性欲から始まる初恋物語   作:島流しの民

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第五話 間違い

 

 

「湊さんって、休日は何をしているんですか?」

「歌ってるわ。バンドを組んでるの」

 

 

 翌日、再び湊さんに昼食を誘われた僕は屋上でパンをかじっていた。

 

 バンド……こう言っちゃ悪いが僕は音楽にあまり興味がない。昔僕の母が使っていたウォークマンで聴く以外は基本的に音楽は聴かないのだ。

 

 しかし、湊さんのバンドは少し興味がある。

 

 気になった僕は、何気ない口調で湊さんに尋ねた。

 

「そのバンド、名前はなんて言うんですか?」

「Roseliaっていう名前よ。私がボーカルで、リサがベースを担当しているわ」

「リサって……あの茶髪の人ですよね。そういえば、今日はいませんね」

 

 記憶のすみっこにあった顔を引っ張り出して何とか言葉を繋ぐ。

 

「何か今日は用事があるらしいわ」

 

 

 湊さんは、少し寂しそうな表情でそう言った。

 何の用事なのか、別に気にならない。どうせ赤の他人である。

 

 そんなくだらない話をしているうちに、昼休みが終わってしまった。

 

 

 湊さんと別れ、教室に戻る。すると、僕が教室のドアを跨いだ瞬間、先ほどまでざわめいていた教室がしんと静まり返った。どうやら、僕について何かを言っていたのだろう。

 

 次第に、僕を横目で見ながらこそこそと小さな声で何かを話し始めるクラスメイト達。短い言葉で、小さい理由でこうも他人と強く繋がれるとは……人間というのは本当によくわからない生き物である。

 

 悪口の弾幕を掻い潜り、安息地である自分の席に腰を下ろす。集まる視線に気づいていないふりをして、僕は机に突っ伏して眠ったふりをするのだった。

 

 

 何が起こったのかはわからない。しかし、何かが起こるということだけは簡単にわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、寄り道せずにまっすぐ帰ろうと昇降口でげた箱を開けると、中に一通の手紙が入っていた。

 乱雑な文字で「体育館裏の倉庫まで来い!」と書かれている紙を見て、僕は大きくため息をついた。

 

(体育館の裏の次は、倉庫か……それにしても体育館が好きな奴らばっかりだな……)

 

 

 無視するわけにもいかないので、重い足を動かして倉庫まで向かう。

 

 

 

 

 体育館倉庫の中には、屈強そうな男が三人ほど集まっていた。多分、僕らの一つ上である三年生だろう。

 三年生の後ろでこそこそと様子を伺っているのは数人のクラスメイト達。どうやら、彼らが三年生に言ったらしい。

 

 冷静に分析している僕を見て、先輩は静かに立ち上がってこちらまで歩いてきた。

 

「お前が……今騒ぎを起こしている問題児か」

「多分、そうでしょうね」

 

 先輩の質問に対し、どの問題でここに呼ばれているのかわかっていない僕は適当に答える。

 すると、先輩は何が面白かったのか、くつくつと笑い始めた。

 

(ふむ……僕の言葉はそんなに面白かったのだろうか……?)

 

 自分の台詞を今一度思い起こして、いったい何が面白かったのかと考えていると、笑っている先輩とは別の先輩が僕の髪を掴んでぐいと引っ張った。おかげで下を向いていた僕はめでたく先輩と目を合わせることとなった。

 

 そんなに強く引っ張られたら抜けてしまうんだが。

 

 僕の髪を引っ張っている先輩は、笑っている先輩より少しやせ気味だ。しかし、鋭い瞳で僕を睨みつけている様は、どこかアフリカに生息する肉食獣を思わせた。

 

 僕の髪をぐいと引っ張った先輩は、どうやら僕のことが気にいらないらしく唾を飛ばしながら僕に捲し立てた。

 

「お前がいろんな女を誘ってるっていう噂があってさぁ……調子乗ってんじゃねえぞ?」

「すみません」

 

 髪の毛を引っ張られながら頭を下げようとしたが、その前に先ほどまで笑っていたはずの先輩が急に僕の脛を蹴った。

 激痛に思わずしゃがんでしまうが、重力を無視して逆さまになっている髪の毛がそれを許さない。

 先ほどまで上機嫌に笑っていた先輩も、今ではすっかり真顔になっている。

 

 

「お前さあ、一回シメられなきゃわからんのか?」

「………………」

 

 シメられる……ということは、どうやらまた人間のふりが出来るらしい。思わず上がりそうになる口角を隠すために俯くが、そのしぐさを何か勘違いした先輩たちは大きな声でわらった。

 

 座っていたもう一人の先輩も、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。

 

 

 ああ、今から僕はぼろ雑巾のように乱暴に扱われ、捨てられるのだろう。

 なんて楽しみなんだろうか。

 

 

 

 そんな僕の表情に気づいていないのか、先輩が大きく拳を振り上げ、僕の頬を────―

 

 

 

「おい、お前ら何やってんだ!」

 

 

 

 しかし、結局僕の頬に先輩の拳が飛んでくることはなかった。

 目を開けた僕が見たのは、薄暗かった倉庫に差す光を背に受けながら逃げている先輩たちだった。

 

 後ろを振り向くと、厳しい表情をした教師がこちらを見ている。

 

 どうやら、教師が助けに来てくれたらしい。

 

 

(そんなことしなくても、僕は大丈夫だったんだけどな……)

 

 少々不満を抱きながらも、それを表に出すわけにはいかない。

 

 

 しょうがないので、僕は生徒を助けたという優越感に浸っているであろう教師に礼を言った。

 

 

「ありがとうございました」

「ああ、気を付けてくれよ。あいつらは問題児だからな……まあ、礼なら俺に君のことを教えた彼女に言ってやってくれ」

 

 教師が肩越しに後ろを見る。そこで初めて、僕は教師の後ろに誰かがいることに気が付いた。

 

 

 茶色がかった髪の毛を少し盛ったポニーテールでまとめている、チャラチャラとした少女。

 彼女の顔には、初めて見たときと同じようないたずらっ子の笑みが浮かんでいる。

 耳にはイヤリング、爪は何かしらの薬品でキラキラ。不真面目の権化と言われたら信じてしまいそうなほどの重装備で、彼女は立っていた。

 

 

 湊さんと一緒に昼食を食べていた……確かリサという少女だ。

 

 少女は、まるで絵画に出てくる悪魔のように鋭く伸びた爪が生えた手を振りながら、こちらへ笑いかけて来た。その際、ゆるくカーブのかかった彼女の髪先がふわりと舞った。

 

 

「初めまして、君、細山君だよね?」

「そうですけど……どうしたんですか?」

「いやいや、知りたかっただけだよ! 最近友希那と一緒にお昼を食べてる男の子を! それより、友希那どこにいるか知らない?」

 

 こちらの一言に対し、相手から返って来たかなりの情報量に怯んでしまう。このファーストコンタクトだけで理解した。彼女はおしゃべりなようだ。

 

 

 それよりも、放課後になってから湊さんを見ていない。もう帰ってしまったのだろうか。

 

「僕は見てません。帰ったのでは?」

「そっか……そりゃ残念だ」

 

 彼女は僕の言葉を聞いて悲しそうにため息をついた──―と思えば一転、今度はにこやかな笑みで僕に話しかけて来た。コロコロと表情が変わる人である。

 

 

「まあいいや、それよりさ、君に話したいことがあったんだ!」

「僕に、ですか?」

「うん、君と友希那について! あ、言い忘れてたけどアタシ今井リサ! よろしくね!」

 

 

 相変わらずの情報の多さに目を回している僕を見て、今井さんは笑みを深める。

 

「それで細山君、君、友希那には告白したの?」

「告白? 僕が友希那さんにですか? またなんでそんなことを」

「なんでって……あれ、君友希那のこと好きじゃないの?」

 

 

 いまいち質問の意図が掴めない僕を見て、今井さんは困ったような声をあげた。どうやら、僕に聞きたいことはそれだったらしい。

 

 僕が湊さんのことを好き? 

 この人は何を言っているのだろうか。

 

「別に僕は、友希那さんのことを異性として見ているわけではないですよ」

「そっか……傍から見れば結構仲いいように見えたけどね~……」

「仲がいい……ですか。よくわかりません」

「よくわからないって……自分のことでしょうに」

 

 呆れた目で僕を見る今井さん。

 しかし、自分のことだからこそわからないのだ。

 

 今井さんの話を聞いているうちに、僕の心の中に正体不明の靄がかかりだした。

 

 

(僕は何故、友希那さんに性交渉もせずにこんな普通の生活を続けているんだ?)

 

 

 靄は次第に濃くなって、ついには僕の頭の中までも埋め尽くしてしまった。

 

 そんな僕を見て何かを察したのか、今井さんは太陽のように朗らかな笑みを浮かべた。

 

「まあ、自分の気持ちなんてそのうち見つかるでしょ! 友希那と仲良くしてあげてね! あの子、ああ見えて寂しがりだから!」

「わかりました」

 

 

 すると、僕の気のない返事を聞いて今までにこにこと笑っていた今井さんが急に真面目な顔になった。

 そしてそのまま僕をじっと見つめながら、若干低い声で言った。

 

「けどもし、もし君が友希那を傷つけたら……君には悪いけど友希那と距離を置いてもらうよ」

「……わかりました」

 

 僕が頷いたのを見て、今井さんの表情はすぐに戻った。

 

「うん、それが言いたかっただけ! じゃあね!」

 

 明るい笑みを浮かべたまま、今井さんは学校の中に入っていった。

 

 

 そんな彼女の後姿を見るともなく見ていた僕は、不意に我に返り頭の中を覆いつくす靄を振り払うために頭を何度か横に振ってみる。

 

 効果はなかった。

 

 

(悲しませるってなんだろう……何をしたらいけないのだろうか)

 

 

 僕は何もわからないまま、ただ茫然と散り行く桜を眺めていた。

 

 

 

 

 

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