山奥の廃工場で戦士たちの雄叫びが轟き、漲る肉体と荒ぶる鋼がぶつかり合っていた。
『早いとこ片付けて、カナタを助けてやらねえとな!』
『それなんだけどよ、たぶん……カナねえは大丈夫だ』
『そうか? この屑に少なくとも服脱がされてんだぞ?』
『安心しろよ。それぐらいでカナねえは挫けねえ。双子のオレが保証する』
『だったら、予定変更だ。心おきなく、こいつを叩きのめすぞ!』
旋風のような疾き蹴りと怒涛のような力強い文字通りの鉄拳を阿吽の呼吸で交互に繰り出しながらデュオルとビッグダインは戦意を高め合いながら目の前の強敵に果敢に立ち向かっていた。
『おいで。少し本気で遊んであげるよ』
ドラス・ビヨンの体中の至るところから小さな角のような突起物が浮き上がると、拡散タイプのマリキュレイザーがデュオルとビッグダインに向かって放た。
『乗ってやるよ! タウ・バルカン!』
ローラーダッシュを駆使して先行するビッグダインは無数のレーザーを正面から受け止めながら、機関銃になっている両手の指先から弾丸を乱射して応戦する。
両者ともに互いの攻撃をまともに食らい火花を上げるが、攻防共にドラス・ビヨンドに分がありビッグダインが僅かに怯みを見せた。
『クソッ……コイツでも押し負けるのか!?』
『その玩具は興味深いけれど、このボクを侮ってもらっては困るな』
放射され続けるレーザーの雨。その威力はもちろんだが持続時間の長さに困惑するビッグダインにドラス・ビヨンドは余裕の笑みを浮かべた。しかし、その驕りは鋼の人型の影から飛び出してきたデュオルに崩される。
『だぁあらああああ!』
ビッグダインの肩を足場に力強く跳躍したデュオルは錐揉み回転しながらドラス・ビヨンドの背後に回り込むとそのまま頭部に蹴りを突き刺す。さらに着地するや否やの足払いを決める。
『ハルカ!』
『ジェットナックル! 吹っ飛べェエエ!』
大きく体勢を崩したドラス・ビヨンドは咄嗟に意識を自身の間合いに侵入したデュオルに向けた。そうなることを見越したデュオルはやられる前にやれの精神で顔面へと回し蹴りを打ち込んで視界を塞ぐ。
次の瞬間、ビッグダインの右腕が快音を鳴らせて有線式ロケットパンチとなって発射されるとドラス・ビヨンドを高々と殴り飛ばした。
『お見事! というか、ハルカってば技まで叫んでノリノリじゃん』
『こうやって名前言わないと使えない仕様なんだよ。オレはもうちょっとこう、クールにやりたい』
『そう言うなって、慣れると案外クセになるぞ? 俺がそうだった』
『チュートリアルの相手がこいつじゃなかったら、それぐらいの気でいられたんだけどな』
ぶっつけ本番、それもハルカに至っては初陣というコンディションとしては最悪の状況で抜群の連携を披露する二人は軽口を叩き合いながら、気を引き締めて砂煙の先を見張った。
『やれやれ、このボクがチュートリアルかい? 虫けら共がいつまでも粋がれると思ったら大間違いだよ?』
微かに何かが陽の光を受けて輝くのをデュオルとビッグダインが視認した時には鋭い斬撃が二人を襲っていた。
『うおっ!?』
『早いッ!? 次が来るぞ!』
右腕から伸びたブレードを振るい、目にも止らぬ高速移動で横一閃に二人を斬り伏せたドラス・ビヨンドはその勢いで猛然と暴風の如き斬撃を浴びせていく。
『ほらほら! 頑張らないと犬のエサになってしまうよ?』
『器用な野郎だ。刃物なんて物騒な物よりも歯ブラシでも生やしていた方が有意義じゃねえの!』
『いいや。無駄に生きている命を刈り取るこの刃こそ、ボクにとっては最も有意義な代物だよ』
ギリギリでDブレイカーを召喚したデュオルが白刃を受け止めると、激しい連刃の暴威に押されながらも切り結ぶ。まるで自分の手足のように巧みにDブレイカーを操るデュオルだが懐深く踏み込んで来るドラス・ビヨンドの前にリーチが取り柄の長柄では形勢は不利になる一方だ。不意に繰り出された裏拳で得物を弾かれたデュオルの眼前に刃の切っ先が飛び込んでくる。
『タウ・ソード! シャアアアア!』
ビッグダインが背中にマウントされているバイクモードのハンドルグリップを引き抜くことで形成された杭のような刀身の武器が間一髪で割り込んでデュオルを守る。
ビッグダインは加えて、左ハンドルのグリップも引き抜いた二刀流で参戦するとデュオルと共にドラス・ビヨンドを相手に剣舞のような激しい切り結びを演じる。
風が唸り、火花散る二対一の剣劇はそれぞれの武器がぶつかり合い、一進一退の激しさを見せる。特にビッグダインのタウ・ソードは盾のように防御を担当していることもあって、数え切れないくらいの斬撃を受けて、相当な負荷がかかっていると思われた。
『次から次へと面白い機能があるようだけれど、数があっても性能はよろしくないようだねえ!』
『そろそろか……!』
切り結びの衝突音にかき消されるような小さな声でビッグダインは呟いた。
そう――ドラス・ビヨンドは気付いていない、タウ・ソードのグリップ部分に謎のゲージが搭載されていることを。ビッグダインは敢えて、防御に徹して敵の斬撃を受けていたのだ。ゲージは刀身が受けた衝撃の蓄積量を示している。
そして、ドラス・ビヨンドの一気呵成な連続攻撃の前にそのゲージはあっという間に最大量に達していた。
『ムゲン! 頼む!』
『ハハッ……おうよ!』
その僅かな言葉でムゲンはハルカが何を求めているのかを瞬時に理解した。ビッグダインを守る壁になるように躍り出るとDブレイカーをドラス・ビヨンドのブレードに絡ませるように組んで鍔迫り合いに持ち込む。
『初実験といこう、カウンターバッシュ!』
『のぉおお――!?』
ドラス・ビヨンドがデュオルと競り合い、動きを止めた隙をついて、ビッグダインはタウ・ソードで刺突を繰り出しながらグリップの引き金を引いた。すると、大気を振動させながら、切っ先から放出された衝撃波が一点集中でドラス・ビヨンドを貫いた。
くの字になって後方へと吹き飛ぶドラス・ビヨンドだがコンクリートの地面を抉りながら恐るべき力で踏み止まる。
『やってくれる! だが、その程度かい!』
『おぉわあ!?』
『耐えろォオオオ!』
思わぬ反撃に驚きながらもドラス・ビヨンドは再び、高速移動で疾風のように二人を切り抜けるとそのまま首を切断しようとしゃがんで背を向けたままのデュオルに刃を振り下ろす。
『ムゲン、危ない!』
『なんのォ! 捕まえたぞ!』
『チッ……だったら、どうなんだい!』
振り返っていては間に合わないとデュオルは背面のまま、頭上で両腕を交差するとドラス・ビヨンドの一刀を阻む。そのまま、相手の手首を掴んで距離を離されないようにする。
デュオルの意図を察して、不愉快そうにドラス・ビヨンドは舌打ちをしながら腕に力を入れて無理やりに圧し切りにかかった。
『ハアアアァ!』
『同じ手に引っ掛かるとでも?』
『タウ・カノ――』
『無駄無駄!』
横からビッグダインが動けないドラス・ビヨンドにタウ・ソードで斬り掛るも、読まれていた攻撃は容易く捌かれ、手にしていた武器の片方を遠くへ弾かれてしまう。ならばと、左腕を変形されて砲撃を決めようとするがカウンターにミドルキックの直撃をもらって横転する。けれど、一手先を読んでいたのは彼らの方だった。
『こいつはどうだよぉおおお!』
『フン! ただの投げだろう? 変形の一本背負いといったところかな、他愛ないね』
転がるビッグダインを横目にデュオルはドラス・ビヨンドの手首を掴んだままの状態で力任せに投げ倒そうと仕掛けた。しかし、単調な攻めにうんざりしたような声でドラス・ビヨンドは桁外れのフィジカルを以って、姿勢を調整すると軽々と両足で着地してしまう。
『着地したな? バーカ!』
『なにっ……ぬぉおおおおお!?』
相手の不敵な声にドラス・ビヨンドは不審を感じたが、その瞬間には彼の両足は無理やり地面から引っこ抜かれていた。綺麗なブリッジを築き上げて、デュオルの豪快なジャーマン・スープレックスが地を揺らして炸裂した。
『まだ……終わらないぜ! 吼えろ、ビッグダイン!』
『このッ! 放さないか、木偶人形めぇええ!』
『お望み通りに! 地獄行きだけど、恨むなよ!』
二人の連携はまだ終わらない。
無防備になったドラス・ビヨンドの両足を掴んだビッグダインが咆哮のようなメインエンジンの駆動音を轟かせてジャイアントスイングで上空に投げ捨てる。
『がっはああ――!?』
『ネオ生命体だとか偉そうしてるがよ、ただの人間を甘くみないことだ!』
天井に激突して、跳ね返って落ちてくるドラス・ビヨンドを追って上空に跳んだデュオルは宙空にて、相手をアルゼンチン・バックブリーカーの姿勢でホールドすると一気に重心を落として落下速度を勢い付ける。
『デストロイ・クレッセントォオオ!!』
『あぁ……がぁああ!?』
その一撃は三日月を砕くが如く。
炸裂するはデュオルのオリジナル・ホールド。自在跳躍を応用して、通常の倍の落下速度で地面に着地したデュオルの衝撃がまともに伝達して、その両肩の上で担がれていたドラス・ビヨンドの身体が弓形に大きく反れる。その瞬間に、ドラス・ビヨンドの首、腹部、片足には途方もない負荷が押し寄せる。
一拍の間を置いて、その腹部が引き裂かれるように割れて、緑色の血が噴き出した。二人がかりでようやく届いた有効打を無駄にはしないとばかりにビッグダインが更なる追い打ちをかけに出る。
『こいつも……食らえええッ!!』
ビッグダインはその骨太で重厚な鋼のボディでジャンプすると屈伸運動を経て、勢い良く両足を揃えて降って来る。
その落下地点にはハルカのアクションに呼応して、技を解いてデュオルにふわりと放り投げられたドラス・ビヨンドがあった。
『ゲッヴッアアア……ア!?』
鋼鉄が重力に引き寄せられて地面と激突する、けたたましい音とドラス・ビヨンドの苦痛に満ちた悲鳴が響く。裂けた腹部に見事にぶち当たった重さを活かしたビッグダインのダイビング・フッドスタンプのド迫力な一撃はついにドラス・ビヨンドをぐったりと地面に伏させるに至ったのだ。
『……ァ、ァ』
『クッ!』
絞り出すような微かな呻き声を短く漏らして動かなくなったドラス・ビヨンドを片足で踏みつけたまま、ビッグダインは右腕のカノン砲を向けて、息を呑んだ。デュオルもいつでも呼吸を整えながら間髪入れずに一撃を叩きこめるように身構える。
誰かの一呼吸する音がひどく大きく感じるような張り詰めた空気の中で、密かに先程ビッグダインの手から離れたタウ・ソードの一振りを彼女が回収したのを誰も気付かなかった。
『――この手は、キミたちには使いたくなかったんだけどな』
背筋が凍るような圧が籠った声がした。
怒気も殺意もない、けれど……耳にした瞬間に恐怖で震えが止まらなくなるようなどこか無邪気な声と共にビッグダインはドラス・ビヨンドに逃げられないように足首を掴まれていた。
『ま、ず……ムゲェエエエン! オレを蹴っ飛ばせ! すぐにだあああ!』
その行為が何のための物なのか、シスターからこの悪魔のような生命体の情報を僅かばかりだが得ていたハルカは鬼気迫る絶叫を上げてデュオルに乞う。
『なっ――クッ、ダリャアア!』
何事かと戸惑うデュオルだが、只事ではない様子のハルカに刹那の速さで迷いを捨てると心苦しさは残るが望み通りにビッグダインを蹴り飛ばす。ドラス・ビヨンドの手が不気味に発光したのは僅か一秒足らず後のことだった。
『ハァ……ハァ……あぶねえ』
ビッグダインと合身しているハルカは苦しさを覚えるほどの荒い呼吸を繰り返しながら、心の底から安堵したような声を漏らした。
本当に、本当に間一髪だった。
もしも、シスターからの情報がなかったら。
もしも、ビッグダインと一体化していることで五感を共有していなかったら。
もしも、ムゲンの行動が遅れていたら。
自分はドラス・ビヨンドにビッグダインごと吸収されて終わっていただろう。
きっと、生身の自分なら滝のような冷や汗を噴き出しているであろう、恐怖体験にハルカはこの一瞬の油断が命取りになる状況で、いま無事に生きていることを感謝せざるを得なかった。
『――ムゲン、大事なことを言い忘れてた。こいつはその気になれば生き物も機械もお構いなしに何でも吸収して自分の力の一部にするそうだ』
『悪い夢なら、すぐに醒めたい話だ。今しがた俺、すげえ組み付いてたぞ』
恐るべきドラス・ビヨンド――否、ネオ生命体の能力を知らされて、デュオルも絶句するほかなかった。
『安心したまえ。この力はそう易々と連発は出来ない。それにキミたちにはもう使わないさ。それにしても、キミはボクの能力を把握していたようだ。つまり、ボクを識る誰かと知り合いと言う訳か?』
不条理極まりのない能力相手にどうやって戦えばいいのか、ここに来て暗礁に乗り上げた二人の前に希望をチラつかせたのは他でもないドラス・ビヨンドだった。
『いや、この話題はいま持ち出すものじゃないね。それよりも、いまの行為には素直に謝罪を述べるよ。すまなかった』
そして、あろうことかドラス・ビヨンドは二人に対して深々と頭を下げて非礼を詫びた。予想もしない行動にデュオルとビッグダインは困惑してどうしたらいいのか分からず、思わずその場で立ち尽くしてしまうほどだ。
『完全な生物であるこのボクがこんな勝ち方をしてはいけないからねえ。うん――うん。いけないことだ。原典の欠陥をも乗り越えたこのボクは原始的かつ王道の純然たる力のみによってキミたちを屠る義務がある!』
確固たる自負を剥き出しにして、ドラス・ビヨンドは宣告する。予告ではなく宣告だ。
先の謝罪は慈悲でも温情によるものでもなく。
その真意はひたすらに突き抜けた優越種としての不遜と傲慢に満ちていた。
群体・総体での全ての同胞があまねく完全生物として在ることを旨とするメタローとは決して相容れない、完全無欠の個という在り方こそがネオ生命体・ニューの譲れない矜持であった。
『遊びが過ぎたね。ここからは戦闘を始めるとしよう』
力強く大地を踏みしめて、仁王立ちしたドラス・ビヨンドが両の掌をデュオルとビッグダインに向けて突き出した。
『狙いを定める必要はない……キミたちは仲良く灰になるのだから!』
すると掌に出現した発射口から、より強力な破壊光線・マリキュブラスターが連射された。遠慮会釈のない無慈悲なエネルギー弾の乱射がドラス・ビヨンドの正面一帯を地獄絵図へと塗り替えていく。その破壊の凄まじさたるや、まるで地上にいながら爆撃機の空爆の凄絶さに勝るようなものだ。
『ぐううぅ……おおおおおお!?』
『ガッァアアアアアア――!?』
あまりにも広範囲に無差別に渡って放たれるマリキュブラスターの破壊力の前にデュオルとビッグダインは成す術もなく爆風爆炎に呑み込まれて幾度も吹き飛ばされた。
反撃しようにも、絶え間なく続く終わらない砲火の暴風雨に戦い続けで本来なら満身創痍でも可笑しくは無いデュオルはおろか、堅牢な装甲を誇るビッグダインまでもが一気に窮地に追い込まれていく有様だ。
確かに、デュオルとビッグダイン――並び立つ戦士たちはドラス・ビヨンドと拮抗するだけの力を持っていた。けれどそれは接近戦と言う、あくまでも一側面での話だ。
恐るべきことに完全生物を謳うネオ生命体。その汎用性は二人の予想を超えていた。廃工場の一角は瞬く間に黒煙で煤けた更地になり、ビッグダインもデュオルもボロボロになってそれぞれ膝を突き、うつ伏せで倒れ込んでしまっていた。
『ぬううっ……ここまでの強さだなんて。ムゲン、まだやれるか!?』
『やるっきゃないだろ。俺一人なら、間違い無くここでくたばってた。けど、ハルカ! お前が繋いでくれた。お前の力があったから、ここまで踏ん張れた……だったら、ここまで来たらどんなに見苦しく足掻いてでも、あいつから勝ちを獲るぞ!』
それでも、彼らはあきらめない。
世界のためではない。正義のためでも、平和のためでも、名前も顔も知らない多くの人々のためでもない。
他でもない、いま目の前で共に傷つき、苦痛を分かち合う友の命懸けの奮闘のために二人は力を振り絞って立ち上がる。
『だよな……そうじゃなきゃ、オレの知ってるムゲンじゃないよな!』
『俺は、ハルカがこんなに熱血漢だとは正直思ってなかったよ。さては乗り物運転すると性格変わるタイプか?』
『さぁな? 知りたきゃ、免許取れる来年まで楽しみにしとけよ』
『ああ、そうするよ』
空元気にやせ我慢で二人は不敵に軽口を叩くと、お互いを鼓舞すると拳を握りしめる。まだ何も分からない、知らない明日を手に入れるためにも立ち塞がる邪悪を退ける必要が彼らにはあるのだから。
『残念だけど、キミたちに明日は来ないよ。ここで終わりなのだからねえ』
爆炎の禍々しい灯りに照らされておぞましい黄金を輝かせるドラス・ビヨンドは遥か遠方に位置するデュオルとビッグダインに破壊を巻き起こす掌を突きつけ、冷淡に告げる。
『どんなに足掻こうが、喚こうが、キミたち二人ではボクには届かない。さあ、もう死んじゃえよ』
道端でうっかり蟻を踏み殺すような気軽さでドラス・ビヨンドは抹殺のためのマリキュブラスターを再び乱射する。迫りくる死を運ぶエネルギー弾を前にして、デュオルとビッグダインは裂帛の気合を放って一直線に駆け出した。
『うるっぇええええええ! テメエの頼みで誰が死ぬかぁぁああ!!』
『オレ達が勝ぁあああああつ!!』
虎穴に入らずんば虎児を得ずの例えの如く、エネルギー弾の暴威に翻弄されるよりも前に前へ前へと進むことを選んだ二人は容赦なく襲い掛かる灼熱と爆風を掻い潜り、着実にドラス・ビヨンドへと近づいていく。
けれど、そう簡単に相手が接近を許すわけもなくマリキュブラスターの勢いはさらに激しさを増して二人に牙を剥く。
そうだ――まだ足りない。
デュオルとビッグダインの二人が重ね合わせた力ではドラス・ビヨンドにはあと一手、近くて遠いその、あと一歩がまだ足りない。まだ重ねる力が欠けている。
足りないもう一手が自分だと彼女が自覚しているかは定かではない。
けれど、彼女はずっと二人の激戦の裏側で一人の戦いを繰り広げていた。誰も知らない孤独な奔走、けれどそれには意味はある。今この瞬間に何よりも大きな意味へと変わる。
彼女はこの場所がゴムの加工工場跡だと気付くとすぐに動いた。弦に成り代わる、劣化していない強靭なものは残っていないかと――ボロ布を纏っただけのその身を擦り傷、掠り傷だらけにして、彼女はそれを手に入れた。
次に発射場所を探した。敵に悟られず、尚且つ素人の自分でも確実に命中させることが出来る格好の場所は無いかと――多少の危険は省みない彼女の胆力が物を言い、その場所を見出した。奇しくもそこはいま現在、ドラス・ビヨンドが仁王立ちするその背後に位置する場所だ。もしも存在を悟られれば逃げ切れる保証はない。確実に一撃を撃たれれば命を落とす死と隣り合わせの瀬戸際の場所だ。
そして、最後に彼女はタイミングを見定めた。確実にこの微々たる一撃が好機に変質するであろう絶好のタイミングを逸る気持ちを、大切な人たちか傷つく様を目の当たりにしながらも耐えて、耐えて、耐え続けて見定めた。眼を凝らして隠れ見続けた果てに、心を鬼にして静観を保ち続けた先に、その刻はやって来た。
『さあ、絶望に心折れる時だよ! キミたちはよくやったんだ……もう、楽になりなよ?』
全てを見下して、甘い声で詰りながら二人への攻撃を止めないドラス・ビヨンドの背後にて、彼女はついにたった一撃の攻勢に転じる。
『何人集まろうとも所詮、キミたちは虫けらだ。虫けらがどうしてボクに勝てると思う?』
耳障りな声が彼女の元へも嫌でも届く。怒りを鎮めろと、心に強く念じながら彼女は中央が大きく欠けた鉄柵の両端に分厚く長いゴム紐をきつく結び付ける。
そして、矢の代わりにこっそりと回収したタウ・ソードを番えた。とっておきのオマケを括りつけたオプション付きだ。
『仲良く、二人で死ぬと良いだろう? どちらから死にたいかな? 選ばせてあげるよ。それとも二人同時が良いかい? 寸分違わず、首を刎ねるのも、心臓を握り潰すのもこのボクには造作もないことだからね』
マリキュブラスターの砲撃による熱風が遠く彼女が潜む場所にも届く。素肌をいつもより多めに晒した手足がひりついて痛む。軽い火傷ぐらいは負ってしまったのかもしれない。
だが、それがどうした!
耐え忍ぶ時間は終わった!
ここからは全力で心を燃やせ!
しかして、思考は常に氷のように冷静を保て!
彼女は――カナタは自分へとそう念じながら疲弊した全身に力を漲らせて急造の弓モドキの弦を強く、強く、限界まで引き絞る。
その状態を決死で維持しながら、精神を研ぎ澄ませて必中を成し遂げるために狙いを自分たち三人が打破すべき敵へと、ドラス・ビヨンドへと定める。
「私、自分の借りは自分で返す主義だからさ……受け取んなさい」
いまこそ、カナタは拙くも、譲れない強靭な想いを詰め込んだ一射を放った。
大地を割った救国の大英雄にも、龍さえ食らう大怪異を射殺した無双の武芸者にも、遠く及ばない一射だ。しかし、いまこの瞬間に矢として胸がすくような勢いで放たれたタウ・ソードはカナタの決意を汲むように真っ直ぐに狙いを目掛けて飛んでいく。
そして――!!
『人間も、メタローも所詮は矮小な下等生物さ。このボク、ネオ生命体こそが真の完全せ――ッ!?』
もう一撃で再び爆炎がデュオルとビッグダインを呑み込む寸前の時だった。
ドラス・ビヨンドが自らの圧倒的な力とそれに翻弄される二人の無様に愉悦を感じているその時だった。
全く予想していなかった三人目からの攻撃にドラス・ビヨンドの思考は停止した。
突然の事態にデュオルとビッグダインも驚きのあまり、動きを止めた。
カナタが全身全霊で繰り出したその一射はドラス・ビヨンドの背中から先のデュオルの攻撃で傷付いたままだった腹部を見事に射抜いてみせた。矢として放たれたタウ・ソードの先端が背中から貫通して、ドラス・ビヨンドの腹を突き破る。
『お、おおぉ……おおお!? 一体、何が……まさか!?』
自分を襲った信じられない攻撃に大いに取り乱しながら、ドラス・ビヨンドは後ろを振り返り、視線の遠く先にいるカナタを確かに目撃した。
「ギャップが好きなんでしょ! おまけも付けといたから、その身でしっかりと味わうと良いよ!」
滑稽にも見えるボロ布を纏いながらも、しゃんと胸を張り涼しげな強い笑顔を浮かべたカナタはドラス・ビヨンドを笑い飛ばしながら啖呵を切ってみせた。
『き、さまぁああああ……あ!?』
ドラス・ビヨンドは無我夢中でタウ・ソードを引っこ抜くとマリキュブラスターでカナタを消し炭にしようとした。けれど、自分の体内で起き始めた異変と傷口から零れる赤と緑の液体の存在に気付いて、思わず思考を忘れてしまった。
「それ、あんたの制御も効かないんでしょ? だとしたら、いまからどうなっちゃうのかな?」
タウ・ソードの先端にはあの二本の試験官が括りつけられていた。当然ながら、それらはドラス・ビヨンドを貫通した時に割れて、中身の薬液はその体内で混ざり合う。
「GAAAAAAAAAA!!」
『あぎゃああああ!? や、やめろぉぉぉおおおお! ボ、ボクの中で生まれるんじゃあ――んおおおおお!!?』
無数のデミホッパーがドラス・ビヨンドの体内で発生して、獣欲のままにその肉体を内側から喰い破り広げていく。聞いたこともないような悲惨な悲鳴を上げながらドラス・ビヨンドはその場にのたうちまわって苦しみ始めた。
『ゴミ虫以下の貴様らが! このボクの肉体を食むだと? フザケルナ! 恐れ多いことだと何故分からないぃぃいいいいいいいいいいいいい!!』
「GAA……GAAAAAA!?」
狂ったようなヒステリックな金切り声で喚きながら、ドラス・ビヨンドは自分の傷口にマリキュブラスターを撃ちまくり、自傷も厭わずにデミホッパーたちを殺し尽す。だが、その自殺行為によって、彼は大きく消耗して隙だけの情けない醜態を堂々と晒してしまった。
「ムゲエエェン! ハルくん! やっちゃえええええええ!!」
カナタが張り上げる号令を合図にデュオルとビッグダインは正真正銘の大逆転の反撃に出た。ムゲンとハルカとカナタ、この三人の力が重なり合ってついに抉じ開けた勝利への道筋を阻む物は何も無い。
『おっしゃあああああ! 最高だぜ、カナタァ!』
『乗れ、ムゲン! ぶっ飛ばすぜ!』
ローラーダッシュで一気に駆け抜けるビッグダインの背に騎乗して、デュオルはドラス・ビヨンドに肉薄する。
『タウ・カノン! ウオオオオオオォ!!』
今までのお返しとばかりにビッグダインの両腕が変形して、エネルギー弾を撃ち出す。ドラス・ビヨンドのそれとは打って変わって、ハルカの人柄が如実に反映されているかのような無駄なく、正確な砲撃が確実に直撃して相手を弱らせていく。
『オオリャアアアアアア! も一丁ぉおおおお!!』
ビッグダインの砲撃の間に跳び上がって急襲を仕掛けたデュオルのダイビング・エルボードロップがドラス・ビヨンドの顔面を叩くとその足元が大きくふらついた。立ち眩みを起こしたと思われる敵にデュオルは更に力の限りのアッパーを決める。
『がっばぁああ!? うぐっ……な、なにを!』
『どっせええええい!』
顔面を歪めながら仰け反り、後ずさるドラス・ビヨンドに間髪入れずにボディブローを打ち込んで前屈みにしたデュオルはその両腕に自分の両腕を絡ませてガッチリとホールドした。
不可解な動きに困惑するドラス・ビヨンドをデュオルはダブルアーム・スープレックスの動きで渾身の力で後方へと振り上げながら小さく跳ね上がる。
『スペリオル・アヴァランチャ――ッ!!』
通常ならば後方へと投げるように叩きつけるところをデュオルはギリギリで堪えると、まるで大木槌を振り下ろすように反動を駆使して全力でドラス・ビヨンドを地面へと豪快に叩きつけた。
『ゲギャアアァァァ!!?』
全てを呑み込み圧倒する雪崩のような一撃。
真っ直ぐに串刺しになるように頭部を打ち付けるだけでなく、両腕を逆方向へと関節諸共圧し折る、凄絶なデュオルのオリジナルホールドの洗礼を受けたドラス・ビヨンドは経験したこともないような痛みの前に悶絶する。
初めての劣勢。
これこそがドラス・ビヨンド/ネオ生命体・ニューの知られざる弱点でもあった。この個体は天敵を知らない。強敵を知らない。本来であれば宿敵であるはずのZOとの戦闘はおろかこの日、この時に至るまで苦戦と言う物を知らなかった。
全てが順風満帆の人生。挫折を知らぬ経験値不足の生命体だからこそ、一度窮地に追い込まれた事実にドラス・ビヨンドは自分でも信じられないぐらいに動揺して、体勢を立て直せないほどに精神をかき乱されていた。
ドミノ倒しのように脆くも崩れ去っていくドラス・ビヨンドの精神的ショックによる明らかな挙動の乱雑さを察して、ビッグダインはここぞとばかりに切り札を切りにいく。
『タウロホーン・ブラスター!!』
大地を踏み締める両脚からアンカーを打ち込んで機体を固定するとビッグダインは頭部の双角から翠色に輝く大出力のエネルギー波をドラス・ビヨンドに放った。
『ぐぅううあ゛あああああああ!』
極太の光の奔流がドラス・ビヨンドに直撃する。
両腕や腹部の風穴を回復するためのリソースを回す余裕もないドラス・ビヨンドは棒立ちで翡翠の光波をただ受け止めて耐えるしかない。
だからこそ、デュオルもまたビッグダインが時間を稼ぐこの瞬間にずっと温存し続けてきた奥の手を以て勝負を仕掛ける。
『こいつで仕舞いだ!』
【ストロンガー!×ウィザード! ユニゾンアップ!】
電子音声が高らかに二大戦士の名を叫び、二基の風車がゆっくりと回転を始め、淡い光を放ち始めていく。
「ネクスト・ライド――!!」
【エレクトロキャスター! GO! GO! LET’S GO!!】
紫電の魔法陣を突き抜けて、顕現した猛き魔導士!
デュオル・エレクトロキャスターはフォームチェンジするや否やただ一撃に全ての力を注ぎ込む。
【FULL SPURT! READY!!】
『全力全壊だああああああああ――――!!』
稲妻と魔力を纏って車輪のように宙空で逆巻くデュオルに力が湧き上がる。
一発で勝負を決める、その覚悟を表すかのように浮き出るように出現した魔法陣は通常の物よりも遥かに巨大だ。本来なら牽制のために無軌道に放たれる落雷すらも自らに収束したデュオルがいま必殺の拳を解き放つ。
『超電ンンッ! ビッグハンドォオオオ!! ストライクゥウウウウウ!!!!』
『こんなの、ボクは認めな――――』
ドラス・ビヨンドを殴り潰すその雄々しき鉄腕の一撃はまさに巨人の鉄拳。あるいは宙天より飛来して大破壊を巻き起こす流星の如く。
雷霆を握り締めた超巨大な豪腕を真正面から食らったドラス・ビヨンドは断末魔さえも上げられずに無残に爆発四散した。
紫煙と雷電の残滓がゆっくりと晴れると戦場だった廃工場はまるで時間が止まったと錯覚するような静けさを取り戻していた。デュオルとビッグダインはドラス・ビヨンドは敵が完全に沈黙したのを確かめて、ようやく変身を解く。
「やっと、終わったぁ」
「死ぬかと思った……というか、絶対にオレの寿命は年単位で縮んだぞ」
熾烈極まる戦いを勝ち抜いたムゲンとハルカはその場に寝っ転がると気の抜けた声を漏らしてホッと一息つく。それぐらい、今回の相手は想像絶する強敵だった。三人のうち、誰か一人でも足りなければ勝てない相手だった。
「二人とも、生きてるかーい?」
浜に打ち上げられたセイウチのようにぐったりとしている二人の元へ聞き慣れた爽やかな声が届く。囚われの身から、自力で抜け出し勝利への最後の一手を埋めた影の立役者のカナタが自身も疲れた足取りでムゲンとハルカの元へと歩いてきた。
「カナねえ、すげえなその格好どうしたの?」
「しょうがないでしょ、あの変態に気絶してる間に服はぎ取られてたんだから。それとも、私の下着姿が見たかったかな? どうしてもっていうのなら、ご褒美にサービスしてあげようか?」
「いや、家でも結構それでうろついてるじゃんカナねえ」
「あのさ、そういうディープな話はご家庭だけでやってくれねえ?」
「えーホントにぃ? 実はムゲンが一番見たいんじゃないのかな?」
「……気を悪くしないでくれよ、カナタ。俺はその、もうちょっと恥じらいのリアクションが出来る子の方がタイプというかだな」
「プッ……ハッハハハハ! だってさ、カナねえ。残念だったな。カナねえは私の体に恥ずかしいところなんてないからって言っちゃうタイプだもんな」
「ハルくん、今夜私たちはゆっくり話し合う必要があるみたいだね」
「あー……カナねえ、オレ謝るから、そのガチトーンなのやめて」
自然と始まる会話はとても他愛なく、取り留めのない雑談のようなものだった。けれど、こんな何気ないやり取りを三人はずっとしたかった。誰が口にするでもなく、取り戻した日常を実感できた。
「それにしても、まさかバイクがロボになるとはなあ」
「帰ったらもっと驚く新事実が山盛りだぞ。とりあえず、シスターの自宅がデカいお屋敷だった」
「なにそれ、 超気になる」
気付けば、カナタも二人と合わせて円になるように寝転がって会話を続ける。
三人が見上げる空は気付けば日が暮れかかり、一番星が瞬いていた。
「ところで、どうやって帰る?」
「流石に三人乗りは厳しいな」
「……二人とも高い所って平気か」
くたくたで立ち上がる気力も残っていないカナタとハルカにむくりと起き上がったムゲンがぼつりと尋ねた。そして、得意げにスカイライダーとゴーストのメモリアをチラつかせる。
「機内サービスはないけど、極上の空の旅をプレゼントだぜ」
「ハハッ……ヤバそうだけど、興味深いな。よろしく頼む」
「……ありがと、ムゲン」
正直に生身で空を飛んでいける貴重な体験に心を躍らせるハルカとは対照的にカナタはぎこちない表情でふとムゲンの腕や傷ついた体を観察してしまった。
先程の戦闘でレーザーが貫通して血が噴き出した傷口があろうことか、既に塞がって驚くべき速度で自然治癒が始まっていたのだ。異常なまでの回復力。ドラス・ビヨンドの皮肉ではなく、これは常人の成せるものではないのは明白だった。
ドラス・ビヨンドが言っていた意味深な言葉がカナタの脳内で残響のように浮上する。ムゲンはメタローに魅入られても可笑しくない、世界が壊れてしまえと願ったことがある人間だと。
「カナタ、どした?」
「え、いや……何でもないよ」
うっかり、心を曇らせる感情が顔に出ていたのかムゲンに心配されたカナタは慌てて笑顔を取り繕うと彼の背中を追う。
「あのな、カナタ」
「うん?」
「正直、今回本当にどうなるのか分からなくて、心底ゾッとしたけどさ。改めて、思ったことがあるんだけどさ」
「やっぱり、怖いよね……だって、誰もムゲンの代わりになれないんだもの」
「それはそうだけど。そうじゃなくてよ、俺たち三人なら……きっと上手くやれるさってな」
穏やかならざる胸中のカナタにムゲンはそう言って、珍しく自信に溢れた満面の笑みを見せた。
そして、傷だらけだが逞しく勇敢な背中を見せて前へと進んでいく。
「ムゲン。本当のムゲンはどんな人?」
思わず声に出てしまったカナタのか細い声はムゲンには届くことなく、急に吹き抜けた風に呑まれて消えていった。今日という一日の終焉が近づき、まだ何も分からない、知らない明日が彼らにやって来る。
※
ゆっくりとまだ片方しか再生できていない瞼を無意識に開くと、懐かしい景色が視界に入った。
「ここは……」
『もう目覚めたか。流石はネオ生命体だな。どうだね、懐かしき故郷の我が家の居心地は』
よく知る者の声が聞こえて、ニューは状況を確認した。
頭部の一部だけが辛うじて僅かに残った状態でニューはかつて、その命を繋いでいた生体プールの中に浸かり、再生治療を施されていた。
『ギリギリで貴殿の残滓を回収して、ここで治療を試みたわけだが断りもなくこの地に訪れたのは不躾だったかな』
「キミがボクを救ったのか……統括長、ネメシス。キミが直々に?」
『おや意外だったかな? 私としては貴殿のような希少な生命体があの場で散るは忍びない。盟友としてもね』
冷淡な口調でネメシスは事も無げに答えた。
魔人教団の実質的な首領である彼が直接行動を起こすなど異例の事態だった。
「この恩は直ぐにでも返すよ。ボクとしてもこのまま引き下がるわけにはいかないからね」
『それには及ばないよ。観察者ニュー、まずはゆっくりと傷をいやしてくれ給え』
再戦を誓うニューをネメシスは朗々とした様子で窘める。まるでみすぼらしい弱者を憐れむようなどこか慇懃な雰囲気を醸し出して、さらに言葉を付け足す。
『貴殿との死闘を鑑みて、魔人教団もデュオルという仮面ライダーに対して警戒レベルを引き上げる選択をしたのだよ。それ故に私は統括長として
「死奏剣、なんだいそれは? 随分と賑やかそうな一行そうだね」
『彼らは戦闘に特化した前線司令官だ。数多の世界に存在する仮面ライダーたちと交戦のために遠征の最中だったからね、貴殿が知らないのも無理はない』
初めて聞く、魔人教団内に存在していた詳細不明の集団に不思議がるニューにネメシスはどこか得意げに語った。無理もない。ニューなどには語る気は毛頭ないが彼らこそ、ネメシスがまだ人類種であった頃から親交があった掛け替えのない朋友たち。その一握りであるのだ。
(ボクの知らない者たち。それも専門的な戦闘部隊とは……これは想像以上に警戒されているようだね)
一方で、ニューは同盟者という肩書こそ持ち協力関係にある魔人教団がそんな物騒な集団を近くに呼び寄せる程度に自分は危険視されていることを感じる取ると不本意ながらも自重せねばと気を引き締める。
「で、彼らは有能なのかい?」
『語るまでもなく! 彼らは私と同じく高次元生命体メタローのその更に高みへと進化を果たしたハイ・メタローと呼ぶに相応しい傑物たちだ』
少しでも情報を引き出そうと探りを入れるニューにネメシスは自らの至宝に等しい朋友たちを示して熱く謳う。
『今しがた彼らの到着には時間を要するだろうが楽しみにしているといい。魔人の本領をお見せしよう!』
それは誇張でも警告でもなく、ありのままのネメシスの本音。嘘偽りのない強き友たちへの賛美の言葉だった。だからこそ、ニューは挑発も牽制の言葉も出せずに押し黙るしかなかった。
遠い向こうの平行世界のどれか一つにて――。
寂寥とした廃墟の片隅で今日日珍しい電話ボックスにもたれ掛かっている一人の女がいた。
烏羽色のセミロングの髪に、中性的な麗しい顔立ちの抜身の刃のような雰囲気を纏う女。けれど、その双眸は死んだ魚のように生気がない。
真紅のレザージャケットに古めかしい拵えの野太刀を背負った奇抜な格好をしたその人は様になった所作でタバコを吹かしながら待ち人たちを待っていた。
「チッ……遅いんだよ、あんたら」
手厳しい口調で言葉を飛ばす女の視線の先にはこれまた風変わりな一組の男女がいた。
「おっかねえな、ツムカリよぉ! うっへえ、折角の美人が相変わらずの仏頂面ときたもんだ。俺ちゃんのご立派様で蕩けた笑顔にしてやろうかい?」
レザージャケットの女をツムカリと呼んだ男性は筋骨隆々な恵まれた体躯にどこか不釣り合いな愛嬌のある顔立ちをした軟派な山のような大男だ。上半身裸のその肉体にはトライバルタトゥーのような彫り物が彫られ、カウボーイハットを被り、山賊のような豪放な大笑いを上げて、彼女をからかう。
「去勢したいんなら、いつでも言いなよアロンダイト。その粗末な爪楊枝を斬り落としてやるさね」
「試してみるか? 三分後にはおたくが俺ちゃん専用の鞘になってるぜ?」
「ハァン? 一分で逝かせてやるよ」
キツめの冗談を叩き合う彼らにとっては変わらぬ親しみを込めたやり取り。
お互いをよく知るからこそのフレンドリーな触れ合いなのだがこうして戯れの遊戯とばかりに五回に一回は本気の殺し合いになるのも常だった。ツムカリがタバコの煙をアロンダイトの顔に吹きかけて挑発する。
「んもう! そんなお下品な言葉使っちゃダメっていつも言ってるでしょ」
一触即発になりかけた二人をアロンダイトの肩に乗った花の妖精と見間違うような可憐な少女が諫める。
「そんなんだからアロンダイトは女の人にモテないんだよ。こんなに大きいくせにひんせいは欠片もないんだから」
「うわっはは! 褒めるなよなあ、レーヴァテイン」
鮮やかなピンク髪の幼さが残るあどけない少女。レーヴァテインの名を持つ彼女は純白のワンピースに身を包むどこかの令嬢のような愛らしい容姿でプンプンと怒ったリアクションをして見せるとアロンダイトの頭をぺしぺしと叩く。
「レヴァンがいつでも甘やかしてあげるんだから、こんなオバサン放っておきなよ。ね♪」
「おっふっ……恍惚ゥ」
しかし、レーヴァテインは無垢な幼子の雰囲気を突然一変させると淫靡な色香を漂わせ、くちゅりとアロンダイトの耳を熱っぽく貪るように舐めて愛撫すると甘美な声で囁き、ツムカリには見下したような眼差しを送る。
「ガキが色気づいてんじゃねえよ。可愛げのねえもんだ」
「よっと! にしし♪ だって、レヴァンは可愛いよりもうつくしい方がいいんだもん! ツムカリはどっちもないよね、敵を切り殺すことしか頭にない悲しいモンスターだもんね」
レーヴァテインは身軽に悪態をついていたツムカリの肩に飛び乗ると悪戯っぽい笑みを見せて露骨に煽っていく。
「おい……降りろ、このクソガキ」
「やーだよ! あ、白髪はっけーん!」
「あるわけねえだろうがよ! 尻ひん剥いて引っ叩くぞ!」
「あっはは! 怒ったおこったー!」
最初は受け流していたツムカリだが直ぐに怒りの沸点を迎えるとレーヴァテインの首根っこを掴んで思い切り地面に叩きつける。けれど、レーヴァテインはツムカリの指先で逆上がりをする軽業で逃げ出すと再びアロンダイトの肩に着地する。
「なあ、脳みそ下半身の阿呆とませた色狂いのガキの活け造りなんて烏も食わないだろうが面白いとは思わないか?」
「「えー! つまんなーい!」」
青筋を浮かばせて柔和な笑みを浮かべるツムカリにアロンダイトとレーヴァテインは声を揃えて不満そうに言い返した。ツムカリが本気になって背中の野太刀を抜くのも時間の問題だと思われた時だった。
「騒がしい声が聞こえると思ったら、いつからコメディアンに鞍替えしたんだお前たち」
渋く鋭い男の声が三人を律した。
三人が声の方向へと意識を向けるとそこには高級スーツに袖を通したスキンヘッドに鋭い眼光が印象的な英国人風の男性が花束を携えて闊歩して来た。
「クルージーン、文句があるならこいつらボンクラに言うんだね」
「そのボンクラの駄弁に熱くなるようじゃ、お前さんもまだまだ修練不足だな。小魚でも食え、ツムカリ」
クルージーンと呼ばれた壮年の男は一見すると四人の中で一番平凡な人間らしい、格好をしていた。けれど、その佇まいには常に一部の隙も無く、野獣の獰猛さと狩人の冷徹さを併せ持つ、手練れと言っても遜色ない覇気を醸し出している。何よりも彼の一声で好き放題にじゃれ合っていた三人が大人しくなったことがその実力を裏付けしていた。
「うわぁーい! クルージーン、ひさしぶり!」
「やあ、セニョリータ。お前さんの笑顔はいつも餓えた俺の心に潤いを与えてくれるな。だが、もう少し慎みを持った方がいいぞ。アロンダイトのお守りでバカが伝染したら始末に負えないからな」
「はーい!」
「良い子だ。いい女の条件の一つは他人の助言を素直に聞けることさ、覚えておけ。うん、似合ってるぞ」
クルージーンは手にした花束からレーヴァテインに似合う白い花を一輪抜き取ると髪飾りのように挿してプレゼントする。
「惚れ惚れすんなぁ、伊達男。その花束なんだい?」
「久しぶりに我らの朋友と再会するんだ。洒落た手土産ぐらい用意するのが俺の流儀ってもんだ」
「マメな奴だな。俺ちゃんも見習って仮面ライダーの首の一つでも持ってこようと張り切ったんだけどよお、なかなか捕まんねえんだわな!」
「頼もしいな、アロンダイト。お前はそのままで十分に面白れえ男だ。バカで、バカみたいに強く、そして――やっぱりバカだ」
「あれ? 俺ちゃんだけ、なんか扱いが雑じゃね? グループ内でのイジメ、ダメ絶対だぜ」
「安心しろ。お前のバカは愉快なバカだ。それは俺たちとネメシスの心の清涼剤だ。つまりは要石に等しい。ただし、女を見る目はもう少し磨け」
全幅の信頼を寄せていると伝えるようにクルージーンはアロンダイトと肩で抱き合うとゆらりと身を翻して、三人を一瞥した。
「では諸君。久しぶりの再会を嬉しく思う。宴の一つも興じたいが我らの朋友ネメシスがお待ちかねだ。故に我ら死奏剣――未だ遠き旅路を急ぐとしよう!」
ニヒルに嗤うクルージーンに呼応して、ツムカリ、アロンダイト、レーヴァテインの三者もまた魔人の哄笑を高らかに上げてたった四人の行軍を開始する。先刻、軍隊も臣民も何もかもを鏖殺し尽くした一国の残骸である廃墟を後にして。
さあ! 魔人の歌を奏でよう!!
さあ! 死の音色を掻き鳴らせ!!
さあ! 断末魔の大合唱を響かせろ!!
我らこそが
未曽有の嵐がやって来る。
この続きはまたいずれ。
此度はここまでと致しましょう。
何時もお読みくださりありがとうございます。
次回ですがちょっと大事なお話になるのでもしかしたら再来週更新になるかもしれません。
世間はコロナウイルスで大変ですが、皆様も体調には気を付けて健やかにお過ごしください。