仮面ライダーデュオル   作:マフ30

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お久しぶりです。
お待たせしました、どうにかこうにか日曜日に最新話更新できました。

ようやくのムゲンメイン回
ちょっと重い展開もありますのでご注意くださいな


第11話 アッシュ・プライド/正義と言う名の劇薬

 

 

 繁華街の路地裏。

 煌びやかな夜の街の別側面のような暗く湿っぽいこの場所で何者かが数名のガラの悪い男たちを相手に戦っていた。灰色のズタ袋のようなもので素顔を隠して、同じように白でも黒でもないどっちつかずな曖昧な灰色のツナギのような格好の男だ。

 いや、戦っていたと表現するには少し語弊があるだろうか、蹴散らすと言った方が正しいだろう。

 

「ぐええっ!?」

 

 拳打の一撃を食らったチンピラの一人が数メートルは後方へと吹き飛んで気絶した。他の者たちも灰色の男の攻撃を受ける度にマネキンのように勢い良く吹っ飛んだり、地面に叩きつけられればボールのように跳ねて昏倒した。

 あっという間にチンピラたちを一蹴されて、訪れる静寂。

 

「あ、ありがとうございます、助かりました! あなたグレイフェイスですよね!? ネットで貴方が映った動画見たことあります」

 

 物陰からその様子を見ていたくたびれた雰囲気の中年男性が飛び出して来て、グレイフェイスの目の前で大袈裟に土下座をして礼を言い始めた。

 元々、このチンピラ達はこの男性をオヤジ狩りしようと絡んでいたところをこの怪人物に成敗されたのだ。

 

「こ、これ少ないですがお礼をどうぞ……へ、へへ」

「そんなものは要らない。それよりも、貴方はこんなことになった原因は自分にも非があるとは思わないのか?」

 

 卑屈な笑いを浮かべながら財布から謝礼の紙幣を取り出した中年男性の手を払い叩き、グレイフェイスは圧の籠った声で詰め寄った。

 

「彼らの行為は許されない悪だ。けれど、毅然とした態度で彼らの行動を咎めることもなく、警察や周囲に助けを求めることも出来たはずなのにどうして抗うための行動を……正義を示さなかった?」

「へ? え、え、え……?」

 

 突如として、豹変した態度で自分を叱責する巷で噂の正義の味方に困惑する中年男性の胸ぐらをグレイフェイスは乱暴に掴みあげると軽々と持ち上げた。

 

「その弱さが悪を助長させるんだ。どうか、お覚悟を! そして、これからは正義を心に持って下さい!」 

「ひえぇえええ!?」

 

 激情に駆られた願いを叩きつけて、グレイフェイスは中年男性を投げ飛ばした。投げられた男性は綺麗な放物線を描いてゴミ袋の山に叩きこまれると白眼を剥いて気を失った。

 

「くそ……まだ上手く加減が出来ない。制御しなくちゃいけない、誰かに頼ってでも」

 

 残されたグレイフェイスは悔しそうな声で呟いて、微かに震える己が両手を睨んだ。彼の願いのために必要な分量以上に猛威を振るう怪力を恨めしく思うように。

 

「悪は許さない。けれど、正義を持てない弱さもまた……同罪だ。同罪なんだ」

 

 灰色の怪人物――グレイフェイス。

 彼は悪を挫き、弱きをも懲らしめる。

 世にはびこる理不尽や不条理が加害者と被害者……どちらにもあるからこそ絶えないのだと信じるが故に。

 

 

 ある少年の話をしよう。

 少年は恵まれていた。

 少年は家族に、才覚に、環境に、友人に、境遇に、恵まれていた。

 裕福ではないが貧困でない家庭。

 天才ではないが暗愚でない才能。

 

 信者というわけではないが少年の理想や主張に耳を傾けて共感を抱いてくれる周囲の数多くの友人たち。

 平凡だが良識ある両親に育てられた少年は正義感が強く、公明正大な人物に育った。幼い頃から、虐められている子供を見つければ当たり前のように助けに走り、困っている者がいれば迷わずに手を差し伸べる。少年の姿に虐めっ子たちはその行いを省みてくれた。周りの友人たちも彼に触発されて、善良であろうと誰に言われることもなく努めようとした。

 少年の行動と精神を周りの友人たちは素晴らしいことだと称賛してくれた。彼のようになりたいと誇らしげにしてくれた。だからこそ、少年は正義を信じていた。善行を行えば、必ずそれは成果となって返って来るものだと。

 

 少年が高校に進学してしばらく経ったある日のことだ。

 帰宅途中に中学生であろう、見るからに素行の悪そうな数人と気弱そうな生徒が一人という不穏な空気のする集団と出くわした。

 少年が気配を消して様子を見ていると中学生の集団はコンビニで大量の菓子やスマートフォン用のギフトカードを年齢には見合わない金額分を気弱そうな生徒の財布で購入していった。

 

 タチの悪いカツアゲの目にした少年は彼らが店から出るのを見計らって当然のようにその行為を咎めるために声をかけた。

 彼らの行動を一部始終目撃していたこと、支払いを押し付けられた生徒に代金を戻すことを理路整然に説いて注意した。中学生たちは突然現れて自分たちを叱責する少年に嫌悪の顔を隠すことなく詰め寄ったが人通りの多いコンビニの入り口付近で声を掛けられたこともあって、手荒な真似をすることも出来ず、よくある悪態と暴言を吐き捨てながら、標的にしていた生徒に金を押し付けて去っていった。

 反省の色が見られないのには心苦しかったがともあれ、また一つ善行を成した少年は明るく力強い声で暗い雰囲気のままの生徒に声をかけた。

もう、大丈夫だから心配するなと。

 

「余計なことをしないでよ」

 

 気弱そうな生徒から返って来たのは苛立ちに満ちたそんな言葉だった。

 戸惑う少年を余所に背の小さな男子生徒は捲し立てる。

 こんなことをされたら憂さ晴らしに連中にもっと酷い目に遭う。折角自分はお金で解決すると言う安全な手段で 連中から身を守っていたのに全部台無しになったと。

 少年は愕然としながらも、そのお金はご両親が必死で働いたものじゃないかと言い訳染みた反論をした。してしまった。

 すると今度は更に驚くべき発言が少年の心に突き刺さった。

 

「あのお金は、連中から身を守るために両親が僕にくれるお金なんだよ! 僕が虐められているのだってとっくに知ってるんだよ」

 

 少年は思わず耳を疑った。

 自分の常識を疑った。

 虐められている少年の両親は大手企業の役員と某所に勤める聖職者なのだという。だから、その息子が虐めを受けているなんてことが知られたら名誉に傷がつく。沽券に関わる。だから、騒ぎにならないように丸く収める手段として、金を渡してやり過ごせということだそうな。

 我が子が虐められているのを知っていて、虐めっ子を穏便にやり過ごすための金を渡す親がいるのか? どうして、学校なり警察なりに訴えない? 力になるやり方がおかしいだろう? 

 

 正しさは……正義はどこにある?

 少年が世間の歪みと理不尽に狼狽していると虐められっ子の生徒は心底軽蔑した眼差しを彼に向けてこういった。

 

「僕らみたいな弱い奴の気持ちなんて分からないだろう? あんたみたいなお節介の押し売りが一番ウザいんだよ」

 

 少年の弁明を待たずに彼は雑踏の中へと消えていった。

 その日から、正義を信じて疑わなかった少年の心には小さくも深い傷が残った。

 社会への憤りよりも、自分への不甲斐なさが勝った。

 力が欲しい。横暴にも、権力にも、不条理にも負けず、正義を貫いて伝播することができるだけの力が欲しい。

 けれども、少年はこうも思ってしまった。

 虐げられる者は果たして本当に非が無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 都内にある大型商業施設のスイーツバイキングの一席にカナタとクーの姿はあった。

 GW最終日。前日に思わぬトラブルに見舞われて大騒動だったカフェ・メリッサ一行は強敵ニューとの戦いに勝利した記念の打ち上げとして、シスターの奢りで焼き肉を堪能した後でこの二人は女子二人だけの二次会と称して、食後のデザートタイムを楽しんでいた。

 

 

「うまー! こっちの世界の食べ物は本当に美味しいもの揃いですねえ。特にこのパフェとやら! 果物まで盛り込まれてるとか、罰でも当たるんじゃないかってくらいの美味しさですとも」

「気に入ってもらったようで何よりかな? 私も流石にこういうところにお一人様で行く勇気はなかったから感謝してますよ、クーさん」

 

 生クリームやフルーツがこれでもかと盛られたジョッキパフェに舌鼓を打つクー。

 バイキングのメニューとは考えられない圧倒的ボリューム。店側のカロリーの暴力が怖くないなら食べてみろと言わんばかりの一品をお構いなしと幸せそうに頬張るクーの姿にカナタもつられて頬が緩んだ。

 

「ところで、クーさんって色んな世界を旅してきたんですよね?」

「そうですよ。獣耳の獣人だらけの世界やなんか変な果実とか自生している森だらけの世界は刺激的でしたねえ」

「今まで出会った人たちの中で見た目は私たちと変わらないのに怪我の治りがすごく早いとか、異様に力持ちな人達みたいな……有り体に言うと異種族みたいなのに出会ったことってあります?」

「むむっ……ひょっとして、ムゲンさんの体のこと気になってます」

 

 クーの指摘にカナタは我ながらあからさま過ぎたなと悔やみながら、愛想笑いで肯定の意を示した。

 昨日の死闘。自分だってまだニューに殴られた腹部が痛むと言うのに、一番の大怪我をしたはずのムゲンは昨日の今日だと言うのにピンピンした様子でいたのだ。

 レーザーだなんて物騒なものであちこち撃ち抜かれたというのに、一部に絆創膏を貼っただけでどうにかなるという回復力。

 知り合った当初から、丈夫だし力持ちだとは思っていたがここまでくると明らかに異常なムゲンの身体に色々と憶測を巡らさずにはいられなかった。

 

「ムゲンのこと、あれこれ疑うつもりとかはないんですよ? ただ……ムゲンが無茶しすぎたりしないか心配で、ハルくんに相談しようかとも思ったんだけど、あの子もあれで責任感強い子だから、なんというか、気負いあってみんなの間で変な空気にしたくなくて……その」

「カナタさん。大変申し訳ないんですが、わたしったらパフェの美味しさにケチャップ以来の味覚の文明開化を感じているのでここでの発言とか全く覚えてる自信無いんですがね」

 

 珍しく精彩に欠けるちぐはぐな物言いのカナタを気遣って、クーは何てことない明るい口調で暗にここでの会話は他言無用だと伝えると、カナタを安心させられる答えを述べる。

 

「結論から言いますと、ムゲンさんは間違い無くこの世界の人間ですよ」

「その証拠は?」

 

 カナタの尤もな質問に、クーは人目に注意しながらランプから鼈甲色のゴーグルを出して、説明を付け加える。

 

「地下水路のメタロー退治の時に使ったアーティファクトなんですけどね。識別液というものと併用することで対象がこの世界の物かそうじゃないかを判別するんですがムゲンさんには反応がありませんでした。ちなみにわたしやシスターさんにぶっかけるとそのゴーグル越しに青く見えます」

「なるほど。たはは……ありがとうございます、クーさん。折角の席に妙なこと聞いちゃって」

「いえいえ! 一応、お三方のお姉さんポジですので、これぐらい朝飯前ですとも! ぶっちゃけ、わたしもムゲンさんの頑丈さにはどういう仕組みなのかちょっと気にはなってましたし」

「案外、ムゲンもよく分かってないってオチもありそうですね」

 

 天真爛漫な笑顔で胸を張るクーの姿に肩の力が抜けたカナタは食べかけていたチーズケーキを頬張って、苦笑した。

 

「ムゲンさんのことです。大事なことはちゃんとお二人には話してくれますよ。ということで、飲み直しならぬ、食べ直しといきましょう!」

「はい! よろこんで」

 

 得意げにジョッキパフェを杯のように掲げるクーに合わせて、カナタはティーカップをそっと乾杯とくっつけると気持ちを切り替えて、甘味の誘惑に溺れることにした。

 クーと二人でシェアしながら、タルトやティラミスなど気になるスイーツを食べているとテーブルの横を通りかかった二人組に声を掛けられた。

 

「あれ、天風さんじゃん! やっほー」

「こんにちは。奇遇だね、ってことはないかな? ここ人気のお店だし」

 

 カナタが視線を向けるとそこには同じクラスの女子生徒二人組が立っていた。カナタは素早く、友人未満の知り合いモードに思考を切り替えると普段通りの涼しげな笑顔を見せる。

 

「モチッ! ここってば美味しいし、値段も高校生に優しくていいよね!」

「ところで、お連れのお姉さんと天風さんは一体どういったご関係で?」

 

 騒がしい二人組、泉田と須藤の意識は自然とカナタと一緒にいる、謎の褐色美女すなわちクーに向けられる。

 

「ああ、クーさんのこと? バイトの同僚さんだよ。残念ながらGWがほぼバイト三昧で終わっちゃたから、今日はささやかな女子会です」

「んぐ? おおっと! カナタさんのご学友さんでしたか? クー・ミドラーシュと申します! はじめまして、よろしくどうぞー!」

「こ、こちらこそ……あ、はい。日本語お上手ですねー……外国の方でいいんですよね?」

「すげー褐色碧眼美人とか漫画みたいな見た目してるわ。胸もすごいある……私らなんかより、おっぱい大きいわ! これが島国と世界の差!?」

「うん。事実だけど、心の声が肉声になってるから気をつけようね、泉田さん」

 

 自意識の無いクーのワールドワイドなボディスペックに危ないテンションの声を上げる泉田にカナタはスッとツッコミを入れる。

 カフェ・メリッサ一同はそれほど気にしていないが黙っていればまるで海の向こうのお伽噺に出てくるような異国情緒溢れる美貌の持ち主のクーである。実際のところ、外を出歩くだけで本人も無自覚ながら、老若男女を問わず注目を集める異彩の持ち主だ。

 何よりも、黙っていれば神秘的なオーラのある容姿なのに、中身がハイテンションの楽天家なものなのでそのギャップに大抵の場合相手の方が混乱をきたしてしまう。

 

「そういえば、天風さん知ってる? 昨日、この近くでグレイフェイスが出たんだって!」

 

 クーが適当に彼女たちに挨拶を済ましたところで、今度は須藤の方が効き慣れない言葉を口にして話題を切り替えた。

 

「グレイフェイス? ごめんなさい、私はちょっと詳しくないかな?」

「そうなんだ。先月くらいから、ネットとかでも目撃動画とかも投稿されていて有名になってきてるんだけどさ、なんていうか謎のヒーローみたいなの?」

 

 首を傾げるカナタとクーにまるで流行りのアクセサリーショップでも紹介するように須藤の話に熱が入り始めた。

 

「私もまだナマでは見たこと無いんだけどさ! 灰色のズタ袋被った感じらしいんだけど、街で恐喝とか喧嘩してる悪いヤツを退治して回ってるんだって!」

「それはまた殊勝なことで、まるでハリウッドのヒーロー映画みたいかな」

「でね! グレイフェイスの面白いところはさ、被害にあった人にも軽いお仕置きをするところなんだよ!」

 

 ぐいっとカナタたちに寄って、須藤は興奮気味に笑みを浮かべた。

 

「喧嘩両成敗って信念なのかな? とはいえ、街灯とか高いところに吊るしたりデコピン一発とか軽いものなんだけどね。まあ、そのせいで一部ではただの暴漢って非難している人もいるけど、虐めで自殺とか考えてた小学生とかが心から救われたってニュースにもなったぐらい、みんながグレイフェイスに応援の声を寄せてるんだよね!」

「あんたテンションあがりすぎぃ! ガチオタじゃん」

「えー普通だよ、もっとすごい人は自前でフィギュアとか作って動画にしてたし」

 

 謎の怪人物グレイフェイスなるものについて勝手に盛り上がる二人の会話は途中からカナタの耳には届いていなかった。

 

「変わった人がいるんだね……もっと、頑張ってるのがすぐ近くにいるんだけどさ」

 

 件のグレイフェイスについて、ちょっと過激な変わり者程度の認識だったカナタであったがこの数日後、彼女たちは思わぬ形でその謎のヒーローに関わることをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 城南学園食堂棟にて――――

 

 午前の授業を終えたムゲン達は何時ものように学園の敷地内にあるこの大きな食堂棟で昼食を食べていた。

 この日はフロッグメタローの一件以来、天風姉弟とも親しくなったガクトとナギコも同席している。先の事件で知った二人の人柄に内心他人への警戒心が強い二人もムゲンのお墨付きという保証もあって、それなりに心を許すようになっていた。

 

「なあ、ガクト。俺のトンカツ一切れやるから、お前のグリルチキン分けてくれ」

「いいぞぉ。あー……お前の昼飯カツカレーだし、みそ汁のフタの上でいいか?」

「サンキュ」

「プロレスラーみたいなガタイの野郎共が新作ケーキを女子がシェアするみたいな感じのやり取りすんな。ってか、なによりオレを間に挟んでやるんじゃねえ、明らかにオレが異物混入みたいになってんだろ!?」

 

 ムゲンとガクトに挟まれて、心なしか肩身を狭くしているハルカが訴える。傍から見たらハルカの方が場違いな感じにすら思える窮屈な図だ。

 

「すまん、天風! 俺さぁ、左利きだから端っこじゃないと隣に肘が当たっちまって悪い気がしてよお」

「気遣いありがとう。けど、だからってオレを狼と熊のビースターズでサンドする必要性ないだろ?」

「流石に俺とガクトの並びは周りへの刺激が強いと思ってハルカで中和しようかと」

「私としては普段クールぶってるハルくんがうろたえるレアな姿が見えるから、必要性はあるよ」

「ムゲン、オレはそんな雑な万能薬じゃないからな。カナねえも煽らなくていいから! ほら、宮前さんなんか笑いすぎて箸止ってるじゃん」

 

 ガクトとナギコというイレギュラーが加わったことにより、生まれた想定外のやり取りに翻弄されてハルカは今までなら学園内では絶対に見せないようなコミカルなリアクションとツッコミの連続を強いられることになった。

 ふいに耳に入る周囲からのシャッター音が聞き間違いだと信じたいハルカであった。

 

「くっくく……ごめんなさい。その、ハルカさんってずっと落ち着いた人だと思ってたから、ビックリしちゃって」

「宮前さんは気にしなくていいよ。あと、オレへの認識はそれであってるから上書きは絶対にしないで欲しい」

 

 実は意外と笑い上戸のナギコは大笑いしてしまうのを必死に堪えていたせいか、顔を真っ赤にして小さくハルカに謝った。そんな律義な彼女にハルカは問題ないと手を振りながらぐったりと椅子にもたれ込む。

 

「はい。素敵な思い出と言うことで特別なフォルダに大事にとっておきます」

「え゛! ちょっと!?」

「クス、ナギコさん……けっこう言いますなぁ」

「だっはは! だろ? うちのナギコはすっげえからな」

「ガッくん……照れるから、声おっきいよ」

「「「ガッくん……!」」」

 

 一安心も束の間、思わぬナギコからのキラーパスに凍りつくハルカと愉快に笑うカナタとガクト。ムゲンはそんな友人たちの姿を眺めて、満足そうにしていた。

 

「食事中にすまない。双連寺ムゲンというのは君のことかな?」

 

 後ろからの声に振り向くとそこには一人の男子生徒がいた。

 学ランの襟をきっちりと正した、栗毛色の髪をした明朗とした雰囲気の生徒だ。

 

「俺が双連寺ですけど、なにかご用ですか?」

「自分は三年の御子神ヒジリって言うんだが、その……君に折り入って頼みごとのようなものがあってな。この後、時間はあるだろうか?」

「大丈夫ですけど」

「助かるよ。外で待っているから、食べ終えたらきてくれ。慌てて食べなくてもいいからな」

 

 ムゲンからの承諾を得たヒジリは少し申し訳なさそうな顔をして、食堂棟を出ていった。後輩であるムゲンたちに対しても、丁寧な言葉遣いで接する彼の誠実そうな姿勢に一同はきょとんと面を食らったがすぐに我に返って突然の出来事に色々な考えを巡らし始めた。

 

「いまのって、風紀委員長だよな?」

「はい。二年の前期から推薦もあってずっと委員長を務めているそうで、一年生の頃から学年の虐めや校則違反の数を減らしてきた実績持ちらしいですよ。図書館のマナー強化活動で何回かご一緒したことありますけど、上級生なのに話しやすくて面倒見の良い方でした」

「すっげえな、それ。で、そんな先輩がムゲンに何の用なんだ?」

「ムゲン、心当たりはないの?」

「ないぞ。もちろん、悪さした覚えもないからな?」

 

 ナギコの情報を元にあれこれをヒジリについての会話が途切れないハルカたち。肝心のムゲンはと言うとヒジリ本人はああ言ったが人を待たせている都合、大急ぎでカレーを平らげると早足で食器を返却する。

 

「そういうわけだから、行ってくるわ。 次って移動教室だろ、悪いが教科書持ってといてくれるか?」

「任せろ。何にも無いと思うけど、気をつけてな」

 

 ハルカたちに一声掛けると、ムゲンは急ぎ足で建物の外で待っているヒジリの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ヒジリの後ろについて三年生の教室が並ぶ廊下を歩くムゲンは少し居心地が悪そうな様子で真っ直ぐに背筋を伸ばして歩く彼の背中だけを見て気を紛らわせていた。

 片や信頼と実績を持ち誰からも好かれる三年の風紀委員長、片や根も葉もないとはいえ危うい噂が多い、周囲からは浮いた二年の異色の組み合わせである。奇異の視線に晒されるは慣れてはいたが落ち着かない。

 それにだ――。

 

「お! どうした二年のやべーやつ。ついに誰か殺っちまって連行されてるのか? 手錠忘れてるぞ!」

 

 制服をだらしなく気崩した生徒が下卑た笑いでひやかしのヤジを飛ばしてくる。こういう誹謗中傷にもムゲンは慣れてはいるが苛立ちを覚えないわけではない。

 ささやかに欠片程度の怒りを込めて睨んでやろうかと思った矢先のことだった。

 

「双連寺は俺の頼みでわざわざ一緒に来てくれたんだ。別に悪いことはしてないし、校則だって守っているぞ……お前と違ってな」

 

 ヒジリはヤジを飛ばした生徒ににこやかな表情で詰め寄ると学ランを内ポケットを強調しながら掴んだ。不可解な膨らみがあるのがムゲンからも見えたが、どうせ煙草でも入っているのだろう。

 

「髪の長さや気崩しは見逃すがこっちは上に報告してもいいんだが、困るのはどっちだろうな」

「真面目君だなぁ御子神はよ、センコーなんか怖かねえぜ?」

「誰が教師にチクるなんて言ったんだ? 俺はPTAやOB会に報告するつもりだったんだが、怖くないようなら校長あたりにも付け足しで報告しておくか」

「はあ!? いや、マジでやめてくれよ、冗談だろ!? 部活の先輩方にぶっ殺されちまう!」

「なら、どうすればいいかは分かるだろう? お前の将来のためでもある、よく考えてみろ」

 

 毅然とした姿勢を崩さず、至極真っ当な言葉と効果抜群の絡めての一言を投げかける御子神に相手はそれ以上、悪ぶることもなく素直に折れた。

 

「あー……二年のよ、悪かったよ。言いすぎた」

「いえ、気にしてないので。あざます」

 

 気まずそうに謝罪した上級生は観念した様子で肩を落とすと居辛さに耐えかねて早足でその場から去っていった。

 そんな一連の出来事にムゲンは実のところ夢のような現実味のない不思議な感覚を覚えていた。カナタとハルカ以外でこんな風に庇われるようなことは無かったからだ。

 白昼夢を見ていたような気分でいると、ムゲンはいつの間にか無人の風紀委員室に通されていた。

 

「すまない。嫌な気分をさせたな、俺の用件はすぐに終わらせるからもうちょっと我慢してくれ」

「ええ、いや……俺なんて庇っても何も得なんてしないですよ」

「ハハッ! 損得なんて考えもしなかったな。非があるのはアイツだったのは明らかだ。なら、風紀委員長の俺がもの申すのは当然だ」

 

 明朗で公明正大な振舞いがどこか眩しくて、思わず卑屈な物言いをしてしまったムゲンをヒジリは笑い飛ばした。

 

「それに俺の知る限りでは双連寺、君は風紀を乱したことはないし、一般的な真面目な学生だと認識しているよ」

「はあ……」

「これでも、風紀委員長として全校生徒の態度なんかは一通り把握しているんだぜ? 双連寺はもっと胸を張っていいんだぞ。まあ、去年の握力計をブッ壊した伝説は俺も驚かされたけどな」

「おっと……なんか、その、恐縮です」

 

 ヒジリの闊達な姿にムゲンはなんだか照れくさくなって、ぎこちない様子で小さく頭を下げた。同時に何故だが 言葉に出来ない嬉しさに震えた。

 正直なところ、御子神ヒジリと言う男はムゲンが初めて会うタイプの人間だった。もっと早くに出会いたかったタイプの人間だった。

 食堂でナギコが言っていたように彼は真面目で毅然とした強い意志をもちながら、堅苦しさは感じさせない誠実が擬人化したような爽やかな男だった。

 

「ただ、双連寺への相談なんだが……その伝説になった怪力がちょっと関わってだな。まあ、まずはちょっとこいつを見てくれ」

 

 ヒジリは明るかった表情を少し曇らせて、古くなった分厚い電話帳を取り出した。

 

「ぬうん!」

 

 気合の声を上げるとヒジリは驚くべきことに両手に持った電話帳を軽々と引き千切ってしまった。頑張れは恐らくは同じことが出来てしまうムゲンも余りにも簡単に分厚い紙の束を破るその驚異的な怪力の前に驚きを隠せなかった。

 

「これはまた……ストレス溜まってるってわけじゃないですよね。驚いたな」

「信じられない話かもしれないが突然にこうなったんだ」

 

 変わり果てた電話帳を片付けながらヒジリは困った顔で言った。

 何でも先月から自覚症状もなく突然にこんな人間離れした力が出せるようになったと言う。本人の細心の注意で体育の授業や日常生活でトラブルを起こさないように努力はしてきたがやはりふとした瞬間に力が勢い余って、ペンや小物を壊してしまうことがあるという。

 

「病院にも診てもらったんだが匙を投げられてな。なんとか誰かに怪我をさせることなく、今日までやってこれたんだが」

「それは、大変でしたね。気持ちは分かりますよ、俺も昔はそうだったんで……ところで異常が出だした頃に変わったものとか拾ったり見つけたりってしませんでしたか?」

「いや。特に身に覚えはないと思うが? 怪しいサプリの類でも出回ってるのか?」

「そういうわけじゃ……ちょっと例え話で。ないなら、いいんです」

 

 

 ヒジリの窮状にムゲンは余り思い出したくない過去を振り返って、にがましい顔を見せた。と、同時に以前のように未発見のライダーメモリアによる暴走を睨んだムゲンはそれとなく探りを入れてみたのだがヒジリはピンとこない顔をしていた。

 

「そこで質問したいんだが、力をコントロールするのに何か良いコツや方法は無いだろうか?」

「そうですね……」

 

 歯切れの悪い切り出しでムゲンは言い淀んだ。

 実のところ、ムゲンの場合は色々と波乱の数年間を過ごしている間に気付いたら慣れていたくちだった。けれど、自分を色眼鏡で見ずに正当に見てくれた上でメリットもないのに謂れのない誹謗から当たり前のように庇ってくれたヒジリの誠実さに思うところが山ほどあるムゲンとしてはどうにか彼の力になりたかった。

 

「実体験じゃないのは忍びないんですが胡桃みたいな硬いものを握ってセーフラインを身体に覚えさせるのは効果あるかもしれないですよ」

「ふむ。それは思いつかなかったな。早速、手ごろな物を探して試してみるよ、ありがとう。胡桃は難しいがゴルフボールでも何とかなるかな」

「あの……もしよけりゃ、空いてる時間で俺も手伝いましょうか?」

「いいのか?」

「バイトもあるんで、それほど気軽にってわけにはいきませんけど、昼休みとかは結構ヒマしてますんで」

 

 気持ちの良い笑顔で礼を言うヒジリにムゲンは咄嗟にそう申し出た。

 恩を返す。と言う訳ではないが、ほんの僅かな交流だがその僅かな間に御子神ヒジリという男の太陽のような眩い人間性は上手く言葉に出来ないが周囲の者に彼に肩入れしたくなる不思議な魅力があった。そのカリスマめいたものにムゲンも突き動かされてしまう何かがあったのだ。

 

「そう言ってくれると助かるよ。よろしく頼む、双連寺」

「……ども」

「うん? 俺の顔に何かついてるか?」

「あ、いや……なんか、先輩ってカッコいいですね、男気あると言うか。俺が女子ならラブレターもんですよ」

「ん? あ、ああ、ありがとう。その、確認しておきたいんだが、双連寺はもしかして恋愛の守備範囲が奔放なレベルに広いタイプだったりするのか? いや、個人の主義主張を否定する気は無いんだぞ」

「待ったぁ! 何を勘違いしたのかは敢えて言わねえけど、俺はちゃんと女子が好きっすよ!」

 

 信頼を寄せられて差し出されたヒジリの手に、ムゲンはややぎこちなく握手を返した。不意に宮前が言っていた彼の功績が脳内に浮かぶ。クラスはおろか学年内の虐めを減らしたというヒジリの人間力が本物であることを実感しながら、ムゲンは心のどこかで自分が惨めで浅ましく思えてしまうような気持ちを感じていたのは誰にも言えない秘密だった。

 

 

 

 

 

 

 それから、昼休みやバイトのシフトが無い日の放課後の合間を見て、ムゲンはヒジリの原因不明の怪力の調整に付き合うことになった。

 とはいえ、出来ることは些細な物で彼が風船や割れ物を壊さずに持ち続けていられるかを見守ったり、腕相撲や手四つと呼ばれるプロレスなどで見られる手と手による掴み合いでどれぐらいの力が掛っているのかをヒジリの感覚と肉体に覚えさせる単純な訓練ではあったが話を重ねる度に、自然体の彼の姿を傍から見ている度にムゲンは御子神ヒジリと言う人間の大きさを改めて知った。

 

 彼は今時珍しいぐらいに正義の人で、同時に献身の人だった。

 困っている気配のする者を見かければ下級生や学外の人でも迷わず声をかけ、虐めのような不穏な空気を察知すれば恐れることなく間に入って仲裁をする。

 ムゲンが驚いたのは、悪ぶった不良まがいの生徒もヒジリの人柄と高圧的にならない穏やかだが隙のない正論の前に観念したように恭順を示すところだ。

 ヒジリの周囲には彼が事件になりそうな事柄に踏み込むとすぐに加勢しようと寄り集まって来る友人達が多いことも不良くずれの者たちが降参する要因かもしれないが、全ては光のようなヒジリと言う人間のひたむきな姿勢があるからこその賜物だろうとムゲンは思った。

 

 だから、自分自身でも珍しく気付けばムゲンもヒジリに懐いていた。

 まるで自慢の兄貴か近所に住む憧れの兄貴分でも出来たような気持ちだった。

 

「ところで双連寺はよくあの双子のご姉弟と一緒にいるようだが、お姉さんの方が好きだったりするのか?」

「へあ? カナタのことですか? あいつは友達ですよ。んな、恋愛的な眼では見れませんって……絶対に尻に敷かれるだろうし」

「意外だな。じゃあ他に好きな女子とかは? 好みのタイプとか流石にあるだろ!」

「なんすか急にぃ? テンションおかしいですよ!」

「クラスのみんなが恋バナとかで盛り上がってたんだ。俺も混じりたかったんだが風紀委員の手前、盛り上がりすぎた話の中に入るわけにもいかなくてな……つまり、羨ましかった!」

 

 だから、気付けばハルカやガクトともしないようなバカバカしくて、くだらないような会話までするようになっていた。

 

「やるせねえもんですね、風紀委員も。でも、やんないですからね俺ぁ」

「そういうなよ。仕方ないから好みのタイプだけで勘弁してやるから、俺からいくぞ? ありきたりだがやっぱり胸が大きい子はいいな。我ながら夢を見過ぎてるかもしれないがこう……あまりの大きさに制服がカーテンみたいにゆらぐくらいに持ち上がるサイズの子と付き合ってみたい」

「あ、ずりぃぞ先輩!?」

「知らんなぁ? 兎に角、俺は言ったぞ、次は双連寺の番だ」

 

 滅多に見せないニヤニヤ顔のヒジリに降参したムゲンは眼を泳がせながら口を開いた。

 これはまだハルカたちにも明かしていない秘密の一つだったりする、

 

「俺はあれですね、俗に言う髪フェチなんですよ。特にヘアカラーなにそれ? みたいな穢れを知らない黒髪が最高に刺さりますね。風に流れるポニーテールとか正直、裸見るよりも興奮します。女子の裸とか見たこと無いですけどね。あと運動の汗や雨で濡れた黒髪も普段とは違った艶やかさと言うか色気みたいなものが醸し出されていて素晴らしいと思ってます、湯上りなんかは語るまでもなく。その場に居合わせられたら脳裏に焼き付けて、夢に出るように祈るぐらい尊いですよね。あとは――」

「ありがとう双連寺。もういいぞ、絶対に口外しないからちょっと落ち着こう」

「ええ? 先輩が振ったんですから、最後まで聞いて下さいよ。あと一時間は語れるんで」

「ハハッ! それは筋金入りだな。俺が悪かったから勘弁してくれ」

 

 開きかけたムゲンのパンドラの箱を慌てて閉じるとヒジリは冷や汗を拭って、くつくつと笑いだした。どこにでもある気の合う先輩後輩の他愛のない賑やかなやり取りだった。

 しかしながら、ムゲンにとってはそれすらも初めての体験だった。カナタとハルカの二人以外に友達なんて不要だと言い切るムゲンだが、この出会いには感謝しかなかった。やっと運が回って来たのだと自惚れてしまうぐらいに。

 だから、数日後にやって来る望まれざる出会いはムゲンにとって、より重く、より辛い試練として圧し掛かる。それをこの時はまだ誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕焼け空はまるで地獄の血の池でも氾濫したのかと思いたくなるような、異様なほどに禍々しい色彩だった。

 道行く人々はそんな空模様にある者は不安になり、ある者は珍しがり、ある者は無関心で昨日までと変わらぬ時間が流れていく。

 人の営みに激動は無く、言いかえれば日々の暮らしとはそんなもんだからこそ。大小様々な争いや悪行の火種もまた雑多に溢れていた。

 

 喧騒から少し離れた人気のない工事現場に出来たとある人だかりもそんな騒動の火種の一つだった。

 不良が多く、黒い噂が絶えない都内某高校の男子生徒数人と二人組の女子高生が対峙していた。ジャージ姿の方の女子生徒が長い黒髪をなびかせて、威勢のいい声を張り上げる。

 

「あんたら、ウチの後輩に粗相したそうじゃん? 警告は一度だけ、詫び入れな! そうしたら、今回は穏便に見逃してやろうじゃん」

 

 鬼灯のような紅い瞳を爛々とさせて啖呵を切る女子生徒は可愛がっている後輩に強引なナンパを仕掛けて、その上思い通りにならないとわざと転ばせて怪我をさせた不良たちに向けて強い口調で言い放った。その手には使い込まれた太い木刀が握られている。

 

「ヒッハー! カッコいいねぇ、先輩ちゃーん」

「よく見たら割と可愛いし、ここで後輩ちゃんと一緒に気持ち良くさせてやろうか?」

 

 不良たちは反省の色の欠片もなく下衆の極みのような笑いを浮かべて二人に卑猥な視線を送る始末だ。

 

「お、忍野先輩っ」

「いいから、安心しなよ。ウチもこういう救いようのないカス相手の方がシンプルで嬉しいんだ。巻き込まれないようにちょっと離れてな」

 

 怯える後輩に忍野と呼ばれた女子生徒は大胆不敵な笑みを見せて落ち着かせると、スッと一歩前に出て手荒くやりあう姿勢を見せた。

 

「キッシシシ! まじっすかぁー先輩ちゃん? 本気で俺ら相手に勝つ気でいるの?」

「あんたらこそ、ウチに勝てると思ってるわけ? それよか、全員進路は新宿二丁目になるんだ! メイクの心配でもしときなよ? なあ!」

「おっふぅぐううう!?」

 

 忍野はそう言うや否や電光石火の足捌きで踏み込むと一番大柄な相手の股間を容赦なく木刀による居合抜きのような一太刀で打ち抜いた。

 

「え? 雑魚くない? 手加減しなくていいんだよ」

 

 呆気なく崩れ落ちる不良を足場のように片足で踏みつけ、忍野はやんちゃな顔で挑発を決めた。

 

「このクソアマ! ボロ雑巾みたいにしてやるからなあ!」

 

 思いもしない先制攻撃と神経を逆なでしまくる手痛いパフォーマンスに一気に血が上った不良たちは一斉に襲い掛かった。忍野も冷静に相手たちとの間合いを計りながら木刀を構えて迎え撃とうとする。

 両者がぶつかり合うまさにその時だった。

 どっちつかずの正義の執行者がその場に乱入した。

 

「いけないな。お前たちは一線を越えた悪だよ」

「こ、こいつ!? グレイフェ……おげえあ!?」

「本当にいたのかよ! 聞いてねえぞ……ひぎっ!?」

 

 灰色の無貌。グレイフェイスは高所から跳躍により降って来るとあっという間に人間離れの怪力で不良たちを一方的に殴り倒して黙らせた。

 その人間と言うよりも野生動物のような力の猛威を思わせる暴れ方に忍野の方も呆気に取られてつい立ち尽くしてしまっていた。

 

「怪我は無いかい?」

「あ、ああ」

「先輩、すごい……この人、最近ニュースになっているグレイフェイスですよ」

 

 自分たちの無事を確かめるグレイフェイスに後輩の方は盛り上がっているが忍野の方は言い知れぬ不気味さに木刀を強く握り締めたまま険しい顔をしたままだ。

 

「助けてくれたことには礼を言うよ。けどさ、あんた……ちょっとやりすぎじゃん?」

「だと思う。それから、私からも言うことがある」

「へえ、なんだい?」

「君の方こそ、ソレは過剰防衛じゃないのかい!」

 

 そういって、グレイフェイスは忍野に向かって突っ込んでくるとチョップを振り下ろした。咄嗟に木刀で受け止めた忍野はその怪力に不味いと察して得物を手放すと身軽な動きで転がって距離を取った。残された木刀はけたたましい音を立てて壊れて、中から鉄芯を晒した。

 

「これはもう凶器だ。罪悪感はないのかい?」

「冗談! こっちはか弱い被害者抱えて来てんだよ? 意地でもウチが勝って、詫びさせなきゃこの子にとって理不尽ってもんでしょ!」

 

 グレイフェイスの指摘に忍野はクレバーだが一理ある反論を返した。彼女は血の気は多いかもしれないが筋の通らないことが許せない義侠心のようなものに溢れた女性なのだ。

 

「悪くない強い心だ。けれど、やはりその木刀は卑怯だ!」

「クッ……!」

 

 忍野の言葉に理解を示しながらもグレイフェイスは喧嘩両成敗の信念のもとに彼女に襲いか掛る。口では強がっている忍野だが一撃受けてみてその力が常人離れしていることを見抜いていたこともあり、万事休すな状況に顔を歪めて、せめての抵抗と痛みに耐えようと身構えた。

 

「だりゃあああああ!」

「ぐおっ!? お、まえは……チッ!」

 

 更なる乱入者の強烈なドロップキックにグレイフェイスは盛大に地面を転がり、そして思わず思考が停止した。

 

「工事にしては物騒な声が聞こえたから気になって顔出してみれば、とんでもないことになってんな。大丈夫かアンタ?」

「ッ……お、おう。ありがと」

 

 灰色の髪に金色の双眸の眼鏡の少年。

 そう、間一髪で現れたのは偶然にもこの場所が帰路の近くにあり通りかかったムゲンだった。

 

「邪魔をするな!」

「うるっせえ! あからさまな不審者に言われたかねえよ!」

 

 明らかに凄みを増して突っ込んでくるグレイフェイスにムゲンは真っ向から相対して力比べの体勢となった。

 

「お前がグレイフェイスか? クラスのみんなが盛り上がってたよ。ヒーローの真似事するなら全身タイツでも着てこいよなあ!」

「黙れ……これは真似ことなんかじゃなあぁぁぁい!」

「なっ!? マジかよコイツ!?」

 

 最初は互角だった二人の力比べは異様な闘志を剥き出しにしてきたグレイフェイスが一気に押し出して優勢な形になった。一方でただのイカれた変質者だと思っていた相手にまともな人間相手では負けるはずがないと自負していた力で押し負けている状況にムゲンは思わず焦った。

 

「さてはお前、メタローか!?」

「なんだそれは? 俺は……グレイフェイス! 悪を許さず、また正義を持とうとしない弱い者に仕置きする制裁者だ!」

 

 裂帛の気合でグレイフェイスはムゲンを投げ飛ばすと迷うことなく自らの在り方を傲岸に主張した。同時に彼の肉体が淡い光を放ったのをムゲンは見逃さなかった。自分がよく知る本来なら、この世界にはあり得ない力の気配と同じモノをムゲンはグレイフェイスから確かに感じた。

 

「こっちは正真正銘、メモリアの暴走だな。いいぜ、なら手加減はしねえよ」

 

 人間相手と加減していては手痛い被害を被ると腹を括ったムゲンは学ランを脱ぎ捨てて、本気の臨戦態勢に入った。

 

「なあ、あんた! 悪いがこれ、ちょっと持っててくれないか?」

「う、ウチか? いいよ、それ預かってればいいんだな」

 

 いきなり現れた乱入者のムゲンから突然眼鏡を渡された忍野は何故かしばらくその素顔を見入ってから、少し動転したような声を上げながら了承した。

 

「助かる。思い出詰まってるからよ、間違っても壊したくはないんだ」

「……オッケ。ウチに任せなよ、傷一つ付けずに守っててやる」

「サンキュ、知らない人」

 

 見ず知らずの自分の頼みを聞いてくれた忍野にムゲンは小さく笑って軽く頭を下げた。そしてメタローと戦うのと同等の感覚でグレイファントム相手に駆け出す。

 

「いくぞ、俺! でやああ!」

「容赦はしないぞ!」

 

 グレイフェイスとの距離を詰めるとムゲンは相手の間合いギリギリ一歩外で踏み止まって、迎撃の一撃を回避すると後の先となる、膝小僧への押し蹴りと命中させる。

 姿勢を崩したグレイフェイスの胸板に前腕を押し付けるように体当たりをぶつけて、怯ませると本命の薙ぎ倒すような回し蹴りと炸裂させる。

 

「この! いい気になるなよ!」

「黙りな。こっちは人間様相手の喧嘩なんざ勘弁したいってのに、世話焼かせやがって!」

 

 グレイフェイスとムゲンはお互いに殴り合い、両者とも相手の拳を受け流す互角の戦いをしながら駆け回る。二人ともがなるべく人目を避けたい思惑があったこともあり、工事現場の奥へ奥へと進みながら喧嘩と言うには技量の高い攻防を繰り広げる。

 

「いい加減にしやがれ!」

 

 しかし、戦いの優劣は人知を超えた怪人相手に戦いを繰り広げるムゲンに分があった。

 グレイフェイスの右ストレートを掴み取るとすかさず相手の片腕を絡め取るように脇で固めると膝蹴りを食らわせる。そのまま、一気に腹と顔を殴りつける二連打を決めるとサービスとばかりに重く鋭いソバットで蹴り込んだ。

 

 

「ぐああ!? ハァ……ハァ……こんなにも、強かったか」

 

 怒涛の連続攻撃を受けたグレイフェイスは瞬く間にボロボロとなり片膝を突いて、肩で息をしていた。意味深な言葉を漏らすグレイフェイスにムゲンは無言で近づくと有無を言わさずズタ袋を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。

 

「それだけはさせないぞ!」

「痛ってえ!? 舐めんなよ!」

「うおあっ!」

 

 

 しかし、それはグレイフェイスの誘いだった。ムゲンがズタ袋に触れた瞬間に手首を掴んで全力で握り締めた。

 思わぬ不意打ちと予想以上の痛みを与えてくるグレイフェイスの握力に苦しむムゲンだが相手を引き剥がそうと我武者羅に腕を振り回し、狙いも定めずに蹴りを放った。

 それはグレイフェイスにクリーンヒットするとその体を吹き飛ばした。同時にそのショックでグレイファントムのポケットからは使用用途が分からない二個のゴルフボールが零れ落ちた。

 

「は? え、これって……は? はあ?」

 

 足元に転がるゴルフボールに見覚えのあったムゲンはそれが意味する予想もしていなかった疑惑に頭が真っ白になった。

 信じられない現実とそんな現実を信じたくない自分の感情がミキサーに掛けられたようにぐちゃぐちゃになって脳内に渦巻き、大きな隙を晒してしまった。

 

「なんでこうなるんだろうな、双連寺」

「あんたこそ……なに柄にもないバカなことやってん―――うっぷ!?」

「バカなことじゃない。これは俺がずっとやりたかったことだ。やらなきゃいけないことだ!」

 

 自分の名前を呼ばれて我に返ったムゲンが顔を上げると無防備だったところに大量の砂を浴びせられ眼潰しをもろに受けてしまう。

 眼鏡をしていれば防げていたかもしれない不意打ちで満足に眼を開けられないムゲンを余所にグレイフェイスはその場から逃げ去った。

 彼の心に深く突き刺さった後悔と不甲斐なさに対する、彼が示した回答である言葉を残して。

 

「ダメだぜ先輩。そんな道は……アンタだけは絶対に渡っちゃダメな道だ」

 

 猛スピードでその場から離脱したグレイフェイス――否、御子神ヒジリの正義に踊り狂わされた姿に怒りとやり切れなさで顔を歪めたムゲンは重い口調で一人呟いた。

 正義と言う名の無情な道化師がまた誰かの人生を狂わせようとしている。よりにもよって、初めて同世代の人間で信頼と言う友情とは違った人間として大切な感情を持った相手がその蜘蛛の巣のような罠に掛ろうとしている。

 彼を止めなければならない。

 ショックで動揺している場合ではないと、ムゲンは見知らぬ他校の女子生徒に預けたままの眼鏡のことも忘れて走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 有栖川家屋敷――

 

 メリッサが定休日ということもあり、また万が一第三者に話を聞かれることを懸念したムゲンにこの場に呼び集められたカナタたちはそこで御子神ヒジリが巷で話題のグレイフェイスであり、不安通り何らかのライダーメモリアを所有していることを聞かされた。

 

「信じられない。そんなバカげたことするような人には見えなかったし」

「ムゲンに電話をもらってからグレイフェイスの方をちょっと調べてみたけどな。正直なとこ、かなり賛否両論って感じだな」

 

 屋敷の広く古めかしい趣のある居間でムゲンが出くわした詳しい話を聞かされたカナタたちは改めて顔色を変えて踊りた。とはいえ、事前に大まかな事情を知らされたハルカは短い時間でこの問題を解決するために役立つ知識にならないかとかき集めたグレイフェイスという存在にまつわる情報をみんなに伝えた。

 グレイフェイスは少なくとも一か月前、三月の終わり辺りから活動が見られたことと、つい先日にカナタがクラスメートから聞いた噂話の通り喧嘩両成敗のように街で見つけた問題を起こしている加害者と被害者の両方に制裁を与えるスタイルの自警活動を行っているようだ。

 その活動を目撃した部外者には特に危害を加えるようなことはしないのでその制裁の詳細がネットを通じて拡散されて、不安だらけの世知辛い社会に現れた救世主と讃える熱狂的なファンがいる一方で、見境のない危険な暴漢と変わりないと怯える声も目立つという。善悪の是非を問われる非常に取り扱いが難しい話題の人といった感じのようだ。

 

「なんていうか、イジメはイジメられる側にも問題があるって理屈を極端にしたような行動理由だな」

「うん……私が聞いた話にも助けられた人もいるのは確か見たい。だけど」

「先輩のやり方は絶対に罷り通っちゃダメなやり口だ。何よりもあの人が救われない」

 

 カナタが言いかけた言葉をムゲンが繋いではっきりと言い切った。

 その眼には普段のムゲンでは絶対にしないような強い怒りと憤りがこれでもかと煮詰まっているようだ。

 

「持て囃してる連中もすぐに自分にも危害が回ってくるって察して白々しく手の平を返す! 時間がない、すぐに先輩にバカやめさせねえと! クーさん!!」

「はい!?」

「先輩が嘘ついてたらそれまでだが、メモリアを持ってる様子は無かったのにさっき取っ組み合いになった時は確かにメモリアの気配があった。一体どういうこった?」

「それはわたしも……今の段階では皆目見当がつきません」

「ハッキリとした答えじゃなくてもいいんだ! クーさんの予想でも思いつきでもいい、なんかあるだろ!」

「落ち着きなさいな、ムゲンちゃん」

 

 いまにも噛みつきそうな剣幕でクーに詰め寄るいつもとは明らかに様子の違うムゲンをシスターが肩を掴んで窘めた。カナタとハルカも自分の知らない一面を見せるムゲンに息を呑んで見入ってしまっていた。

 

「ムゲンちゃん、あんたなんか変よ? 見て見なさいな、カナタちゃんとハルカちゃんの顔。衝撃映像すぎて顔面蒼白って感じよ」

「あ……わりい、二人とも。自分でもこうなると思って手綱握ってもらうために連絡したのに熱くなりすぎてたよ」

 

 まるで別人のような荒れた物腰の自分に軽くショックを受けている二人を見て、ムゲンは申し訳なさそうに謝った。一度深呼吸をして、落ち着くと自分の中でごちゃ混ぜになった気持ちを整理して順に説明を始める。

 

「前の川津と違って、先輩があんなことやってるのは性根が腐ってるとかじゃない気がするんだ。だから、なんとか平和的に解決したいんだ」

「それには反対する気はないけどね、ムゲン」

「どうして、そんなにあの先輩に肩入れするんだ? もしかして、実は昔馴染みの知り合いとか?」

 

 今までのムゲンには見られないメタローやライダーメモリアによって変質してしまった者への拘りがカナタたちにはどうしても引っかかっていた。

 これまでのムゲンは無法を働く怪人に立ち向かい、問答無用で倒して終わりというある意味でさっぱりしたスタンスだった。それが今回は明らかに違っているのがカナタたちには気になって仕方がなかった。

 二人の最もな質問に少し前から機会があるときに思い切ってみんなに打ち明けようと決めていたムゲンは踏ん切りをつけて口を開いた。

 

「あの人のいまの危なっかしい正義感を見てるとな、嫌でも昔の自分を思い出すのさ」

「それって……」

「言っても、俺の場合は先輩みたいに立派な人生なんて送ってないし、たったの一度でお先真っ暗になったわけだけどな」

「ちゃんと聞かせて、ムゲン。私たちはしっかりとムゲンのことを知りたい」

「俺の昔話はちょっと長いぞ? あと、面白いものじゃないからな」

 

 きっちりとそう断りを入れてから、ムゲンはカナタ達に今までずっと話そうとしなかった昔の話を聞かせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 なんて、雰囲気作ってみんなに話し始めたとはいえ俺にはそんな大層な経歴とかなんてないんだが。大きな転機は11歳の春になるわけだが、その前に少しだけ俺――まだ双連寺じゃなかった■■ムゲンがどういう子供だったのかを話そうか。

 

 家族は地方じゃそれなりに有名な大手グループが経営している大型ショッピングモールの店長をやってる父親が一人。母親は物心ついてすぐに病気で他界した。兄弟はこの時はまだいなかった。

 家族仲は良くはなかったかな、親父は仕事と自分が大事な人だった。家庭内暴力とかを振るってくるよりはマシだが自分や母親には無関心だったと思う。

 

 なんせ、身寄りのない孤児から血の滲むような努力でコネもなく、ただの実力と実績だけで支店長とはいえ大手デパートの店長の座にまでのし上がったのだから自分自身が誇らしくて、大切でも無理のない話だとは後々には思った。それに店長ってことは従業員の生活も背負ってるからな、自分の家族なんて二の次にでも嫌でもなるんだろうさ。

 そんな仕事を持つ人間を親に持って生まれたせいもあって小さい頃から転校が多くて、友達を作る、仲良くなるって意識は思えばこの頃からどこかで欠けていたのかもしれない。同時にアニメや漫画で出て来る親友ってのに薄っぺらで漠然とした憧れもどこかであったのかもしれないな。

 

 親父の店長就任が正式に決まって、西日本の■■県にある過疎化が懸念され始めたとある地方の町に引っ越してからは高校進学で上京するまでの長い時間をその土地で過ごした。ロクな思い出はなかったけどな。

 その町で暮らし始めて最初の二年はまあ、そんなに不自由や苦労はしなかった。俺の家自体はデパートの店長って身分から寂れて埃被ったような商店街の人間たちからは良く思われてなかったけど、ガキだった俺にまで悪口を言ってくる人はいなかった。

 何より、親父が経営するデパートがオープンして地域活性化に成功したもんだから無下に扱うわけにもいかなくなったみたいだったしな。

 ちょっと話が脱線したな。まあ、俺はその頃からあまり周囲の人間に歓迎されていない環境にいたって程度に覚えておいてくれればいいさ。

 

 本命の話に入ろうか?

 切っ掛けになったのは小学五年生に上がってすぐのことだ。

 学校帰りの通学路で近所に住んでいる友達が同じクラスのガキ大将気取りの生徒とその取り巻きにイジメられているのを見つけた。以前から都会からの転校生というのを理由に筋の通らないちょっかいを出されていたのは知っていたがあそこまで露骨にイジメられているのを見るのは初めてだった。

 別にその友達とは大親友ってわけじゃなかったけど、家も近所で向こうも転校生ってことでそこそこ親近感もあったから、俺は深く考えもせずに止めに入った。

 何より、聞いているだけでムカついてくる罵詈雑言を並べて、寄ってたかって一人を嬲るってやり方も気に入らなかった。

 

「くだらないことすんなよ」

 

 そう言って、割り込んだ俺にいじめっ子の連中は食って掛かってきたが丁度、時報が鳴るような夕暮れ時で仕事終わりの大人たちも目立つようになったこともあって、その日はあっさりと引き下がっていった。

 

「大丈夫か?」

「ありがとう。でも……」

「気にするな。今度、俺がピンチな時は助けてくれよ。友情パワーだ! なんてな」

 

 半泣きだった友達の■■の手を握って立たせると俺は少し得意げに笑って見せた。

 ■■はそんな俺にボロボロと泣いて、何も言わずに逃げ去るように自宅の方へと走って行ってしまった。

 それが俺が■■を見た最後の姿だ。

 俺が漠然とした正義感から助けた友達は次の日に、遠くの町へと転校していったのさ。

 後から聞いた話だがそいつが転校するのは二か月も前から決まっていたそうだ。

 友達だと思っていた■■は結果的にこれから俺に降りかかるであろう災難を知りながら、見て見ぬふりをして逃げ出したのだ。

 後の日々の中で■■のことを恨まなかったと言えば嘘になる。

 裏切られたような気持にもなったし、薄情者めと怒りも覚えたが冷静になって考えてみれば■■からしてみたら俺の方が遅すぎるお節介焼きだと恨めしく思えたのかもしれない。

 なにせ、今日一日耐えるだけで解放されるというのに、その最後の一日になって急に割り込んできて親友面してきたんだ。腹立たしかったかもしれない。

 

 次の日から、俺は自然とイジメの標的にされた。シンプルにそれまで憂さ晴らしにイジメていた奴が消えた代わりに、自分たちに楯突くムカつく奴が現れたのだから、こうなる流れは予定調和と言えばそうだ。

 気に入らないよそ者だった俺へのイジメはすぐに過激になり始めて、。上履きに画鋲を仕込まれる定番のネタから、集団での無視。ストレートな嫌がらせに口汚い罵声から、暴力。

 丁度、いじめられっ子を生意気にも庇ったヒーロー気取りのいけ好かない金持ちのボンボンという、誇張され改竄された悪のレッテルを張られた俺に味方は誰も居なかった。友達だと思っていた奴らは両手で数える以上はいると思ってたんだけどな。

 イジメの首謀者のガキが田舎特有の見えない影響力を持った元名士の家の者だってのも不味かった。片田舎じゃ警察や学校よりも下手したら発言力を持ったそいつの家の力も働いて、イジメの過激さはブレーキ知らずの勢いで加速していった。担任の先生も俺のことなんて居ないものとして扱うぐらいだ。

 

 だから、流石に俺も親父に泣きついたよ。

 助けて、お父さんってな。

 そしたらなんて返ってきたと思う?

 

「何をされてもお前は絶対に手を上げるな。手は打ってやる」

 

 親父が俺に言ったのはそれだけ。

 パソコンのディスプレイから顔を上げることもなく、片手間のような言い方の一言。

 もうちょっと親なら慰めるなり、励ますなりの言葉ないのかと思ったよ。

 代わりに俺に渡されるのは子供には不相応な額の金だった。

 封筒が直立するような札束と他所から雇ったお手伝いさん。それでお仕舞いだ。

 

 言いたいことは山ほどあった。

 それでも、自分は泣いている奴を守ったんだ。弱い者いじめから友達を守る、正しいことをしたんだと自分に言い聞かせて、そんな父親の言いつけを守った。

 

 連中は俺が反撃してこないと分かると更に付け上がった。

 石を投げられ、教室だろうとお構いなしに悪口を言われ、叩かれて。

 でも、それでも……唯一の家族の父親の言葉を信じて耐え続けた。

 だけど、何の変化も起きずに一週間が経った。

 その間、家に親父が帰ってくることはなかったし、電話をしても出てくれない。

 朝起きると深夜に手短なメールでの言葉が返ってくるだけだ。

 後で分かることだが仕事と並行してその間に親父が何をやっていたかと言うと詳しくは省略するけど、まあ普通の人の親ならまずしないような人でなしみたいなことをやってたよ。

 

 お手伝いさんも親父から必要なこと以外は喋るなと厳命されているからと、泣きつくことも出来なかった。

 むしろ、そんな目に遭ったからか俺は俺で意固地になって泣きも怒りもせずに無表情、無感情でいるようになっていった。

 ついでに、自分は何も悪いことはしていないのだからとイジメてくる連中への意趣返しとばかりに学校には休まずに登校してやった。それが面白くなかったのだろう、ある雨上がりの日のことだ。

 

 俺は人気の少ないガラクタ置き場に無理やり連れてこられた。

 生意気だ。その目つきが気に入らない。金持ちだからって威張るなよ。

 さっさと自殺でもして楽になれよ。お前のこと見てると目が腐るんだから責任とれよ。

 その日までにもう百回以上は吐きつけられた悪口と同時に不意打ちで俺はその辺に落ちていた蛍光灯で頭を殴られた。

 

 調子に乗ったガキってのは加減を知らない。

 蛍光灯が砕けるぐらいの勢いで殴られた俺は水溜りに音を立てうつ伏せで倒れ込んでしばらく動けなかった。その間にも連中のゲラゲラと笑う胸糞の悪くなる笑い声だけが鮮明に耳に響いていた。

 ゆっくりと上半身を起こすと水溜りが水鏡になって顔面を血と泥水でぐちゃぐちゃに汚れた惨めで情けない自分を映し出していた。

 どうして、俺はこんな目に遭っているんだろう?

 俺は、俺には誰も味方になってくれる人も居なくなるような……そんな悪いことをしたのかな?

 イジメられて泣いていた■■を、面白がって他人をイジメて楽しげに笑うこいつらのことが見過ごせずに助けに入ったことは間違ったことなのかな?

 あの時、自分を動かした正義感は正解の答えじゃなくて駄目な不正解?

 正しいのはこいつらの方?

 俺は許しを請わなきゃいけない悪い奴?

 

「よおぉ? 土下座して毎日五千円友達料でも払うんなら許してやるぞ?」

 

 肥満体のイジメの主犯が俺の頭を泥だらけの靴で踏みつけながら、鼻息荒く嗤いやがった。

 

 違う。違う、違う、違う!

 違うだろう!

 俺は間違ったことなんてしちゃいない!

 

 泣いて悲しんでいる奴を、一人きりで蟻のように群がる理不尽に苦しんでいる奴を助けることが間違いなもんか。罰を受けなきゃいけないような悪いことであるもんか。

 もしも、俺をゴミでも見るような目で見下して、ゲームでも遊ぶように暴力を振るうこいつらが正しい側だと正義が味方するのなら、俺は正義なんてものは大っ嫌いだ!! こんな下衆なことが正しいことだなんて、俺は認めない!!

   

「ああああああああああああああああ――――!!!!」

 

 心の中で自分を堅く硬く固く、親父の言葉を馬鹿正直に信じて自戒するように無理やりに抑えつけていた錠が音を立て砕け散ったような感覚が全身を駆け巡った。

 指が折れるぐらいに強く握りしめた拳で俺は目の前の喋るクソの塊みたいなそいつを殴りつけた。

 それが引き金になって俺は獣のように荒れ狂って、その場にいた奴ら全員を殴って殴って殴り続けて、それまで積もりに積もった怒りを燃料にして狂ったように暴れ回った。

 

 どんなことをしたのかははっきり覚えていない。

 分かるのは自分の両手が連中の返り血で真っ赤に染まって、騒ぎに気付いて止めに入った大人たち相手にも襲い掛かり11歳の子供が出せるはずのない馬鹿力で殴り飛ばして圧倒して、目の前に映る全てが敵に思えて、体が動く限りに殴り、蹴り、噛みついて人の形をした理不尽に抗った。

 暴れて、暴れて、それでも腹の底から湧き上がるドス黒い怒りの衝動は収まることもなく俺の体を無理やりにでも動かしていた。

 そして、最終的にたった11歳のガキだった俺は刺又を持った大人五人掛かりが束になったことでようやく取り押さえられて、その日の事件は幕を閉じた。

 でもな、これが始まりだった。

 俺にとって地獄の五年間の最初の一日目がこれだった。

 

 

 

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