ムゲンが忍野ユノに告白されたその日の夜のこと。
天風家のリビングでは夕食を終えたカナタとハルカがソファーに背中合わせで座り、寛いでいた。
「それにしても、どうしようね」
「それにしても、どうしような」
息ぴったりのリズムでお互いにもたれ合い、振り子のようにゆれる二人は似たような言葉を呟いて、少しだけ浮かない顔をした。
「まさか、ムゲンをあんなに好きになる人が出てくるなんてね」
「ムゲンには悪いけど、高校の間はそんな奴絶対にいないと思ってたけど、他校からの刺客は読めなかったよ」
「なんて声をかけて上げるのが一番いいかな?」
「オレとしては、あんな話を聞かされた後じゃムゲンには幸せになってもらいたいよ。騒がしいけど、悪い子じゃなさそうだったし」
「同感。ちょっと、私たちも経験したことのないタイプだったね、彼女」
二人の胸中につい先日、本人から聞かされたムゲンの不幸なんて言葉では片付けられない過酷な過去の話が浮上した。
「そうだね。むしろ、あんな過去を持ってるムゲンが幸せになっちゃダメだなんて未来なら、ムゲンが良くても私たちが許さないかな」
「カナねえなら、そう言うと思ったよ。オレもだから。でも少しだけ、ムゲンと一緒にいられる時間が減るのはもどかしいけど」
「ハルくんと同意見だよ」
かつての天風姉弟なら、ユノという部外者に対してこんな柔軟な考え方は出来なかっただろう。きっと、ムゲンを含めた自分たち三人のためにあらゆる手段を尽くして、彼女の恋路を妨害して、排除していた。
でも、それはあくまでかつての話だ。クーという異世界から流れてきた仲間を迎え予想外だらけの非日常を経験した二人は数年前ほど、無関心でも辛辣でもなくなっていた。
「ねえ、ハルくん……世界にはさぁ、変わった人たち大勢いたね」
「……オレたち、思ってたよりも普通かもな」
むしろ、出自も過去も人柄も、てんでバラバラな人達との出会いと交流を経て、双子という生まれからありふれた奇異の目に晒されて、自分たちだけの世界を囲って生きてきた二人は自分たちが踏み込んでいる世界の広大さに一抹の戸惑いとジェラシーのようなものを感じで本調子ではなかった。
更にそんな自分たちがムゲンにとっては長い間救いとして思われていた事実が重なって自分たちの在り方に言い様のない迷いが生まれていた。
「「……調子狂うな」」
二人の口からは寸分違わないタイミングで憂いを帯びたため息が出た。
※
翌日。
土曜のこの日、ムゲンはクーと一緒に奥多摩方面の森林にいた。
というのも、昨日ムゲン達がいない間にカフェ・メリッサに怪現象絡みの相談客が来訪していたのだ。
なんでも、数日前から山林で熊や猪とも違う奇怪な生物の目撃情報や前例のない頻度での崖崩れや地滑りが相次いでいるので霊能・オカルト分野からのアドバイスが欲しいとの依頼だったそうだ。
奇怪な生物という情報にメタローの暗躍を疑ったクーの判断で迷わず依頼を請け負い、早速二人で探索に赴いたと言うわけだった。
「いい景色だなぁ……こんな用事じゃなかったら、近場にあったキャンプ場で魚でも獲ったり出来るんだけどなあ」
「遠い目をしておられる。あ、はは……ムゲンさん、寝不足みたいですけど、大丈夫です?」
生い茂る木々が途切れた隙間から広がる明媚な風景を眺めながら、そう漏らすムゲンの目には如何にも睡眠不足ですと主張するように隈が出来ていた。
「かくかく、しかじかでカナタたちの言いつけ通りにとりあえずネットで恋愛モノのあれやこれやを見てたら寝るの遅くなりまして」
「いいじゃないですか、青春していて! それで乙女心などは学べましたか?」
「それなんですけどね……映画や連続ドラマは長ったらしいからまずはその手のジャンルで手早く見れそうなアニメとかゲームの動画を見てみたんですけど」
「ほうほう」
「なんか、どれもこれも顔と声の良い兄ちゃんが歯の浮くような気障な台詞言って次回に続くみたいなノリであんまり参考にならなかったというか」
諦めと虚しさとが入り混じったような深いため息をついてムゲンは首を回してゴキゴキと関節を鳴らした。
「はあ……ま、まあなにせ恋愛事情ですし、一朝一夕で実らないのはどの媒体でも一緒ってことでしょう。それに最終的に告白してきたその女の子に返事を返すのはムゲンさんご自身ですし、そこまで周りに流される必要もないじゃないですか?」
「実を言うと、一番悩んでるのはそこなんですよ」
「むむ? 私でよければお話ぐらい聞きますよ? 一人で抱え込んでるのは一番の毒ですし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
女性から告白されると言う男子であるなら諸手を上げて喜ぶべき大イベントを経て、肝心のムゲンは普段からは考えられないほど気落ちしていた。
おどけてやっているわけでは無さそうな深刻な面持ちを見て、年上のお姉さん目線でからかい半分だったクーも只事では無いなと近場の切り株に腰掛けて、勤めて優しい口調で問いかけてみた。
「俺はその、前言ったみたいに愛の少ない家庭で育ったもので誰かを好きになるってイマイチ……いや、全然分かんなくて。ただ俺みたいなのに珍しく好意的に接してくれた彼女の気持ちを無碍にするのも失礼な気がするし、なんて答えればいいのか、さっぱりなんです」
「つまり、その忍野さんのこと好きじゃないけど、ごめんなさいって断るのも気が引けると?」
「まあ、そうなるというか……はい、そうです」
「いけませんね、ムゲンさん。それはよくないですね、ダメダメのダメです。卑怯です」
数奇な人生経験の弊害から人並みの情動がどこかで欠けているムゲンの煮え切らない言葉をクーは珍しく強めの語気でバッサリと切り捨てた。
「……ですよね。自分でも悪手だなぁとは感じてはいるんです」
「それは良かった。もしも、妙案とでも思っているようならムゲンさん相手でも蹴っ飛ばしてましたよ!」
思わず目を丸くして驚いたムゲンだが、内心誰かに言ってもらいたかった言葉がクーから返ってきたことで苦しげだが満足したような笑顔を浮かべた。
クーは最近になって知ることが出来たムゲンの陰惨な過去も鑑みて、その考えこそ否定したものの、ならばどうすべきかを彼女なりに親身になって話し出した。
「いいですか、ムゲンさん? 恋と言うのは戦いです、ラブ・イズ・ウォーです! 勝って喜ぶ乙女もいれば、負けて唇を噛み締める乙女もいるのです! 魔術師として一人前になったその日に告ろうとしたら、相手の方からまさかの結婚&子供も授かった報告+相手は自分の実姉な鬼コンボを食らったこのわたしのようにね!」
「クーさん……クーさんが先に目から熱いものを流すのは違う気がする」
「おっと失礼。ですからね、ムゲンさんがその女の子のことを良かれと思っているのなら勇気を出して断るのも誠意ですよ。ビンタかグーパンは覚悟しておいてもらいますけど、女子にはそれぐらい色恋沙汰とは一大事なのです」
「殴られるのには慣れてますよ。ありがとうございます。なんとなく踏ん切りがついた気がします」
クーからの助言を受けたムゲンはしばし考えてから、納得したように答えた。けれど、その声にはまだふわついた曖昧さが残る、あくまで妥協点を見つけたような様子なのは一目瞭然だった。
「そも。ムゲンさんの場合はそれ以前の初歩的な問題だと思いますよ? 一応デートっぽいことはしたんですよね? その時に、なんかこう燃え上がるようなパッションっぽい何かとか感じませんでした?」
「うーん……それはその」
無礼千万な勘違いからの相手の弱みを探るのに注力していたのと、ユノの素晴らしい黒髪に見惚れていたとは口が裂けても言えないムゲンだった。
けれど、もしも――もしも昨日、彼女の髪に胸を躍らせて、血を熱くさせていたのがもしも、活気のある屈託のない笑顔を浮かべていた彼女を見ていたから感じた高鳴りだったのなら、自分はどうなのだろう。
口元を真一文字に結んでムゲンは今一度自分の心と向き合った。自分は彼女・忍野ユノとの関係をどうしたいのだろうと。
滑稽な勘違いはあったものの、彼女と一緒にいるときの空気は嫌いではなかった。やんちゃで血の気の多そうな物腰はちらほらあったけれど、自分にはあまりない太陽のような明るさと清廉さに敬意のようなものを抱くくらいだ。自然と彼女のことをユノさんと呼んでしまっていたのもそこに起因するのだと思う。
確かに自分は心の中でユノのことが気になっていた。
これが好意なのかと問われたら、まだ明確に答えることは出来ないがもっと彼女のことを知りたいと、簡単に縁を切るのは嫌だと思っている双連寺ムゲンがいた。
ただ同時に愛も恋も知らぬ荒んだ過去を持つ人間だったからこそ、自分が彼女に相応しいのかと不安に押し潰されそうなムゲンがいるのも事実だった。
「実は……これはある意味でムゲンさんには恋人になるか、ならないかよりもハードな選択肢かもしれませんけど、もう一手だけ策がありますよ」
黙ってはいるが唸ったり、しかめっ面になったりと百面相であれこれと思い悩むムゲンを見かねて、クーがもう一つの助け船を出したのはそんな時だった。
「まだあるんですか!?」
「ムゲンさん、思わぬところで本当に鈍感な恋愛ヘタクソ男子ですね」
「ぐうの音も出ないなぁ」
「これもある意味使い古された常套文句なんですけどね、まずはお友達からと言うやつです」
クーの助け船を聞かされて、ムゲンはハッとなるとすぐに彼女が自分に言ったハードな選択と言う言葉の意味を理解して思わず大笑いした。
「確かに、これは難題だ。難題なんでいまは先送りにします。メタローをぶん殴ってればすっきりして考えも纏まるかもしれませんし」
友達という存在を特別視している自分だからこそ、悩ましい問題に一時白旗を上げてムゲンはここに来た本来の目的へと意識を切り替えることにした。
「ムゲンさんがそういう方針で行くのならそうしましょう。ここで答えが出るまでウダウダしていたら本当に日が暮れるかもしれないですしね?」
「今日のクーさんなんか辛辣ぅ!」
「にゃっはは! お姉さんの愛の鞭だと思ってくださいな。ここまで能弁垂れて言うセリフじゃないですけど、天国と地獄どう転んでもムゲンさんたちの実りにはなりますから、あとはご自身が納得できるかどうかです。がんばって!」
「そんじゃあ、まずはメタロー退治を頑張るとしますか!」
気持ちを切り替えた二人はのどかな山林を更に獣道深くへと進んでいった。
奇しくも森はざわめき始め、遠くからは地鳴りのようなものが聞こえ出していた。
※
その頃、カフェ・メリッサは珍しく閑古鳥が鳴いており、シスターたちは暇を持て余しているぐらいだった。
だからこそ、昨日からの悩みがまだ払拭しきれていない天風姉妹にとってはこののんびりとした時間が却って辛かった。
いっそ大忙しなら、変な悩み事なんて心の隅っこに追いやってバイトに打ち込めると言うのにそれも封じられるとはまるで厄日のようだ。
そして、そんなカナタとハルカのぐずついた雰囲気をシスターが察せないわけもなく。
「こんなに暇なのも久しぶりね。二人とも座りなさいよ、今日は特別にここで軽めのコーヒーブレイクとしましょう」
シスターはやや強引に二人をカウンター席に座らせると自慢のコーヒーを淹れた。一般的な喫茶店の提供価格に見合った特別高級というわけでもない珈琲豆ではあるが淹れる者の技術がそんじょそこらとは桁違いだ。
香ばしく、すっきりとした苦みと、透き通ったキレのある味わいのレギュラーコーヒーはシンプルだが質が高い。
「いつも飲んでるものだけど」
「シスターのコーヒーは絶品ですね。バイトがここでよかったです」
「褒めてもそんな気軽にバイトの時給は上げないわよ? 通算千回ぐらい褒め称えてくれたら考えるかもだけど? で、お悩みのようだけど、どうしたわけよ」
微かに憂いを帯びた表情でコーヒーを啜る二人に、まどろっこしいのは好きじゃないとばかりにシスターは言葉を投げかけた。
すると二人はドキリと肩を小さく跳ねさせた後、思い切ったように重い口を開き始めた。
「昔からずっと二人して私たちはその……スペシャルなものだと思ってました。勉強できたし、スポーツも上手くて、あと自慢じゃないけど揃って顔も悪くないし」
「そうね。それをナチュラルに口に出来る肝の太さも大したものよ、アンタ」
「けど、クーさんやまさかのシスターまで異世界の住人でおまけに前回ムゲンの昔話を聞いてなんて言いますかその――」
「調子に乗ったガキ丸出しで生きてきたんだなって思うと、なんか恥ずかしくて」
「あら、別にいいじゃない。ガキなのは本当でしょアナタたち。公では車も乗れないし、お酒も窘めない。えっちなお店も入れない、束縛だらけのお子様よ。もちろん、ムゲンちゃんもね」
カナタとハルカで繋ぎ合わせて声にした彼らの悩みの種。しかし、シスターはそれを当たり前のことで普通なことだと言うように肯定的に受け止める。
「だけど! ムゲンは……ムゲンのことを思うと、私たちはどうしようもなく身勝手で自分の都合しか考えてなかった」
「それはなに? 今までのアナタたちは自分たちと同類だと思って仲間に入れてあげていたムゲンちゃんが実はずっとずっと立派だったから、気不味くて顔向けできないってことかしら?」
「そういうわけじゃありませ……っ! そういうわけだったのかも……しれません」
妙に棘のある語気のシスターの言葉に思わず声を荒げかけて、カナタはしゅんと黙り込んだ。
自分でも無自覚に覆い隠して直視しようとしていなかった悪性の腫れ物のような本音をぴたりと当てられて感情を抑えられなかった。
浅ましい劣等感。困難に立ち向かい続けていたムゲンへの羨望。
そんな彼を友達だと歓迎しながら、どこかで自分たちをより照らすための舞台装置にしていたのではないかという自分たち自身へと疑心。
三人の友情を根底から揺るがす問題に本能的に助けを求めるようにハルカに視線を向けたがハルカも自分と同じように心の裡に沈殿していたおぞましい本心の断片たちを言い当てられたことで恥辱に顔を歪めて、自分とも視線を合わせてくれなかった。
「シスター……私たち、どうすればいいと思いますか?」
「さあ? アナタたちはどうしたいのよ」
藁にもすがる気持ちで言葉を絞り出したカナタにシスターはあっけらかんと切り返した。
「それが分かったら、苦労しないですよ」
「アナタたちの問題でしょう? なら、アタシの答えはカナタちゃんとハルカちゃんの答えにはどう足掻いても成りえないのよ。カンニングみたいなズルは禁止。もしも、ムゲンちゃんに本当に負い目を感じていると思っているのならアンタたちの本音一つでぶつかるのが礼儀でしょう」
返す言葉が何も無かった。
一度は思わず立ち上がったカナタも墜落する鳥のように力なく座り直して、ハルカと揃って俯き伏せてしまっている。
「でもね、ムゲンちゃんって本当にアナタたちよりずっと立派かしら?」
突き放すだけ突き放して、シスターは突然そんな風に言い始めた。
「確かに何もかも、誰も彼もの間が悪かったとは思うわよ。けどね、話を聞く限りじゃあムゲンちゃんだって十分に問題ありよ。だって、怪物と見られるのを甘んじて受け入れて、それでも暴れることを選んだんでしょう。あの子の地元が古い価値観に縛られた異常地帯だったとしても、あの子の振るった暴力で不必要に傷ついて、悲しんだ人は多いはずでしょ。第三者の視点から見ればムゲンちゃんだって短慮なお子様よ。丸く収める方法はいくらでもあったわ。外野が過ぎたことをあれこれと騒いでも無粋だけれどね」
「あの、シスター。おっしゃっていることの意図が読めないんですけど」
今度は客観的に過去のムゲンの行動についての批判を始めるシスターにハルカの方が折れて素直に彼の真意を問う。
「アンタたちとムゲンちゃんの三人なんてアタシたち大人から見たら揃ってお可愛いどんぐりの背比べにも程があるわって話よ」
「つまり、等しく世間知らずな子供だと言いたいので?」
「大正解♪ よく解ったわね。えらい、えらい」
「急に露骨に子ども扱いしなくてもいいんじゃないですかな?」
「だって、アナタたちってなまじとっても優秀で完成されちゃってるんだからこれぐらいオーバーアクションしないとちゃんと伝わらないじゃない」
硬く厚みのあるシスターの掌で交互に撫でられて、二人は少し口元を尖らせて抗議したがシスターはお構いなしとにんまり堀の深い顔を緩めていた。
「いいこと、いまのアナタたちがどれだけ自分たちを過小評価しようとも一年前のムゲンちゃんを救えたのはアナタたち以外に出来なかったことよ? それから、昨日今日でアナタたちは自分たちの至らぬ点に気付けたのでしょう。なら、お次に控えているのは当然それをどうやって改善するかでなくて?」
「わかってますよ。だけど、その方法が分からないから立ち往生してるんじゃないですか」
「おバカ。なら、もう正解への第一歩を踏み出せているじゃないの」
カウンターから身を乗り出して自分たちの不甲斐なさに憤るカナタにシスターは軽くデコピンを放って、はっきりと宣告した。
「人生って旅路の前に立ち塞がる課題の正解がそんな簡単に見つかったら苦労しないわよ。だから、大いに悩んで迷いなさい。立ち往生してる? 素敵じゃない! もっと回り道や坂道を行きなさいな、アンタたち」
その言葉は迷いの袋小路に陥っていた二人の心に会心の一撃を決めるように突き刺さった。
「思えばアンタたち、バイトに雇った時から大きなミスや失敗も皆無な良い子ちゃんたちだったわね。それも素敵なことよ、けどね……失敗や間違いを乗り越えてこそ人は大きく成長するのよ。挫折も過ちもジャンジャンやりなさいな。それらは全ていけないことではないのよ……いい? 弱さや間違い、挫けて立ち止まってしまった時に何もせずに匙を投げだすことがいけないことなのよ」
それは常命の人間よりも遥かに長い歳月を生きて、幾多の失敗と試練に膝を突きながらもその度に苦心と落涙を重ねながら、大きな壁を飛び越えて進み続けてきた漢だからこそ言える重みが伴った言葉だった。
「アタシだって、最初から人様にお金もらえるようなコーヒーを淹れられるわけじゃなかったわよ? 全部ほっぽり出して逃げ出したくなる日もあれば、眠れない日もあったわ。でも、それって非効率な遠回りでもあっても間違いではないと思うのよね。カナタちゃんとハルカちゃん、そしてムゲンちゃんだって何も変わらないわよ。昨日今日出来なくても分からなくても……あきらめなければいつかは出来る。それが人間の長所だと思わなくて?」
「はい。言葉で表現するのはまだちょっと難しいですけど、ね? ハルくん」
「ああ。折角双子に生まれたんだ。ムゲンが俺たちのことを誇ってくれるように、知恵を絞って精進してみますよ。シスター、相談に乗ってもらってありがとうございました」
いまはまだ答えが分からなくても、それすら追い求めることは難しいことではない。
幼いことから、何事も簡単に出来てしまったし、自分たちなりに努力して己を磨いてきたからこそ挫折や限界以上の困難とは縁が薄かった姉弟は問題を抱えたまま、長い時間をかけて探し歩くという手段が分からないでいた。
「いつもの怖いもの知らずの笑顔に戻れたじゃないアンタたち。さてと、もう一頑張りするとしましょうかね」
「お客さんが来てくれたらですけどね?」
「オレたちが働きだして初めての赤字になるかもな。来年から記念日にしてみます?」
「んま! 心の棘を抜いてあげたと思ったらもうこの言い草ぁ? らしくて素敵じゃないの♪」
曇天の雲が散った青空のような笑顔を取り戻したカナタとハルカ。
でも、今日からは違うのだ――この姉弟だって、悩んで迷って躓きながら、もっと大きくなれる。まだまだ未熟な原石たちなのである。
カランコロン――!と勢いよく扉が開けられ、丁度いい所で来客があった。
気分を入れ替えて商いに邁進しようと三人が振り返るとそこには――。
「こんちわ! ムーさん、きちゃったぜえ!」
今日は長い黒髪をポニーテールに纏めて、赤いスカジャンを纏う快活娘。
凛々しくも愛嬌たっぷりな笑顔を見せる噂の少女がそこにいた。
「「オッシー!?」」
「お、早くもあだ名で呼びとは嬉しいじゃん。カナっちとハルっちもその格好似合ってるよ! いやぁ、美人はなに着ても様になるねぇ」
意中の相手のムゲンならいざ知らず、昨日初対面で僅かな会話を交わしただけの自分たち相手にもこの距離感の恐るべきコミュ力を発揮するユノに軽いカルチャーショックを受けて二人は固まった。
「あん? もしかして、準備中だったかい? 不味いようなら出直すけど……ってか、ムーさんは今日休みだった?」
対してユノはと言うと自分で適当に好きな席に陣取るとメニュー表をしばらく見渡してからようやく、閑散とした店内やムゲンの気配がないことを不思議がるマイペースっぷりだ。
「残念だったわね! ムゲンちゃんはいまはお留守よ、いらっしゃいませお客様ァ!」
「うわっは! アンタさんがムーさんが話してくれた面白い店長さんだね! 二丁目系かい、驚いたよ! にしても、渋くてなかなか色男じゃん、声も美声ときたもんだ。そりゃあ、ムーさんがあれこれ店と一緒に自慢するはずだよ」
「あ、あらそう? 流石アタシたちのムゲンちゃんねぇ」
さらにユノは古代ローマフェイスで威嚇と接客を同時にこなすシスター相手にも全く物怖じしないでけたけた笑って挨拶をする有様だった。
むしろ、殆どの客が圧倒され店内ではお行儀よくせざるを得ないオーラを放つシスターの美貌というか迫力にも動じないユノにあべこべにシスターの方がペースを崩されているようだった。
「えーっと店長さんの名前……へえー有栖川ユキヒラか! 無作法者かも知れないけど、今後ともよろしくお願いしますユキヒラさん!」
「シ・ス・ター! アタシのことはみんなそう呼ぶの、お分かり?」
「んあ? ウチ、客だし何て呼んでも自由でしょ? 素敵な響きの名前じゃないですか、ユキヒラさん」
「シスターって呼べっつってんだよ、小娘ェ! あんたの言い分は正論かもしれないけど、ここはアタシの店! つまり、アタシの国で、アタシが法律よ? こんだけ言えば理解出来るでしょ?」
「雨ん中を傘をささずに踊る人がいてもいい。そういうもんでしょ?」
「詩的な気分出して言ってもダメだかんな小娘!」
普段の優美で気品のあるオネエ口調を崩壊させながらシスターは格好つけてそれっぽい台詞を言うユノに盛大にツッコんだ。
運命の出会いは実はここにもあった。
有栖川ユキヒラ。本名トォール・アーキスト。ガガの民としてこの世に生を受けて早百年以上のこの麗人にとって人生初めてとなる性格的な意味での天敵との遭遇であった。
「いいじゃん。ユキヒラって名前、ウチは語感も良くて好きだよ? それにお客のこと小娘とか言っちゃう人間の言うことには大人しく従えないねぇ?」
「ぐぬぬ……心に決めた素敵な殿方になら名前呼びも許すのに、なんたってこんなケツの青い小娘に名前呼びされなきゃいけないのよ、んもぅ!! で、注文はどうすんの?」
「えーっととりあえずカレーと飲み物は……フッ、店長さんのおすすめをいただこうじゃないさね」
「フン……良い度胸ね、その気概は嫌いじゃないわよ」
多分、何かを深く考えているわけではないが調子よくこちらのやる気を出させるような言い回しでオーダーを頼むユノの姿勢は気に入ったシスターは熟練の腕でコーヒーを入れてカレーライスとセットで彼女のテーブルに差し出した。
長年の試行錯誤と修練の末に辿り着いた小学生のちびっ子すら魅了するシスター自慢の一杯だ。目の前の小娘もさぞ驚嘆してガブ飲みするに違いないとシスターは心の中でほくそ笑む。
「どうぞ。今日はサービスにコーヒーおかわり自由にしてあげるわ。アタシの絶品を存分に味わいなさい」
「いただきま……あ、やべ。ウチ、苦いのダメだったわ」
無情にも、自慢のコーヒーはユノの口に運ばれる前に大量の砂糖を投下され、コーヒー牛乳よりも甘ったるい何かに魔改造されてから飲み干された。
「ひぎぃいいいいいいいいい!? テメッ……このガキッ! どんだけ砂糖ぶち込んどんじゃあああああ!!」
「いやー出されたものは全部食べなきゃってこと考えると、この手に限るわけでさ。ごめんちゃい」
シスターは頭を抱えて、滅茶苦茶に仰け反りながら狼狽えた後に、自分の生業が接客業だということも忘れて、美味しそうにカップを傾けるユノに食ってかかった。
対するユノは流石に申し訳ないのか変な律儀さを見せながら平謝りするが憤怒のシスターの剣幕にはそれほど動じていない肝の太さを見せつける。
「せめて、一口ぐらいは苦くても飲みなさいよお馬鹿ァ!! ってか、んなにどばどば砂糖入れたら太るわよアンタァ!? 女子の端くれでしょうよ!」
「シスター落ち着いてください。フレンドリーさが限界突破してますけど、彼女一応お客様です」
「オレたちもまだそこまで付き合いがあるわけじゃないけど、悪意や悪気は欠片もないんです」
先程の大人の余裕と威厳は夜逃げでもしたのかというぐらいの壊れたテンションで荒ぶるシスターを二人で宥めながら困ったように笑っていた。
個性爆発した彼らを見ていると、本当に自分たちがどれだけ自分の殻に閉じこもって勝手に拗ねていたのかと思うと何故だか可笑しくて仕方なく思えるぐらいに、いつもの自分たちを取り戻していた。
「稽古後で腹減ってるし、こんなんじゃ太らないって! 平気へーき!」
「オッシー、なにか部活でもやってるの?」
「部活にゃ入ってないけど、まあ剣道をそこそこ……最近は小学生のちび助たちに教える側だけどね。大したもんじゃないさ」
「むっ……ちょっと、手ぇ貸しなさい」
カナタの指摘にユノは手をひらひらと振りながら照れ臭そうにそう答えた。
大したことじゃないと珍しく謙遜する彼女の掌をふと一瞥したシスターは急に無言で掴むとまじまじと観察し始めた。
「ちょっ!? あんまじろじろ見んなよ、ユキヒラさん! 恥ずいじゃん、セクハラだぞおっちゃん!」
「なにが大したもんじゃないよ。この竹刀ダコだらけの手……半端者じゃ到達できない代物よ」
一応、生物学的には男性の相手にいきなり手を握られたことに慌てるユノを尻目にシスターは真面目なトーンで呟いて彼女の手の内を撫でた。
彼女の手は竹刀ダコだらけの無骨な手だった。何度も皮がめくれて、爪が割れて、それでも竹刀を握り続けなければ到達できない鍛え続けられた剣士の手をしていた。
「アタシはね、人を判断する時に手を視るの……アンタのこの手、これで年頃の娘の手とかお笑いよ。爪のお手入れぐらいしなさいな」
「ウチの姉ちゃんみてーなこと言わんでくださいよ、ユキヒラさん」
「でも、この手は業物ね。努力はもちろん苦労や研鑽を怠って成るような手じゃないわ。フン……アンタのことは小憎たらしいけど、アタシのコーヒーへの冒涜はこの手に免じてチャラにしてあげるわ。ごゆっくりお寛ぎくださいな、お客様」
「お、おう」
への字口に口元をひん曲げながら、シスターは真摯な声でそう言うとユノへと優麗な所作で一礼した。お転婆を通り越して、がさつな無法者のような言動のユノに苛立ちを隠せないシスターではあるが彼女のその手から、彼女が上辺だけの人間でないことを見抜くと渋々ながら認めて歓迎した。
常人とは比べ物にならないぐらいの長い歳月の中で多くの人と出会いと別れを経てきたシスターは確かに人を見る目が備わっていた。
シスターがカウンターの定位置へ戻ったところでそれまであまりの人の変わりようにきょとんとしていたユノが僅かにしおらしい声で話しかける。
「ユキヒラさん……あの」
「今度はなぁに?」
「カレーおかわりしてもいい? あと、なんか甘い飲み物ないですか? バナナジュースとか?」
「ギャッテム!! アンタねえ、いまアタシがちょっといい雰囲気にしたのになんで秒で台無しにするわけえ!? あと食うの早くない?」
いつの前にか平らげて空になったカレー皿を片手に持って、おかわりをねだるユノに折角メイキングしたムードも何もかもを滅茶苦茶にぶっ壊されたシスターは頭をカウンターに盛大に打ち付けて、怒りのあまりついに吼えた。
「いや、とても美味しかったもので我慢できずに……もしかして、一人一食限定メニュー?」
「イヤァオ! 嬉しい言葉ありがとうございますですよ! でも、バナナジュースて!? あんたカナタちゃんと同い年の女子でしょ? JKでしょ!? もうちょっとハイカラなもんオーダーしなさいよ、カフェオレとか!」
「バナナジュース美味しいじゃん! 農家さんに失礼だろ? 生産者さんへのリスペクトが大事な商売なんじゃないの?」
「ちょくちょく正論で突っ込んでくるやめなさいよ! こ、この遠慮知らずのアホガールがああああああ!」
どうやっても手綱を握れないマイペースなユノに翻弄されっぱなしで悪戦苦闘するシスターだったが、そのフリーダムっぷりについに根負けし始めて思わず半泣きなるというまさかの事態になっていた。
「こんなに他人に振り回されるシスター初めてみたよ」
「あの人にも手に負えない人がいるんだな」
「ハルくん。世の中、私たちよりもすごくて変な人たちがいっぱいたね」
「本当な。間違えたなら戻ればいいし……オレたちも変わってみるのも面白いかもな。これからでも遅くないはずだよ」
子供の口喧嘩のような騒々しいやり取りを白熱させるシスターとユノを見守りながら、カナタとハルカは拍子抜けしたように顔つきを緩ませた。
そして、二人仲良く思うのだ。メタローとの戦いの中で無意識に肩に力を生きて張りつめていた心を少しだけ緩めて、今よりもう少し……ちょっとずつ、自分たちが以前はくだらなくて必要ないと思っていた世界に触れてみようと。
※
その頃、奥多摩の山中の探索していたムゲンとクーは少々大変な事態に遭遇していた。
「ひゃああああああ! ムゲンさん! もっとダッシュダッシュ!! わたしのゴーレムくんもファイトォー!」
「山の坂道だぜ、これでも精一杯やってるよ!! あ、やっべ!」
「なんです!?」
「このまま真っ直ぐ進むと崖かも……」
山の急勾配を小脇にクーを抱えて、ムゲンが猛スピードで駆け下りている。抱えられたクーはと言うと滝のような冷や汗を浮かべながらランプから召喚した煙の使い魔・スモークゴーレムを操ってムゲンが走りやすいように前方の岩や大枝といった障害物を全力で撤去している。
あれから、更に山林を進んでいた二人であったが突如として地鳴りがしたと思えば大きな山崩れと山頂から転がって来る巨大な大岩に遭遇して、決死の大逃亡の真っ最中であった。
すぐ後ろから押し寄せる土砂と大岩、さらに二人の前面は茂みに隠れて崖のようになっていた。
「なあああ……あっ! ムゲンさん、一か八かでわたしのこと放り投げちゃってください!」
万事休すと思われた瞬間に何かに閃いたクーが突然そんなことをムゲンに提案した。
「バカ言うなよ! 死んじまいますよ!」
「地面にぶつかる前に拾ってくれればいいんですって! いいですか、崖から飛んでから投げて下さいよ!」
「おお! そういうことな! やってみる!!」
最初はクーの策が分からずに声を荒げて反論したムゲンだが続けて言われた言葉で彼女が何を思いついたのかを察すると目の前の崖へと向かって敢えてスピードを上げて駆け出した。
「「せーの!!」」
クーを両手持ちで抱え直して、ムゲンは思いっきり崖から飛んで、落下が始まる前に彼女をありったけの力で上へと放り投げた。
「変身――!!」
そして、大急ぎでデュオルドライバーを腰に装着して変身する。
メモリアを挿入せずにそのキーワードを認識したドライバーは淡い光を放ってムゲンを灰色の戦士へと変えていく。
『よっと!! クーさん、大丈夫かい?』
「だっはー……生きてるって感じしますねえ」
スタンダードフォームに緊急変身したデュオルはなんとか無事にクーをキャッチして麓の河原へと着地した。
『もう一つ、良いニュースがあるよクーさん。今回の依頼は当たりだった』
ひきつった笑みを浮かべるクーをそっと降ろしながらデュオルは全身に戦意を巡らせて後方にそびえる山へと意識を向ける。
自分たちを目掛けて転がって来た大岩がまるで意識して眼前へと振って来るとその正体を露わにした。
『GRRRRRRRRRRRR!!』
ゴツゴツした丸みのある大岩からワニのような凶暴そうな顔と太く長い手足が生えて、地鳴りのような咆哮を上げた。
ナックルウォークと呼ばれるゴリラのような構えでデュオルを威嚇するのは岩石の異形・ストーンメタローである。
『よお、いつからメタローは自然破壊に転職したんだ?』
『黙れ、小童。我らが一大事業の達成のためよ。何も人を襲い、恐怖と絶望を伝播させるだけが世界を壊す手段では無いのだよ』
『気になるな。お前らの目的とやら、もう少し詳しく教えてくれよ』
『敵方にそこまでする義理はない。何より、我らが大敵……お前はここで死ぬ運命よ!!』
僅かな問答を交えるとストーンメタローは四足歩行の肉食獣のような走法を駆使して、その巨体からは信じられない速度でデュオルに襲い掛かる。
『クッ……ぬおわあ!?』
予想以上の速さで肉薄してきた相手の攻めに不意をつかれたデュオルは回避が間に合わずに頑丈なストーンメタローの体当たりに撥ね飛ばされて錐揉み回転しながら大地に叩きつけられた。
「ムゲンさん!?」
『その程度か! 我らが同胞を何人も屠ってきた割には柔だな。欠伸が出るぞ』
『なら、これから寝たくても寝れないぐらいの眠気覚ましを見せてやるよ!』
ストーンメタローが勝ち誇ったように笑い、標的をクーへと向けようとする。
しかし、砂煙が立ち込める中から飛び出してきたデュオルは敢えて低出力の待機形態であるスタンダードフォームのまま相手の鼻っ面に一撃を入れるとクーを守る城壁のように勇壮に仁王立ちした。
『四つ目……こいつの初お披露目といこうか!』
ベルトのメモリアホルダーから二枚の初使用となるライダーメモリアを引き抜くとデュオルは展開したスロットにそれぞれを装填する。
【2号!×響鬼! ユニゾンアップ!】
「ネクスト・ライド――!!」
【ストロングオウガ! GO! GO! LET’S GO!!】
メモリアを読み込んだデュオルドライバーの二基の風車が力強い光を放ち回転を始めるとデュオルの周囲に雷神が背負う円輪に連なった太鼓のようなオーラが出現して激しい鼓音が響き始めた。
そして打ち鳴らされては波紋を描く、視覚化された勇ましく清らかな音色を無数に身に纏ってデュオルの姿が変貌していく。
『ハアアアァァ……ダァアアリャアアア!!』
気合一声!
左腕を思い切り嵐を巻き起こすように豪快に一振りすると幾重に重なった音の陣幕が吹き飛んで猛き戦士の異形あり!!
頑強な鋼のような二本の鬼の角と紅い隈取りめいた紋様にて模られた顔を持つ、まるで金剛力士を思わせる逞しき体躯はマジョーラと呼ばれる独特の体色をしている。
両腕を守る籠手は右が深緑、左が深紅と異なる二色で彩られ、左胸には風車を思わせる形の白銀の胸当てを装備したアンシンメトリーが異彩を放つ勇ましき姿だ。
これこそがデュオル・ストロングオウガ!!
豪放磊落な陽気さの奥底で悪への怒りの火を燃やし続け、疾風のように地獄の軍団の悉くを蹴散らした第二の快男児、仮面ライダー二号!
そして泰然自若とした心構えで太古より人の暮らしを脅かす魔を清め、その背中を以って迷える若人たちへと明日と夢と道を繋ぎ守り続けていった飄々とした偉丈夫、仮面ライダー響鬼!
どこまでも強く、頼れる雄大な好漢たちの力を受け継いだ剛力無双の大戦士がいま巌の大怪異と激突する!!
「これが新しいデュオルの力……いける! ぶちかませぇムゲンさん!」
『応ッ! いくぜええええええ!!』
クーからの激励を背中にもらい、デュオル・ストロングオウガが全身の筋肉を躍動させて爆進を開始する。
その一歩はまさに山をも平らげる荒鬼を思わせる力強さではないか。
だが、しかし――ストーンメタローも恐れるものかと真正面から突進してぶつかり合う腹積もりだ。
『小癪なぁああああああ!!』
『でえああああああああ!!』
両者の雄叫びが重なると同時にデュオルとストーンメタローは豪快な体当たりをぶつけ合う。その衝撃波が僅かな間を置いて周囲に広がると川の流れは乱れ、大気はビリビリと震える。
『トオオオオ! 来いよ、オラアァ!!』
激突の反動で後方へと跳んで下がったデュオルは間を置かずに渾身の力でストーンメタローを殴りつけると、プロレスラーの意地の張り合いよろしく、お前もやってみせろと胸を叩いて挑発した。
『な……舐めるなよ、小童がああああ!!』
スタンダードフォームとは桁違いの怪力に内心愕然とするストーンメタローであったが目の前で恐れ知らずに自分を煽って来るデュオルの大胆不敵さに触発されて負けじと石柱のような大腕で殴り返した。
力自慢の二人は体力や疲弊など知ったことかと男の、あるいは戦士としての意地と誇りを懸けたしばき合いを繰り広げる。
殴ったら、殴り返す。単純明快な原初の力比べ。
血が湧き肉躍る大馬鹿野郎共の祭典のようでもあり、回避も防御も返し技も無粋の極み。己の肉体で受け止めて相手よりも自分は強いのだと見せつける。
傍から見れば愚かな蛮行。
されど益荒男二人が相対すれば、避けては通れぬ侠道。
『ハァ……ハァ……GAAAAA!!』
『ガアッ!? ま…だ、まだぁああああああああ!!』
一撃全力の殴り合いを決め合うこと既に六度。
あまりの衝撃の余波で小石が砕けて足元が砂場になるほどの激しさで凌ぎを削り合う両者にも微かに疲れが見えだした時のことだ。
戦況が動く。
もつれる様な動きで何とかデュオルを殴り抜けるストーンメタローだったが殴るや否や返ってきた反撃のハイキックをまともに受けて視界が揺れた。
『ぐ……おお!?』
『だらしねえな! もう終わりかよ? だったら、好き放題に暴れてやるぜ!!』
たじろいで反撃してこないストーンメタローに気勢を吐くとデュオルは今までのダメージなど知らぬ存ぜぬな生気に満ちた声を張り上げて、怒涛の攻勢に転じる。
『音撃棍! 猛火! ハアアアァ!!』
デュオルの手の内で燃え上がった火炎が弾けると両端に翠の鬼石を備えた六尺棒型の武器、音撃棍・猛火が召喚される。
デュオルは両手に構えた猛火を西遊記の孫悟空よろしく巧みに振り回しながらストーンメタローへと飛び掛かる。
『うおりゃあああ! ハァイヤ! ソラソラソラァ!!』
唐竹割りの如く振り下ろした棍撃を肩に受けて傾くストーンメタローの脛へと素早くショートレンジの下段攻撃を打ち込んで怯ませる。
相手が足元の痛みに気を取られて視界がぶれた瞬間を狙い澄まし、一度大きく息を吸い込んだデュオルは顔面へと機関銃のような連続突きをお見舞いする。
『うっぐう!? だが、所詮は羽虫のような威力! その得物も我からしたら爪楊枝よ!』
『そうかな! こっからは大先輩リスペクトだぜ!』
片手で目元を押さえながら武器破壊を狙って攻撃を繰り出すストーンメタロー。しかし、デュオルは仮面の奥で勝ち気に笑ってこのストロングオウガの専用武器である猛火の本領を披露する。
『この手応え!? まさか……ぬおあ!?』
自分の石造りの拳が猛火を捉えたというのに物を壊した感覚が無さすぎる。訝しんでいたストーンメタローの顔面を重なる二つの衝撃が襲う。
距離を取って相手を確認したストーンメタローは目を見開いた。そこには二本の棒型の武器へと変化した猛火を太鼓の撥のように構えたデュオルがいるではないか。
その威容はまさに音撃棒・烈火を振るい魔化魍を鎮める響鬼の写しだ。
『良い音は響きそうにないがガンガン打ち鳴らすとするか!』
『させん! カァアアアア!!』
デュオルの好きにはさせぬと、ストーンメタローは口から無数の尖った岩を吐き出して迎撃を試みる。だが、勢いに乗ったデュオルは全弾を器用に猛火で叩き落とすと敵の間合いへと侵入する。
『てりゃああ! おりゃあ! よぉおおおっと!!』
デュオルは両手に握る猛火をエスクリマあるいはカリとも呼ばれる遠国の武術に似た動きを駆使して操ると夕立のようなけたたましい連続攻撃を浴びせていく。
敵の攻撃を一方で防ぎ、抑えて空いたもう一方の猛火で打撃を食らわせて、ジリジリと消耗させていくと威力を重視したストーンメタローの大振りの一撃を大きく跳ねてかわしつつ、背後へと回る。
『乱れ打ちだぜぇええええええええ!!』
その巨躯故に簡単に背後を振り向けないストーンメタローの弱点をついて、ガラ空きになった背中を太鼓代わりにデュオルは伝承の雷神にも負けない豪快な乱打を叩き込む。
『ぐぎゃああああああああ!? こ、んな……こんな小僧っ子なんぞにいいい!!』
『ぬおおッ!? 自力でも転がれたか……ぐっ!』
劣勢を強いられるストーンメタロー。
だが、やられっぱなしと言うわけではない再び体を丸めて一塊の大岩になると猛回転を開始してデュオルを弾き飛ばす。そして、今度こそ哀れな肉塊に轢き潰してやろうと凄まじい威圧感を放って襲い掛かる。
『いいぜ! 雌雄を決しようじゃないか! 頼むぞ、猛火!』
下手な攻撃ではこの状態のストーンメタローには太刀打ちできないと悟ったデュオルは小細工を弄さずに敢えて真っ向から挑む覚悟を決める。
すると猛火はその闘志を汲むように第三の形態を披露する。
音撃棍に一定間隔で火焔が七つ燃え上がったと思えば猛火はその姿を多節棍へと変えていた。デュオルは新たな形態の猛火を片手で持つと思い切り振り回し始める。
『死ぬがよい! 小童ぁぁぁあああああああ!!』
『打ち砕く――!!』
砂塵を巻き起こし、大地を揺らして転がって来るストーンメタローが自分の間合いに入った瞬間にデュオルは多節棍の猛火を全力で振り下ろした。
一見すればどの形態よりも脆く非力に見える多節棍だが、それは誤りである。
鞭のしなやかさ、棒の硬さ、棍の回転、その三つを揃えた多節棍の破壊力は想像を絶する領域で跳ね上がる、故に――!!
『ぐおわあああああ!? 信じられんッ!? 我の堅牢な肉体が……ああ!!』
その一撃は石を砕き、岩を断つ。
縦一閃に大きな亀裂のような損傷を受けたストーンメタローはデュオルを轢き潰す前にたまらずあらぬ方向へと脱線して倒れ込んだ。
『いくぞ、デュオル! 鼓ぃ鳴らせェ!!』
【FULL SPURT! READY!!】
『ソリャアアアア――!!』
この好機を逃す手はないとデュオルは一気に勝負に出た。
デュオルドライバーのライトトリガーを引いて、最大出力を解放すると清らかな火焔を纏う猛火を槍投げのようにストーンメタローに投げつける。
相手に突き刺さった猛火は強い輝きを放ちながら響鬼が持つ音撃鼓・火炎鼓の役割を担うように巴紋の拘束陣へと変化してその動きを完全に封じ込めた。
『音撃拳・百烈剛火ァアアアアアアアアア――――!!!!』
双腕の筋肉を盛り上がらせて、デュオルは深緑と深紅の拳から猛り荒ぶる炎を噴き上げて拳打の大旋風を叩き込んでいく。
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァアアアアアアアアア!!!!』
裂帛の気合と共に文字通りに百の灼熱拳を清めの音諸共に乱れ浴びせたデュオルは呼吸を整えて残心を行う。
『馬鹿なぁぁああああああああああああああ!?』
巴紋が弾けるとストーンメタローの全身には無数の亀裂が走り、粉微塵に爆散して果てた。木端が風に吹かれて飛んでいくと、後に残るのはのどかな川のせせらぎと小鳥の囀りが微かに響いていた。
「一丁上がり!」
「お疲れ様です、ムゲンさん」
離れて戦いを見守っていたクーにムゲンはグッと親指を立てて、無事の勝利をアピールした。その顔には先刻のような迷いや不安のような淀みのない晴れやかさがあった。
「今日は色々とありがとうございました。おかげで決心もつきましたよ」
「おお! それは良かった。で、付き合っちゃうんですか?」
「ん……それは彼女とまた出会った時のお楽しみと言うことで」
面白そうに頬を緩めて自分を覗き込んでくるクーにムゲンはあまり見せない、照れたような表情で苦笑いだ。
「クーさんが居てくれて良かったよ。流石にこの手の悩みはハルカたちには相談できないんで」
「おや? 珍しいですね、お三方の普段の間柄を思えばらしくない」
戦いが終わり、自分一人では解決できない難題に対しての答えを見出して口が緩んだのか普段以上に自分の本音を出すムゲンの言葉の意外さにクーは思わず首を傾げた。
「なんていうか、今日の俺、前半は狼狽してばっかりでなんか残念って言うか情けない感じだったでしょう?」
「まあ……いつもの歳不相応の頼りになる感じは薄かったですね。想像絶する鈍ちん恋愛クソ雑魚ボーイでしたし」
「それです。なんて言うか……カナタとハルカにはあんまカッコ悪いとこは見せたくないんですよね。二人の前ではなんて言うかタフガイな自分でいたいと言うか……あいつらが他にも掃いて捨てるようにいる数え切れない他人の中から俺を選んでくれたことへと恩返しというか、お前らの人を見る目は間違いじゃないぞって証明し続けたくて」
どう考えても片意地張っているだけのような小さなこだわりから出た言葉の気恥ずかしさを自覚してムゲンは末尾を小声にしながら、改めて自分の中でウェートを占める双子たちの存在の大きさを吐露した。
過去をみんなの前に打ち明けてから、良い意味で年相応の青くさい一面を見せるようになったムゲンがおもしろ可愛くて、クーは小さく笑うと得意げに小指を立てた右手を彼の目の前に出した。
「では、ムゲンさん。契約を結びましょう。いまお聞きしたことは私の口からはお二人に絶対に話しませんとも」
「助かります。じゃあ……」
「「指切りげんまん――っと」」
ささやかな、けれど心を許した仲間同士だから出来る約束を交わすムゲンとクー。
しかし、組ませた小指を放してからクーは真面目であたたかな眼差しでムゲンを見ながら言葉を送る。
「でもムゲンさん。人生の先輩として助言しますけど、弱みを晒してこその友情という考え方もあるのも、何処かで覚えていてくださいね。大丈夫、あの二人はちょっとやそっとのことでムゲンさんを幻滅したりしませんよ。お三方の友情のトライアングルに割り込んでいい感じに収まったわたしが保証します」
青紫の髪をふわりと揺らして、クーは大人の聡明さと少女の爛漫さのどちらも併せ持つ不思議な魅力を放つ笑顔でムゲンに語りかけた。
気軽な友人であり、要所においては頼れる後見人である絶妙な立ち位置にいる彼女だからこそ言える助言にムゲンはじんわりと染み込む真心のようなものを感じた。
「そうでいて欲しいです」
「そうですとも!」
「クーさん。これからも頼りにしてます」
気がつけば昼下がり。
思っていたよりも早く一件を片付けた二人は雑談に盛り上がりながら帰路へと付いた。
※
「ただいま帰りましたー! 一件落着ですとも!」
「カナタたちもお疲れー! 土産買ってきたぞ、近場だけど」
昨日のような夕暮れ時にカフェ・メリッサに戻ってきたクーとムゲンは意気揚々と表の玄関から店内へと入って行く。
「おっかえり、ムーさん!」
「んん!? ユノさん!?」
店内で呑気にくつろいでいるユノの姿を見つけて、ムゲンは思わず固まった。
彼女への告白への回答は決めていたものの、まさか昨日の今日で再会するとは思っていなかったもので虚を突かれたムゲンは途端に顔を赤くしてしどろもどろに狼狽しはじめた。
「おっす! 邪魔してるわ。ここの店いいな、上手いし店長さん面白いしさ。今日はご馳走になりましたユキヒラさん!」
「シスターって言いなさいよぉ! こんのアホガール!」
カウンターではあれから結局今に至るまで居座っていたユノの言動に振り回されて、完全に参っているシスターがハルカに抱き着いて泣き崩れていた。
「何が起きたんだ? こんなシスター見たこと無いぞ」
「後でゆっくり聞かせてあげるよムゲン」
「すごかったぞ。いや、この状況もすごいけどな」
「それは楽しみだな。うん……楽しみだ。ふー……よし」
吹っ切れてすっきりした顔で自分たちを出迎えるカナタとハルカの顔を一瞥して決心をつけると真剣な顔でユノに向き合った。
「ユノさん……ちょっと、外で話せる?」
「……いいよ」
ユノを店の裏に連れ出したムゲンは両手を強く握りしめて、気を抜けば貝のように固く閉じそうになる自分の口を必死に抉じ開けて、彼女の告白に対する答えを告げた。
「昨日の告白のことだけど……俺は恋愛とか疎くて、正直誰かを好きになるって気持ちも分かんない男なんだ。だから、その手前勝手な話だとは思うんだけど――トモダチからでもいい、かな?」
友達とは双連寺ムゲンにとって、自分を底なしの絶望から拾い上げてくれた救い主に等しかった。
友達はカナタとハルカの二人だけで充分だと決め込んでいたムゲンにとってそれは他者には理解できないかもしれないが大きな決断だった。
「恋人とか、色恋沙汰とか全然分かんないし……幻滅されるかもしれない。だけど、昨日一日ユノさんと一緒にいる時間で君のことをもっと知りたいと思ったんだ」
自分をマイフレンドと呼んで好意的に接してくれる巽ガクトにも線引きをするほどの拘りと信念を捻じ曲げて――否、自分を変えることを選んで出せた言葉だった。
ムゲンがこの言葉に至れたのは、この答えを選ぶことが出来たのはひとえに凍り付いた孤独を日々を越えて、輝ける出会いに巡り会えたからだ。誰かとの出会いが知らず知らずのうちにムゲンを少しずつ、それでも確実に変えていた。
そして、何よりも忍野ユノという少女をもっと知りたいというかつて、天風姉弟が自分に抱いたものと同じ想いを持ったからだ。
「あー……うん。その、以上になり、ます。最後まで準備のない男で悪い」
まごつきながら、いまの自分の想いをユノに伝えたムゲンは彼女の返答を待つ。
するとユノは満足したように紅い瞳を細めるとしゃんと背筋を伸ばしてすっと右手を伸ばした。
「実を言うとウチもムーさんと同じでね。恥ずかしいけど、付き合ったてからどうするかなんてサッパリでここまで突っ走っちゃったんだ。だから、トモダチからで大歓迎さ! 一緒にあれこれ探していく方がずっと面白そうだしね!!」
「ありがと、ユノさん」
「スキありっと!」
「へ……!?」
眩しい屈託のない笑顔を見せてユノは爽やかにムゲンの提案を受け入れて、握手を求めた。
彼女の右手に少しぎこちなくムゲンは自分の右手を重ねて握手をした。すると、ユノは突然に空いた左腕でムゲンを抱き寄せて、分厚い胸板に顔を埋めてから喜びを隠すことなく上目遣いで柔らかく微笑んだ。
「にへへっ……これからよろしくな、ムーさん」
「なっ!? は、はいッ!!」
思わぬ大胆さを見せるユノのスキンシップに立場が逆転したようにムゲンの方があたふたと顔を真っ赤にして挙動不審なことになっていた。
それでも、いまにも破裂してしまいそうな心臓の鼓動がどこか心地よいと感じられる気持ちがいまのムゲンには芽生えていた。
一連のやり取りをシスターたちにすべて覗き見されていて、この後二人は散々にからかわれることになるのだがそれはまた別のお話。
変われば、変わる。
そんな言葉が意味するように戦いと出会いと安らぎが入り混じった非日常の中で少年少女たちは成長していく。
この続きはまたいずれ。
此度は此処までと致しましょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
新フォーム登場に伴い、ライダーデータと登場人物紹介も少し更新しましたのでよろしくお願いします