今回もどうにかこうにか最新話投稿となりました。
よろしくお願いします。
双子の話をしよう。
初めて自分たちの予想を外れた言葉を告げた少年に出会ってから、双子は彼を観察することにした。事前に調べてみたが彼の名前が双連寺ムゲンで、遠方の地方からやってきたということぐらいしか分からなかった。
なので、彼と言う人間がどういう人物なのかを知るにはその行動や他人との繋がりを観察するのが一番だと双子は考えた。
けれど、その観察から得られる情報も微々たるものだった。結論から言うと彼もまた独りでいるのがデフォルメのような人間だったのだ。
素行の悪い不良と言うわけでも、言動が暴力的なわけでもない、むしろ口数少ないながら二人が見る限り彼は誰に対しても穏やかな話し方で接しているようだった。ただし、どちらかと言えば強面と言うべきか、特に目つきが悪く死んだ魚のように覇気がないせいか、話しかけた側の生徒が勝手に怖がっているという印象はある。
休み時間も食事を済ませたら静かな場所へ行き、特に何もすることも無く無為に過ごしていた。まるで他の誰かの邪魔にならない様に賑わいや騒がしい場所から離れるようにも見えた。
そんな風に彼を観察している内に双子の胸の中に思ったのは自分たちに彼はどこか似ているのでは? という一つの考えだった。
ただ異なりを覚えたのは自分たちが周りの人間が疎ましいので姉と弟の一対で在ることに拘っているのに対して、彼は――双連寺ムゲンと言う少年には周りの人間や世界への疎ましいと思っている素振りさえ感じられなかったことだ。
まるで彼はそこにいるだけの意味しか持たない空気、もしくは燃え尽きた灰のような虚ろさがあった。
双子は気がつけば彼のことが気になって仕方がなかった。十五年間もの間、自分たち以外の人間など誰も彼も同じ顔のようにしか見えなかった他人にここまで興味を引くのは双子にとって初めての経験で、初めて感じる胸の高鳴りがあった。
彼とじっくりと話がしてみたい。そう考えながらも、なかなか行動に移せずにいた双子であったがその機会は存外に早く訪れることになった。
四月。城南学園高等部一年生・スポーツテスト当日。
「よし、それじゃあ各自二人一組になって順番に測定を行うように」
体育教師の号令で生徒たちはばらばらと動き出し、古くからの友人や高校で出会い親しくなった者同士それぞれでペアを作っていく。春のスポーツテストの日のことだ。
ある意味で友達がいない陰キャでボッチ属性の人間にとって地獄のようなイベントが好機となった。
「双連寺、オレと組んでくれないか?」
雑音のように聞こえる周囲の男子生徒たちの誘いの言葉には目もくれず、案の定少し浮いていてまだ一人だったムゲンにハルカは迷わず声をかけた。
「ありがたいけど、天風……くんは俺でいいの?」
周囲のざわめきや姉の方に気を使って少し間を置いてハルカのことを君付けしながら怪訝そうにするムゲンにハルカはニッと強気な笑みを見せた。
「あんまり実力差がありすぎるとパートナーが可哀そうだろ。このクラスでオレと互角に競り合えそうなのは思うに双連寺だけみたいだからな。で、ついて来れそうか?」
ハルカはなんの躊躇いも無く、キメ顔でそう言ってのけた。
残念なことに長年の特殊な人付き合いの方法が災いしてか、弟の方はここ一番で絶妙に他人との距離の詰め方がおかしかった。
「……うん。そだな――言っておくが俺は山育ちだ。お前の方こそ、俺の全力に乗り遅れてくれるなよ」
少し反応に困った顔を見せるもムゲンは即座にキメ顔とキメ声を作って応えた。
後に、天風ハルカは語る。「男子高校生特有のバカなノリに救われた」と。
結果としてハルカは学年総合成績第三位にランクイン。女子からの人気を不動の物とした。
一方でムゲンはソフトボール投げで力み過ぎによる大暴投が響き、学年総合成績第七位に収まった。そして同時に握力計を片手で握り壊すと言う前代未聞の伝説を作り、生徒の間でより一層恐怖されることになったという。
紆余曲折がありながらも、こうしてハルカはムゲンとの接点を作ることに成功した。そして、弟が突破口を開いたことで姉の行動も迅速な物だった。
それはその日の昼休み、食堂棟でのことだった。
気がつけばハルカが姿を消し、少し気にはなりつつもいつものように人気の少ない隅っこの席でムゲンが昼食を食べ始めた時のことだった。
「ヘーイ! おいしそうなもの食べてるじゃないか、ムゲンくーん! カナタさんと50/50の秘密の取引をしてみないかな!」
いつも持参している弁当箱を勢いよくテーブルに置いて、ムゲンの向かいの席に座りながらカナタはご機嫌なテンションで話しかけてきた。
姉の方も残念なことに初めて興味を抱いた本命の相手の前では他人との距離の詰め方を絶妙に間違えていた。
「……うん。そだな――ハルカも呼んでフリーマーケットな感じでもいいなら」
しばし席を外し、お茶を注いだ二人分のコップを持ってきながら、少し苦笑いを浮かべてムゲンは楽しみそうに応えた。
後に天風カナタは語る。「あのフォローがなかったら高校生活ちょっと終わってたかな」と。
けれど、けれど、こうして彼と繋がりを得た双子は半ば押しかけ纏わりつく形で双連寺ムゲンという少年と日々の行動を共にするようになった。
まだお互いに、これが友達と呼べるものなのか実感も確証も持てないままに。
閉店後のメリッサ店内にて――。
打倒モスキートメタローのためのロケーション・ハンティングを済ませてカナタとムゲンがメリッサに戻ると居残り組のハルカとクーも一緒になって早速、作戦会議に入った。ちなみにクーが住み込みになったことでシスターは連絡用の予備のスマートフォンを彼女に貸して既に帰宅していた。
「それじゃあ、私の思いついた作戦を説明するよ。最終的には空を飛ぶ敵を飛べない様にするものなんだけど、これは一発逆転なんて都合のいいものじゃなくて、積み重ねが物を言う代物です。つまり、私たち四人で……勝ちに行くよ」
一呼吸を置いて、カナタの口から告げられた気合の一言に三人の顔つきも引き締まる。
「おうよ! リベンジマッチだ」
「ドンときやがれです!」
「それでカナねえ、具体的にはどんな段取りでいくの?」
ハルカの問いにカナタはタブレット端末に表示した地図アプリを三人に見せながら順を追って説明を始めた。
「まずメタローが次に現れたら、ここの倉庫だらけで袋小路になってるこの行き止まりのポイントに誘導するんだけど」
「任せろ。あの蚊、イカれたヤバい奴だったけど、たぶん煽ればムキになって追い掛けてくるタイプだ」
「そっか、じゃあ誘き出す手段はムゲンのアドリブにお任せします。その道中に二つばかりトラップを設置するんだけど、いやぁ我ながらちょっと発想が石器時代過ぎるとは思うんだけど、これを使います」
そういうとカナタは店の観葉植物の鉢に敷かれた玉砂利の一つを手に取ってみせた。
「石? いや、確かに弓矢鉄砲なんてないし、あっても俺じゃ当たらないと思うけど……流石にこんな石ころはどうだよ?」
「そうだね、確かにこんな小さな石一個じゃ当たってもどうってことないだろうね」
「ああ、そういうことね。でもカナねえ、どこで数を調達する気なの? この辺の神社やお寺に忍び込んで拝借するのはちょっと罰あたりじゃない」
不安そうな顔をするムゲンとは対照的にハルカの方は姉の狙いに勘付いて、その罠を用意するための問題点を指摘した。
「そこは穴場の目星をつけてあるよ。クーさん、一つ確認したいことがあるんですが?」
「なんですか?」
「クーさんのランプって色んな物が質量や大きさ無視して収まっていますけど、空き容量みたいなものってどれくらいありますか? できたら石ころを台車に二杯分ぐらいの空きがあれば幸いだったり」
「おお! 私も分かっちゃいましたよ! ご安心くださいな、台車と言わずトラック満杯に詰めても余裕ありです。人類最古の一斉射撃をぶっ食らわせてやりましょう!」
「あー……クーさんのリアクションで俺も分かったわ。石ころのショットガンぶっ放すわけな」
会話の中に散りばめられたヒントから罠の全容を察したムゲンはカナタの発想に恐れ入ったと苦笑した。カナタの考えた罠と言うのは一度に散弾銃さながらの広範囲におよび大量の投石を飛行するモスキートメタローに浴びせようと言うものだった。
「ふふん! それもデュオルのパワーでね。でも、それも陽動なんですよ、これが」
彼女の言う通り、デュオルの常人離れした腕力からの投石は通常の比ではない。けれど、カナタはさらに不敵に笑って本命の存在を仄めかす。
「そうだな。もし上手く命中して地上に落とせてもまた飛ばれたら意味がない。オレ、たぶんカナねえのプランの全貌理解できたと思うんだけどさ」
「聡いねハルくん。こういうときに私たちって説明とか省けて助かるよねー」
「ついでに、不安材料言ってもいい? 肝心の本命の罠はどうするの? 確か、トリモチっていま本業の猟師さんしか買えないよ」
「カナタさんに抜かりなしだよ。いやぁ、日本のホームセンターバンザイと言っておくよ」
ハルカの懸念も想定の中とばかりにカナタはニタリと笑って肩を竦めた。実のところ既にメリッサへと戻る道中に目当ての品がホームセンターで難なく購入できる品だと言うことは端末で調査済みだったのだ。
「さて、ムゲンが手傷を負わせたとはいえあのメタローがいつまた暴れ出すか分からないから明日から下準備のために行動開始と行こうと思うんだけど、ムゲン!」
「はいよ!」
「ムゲンは体が資本だからしっかり休んで英気を養って……と、言いたいところですが特別ミッションを与えます」
「任せろぃ! で、何やればいいんだ? さっき言ってた石ころ集めならトラックと言わずにダンプカー一杯にでもかき集めるぜ?」
力仕事なら任せろと肩を回して意気込むムゲンにカナタは意味深に顔を近づけると意図したような甘い声で告げた。
「あのね、ムゲン。ムゲンくんは素敵で楽しい大特訓のはじまりだよ?」
「は……い?」
文字通り、ムゲンにとって忍耐と根気が物を言う避けては通れない苦行の始まりだった。
※
上羅エリの個人事務所にて。
「痛い。痛いわ……嗚呼、とっても痛い」
(安心なさい。いまの貴女ならその程度の傷、明日の日没までには回復するわ)
デュオルとの戦闘で逃げ帰ったエリは口元を口裂け女のように包帯を巻きつけた状態で事務所のソファーに身を横たえていた。
時計の針の音と彼女の呻き声だけが聞こえる部屋のなかでそんなエリを慰めるようにメタローは優しく囁いてくる。
「ええ。けど、違うのよ。妖精さん……痛いのは私の心なの」
(それは罪もない人たちを襲い、その生き血を手当たり次第に飲み漁ったことへの罪悪感かしら?)
メタローからの常識的な視点からの問いにエリは身を引きつらせながら、狂ったような高笑いを上げ出した。そして、両腕で自らの体を掻き抱くと身震いしながら喋り始めた。
「きひっ……ひいあっはっはっは! 違う、違う、違うのよ! 犬や猫さんたちに悪いことをしちゃったなあって思ったの! 人間の生き血に比べたらあんなに不味い血のために痛い思いをさせちゃったなあって! エリはいまとってもとおっても後悔しているのよぉ」
(貴女、芯から怪物だった様ね。可哀そうによくもまあ長い間ずっと自分を隠して生きてきたのね。辛かったでしょう、窮屈だったでしょう? でも、もう何も遠慮することはないのよ)
「この溢れる想いを誰にも晒せなかったわ。どうせ言っても理解されないと思っていたから、傷つくのが分かっていたら何も言えなかったし、誰にも言えなかった。でも、人間じゃない妖精さんの貴女には何を言っても平気だわ」
ずっとずっと我慢してきた。
否定されるのが怖くて、拒絶されるのが怖くて、理解されないのが怖くて。
上羅エリには本当の意味で分かりあえる人間が誰一人も居なかったのだろう。
(そうね。我々なら貴女のこともおもしろい物だと許容しましょう。おぞましくも価値ある物だと力を貸しましょう)
彼女の世界を、彼女が自分の意思で他者に打ち明けられる機会と言うものがあったのかは定かではない。そこに彼女の血飲への理解があったのかも誰にも分からない。
「うん! うん……うん! 本当にありがとうね妖精さん。私もお礼にたくさんがんばるわ! 貴女の望みを叶えるお手伝いをしてあげる。どんな風に壊れてしまうのかは分からないけれど、頑張ってこの青い星が、空が、海が、全部ぜんぶ血塗れの真っ赤っかになってしまうほどに世界に傷をつけてあげる。傷だらけにしてあげる!」
だが、結果としてついに上羅エリは同じ世界の人間の誰にもその本性を明かすことがないままに、理性と言う枷を全て解き放った。
そうして生まれた無垢にして壊れた吸血鬼は異世界からの侵略者の甘言のままに世界に牙を向け続ける。
※
翌日。
朝早くから郊外にある人気のない古びたスタジアムから乾いた銃声が絶えず鳴り響いていた。デュオルとスパイダーメタローが戦いを繰り広げたあのスタジアムである。
幸いなことにモスキートメタローの凶行は一躍大きな騒ぎとなり、ムゲン達が通う高校も生徒の安全を最優先として臨時休校となった。
そのため、ムゲンは半ば強制連行という形で早朝から課題である射撃の大特訓の真っ最中だった。
『だー……やっと三十個か、終わる目処が見当たらねえぞ、おい』
灰色の戦士の姿。そして、その傍らには大量のピンポン玉が入った公園によくあるゴミ箱が置かれていた。
スタンダードフォームの状態で用意したピンポン球を空高く放り投げてはそれをDブレイカーで狙い撃つという気の遠くなるような反復練習をかれこれ三時間近く行っていることになる。
「よォ! やってるなムゲン。ほら、飯届けに来たぞ」
「サンキューな。うん……なんか多くねか?」
そんなことをしていると大きな包みや荷物を携えたハルカがスタジアムに顔を見せ、ムゲンも変身を解いて、差し入れの多さに首を傾げながら小休憩に入った。
「そりゃあ、昼と夜用だそうだからな。あと、お前の家からランタンとかシュラフとかも持ってきたぞ」
「泊まりがけでやれってか!? 流石に夜までには全部撃ち落とせるって……たぶん」
「ちなみに進捗は?」
「朝六時半から初めて全体の三割ってとこか」
「おぉー頑張ってんじゃん。うん、ごめんなムゲン。追いピンポン玉だ」
正直なところ、まだあまり上達していると胸を張って言えずに目を泳がせるムゲン。そんな彼に若干の申し訳なさを感じながらハルカは持参した紙袋に入っていた百個近い追加のピンポン球をゴミ箱に流し入れた。
「うっそだろ! ほぼ二倍じゃねえかよ。っていうか、こんなにどこでピンポン玉仕入れてきたんだよ? 卓球屋さんが商売にならねえぞ」
「卓球屋さんってなんだよ。いや、昨日の中に卓球部の知り合いに捨てるようなのないかって聞いたら中等部の方にも声掛けてこれだけまとめて首尾良くもらえたんだよ」
「くそ、人気者はすげえなホントに」
頭を抱えて飛び跳ねて騒いだり、項垂れたりとかなりナーバスになっているムゲンにエナジードリンクを渡しながらハルカは至極真っ当な意見を交えつつ励ました。
「大変だろうけど、折角もらった武器も使いこなせないんじゃ宝の持ち腐れだろ? スキルアップは大事だ」
「それはそうだがよ……だからって、カナタのやつ人質まで取るか普通?」
そういって、珍しくムゲンは不服そうにいじけてみせた。
実のところ、彼はカナタによってやる気と気合を出させるために大事な私物を差し押さえられていた。
「ちょっと良いテント隠されたくらいで大げさな」
「テントコットな! 高床式で山でも海でも、なんなら田んぼの真ん中だろうと、どんな場所でも安心にキャンプできる優れもんだ!」
「熱弁されてもなぁ。ムゲンの尻に火をつけてでも早く上達してもらいたいと願ってのことだと思うから、見逃してやってくれ」
いつものなら絶対にハルカやカナタにはしないであろう語気激しめの荒ぶる態度で訴えるムゲン。それだけ、彼はアウトドアな趣味に熱を入れて、以前からさり気なく布教もしているわけなのだが残念なことに天風姉弟にはそこまで浸透していない。
「その素早く上達の参考までになにかアドバイスはねえのか?」
「練習あるのみだろ。気合とガッツだ」
「意味一緒じゃねえか! いまどきプロレス業界でもそんなゴリラ脳な体育会系理論ねえよ!」
「こういうのは兎に角数こなして体に上手くやるコツを覚え込ませるのが定石だろ。バイトのソフトクリームを上手く巻くのもそうやって覚えたじゃん」
「アレかぁー……思い出すだけでも胃がもたれてくる」
約一年前のメリッサでバイトを始めたばかりの甘く苦い記憶が蘇り、ムゲンは渋い顔を浮かべた。あの時は純粋に上手くやるコツを体に馴染ませるのにも苦労したがやたらと密着して手取り足取り教えてくるシスターの圧にも恐怖したことを鮮明に思い出しそうになって慌てて首を振った。
「さて、あんま長居してもムゲンの特訓時間を浪費させるだけだから、オレはお暇するぞ」
「はあ!? 帰るの? ここで一緒に特訓に付き合ってくれる流れだったろうよ? この状況で俺のこと一人にさせるわけか、孤独な戦いを続けろと?」
「あのなぁ? 言っとくがオレはオレでこれからたった一人の戦場なんだよ」
何故か薄情な態度の友人に文句を言うとハルカは何故か足元を微かに震わせながら恨めしそうな顔で逆にムゲンを睨んだ。
「カナねえはクーさん連れて罠の準備に出払ってる。さてここで問題だ。メリッサは学校と違って休みにはならない、客も入る。シスター一人じゃ流石に手は回らない。となると、その相手は誰がすると思う? そう、オレだ!」
まるでどこかの構文みたいな言い回しでヤケクソ気味にハルカは笑っていた。
それはまるで自分の死に場所を悟った孤独なソルジャーだ。
「オレが丸一日、シスターと二人っきりであの店を支える日なんだよ。あの美しき肉食獣のシスターと仕事中も休憩中もずっと二人きりだ。オレは今日、自分の尻の無事を何度神様に祈り続けなきゃならないと思う?」
「ま、まあ……シスターは良い人だから大丈夫でしょ。オカマだけど。ケツくらいなら俺も撫でられたことあるし、スキンシップだって」
「店のパソコンのネット履歴にメカクレ・イケメンって残っていてもまだそう言える?」
神も仏もないんだと言いたげな、絞り出すような声でハルカはぼそりと言った。
現実は非情である。
「……お互いに幸運を祈ろうか」
「分かってくれて、ありがとう。じゃあ、ムゲンも根詰めすぎないようにな」
そう言い残して、ハルカはハルカで覚悟を決めたのか謎めいた爽やかな笑顔でスタジアムを立ち去った。
また一人になったムゲンは誰かと話したことで胸の内がスッキリしたのか肩の力を楽にした様子で再びDブレイカーを手に取る。
『そうだな。みんなも頑張ってんだ……だったら、俺が泣き言なんざぁ言ってる暇はねえよな!』
私たち四人で勝つ。そう言ったカナタの言葉を思い返して、気合を入れ直したムゲンは無心になってピンポン球を狙い撃つ特訓を再び邁進し始めた。
※
東京郊外・とある河原にて。
「よいしょっと! ふぃー……これでようやく最低限は確保できたかな」
「カナタさんお疲れ様ですぅ。一杯目は無事に言われたポイントにセット完了ですよ」
平日でさらに都内で凶悪事件が発生したこともあってオフシーズンでもアウトドアを楽しむ家族連れや、釣り人がちらほら見かけるこの河川も今日は人っ子一人見かけない。
絶好の採取場所となったこの場所でカナタはクーを伴って朝早くから作戦に使う投石に丁度いい大きさの石集めに勤しんでいた。
「でも、これ本当に二回分も要りますか? 一杯だけでも十分な気が……」
「いえいえ。二回するのが肝なんですよ。いくらグロいモンスターになると言っても、この間の蜘蛛お化けもそうでしたけど、思考そのものは人間です。なら、二回同じ罠があれば当然三回目もあると無意識にでも地上に警戒が向きます。可能な限り、頭上への注意は薄くしてもらわないと困ります」
自信あり気にそう持論を語るその姿はジャージに軍手に首にはタオル。学園の彼女に憧れを抱いている生徒たちが見たら卒倒してしまうような格好だ。
「ありがとうございます。おっと、もうこんな時間か……もう少し集めておきたかったけど切り上げかな」
「十分な気がしますけど? ちょっと、カナタさん! う、腕のとこあちこち切れてますよ!」
首筋を伝う大量の汗を拭きながら、一応の成果にまずまずと笑みをこぼすカナタの袖をまくっていた白い腕からは採集中に尖った岩などで切ったと思える生傷が遠目で分かるくらいについていた。
「これ? 手や指は軍手でカバーできるけど、腕の方はねえ。まあ、ちょっと汗が染みて痛いくらいだから平気へーき」
「はあ……でも、ちゃんとケアしないと跡が残りますよ」
「もちろん。そこまで無頓着なことはしませんよ、とはいえお気遣い感謝です。さて、じゃあそろそろ移動して肝心の秘密兵器を買いに行きましょうか。第二ポイントへのトラップ設置もありますしね」
けれど、カナタはというとクーの心配に感謝しながらも他人の目など知ったことかとばかりに晴れやかな笑顔を浮かべて飄々とした構えだ。
「ええ。こんなことを言ったら失礼かもですけど……カナタさんって意外と行動派なんですね? てっきり、参謀といいますか昨夜の様子だとどっしり構える軍師ってイメージでした」
ランプに小山を築いた石ころを収納して、道すがらにクーは不意に自分が抱いていたものとは随分と違っていたカナタのイメージを素直に本人に伝えた。
「私は私が納得できるまでは手を抜かずにやる主義なだけですので。でも、それはそれで恰好良いですね。ホームセンターでそれっぽく見える鞭もついでに買っておきましょうか?」
その言葉にカナタは一瞬きょとんとした顔を浮かべるも、すぐにいつもの涼やかでどこか掴みどころのない笑みを見せて、おどけてみせた。
「買えるんですか!? この世界のホームセンター恐るべしですよ!」
「どうでしょう? 材料くらいは揃えられるかもですよ」
身を乗り出してオーバーリアクション気味に驚くクーの姿を面白がって、カナタはさらにニシシと悪い笑顔でとぼけてみせる。
彼女も無自覚ながらハルカとムゲン以外の他人にこんなことは普段なら絶対にしない行為だ。
「クーさんがどう思っているかは知りませんが私、意外とあくせくと動き回るタイプなんですよ。座して、あれこれと手配するのはどっちかというとハルくんの得意分野ですし」
「そうなんですか?」
「はい。なにしろ、私たち双子揃って困ったことに他人と言うものをほぼ誰も信用していないタチでして、大事なことは自分でやっておかないと気が済まないんですよ」
「はあ……はい!? もしや、私もその他人のカテゴライズに入れられてる感じですか? いや、普通はそうですよね、だってまだ知り合って一週間も経ってなぁーい」
さらりと教えられた爆弾発言にクーは自分でノリツッコミのような掛け合いをしながら盛大に仰天した。
「あはは! やっぱりクーさんって面白い人ですね、さっすが魔術師さんです。ドン引きされて気まずい沈黙が流れるかと思いました」
「いやぁ……それほどでも。というか、割と現在進行形で心臓バクバクしてますけども。あのぅ、もしや過去に厄介な詐欺師とか怪盗気取りのサイコ野郎みたいな輩の被害にでも遭いました?」
「そういうわけではないんですけどね、まあ双子なんて間柄で姉弟仲良く生まれてしまうとこれはこれで苦労することもあるんですよ。性別も違うし、あんまり見た目も似てないのに不思議なものですよねえ」
(髪形と服装をとっ替えてたら入れ替わっても気付かないとは口が裂けても言えねえですよ)
「正直なところ、本当はこんなことも他人には絶対に話したりはしないんですからね。こんな気まぐれはムゲン相手にハルくんとぶっちゃけて以来です」
そう口にして、カナタは別段大した話でもない様に自分たちの少し特異な生い立ちとムゲンとの出会いを話して聞かせた。
「なんとなく、お三方が友人の領域を超えて運命共同体みたいな一体感の理由が分かりましたとも。そりゃあ、ムゲンさんがなんでもホイホイと受け入れちゃう懐広い感じになるのは納得です」
何の躊躇いもなく打ち明けられた個性的と言うべきか、闇のような物を抱えた双子の過去とムゲンとの出会いを聞かされたクーはしばらく何とも言えない様な顔をしていたがこの数日目の当たりにしてきた彼らのありのままの姿を思えばと自然と受け入れた様子を見せていた。
「そこなんですけど、ムゲンは最初からいまみたいな感じでしたよ。幾らか、他を寄せ付けないオーラは出してたかな?」
「あれ天然物なんですか! お腹や生足出して爆睡してた女が目の前で食事をケチャップ塗れにして美味しく食べだす光景ってこうして自分で声に出して言ってみると相当にやべー女だと震えているんですが」
「おっと、それは初耳かな? あとで詳しくお聞かせ下さい」
うっかり口が滑ったクーはすかさず反応したカナタの凄みのある、いい笑顔にYESともNOとも言えずに愛想笑いで押し通した。
「でも、クーさんの言いたいことは尤もです。ムゲンの大らかさはなんなんでしょうね。私たちが目の前でキスしても、アリかナシかで言ったらアリだろう。愛が無いより、たくさんある方が良いに決まってる。だなんて、平気の顔してるんですよ……自分たちのことを棚にあげますがちょっとドン引きでした」
「キスって……あのキス? 口づけ、接吻のキス? ご姉弟でデスか?」
「はい。まあ、小さい頃からよくやってましたし、親愛の印で。ただ、あのときは値踏みといいますか、どこかでちょっとムゲンのことを試してたんだと思います」
顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げるクーを尻目に少しだけ、悪いことをしたと反省したような顔をしてカナタは語る。
それはスポーツテストの日の後の出来事。
彼女たちがムゲンに不思議そうに思われながらも拒絶も否定もされず、かと言ってへりくだって取り入ろうという素振りもなく、ただありのままを受け入れられていたように接されて間もない頃の話である。
「十五年も必死になって守ってきた私たち双子だけの世界をそんな簡単に変えてしまってもいいのかな? 私たちを真っ直ぐにまっさらに見てくれるこの男の子は本当に私たちに相応しい人間なのかな……いえ、きっとあの時は私たちがムゲンに相応しいのかなって気持ちだったのかも」
「一生の中に本当の理解者に巡り会える機会と言うものはそう巡って来るものではありません。人によってはその機会さえ与えられない物だと思います。でも、お三方はその機会を掴めた……まだ三日もろくに時を過ごした私が言うのも変ですが、カナタさんたちは何と言うか三人でいるのがすごくしっくりとくる感じがしますよ」
「だと、嬉しいんですけどね」
そんなカナタの告白にクーは本来の陽気でおちゃらけた態度を改めて、真摯な口調と態度で返した。それは彼女自身も一族の中でどこかズレたはみ出し物として生きてきた経験もあっての共感からのものでもあった。
「およ? でも待って下さいよ、こんな大事なお話を私なんかにしちゃって良いのです?」
「今更それを聞いちゃいますか? そんな赤の他人には絶対に口にしない様なことを教えちゃうぐらいには信頼してますよってことです」
「あっはー! 嬉しいこと言ってくれますねぇ、おねえさん照れちゃいますよ。これはアレですか、世界を超えて結ばれる友情! みたいなものでしょうですかね」
「なんというか、私たちと同じ匂いがするというか……同じ穴の狢みたいな空気を感じるってことにしておこうかなって感じですけどね」
カナタの思いきった告白はクーの出自があまりにも現実離れしていたことで生まれた気紛れだったのかも知れない。この告白が、自分たちが秘めたるものをかつてムゲンに行ったように他人へ勇気を出して曝け出すこの行為が吉と出るか凶と出るかは分からない。
ただ、いま彼女が言えるのは思いの外動揺することもなく、むしろノリノリで便乗するように食いついてきたクーの裏表のない、ちょっと鬱陶しいくらいの態度がどこかで心地良かった。
「いいじゃないですか! どんな形であれ、気持ちがかより合う人がいるということは最の高なのですよ! にっひっひっひ!」
「お付き合い次第では内心で分厚い氷の壁を打ち建てる可能性もあるとは思っていて下さいよ、クーさん」
「ご安心ください! 私の熱々のハートで大穴開けて突破してあげますので」
「はは……それは楽しみ、かな?」
僅かに、けれど確実に心から歩み寄って距離を縮めたカナタとクーは足早に都内に戻ると無事に目的の品物を買い揃えてモスキートメタローの襲撃に備えた。
余談だがホームセンターでは罠に最適なサイズの玉砂利がお手頃価格で大量に売られており、思わずカナタが聞いたこともない様な声を出しながら本気で悔しがったのは二人だけの秘密である。
※
日が傾き始めた夕暮れ刻、事態は動き出した。
SNSをチェックしていたハルカからモスキートメタローが街中に出現した報せを受けた三人は各自行動を開始した。
カナタとクーは無事に所定の位置に辿りつき、変身を済ませてビッグストライダーを駆るデュオルは茜色に照らされる街中を疾走する。
そして、運良く罠を張り巡らせたエリアから程近い場所でモスキートメタローの発見したデュオルは牽制にDブレイカーを乱れ撃ちしながら早速挑発を仕掛けた。
『見つけたぜ、吸血鬼! 俺の血は吸ってくれないのかい?』
『浅はかね、そういえば降りてくるとでも思っているのかしら?』
まともに戦えば圧倒的に不利だと思い知らされたモスキートメタローはデュオルを見るなり一目散に飛翔して空中に逃げた。
戦場を離脱される前にとデュオルはここぞとばかりにプロレスラーのマイクパフォーマンス顔負けの煽り発言を矢継ぎ早に浴びせていく。
『あれだけ節操なしに貪り漁っておいて、俺の血は飲めないってか? こっちは首筋も腕もアルコールで拭いて準備万端なんだぜ! 来いよ、エセ吸血鬼!』
『いま……なんて言ったの?』
『エセ吸血鬼って言ってやったんだよ! だって、そうだろ! こないだの時は散々、人間の生き血、生き血って喚き散らしといて殴り倒されそうな相手の前じゃ小バエみたいにうっとうしく飛び回るだけの半端野郎にエセってつけて何が悪いんだよ』
上羅エリの根幹ともいえる事柄を徹底的に愚弄されてモスキートメタローは分かりやすく激昂の色を見せていた。
『こ、のッ……私にとって血を啜ることがどれだけ神聖なことなのか知らないクセに! あんただってこの間は私にボコボコにされていたじゃない! どうせその仮面の奥じゃ怖くてガタガタ震えて鼻水でも垂らしてるんでしょう、可哀そうにねえ!』
『そう思うんなら、俺の血を吸うついでに仮面剥ぎ取って確かめてみろよ、出来るもんならなあ! あと、そこはお前の鼻血を啜ってやるくらい言うところだろ? 吸血鬼キャラ演じる余裕も無くなってきたみたいだな』
強がってみせるモスキートメタローの神経を逆なでするように声色まで調子よくあれこれと変えて挑発し続けるデュオルは的確に敵の精神的地雷を踏み抜いていく。
『演じる? いまの私が演技ですって言うの! ふざけるな……ふざけるな! お前なんかに何が分かるのよ!!』
『さあ? で、あんた俺の血を吸うことが出来んの? ハッ、どうせ出来ないんでしょう?』
『ギィイイィ! シャアアアァアアアァ!!』
おそよ、双連寺ムゲンなら絶対に言わないであろう、どこまでも他人を舐め切り嘲るような調子で浴びせられた煽りについにモスキートメタローはぷっつん切れて怒声を浴びて突っ込んできた。
『ついて来いよ! 吸血鬼の底意地を見せてもらおうじゃないか!』
『舐めるんじゃないわよ、小僧! あんたの血は一回きりでいいわ……ミイラみたいに干乾びて砕けて塵になるぐらい生き血も体液も吸い尽してやる!』
デュオルは敵が誘いに乗ってくれたことに内心一安心しながら、悟られない様にスピードを調節してモスキートメタローをカナタが指示したトラップコースへと上手く誘導することに成功した。
あっという間にビッグストライダーはコンテナや倉庫が多く立ち並び、クーが隠れ潜む最初のポイントへと到着する。
「ムゲンさん! パスでーす」
『ナイス! そうりゃあああああ!!』
物陰に隠れていたクーのスモークゴーレムに投げ渡された石ころが大量に詰まった投網を受け取ったデュオルは片手で勢い良く自分を追い掛けるモスキートメタローに投げつけた。
『ぐううう……子供の悪戯みたいなことをしてぇ、どこまで人をコケにするのよおお!』
一瞬、モスキートメタローの視界を埋め尽くすような大量の石が叩きつけられる。古代の戦争では人力でも大量の敵を屠るだけの猛威を振る、投石というシンプルかつ実用性に溢れる攻撃はマイティアーツの強靭な腕力が上乗せされて、バカにならないダメージを与えた。
『俺が満足するまでに決まってるだろ? それともニンニクのほうが良かったか?』
『キィエエアアアアアアア!』
あまりにも古臭い罠を用いられたことに加えて、古典的なドラキュラのような扱いで小馬鹿にされたモスキートメタローはますます怪物染みた奇声を上げながらデュオルを猛追する。既に脳内に響く、メタローの注意や実力行使の制止は藤島のような小物ではなく、上羅エリが強靭な妄執の持ち主だったことが災いして意味をなしていなかった。
『そろそろか、薄暗くなってきたけどクーさん大丈夫かな』
「ムゲンさーん! おかわり一丁でぇーす!」
『ハハッ! 毎度ありー!!』
デュオルの不安を吹き飛ばすような明るい声が夕闇から聞こえてくる。
最初に石を投げ渡すとクーはスモークゴーレムに乗って、巧みなランプ捌きで低空飛行しながら大急ぎで第二ポイントへと駆けつけていた。
『ぎゃん!? よりにもよって二回もこんな石っころを……ちょっとは加減なさいよォ!』
二度目の投石。今度はモスキートメタローの反射が一枚上手となり、初弾ほどの成果は挙げられなかったがそれでも怒りのボルテージはさらに上がり、同時に冷静さはほぼ瓦解していた。
そしてデュオルはモスキートメタローを誘導したまま最終ポイントの行き止まり地点へやって来る。
デュオルは気取られないように暗くなり視界が悪くなり始めたビルの屋上に視線をやった。
カナタの姿は見えなかったが代わりにチカチカと何かが微かに二回光を放った。恐らく、ペンライトかスマートフォンの画面を使った準備は出来ているとの合図だ。
『背水の陣のつもりかしら? こんな場所じゃ小細工やうっとうしい悪戯も仕込めそうにない様だし、万事休すね。あなたに反撃はさせない、チクチクと針山みたいに刺し殺した後でゆっくりと血を吸ってあげる』
『そういうビッグマウスはよぉ、ちゃんと成果を見せてから言えよな!』
ビッグストライダーを降りたデュオルは空中で浮いたままのモスキートメタローにDブレイカー・ライフルモードを構えて対峙した。
正直なところ、あれから続けた特訓でそれなりに上達してきた自覚はあるがまだ全てのピンポン玉は撃ち落とせていない。
腕前に対する自信は八割、いや七割と言ったところだろう。デュオルの内心に不安は尽きない……しかしだ。
『きっひいっはっはっは! またその玩具? 前に掠りもしなかったのを忘れたの? 懲りないわね、お馬鹿さん』
『そうだな。実のところ、俺って謙虚だから自分に対しては基本過小評価なんだよな。ぶっちゃけ、一か八かだ』
苦笑い気味に漏らすデュオルだが、その声に弱音は感じられない。モスキートメタローもそれに勘付いて、何を仕込んでいるのかふるいを掛けるように詰る口調でお返しとばかりに煽り立てる。
『あら憎たらしいだけど思っていたけど、可愛いところあるじゃない。神様へのお祈りの時間ぐらい待っていてあげましょうか?』
『あんたに可愛がられてもいい迷惑だぜ。それに神頼みなんてしなくても、俺にはそんなもんより頼りになる仲間がついてんだ。そして……大事なシメをその仲間たちに託されたいまの俺はなんだって出来るさ』
『そう、じゃあ……その仲間たちにお別れを言えない不幸を嘆きなさい』
デュオルが仮面の奥で大胆不敵に口角を吊り上げて、気炎を吐くとモスキートメタローはそのあまりの自信を不審に思い、後方を含めて地上に警戒しながら、投げ槍のような鋭い勢いで突っ込んできた。
『シャアアアァアア――!!』
『カナタァ!』
急降下を開始したモスキートメタローの位置を瞬時に見定めてデュオルは叫んだ。
「それッ! 決めちゃえムゲン!」
瞬間、倉庫の屋根に潜んでいたカナタが何かしらの液体が入った黄色いゴミ袋を上空に放り投げた。すかさず、デュオルは狙いを定める。
肩の力を抜き、目を凝らして的を狙い、ほんの僅かに呼吸を止めて、引き金に指を掛ける。
すると胸がすくような銃声が周囲に反響した。
『な、なにを……ひんっ!?』
暗夜に霜の降る如く、無心で引き絞られたトリガー。
放たれた光の弾丸は見事にカナタが投げた本命の罠を撃ち抜いたのだ。
ゴミ袋は小気味良く飛び散って、中に入っていた赤いどろりとした液体がモスキートメタローの背中から全身に纏わりつく。するとガクガクといびつな上昇と降下をした後にモスキートメタローはあえなく地上に墜落した。
『なにが起きたの? ど、どうして急に飛べなく……この赤い変なのは何なのよ!?』
『俺だって知るかよ! ただ、これだけは言っておくぜ。地上にようこそ』
翅を羽ばたかせれば、させるほど大気に触れて急激に硬さを増していく謎の液体に慌てふためくモスキートメタロー。
彼女を戦慄させる液体の正体はホームセンターで簡単に購入が出来るプライマーと呼ばれる錆止めなどに用いられる塗料だ。そこに希釈用のシンナーとプライマー硬化剤を加えたミックス液は最初こそ粘度の薄い液体だが物体に付着することでボンドよりも遥かに早く乾燥・硬化する性質を持っている。故に鳥の翼とは異なり、高速で羽ばたくことで飛行する蚊の翅ならばその効果は絶大である。
『待ちわびたぜ! いくぞ、デュオル! ゴング鳴らせェ!!』
みんなの協力のお陰でようやく敵を自分の土俵へと引き摺り降ろせたデュオルが拳を高らかに拳をカチ合わせて、反撃の狼煙を上げる。
『や、やってやるわよ!』
何度も飛行を試みたが思うように翅を動かせずに困惑するモスキートメタローだったが迫るデュオルを前に自暴自棄になりながら、抵抗を試みる。
だが、先の戦いが物語るように戦いの流れは明らかにデュオルに傾いていた。
『オオウリャアアア!』
ランニング式ラリアットのモーションから相手の顔面を殴り抜けるようなデュオルの鉄拳にモスキートメタローの体はその場でぐるんと一回転して崩れ落ちた。
その流れを途切れさせるデュオルではない。ここから始まる怒涛の連続攻撃はまさに圧巻の光景だった。
『オラオラオラ! 虫退治の始まりだぜええ!』
『ぎぃえ……ぐえええ!?』
まだ立ち上がれずにいたモスキートメタローの片足を両腕で鷲掴みにしたデュオルは力任せに振り上げると、相手の体が異様な唸りを上げて持ち上がりそのまま近場にあった倉庫の壁に叩きつけられる。
『こいつも食らいなあ!』
そこから更にデュオルは張り付いたように壁にめり込んだモスキートメタローに空気を裂くような切れ味のミドルキックの連打とダメ押し気味に豪快なローリング・ソバットを痛快に叩き込んだ。
『おぼっ……あああああ!?』
強烈な蹴りの直撃を受けたモスキートメタローは倉庫の壁を突き破って瓦礫と共に吹っ飛ばされる。
『ば、バカにしてええ!』
『おわっ! ムササビかよ!』
追撃しようと真っ暗な倉庫の中に足を踏み入れたデュオルを飛行は無理でも巨大な翅をどうにか活用してモスキートメタローが繰り出した滑空めいたフライングボディアタックを食らってしまう。
『まだまだ! わたしの邪魔をする奴は死んじゃええええ!!』
上手く反撃に成功したモスキートメタローは思い付きの攻撃に味をしめると三方にそり立つ倉庫の壁を次々に飛び移りながらデュオルの死角から、さらに勢いを増した滑空からの体当たりを繰り出す。
『甘い! トリャアアアア!』
モスキートメタローの攻撃は撹乱からの間髪入れずに背後を狙った見事な攻撃だった。けれど、デュオルは背を向けた状態で襲撃の気配を察知すると大きく飛んで回避する。
さらに自分が立っていた場所をモスキートメタローが通過するのを見計らって背後から両脚で頭部をホールドするとそのままリバース・フランケンシュタイナーで後方へと投げ飛ばした。
『ウギュア!? こ、この……めちゃくちゃな動きばかりして!?』
『お喋りが過ぎるぜ。そのご自慢の口は血を吸うための物じゃねえのかい?』
プロレス技を実戦向けにアレンジして駆使することに執念染みた気概を見せるデュオル。この荒々しい戦法に文句を垂れかけてモスキートメタローは硬直する。何故ならデュオル自身によって遥か後方へ投げ飛ばされたと言うのにそのデュオルが音もなく目の前に立っていたのだ。
『おいおい、どうしたよ? 蚊の羽音みたいに鬱陶しかった減らず口まで品切れかよ』
挑発的な軽口まで叩かれて、怒り心頭のモスキートメタローだが、自分に残された奥の手の存在を思い出して、デュオルが先に仕掛けるまでじっと耐える。
逆にデュオルの方は勝利を確信したのか饒舌に口が回り始めたように見えた。
『こちとら、昨日散々痛めつけられた分をやっと返し終わったぐ――』
『そこよォ!』
悠々と指を鳴らしてトドメに入ろうとした僅かな余裕を狙って、モスキートメタローは手の甲のパイルバンカーを射出しながら右の拳をデュオルの喉笛目掛けて打ち込んだ。
『……こういうのはなあ、相手が攻撃を受け止めてから仕掛けるもんだ』
『キイィイィ!? まだまだぁ!』
鉄板をも貫通する威力を持った腕のパイルバンカーはデュオルの喉を貫くギリギリの距離で二本の指に挟み止められていた。
ヒステリックな声を上げて悔しがるモスキートメタローはあきらめずに残る左腕のパイルバンカーでデュオルを仕留めようと果敢に異形の腕を突き出した。
――だが。
『あんたの方こそ、学習しなって!』
『ぐうっへええあ!?』
デュオルは真っ直ぐに突き出された敵の左腕をレールのように伝いながら全身を回転させると、中腰になって繰り出す重いローリングエルボーをカウンターに決める。
予想もしていなかった反撃にモスキートメタローは体をくの字に曲げてその場に立ち尽くすことしか出来ないでいた。
【FULL SPURT! READY!!】
『終わりだ――!』
デュオルドライバーのライトトリガーを引いて、持てる力を最大開放にした状態でデュオルは静かに宣告した。
素早く後退して間合いを詰め直したデュオルは短く酸素を吸いこんで一気呵成に駆け出す。
『スペリオル! ライダアアアァァキック!!』
暗夜の地上に輝く円月を描くように繰り出された跳び回し蹴りが薙ぎ払うようにモスキートメタローに炸裂した。
『ギャウゥアアアアァァァ!!?』
胴体を輪切りにされるような強烈無比な一撃を食らったモスキートメタローは膝から崩れ落ちるとそのまま爆散。理性を棄て去った狂気の吸血鬼はここに完全に倒された。
「やったねムゲン! お疲れさまー!」
「カナタやみんなのお陰だよ。それより、よくそんな足場の悪いところに隠れてたな。大丈夫か?」
戦いの終幕を見届けて、カナタは倉庫の屋根の上から顔を出してムゲンに声をかけた。
「怖かったに決まってるでしょ! もう降りたいから、ムゲン着地任せるよ!」
「は? おい、まさか……待て待て待て!?」
カナタはそういうと緩やかな傾斜のある倉庫の屋根に立ち上がると足元を確認しながらムゲンに目掛けて助走をつけて走り出した。
「とぉーう!」
「いらっしゃいませええ! じゃなくて、バカじゃねえのお前! 俺がキャッチできなかった雑なバッドエンドだったろ!?」
あろうことか、ムゲンに受け止めてもらうことを当然に思いながらカナタは結構な高さのある倉庫の屋根から勢いよく大の字で飛び降りた。衝撃映像のあまりに心臓が口から飛び出しそうになりながら、しっかりとカナタのことを抱き止めたムゲンは戦い以上に緊張したと言わんばかりに彼女を窘めた。
「たはは。ごめんごめん……でも、ムゲンは絶対に受け止めてくれるって信じてたからさ」
「当ったり前だ。他でもないカナタだぞ? お前らだけはいつだって、受け止めてやるよ。俺だってそうしてもらってるんだ」
多くは語らずとも二人の間で強く結ばれた信頼を確かめ合いながら、ムゲンとカナタはお互いによくやったと笑いあった。
「ねえ、この人どうしようか?」
「かなりの凶行を働きましたがメタローとして犯した行いは無かったことになっている筈です。被害に遭われた人たちも元に戻るでしょう。危険な人間かもしれませんが……」
「憑き物が落ちたとして信じて、放って置くしかないだろ。これ以上のことは俺たちも出しゃばっちゃいけないさ」
戦いを終えて、再び世界を吹き抜けた修正力を秘めた光る風を確認してから、ムゲンたちは名前も知らぬメタローの素体となっていた上羅エリの処遇に一抹の不安を覚えながらもその場を後にした。
※
「ここは……」
ムゲンたちが立ち去ってから、どれだけの時間が経過したのだろう。
意識を取り戻したエリは夢うつつな様子で周囲を見渡した。
自分は何をしていたのだろう? よく覚えていないがとても充実した楽しい時間を過ごしていたような気がした。
「あ、私ったら血がでてる」
ふと、自分の手に出来たかすり傷から血が滲んでいるのを見つけてエリは嬉しそうに傷口を舐めとった。
「ぐっ……おえ! え、えっ……へ? どうして? どうして、なんで」
だが、味覚が血の味を認知した瞬間にどうしようもない吐き気が彼女を襲い。エリはその場で激しく嘔吐き、血をこれっぽっちも美味しく感じられない自分に怯えて動揺した。
「なんで、なんでよ……あっはっは! あっははははは!? どうしてしまったのよ、私は――」
情緒が安定せず、泣きながら笑い。
怒りたいのに涙が滝のように溢れて止まらない。
自分が積み重ねてきた罪深い行いの全てが決壊した濁流のように脳内に押し寄せてくるような感覚に襲われて、上羅エリは冷たい地べたに寝そべったまま、号泣しながら壊れたように笑い続けた。
メタローとして一度倒された副作用で正しい理性を取り戻してしまったが故の良心の呵責、その暴走なのかは彼女にも分からない。けれど、声がガラガラになるまで笑い続けて、目がショボショボになるまで涙を流し続けて、夜の闇がさらに深まったところで彼女はプツリと電池が切れたように大人しくなった。
「……こんなの、ちっとも美味しくない」
もう一度、傷口から滲む血を舐めとって、エリは吐き捨てるように呟いた。
それから、むくりと立ち上がった彼女は薄ら笑いを浮かべたまま覚束ない足取りで何処かへと歩いていく。
罪の意識から最寄りの交番へ向かったのか、夜の穏やかな海へ向かったのか定かではない。
何事もなかったように自分の探偵事務所へと戻り、変わらぬ日々を繰り返すのかもしれない。
けれど、彼女はもう二度と何かの、あるいは誰かの真っ赤な鮮血を啜ることは出来ないだろう。
凶行の事実は世界から痕跡を残さず無かったことになったとしても、モスキートメタローとして他人の生き血を心ゆくまで貪ってしまった彼女の体はその味と吸血衝動を忘れることは出来ない。
同時に理性の枷が嵌め直されてただの人間に戻った上羅エリはもう二度と他人を襲って生き血を啜るなどという大それたことは出来ない。そして、もう不味いものだと認識してしまった自分の生き血や動物の鮮血は身体が受け付けないだろう。
上羅エリはこれから先もずっと満たされず、癒えない衝動に苛まれながら、その特殊な吸血癖を誰にも打ち明けられずにどこまでも一人孤独に生きていくのだ。
もしも、上羅エリがどこかでカナタとハルカのように自分ではない誰かに勇気を出して自らの世界をほんの少しの勇気を出して明かすことができていたのなら。
そんな期待を抱いてしてしまえるような出会いに巡り合えていたのであらば、彼女はその異常性癖こそ赦されなかったとしても、違った人生を歩めたのかもしれない。自分という小さな世界を変えられたのかもしれない。
いずれにしても、いまの彼女には何もかもが遅すぎた。
デュオルとモスキートメタローの戦い、その一部始終を遠くからずっと見ていた者がいたことをムゲンたちは誰も知らなかった。メタローでさえその者の視線も気配も感知することは出来なかった。
「この世界の仮面ライダーはなかなか面白そうじゃないか」
視線の主、観察者ニューは煌めく夜の街並みを見下ろしながら、楽しそうに無邪気な笑みを浮かべていた。
「ボクも遊び甲斐がありそうで嬉しいよ。ああ、神様! この世界をもっともっと幸せにしておくれ!」
ニューは両手を大仰に振り上げて、高らかに星空に願いを捧げる。
「どうせなら、うんと愛と希望にあふれたキラキラと眩しい世界になるといいねえ! 目指すならハッピーエンドだ! ボクはそうなってくれると嬉しいよ。ねえ、君もそう思うだろ?」
ケタケタ笑って独り言を連ねるニューはおもむろに懐から一枚のカードを取り出して、そこに写された名前も知らぬ、仮面の戦士に語りかける。それは間違いなくライダーメモリアの一枚だった。
この続きはまたいずれ。
此度はここまでと致しましょう。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
画面の前のみんなは絶対にプライマーを人にぶっかけちゃいけないよww
洗剤や石鹸じゃ簡単に取れないんだからね。
それでは次回もよろしくお願いします