性欲から始まる初恋物語   作:島流しの民

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第四話 間違い

 

 授業は面倒である。

 ということは、僕たちは面倒なものを授業と定義することができるのではないのだろうか。教師の説教、早起き、人間っぽく演じること、生きること…………死に行くこと。これら全てが何かしらの授業なのだと僕、細山輝晃は柔らかそうなカーテン生地を見つめながらぼんやりと考える。

 只今数学の授業である。数学は聞く価値がないものとして扱っているので、完全に教師の言葉を右耳から左耳に流している。

 教師もわざわざ僕を当てたりはしないので、のんびりと寛げるのである。

 

 哲学じみたことを考えているが、僕の頭の中はほかのことでいっぱいである。

 主に、あの銀色少女についてだが。

 

 

 

 言いたいことがいくつもある。聞きたいことが山ほどある。彼女はどこだろう、何をしているのだろう。そんなしょうもない疑問ばかりが僕の頭を埋め、耳から零れていく。

 

 

 窓から吹く隙間風によって、そよそよと揺れるカーテンを見るだけで、あの少女の特徴的な銀の髪が瞼の裏に現れて来て参ってしまう。

 

 

 不意に、隙間風がカーテンを通りぬけ僕の頬を優しく撫でた。

 

 

 なんだろう、今の僕は人間っぽいような気がする。

 

 そう思った昼時だった。

 

 

 

 ────────

 ──────

 ────

 

 

 鐘が鳴った。昼ご飯である。

 

 勾配で購入したパンを片手に、屋上の扉を開く。いつもは教室の隅っこで目立たないように食べるか、便所で食べるかなのだが、こうもいい天気なら外で食べたくなってくる。

 

 

 柄にもなく浮き立つ心を抑えながらドアを開いた瞬間、誰かの喋り声が僕の耳に入って来た。

 どうやら誰かがすでにいるらしい。

 

 

(……予約済みか。まあしょうがない、帰るか)

 

 

 

 先ほどまでの昂っていた心はどこへやら、完全に冷めてしまった。とんと地に足を付けた感情の動くままに踵を返し、ドアを閉めようとする。すると、その際に意図せず先客と目が合ってしまった。

 

 

 

 

 茶髪の、遊んでいそうな少女だった。そして何よりも、その横にはあの、銀の少女が座っていた。

 

 

 思わず声を出しそうになったが、慌てて口を塞いでドアを閉めた。

 

 

(驚いた、まさか彼女があんなところにいるとは……)

 

 暫くの間ドアの前でぼうっとしていたが、ぐうっと鳴った腹の虫によって現実に引き戻される。

 とりあえず、昼ご飯を食べなくてはならない。となれば、今日も教室か便所なのだろうか。

 

 

 

 行き先を決めながら、ゆっくりと階段を降り始めると、不意に後ろでドアが開く音が聞こえた。

 

 

 反射的に後ろを向くと、そこには逆光に照らされてキラキラと光る銀の髪が。

 

 驚いて声も出ない僕を見て、銀色少女は首を傾げた。

 

 

「あら、貴方……なんでこんなところにいるのかしら」

「いや……昼ご飯を食べに来たんですけど、貴女たちがいたから帰ろうと……」

 

 言葉に出した瞬間、少し後悔した。しばし皮肉っぽかっただろうか。

 しかし、階段をゆっくりとおり始めた彼女は別段気にしていないのか、特に何も言わずに僕と並んだ。

 

「別に気にしなくてもよかったのに」

「……他人がいたら気が散るでしょう」

 

 

 銀色少女がそう言いながら、僕と並んでとんとんと軽い足取りで階段を下り始めた。

 

 何故だかわからないが、引っ張られるようにして彼女の後をついていく。

 

 

「それで、どこ行くんですか?」

「購買よ。リ……友人に飲み物を買ってきてって頼まれちゃったから」

 

 友人というのは、先ほどの茶髪の少女だろう。何故いきなりその子が買い物を頼んだかはわからないが、僕からするとラッキーである。授業中にずっと考えていた質問が山ほどあるのだ。

 

 僕より数歩先を歩く彼女に話しかけるために、口を開く──―が。

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

 口を開いたはいいものの、言葉が出てこない。

 

 何故だろうか、聞きたかったことが積もるほどあったのに、知りたかった想いが崩れるほどあったのに、この少女を前にすると何も出てはこないのだ。

 

 

 結局何も喋れなかった僕は、静かに購買まで歩いて行った。

 

 

「あら、貴方は何も買わないの?」

 

 自分は本当におかしくなってしまったのではないだろうかと頭の中で心配していると、不意に声をかけられた。

 

「ええ、金を無駄遣いするわけにはいかないので」

「ふうん……何か欲しいものとかはないの?」

「え?」

 

 少女の質問の意図が分からずに、間抜けな声を出してしまった。

 少女は、まるでそれが当たり前だとでも言いたげな表情をしながらこちらを見る。

 

「別に、一つくらいなら買ってあげるけれど、いらなかったかしら?」

「あ、そうですか。じゃあこれをお願いします」

 

 ようやく意味が分かった僕は、視界に入ったパンをひょいと取って彼女に手渡した。

 パンをさっと手渡された彼女は、若干呆れた目でこちらを見ながら、笑った。

 

「躊躇もしないのね。ま、いいけど」

 

 しまった、今のは少し躊躇してから答えたほうがよかったのだろうか。

 自分の行為に辟易としながらも、パンを受け取る。

 

 

「パン、ありがとうございます。じゃあ僕は教室に戻りますね」

「……ちょっと待って」

 

 パンを片手に教室へ帰ろうとしていた僕を、銀色少女が呼び止めた。

 振り向くと、彼女は首を傾げながらこちらを見ていた。

 

「貴方、屋上で食べたかったのでしょう? なら屋上で食べればいいじゃない。私たちは別に気にしないし」

「あ……いや、大丈夫です」

 

 正直、屋上に上ってまで誰かと一緒に昼食は取りたくない。それなら一人こっそり教室の隅で食べていた方がマシである。

 少女は、僕が意思を変えるつもりがないことに気づいたのか、あっさり「そう」と呟いて屋上へと帰り始めた──―その瞬間に、彼女のポケットが震えた。

 

 ポケットから携帯を取り出し、覗く少女。暫くその状態のまま動いていなかったが、不意に大きなため息をついてジュースを鞄の中に放り込んだ。

 

「どうしたんですか」

「え……? ああ、これ」

 

 少女は突き付けるように携帯の画面を僕に見せて来た。画面に表示されていたメールを読んでみると、リサという少女(多分、先ほどの茶髪の女生徒だろう)が可愛い絵文字と簡単な文章で「用事が出来たから屋上にいれない。パンは置いておくから二人で食べて!」と書いてあった。

 

 このメールに書かれてある、二人というのは……まさか。

 

 目の前の少女はまだ気づいていないのか、画面を見つめながら眉を顰めている。

 

 その横顔が何だかやけに美しくて、僕はただ茫然とそれを眺める。

 

 だからだろうか、意図せず言葉がすっと僕の口からついて出て来た。自分でもおかしいと思う。名前も聞けなかった奴が、こんなことを言うなんて……けどこれが……人間っぽいってこと、なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、一緒に食べませんか?」

 

 

 

 

 ────────

 ──────

 ────

 

 

 

 

 もぐもぐと、銀色少女は僕の目の前でパンを頬張りながら校庭を眺めている。

 その向かい側に座っている僕はというと、パンを口に含みながら、咀嚼することなく少女のことを横目で盗み見ている最中だ。

 

 春の暖かな日差しが、屋上の床に直で座っている僕らの征服を温める。温められ谷和原くなった制服の繊維が、僕の地肌に擦れてなんだかこそばゆい。

 

 

 いつまでも少女のことを盗み見ているわけにもいかないので、意味もなく僕らを見下ろしている太陽を見上げてみる。

 

 上を向いた僕の鼻孔を、春の匂いがする風が擽り、どこかへ駆けて行った。

 

 

 

 不意に、校庭をじっと見つめていた少女がこちらを向いた。

 

 

「貴方、いじめられてるの?」

「……え?」

 

 思いもよらなかった少女のその質問に、僕は素っ頓狂な声をあげる。

 しかし少女は至って真面目なのか、真剣な表情でこちらを見つめている。

 

 しかし、すぐに校庭の方に向き直ると、そちらを見ながら言葉を続けた。

 

 

「この前、首を絞められていたようだったから」

「いや……あれはそうですね……喧嘩みたいなものですよ」

 

 

 なんと説明すればよいのかわからず、適当に話をでっちあげる。

 少女は僕の話に全く興味がないのか、ふうんと頷いて再びパンを食べ始めた。

 

 

 そんな何気ない時間を過ごしているうちに、昼休みが終わろうとしていた。

 パンを食べ終わった僕たちは立ち上がって、屋上を後にする。

 

 

 

 何も言わずに歩き続け、教室の前に着いた時、初めて彼女が口を開いた。

 

 少女は、銀の髪を揺らしながら、まるで今思い出したかのような口調で言った。

 

「そういえば、貴方の名前は何かしら」

「僕ですか? 細山輝晃です」

「そう……よろしくね、細山さん。私は湊友希那よ」

 

 

 

 湊友希那……か。

 

 

 頭の中でその名前を何度も噛みしめた僕は、心に芽生え始めた得体の知れない感情を見ないふりをして彼女を見つめた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。湊さん」

 

 

 こうして、僕と湊友希那は知り合いになったのだった。

 

 

 

 ──それが、間違いであることに気づかないまま。

 

 

 

 

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