仮面ライダーデュオル   作:マフ30

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お久しぶりです。
時間が空いてしまいましたがようやく本編最新話更新させていただきました。

自分でキャラメイクしておいて、こんなことを言うのも変ですが気付いたら変な奴しかいない(汗)




第2話 世界が変わるということ(前編)

 双子の話をしよう。どこにでもいる双子の姉弟だ。

 彼女と彼、二人は生まれた時からとても仲が良かった。

 性格も好き嫌いもそれぞれ違ってはいたが、姉が好むものを弟も好ましいと受け入れ、その逆もまた然りというほどに姉弟は親しく気が合った。

お互いがお互いを自分の半身だと信じて疑わないほどに深い絆があり、親愛があったのだ。

 

 いつでも姉(弟)が何を考えているのか手に取るように解ったし、例え遠くに離れていても弟(姉)が何をしているのか予想すればそれは見事に的中する。

 二人だけが居れば満足だった。最高の理解者であり、どんな苦楽も共に乗り越えられる。お互いに相手の全てを受け容れられた。極端かつ異常と思われるかもしれないが一つの部屋に二人して全裸で暮らせと言われても、双子はそのようにするだろう。

 他者からの理解も、共感も、赦しも必要ない。ただそれほどにこの双子たちは互いのことが尊かった。姉弟はとても小さな、それでも理想の世界を幼い頃から築き上げていた。

 

 保育園に上がった頃、双子は大人たちから他の友達も作りなさいと言われた。

 何故? 必要を感じられなかった。欲しいとも思わなかった。二人で遊び、学び、楽しく過ごす毎日はとても眩しいのに。

 何処に行っても、誰に出会っても、双子という身の上だけで必要以上に珍しがられて、面白がられて、比較される。

 好意にしろ、悪意にしろ、まるで自分たちだけが見えない檻か虫籠の中に入れられて見せ物にされている様で不快で堪らなかった。

 双子の姉弟愛は更に深まり、拒絶の態度すら出さなかったが結局他人の友達を作ることはなかった。

 

 

 小学三年生のことだ。初めて、双子はクラスを別けられた。教師や両親は明言こそしなかったものの、人為的なものが働いたことは聡い双子にはすぐに察知できた。

 地獄のような一年だった。虚しさを埋めるために両親の目を盗んではよく同じ布団で一緒になって仲良く眠った。両親が家を留守にしがちな環境もあり、その年は密かに一緒に湯船に入りお互いを慰め、励まし合って耐える日々だった。

 そして、二人で相談した結果、同じような妨害をされないために周囲には誰にも悟られない様に他人とは知り合い以上、友人未満の間柄で接することに決めた。

 作戦は成功。四年生からは再び同じクラスになることができた。

 

 中学を卒業する頃には二人の世界は既に完成されていた。

 相も変わらず、周りの人間は自分ではない誰かを、何かを、意味もなく比べては届かないと羨んで、優れていれば妬んで、劣っていればと喜んで、好き勝手なことを言っている。己自身を磨いて高みを目指せばそれでいいはずなのに。

 すでに双子と周囲を隔てる世界の壁は分厚く強固になっていて、二人はごく稀な一部を除いて、目に映る他人は全て同じ顔したマネキン同然で別段興味も関心も覚えないようになっていた。

 

 

 そして、高校一年生の春のことだ。

 良い意味でよく目立つ双子が入学早々に生意気だと不条理極まりない理由でガラの悪い上級生に絡まれていた時のこと。姉と弟、適当に実力行使でもして抜け出そうかと目配せし合っていた時のことだ。

 

「すいません先輩方。二人に用があるなら悪いんですけど俺の方が先客なんで後にしてもらっても? 待ち合わせてたんですよ、ここで」

 

 灰色の髪に、目つきの悪いまるで人食い狼のような佇まいの男子生徒が適当なことを言いながら割り込んできた。片手には何故か未開封の缶コーヒー。

 同じクラスだったとは思う。いつも独りでいる口数の少ない生徒だ。

 ちゃんと声を聞くのはもしかしたら、この時が初めてだった。

 

 腹を立てた上級生が割り込んできた男子生徒の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らして凄んでいた。双子がややこしくなった状況をどう収めようかと恨めしく闖入者を睨んだ時だった。

 

 男子生徒が胸ぐらを掴む上級生の手首を掴んだと当時に――。

 けたたましい金属がひしゃげる独特の音が怒声を黙らせた。

 

「しまったな。力入れる手を間違えた。まだ飲んで無かったのにもったいねえ」

 

 男子生徒の手にしていたスチール缶がまるで使い古した紙コップのように握り潰されていた。圧迫されて噴き出した熱々のコーヒーが顔面に掛ったと言うのに上級生は口を馬鹿のように開けたまま唖然として固まっていた。

 

「で、この手放してもらってもいいですか? 学ラン新調したばっかなんですよ。ダメそうなら全力で外させてもらいますけど、問題ないですよね? 千切れたりはしないと思いますんで……たぶん」

 

 死んだ魚のように生気の無い瞳で睨み、口角を薄ら吊り上げていう男子生徒の異様さに上級生と取り巻き数人は悲鳴も捨て台詞も言う余裕さえなく、一目散に逃げ去っていった。

 

「しまったなぁ。やっぱり飲み切ってからのが良かったな……百円、大金だもんな」

 

 男子生徒は人が変わったように穏やかでどこか間の抜けた物腰で無駄にした缶コーヒーを嘆きながら何事もなかったかのように立ち去り始めたので、双子たちは思わず声を掛けた。

 

 こういうトラブルは初めてではなかった。

 その度に横から勝手にやって来て、頼んでもいないのに場を収めて、恩着せがましく友人関係なり、私的な報酬なりを求めてくる者が過去にも何人か居た。けれど、いま目の前にいるこの生徒は何もしてこない。それが不思議で不可解で釈然としなかった。

 

「たまたま居合わせたからやっただけで深い理由はないなぁ。あと、天風さんたちってなんか二人でいる時の方が楽しそうだからさ、必要ないのに間に踏み込むのも無粋だろ?」

 

 男子生徒はしばらく悩んで考えた末にそんな風に簡単に答えた。

 

「俺も新天地で新しい連れでも作って面白おかしくって思ってたんだけど、気持ちの方がどうもそういうの受け付けない感じみたいでな。まあ、好きは人それぞれだし、問題ないだろ。てめえの自由だ」

 

 双子にとって、初めての言葉。初めての興味ある人間。

 そして、彼こそ後に双子にとっての初めてで唯一の最高の友達。

 

 

 

 

 

 デュオルとスパイダーメタローとの戦いから一夜明けて、天風家のダイニングではカナタとハルカがいつも通りに二人で朝食を摂っていた。両親は現在海外へ長期の出張中である。

 

「あのさ、カナねえはあの人のことどう思ってる?」

「クーさんか……すごいことに巻き込んでくれたことには思うところありだけど、そんなのを言い出したらキリがないからね。なにより一番大変なムゲンがやるって言ったんだよ。最後まで付き合うさ」

 

 八分ほど食べ終えたところでハルカの方から切り出したのはクーの話題だ。悪気はないとはいえ、双子にとって彼女は魔人教団と同じく平和な日常を壊した招かれざる客という認識は簡単には拭えていなかった。

 

「いや、まあそれは俺も当然なんだけどさあ。そうじゃなくて、あの人個人のことはってこと」

「悪い人じゃないんじゃないかな。まだ、用心はするけど……あの人はあの人で苦労してきたのは嘘じゃなさそうだし」

 

 クーに対して不信感が消えないハルカとは対照的に、カナタはとはいえと前置きをして思いの外余裕のある笑みを浮かべ話を続ける。

 

「それに私たちのことを珍しがったり、あれこれと必要以上に詮索するようなことしてこない点は好印象だよ。ふふっ、それはそっか……あっちの方は異世界を旅する遊牧民で魔術師なんだから私たちなんて普通に見えるよ」

 

「カナねえはそう考えるわけな」

「なにか不満なとこがあるの? あ、言わなくて良いよ、当てるから。そーだな……ふむ、私たち三人の関係が変えられちゃうとか危惧してるとか?」

「……ご想像にお任せする」

「図星って顔に出てるぞぉ、弟よ」

「説明しなくてもいいから」

 

 よほど事前に準備をしておかないと、お互いの心の中はこんな風にお見通しだ。こういうとき仲が良過ぎると少し気まずいとハルカは渋い顔をした。

 

「心配しなくても、私たちとムゲンは変わらないよ。変わったりしません」

「カナねえ、それ本気で言ってる? いくらオレたちの事情を優先してもらったとはいえいま現在、双連寺家があまりにもベタな恋愛ゲームか、過激さに定評のある少女漫画みたいな状況でも?」

「なりません。ならないから。絶対ない。ムゲンはそんなお猿さんじゃありません」

「若い男と女が狭い部屋で二人っきり……何も起きないはずもなく」

 

 ハルカの意味深な発言に今度はカナタの方がどこか投げやりな早口で答えて、コーヒーを飲み干した。顔が少し紅いのはコーヒーが熱いからではないだろう。

 世界でたった一人の親友の貞操を心配しながらハルカはふいにムゲンの家のある方角を眺めた。

 

 

 ほぼ同時刻。

 目を覚ましたムゲンはむくりと寝袋から身を起こして、大きな欠伸を漏らした。

 死闘を繰り広げた身体は少しだるく、場所によっては痛みも残ってはいたが病院の世話になるほどの物ではない。むしろ、過去にはもっと酷い怪我や痛みなんて幾らでも経験済みだ。それよりも気になるのは1ルーム気ままな一人暮らしのはずの我が家に聞こえるもう一つの寝息の方である。

 

「ビックリするほど何も起きなかった」

 

 ちょっぴり虚しい顔をしてムゲンは未だに本当なら自分が潜り込んでいるはずの布団で気持ちよさそうに眠っているクーに目をやった。

 昨日の怪人との激闘で思っていた以上に本当に疲労困憊だったのだろう。体力も気力も煩悩も満ち溢れているはずの男子高校生がご立派なものをお持ちの褐色美女と狭い一つの部屋で一緒に寝ると言う夢のような状況でありながら、ムゲンはドキドキもムラムラもすることもなく寝袋に入ってから秒で寝付き、朝までぐっすり熟睡していた。

 

 

 そもそも、事の起こりは昨日の戦闘後、四人が無事にラーメン屋の屋台で食事を終えて帰路についたときのことだ。

 

「そういえば、クーさんってどこに寝泊まりしてんの? ビジネスホテルとか?」

「いえ、特に宿を取ってはいないんですがこの街はいい宿営地がたくさんあるので不便しなくて助かります」

 

 すごい自身に満ちた彼女に三人は直感で嫌な予感を覚えた。

 

「なんせ、水道が確保できて火を起こさなくても灯りがあり、お手洗いまで完備されているんですから! もう怖いものなしですよ、ホラあそこにも良さそうなベストポイントが!」

 

 クーが誇らしげに指を刺したのは三人の予想通りに街のあちらこちらに点在する公園のことだった。

 

「嫌な予感してたけどやっぱ公園かよ!?」

「クーさん、残念だけどあそこは泊まるとこじゃないかなぁ」

 

「そうなんですか? 以前別の場所で厄介になった時は先達の男性が居ましたが? ルーキーか、って食べ物まで分けてもらっちゃいました」

「うん、ホームレスのおじさんだね。懐の広い人で良かったですよ、マジで」

「とにかく、今夜は違う場所に泊まりましょう、クーさん」

 

 そんなやり取りがあり、両親不在とはいえ他人の目が多く万が一見つかって変な噂が経つと不味い一軒家住まいの天風家ではなく、アパートに一人暮らしのムゲンが彼女を引き取って同じ部屋で夜を過ごすことになったのだ。

 

 

「へにゃ? ああ、おはようございますムゲンさん」

「ども。おはようございます」

「お布団までお借りしてしまって感謝感激ですよぉ。お礼と言ってはなんですがもしもムゲンさんが獣欲に負けて寝てる私の肢体にあれやこれやしていたとしても水に流してあげますからねえ。ご存知ですか、こういうの床上手って言うんですよぉ?」

 

「大丈夫です、寝袋入ってから信じられないくらい爆睡したんで」

 

 すらりと伸びた瑞々しい褐色の生足をアピールしながら、得意げに身をくねらせておどけるクーにそういう意味の言葉じゃねえよ。というツッコミは口にしなかったがムゲンは渇いた顔で動じることなく身の潔白を主張した。

 

「むしろ、自分の雄としての機能が不能なんじゃないかなって、不安に駆られています。あと、なんか昨日とキャラ違くないですクーさん。もしかしてキャラ被ってましたか?」

 

「あー……たはは。ええ、まあ、事が事なので私なりに一応、厳かな態度で臨まないと信じてもらえないだろうし、何よりも色々なことに失礼だとは思ってですね。はい、正直なところ、いまの私が素のクー・ミドラーシュという女です。呆れましたよね?」

 

「面食らいはしましたけど、そんなもんでしょ? 何より、これから短くない付き合いになりそうなんだし、素でいてもらった方が俺たちも気が楽ですかね」 

 

 騙していたというほどではないが世界を担うような大事を託しながら人柄を偽って三人に接していたことへの罪悪感で曇った顔をするクーをムゲンはあっさりと受け入れた。

 

「適当に朝飯作るんで、その間に着替えててくださいよ」

「は、はい。ごちそうになります」

 

 あまりにも平然としたその様子にクーが反対にきょとんとしているとムゲンは慣れた様子で通路と一体化したキッチンで朝食を作り出した。

 

「お待ちです。味の方は……まあ、不味くはないと思います」

「あっはー! これ絶対に美味しいやつですって! ではでは、いただきます」

 

 本日の双連寺宅の朝食はごはんに豆腐とわかめの味噌汁。残り物のブリ大根。魚肉ソーセージとジャガイモのマヨ炒めだ。

 昨日初めて食べたラーメンと同じように放浪生活が長く食に飢えているクーは目を輝かせて食べ始めた。

 

「あのー失礼ですがムゲンさんのお宅って食べ物にかける赤いヤツあります? 別の世界で偶然食べてすごく美味しかったんですけど何て名前か分からずじまいで」

 

「赤いの? ジャムじゃねえよな? 紅ショウガはマニアックだし……それってケチャップのことか?」

「ああ! それです、それ! 厚かましいですがちょっとお借りしても?」

「はいよー」

 

 しばし食べ進めて、そんな頼み事をするクーにムゲンは冷蔵庫家からケチャップのボトルと取って彼女に渡した。

 

「うはぁー……また巡り会えるとは思ってもみませんでしたよケチャップちゃん! キミのことは絶対に忘れませんからねえ」

 

「んな、大げさな……って、おぉ!?」

 

 大喜びでボトルを抱きしめるクーを面白そうに笑っていたムゲンだが次の彼女の行動に思わず身を乗り出して驚いた。

 

「はぁむ! んー、美味ッ!」

「……その組み合わせ、美味しいんですか?」

 

 炒め物は鉄板だし、白いご飯はまだ予想できた。けれど、クーは出汁が染み込んだブリ大根にまでケチャップをたっぷりとかけるとご満悦といった感じで食べだした。彼女が二口目の真っ赤に染まった大根を口に運ぶのを見届けてから神妙な顔でムゲンは尋ねてみた。

 

「んぐっ? あの、もしかして私ってば変な食べ方なんでしょうか?」

 

 普通のことだと思っていた趣向が奇異に思われていると察したクーはケチャップのボトルと我が子のように大事そうに抱きしめたまま不安そうな声を漏らした。

 その姿にムゲンはバレないように小さく息を吐いてから、彼女と同じように大根に少量ケチャップを掛けて食べてみた。

 

「うん。まあ……流石にブリ大根にぶっかける人は初めて見たけどクーさんが好きなんでしょ? じゃあ、それでいいですよ。好きなモノは好きなんだから、それに嘘つくのが正しいって言うのも筋違いでしょ、誰に迷惑掛けるわけじゃないし」

 

 味の方はご想像にお任せするような合体事故っぷりだが、彼女にとっては好きな味なんだと思えば自然と返す言葉は決まっていた。

 

「ムゲンさん……なんか懐広いってよく言われませんか?」

「俺が? 知らなかったな、そいつは光栄だ。あ、でも一応外の飯食う店では控えた方がいいですよ」

「はい! 肝に銘じて、これからもケチャップちゃんLOVEを貫いていきますとも!」

「……今夜、チキンライスでも作りましょうか?」

「なんですかそれ? 美味しいやつですか!?」

「白飯に鳥肉とか色々入れて、ケチャップぶち込んで炒めるやつです。月末であんま金ないんで魚肉ソーセージになりますけど」

「是非ともお願いします!」

 

 思っていたよりも深かったクーのケチャラー度数に押し負けてそんな提案をしたムゲンに彼女は姿勢を正して深々と頭を下げてくるほどだった。

 嘘偽りのないクーと言う女性の人柄があまりにも無邪気で自由気ままな猫のようなのでムゲンもそんな賑やかな空気に当てられてか珍しく顔を大きくほころばせて笑っていた。

 

「ハハッ……お安いご用で」

「ムゲンさん、なんだか楽しそうですけどもしや私の食事って笑えるほど珍妙だったり!?」

 

「いやさ、誰かとこんな風に笑って朝飯食うのなんて久しぶりだったんでね。俺こそありがとうですわ」

 

 ハルカの心配は杞憂に終わり、双連寺家ではこんなふうに賑やかな朝を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 無数に存在する世界のどこか一つ。

 そこに高次元生命体メタローの誕生の世界、現在では魔人教団の本部が在りし世界にて。

 

『我らが同胞からの精神同期から得られた敵対者への対処の件を決議したいと思う』

 

 殺風景な広間に無数の不思議な輝きを放つ火の玉が次々に出現していく。

 その全てがメタローだ。彼らに唯一の例外を除いて地位や身分はない。彼、彼女らの全てが等しく完全に近しい知的生命体メタローなのだ。

 

『デュオル……新しい仮面ライダー。かの世界でアレが出現することは異なことだ。第三者の介入も視野に入れて行動する手も一手ではある』

 

『笑止。所詮は既存の塵芥どもの力を借りねば戦えぬ半端者、些事である』

 

『だがだが、しかし融合素体が愚物だったとはいえ同胞が敗れた事実を軽視することはできない』

 

『相手は一人だ。かの世界を早急に破壊すればいかに仮面ライダーとはいえ無用の案山子よ。相手にしなければいい』

 

『統括長。号令を――』

 

 現れた新たなる敵対者デュオルへの対処の方針を巡って様々な意見が乱れ飛ぶ中である者がその場に置いて唯一人型をしている存在へと指示を仰いだ。

 

『我々メタローは一にして無数なる完全生物。およそ、有機生命体などに全力を出す必要もない。けれど、件の仮面ライダーが我ら魔人教団の一大事業の邪魔をするのならば、戯れとして遊んでやるのも超越した者である我々の務めであろう』

 

 一にして無数を謳うメタローたちの中にあってその膨大な意見や考えを推考判断して全体の行動を決定する指揮権を持つ存在。それがこの統括長であり、魔人教団の長であった。

 

『委細承知。全ての総体に精神同期による伝達を開始する』

 

「いやぁ、素晴らしい余裕ですね。しかしだ……アナタ方が言うところの旧き知的生命体の間ではそれは慢心と言うネガティブな要因だとご存じでない?」

 

 静かな湖面に石を投げ入れるように、その声は広間に響いた。声の主は青年にも少年にも思える、若く美しい男だ。

 クセのある長い髪は毛先が森のような緑に染められ、両目は宝石のように赤く、どこか神々しさすらも感じられる佇まいをしている。

 

『貴殿か。観察者とは言えこの場にまで立ち入っても良いとは言っていないぞ』

 

「ひどいな。ボク、仲間ハズレとかされると傷ついちゃいますよ。あと観察者は堅苦しいのでちゃんと名前で呼んで下さい。もしかして、完全生物であるアナタ方がボクの名前を忘れちゃいましたかぁ?」

 

『ではニューよ、先程貴殿は慢心と言ったがその問いに対する返答をしよう。これは慢心ではなく余裕だ』

 

無垢な子供のようにニコニコしているニューと呼ばれた男に統括長は更に揺るぎの無い自信に満ちた口調で付け加える。

 

『我らは一にして無数。無数にして一。故に不出来な同胞が一欠片砕かれようとも何でもないのだよ。むしろ、不要を取り除き精度を上げたとも解釈出来よう』

 

「あはは。すごい理論だ。固有の名も異なる姿形も捨てながら、個我だけは残して混ざり合っていると言うのにその同胞が一人消滅したことがアナタ方にとっては指の爪を切って捨てた程度のことですか。ボクのような寂しがり屋な生命体では理解は出来ても共感はできないな」

 

『ほう、メタローに……教団に今更になって異を唱えると言うのか?』

 

 サーカスにはしゃぐ子供じみた高笑いを上げながら、どこか挑発的な発言を続けるニューにその場にいたメタローたちが即時殺気を向ける。

 

「そうとは言っていない。むしろ、ボクはキミたち教団の活動理念には大いに共感するよ。全世界を一枚の絵画として捉えたら、いまの世界たちは実に無駄が多すぎる。だからこうして頭を垂れて、跪いて信者の端くれになったんだよ。キミたちはボクの在り方を気に入ってくれて観察者だなんて地位を与えてくれたわけだけど」

 

『そういうことにしておいてやろう。それからなニューよ、我々は戯れてはいるが侮りはしていない』

 

「へえ?」

 

『在り方が違うといえど、我らと同じく完全生物に等しい貴殿には教えてやろう。既に統括長は必勝の力を得て、万事に備えるためにあと一つ存在するであろう力の残りを探させている。敵が仮面ライダーである限り、敵対者に勝利はない』

 

 その言葉に欺瞞があるようにはニューにも思えなかった。

 どんな仕掛けを用意しているのかは定かではないが敵対者が仮面ライダーである限り、必ず成功する侵攻。どんな過程を辿ろうと必ず勝利で終わる戦い。であるならば魔人教団にとってライダーとの戦いとはまるで――。

 

「成程。つまり、キミたちにとっては仮面ライダーとの戦いはあくまでも余興といったところなのかな?」

『否定はしない』

 

「ならば、ボクも少しその余興に飛び入り参加でもしてこようかな?」

 

 

 底無しの脅威に晒される世界。

 いま、正体不明の観察者もまた遊行を気取り物語へと参入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもと変わらぬ午前の授業をこなし、昼休みなったムゲン達は学園内にある食堂棟で昼食を食べながら、今後について話し合うことにしていた。余談だが、登校中に顔を合わせてすぐムゲンがカナタからしつこく一夜を過ごしたクーとのあれこれを問い質されたのはご愛嬌だ。

 

「その前に朝から気になってたんだけど、その指輪なにかな? カナタさん、キミがそんなのしてたおぼえがないんだけどなぁ」

 

 心なしかドスの効いた静かな口調でカナタがムゲンの右手の人差し指を手に取った。その指には見慣れぬアンティーク調の指輪がはめられていた。

 

「ん? これなあクーさんが今朝くれた。あの人の持ってる変なランプの簡易版だってさ。ベルトと牛みたいなバイクが収納されてるんだとさ」

「四次元ポケットかよ」

「ケチャラーのド○えもんはちょっとなんだかなあ。と、いうわけなんですけど納得してくれたわけカナタさんや?」

「そういうことね。左手の薬指にするんだぞ!って教えてあげようか迷ってたからスッキリしたよ」

「勘弁して下さい。本当に自分でも愕然とするほどの超熟睡で終わったんです」

「結局めっちゃ気になってるじゃん。ごめんなムゲン、ウチの姉がムッツリの妄想女子で」

「ちがうから!」

 

 朝の時は余裕のある態度を取り繕ってはいたがやはりカナタの方も自分ではない異性の人間がムゲンと親しげになり、自分から遠のいてしまうのではないかと気が気ではなかったようだ。

 

「話戻すな? とりあず、あのバケモンの仲間が悪さしてれば俺が行ってぶちのめすとして、他に何やればいいと思う?」

「そもそも、なんで魔人教団っていうのがやってきたのも謎のままだ。世界征服なんてベタすぎるものじゃないだろうし」

「こういうときは箇条書きにして書き出してみよう。ほら、二人もじゃんじゃん思いついたこと言って」

「そーだな……」

 

 手早くスケジュール帳とペンを用意したカナタに促されて二人は無造作に思いついた解決しなければならない問題と今後の課題になりうるものを出し合い、以下のようなものが挙げられた。

 

・バケモンが出たら倒す

・ライダーメモリアと呼ばれるカード探し

・魔人教団の目的の把握

・学生生活との両立を上手くやるコツ

・クーのこれからの住居

 

 

「まあ、何より最初にどうにかしないといけないのはあの人の家問題か」

「クーさんは橋の下でも大丈夫みたいな謎の自信に満ち溢れてたけど、こっちが気まずいからねえ。ちなみにムゲン的にあと何日ぐらいなら誤魔化せそう?」

 

 三人が一番気がかりになっていたのはクーの生活拠点についてだ。本人がどう思っているのかは定かではないか昨夜の様子からこちらで工面しなければ橋の下あたりにベテランホームレスさんもビックリなダンボールハウスの宮殿でも建築しかねない。

 

「ハッキリ言って、あの二日ぐらい持てば奇跡だ。昨夜はデカイ家電のダンボールにクーさん隠してゴリ押しで乗り切ったけど何度も使える手じゃない」

「そうだな。もしも誰かにバレたら、もれなくムゲンも終わるからな」

「うん。一人暮らしの男子高校生が国籍不明の若い褐色美人を勝手に連れ込んで同棲してたとか即刻退学&国から何かしらの法的お裁きが下るかな?」

「お前ら縁起でもないこと言わないでくれねえ? あー……いや、むしろこっちから退学してフリーになった方が色々と動きやすいかもなぁ」

 

 ムゲンも改めて昨夜の自分の状況が青少年にはレッドゾーン過ぎることだったとを痛感して、乾いた笑いしか出ない。それどころか、学生の本分さえも明後日の方向へと投げ捨てる勢いである。

 

「こらこら。ムゲンも投げやりなこと言わないの」

「別にもう誰が悲しむわけでもないし。仕事も最悪シスターに泣いて懇願すれば正規で雇ってくれるだろ? ダメならもう身体捧げるって手もある」

「それだ」

 

「それだ。じゃないわよ、鬼かなハルくん?」

 

 ハルカのあまりに清々しい肯定にカナタは軽くゲンコツを作ってツッコミを入れる。

 

「違うから、そうじゃなくて。オレに考えがある」

「マジか?」

「ムゲンは学校終わったらクーさんに落ち合えるように連絡しといて。で、カナねえは昼からの授業のノート取っといて、授業には出るけどオレはプレゼンの内容考えるから、たぶん頭には入らない」

 

「プレゼン?」

 

 カナタとムゲンが不思議そうな顔をしてお互いを見合っているのを尻目にハルカは昼食の残りをかき込むとスマートフォンで何やら資料集めを始め出した。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 とあるビルに入った小さなオフィスにて、若い女は何らかの薬品で大人しくさせた犬の足を手際良くナイフで切りつけた。迷いのない一筋の切傷からじわりと真っ赤な犬の血が流れ出す。

 

「痛いかもしれないけど、死にはしないから許してね」

 

 カーテンを閉め切り、薄暗くなった一室で電気スタンドの橙色の灯りがぼんやりと犬の傷口を照らす。体毛を濡らし溢れ出る鮮血に女は懺悔の言葉を口にしながら、腹の音を鳴らして舌舐めずりをする。

 

「ずりゅるるるるるるうぅ!」

 

 女は何の躊躇いもなく血が流れる犬の傷口に口づけするとまるで器いっぱいに注がれたスープを飲み干すかのように犬の生き血を啜りだした。

 

「んあぁっ! おいしい……ごめんなさいね。もう数日したらちゃんとご主人様のところへ帰してあげるからね」

 

 女は吠えることも出来ずにぐったりしている犬へ艶っぽい声色で呟くと再び、身震いをしながら、まるで恋人と熱烈な接吻を交わすかのような激しさで血を啜る。その異様な姿はさながら現代の吸血鬼だ。

 

 

 一人の女の話をしよう。

 上羅エリという女には誰にも言えない秘密があった。

 彼女は生物の血液を飲むことが至上の喜びと言う秘めたる趣向を持っていた。

 最初にそれを自覚したのは小学五年の図画工作の授業で自分の指を彫刻刀で切った時のことだ。人差し指から止めどなく溢れる真っ赤な血を止血のために慌てて指をくわえ込んだ彼女はその瞬間におよそ人としては禁断の業に目覚めてしまった。

 

 鉄の風味と人肌の温かさ、そして血液特有の塩気――生まれて初めて気付かされたこの世のものとは思えない旨味に舌が絶頂を覚えた。それまでの人生で味わったどんな食べ物、飲み物よりも美味しかった。母が作る好物のオムライスやコンソメスープなんかが泥団子に思えてしまうほど血液は彼女にとって美味しかったのだ。それ以来、おっかなびっくり家族や周囲の目を盗んでは自らを傷つけて、その真っ赤な御馳走を堪能した。

 

 けれど、それも高校生の頃には満足がいかなくなっていた。

 エリは自分の血の味には飽きてしまっていた。そして、禁断の欲求は加速していく。

 大学生になり一人暮らしをするようになってからは生肉や鮮魚を買ってはその血を啜った。細菌や寄生虫などから起こりえる感染症などの病気の心配も脳裏に浮かんだが人体の神秘が成せる奇跡か、吸血衝動にも似た底無しの欲求がそれを上回り、彼女は大学を卒業するまでの四年間、風邪一つとして病気の類に罹るとこはなかった。

 

 

 そして、現在……迷子のペット探し専門の探偵をしている上羅エリは見つけ出した迷子の犬猫を薬物で大人しくさせては命に別条のない程度の傷口を作り、生のぬくもりが色濃く残る生き血を啜る日々を送っている。

 この仕事と身分は彼女の欲求を満たすには打ってつけだった。依頼人には保護したときに怪我をしていたので知人の獣医を介してこちらで治療させてもらった。自分は動物が大好きで好きでしていることだから治療費は請求しないと伝えると依頼人は大喜び。探偵としての信用も得られ次の仕事……別の生き血にもありつける最高の飯の種だった。

 

 

 けれど、彼女は未だ人間の生き血を啜ることだけは決心がつかなかった。

 この期に及んで彼女は恐れていたのだ。自分のこの醜悪な趣向が人間社会に晒されてしまう事を。親しい間柄の人間からも、見ず知らずの他人からも関係なく罵られるのが、糾弾されるのが、恐れられるのが嫌だったのだ。

 それが彼女の中に残された僅かな理性によるものか、罪の意識から逃れるための甘えなのかは定かではない。

 

 ただ一つ言えるのか上羅エリはいま、自分が生きるこの世界を嫌っていた。自らの好きなことを好きだと言えない不自由な世界。理解者を得たくてもそれを許してくれない融通の利かない世界が嫌で不満で……壊れてしまえと願う夜さえもあった。だが、その望みはある日突然に叶えられる機会を得る。

 

 

『さあ、我々を受け入れろ――愚かな世界の一欠片』

「ア…ァ…アアアアアアアア!!」

 

 揺らめく炎が僅かに猛けり、不気味に輝く火の玉がゆっくりと上羅エリの肉体に入り込むと彼女と融合し――いや、彼女を侵略して全く別の存在として変貌を遂げていく。

 

 

『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』

 

 彼女の個人事務所に溢れていた光が収まるとそこには大きな針のようなストロー状の口吻。大きな翅に手の甲から一本の太い針のような物が剥き出した腕を持つ、赤い異形が立っていた。

 

『これが私? 嗚呼、嗚呼ァアア……なんて醜いのかしら!』

(受け入れなさい。貴女はいま世界を壊せる力を得たの)

 

『いいえ。いいえ! 違うのよ、私は嬉しいの! もしも地上の何よりも卑しい願いを持って、こんないけないことをしているこの私が血の伯爵夫人のような麗しい姿だったのなら羞恥の余り自害しようかと思ったけど、ご覧になってよ! この吐き気を催すようなおぞましい姿を!』

 

 エリであった怪人は事務用本棚のガラス戸に映る自分を見て狂喜乱舞したように自分の中にいるメタローへとまくしたてる。

 

『まさしく、上羅エリという低俗な人間の性根を形へと変えたようだわ! ありがとう、この醜い怪物の姿だからこそ私は人間と言う枷を壊して思う存分にやりたいことをやれるのよ!』

 

(誇りなさいな、エリ。そして、邁進しなさい。その心の奥底で蠢く願いを思う存分果たしても世界は貴女を罰することはできないのだから。さあ、我々のために世界に傷を刻みなさい)

 

 歓喜に打ち震え、彼女は耳障りな不愉快な音を奏でながら醜い翅を羽ばたかせる。

 異形の名はモスキートメタロー。最低の吸血鬼がここに顕現した。

 

 

 

 

 

 

 メリッサの近くにある、あの公園にてムゲンたちはクーと落ち合って彼女の今後の逗留先についての話を切り出した。

 

「私があの喫茶店の住み込み従業員ですか?」

「学校を出る時に電話でシスター……店長には口添えしてあります。クーさん本人に会ってから本格的な審査って形にはなりますけど、色々考えてあそこがベストかなと」

「あの店舗元々普通の民家を改装したものらしいから、水回りもしっかりしているし、下手な賃貸やホテルよりずっと快適だと思いますよ」

 

 ハルカの考えた作戦は現在カフェ・メリッサで空席が出ている平日午前のアルバイト枠にクーを入れ込み、そのまま店舗を住居にしてしまおうというものだった。

 

「私は棚からぼたもちな話でありがたい話なのですがその、何から何までご迷惑ばかりで心苦しいといいますか」

 

「まあ、そこはお互い様だからな。まず俺が怪物退治で出払う事が多くなれば別の働き手がいるし」

「それにオレたちもどこか気兼ねない周りには秘密の拠点がないとこの先苦労すると考えたから行動したまでです」

「肝心なのはここからシスターにOKもらわなきゃいけないってことだしね」

 

「とりあえず、簡潔にクーさんのこの世界における身分や日本に長期滞在する理由とかを捏造全開のプロフをまとめましたので、大急ぎで覚えて下さい」

 

 そう言って、ハルカは午後の授業中に設定編集したクーの偽プロフィールの書類が入ったクリアファイルを手渡した。それなりの厚みである。

 

「えっと……これは一体?」

「異世界の魔術師が世界救う間、住み込みでバイトさせて下さいとは口が裂けても言えないでしょ? なので今後オレたち以外の他の人と接触する時はそこにあるような生い立ちを経た人間を演じていただければと……できますよね?」

 

「がんばりまーす!」

 

 NOとは言えない凄みのあるハルカの眼差しにクーは大急ぎで脳細胞をトップギアにして渡されたプロフィールを頭に叩きこみ始めた。

 

「ところでずっと気になっていたんですけど、皆さんが仰っているシスターって人はどんなご婦人さんなんでしょう」

 

「……まあ、会えば分かるかと」

「大丈夫。行けば分かるさ、クーさん」

「なにも心配することはない、かな」

 

 蝋人形のような固まった表情で口を揃える三人にクーは背筋に悪寒が走るのを覚えた。この三人は何かを隠している。自分を謀っているのだと直感で理解できた。

 

「ちょっ!? あからさまになんか空気変わりましたよね! お三方本当に大丈夫なんですかぁー!?」

 

 不安が尽きないクーを引っ張りながら三人は慣れた様子で裏口からメリッサへと入っていく。目の錯覚かクーには既に一度入ったことのある平凡な喫茶店から不穏なオーラのような物が漂っているように見えた。

 

「おつかれさまです。シスター」

「バイト組、ただいま到着しましたよ」

「お、お邪魔しま……」

 

「Booyah! 待ってたわぁ子猫ちゃんども! 今日もゴリゴリに商うわよォ!」

 

 店の中にはまるでミケランジェロのダビデ像を彷彿とさせる荘厳な肉体美を持ち、古代ローマの王侯にも勝る濃ゆい美貌を持った屈強な成人男性がパープルカラーのドレスシャツとフリフリのエプロンを身に纏って優雅に佇んでいた。

 頭は耳までお洒落なターバンで包まれ、腰には何故か世界最強のナイフと名高いククリナイフを帯びている。

 

「イヤァオ! 事情はハルカちゃんから聞いているわ。ウチで住み込みで働きたいんですってねぇ? まずは自己紹介よ、アタシは有栖川ユキヒラ。でも、その名は既に価値なきものよ。今後は何時如何なる時でもアタシのことはシスターとお呼びなさい。それが出来ない輩はこの店で働く資格はないわ」

 

「あの、えっと、あの……あっはははは」

 

 ある意味、メタローよりも理解不能にして空前絶後の未知との遭遇にクーは笑うしかなかった。それだけにこのゴリゴリな肉食系オネエなメリッサの店長のインパクトは凄まじかった。

 

「安心なさい。カフェ・メリッサにおいて、シスターという言葉には麗しき店主たるお姉様の意味があるの、だから遠慮せず気軽に言いなさいな」

 

「あ、はい。クー・ミドラーシュと言います。よろしくおねがいします」

 

 当然のように頬を撫でられて、品定めされるようにまじまじと見てくるユキヒラもといシスターの距離感にクーの思考回路はすでに半壊状態だったが、自分の住処がかかっていることもあり何とか返事を返す。

 

「ところで、お腰になんだか凶悪なモノをぶら下げているように見えるのですが?」

 

「んまぁ! これに食いつくなんてお目が高いわね。安心なさい、これは当店の人気メニュー、シスターの特上サンドイッチに使うローストビーフを切り落とすためのものよ!」

 

「そ、そうなんですね」

 

 滑らかに空を斬るそのナイフ捌きはどう考えても一介の喫茶店経営者が成せる技ではなく、特別な訓練を受けたであろう代物だとは思ったが恐ろしくてクーにはそれを聞く勇気はなかった。

 

「ちゃんと毎日熱湯とアルコール消毒を施しているから怖がる必要はなくってよ。衛生管理は飲食店の基礎中の基礎、よぉく覚えておくことネ」

「はい! 多分一生忘れませんとも!」

 

 次いで色気と渋みのある無駄に良い声で耳元で囁かれ、クーは成るように成れとかしこまることを捨て本能に従うことにした。

 

「さて、じゃあここからは真面目なお話をしましょうか。もうすぐお店も開けなきゃいけないから手短にネ」

 

 クーをカウンター席に座らせるとシスターは高揚さを捨て、落ち着いた声で不意を打つように質問を始め、見守る三人にも緊張が走った。

 

「概ねはハルカちゃんから聞いてはいるけれど、日本の不思議な民俗学や都市伝説を研究するためにやってきたけど、来日早々に置き引きに荷物や有り金全部盗まれて途方に暮れていたと、大変だったわね」

 

「いえ、本当にお三方には感謝しきれません」

「アタシは門外漢だけど、そういうものって都会なんかよりも地方の方がいろいろと眠ってそうな感じがするのだけれど、どうなの?」

 

「それは……」

 

 作戦の立案者でもあるハルカも予想をしていたが手痛いところを突くシスターの問いかけにクーは僅かに言い淀む。

 

「なあ、不味い空気なんじゃないのか」

「電話口に相当、住み込み従業員の利点をアピールしてみたけど、やっぱり色々と怪しいところが多すぎたか」

「素直に洗いざらい話すのも手かもだよ。シスターなら協力してくれるかも」

 

 三人が小声でひそひそと事の成り行きを心配している横でクーは姿勢を正すと小さく深呼吸して滔々と語り始めた。

 

「神話や伝承のような説話というものは土地やそこで暮らす人々の生活の営みに根付いているものと私どもは考えています。確かにおっしゃる通り文献や遺跡などは古くからの自然や建造物が残る地方にこそより確実に存在している可能性は高いです」

 

「そうでしょう?」

 

「けれど、古くから言い伝えられている口承文芸というものは先人達が何かへ向けた戒めであれ、祈りであれ、信仰であれ、その地に暮らす人間が次の時代の人間へと語り継ぐために形を変えて、時に派生を増やしながら静かに息づいているものと思っています。ですので、こんな都会だからこそ得られるものがあると私はここへやってきました」

 

 それはハッタリでも思い付きの出まかせでもなかった。既に多くの世界が神秘を手放し、科学文明による発展を遂げた今も尚、森羅万象に宿る神秘の息吹を感じ取り魔術と言うお伽噺のような秘術を取り扱うギギの民である彼女の一族としての信念だった。

 

「成程ね、とても興味深い話を聞かせてもらったわ。いいわ、ムゲンちゃんは兎も角カナタ&ハルカちゃんが放っておけないと連れてきたんだものね、その事実を以って信用としましょう。ただ一つ、クーちゃん……お手を見せなさい」

「手、ですか?」

 

「よく目は口ほどに物を言うって言うけれど、アタシは手を視るの。その人がなにを想い、何を積み重ねてきたのか……人の手は正直に物語ると思っているのよ」

「ど、どうぞ」

 

(本当に数奇なこともあるのネ)

 

 不安そうに差し出されたクーの掌をじっくりと観察しながらシスターは一人、運命を感じるように何度も頷いていた。

 

 

「その……どうでしょうか、てん……シスターさん?」

「合格と言っておきましょう。ようこそ、クー・ミドラーシュ。アタシの世界へようこそ」

「ありがとうございます! 一生懸命働きますのでお願いします!」

 

 シスターの気品ある柔和な微笑に、クーは熱砂を焦がす太陽のような眩しすぎる笑顔で返した。

 

「頼もしいわね、可愛くて元気のいい子は大好きよ。仕事は少しずつ覚えていってもらうけれど、接客とキッチンどっちもいける両刀として鍛え込んであげるから覚悟なさい」

「りょう? 二刀流ですね、浪漫がありますね、頑張りますとも!」

「シスター……よそじゃセクハラですからね」

「あらあら、カナタちゃんは手厳しいわね。ドロドロに煮詰まったエスプレッソみたいな姉弟愛をお持ちなのに、つれないわ」

「くふふ♪ シスターの世界とはニーズもジャンルも住み分けされていますので」

 

 そんなこんなで現時点で最優先で何とかしたかった問題を無事にクリアできた三人はホッと胸を撫で下ろし、ムゲンとハルカは無言でガッツポーズからの堅い握手を決めていた。

 新たな仲間を加えたカフェ・メリッサの一同はそれぞれの仕事着に着替えると午後の営業に取りかかった。

 

 

 

 

 港付近にある街の一角は騒乱に包まれていた。

 その惨劇はなんの前触れもなく開始されたのだ。

 

「だ、誰か! 助けっ……て、ぇ」

 

 一人は異形の腕に首を掴まれて高く吊るされていた。

 

「あ……死にたく、な……ァ」 

 

 一人は注射針のような口吻を頸動脈に突き刺されて大量の血液を抜き取られていた。

 

『ンンン美味ジイイイイイィィ!!』

 

 待ち望んだ甘露を飲み下し、おぞましい異形が周囲の騒音を掻き消すような感嘆の雄叫びを上げた。生き血だ。夢にまで見た人間の生き血をいま上羅エリだった怪物はその口吻と喉で飲んでいるのだ。

 

「ひいいやああああ!」

 

 何の前触れもなく空から降って来て、突然に無差別に歩行者を襲い、吸血行動を始めたモスキートメタローによって平穏だった街は一瞬で地獄絵図に塗り替えられてしまった。

 

『ああっ!? 逃げちゃいやよおおお!』

「がぁ……あああああ!?」

 

 腰を抜かしながら逃げようとしていた女性の背中に向けてモスキートメタローが空いた片腕を伸ばすと手の甲の針がパイルバンカーのように勢い良く射出されて女性を串刺しにした。

 真っ直ぐな針には釣り針のような、かえしが付いていて手の甲に引っ込むと同時に女性は引き摺られるようにモスキートメタローの手の内に連れてこられる。

 

 

『熱くて! 濃くて! 美味しさと感激で頭が沸騰しちゃいそうだわ!』

(まだ生きている様だけど、飲み干さなくていいのかな?)

 

 瞬く間に三人の人間の生き血を堪能したモスキートメタロー。けれど、彼女は襲った人間の命を取ろうとはしなかった。吸血した血液も致死量には至らない様にギリギリのラインで抑えてある。

 

『だって、だってだってだって! 死んだら! この人も生き血も、あの人の生き血ももう飲めないじゃない! そんなのは嫌なのォ!』

(そう。貴女思っていたよりもずっとずっと卑しいのね。好きよ、そういう愚か者)

 

「いやあ、すごいですね。まさに惨劇。まさに暴虐。地獄の使者の様だ」

 

 そんな時だった逃げ惑う人の波に逆らってニューと呼ばれた件の男がモスキートメタローの前に現れたのは。

 

(観察者殿。なんの御用かしら?)

「統括長さんの許しも得たもので、少し遊びにきちゃいました」

『……あなたの血は美味しくなさそう』

 

 さっきまで興奮のあまりに息まで切らして暴走していたモスキートメタローはまじまじとニューを見て、ぼそりと呟いた。

 

「ふはは! 舌が肥えた吸血鬼さんだ。確かにボクとしてもその大きな注射針のような口で血を吸われるのはご勘弁ですね。代わりに差し入れをあげますのでそれでご容赦下さい」

 

 ニューはそんな態度をむしろ気に入ったと言わんばかりに腹を抱えて笑うとモスキートメタローに赤と緑の液体がそれぞれ入ったプラスチック製の試験管を渡した。

 

「使い方は簡単です。二つの液体が混じり合えばお助けヒーローが颯爽登場です」

 

『これ、片方はあなたの――』

 

「おっと! 企業秘密の薬液ですのでお口にチャックをお願いしますね。じゃないと、こちらで縫い合わしちゃいますよ」

 

 何かに気付いたモスキートメタローが不用意は発言を言い終える前にニューの右腕がその顔面を鷲掴みにした。

 彼の腕は一瞬のうちに筋肉質な異形の腕へと変化していた。強いて言うならば真鍮色。金色と言うにはあまりにも毒々しい魔人の腕だ。

 

『ひぎっ!? 怖い! 怖い怖いこわいいい!?』

(落ち着きなさいエリ。貴女は貴女のしたいことだけを考えればいいわ)

 

 頭蓋を握り潰されそうな怪力と美しい風貌の内面に隠された悪鬼羅刹のような闘争本能を垣間見たモスキートメタローは足をバタつかせて子供のように怯え泣き叫んだ。

 

「あーあ、怖がられちゃった」

 

(この半身は上物なの、余計なことをして質を落とさないでもらえるだろうか?)

 

「言われなくてもここから先は観察に努めるつもりですよ。では、仮面ライダーさんによろしくお伝えください」

 

 

 どこか嘲笑うような視線を送りながら、やりたいことを一方的に済ませたニューはエレベーターで上昇するかのように棒立ちで浮遊してビルの屋上へと登ると忽然と姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 開店したメリッサのこの日の客入りはそこそこだった。

 クーが加わり、どこか賑やかさが増した店内でお客たちがコーヒーや軽食を楽しんでいるとBGMとして流してある有線ラジオの音楽が途切れて、動揺を隠しきれないアナウンサーの声が聞こえ出した。

 

【番組の途中ですが緊急速報をお伝えします。ただいま都内○○に不審な姿をした人物が現れ、歩行者を無差別に襲う傷害事件が発生しました。目撃者の情報によりますと犯人は蚊の着ぐるみのような物に身を包み――】

 

「なあ、これって」

「はい。きっと魔人教団です」

 

 飛び込んできたニュースに店内にいたお客たちも途端にざわつきだし、スマホで仔細を確認する者、食べかけで会計を済ませて足早に立ち去ろうとする者など慌ただしくなり始めた。

 

「あら、物騒ね。場所もここから遠いってわけでもないし、今日はもうお客も望めないかしら」

 

 店内に静けさが戻る頃には先程までいたお客たちは全員退店して、一瞬にして閑古鳥状態だった。その有様にシスターは入口の扉に掛けてあるプレートをOPENからCLOSEDに裏返した。

 

「ねえ、ムゲンちゃん」

「はい?」

「今日はもう上がっていいわ。用心に越したことはないからカナタちゃんのこと家まで送ってあげなさいな」

「わーかりました。んじゃ、カナタお言葉に甘えて行くぞ」

「うん! じゃあ、みんなお先に失礼します」

 

 どうやって抜け出そうかと案じていたところに思いがけないシスターの嬉しい言葉に飛び乗ってムゲンとカナタは大急ぎで帰り仕度を済ませて店を出た。

 

「ハルカちゃんは悪いけど、残ってクーちゃんの研修に付き合ってちょうだい。帰りはなんならアタシが送ってあげるわン」

「ど、どうも」

 

 一方で残されたハルカはある意味で、油断できないたった一人の戦いに臨むため決意を新たにしなければならなかった。

 

 

 クーの言葉通りに本当に指輪から召喚できたビッグストライダーにムゲンとカナタはタンデムしてニュースで言っていた地域を目指していた。

 

「どうやって抜け出そうかと思ったけど助かった!」

「ホント! でも、まさかこんな堂々と暴れるのがいきなり出てくるなんて」

「確認するけど、本当に一人にしても大丈夫なんだよな、カナタ?」

「ムゲンの足手纏いにはならないよ、約束する。それに誰かしらいれば小間使いで絶対に役に立つから」

 

 三人で決めたことながら、やはりカナタやハルカが鉄火場にサポーターとして同行することが心配なムゲンにカナタは真摯な眼差しと言葉で覚悟を示した。

 どんな苦境でも三人で乗り切ろう。そう約束して、戦えない者なりに足掻くと腹を括ったのはムゲンだけではないのだ。

 

「俺ぁ、友だちのことをそう言う風に言いたくねえんだけどなあ」

「ふーむ……じゃあ、カナタさんは相棒ということでよろしく!」

「お、おう。そこ、ヒロインとかじゃなくていいんだな、お前」

 

 後ろに乗っているので表情は分からないがとてもやる気と自信に満ちたハツラツとしたカナタの声にムゲンは少しだけ照れ気味に戸惑った。

 

「昔、恋人よりも友だちの方が俺の中ではランク上だって言ってたのは誰だったかな?」

「よく覚えてんなカナタ。分かった、もう言わねえから……後ろは任せるな」

「ドンと来いだよ!」

 

 その言葉に確かに、後ろに控える彼女こそ世界中で一番頼りになる相棒の一人だと噛みしめたムゲンは戦意を叩き起こして愛機の速度を上げて、まだ見ぬ敵を探して道路を駆けた。

 

 

 

 港付近、倉庫地帯にて。

 

 

 

「ムゲンあれ!」

「おっしゃ! このまま突っ込むから掴まれ!」

 

 大小様々な倉庫が建ち並ぶエリアで作業員たちに襲い掛かっているモスキートメタローを発見したムゲンはビッグストライダーのアクセルを全開にして猛突進を仕掛けた。

 

『キイイイ!? 何なのよ、邪魔をしないで! 私は血を飲みたいだけなのよォ!』

 

「それが大問題だろ。あんたの言い分を聞く気はねえ……来いや!」

 

 ギリギリで羽ばたいてビッグストライダーの体当たりを回避したモスキートメタロー。ムゲンはカナタに襲われていた作業員たちの誘導を任せるとドライバーを装着して相対した。

 

 

【1号!×クウガ! ユニゾンアップ!】

 

「変身――!」

 

【マイティアーツ! GO! GO! LET’S GO!!】

 

『トオリャァ!』

 

 素早くメモリアをセットして走り出すと同時に変身完了したデュオルはモスキートメタローが身構えるよりも前にその胸部に鋭い逆水平の手刀を打ち込んだ。

 

『げぶうっ!? ひ、酷い!』

(エリ、彼は貴女の夢を邪魔する悪い人よ。どうするかは、分かるでしょ?)

 

 

 突然の襲撃者に驚くエリの人格にメタローが甘く優しい声で囁いた。

 生き血を吸うことを邪魔する人。明確な敵対者であるとデュオルを認識したモスキートメタローは全身から敵意を溢れださせた。

 ゆらりとデュオルを一瞥すると本物の蚊のように小刻みに背中の翅を羽ばたかせて威嚇を始める。

 

『ねえ、仮面のあなた。あなたの血はどんなお味? 飲ませてよぉおおおお!』

『飲めるもんなら……飲んで、見ろォ!!』

 

 手の甲の針を剥き出しにして刺突を繰り出してきた右腕をデュオルは最小限の動作で捌きながら、逆に手首を掴む。そのまま一歩踏み込んで懐深くに潜り込むとモスキートメタローの身体を担ぎ上げるようにふわりと地面から引き離した。

 

『トオォリャアアアア!』

『ぐひぃ……こ、このおおおお!』

 

 ガラ空きになった胴にデュオルは強く握り締めた拳の連打を叩き込む。

 モスキートメタローはたまらず両目を飛び出させながら悶絶するがデュオルの次の攻めが来る前に慌てて飛行して逃れた。

 

『あ! おい、飛ぶなよバカ!』

『シャアアアァアアア!』

 

 慌ててデュオルもジャンプして追いかけるがその行動を待っていたかのようにモスキートメタローは急旋回して体当たりを決めて弾き飛ばす。

 軽自動車がぶつかったような衝撃を食らったデュオルはめげずに自在跳躍を駆使して、倉庫の壁や大気を蹴って再度追撃を試みる。

 けれど、蚊独特の滅茶苦茶で予想できない軌道で飛翔して襲い掛かるモスキートメタローに翻弄されて、手痛い反撃を何度も受けてアスファルトに叩き落とされてしまう。

 

『ぐおっ!? があ! クッ……クーさんにもらったとっておき、使ってみるか!』

 

 ふらつきながら立ち上がったデュオルはすかさずベルトの右側にあるユーティリティボックスと呼ばれる収納機能に携行されたクーお手製のアーティファクト・Dブレイカーを取り出して構えた。

 

『十字架? 嫌味のつもりかしら、そんなものでええええ!』

『ライフルモード……食らってみな!』 

 

 純白に青いラインが走る十字架を模った大口径ライフル型の武器を構えて、上空から降下してきたモスキートメタローに向けて発砲した。だが、撃ち出された光弾は狙いから大きく外れて明後日の方向へと飛んで行ってしまった。

 

『む……ま、まだまだ! この、当たれって! だぁークソッ!』

 

 ギリギリで転がって攻撃を回避したデュオルはめげずにDブレイカーを乱射したが放たれた弾はモスキートメタローに掠りもしなかった。接近戦では圧倒的な強さを見せるムゲンだが残念なことに射撃の腕前はお粗末だったことが思わぬところで露呈してしまった状態だ。

 

『あっはっはっは! へ・た・く・そ』

『テメエがうろちょろするからだろうがよォ! 蚊取り線香10ダースぐらい焚いてやろうか!』

 

 余裕綽々で空をブンブンと飛び交いイヤミったらしく煽りの言葉を浴びせてくるモスキートメタローに声を荒げるとDブレイカーを手放して、持ち味を活かすとばかりに自在跳躍で周囲を飛び跳ねて相手を撹乱しながら素手での攻撃を試みる。

 

『煙なんかよりも! 血を頂戴よおオオオオ』

『グウウ……アアア! 放せこのッ!?』

 

 しかし、どんなに大気を蹴って空間を跳躍することが出来るデュオル・マイティアーツでも自由自在に空を飛行できるモスキートメタローには分が悪く、紙一重で避けられてしまう。さらにあべこべに首を掴まれたデュオルはモスキートメタローの滅茶苦茶な飛行に巻き込まれて全身を倉庫の壁やシャッターに叩きつけられる。

 

『ええ、お望み通り離したわ』

『のおわあああああ――!?』

 

 トドメとばかりにかなりの上空から逆さまの状態で落とされて、受け身も取れずに無様に地面に強打してしまう。普通ならば即死である自重が自らに襲い掛かる落下による強烈な痛みにデュオルは思わず掠れた呻き声を漏らして身体を仰け反らせた。

 

『この……ハァ、ハァ……やり辛れ』

 

 どうにか身体を起こしたデュエルだがダメージは大きくすぐには立ち上がることが出来ない。呼吸をするたびに微かに血の味を口内に感じながら、蹲ったままどこからか聞こえてくるモスキートメタローの耳障りな翅音を警戒することしか出来なかった。

 

 投げ落とされた場所は倉庫群からは少し離れた波止場。

 周囲には身を隠す建物も積み上げられたパレットなどもなく、いつどこからモスキートメタローに襲われても不思議ではない死角の無い戦場は圧倒的に不利だ。

 

 ただ波の音と、不愉快な虫の翅音、そして未だに苦しそうなデュオルの荒い息遣いだけが聞こえていた。十秒、三十秒、一分が経っただろうか……それから更に数十秒が経った頃だ。一向にしゃがみ込んだまま立ち上がれないデュオルに勝機を感じたモスキートメタローが動いた。

 

『――もらったわ!』

 

 上空からデュオルの後ろ位置に急降下してきたモスキートメタローはそのまま地上を一直線に背後を狙って襲い掛かった。

 

『そうかい……俺もだよ!』

 

 モスキートメタローの鋭い口吻が背中を心臓狙いで刺し貫く寸前でデュオルは瞬時に跳び上がり、身体を捻って奇跡的に避けて見せた。

いや、これは奇跡ではない。苦しげに蹲っていた状態からモスキートメタローに悟られない様にしゃがみ込んだ姿勢へと体勢を変えていた時点で既にデュオルの迎撃準備は終わっていたのだ。

 

 最大のピンチを最高のチャンスに塗り替えて、デュオルは衝動的に脳裏に浮かんだその技の名を叫んだ。

 

『ライダー! ニーブロックッ!!』

『がッ……ハ、ァ!?』

 

 獰猛な肉食獣が狙った獲物を横腹から喰らいつくようにデュオルの膝蹴りが無防備になったモスキートメタローの鳩尾に直撃。加えて背中は肘打ちで押さえつけるようにロックを決めることでデュオルの繰り出した渾身の膝蹴りは牙が肉に食い込むように深々とモスキートメタローの異形にめり込んだ。

 

 これこそは技の1号の異名を誇る仮面ライダー1号が編み出し、伝家の宝刀ライダーキックと共に数々の怪人たちを葬った48の技の一つだ。

 

『こいつは没収だぜ!』

『ぎいいいやああああ――!?』

 

 デュオル会心の一撃で呼吸も出来ないダメージを受けたモスキートメタローは両腕で腹を抱えながらゴロゴロと転がった。ようやく掴み取った好機を逃すことなくデュオルはまだ起き上がれないモスキートメタローの両脇を踏み押さえ、注射針めいた口吻を両手でしっかり握り締めて力任せにもぎ取った。

 

『ひっ……ひん! ヒィイイイ! い、痛いわ……それにこれじゃあ血を、血を吸えない!』

(観察者の力を使うのは癪だけれど、優先すべきは我々の無事よ。アレを使ってみなさい)

『わかったわ』

 

 口元から流血のように光の粒子を垂れ流して耐え難い痛みに泣き喚くモスキートメタローはデュオルから逃げながらニューから渡された二本の試験管を地面に投げつけた。

 

『なんだ……沸騰してるのか? いや、こいつは!?』

 

 後を追いかけるデュオルの目の前で二種類の薬液が混ざり合うと、瞬く間に薬液は泡立ち、信じがたい光景を目の当たりにしたデュオルは思わず足を止めた。なんとブクブクと膨らみ続ける泡の中からグロテスクな人型の異形が無数に湧き出し始めたのだ。

 

「GAAAAAAA!」

 

 怪人態のメタローよりも、もっと生物的で不気味なそれは二本の触角を額から生やしたバッタ型の怪人たちだった。だが、彼らからは知性のようなものは感じられない。

 彼らはデュオルを見て何かに勘付いたような反応を見せると次々に甲高い声で獣のような咆哮を上げ出て猛然と襲い掛かってきた。

 

 そして、その成り行きを遥か遠方から眺めている存在がいた。

 

「お、成功だ。そうだな、飛蝗男と呼ぶには不出来だし、デミホッパーとでも名付けてあげようか。さて、集団戦はどう切り抜けるのか、お手並み拝見だよ、仮面ライダー」

 

 高層ビルの屋上の端に腰を下ろしたニューはどこから仕入れたのか、カップに入ったポップコーンを口に運びながらデュオルの戦いを観戦していた。

 

 

 

 舞台は再び波止場に戻る。

 無数のデミホッパーと対峙するデュオルは一対多数という戦況を前に僅かに放心していた。けれど、すぐにこの状況を理解すると明らかに戦意が滾り、全身に力が入る。

 

『多勢に無勢で袋叩きか? よりにもよって、俺相手に?』

「GAAAAAAAA!」

『出直してこい! 虫けら風情がよおおおおお!』

 

 怒りというよりも苛立ちに近い刺々しい感情を爆発させてデミホッパーたちを迎え撃つデュオルの暴れ振りは並みの激しさではなかった。

 囲まれるよりも前に一匹を集中攻撃して完膚なきまでに叩きのめし、そのまま別の個体へと投げつけて相手側の動きを邪魔しつつ障害物が多い倉庫群へと戦場を移動。

 

『この手応え……頭数が多いのが売りの雑兵どもってことか』

 

 一度に複数人が仕掛けられないような状況を作り出し、可能ならば相手同士の攻撃の誤爆を誘いながらデュオルは慣れた様子で次々にデミホッパーたちを蹴散らしていく。

 仕留められたデミホッパーは敗れると死体も残さず融解して、次々に数を減らしていった。その手際の良さは戦いのセンスが良いというよりは数え切れないくらいの経験を得て体に染みついた慣れの動きと言った方が相応しい鮮やかな立ち回りだった。

 

『お! 槍かこれ? こういうのは大歓迎だよ、クーさん!』

 

 移動しながら暴れ回る道中でデュオルはDブレイカーを拾い直す。そのまま、銃型形態を変形させるとDブレイカーの銃身が後ろへ引っ込み、代わりに銃床部分から柄が伸びる。そして、銃身が隠れた十字架の縦のアームからはグレイブに似た片刃のブレードが展開した。

 

『解体してやらぁ! エセバッタども!』

「GAA……AAAA!」

 

 Dブレイカー・スピアモードを構えたデュオルは風車のように振り回し豪快な斬撃を浴びせまくり、デミホッパーたちを一気に斬り伏せていく。

 そして、最後の一匹を力の限りに刺し貫いて全滅させるとモスキートメタローの行方を探したが本命の方は既に海上の方角へと飛び去ってしまっていた後だった。

 

『フゥー……フゥー……逃げられた。なんだよあの蚊ァ、春もまだなのに元気良すぎだろ』

 

 大きく肩で息をしながら、恨めしげに海を睨みつつデュオルは変身を解いた。

 相性の悪い相手に苦戦を強いられたムゲンはうんざりした顔で文句を垂れつつ、あきらめてカナタと合流するために波止場を後にする。

 

 

「ムゲーン! 大丈夫だった!」

「悪い。痛み分けで逃げられた。あれだな、虫よけスプレーとか買っとけばよかったぜ」

 

 作業員を逃がした後、パニック状態で収拾がつかなくなっていた襲撃跡地へ救急車の手配など出来る範囲の事後処理とフォローに奮闘していたカナタの元へ戻ったムゲンは苦笑いして軽口を叩いて強がってみせたが言ったそばから、ふらついて転びそうになる。

 

「おっと……ごめん、嘘です。結構ボコられた」

「周りに誰もいないから、少し休みなよ。ほら、ひざ貸してあげるから」

 

 ムゲンを支えながら人気のない倉庫の軒下まで移動したカナタはその場に座って自分の膝をぽんぽんと叩いて、横になるようにムゲンに言った。

 

「いや、その辺に寝っ転がってれば十分――」

「カナタさんの、膝枕を、使いなさい」

「……恐縮です」

 

 疲れよりも気恥ずかしさが勝って遠慮するムゲンだったがものすごく優しい笑顔でにじり寄るカナタの重い圧にあっさりと根負けする。そーっとカナタの健康的に引き締まり、ほどよく柔らかな膝に頭を乗せたムゲンは彼女のぬくもりをすぐ傍で感じたこともあってか気を張っていた全身の力がゆるりと抜けて、日向ぼっこでもしているように顔を緩ませた。

 

「すっげ落ちつく。カナタさん、流石のお膝でございますよ」

「ん、素直なことはいいことです。それにこれぐらいはやらせなさい。私としては全然足りないつもりなんだから」

「そんなことないさ。実感したよ、カナタがいなきゃ今回俺……相当ヤバかった」

 

 自分を見下ろすカナタの顔をまじまじと見て、ムゲンは安心しきった笑顔を作って見せながらそう言った。いつも五月の風のように涼やかで快活な姿で周囲を惹きつけるカナタの口元から微笑みが消えていた。それがムゲンには見過ごせなかった。

 

「ホントに?」

「逃げ遅れた人や、怪我した人やらに気が散ってたぶん、二回くらいは死んでたよ」

 

 何でもそつなくこなしてしまう才女の仮面を被っているが真実はというと常にストイックに最高の自分をイメージして自己研鑽を怠らない努力家なカナタと言う少女の本当の顔をムゲンは知っている。

 だから、うっかり命を落としかねない危険地帯で身を守る盾も鎧もない彼女がただの女子高生がやれる領域を超えて手助けをしてくれたのに、そんな風に力不足を悔やんで落ち込むような顔は見たくなかった。

 

「くす……そっか、じゃあ命の恩人だね」

「おう。そんなわけでこれからも命は預けとくからよろしく頼む」

 

 やっと、笑顔が戻ったカナタを見て。

 やっと、誰かに頼ることに慣れてきた自分を受け入れて。

 ムゲンはようやく、完全に吹っ切れたように肩の力が抜けた気分だった。

 

「ねえ、今度の相手はそんなに強かったの? ムゲンでも勝てないくらい?」

「どっちかというと、戦い難いって感じだな。本物の蚊みたいに無軌道に空飛ぶもんだから、鬱陶しいったらない」

 

 自分の頭を撫でながら尋ねてくるカナタの言葉にムゲンは戦ってみて実感した所感を素直に伝えた。やはり、いくら跳躍に優れていても自由に飛行する相手には分が悪い。その上、鳥とは違ってひたすらに神経を逆撫でしてくるような不規則な軌道は困りものだった。

 

「みたいだね。私の方からも外れて変なとこに飛んでく弾が何度も見えたよ」

「はずいから触れて欲しくなかったんですけど、カナタさんや」

 

 更に、唯一の対空手段である射撃がムゲン痛恨の技量不足で役に立たないのは手痛かった。その上、カナタにも的を外しまくっていたことがバレていたことにムゲンは激しく狼狽する。

 

「今後の課題は課題でしょ? そこはカナタさんも心を鬼にしてツッコミます。つまりさ、敵が飛ばなきゃムゲンが勝てそうなんだよね?」

「まあ、大丈夫だと思う」

「んー……うん。ふむ、あれならいけるよね、よし」

 

 地上に引きずり降ろせば勝機はある。

 ムゲンの宣言を聞いたカナタの瞳に天啓が閃いたような輝きが宿った。ムゲンを膝枕したたまま、きょろきょろとまわりを見渡しながら、彼女は持てる知識を総動員して反撃の糸口を模索する。

 

「おーい、カナタ? なんか一人で納得してるみたいだけど、何する気だ?」

「ムゲン。カナタさんには策があります」

 

 

 凛とした声でそう告げたカナタは自信に満ちた不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 




区切りのいい場所までと書き進めていたら、かなりの長さになってしまいまして、ここまでお付き合いいただいた皆様、誠にありがとうございます。
どうしても冗長になりがちなのでもう少しコンパクトに纏めてみたいものです(汗)

どうでもいいけど、シスターのCVは子安武人さんをイメージしてますぞ(荒川アンダーザブリッジは特に意識はしてないはず)

次回もよろしくお願いします。


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