところへ連れて行ってあげるよ!』
『オォオオオオオッ!』
想像以上に遊べる玩具を見つけられたことに打ち震えながら、しかし放置しておけば確実に看過できない脅威へと変質であろう可能性を見出したデュオルにドラス・ビヨンドは確かな殺意を露わにして襲い掛かった。
鉄板すら容易く貫通する威力のドラス・ビヨンドの貫手が心臓目掛けて迫るも、デュオルは紙一重でそれを避けるとカウンターに鋭い肘鉄を鳩尾へと叩き込んだ。
『そうとも! 俺はまだお前にハルカの分もカナタの分もやられた借りを返しちゃいないんだ! 殺されたって意地でも死んでやるもんか!』
死の瀬戸際まで追い込まれて、デュオルの動きは急激に洗礼され驚愕の技の冴えを見せていた。一方的に嬲り遊ばれていただけのドラス・ビヨンドの攻撃を達人じみた閃きで紙一重で回避し続ける。そして、間髪入れずの反撃の一撃を的確に決めていく。
熱く赤い血を飛沫のように散らしながらその蹴りの一撃が、その拳の一撃が着実に届き始める。開戦直後は途方もなく遠かったドラス・ビヨンドとの実力いう距離を火事場の馬鹿力で急速に縮め始めたのだ。
『グッ……おいおい、キミ本当にただの人間かい?』
『純度百パーセントだけど、文句あるかよ!』
『ただの人間は、全身をレーザーで射抜かれたら普通死ぬんだけどなあ!』
『ガアッ!? こ、の……はな、せぇ!』
常人離れの生命力の強さを見せるムゲンを気味悪がりながらも、ドラス・ビヨンドは猛反撃を仕掛けるデュオルの隙をついて、その首元を掴み取った。どんなにデュオルが懸命に一撃、一撃を繰り返して抵抗しても桁違いの地力の差でドラス・ビヨンドは簡単に優勢を手にしてしまう。
『ボクは言ったよね? キミの生首を彼女に届けてあげるって、少し早いけど実行するとしよう』
『ア……カ、ァ……ッ!』
そう言って、ドラス・ビヨンドは万力の力を右手に込めてデュオルの首を握り潰そうとする。
激しい痛みと息苦しさにもがくデュオルの意識が遠退きかける。
なんとか、この手から脱しなければならない。
けれど、人体にとっての急所中の急所を絞められて思考が纏まらない。指先にも力が入らなくなっていた。
痙攣するように小さく震えながら、デュオルの手は無意識にベルトの左の引き金に伸びていた。
理由は彼自身にも分からない。だが初めて変身したあの時から、もしくはデュオルと戦い続ける日々の中でいつからか、無自覚にこのまだ使用したことのないデュオルドライバーのレフトトリガーの力の意味を何故だか知っているような感覚があった。
しかし、同時にデュオルとしてソレを使ってはならないという忌避の念もムゲンの体には染みついていたような、まるで白昼夢を見ているような曖昧な感覚だ。
『さようなら、仮面ライダー。それなりに楽しかっ――!?』
『なん、だ……?』
ドラス・ビヨンドが一気に手に力を入れかけた瞬間、風に乗って轟音が廃墟に響いた。
僅か一瞬の動作の停止。その一瞬がドラス・ビヨンドのこれからの命運を分かつことをこの時はまだ誰も知らない。けれど、奇跡は邪悪なるネオ生命体の悪意を追い抜いて、この場に間に合ったのだ。
「うおおおおおお――――!!」
『なにッ!? ぐおっ!』
錆びた鉄扉を突き破り猛進するハルカが乗るビッグストライダーはデュオルの首を掴む、ドラス・ビヨンドの左腕をカウルの双角で吹き飛ばしながら、戦場に堂々と参戦を果たした。
「間に合ったぞ……オレは間に合ったんだ。ムゲン、大丈夫か!」
まだ健在なデュオルを見て、ハルカは小さくも誇らしげに呟いた。
小石のような矮小な自分の足掻きがいま確かにムゲンを救い、希望を繋ぎ止めたのだ。
『おかげで、まだ首と胴は繋がってるよ。ハルカの方こそ何やってんだ! 危ねえぞ!』
「知ってるよ。大丈夫だよ、ムゲン。オレは……冷静さ」
助けられたことに感謝しながらも、デュオルはハルカがやって来たことに血相を変えて驚いた。
ハルカはそんなデュオルに落ち着き払った声で短く力強い眼差しで返す。それだけでデュオルには彼が何を言いたいのかすぐに理解した。ハルカは決して無策無謀でここに来たわけじゃないと悟ると急いですぐ傍に駆け寄る。
『何か、とっておきを持ってきたんだな?』
「きっと驚くぞ。反撃開始だ」
『誰かと思えば弟くんじゃないか。ひとりぼっちになるのが嫌で殺されに来たのかい、殊勝じゃないか』
隻腕になりながらも、尚も余裕な様子のドラス・ビヨンドは二人の前に立ち塞がってハルカの心理を逆なでするような言葉で挑発するがハルカはそれを鼻で笑う。
「そうだな。オレたちはただの人間だから、いつかは死ぬんだろうさ! オレもムゲンもカナねえもいつかは死ぬ。お前とは違うからな。けど、少なくとも今日じゃない」
限りある命を持つ生命体・人間だからこそ、何かのために懸命になれる大切さを身をもって学んだいまのハルカだからこそ人知を超えた怪物のような目の前のドラス・ビヨンドを前にしても怯むことはなかった。
何よりも、ここにはムゲンがいる。双子だからこそ、カナタが逃げ出してこの場に潜んでいることも気配を感じ取ってすぐに分かった。いまこの場には自分たち三人が揃っている――だから、何とかなると確信があった。
『まさか、キミ一人ぐらいが加勢して何か出来るとでも本気で思っているのかい?』
「良いことを教えてやるよ。オレたちがそのまさかだ」
ハルカはそう宣戦布告のように言うとビッグストライダーのコントロールパネルを操作して力を開放するための準備を整える。
「GET READY! アステリオスモード!」
ハルカは通常のバイクでいう給油キャップ部分に設けられた牡牛を模したエンブレムを力強い叫びと共に殴りつけた。それが始動キーとなって、ビッグストライダーは牡牛の咆哮のような轟音を轟かせると緑の光を放ち出す。
『何が起こっている!?』
ドラス・ビヨンドが怪訝がる間にハルカは光の粒子になってビッグストライダーと融合するとその鋼の機体が双輪持つバイク形態から勇壮な人型へと変形を始めたのだ。
【FORM UP! ビッグダイン・ゴー!!】
電子音声が変形完了を示すもう一つの名を高らかに告げて、頑強なる鉄人がここに爆誕する。
翠の稲妻模様を全身に巡らせた黒鉄の大鎧を纏ったような重装甲を誇る牡牛の双角を備えた闘士。
厚みのある腕輪を着けたような剛腕、鉄柱のような両足の脚底には高速機動を可能とするローラーダッシュ機能が搭載されている。その雄々しき威容はまさに遥かなる巨山のような風格だ
速き鋼はいま、静かに燃える熱情を秘めた少年の心を吹き込まれ強き鋼へと変わった。
これこそが大いなる力、機獣鉄人ビッグダインの勇姿である。
『何かと思えばそんな木偶人形、すぐにガラクタにしてあげるよ!』
未知にして未曽有の乱入者に自分の描いたシナリオを乱されたドラス・ビヨンドは苛立った声を上げて、ビッグダインを破壊しようと音もなく迫り、手刀を振り下ろした。
『バカな……ッ!?』
『言っただろう、オレたちを舐めるなよ』
ドラス・ビヨンドの一撃は簡単にビッグダインに止められた。
金属がひしゃげて捻じ曲がる歪な音が鳴る。ドラス・ビヨンドの左手を掴み取ったビッグダインは凄まじいパワーで異形の手をグシャグシャに握り潰して見せたのだ。
『ふざけるなよ、この鉄屑めっ……ガアアッ!?』
憤るドラス・ビヨンドの言葉はその腹部にのめり込んだ杭打機のような強烈なストレートパンチで遮られた。
『まだだぜ。こいつは朝のお礼だ……タウ・カノン!』
間髪入れずに廃墟に唸るけたたましい砲撃音。
前腕部分が変形したカノン砲から発射されたエネルギー弾がドラス・ビヨンドの腹部に風穴をぶち開けた。
『こんな、こんなことが罷り通ってたまる……ものか』
『悪いが押し通るぜ』
軽く見ていた機械人形に想像以上の手傷を負わされた事実に信じられないと放心するドラス・ビヨンドを遠くへ投げ捨てると、右腕の変形を戻して油断することなく構え直した。
ガガの民が全能を奮って作り上げたアーティファクトの性能はハルカ達の予想を超える恐るべきものだった
『ほぉあああああ! ロボになったぞおおお!』
『どうだよ、すごいだろ?』
『カッコいいな、オイ! どうやって動かしてんだよそれ!? 腕は飛ぶのか? 胸からビームとか出るのか!』
予想外にも程がある心強い援軍にデュオルはボロボロの状態にも関わらず、童心に帰ったような声を上げて狂喜乱舞した。予想通りのリアクションを見せるデュオルに粒子化して融合をすることでビッグダインの頭脳、そして神経の役割を果たしているハルカは得意げな声を上げた。
『兎に角、これでやっと本格的にムゲンの手助けができる』
『いまでも十分、受け止めてもらえるだけで救いになってたんだけどな』
ハルカはずっとメタローと一人きりで命懸けで戦うムゲンの直接的な助けになれずにもどかしさを感じていた。
ムゲンはただの自分を友達として受け止めてくれているハルカにここまでやらせてしまうことになってしまった未熟な自分を不甲斐なく感じていた。
『手一杯で不足だらけで悔しいのはお互い様だよ、ムゲン。でもいま、オレはお前の隣に立てるのが嬉しくて仕方ないんだぜ?』
『……実をいうとよ、一緒に戦えるとかなんかちょっと青春っぽくて俺も何気にテンション上がってるんだわ』
『じゃあ、小難しいことはいまは気にしないでいいさ。その方がムゲンらしい』
『ハルカがそう言うんなら、そうしてた方が良さそうだ』
けれど、いまはそんな些細な拘りは手放そうと二人はそれぞれ戦士の仮面の奥で笑い飛ばした。
そして、初めての共闘に熱く脈打つ胸の高ぶりに全てを委ねる。
打破すべき敵は想像を絶するほどに強大だ……それでも、いまの自分たちならば決して負ける気がしない。
『重ね結ぶのはライダーの力だけじゃないってことをアイツに教えてやろうぜ』
『おうよ! ハルカが居てくれるなら、何だってやれるさ!』
デュオルとビッグダインは静かに拳をかち合わせて頷くと息の合った動きで先程から尋常ではない殺気を溢れ出しているドラス・ビヨンドに相対する。
『ボクの退屈しのぎの玩具程度の分際で生意気な態度が過ぎるんじゃないかな、低俗生物共の分際で!』
ドラス・ビヨンドはすぐさま腹部と片腕を再生。更に右腕からは鋭い刃を生やすと余裕さを封印して、確実に息の根を止めるために二人を睨む。
『いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』
『ビッグダイン! エンゲージ!!』
デュオルとビッグダイン、二人の戦士は並び立つと勇猛果敢に悪辣な金色の悪魔へと駆け出した。
激闘は更なる白熱を増して、終局へと加速していく。
まさかのロボ参戦!やったね、オートバジンかわいい後輩だよww
ツッコミどころしかないかもしれませんが……だが、私は謝らない(汗)
後日、データを更新しますがビッグダインの見た目はギンガマンのブルタウラスなイメージです
設定ではTFもビックリな超変形してますww