性欲から始まる初恋物語   作:島流しの民

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昔消しちゃったものを再掲します。文章が拙いのはご愛嬌。


第一話 間違い

 よく、詩的表現やらで「恋に落ちる」という言葉を聞くが、それって一体どんな音なのだろうか。

 

 どきっ、だろうか。

 きゅん、だろうか。

 少し意外性を狙うのならば、きゃるん! とかなのだろうか。

 

 果たしてきゃるんが音なのかどうかはわからないが。

 

 とりあえず、人にはそれぞれ恋に落ちる音があると僕、細山輝晃は考えている。

 それが果たしてどんな音なのかは置いといて、人は色々な恋に落ちる音というのを聞いているはずなのだ。

 

 

 

 

 ──僕の場合、あれは恋に落ちる音だったのだろうか……それとも、ただの生理現象だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 しかしもし、あれが恋に落ちる音だというのならば、僕が恋に落ちた音は、積み重なった紙の山が崩れる、ばさばさという色気も何もないような音だった。

 

 

 

 

 ────────

 ──────

 ────

 

 

 

 

 あらかじめ言っておこう。僕、細山輝晃(ほそやまてるあき)は本派の羽丘女子学園、数年前に共学化した現在の羽丘学園高等学校の問題児である。

 

 

 しかしだからと言って、僕が不良なのかと聞かれると、別にそうでもない。

 問題児といっても暴力沙汰などは起こしたこともないし、授業をサボるなんてこともない。

 喫煙飲酒なんてもってのほか。ここまでなら、普通の模範的な生徒であるといえるだろう。

 

 

 

 ではなぜ、僕は皆から問題児と後ろ指を指され、馬鹿にされているのだろうか? 

 

 答えは簡単──

 

 

 

 

 ぱしぃん!! 

 

 

 

 春の麗らかな天気もどこへやら、少し寒くなり始めた放課後の校庭に、乾いた音が鳴り響いた。

 それと同時に、にわかに痛みを帯び始める僕の頬。

 

 僕の目の前には、夕日のせいかはたまた怒りのせいか、顔を赤く染めた女生徒が立っている。

 

 まあ何が起こったは明白なわけで……。

 

 同級生の女子に殴られた。

 

 

「あんた本当になんのつもりなの!? 気持ち悪いんだけど!」

「……ごめんなさい」

 

 こんな言葉で目の前に立っている彼女の怒りが収まらないことなどわかりきっているはずなのに、口から流れ落ちるのは意味を持たない謝罪の言葉ばかり。

 

 案の定、女生徒は更に怒り始めた。多分、ただ機械的にぺこぺこと謝る僕の態度が気に入らなかったのだろう。

 

 

「ホント気持ち悪いんだけど……何考えてるんだろうね」

「色んな人に同じことやってるらしいよ? 最低だよね」

 

 目の前の女生徒と僕を遠巻きに見ている、友人らしき女生徒たちが、大声で僕の悪口を言っている。

 耳をすませば節操なしやら助平やら、挙句の果てには変態とまで言い出した。

 

 しかし、別に彼女たちの言葉はあながち間違ってはいないだろう。

 

 何故なら僕は、たった今ここで、目の前の女生徒に性交渉を持ち掛けたからだ。

 

 

 

 手紙で校庭に呼び出して、即お誘い。当然の如く失敗した。

 

 

 

 これが、僕が何故色々な人から問題児と言われているかの真相である。

 僕は、この学校の色々な女生徒に性交渉をしているのだ。

 しかし、別に意味もなくこんなことをしているわけではない。僕にはれっきとした理由があるのだ。

 

 しかしまあ、当たり前だがその理由とやらは目の前の彼女に通じなかったらしく、女生徒は苛々と声を荒げた。

 

「あんたさぁ、後輩にも同じことしてるらしいじゃん? 正直気持ち悪いんだけど、やめてくんない?」

「すみません」

 

 彼女の言葉は正しい。僕はこの学校の後輩どころか、一つ上の先輩にまで性的な誘いをしかけている。いやむしろ、中学生にもしたことがあるような気がする。正確な年齢を聞いていなかったので、確かではないが。

 

 とにかくそういったことを続けていくうちに、その話は女子から女子へとまるで聖火リレーのように受け渡され、こうなってしまったというわけだ。

 そう、どうやらこの僕は、この学園のほぼ全校生徒から嫌われてしまったようなのだ。

 

 男子生徒から何度も殴られたこともあるし、女子生徒から靴を隠されたりなどというよくわからないイジメまがいのこともされた。教師も僕の悪い噂を知っているので、その行為を見て見ぬふりをしているだけだった。

 

 誰も僕を助けようとはしない……だがしかし、別に不満はなかった。

 

 いやむしろ、嬉しかった。

 

 殴られている時、蹴られている時、嘲る目で僕を見るとき、彼らは僕を人間扱いしてくれるのだ。人間のゴミのように言われ、暴行を加えられる。その瞬間が、狂おしいほどに幸せなのだ。その時だけ、その瞬間だけ僕は人間になれるから。

 

 

「とりあえず、もう二度とこんなことしないでよね!」

 

 話が脱線している間に、女子生徒の説教は終わったらしい。彼女は肩を怒りで震わせながら帰っていった。

 残ったのは僕一人。振り向くと、大きな桜の木が僕を見下ろしている。

 

「二度とこんなことしないで……か」

 

 

 それは叶わない願いだろうな、なんてことを呟きながら、僕は夕焼け色に染まる校庭を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ぴっぴっぴと、バーコードリーダーを商品に押し当てながら、僕はぼんやりと考える。

 

 

(ああ、世界滅亡しないかなあ)

 

 

 生きていたって何にもいいことなんてない。死んだら何があるかはわからないが、今いる場所より前でも後ろでも、少しでも動けるのなら喜んで死にたい。

 

 

 先ほどのビンタが効いてきたのか、痛み始めた頬を抑えながら商品の陳列をしていると、本棚に飾られていた雑誌に目がいった。

 

 表紙に、半裸の女性が挑戦的な視線でこちらを見つめている雑誌だった。

 

 

(あれは……なんかのアイドルだったっけ)

 

 

 そんな雑誌を見るともなく見ていた僕は、我に返り目を商品棚に戻しながら考える。

 

 何故皆はあんなものに熱中しているのだろうか。所詮はビジネスとして脱いでいるだけの、ビッチではないか。そんな汚らわしい塊を見て、汚らわしい行為をして、一体何がしたいのだろうか。それは果たして何になるのだろうか。

 

 

 

 僕と彼らは、何が違うのだろうか。何が一緒なのだろうか。

 

 

 ──自分が周りと一緒だと考えたことなど、たったの一度もない。

 

 

 小学生の頃は、まだ少し疑問を抱く程度だった。自分は何故他の人と少し違うのだろうかと。いつもそんなことを思っていた。

 中学生に上がるとその差は如実に表れ始め、僕と他人に大きな差ができ始めた。

 中学生の頃から流行りのおもちゃには興味がなかったし、皆が聴いているバンドも知らなかった。

 高校生になれば何か変わると考えていたが、何も変わらない。いつものように周りとは違う日々を送り、馬鹿にされていくだけ。

 

 

 

 そんな僕が、唯一興味を持ったものが性についてだった。

 

 

 なんでだろうか、こんなこと言ったら頭のおかしな奴だと言われるのは火を見るよりも明らかなのだが、僕は小学校の高学年辺りから異常に性に執着していた。

 

 昔よくわからない、如何わしいサイトを覗いてしまった時から、僕の頭の中は性で満たされているのだ。

 

 

 

 

 多分、生きていると実感したかったのだろう。人間らしいことを全くできない僕が、唯一できること。唯一試せるであろうことが性行為だったのだ。

 

 だからこそ、僕は性交渉をしているのだ。性を知れば人間らしくなれると信じているから。

 

 まあやりすぎだと言われたら、まったくその通りで返す言葉もないのだが。

 黙々と商品を陳列させながら、僕は自嘲気味に鼻を鳴らした。

 

 

 バイトが終わり、咲いたと同時に散り始めた桜が並ぶ帰宅路を歩いて、自宅へ帰る。

 

 自宅といっても、ボロアパートの一室である。

 錆びてしまいぎいぎいと嫌な音がなる階段を上り、ポスト入れの中に入れていた鍵を取り出す。大家からセキュリティがどうのこうのと言われたことがあるが、こんなボロアパートの一室にわざわざ入ろうとするもの好きなんていないし、仮に入ったとしても僕の部屋には盗れるようなものは何もない。

 

 

 

「ただいま」

 

 誰もいない小さな空間に、僕の声が虚しく響いた。

 親はいない。母は僕が産まれてすぐに亡くなったらしいし、父は……確か僕が中学生に上がったあたりに他の女を作ってどこかへ行ってしまった。

 

 

 そんな厄介者である僕を養ってくれる心優しい親戚がいるわけもなく、僕は自給自足の生活を余儀なくされているのだ。

 

 まあ、一人気ままに暮らせることはいいことなのだが、如何せん疲れる。

 

 少しかび臭い部屋に入った僕は、真っ先にポケットに入れていたウォークマンを充電器に挿した。

 

 

 

 僕の部屋にあるものといえばこれくらいだ。

 

 布団に、小さなちゃぶ台とウォークマンの充電器。携帯は持っていない。持っていたとしても通話をする相手なんかこの世界のどこにだっていやしない。

 不意に目が眩むほどの疲労感に襲われた僕は、受け身もとらずに床の上にどさりと倒れ込んだ。

 

 一生懸命バイトに励んだら人間っぽくなると思っていたが、どうやら疲れるだけらしい。

 

 コンビニで買った弁当を食べ、腹を満たす。

 風呂に入るには近くにある銭湯に行かねばならない。面倒だがこればかりはしょうがない。僕は金と洗面器具を持って銭湯へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどいいを少し過ぎた温度の風呂につかりながら、湯気で満たされた銭湯を見渡す。

 子供連れの父親、何故かはわからないが水風呂に入りながら凍えている老人、友人同士でげらげらと笑いあっている若者たち。

 

 この人たちと僕は、いったい何が違うのだろうか。

 見た目はもちろん一緒である。ではやはり、中身なのだろう。

 

 

 彼らにあって僕にはないもの……わからない。

 

 生憎謎解きは苦手なのだ。ちゃぷんと水面を揺らしながら、僕はため息をついた。

 

 

 ダメだ、いくら考えてもわからない。

 

 こんがらがって来た頭を冷やすために、水風呂に入る。心臓がきゅっと縮むような感覚を味わっていると、ふとある考えが僕の頭の中に浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 ああそうか、恋なんだ。

 

 

 

 

 冷水が僕の心臓を引き締める感覚が、どこかの本で読んだ恋の描写に似ていたことに気が付いた僕は、そんなことを考える。

 

 彼らは皆、形はどうであれ恋をしているのだ。

 あの親子も、今現在僕の隣で体を冷やしている老人も、あの若者たちも──皆恋に恋をし恋に恋されているのだろう。

 

 だからこそあんなに人間みたいに振舞えるし、人間らしく生きているのだ。

 

 

 

 

 別に隠すことではない。

 僕、細山輝晃は何かに恋をしたことがないのだ。

 性的な誘いを続けているくせに何を言っているんだと思うかもしれないが、本当なのだ。

 好いた好かれたの意味が、何をしたら好きになって何をしたら好かれるのか……僕にはわからない。

 

 積もり積もる疑問を水風呂に置いて、再び冷えた体を温めるために熱い湯に入る。

 水風呂に入ったせいで余計に熱く感じる湯に、一瞬息が出来なくなるが、すぐに肺の中に溜まった空気を全て吐き出す。

 行動は周りと全く一緒なのに、何故こんなに中身が違うのだろうか……。

 

 その後、ヘロヘロになりながら帰宅した僕は、明日の準備をすることなく布団に倒れ込んだ。

 明日は誰に、人間らしいことをしようか、なんてことを考えているうちに、僕の瞼は自然と落ちていった。

 

 

 

 

 目を覚ます、気持ちのいい朝である。

 

 起き上がるとき若干気だるさを感じたが、それ以外は快調である。早く制服を着て登校しよう。

 

 

 春の暖かな日光は、照りつける者全てを幸せにさせるととある本で読んだことがある。

 しかし春の日差しを顔中に浴びている僕の顔は、太陽もびっくりするくらいにしかめっ面になっているだろう。

 

 わからない、何故人々はこの太陽を見て幸せになるのだろうか。何故僕は幸せにならないのだろうか。

 

 いや、多分周りの奴らも本当は幸せだなんて感じていないのだろう。

 ただ誰かが、最初に幸せだと言った奴らに便乗しているだけなのだ。なんともしょうもない生き方をしている奴らだろうか。

 だとすれば、一人強く生きている僕は幸せなのではないのだろうか。

 

 ふむ、これが人間っぽいということなのだろうか。少し大人っぽくなれたような気がする。

 

 

 

「おいお前、ちょっと止まれ」

 

 そんな哲学めいたことを思いながら校門をくぐった僕を、誰かが呼び止めた。

 振り返ると、どこかで見たことあるような……多分一緒の学年であろう男子生徒がいかにも怒っていますという表情をしながら僕を睨んでいた。

 

 どうやら僕に何か用事があるらしい。いや、男からの用事なんて大体決まっているのだが。

 

「なんですか」

「ちょっと体育館の裏まで来い。今すぐだ」

 

 そう言うや否や、男はすたすたと歩き去っていった。どうやらいつもと同じパターンである。

 こうも毎回同じだと少し飽きてくる。少しアレンジは出来ないものなのか。

 

 ため息を噛み殺しながら、僕は怒りに震える彼の肩について行った。

 

 

 

 

 

 どすっ!! 

 

 鈍い痛みが腹を襲う。

 殴られた勢いでのけぞるが、どうやら地面にも倒れさせてくれないようだ。男子生徒は僕の腕をぐいと掴み引き戻して再び腹を殴った。

 

「てめえ、気持ち悪いんだよ屑が!!」

 

 気持ち悪いという言葉はあまりいい気分にはならないが、屑はいい。僕を人間として扱ってくれているのだろう。

 男子生徒はまだ殴り足りなかったのか、今度は僕の顔を殴り始めた。

 

 腹の時とは違い鋭い痛みを覚えながら、僕を殴り続けている男子生徒を見る。

 

 なるほど、先ほどから彼は殴りながら何かをぼそぼそと言っている。その言葉から察するに、この男は昨日僕が性交渉した女子生徒に想いを寄せているらしい。だからあんなことをした僕が許せないようだ。少しやりすぎなような気がしないでもないが、まあ怒りが収まらないのだろう。

 

 しかしやはり、この目の前の彼を見るに、人間を人間らしくさせるものは恋というピースらしい。今彼が狂ったように僕を殴っている理由は、恋によるためだ。僕も、もしかすると性交渉が成功すれば僕もこんな風になれるのだろうか。

 これくらい人間らしくなれるのだろうか。殴られながら、僕はそんな呑気なことを考える。

 

 

 不意に、男子生徒が僕を押した。

 いきなりのことに体を支えきれずに、地面に倒れてしまう。

 そんな僕を見下ろしながら、男は荒くなった息を整えようともせずに、勝ち誇った顔で言い放った。

 

「お前、二度と学校に来んなよ!」

「学校には来ますよ、卒業はしたいので」

「てめえ……ふざけんな!!」

 

 淡々と返されたその言葉に、男子生徒の顔は怒りで真っ赤になる。

 怒りに突き動かされたであろう男子生徒は、勢いよく足を上げると躊躇なく僕の手の甲に落とした。

 

 手の甲に走った激痛に、思わず声をあげそうになったが何とか唇を噛んでこらえる。

 

 更に男子生徒は倒れている僕を引きずり無理やり立ち上がらせると、本気で僕の首を絞めて来た。

 

 なんだか苺みたいな顔だなぁなんて頭の中では呑気なことを考えているが、身体は酸素を求めて本能的に動き始める。ああ、実感できる。僕は人間だ。

 

 悦びと苦痛が入り混じり、よくわからない感覚が僕を襲う。

 

 意識が朦朧とし、目も眩み始めた。

 多分、僕はこれから気を失うだろう。

 

 

 男子生徒に絞め落とされるという危険なシチュエーション下だというのに、自分でもびっくりするくらいに冷静だ。

 

 そんな僕の耳に、まるで夏の、湿気が高い風に吹かれて涼しい顔で音を鳴らす風鈴のような、凛とした声が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 ここまで読んでくれた方々、勘違いしてほしくない。これは独りぼっちな僕がイジメられる話でも、はたまた性交をするためだけに色々な女性に突っ走っていくコミカルでシニカルなストーリーでもない。

 

 

 そう、これは────

 

 

 

 

 

 

 

「貴方達、こんなところでなにしてるのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の汚らわしくも美しい、初恋の物語なのだ。

 

 

 

 

 霞む視界の隅で、銀の髪がふわりと靡いた。

 

 

 

 




性交渉の意味、間違ってるじゃんと思われる方はその通りです。作者の知識不足です。
まあせっかくなのでこのままにしておきます。
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