仮面ライダーデュオル   作:マフ30

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連休皆様いかがお過ごしでしょうか?
今週も無事に最新話更新できました。

前回に引き続き、前半はダークで重いですが後半は頑張って熱くなっているはずです(汗)


第12話 アッシュ・プライド/二つ星、出会えたなら

 夕闇に染まり出す都会の街並みを衆目から逃れるような動きで一つの人影が超人的な動きで跳び渡っていた。

 跳躍。跳躍。疾走。跳躍。

 常人では絶対に不可能な動きであるビルの屋上へと降り立った影の正体――グレイフェイスは肩で息をしながら、興奮した様子で自分の象徴でもある灰色のズタ袋を脱ぎ去り、御子神ヒジリの顔を晒した。

 

「くっ……どうして、こんなことに!」

 

 思わず感情的な声を上げてヒジリがビルの壁を叩くとコンクリートの硬い壁が容易く砕けて拳の形のクレーターが出来上がった。

 いま彼は無自覚ながら、その肉体は淡い光に包まれている。

 力強く、猛々しい真紅の光だ。それは紛れもなくライダーメモリアが生み出す、奇跡にも似た人の領域を超えた力の一端である。

 

「なんで! あんなところで双連寺に出会うんだ」

 

 ヒジリは頭を掻き毟って、先刻の運命の悪戯のような出会いを恨んだ。

 他人からしてみたら馬鹿げているか狂気の沙汰とも思われるかもしれない世に正義を伝えるためのヒーロー染みた自警活動。

 慎重に、用心をして行動した甲斐があって一カ月以上は足がつくことなく継続できたと言うのにまさかよりにもよって、御子神ヒジリとしてこの授けられた力の相談をした可愛い後輩に正体を知られてしまうだなんてお粗末にも程がある。

 

「双連寺に嘘をついた罰でも当たったんだろうか? いや、報いを受けるのなら俺にはもっと他に山程あるだろう。そもそも、あいつの好意を俺は最低の形で裏切ったんだ」

 

 ヒジリは初めてムゲンに相談を持ちかけた時に僅かに嘘をついていた。

 正確には彼自身がその体験をおぼろげにしか覚えていなかったので、悪意のある欺瞞というわけではないのだが。

 かつての経験から、ヒジリは常に悩みと無力を抱えて生きてきた。

 この世界は理不尽が多すぎる。人は平等を尊びながらも社会はヒエラルキーが数億年単位で積み重なった地層のように固定化されていて、身分や権力、力の貧富は凝り固まっている。

 

 そこは是非もないと、受け入れられる。

 ちっぽけな人間一人ではどうしようもできない人類全てにとっての命題だ。

 けれど、それを差し引いてもこの世界は善意が脆く、悪意は強いとヒジリは思うようになってしまっていた。持ち前の正義感を胸に、風紀委員としてあの手この手を駆使して学園内の問題に立ち向かった二年間。周りは自分の実績を称えてくれた。イジメのような行為は減り、学園内の雰囲気や学園外からのイメージも近年稀に見るぐらい清浄なものになったと。

 嬉しくは思うがヒジリは納得が出来なかった。そして、本当ならば学園中に声を大にして訴えたかった。

 

 では、何故! それらは消えてくれないのか。ゼロにならないのか。

 イジメも違反も、減少傾向にはある。けれど、一時でも無くなったことはなかった。自分や自分の信念に共感してくれる仲間たちが必死で活動しても、その想いや正義はどうしてこうも広く伝わって後に続いてくれないのか。もっともっと、力が欲しかった。

 見るものを鮮烈に引き寄せて、この背中を見て誰もが自らを追いかけてくれるような圧倒的な力が欲しい。何もかもが足りないとヒジリは公正明大な気持ちの良い人物を必死に保ちながら、いつしかその心の裡にはなりふり構わない力への渇望が生まれていた。

 

 祈りにも似た強すぎる思いが呼び起こしたのかある日、彼は夢のような不思議な体験をした。

 空から降って来たカードのような物が吸い寄せられるように自分の体に入っていったのだ。自分と引かれ合って溶け合うように、光の粒子になって一体化するように。

 しかしながら、委員会の活動が多忙な時期で疲れ切っていた当時のヒジリはその出来事を明確に覚えておらず、寝ぼけて見た夢の程度にしか思っていなかったのだ。

 故に彼の強い祈りによって発現したライダーメモリアの効果を正体不明の奇病か何かと勘違いしていた。

 

ライダーメモリアに映っていた戦士は真紅の拳持つ、もう一人の嵐の男。

 奇しくもヒジリが求めた大いなる力の体現者。

 孤独な一陣の風で終わるはずだった自由と平和を守る守護者の疾走を繋ぎ止め、次代へ連綿と続く大旋風へと昇華させた正義の系譜の立役者。

 力の二号。仮面ライダー二号のライダーメモリア出会ったことは必然であり、皮肉のようなことだった。

 

 数奇な運命から力を手に入れたヒジリはこうして悪を挫き、弱きを仕置きして、善を勧める歪んだ正義の制裁者グレイフェイスとしての活動を始めてしまったのだ。

 全ては名前も顔も知らない多くの人に悪意の誘惑に負けずに善意を軸にして強く生きることで誰もが理不尽な悲しみや苦しみに遭わない世界を作るために。

 

ヒジリは過去を追想して、自らを嘲笑した。

あんな風に意気込んでおいてその結果がご覧の有様だ。一介の高校生相手に苦戦をして、こうして正体まで露見してしまった。

 

「きっと、説得したとしても双連寺はこんなことに共感はしないだろうな。なら、どうすればいい」

『お困りのようだね』

 

 今後の進退を思案していたヒジリの脳内に自分のものではない声が響いた。慌てて周囲を確認すると目の前で突然に不思議な光を放つ火の玉が現れて、脳内へと語りかけてくるではないか。

 

『我々はメタロー。君が望む力を与えられるものだよ』

「メタ……それは双連寺が言っていた」

『クク。君のことをずっと見ていたんだ。その、傲慢なほどの望み、私は嫌いじゃないぞう? どうかね、我々――いや、私と手を組まないかね』

 

 ムゲンがこの謎の発光する知的生命体と思わしき存在の事を知っていたのにもヒジリは疑問と驚きがあったがそんなことは目の前で流暢に会話を行っている現物の前には些細なことだった。

 

「ちょっと待ってくれ。色々と想定外がありすぎて気が狂いそうだ。俺を見ていただって?」

『そうとも。君の願い。君の嘆き。君の憤怒。そして、夢を実現させるために動いた君の行動力。素晴らしいじゃないか』

 

 自分の常識を超える出来事の連続にパニックになりそうなヒジリの心の隙に付け込んでメタローは甘く、老獪な言葉を巧みに使い彼の裡へと深く、深くと入り込んでいく。

 

『君のプランは実に秀逸だ。善悪相殺……民衆に行動を徹底させるのに何が必要なのかを君は熟知している。だがね、まだまだ青いなぁ。完成度をより高めるためにはまだ足りないものがあると私は思うのだがね』

「そ、そうなのか? 一体なんなんだ」

 

 共感。肯定。無条件の理解と言う許容からの動揺を誘う改善点の提示。

 自ら狂気の沙汰と自覚していただけに、メタローの甘言は綿に水を垂らすようにヒジリの心の奥底にまで浸透していた。

 

『破壊だよ。クラッシュ&ビルドだ。君のその素敵な願いを確実に数多の民衆に思い知らせるには一度、全てを白紙にする必要がある。君だって、薄々は気付いているはずだ?』

「……一理はあると思う。けど、それは出来ない。どんなに上手くやっても犠牲がでるやり方だ。無関係な人を巻き込むわけにはいかない」

『君らしくない発言だねえ。では問おう。無関係、いいや無関心とは君が許せぬ正義を持てぬ弱者と同じく……いや、それ以上に罪なことではないか?』

「え……ま、待ってくれ。それは」

『君は賢い。だから、私の言わんとしていることを理解しているだろう? 分かりきった問題に、この期に及んで眼を背けると言うのかね? ここまでの事をやっておいて、手抜きをすると?』

「いや、まだ考える時間を……でも、そうだ。ずっと徒労だったんだ。俺の中の固定概念を壊して、限界を越えなきゃ。け、けど……上手くいくのか? 本当に俺の望みは叶えられるの、かな?」

『安心したまえ。我々の目的は叶うとも! 世界を壊すと言う、我が愛しき同胞たちの望みがね』

 

 天使のように繊細に、悪魔のように大胆に、メタローはヒジリの本来の願いと目的を捻じ曲げて都合のよい尖兵として調整していく。

 ただでさえ、自分の正体がムゲンにバレたことにより精神の平静を保てていなかったヒジリはメタローの悪意しかない洗脳に陥落しかけていた。

 

 

『さあ、我々を受け入れろ――愚かな世界の一欠片』

「ア…ァ…アアアアアアアア!!」

 

 目星をつけていたヒジリが既に抗える精神状態ではないと確信したメタローは仕上げに取り掛かった。揺らめく炎が猛けり、その光景に既に見惚れていたヒジリの意識はあっという間にメタローに掌握されてしまっていた。巧妙な話術で殆ど心を解放させていたヒジリの肉体に入り込むとメタローは彼と融合し――いや、彼を侵略して全く別の存在として変貌を遂げていく。

 

『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』

 

 光が収まるとそこには異形の影一つ。

 白に近い灰色をした古代ギリシャの勇者を思わせる姿に、両手にはそれぞれ漆黒の剣と盾が握られている。

 だがしかし、悪を滅ぼす正義の剣士然としたこのメタローの顔はまさかのピエロ顔ではないか。

 サーカスでひょうきんに戯れるあのピエロだ。

 二股帽子にメイクを施したような白一色の無機質な顔に双眸は黒一色。唇にあたる部位には血のような赤色が横一線を描いたようなおぞましい道化の頭部を持つ、ちぐはぐでアンバランスな意匠の異形。

 不気味で滑稽なその姿は正義と言う名の劇薬に狂い果てるまで踊らされているヒジリ自身の自嘲の念か、あるいは重なった悲劇と間の悪さから翻弄される彼を笑って愉しんでいるメタローのささやかな余興からの作用なのか。

 

 戦士にも、愚者にもなれないどっちつかずの哀れな道化師。

それこそが御子神ヒジリが変貌したクラウンメタローであった。

 

『さて、まずは君を悩ませる厄介者を片付けようじゃないか?』

『……許してくれ、双連寺。お前がどうしても邪魔なんだ』

 

 心を囚われ、悪魔の囁きを受け続けるヒジリの人格が据わった声で呟くとクラウンメタローは二号のライダーメモリアで大幅に強化された怪力に依る跳躍である場所を目指して闇夜に消えた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、有栖川家屋敷には鉛のような重い沈黙が包まれていた。

 ムゲンが語る彼の幼少期の理不尽や陰湿では言い尽せない惨たらしい過去に大人であるシスターやクーでさえ、慰めの言葉もかけることが出来ずにやりきれないといった渋い顔をして口を開くことが出来なかった。カナタとハルカも俯いて、ずっと黙り込んだままだ。

 

「とりあえず、こんなところで前半終了ってところか? 全く、我ながら笑い話にもらなない思い出だぜ」

 

 案の定、通夜か葬式のような空気になった一同を見て、ムゲンだけがシスターが淹れたコーヒーを啜りながら苦笑する。

 だが、そんなまるで他人事のようなムゲンの姿にカナタとハルカは突発的に詰め寄るとそれぞれの片手でその胸倉を乱暴に掴みあげた。

 

「ちょっと、お二人とも落ち着いて! 突然どうされたんですか!?」

 

 急な出来事に驚くクーを無理やり立たされたムゲンが片手で制してから、真っ直ぐに二人へと眼差しを向ける。

 

「だから、最初に言っただろ? 面白い話なんかじゃないってな。つまんねえ話聞かせやがって、みたいな苦情は受け付けないぞ?」

「ふざけないでよ……言えるわけないじゃない、そんなの」

「オレたちが怒ってるのはな。なんでお前が受けた理不尽塗れの話をムゲン本人がそんな呑気な顔で話せるかだよ!」

 

 カナタもハルカもその瞳には同情を越えた怒りや悔しさが宿っていた。

 幼いムゲンを襲ったあらゆる悪意、あらゆる不条理が憎いと思った。けれど――。

 

「ムゲンは悲しかったんじゃないの! 悔しかったんじゃないの? うん、悔しくて許せなかったはずじゃない!」 

「まかさ、しょうがないけどそういう奴らもいるから仕方ない。だなんて、受け入れたなんて言うんじゃないだろうな」

 

 何よりも、二人が不服だったのはそんな陰鬱を極めた町ぐるみの虐めを受けた筈のムゲンが、この場にいる誰よりも怒って、嘆いて、喚いても許されるはずのムゲンがなんてことのないような顔をしているのが許容できなかった。

 

「お前たちらしくねえな。まだ続きがあるって前提を忘れるなよな」

 

 怒れる二人の手を優しく解きながらムゲンは落ち着いた口調で答えた。居間のソファーに座り直すと大きく伸びをして、再び二人の目をじっと見て少し愉快そうな声で言う。

 

「とにかく今は最後まで俺の話を聞いてみな。一応、俺の中ではハッピーエンドで終わる話なんだ。納得できなくてぶん殴りたけりゃ、聞き終えてから好きにしな」

 

 あんまりにも場の空気に不釣り合いなムゲンの様子に困惑の色を見せるカナタたちの返事を待たずに彼は続きを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 俺が大暴れしてから一週間が経った。

 その間に俺の預かり知らぬところで色んな事が動いていて、俺も自分の身体に起きた劇的な変化に驚いていたりと目まぐるしいことになっていた。

 まず、俺自身のことなんだが我ながら完全に頭が真っ白になった状態で本能と怒りのままに暴れた結果、両腕を始めとしてあちこちの骨が折れていた。肉体が俺が振り絞って出した底力に追いつけなかったのが原因らしい。ついでに言うとその骨折が信じられない速度で完治もしたというオマケ付きで。

 この時は町から少し離れた大きな市民病院に担ぎ込まれたこともあって比較的マシな扱いと正当な看病を受けたよ。地元の町医師がやってる診療所は例の元名家様の一族らしくて、俺のこと出禁にしてたからな。市民病院に勤めている職員達は俺のことを気味悪がってはいたが差別もせずに接してくれた。

 とは言え、俺の境遇や理不尽なイジメの被害者だと知って救いの手を差し伸べてくれる人はいなかった。まあ、これはクソったれの身内が騒ぎが余所にバレるのを懸念して裏から手を回していた影響があったから、彼らに非はない。

 

 一方で、町での俺の認識は完全に切り替わっていた。それも最悪の方向へとだ。

 それまで腫れ物扱いだったのが恐ろしい危険人物扱いへとランクアップした。学校で俺がイジメられているのを知っていながら、二の舞になるのを恐れて知らぬ存ぜぬを決め込んでいた生徒や先生たちも、明確に俺に嫌悪や恐怖の感情を隠さなくなった。

 陰湿な嫌がらせは無くなったのと俺が念入りにボコボコにしてやったイジメの主犯だった元名家のお坊ちゃんはそれがトラウマになって引きこもりになったのはいまでこそ不謹慎だとは思うが清々した。

 

 問題はここからだ。

 結局、親父との約束を破った俺は退院してしばらく経ったある日に絶縁状を突きつけられた。お抱えの弁護士にも助力して作成された法的に効果を発揮するタイプの一級品の絶縁状だ。

 流石に内容は当時11歳のガキには理解は出来なかったが不味い状況になっているのは肌で感じた。そんな俺の反応を想定していた親父はまるで息の根を止めるようにこんな風に言ってきた。

 

「十五歳までに内容を理解して、お前のサインを書き込んでおけ。それまでは養育のための金は出してやる」

 

 それだけ言ってさよならだ。

 いっそ、バカ野郎だの親不孝者って頬でも引っ叩いてくれたらまだ親らしく感じたんだが向こうは恥晒しの厄介者にそんな労力や気配りをするのも無駄だと思っていたと見える。

 こうして口に出して語っていくと改めて呆れるほどゾッとする俺の元親父だけど、コレで終わらないのがあの人のえげつないところだ。

 親父は俺の知らないところで町の人間と秘密の交渉をしていた。

 今回の暴力事件は外部に漏れるとお互いに良くない案件だから口止め料を条件に無かったことにしてくれと。そして、俺はもう■■家の人間ではないから親父と会社に今後、俺にまつわるどんな問題が発生した場合においても一切持ち込まないで欲しい。その代わりに俺のことは好きなように扱ってくれても構わないって言う密談だ。

 まあ、簡単に説明すると一種の人身御供だな。

 ■■家――というか、親父が自分と家族よりも大切な仕事を守り抜くための生贄やデコイにされたわけさ、俺は。

 

 え? 一人息子をそんな風に扱ったら元も子もないって?

 確かに、常識的に考えればそうだよな。だけど、あの頃は町の連中も親父もついでに俺もどいつもこいつも頭のネジが吹っ飛んだみたいに歯止めがないまま狂っていた。

 まず、町の連中はその条件を受け入れた。

 そして、親父は交渉成立から三日も経たない内に養子を迎え入れた。自分と同じで天涯孤独だけど、才覚豊富な俺よりずっと年上の高校生だ。名前や顔は会ったこと無いから知らねえけどな。

 俺が相続するはずだった遺産やら権利やら諸々は全部その義理の兄にあたる有望な後継ぎ様に譲渡された。親父が一時期、仕事と並行して夜遅くまで手を打つと俺に言っていたのはこの養子を選りすぐるのとさっきの絶縁状を作るためだった。

 この事実は高校進学する寸前に気付いたことなんだけどな、あの時親父が俺に言っていた「手を打つ」って言葉は俺を助ける手段じゃなくて、最初から自分を守るための意味を持った言葉だったのさ。

 全く、自己愛が強すぎて悲しくなるどころか呆れて笑えてくるぜ。

 結局、■■ムゲンはただ一度きりの正義感に突き動かされた行動が切っ掛けで、イジメられ、町の人間から危険人物扱いされて、ついでに実の父親からお前は不用品になったからもう要らないって廃棄処分されたのさ。

 俺が前にクーさんに正義の心を燃やせだなんて言われてそっぽ向いた気持ちもちょっとは分かるだろ? 

 別に性悪説とか小難しいこと主張するつもりはないがよ、正義の味方だなんて口が裂けても名乗りたくなかった。それぐらい、本当にあんな目に遭うのは懲りたんだよ。

 

 さて、俺の聞いた人が食欲不振、不眠症待ったなしの昔話もクライマックスに入っていくから、もうちょっとだけ辛抱してくれよ。悪いな。

 なんだかんだで、11歳にして身内から棄てられた俺は町の外れにある空き家へと摘まみ出された。一応、町の外っていう世間の目や倫理問題に助けられて身の回りの世話をしてくれるお手伝いさんは派遣してもらっていたから野垂れ死にすることはなかったけど、こっから先は中学卒業まで続く、喧嘩の日々が始まることになる。

 というのも、引き籠りになったイジメっ子君には兄貴がいた。

 そいつが弟に輪をかけたような見栄っ張りでな、仇打ちをしないと気が済まないって毎回のように徒党を組んで喧嘩仕掛けてきやがった。

 ただ前と違っていたのは俺の方も自分を取り巻く状況に自棄になった狂犬状態だったからよ、喜んで喧嘩だ、決闘だのを片っ端から買い尽してやっていた。

 

 ほぼ毎日、毎日、イジメっ子兄の取り巻きや腕に覚えのある奴らが俺一人を狙って襲い掛かって来た。何度もボロボロになりながら、俺はそいつらをありとあらゆる手を尽くしてぶちのめす日々だ。

 連中に負けない為に、強くなる為に、色々と学んで身に付けた。

 Yourtubeとかの動画サイトで格闘技やプロレスの動画を漁りまくって、ネットで人間の急所や喧嘩の体験談とかも見て回った。覚えた技を試しながら、たまにミスって痛い目を見ながらずっとずっと喧嘩を繰り返す。

 数年に渡る闘争の日々で数え切れないぐらい怪我もした。骨折みたいな大きなものだって、複数回はあったと思う。

 ただ、何でかは分からないがその度に俺の身体はどんどん丈夫になって、握力を筆頭に力もどんどん強くなっていった。傷つけば傷つく度に今度は壊れないとばかりに強化していく感じだ。傷を作るごとに、痣を作るごとに、俺は強くなった。

 そんなこんなで一対多数の喧嘩と言う名の戦争を繰り返している内に周囲の俺への認識はもう一段階変化した。

 

 いつしか俺は誰からも町に居座るこの世の物とは思えない力を持った凶悪な怪物のように扱われ。そして、俺に復讐するために徒党を組んで襲い掛かるゴロツキたちはそんな怪物を退治するために果敢に立ち向かう勇者様ご一行みたいな認識へとすり替わっていった。

 みんなが俺のことを怖がって、消えてくれって訴える眼で見てきた。 

 俺の視線の動き一つ、手足の動きの一つに命の危機を感じるように怯えていた。

 そんなんだから早めに家事を覚えて、親父の命令で俺の面倒を見にくるお手伝いさんには早い段階でもう来なくていいとこちらから申し出て、自然と俺は本当に一人ぼっちになっていった。

 血も涙もないような話だけど確かに鉄パイプを捻じ曲げたり、大の大人を片手で振り回すガキいたら怖くなるのも当然だ。化け物にだって見えるさ。人間が平和に暮らす寂れた町で俺だけが人間じゃなかった。見た目も同じ、喋る言葉も同じ、傷口から流れる血の色だって同じなのにな。

 

 えーっと、流行りのゲームでよくある集団で大きな獲物を倒すやつがあるだろ。

 そう、レイドボスだったか?

 退治されるべき怪物みたいな扱いにされて、自分自身もその在り方を流されるような感じで受け入れて、だったら意地でも負けてやれないと死に物狂いで抗って。

 今なら言えるけど、俺も連中も引き際を間違えたんだよ。越えちゃいけない一線を越えて、意地を貫いた結果が五年近くに渡る不毛な争いってわけだ。

 正直、俺も中学生になる頃には自分が正しいとか、連中が誤ったことをしているとかそんなことは考える気力も失せていた。

 

 嬉しいも悲しいも、苦しいも楽しいも――何もかもがどうでもよく思えて、考えられなくなっていた。考えたくもなかった。

 俺を動かすのは俺のことを狙って襲ってくる奴らを必ずぶちのめしてやるって腹の底で燃え上がって、手足を無理やりにでも動かそうとする怒りだけだった。

 結果から言うと、最終的に俺は俺でやりすぎた。

 どっかで立ち止まって考えることが出来ればまた違った結末があったのかもしれない。だけど、俺はそれを放棄して被害者面をするにはあまりにも多くの人を傷つけ過ぎていた。

 どちらも酷い加害者で、どちらも酷い被害者って結果を残して小学五年生の時から中学卒業まで続いた馬鹿げた争いは痛み分けで終わったんだ。

 

 ちょっと横道に逸れるけど、キャンプを始め出したのもこの頃だな。

 日曜日にまで喧嘩仕掛けに来る暇人共が家にまで押しかけて来るのが鬱陶しくなって、少し遠くの人気のない河原で一晩野宿してみたら、居心地良くてな。

 それから休日の殆どは早朝から遠方の野山に繰り出して、ひっそりと独りでキャップか野宿か分からないようなことをやっていた。

 人里を避けて、隠れて暮らす昔話の赤鬼みたいにしている時がその頃の俺には唯一、人間でいていい時間だった。

 もっとも、その時間でさえ泣いたり笑ったりも出来なかったけどな。

 何もかもが手遅れでその頃には俺の心はどうしようもなく擦り減って、灰のように燃え尽きていたんだと思う。

 そんなこんなで味気のない灰色の中学生活をやり過ごして、無事に城南学園に合格した俺は逃げるようにあの町を去って、いまに至るってわけだ。

 思えば小学校時代から振り返っても、大暴れした日以降は体育祭も修学旅行も行事ごとは全部、自主欠席。卒業式も不参加の思い出もクソもない五年間だった。

 

 言い忘れるところだった。

 例の絶縁状は上京する一日前にきっちりと元親父に叩きつけてやった。

 最初で最後に親父だった他人の顔面を全力で殴りつけてやって、あいつの血をインクにして捺印してな。

 別れ際の言葉はお互いに何も無かった。

 本当にろくでもない親子だよ。

 

 俺は上京した日から晴れて母方の姓と母さんが個人的に残してくれていた僅かばかりの遺産だけを譲り受けて、双連寺ムゲンとして生きていくことになったわけだ。

 

 

 

 

 

 

「あー……喉渇くな。柄にも無く喋りすぎた。シスター、コーヒーのおかわりもらいますよ」

 

 あらかたの過去を言い終えたムゲンはシスターの返事も待たずにカップにコーヒーを注ぐと一口で飲み干した。

 そして、浮かない顔で周囲を一瞥した。

 ムゲンの予想通りの反応がそこにはあった。

 カナタもハルカも怒りを通り越して、放心したように立ち尽くしていた。クーは声こそ押し殺していたが青く大きな瞳からボロボロと涙を流して泣きじゃくっていた。シスターも普段の陽気さは消え失せて、片腕を服がしわになるほど強く手で握り、やり切れない顔で唇を噛んでいた。

 

 みんなの沈痛な顔を見て、ムゲンは小さくため息を吐いた。

 絶対にこうなると思っていたから、ずっと自分の過去は可能な限り喋りたくはなかったのだ。この何よりも得難い、やさしい人たちに胸が締め付けられるような嫌な思いはしてほしくなかったから。

 

「さてと、堕ちるとこまで堕ちた俺の昔話……大逆転のエピローグに移るとしますかね」

 

 その言葉に四人全員が体に電流が走ったように顔を上げてムゲンを見た。

 カナタとハルカは居ても経ってもいられずに、再びムゲンに詰め寄ってジロリと険しい目をして睨んでいる。

 

「ムゲン……ッ」

「おいおい、怒るなぁ。最近の映画じゃエンドロールの後に絶対にこんな感じでどんでん返しが流れるだろ? これから俺が話すのは嘘偽り、誇張表現一切なしの俺の本心だ。それを忘れないでくれ」

 

 ムゲンは微動だにせず、静かに熱の入った眼差しでカナタとハルカのことを見つめて語り始めた。絶望のどん底にまで転げ落ちていった彼を拾い上げてくれた救いの物語を。

 

「上京した俺を待っていたのは俺のことを見ても襲っても来ない、石も投げてこない、目線を逸らして舌打ちもしてこない大勢の人でごった返したこの大都会だった。正直、呆気に取られたよ」

 

 都会は冷たいところだと勝手に思い込んでいただけに肩透かしだったとムゲンは笑った。

 

「そもそも、数え切れないぐらいの人間で溢れているんだから俺みたいなガキ一人に関心なんて寄せないわな。それでも道を尋ねればスーパーのおばちゃんなんかは優しく教えてくれる程度に人情もあって、あんなに安心できたのは何年振りかって感じだった」

 

 クーも泣きやんでちゃんとこちらの話を聞き出したのを確認するとムゲンはどこか苦しげな笑顔を浮かべて、言葉に熱を込めながら喋るスピードを上げ始めた。

 

「でもな、それ以上誰かに歩み寄るのがどうしても出来なかった。怖さとか諦めとか、色々と不安がこみ上げていったのもある。何よりもまた同じことの繰り返しになるのなら友達とか知り合いとか作る意味が見出せなかった」

 

 入学して最初の頃は見ず知らずのムゲンの事が珍しくて、話しかけてくれる生徒もそれなりにいた。ムゲンもそんな彼らと親しくなりたくて言葉を出そうとして、どうしても声が出なかった。口が開けなかった。

 身も心にも深く刻まれた苦しみがムゲンを縛り付けて許さなかった。

 再び受ける裏切り、拒絶、痛み、幼い頃に味わった地獄のような経験がフラッシュバックして、ムゲンを逃がしてはくれなかった。

 だから、すぐにムゲンには無口で何を考えているのか分からない近寄りがたい人間と言う認識が生まれて、近づこうと考える人間はあっという間に居なくなった。

 

「俺は俺で自分を変えようって頑張れたら良かったんだけどよ、恐ろしいもんで独りきりで満足だって考えちゃってよ。あの頃の俺は本当に燃え尽きた灰だったのさ」

 

 新天地の高校に入学してから一週間。

 ムゲンは無為で無意味な時間を送っていた。自殺だなんて手段は御免だが、だからといって夢や、やりたいことなんて見出せずに、ただ呼吸をして生きている。無駄に命数を浪費して、ゆるやかに死ぬために生きているそんな廃人のような生き方だった。

 

「真っ暗闇の中を当ても無く彷徨って、底無し沼の奥へと自分からゆっくりと深みへと向かって行くような毎日だった。いつ、名前も顔もよく分からないクラスのみんなが昔みたいに俺を化物を見るような恐怖と憎しみに満ちた目で見てくるのかと思うと怖かった」

 

 だから、空気のように生きていた。

 炎も熱も失った、何の役にも立たない燃えカスの灰と同然の生き方を強いられたわけでもないのに選んでいた。

 消えて居なくなってしまえる機会があるのなら、それに身を委ねてしまいたい。

 もしも、道を歩いているときに突然トラックや電車が自分に目掛けて突っ込んできたのなら素直に受け入れられただろう。

 それぐらい、ムゲンが心に負った傷は重篤で生きる意欲さえ希薄だったのだ。

 でも、世界は最後の正念場でムゲンを見捨てはしなかった。

 ムゲンにとっては太陽よりもあたたかで、満月よりも優しげな、奇跡の眩さを放つ運命の二つ星と巡り会う機会を与えてくれた。

 

「そんな時だった。クラスの人気者だった双子が揃って威張った上級生に絡まれてるのに出くわしたんだよな」

 

 紛れも無く初めて言葉を交わしたあの日のことを話しているムゲンの声が心なしか嬉しそうになったのをカナタとハルカはすぐに気付いた。

 

「完全にあの日のデジャブを感じて立ち去ろうとしたんだ。けどよ、意味分かんねえ理不尽な文句を吐き並べる上級生の声が嫌でも耳に入ってきて、なんて言うのか血が騒ぐというか、勝手にこの手が力み出してさ……自分でも知らない内に脅かしてやるための缶コーヒー買って、乗り込んでたよ」

 

 理由なんて、分からないし説明も出来なかった。

 ただ一つ言えるのはムゲンの体は覚えていた。

 あの日のように理不尽を見過ごせずに立ち向かう事が間違いなんかじゃないと命を燃やして暴れた遠い記憶のことを。

 それがムゲンの心が辛い記憶と封をして目を背け続けていたとしても、その肉体は理不尽を許せずに敢然と抗った幼い日の彼の選択と痛みを誇らしいものだと刻み込んでいた。

 

「一騒動の後でお前たちは俺のことをあれこれと調べたり観察してただろ? 最初は戸惑ったし、警戒もしたけどすぐに杞憂だって分かったよ」

「どうして、そんな風に思えたの?」

「そりゃあ、五年間も敵意や嫌悪感を剥き出しにした連中と殴り合ってたからな。その手の居心地の悪くなる気配は何気に聡いんだぜ、俺」

 

 カナタの当然の疑問にムゲンは得意げに答えて見せた。

 

「すぐに分かったよ。この双子たちは純粋に俺のことが面白そうなやつかもしれないから、付き合って楽しめるかどうか調べてるなって」

 

 普通ならば、不愉快に感じるかもしれない当時の天風姉弟の行動。けれど、灰のようにくたびれ果てていたあの頃のムゲンにはそれが新鮮で嬉しく思えていたのだ。

 

「実を言うと俺もそんなお前たちを見守るのが楽しくて仕方なかったんだぜ?」

 

 笑いを堪えきれずに震える声でムゲンはあの日を回顧しながらカナタとハルカに言った。二人の反応が新鮮で興味深くて、意識せずにはいられなかった。

 明日はどんなアプローチで自分を観察するのだろう。こんな自分を眺めて、何を思うのだろう。少なくとも敵意や悪意のようなものは感じられない不思議な双子たちは自分に何を思い、何を望んでこんなことをするのだろう。いつしか、ムゲンは天風姉弟の行動に胸の高鳴りを感じていた。

 

「そしたら、スポーツテストの日のコンタクトだ。嬉しくて、気がおかしくなりそうだったよ」

 

 ハルカに突然声を掛けられて二人一組のペアを組んで、その後にカナタも加わって一緒に昼食を食べた。その日から何となく気が付けばムゲンはカナタとハルカと一緒にいるようになった。

 

「いまだから言うけど、あの日は家に帰ってから嬉しくて情けないぐらい一人で泣いてたよ」

 

 玄関のドアに崩れ落ちるようにもたれ掛かって、熱い涙を堪えることなく気が済むまでムゲンは泣いたのだ。嬉しくて、嬉しくて、嬉しすぎて、泣いた。

 双子たちの真意は全て読み取れていたわけではないが、何となくムゲンには分かっていた。カナタとハルカが下心や打算から自分に声を掛けたわけじゃなく、単純に構って遊んだら面白そうと言うある意味純粋で奔放な興味本位で歩み寄ったことを感じとっていた。

 

「それでも、色々と考えるのは止めなかったぜ? これからも二人と一緒にいても本当にいいのかなって。無い知恵を絞って一晩よく考えて……結局俺は二人に委ねることにしたんだ」

 

「え……?」

「なに言ってるのかちょっと分かんないかな、ムゲン」

 

 困ったように笑うムゲンが口にした予想外な言葉にカナタたちは首を傾げてその意味の真意を尋ね返した。

 

「つまり、昔のトラウマで自分のことも信じられなくなってた俺は一か八かでお前たち二人に好き勝手に振り回されてみようと思ったのさ。その結果――最後の最後で俺は賭けに大勝ちした」

 

 自分にだけは本当の素顔を見せてくれるカナタとハルカに振り回されて過ごす日々はムゲンにとって、全てが新鮮で幸せだった。

 人間はいつだって不自由な世界で建て前と方便を着込んで生きている。

 けれど、この二人はそんな不自由な世界でしょうがないと頭を垂れて生きるのではなく、世界にひと泡吹かせてやろうと自由の意味を逆手にとって最大限に自分たち流で奔放に鮮烈に生きている。   

 何せ、半端な覚悟じゃ殆どの人間相手に猫被って姉弟二人だけの世界を作り上げて生きるなんて真似できやしない。

 

「二人を見ていて、価値観をブッ壊されたよ。それからいい意味で世界が広がった。人並みに合わせて生きていかなくても良いんだって気付かされたんだ」

 

 太陽も月も空さえ無くても、大地の上で自分の力だけで輝いてやると吠える星のような我が道をいく二人の在り方にムゲンは救われた。

 二人がムゲンに取ったリアクションは彼に対しての肯定でも否定でも無く。共感とも少し違う。自分たち、二人だけの世界に受け入れることだった。

 ただそこに居ても許される、それが何もかもに拒絶され、捨てられた過去を持つムゲンには本当に心癒される救いの手だった。

 

「カナタとハルカに出会えてから、また毎日が楽しく思えるようになった。明日が来るのが待ち遠しく感じられるようになった。ああ、そうだよ……俺は誰でも無い二人にハッピーエンドにしてもらえたんだ」

 

 自分たちの出会いの裏側でムゲンがそんな風に思っていただなんて知る由も無かった二人は鳩が豆鉄砲でも食らったように驚いて、それから二人揃って、瞳を熱く潤ませて何も言えなかった。

 

「この先の人生は分からねえ。でも、俺は何時だって胸を張って言えるんだ。カナタとハルカ、二人に出会えて友達になれたあの日から……それだけで俺の人生はハッピーエンドなんだってな!」

 

 迷いなく、誇らしげに言い切って、ムゲンは大きく頷いた。

 

「以上。めでたし、めでたしだ。満足したか?」

「ムゲン……重いよ、バカ」

「全くだ。オレたち、そんな大層なこと思ってなかったぜ」

 

 カナタとハルカは必死に涙を堪えながら、熱い吐息交じりに震える声でそう言って二人して思わずムゲンに抱き着いた。ずっと、こんな風に思われていたなんて予想外にも程がある。けれど、他でも無いムゲンに――自分たちの唯一の親友にそんな風に思われていたことが感無量だった。

 

「あれだ。価値観の相違ってやつ? 俺はそう思ってるけど、別にお前らが変に気負う必要はないって話。むしろ、ワガママを言うならいつも通りの三人でいられることを願うよ」

「芸能人夫婦が離婚した時の定番の理由じゃないか、縁起悪いぞ」

「いいんだよ。それこそ人間、気持ちの持ちようで何だってポジティブに捉えることもできるってもんだ。人間研究学者みたいなのに話してやったら貴重なサンプルケースだって褒められるかもよ?」

「クス……それは思いつかなかったなあ」

 

 どこか自信満々でおどけるムゲンにカナタとハルカはくだらないとにこやかに笑っていた。変わらない、いつもの日常のいつもの三人の在り方に自然と戻っていた。

 

「ムゲンさぁあああああん!」

「おおっと!? クーさん!?」

 

 すると今度はもう待たなくていいだろうとまたボロボロと泣きじゃくって、鼻水まで垂らしたクーが猛然とムゲンに抱きついてきた。

 

「ごめ゛ん゛ざい゛いいいいい! わたし、ムゲンさんがそんな辛い思いしていたとは知らずにあ゛んな゛ごどおおおお!」

「いいって、大丈夫。クーさん、大丈夫だから落ち着いて! もう気にしてないから、むしろ今この状態の方が気になるんですけど!? 鼻水がね! 俺の顔近くに迫ってるのォ!」

「お休みになったら、一緒にキャンプしましょ! 楽しいヤツ! すっごい楽しいヤツ! わたし全力で盛り上げますから!」

「オッケー! 楽しみにしてるから、クールダウンして鼻水拭いて下さいクーさぁん! 口に迫ってる! 迫ってるから! 俺はそこまでマニアックじゃないからァ!」

「寂しい時はいつでも呼んで下さいねえええ! わたし、抱き枕ぐらいにならなってあげますからぁああああ!」

「ひゃぁー……やっぱ、気恥ずかしいなこういうことするの。そう、でだ。御子神先輩のことだがよ」

 

 感極まって暴走したクーを何とか引き離して落ち着かせると、火照りを覚える頬を手で扇ぎながら、ムゲンは気持ちを切り替えて早急に解決しなければならない問題を切り出した。

 

「つまり、あの人はなんて言うかガキの頃の俺の成功したパターンと言うか、あの時期に近くにいて欲しかった感じの人って言うかさ」

「シンパシーを感じるから放っておけないんでしょ?」

「そう、それだ! 流石カナタだよ。最近はさすカナって言うんだっけ?」

「ムゲン……まだなんか照れ隠しでカラ回ってるぞ。深呼吸してみ?」

 

 過去話と一緒にカナタたちに対する恩情や慕情と言った大ボリュームの想いを全部吐露したことがまだ少し照れ臭くて、ぎこちないムゲンをハルカが苦笑しながらなごやかにツッコミを入れる。

 その手はすでに素早い動きでスマートフォンを操作して、親友のために情報をかき集めに掛っていた。

 

「兎に角、まずはグレイフェイスもとい御子神先輩を見つけ出すことだね。でも、向こうもムゲンが正体に気付いたってこと分かったんだよね? だったら……」

「カナねえが予想した通りになってると思うぞ? グレイフェイスの目撃情報があった」

 

 ハルカは発見した画像付きの書き込みを二人に見せた。グレイフェイスの目撃情報は意外な場所を写していた。

 

「おいこれ……メリッサじゃん!?」

 

 ムゲンが驚きで声を上げるのも無理はなかった。何故ならグレイフェイスが現れたのは他でも無いカフェ・メリッサが写っていた。

 

「やっぱりね。御子神先輩はムゲンを待ってるんだよ。正体を知られた以上は何とかしないと都合が悪いから」

「ありがたい。探す手間が省けたな……まずは先輩をとっ捕まえないと始まらないからな」

「オレもいく。ちょっと手荒だけど最悪ビッグダインを使えば確実に身柄は確保できるだろ?」

「悪い、ハルカ。今回は俺一人で行かせてくれないか? 色々と言ってやりたいこともあるからな」

 

 玄関へと向かうムゲンに同行しようとするハルカをムゲンは引き留めた。

 

「それよか、みんなで先輩を捕まえた後のことを考えておいてくれないか? 説得はしてみるつもりだけど、自信無いからよ」

「分かった。オレたちだって自信はないけど、知恵を出し合ってみるよ。気をつけてな」

「ムゲンちゃん。アタシからもいいかしら?」

 

 ムゲンの想いを汲んだハルカは肩をすくめて、不本意ながら了承と伝えるとその背中を強く押し出した。すると、音も無くハルカの後ろに立っていたシスターもムゲンへと言葉を投げかける。

 

「ムゲンちゃんの身体のことだけど、人間ってね視覚や聴覚の機能を失うと残った器官が欠けた場所を補うように異常に優れることがあるそうよ。その人をちゃんと生かしてあげられるように肉体が守ろうと頑張るんだって」

 

 シスターは怪力に始まるムゲンの肉体の秘密に一つの仮説を立て、気休めになればとそれを話して聞かせ始めた。

 

「だから、ムゲンちゃんの身体の強さも丈夫さも傷の治りの早さも全部……アナタの身体が貴方に生きていて欲しいと願っての働きなんじゃないかとアタシは思うわ。だから、余り自分を過小評価するのはおよしなさいよ。良いオトコよ、ムゲンちゃんは。アタシがお墨付きをあげちゃう程度にはね♪」

「それは……気合入れていかなきゃ、男がすたるってもんですね。ありがとうございます!」

 

 ワザとらしいくらいにキメ顔で投げキスを送るシスターにも見送られてムゲンは胸を張って飛び出すとビッグストライダーを駆ってメリッサへと向かった。

 

(もしも、ムゲンちゃんの症例をカテゴライズするのなら後天的突然変異。噛み砕いて表現するのなら……ミュータント。この世界にただ一人の異形ということになるのかしら?)

 

 ムゲンを見送りながらシスターの胸中はその実穏やかではなかった。

 

(超常の力無きこの世界で、唯一の例外……ただ一人の異形に相当する少年が仮面ライダーになる。そんなところまで原典たちを再現させなくてもいいでしょうに)

 

「アタシが言えた義理じゃないけど神様って、本当に悪趣味ね。誰かさんも含めて」

 

 

 

 

 

 

 カフェ・メリッサの近くにある小さな公園にグレイフェイスは佇んでいた。

 既に餌は撒いた。必ず、彼は――ムゲンは自分に会いにやって来るという自信があった。すると、狙ったかのように近づいてくるバイクのエンジン音。

 

「会いたかったぞ、双連寺」

「先に逃げたのは先輩だろ、海外ドラマに出てくるめんどくせー女みたいなこと言うんじゃねえよ」

 

 静まり返った夜の公園でグレイフェイスとムゲン。

 正義と言う名の気まぐれな概念に翻弄された光と影のような二人は再び対峙した。

 

「あんたの性格からして、言っても聞かないかもしれないがもう一度言うぞ。こんな、先輩に似合わないこと今すぐに止めろ。これ以上進めば破滅しか待ってないぞ」

「この期に及んで俺を気遣ってくれるのか? ありがとう、双連寺。でも、もう遅い」

 

 断言したグレイフェイス――御子神ヒジリの体が不気味な光を放つと瞬時に異形の姿へと変貌した。剣と盾を持つ、おぞましくも滑稽な意匠のクラウンメタローだ。

 

「メタロー!? いや、メモリア持ってたんだもんな、連中が嗅ぎ付けて巣食っても当然か」

『彼から、お前のことを聞かされたぞ。ずっとこの世界のために戦っていたんだな。なんて勿体ない力の使い方をしていたんだ双連寺は? この世界から醜い悪を取り除くことだってお前になら出来たと言うのに、お前は何もしなかったんだな?』

「生憎だが俺は世界だ、正義だのためになんて戦う気はゼロなんでね」

『失望したよ。お前は真面目な生徒で可愛い後輩だ。俺の邪魔さえしなければ監禁する程度で許してやろうと思っていたが、正義溢れる世界のための犠牲になってもらうしかないな』

 

 メタローの素体にされ、只でさえ不安定だった心を抱えていたヒジリはその精神を汚染され完全に歪んだ本来の彼とは異なる人格でムゲンを責めるような言葉を浴びせてくる。

 だが、そもそも戦う理由がまるで違うムゲンはその詰るような言葉を簡単に払いのけると、デュオルドライバーを装着した。

 

「奇遇だな。俺もあんたがメタローになっちまった以上はまずはぶっ飛ばす! ありがとよ、事情がシンプルになってやり易くなったぜ」

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!!」

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

 自らの過去をみんなに打ち明けて、負い目などから解放されたムゲンはいつもより、ずっと力強く迷いのない動きでデュオルに変身すると、既に剣を振り上げて迫って来るクラウンメタローに挑んでいく。

 

『俺は俺が願う世界のためにお前だって制裁する! もう言葉なんかじゃ止らないぞ! 俺が、このクラウンメタローが成そうとすることを悪行だと思うのなら力づくで捩じ伏せて見せろ!!』

『望むところだ! かかって来い! 仮面ライダーが相手になるぞ!!』

 

 拳を交えることに葛藤や迷いはないと二つの人知を超えた者たちは激突する。

 それはなんと数奇な巡り合わせか、仮初とはいえ技の一号と力の二号の力を手に入れた者たち同士の戦いでもあった。

 上から斬り裂こうとするクラウンメタローの黒剣を上段蹴りで薙いだデュオルは片手で防護の構えを取る敵の黒盾を抉じ開けながら正拳突きを叩き込む。

 

『なんのォ!!』

 

 一歩の後退で踏み止まったクラウンメタローが異形を赤い光で包みながら――ライダーメモリアの力を引き出して袈裟切りを繰り出した。デュオルは横っ跳びで回避したが背後にあった普通自動車は重く鋭い剣撃でチーズのように寸断されると爆発炎上してしまった。

 

『おいおい……怪力にも限度があるだろ』

『シャアアアアア!!』

 

 すぐに体勢を直して、斬り掛って来るクラウンメタローの黒剣に細心の注意を払いながらデュオルは迎撃する。

 ライダーメモリアとメタローという人外の力が混ざり合い驚異的な怪力を発揮するクラウンメタローの黒剣は大斧の威力も有しながら、片手剣の小回りも損なわれていないという出鱈目な武器になっていた。

 アウトドアを嗜むからこそ、斧の切れ味と一撃の重さを知っているデュオルはその危険度を察して冷や汗ものだった。何せ、場合によっては簡単に片腕が飛ぶのだ、恐ろしいどころの騒ぎではない。

 

「なんだいまの爆発!」

「あれなに! TVの撮影かなにか!?」

「すげえ、ヒーローみたいなのと怪人が戦ってる!」

 

 加えて、カフェ・メリッサがあるのは住宅街。自動車の爆発で二人の戦いに気付いた付近の住人達が大騒ぎを始めてしまった。

 

『チッ……ついてこい、デュオル! 人が集まってこられたら満足に戦えない、仕切り直しだ!』

『名案だな』

 

 無関係な人々を巻き込むのを良しとしないクラウンメタローは跳躍か飛行か分からないような驚異のジャンプ力で飛躍するとその場を離れた。デュオルもそれを追いかけて、二人は夜の魔天楼を跳び駆けながら戦いを継続した。

 

『この辺りなら文句ないだろ! オォオオオ!!』

『そうだな。じゃあ、改めてその命を貰うぞ!』

 

 やがて二人は閑散とした教会に辿りつくと余計な憂いを捨てて、しのぎを削り合う。

 巧みな剣捌きで斬撃の嵐をデュオルに見舞うクラウンメタロー。唸りを上げて閃く刃が教会の壁や街灯を次々に寸断していく。

 剣と盾を的確に扱い、攻防共に隙のない戦い方をするクラウンメタローにデュオルは自在跳躍を活かしたヒット&アウェイに切り替えて対応する。

 降り注ぐ矢の雨、あるいは投擲された槍の濁流のような連続の飛び蹴りを浴びせ続けて、クラウンメタローが疲弊するのを待つ。

 

『小賢しい真似を! 正々堂々と戦って見せろ!』

『ハン! 善悪相殺だなんて、見境のない暴漢みたいな馬鹿やってるくせに口を開けば綺麗事かい? 欲張りすぎなんだよ!』

 

 クラウンメタローがどんなに剛剣を振り回しても飛燕のような身のこなしでデュオルはそれを巧みに避けてはカウンターの一撃を浴びせていく。大半は盾や剣で防御できるが姑息とも思える戦法にクラウンメタローは苛立ちを募らせる。

 

『欲張りなものか! むしろ、今までの俺が甘かったんだ! イジメも違反も言葉で説いて止めさせても根本的な解決にはならなかった!』

 

 叫びと共に唐竹割りの一撃が異様な唸りを上げてデュオルを襲う。どうにかクラウンメタローの右手首を掴んで食い止めるがすかさず正面に構えた黒盾を叩きつけられる。

 

『ぐうっ!? だから、痛い目を見せて躾けるってか? ペット相手にしてるんじゃないだぜ、IQ下がってんじゃねえの?』

 

 ダンプカーに追突されたような衝撃を受けて、苦悶しながら吹き飛ばされるデュオルが地面を転がりながら、体勢を戻す。だが、視界を前に向ければそこには追撃に黒剣を振り下ろすクラウンメタローが眼前にあった。慌てて不格好に横に転がってかわしたがデュオルだが、寸前までいた場所には斬撃によって巨大な亀裂が出来ていた。

 強がってみせるが状況は悪かった。手数で攻めて、押してはいるが一撃をもらえば形成をひっくり返される。それぐらいクラウンメタローの攻撃力は尋常ではなかった。

 

『悪とは不愉快な雑草だ。根から根絶しないとダメなんだ。スクラップ&ビルド……彼がが教えてくれた! 全てを破壊して真っ白の更地にしないと何も変わらないんだ!』

『バカを……言うな!』

 

 デュオルの言葉など聞く耳持たないとメタローに吹き込まれた過激なプランを救世への妙案とばかりに叫ぶクラウンメタロー。

 そんな信念も何もかもを失って、御子神ヒジリとしての強さをかなぐり捨ててしまっているクラウンメタローにデュオルは真正面から殴りかかった。

 

『ふざけんなよ! 更地にするだぁ? あんたはみんなに悪意に流されない正義感の強い心を持つように変わって欲しかったんじゃないのか! やるべきことが違うだろ!』 

『お前に何が分かる! 俺のやり方じゃ所詮は微々たる成果しか出せなかったんだ。必死になって一人、二人をイジメから助けても、別のところで違う問題で苦しむ人たちが五人、六人だって現れる。新学期が始まってすぐに起きた理科部副部長の不祥事だって、俺や風紀委員は無力だった。被害に遭った生徒たちの力になってやれなかった』

 

 デュオルの拳を堅牢な黒盾が阻む。だが、デュオルは力強く全身の力を乗せると無理やりに拳打を突き通す。

 しかし、クラウンメタローは黒剣こそ手から落とすも、負けじと驚異の怪力を武器にデュオルを殴りつける。仮面の複眼が微かにひび割れて、両膝が崩れ落ちかけた。

 

『だからって! 思い通りにならないからって暴力に頼ったら、あんたが戦ってきたイジメと何が違うって言うんだよ!!』

『ごっはあぁ!?』

 

 デュオルは倒れない。

 脳みそが揺さぶられ、視界かぼやけていようとも意地でクラウンメタローに立ち塞がると両腕に力を込めて、山突きと呼ばれる技で相手の胴に二つの拳を同時に叩きつけた。

 

『一度しか言わないからよぉく聞け! 俺もなガキの頃にひどいイジメにあったよ! それも切っ掛けはなんとなくの正義感で別のイジメられっ子を庇ったことへの当てつけさ!』

『なに……っ!?』

『だから! 先輩に会って、当たり前のように庇ってもらった時は色んな気持ちが湧き上がって心臓バクバクだったよ! ありがたかったし、もっと早くに知り合いたかったって悔しくもあった!』

 

 クラウンメタローの剛腕と黒盾を駆使した攻撃を紙一重で捌き、カウンターの拳打を何度も打ち込みながらデュオルは御子神ヒジリという陽の光のような善人に出会って感じた感情を躊躇わずにぶちまけていく。

 

『俺と似たようなことを信じられないくらいデカイ規模でちゃんとした信念でやってる先輩が……それを理解して味方してくれている連れが大勢いる先輩が、羨ましくも思えたさ。だから、いまのあんたを見てると腹が立って仕方ねえ!!』

『そんな……ぐぉああああ!?』

 

 デュオルの拳にリントの刻印が炎のように揺らめくエネルギーと共に浮かび上がり、渾身の力を以って放たれた鉄拳が黒盾を破壊して、そのままクラウンメタローも殴り飛ばした。

 

『強い自分を取り戻せ! 先輩はただの先輩のままで十分に誰かの希望だったのを思い出せ! そんな上辺だけの力に自惚れたままのあんたじゃない筈だ!』

『俺は……俺は、俺は……ぁああああああ!!』

 

 こんなことを叫んで訴えても無駄かもしれない。徒労に終わるかもしれない。それでも、デュオルは――ムゲンは初めてカナタやハルカでも無いこの人を助けたいと思った。自らの心に従って、自分に思いつく精一杯の策がこれだった。

 ハッキリ言って、こんな勢い任せの作戦に自信はない。けれど、デュオルに不安はなかった。何故なら、もう自分はあの日のように一人ではないんだから。自分には世界の誰よりも心強い最高の親友が二人もいるんだ。

 だから、ちょっとの失敗ぐらいこれっぽっちも怖くなかった。

 吹っ切れたデュオルの心からの叫びが運命を味方に従えたのか、ヒジリの精神は大きく揺さぶられて、頭を押さえながら激しくもがき苦しみ絶叫を上げた。

 

『まだ目覚ましが足りないんなら、こいつでどうだ!』

 

 もう一押し。そう直感したデュオルは足元に転がっていた黒剣を何を思ったのかクラウンメタローに目掛けて思いっきり蹴飛ばした。

 黒剣は切っ先を光らせて矢のように飛んでいくと、そのまま真っ直ぐにクラウンメタローの額に突き刺さった。

 

 瞬間、時間が止ったように辺りは静まり返った。

 クラウンメタローもピタリと動きを止めて固まってしまい。デュオルも固唾を呑んで様子を窺う。

 

『くっ……思った以上に過激だな。普通なら死んでるぞ、双連寺』

 

 クラウンメタローはそう言いながらギリギリで額に僅かに刺さるだけで留めた黒剣を引き抜いて構え直すと明らかに禍々しさが抜け落ちた声で言った。

 

『気分はどうだい、先輩?』

『あまり良くないな。でも、憑き物が落ちたと言うべきか……肩が軽くなったと言うか楽な気分だ。一体何をした?』

『深い意味はないぜ。単純に情けねえあんたに気合を入れてやっただけだ』

 

 デュオルが語るようにいまの行動に大きな意味も、効果も無い。

 しかし、頭部と言う生命体において知能と思考の要である場所に攻撃を受けたことにより奇跡的にクラウンメタローは一時的にメタロー本人と素体であるヒジリの精神の同化が遮断された状態になっていた。

 

『随分と愚かなことをしていたみたいだな、俺は。丁度、右手には剣がある……ケジメをつけて自害する選択もあるが、それはいまこの場においてはそぐわないんだろうな』

『分かってんじゃないか。さあ、先輩。決着をつけよう。ここまで来たらあんたの言う通り、力のぶつけ合いが一番健全で効果的な解決方法だぜ?』

 

 一時的に正気に戻った心の状態のクラウンメタローにデュオルは迷わずに言い放つと傷ついた体に気合を漲らせて構えた。

 デュオルはヒジリの抱える負の感情を片っ端から追い払うかのように、お互いの全てをぶつけ合い、清算するための決闘を望んだ。

 

『何から何まで苦労をかけてしまったな双連寺。その言葉にいまは全力で甘えさせてもらうよ』

『望むところだ。秒殺されるような体たらくは見せないでくれよ?』

 

 デュオル/ムゲンとクラウンメタロー/ヒジリは異形の顔で軽く笑い合うとゆっくりと身構える。これは譲れない想いを示す戦い。

 ヒジリは無力さに迷走して、偶然手に入れた力に溺れて乱心してしまった贖罪のために、ムゲンはメタローという邪悪の魔性に魅入られてしまった人を助けたいと感じる初めて芽生えた自らの願いのために。

 

『覚悟しろ! 双連寺ぃいいいいいい!』

『いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』

 

 空が白み始めた薄闇の中でデュオルとクラウンメタローの最後の激突が始まった。

 黒剣による素早い横薙ぎの一閃をデュオルはスライディングですり抜けると、そのまま相手の股下を通り抜けて背後を取る。

 

『だりゃああああ!』

 

 クラウンメタローの首根っこと腰の帯を掴んだデュオルは力任せに相手を投げ飛ばす。教会の壁に叩きつけられたクラウンメタローは苦しみながらもすぐに立ち上がると追撃しようと迫るデュオルを何とか斬りつけて後退させる。

 

『そんなもんかよ! 気合入れやがれってんだ!』

『言われなくてもやってやるさ!』

 

 斬撃をフェイクにデュオルに蹴りを入れるクラウンメタロー。呻き声を漏らしながら、デュオルはすぐさま反撃に鞭のように左腕を大きくしならせて強烈な裏拳を食らわせる。

 

『うおおおおおおお!』

『ぬう……あああ!?』

 

 だが、クラウンメタローは先程とは比べ物にならない粘り強さで食い下がるとデュオルを十文字に斬りつけてがむしゃらな体当たりで吹っ飛ばす。

 地面を転がるデュオルを一点に見つめてクラウンメタローは黒剣を強く握り締めると切っ先を突き立てて、一気に駆け出した。

 

『受けてみろ双連寺……これが俺の全てだぁあああああああ!!』

『ガ……ァ……ッ――!』

 

 弾丸のように肉薄したクラウンメタローの黒剣による刺突が立ち上がったばかりのデュオルの腹を刺し貫く。血飛沫が飛び散って、剣を握る手には肉を裂き、臓腑を貫くような感覚が生々しく伝わってくるような気がした。

 

『許してくれ、双連寺……!!』

 

 恨みっこなしの勝負だと誓ったが、クラウンメタローの口からは罪悪感に苛まれた申し訳なさそうな声が漏れ出した。

 

『いいぜ! 勝つのは俺だからな!』

『なにッ!?』

 

 しかし、次の瞬間に自分の手首をガッと掴まれる感触にクラウンメタローは心臓が止るような襲撃を受ける。黒剣の刃による刺突で仕留めたと思ったデュオルは上半身をギリギリまで捻ることで裂傷を負いながらも紙一重で貫通は回避していた。

 

『俺のとっておきだぜ!!』

『ぐっ……がああああああ!?』

 

 寒気がする様な凄まじい音を立てて、クラウンメタローの右手首がくの字に折れ曲がった。人間離れした天然の怪力を誇るデュオルならではの握撃である。

 

『世界は……あくまでついでだけど、俺が必ず守り続けてやる!』

 

 改めて決意した声で叫びながらデュオルは右手を庇ってふらつくクラウンメタローに怒涛のラッシュを畳み掛けに入った。

 初撃は相手の両手首を掴んでの目にも止らぬ速さで繰り出す飛び膝蹴り。続けて、着地するのと同時に相手の顎下に掌底のアッパーカットをぶちかます。

 

『だから先輩! あんたは助け続けろ! 暴力なんて使わずに助けを求めたくても怖くて声も上げられずに苦しんでる奴らを助け続けろ! 地道に駆け回るのは得意だろ!』

 

 ガラ空きになったボディへとデュオルは言葉と共にマシンガンのような連続パンチを送り届けるとトドメに秘密の得意手である前宙踵落としを頭部に炸裂させて、クラウンメタローを石畳に沈めた。

 

『これで終わりだ』

 

【FULL SPURT! READY!!】

 

 戦いの幕引きを告げる電子音が響いて、デュオルは強く大地を蹴って遥か高く、後方へとジャンプした。

 

『スペリオルライダアアアアアァァァキイィ―――ック!!!!』

『うおあぁぁぁあぁあぁぁぁ!?』

 

 夜空を貫く一条の流星のような輝きの蹴撃がクラウンメタローを打ち抜いた。

 爆散した異形により噴き上がった火炎が夜明けを招くように闇を照らして、この数奇な運命に振り回された二人の死闘はここに終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……ここは、そうだ俺は……ッ!」

 

 夜明けの冷たい大気と朝日でヒジリは目を覚ました。

 体を起こすと全身が酷く痛む。

 すぐ近くに人の気配を感じて顔を向けると見知った男が自分と同じように傷だらけの状態で立っていた。 

 

「よお、起きたかい」

「双連寺……ってことはさっきのことは悪い夢じゃないんだな?」

「どこまで覚えてるんだい、先輩」

「……頭の中がスムージーみたいな気分だ。記憶がぐちゃぐちゃだが、確かグレイフェイスなのがお前にバレて、通報されるのを恐れて襲い掛かってこの様だ」

「合格ラインだ。安心したよ」

 

 これまでのケースのように世界の修正力が働いてヒジリがメタローとして活動していた時の記憶は失っていることを確認してムゲンは胸を撫で下ろした。とはいえそれは先の戦いで想いをぶつけ合った対話も白紙になったということだ。

 更にどうやら、長い期間ライダーメモリアを使って活動していた影響からか記憶の混同も起きているようだった。しかし、クラウンメタローとして撃破され同時にライダーメモリアも抜け落ちたことで正常な理性を取り戻したヒジリは冷静に自分が犯してきた所業を整理していくと覚悟を決めたように呟いた。

 

「警察に行くよ。俺はやってはいけないことをやってしまった」

「なんだそりゃあ? 知らないな」

「庇う必要はない。グレイフェイスのことだ……本当にバカなことをした」

「グレイフェイスねえ。こいつのことか?」

 

 グレイフェイスとしての活動を恥じて、自首する決意を固めていた。

 そんなヒジリにムゲンはその象徴ともいえるズタ袋を拾い上げるとバイクの鍵にキーホルダー代わりに付けているファイヤースターターで火を点けた。

 

「何してる?」

「グレイフェイスってヒーロー気取りのマヌケは残念ながらたったいまお亡くなりになった。迷宮入りだな、半世紀後には都市伝説かもよ」

 

 ズタ袋を焼き捨てたムゲンはそう言って、とぼけたように笑って見せた。

  

「もう、この一件はこれでお仕舞いにしようぜ。あと先輩を悩ます力は綺麗さっぱり消えたよ。何なら腕相撲して試してみるか?」

「やめておくよ。マッチみたいにへし折られそうだ。けど……悪いことをしたら、反省と罰則を受けないと。風紀員として他の生徒もずっと取り締まってきた。俺だけが例外でいい筈はない」

「反省はしてるだろ? なら、罰の形をちょっと変化球にしたって悪くはないはずだ」

 

 頑なに社会的な罰を受けるつもりでいるヒジリにムゲンは朝日を背に浴びながら、毅然とした態度で待ったをかけた。

 

「先輩がいなくなると、学校の風紀が乱れる。それは勘弁だ。だから、罪滅ぼしをしたいんなら一番有意義な行動で清算すりゃあいい。あと、これは何度だって言ってやろうと思ってる言葉だけど、よく聞いてくれ先輩」

 

 ヒジリの迷いや罪の意識を振り払うように、ムゲンは大きく息を吸い込むと真剣な面持ちで喋り始めた。

 

「あんたはいまの在り方のままでいてくれ。例え、心無い言葉を浴びせられることになっても、自分の無力に打ちのめされることになっても、イジメや理不尽に襲われている奴に当たり前に手を差し伸べて助けようとする、バカ正直な正義の人でいてくれないか」

「双連寺……」

「胸糞悪いイジメを受けてきた俺だから言うんだ。先輩の姿が救いになる奴が俺たちの学園の中に……世の中に、絶対に一人は必ずいるんだよ! あんたのひたむきで誠実な言葉と行動に勇気づけられて苦しいけど、もうちょっとだけ頑張ってみようって奴が必ずいるんだ!」

 

 次第に熱くなってくる胸を押さえて、ムゲンは湧き上がる想いを不慣れながら必死に言葉にしてヒジリにぶつけていく。遠い昔に理不尽に苦しんだ自分だから言える悲痛な願いが宿った言葉だ。

 

「だから、俺を信じて……変わらないでくれ。今日も、明日も、明後日もずっと! あの日、廊下でなんてことなく俺の味方をしてくれた優しくて、眩しい先輩でいてくれ! 頼む……!!」

 

 矢継ぎ早に言い終えて、ムゲンは深く頭を下げた。

 自分に打てる手はこれで全部出し尽くした。これで上手くいかなければ後はカナタとハルカ頼みだと、ヒジリの返答を待つ。

 

「顔を上げてくれ、双連寺……それは本来俺がしなくちゃいけない行為だよ」

 

 一秒がひどく長く感じる沈黙を破って、ヒジリの声がムゲンの耳に届いた。

  

「まだ特訓に付き合ってもらった礼も返してなかったからな。俺の罪を一旦お前に預けるよ。もしも、俺の頑張りが足りないと思ったら、いつでも警察に突き出してくれ。それでもいいか?」

「……もちろん」

「ありがとう、双連寺。変だな……お前にはなんだかもっとたくさん大切なことを言われて、気合を入れ直された気がするんだが?」

「先輩が気合を入れ直してくれた事実があるなら、それでいいと思いますよ。んじゃ、俺はこれで」

 

 

 重い枷から解放されたような清々しい表情に、微かに慚愧の色を滲ませたヒジリの言葉にムゲンはその言葉を待っていたと嬉しそうに頷いた。

 その日からほどなくして、グレイフェイスの熱狂は呆気なく冷め切り、あっという間に騒ぎは風化していくことになる。そんな日常――不自由な世界の中で御子神ヒジリは再び、自分らしい正義を胸に秘めてまた進み出す決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 ヒジリと別れたムゲンはシスターの屋敷を目指して、朝焼けの街を一人で歩いていた。

 メモリアによって付与された怪力に苦しめられたおかげで、その体はまだボロボロだ。ヒジリには誤魔化していたが脇腹なんて結構深く裂けていて、実はめちゃくちゃ痛い。超痛い。

 だが、その足取りは軽かった。

 まさか夜が明けてしまうことになってしまったが、いまは急いで自分を待ってくれている人達に会いたい。そう思えば痛みなんて気にもならず、歩調も速くなっていく。

 みんなはちゃんと待っていてくれるだろうか。もしも、徹夜で寝ずに自分のことを待っていてくれていたのなら嬉しい反面、ちょっと申し訳ない気もする。

 そんなことを考えていると、もうムゲンは屋敷の目の前にまでいた。

 

「たっだいまー! ムゲンさん、大勝利だぜー!!」

 

 ムゲンは疲れも痛みも感じさせない満面の笑顔を浮かべると元気いっぱいに扉を開けて屋敷の中へと入っていった。大切な仲間たちと共に進む今日に無限の期待を抱いて。

 

 正義の心ゆえ、一人の少年は全てを失い全てから棄てられた。

 長く辛い一人ぼっちの戦いの末に星のように煌めく二人の――いいや、もう少し多くのかけがえのない仲間に巡り会えた。

 

 だから彼は此処に一人、誓いを立てる。

 世界のためには戦わない。

 正義のためには戦わない。 

 

 けれど、一握りの大切な人たちのためならば神様とだって戦おう。

 不自由で理不尽だらけの世界でも、みんなと一緒に生きる世界なら、纏めて全部守ればいい。

 いつまでも、どこまでだって戦おう。

 いつまでも、どこまでも。

 もうこれ以上、誰にも変えられない灰の誇り。

 

 少年の名は――双連寺ムゲン。

 あるいは色彩の戦士――仮面ライダーデュオル。

 

 

 この続きはまたいずれ。

 此度はここまでと致しましょう。

 

 

 




今回のお話でようやっと1クール相当までのお話が終了です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
レギュラー陣の秘密や過去やらこれで一通り明らかにすることが出来たのでこれからは肩の力を抜いた軽めの話も書けていけたらいいなあ。

とりあえず、次回か、次々回のどちらかはコメディ多めの日常回の予定です
これからもよろしくお願いします。
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