ヴィラン名 『チェンソーマン』   作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない

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はじめての

人で賑わう日曜日のショッピングモール。その中央にある広場のベンチに、デンジはそわそわと落ち着かない様子で座っていた。広場にある時計台をちらりと見ると、短針は1を指しており、よりデンジは体を揺らす。

 

「──ごめん、遅れた!」

「申し訳ございません…少し身支度に手間取ってしまって…」

(キタ!)

 

その二つの声に、デンジの背筋がピンと張る。そして深呼吸しながら、昨日の上鳴から教わったデートのノウハウを復習した。

 

(デートで男が遅刻すんのは無し…!そんでもって、遅刻されても怒らず、笑顔で『今きたところ』だ!行くぜ…!)

「ああ!俺も今──」

 

今自分ができる最大限のキメ顔をしながら振り向いたデンジは、その整えた顔を酷く崩す。

八百万は白を基調としたワンピースを着用していた。夏に入りかけの今の季節、日に照らされる鏡のような肌が眩しく、まるで現代のアート。まさに『清楚』そのものだった。

耳郎はすこしゆったりとしたシャツにショートパンツと言ったラフな格好をしており、隣の八百万とは真逆のファッションである。しかしその美しさは負けておらず、真っ白な脚がデンジには眩しかった。

 

「…?どしたん?」

「え、あ!カワイイ!今来たところだからカワイイ!」

「…大丈夫ですの?何かおかしい気が…」

「ああ!平気だぜ!だって今来たところだからな!カワイイ!!」

 

その視覚が流した莫大な絶景にデンジの脳はバグを起こした。壊れたラジオのように同じ単語しか言わない彼を八百万は心配そうに眺め、耳郎は顔を赤らめながらそっぽを向くのだった。

 

 

 

 

「それで、何をしますの?」

「ん〜なんかデンキが映画のチケットくれたんだよ。だからそれまでテキトーに時間潰そーぜ」

「映画…?わ、これってめちゃ今人気の映画じゃん!」

 

このチケットは、上鳴が他校の学生と三人でデートしようとしてフラれた(当たり前)ため、それをデンジが運良く貰い受けたものである。

デンジは映画など微塵も興味は無かったのだが、上鳴の『今の流行りはこれ』という言葉を聞いて、二人と見てみようとなったのだ。

 

「上映時間まであと二時間…。どうされますか?」

「あ、じゃあウチ楽器見に行きたい」

「いいぜ〜」

 

そんな予定がヌルッと決まった一行は、ゆっくりと楽器屋に足を進めていった。

 

 

 

「ジローお前ギターとか弾けたんだな、すげえ!」

「そんな専門的にじゃないから…マジで」

「いえ。耳郎さんの演奏はとても綺麗なものでした!それにドラムやベースも弾けていて…素晴らしいものを聞かせてもらいましたわ」

「ちょ…ホンット…!はあ〜〜〜!」

 

二人の賛辞の言葉に頭を掻きむしりながら悶える耳郎。八百万がそれを微笑ましげに眺めていると、突然彼女の耳に異音が入ってきた。その音の発信源──デンジは、眉を曲げながら腹をさすっていた。

 

「腹…減った」

「ええ?ちょっと早いのでは…?」

「朝から何も食ってねえんだよ…」

 

早く起きたデンジがデートの事ばかり考えて朝飯を食べてこなかった光景が容易に想像できた二人はくすりと笑い、デンジの手を握る。

 

「お、おお!?」

「じゃ、食べよっか。しょーがない」

「ふふ、困った人ですわね」

 

耳郎は指でつまむように、八百万はしっかりと繋ぐようにして、デンジの手を引いた。その様子を周囲の人らは温かい目で見守る。その視線を一斉に受け、謎の優越感を覚えたデンジはにへら、と笑った。

 

 

 

 

(結局俺はどっちが好きなんだろう)

 

レストランに入り、デンジはパスタを啜りながら思案する。

当初の目的である二人のうちどちらかを選ぶといったそれは、彼女らと過ごすたびに迷宮化していた。

二人は自分に良くしてくれている。だが、それもどちらかを選ばなければ続かない。しかし片方を選べばもう片方は諦めなくてはいけないわけで──。

 

(……むっず〜)

 

これが恋愛か、とデンジは頭を抱えていた。しかしそれとは真反対に、どこか満足感らしき感情も心の片隅にあった。

 

(全然さっぱりどーすればいいのか分かんねえけど、これで良い気がする)

 

普通の高校生なら、こんな事を考えて生活するだろう。前までのデンジならば思考すらも許されない場所に居たため、悩める事こそがデンジにとって今一番の幸運だった。

 

 

 

 

──デンジくん、諦めて私と一緒になりましょうよ。君に『普通』はムリなんです。『普通』じゃないモノは、『普通』じゃないモノと一緒じゃないといけないんです。

 

 

 

 

(…ヘッ、どーだ!今俺ぁ普通の生活を送ってるぜ)

 

「…さん、デンジさん!」

「ん、ああ?」

「どうしたんですの?急に食べる手が止まってましたが…」

「あぁ〜いや!何でもねえよ。うま」

 

以前ある人物に言われた言葉が脳裏によぎったデンジだったが、すぐに目の前にいる二人へと集中を戻し、幸せなひと時を過ごしていった。

 

 

 

「早く着きすぎちゃったね、ウチら」

 

その耳郎の言葉に二人は映画館の席にて頭を揃えて頷いた。携帯を見ればまだ上映まで15分ほどあり、スクリーンには他の映画の予告が絶え間なく流れている。

 

「ん…じゃ、ウチちょっと外そっかな」

「あ?…ああ、トイレね。いってら」

「デリカシー…」

「ふふ…では、私も行って来ますわ」

 

肩を落とした耳郎と共にシアターを出る八百万を、デンジはポップコーンを食べながら見送った。

そして手持ち無沙汰となったデンジはスクリーンに目を映す。

 

 

[私とこいつ、どっちを選ぶのよ!]

[お…俺は………!!]

 

 

一つの部屋に男一人、女二人の修羅場から始まる、ラブコメディ──。そう締めくくられ、次の予告に入る。

 

(ど〜すっかなぁ…)

 

それを見たデンジは当初の目的である耳郎と八百万、どちらを選ぶかという問題を振り返る。

 

(今日のデートで分かったことがあった)

 

デンジは思い出す。待ち合わせの時の二人の反応、手を繋いだ時の反応。それらを繋ぎ合わせていくと、一つの事実が浮かんで来た。

 

 

(たぶん、ヤオヨロは俺の事が好きじゃない…?)

 

 

その結論をデンジは頭を振って否定する。流石に嫌いなヤツと友達がいるとはいえ出かけるのは無いだろう。

 

(なんつーか…男として見られてねえのか?)

 

服を褒めた際には耳郎は照れていたが、八百万は暖かい目で礼をした。手を掴まれた際には耳郎は摘むようにしていたが、八百万は、まるで自分の子供が迷子にならないかのようにしっかり握っていた。

 

雄英高校に入ってきたきっかけ──いや、それだけではなく、この普通の生活もできているのは、八百万が居たからだ。そんな恩人であり、また想い人である彼女に異性として見られていないという事実は、デンジの心に響き──、

 

 

(────ま、いっか!ジロー居るし!!)

 

 

渡ることもなく、デンジはポップコーンを貪った。

 

(なーんだ、じゃあ簡単なことじゃねえか。一人に絞れたのはすげ〜好都合だぜ)

 

先ほどの予告に出てきた男の様に、悩んだりはしない。一人しかいないのならば、その一人をとことん好きになれば良いだけなのだから。

 

 

(──決めたぜ。俺ぁ絶対に他の人を好きになったりはしねえ!)

 

 

そう決心したデンジは、また流れ始めた予告を見ながら二人を待っていた。

次の映画は──世辞にも、好評を呼べる様なものでは無かった。構成は支離滅裂、カメラワークの酷さ、演者の下の上くらいの演技力──。どのシーンをとっても退屈な映画だというのが一眼でわかった。

そして。場面は老人と青年が涙を流して抱擁するシーンに移り変わる。まあ、生き別れた親子の感動の再会といった、ありきたりなものだった。泣く演技も大して上手くなく、他の観客も目を閉じて本命の映画を待っていたり、スマホを見て時間を確認するなどスクリーンには誰も目を向けていなかった。

 

 

(……アレ?)

 

 

突如デンジは、自分の頬に何かが流れるのを感じた。唖然として、それを拭う。

 

(あ、アレ?な、なんで俺……泣いて)

 

画面に映るのは、自分が好きな可愛い女の子ではなく、むしろその逆のむさ苦しい男たち。それなのに、デンジは何故か泣いていた。

 

(すげえどうでもいいシーンなのに…!よかった〜あいつらがいなくて!恥ずかしいぃ〜!)

 

手で口を抑えながら必死に泣き止もうとするデンジ。周りは泣くどころか注目もしていないのに、自分だけ涙を流している事実に、羞恥心を覚えた。

 

(帰ってくる前にはやく泣き止まねえと…まだ来てねえよな!?)

 

急いで目元を擦り、きょろきょろと周囲を見て──。

 

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 

──そこには、ひとりの女性がいた。

 

 

[その時、私の体に電流が走った]

 

 

赤い髪をストレートに下ろし、清楚な印象を与える服を着て、その女性はスクリーンを見て──涙を流していた。

デンジは綺麗だ、と口にしようとし──しかしそれすらも言えなくなるほど胸が苦しくなった。

 

 

[この人との出会いは、…ありきたりな言葉で表すのなら──]

 

 

そこでゆっくりと女性がデンジの方を向く。その一挙一動で体が動かせなくなったデンジは、ただそれを見つめ──。

 

 

 

[──運命だったのだろう]

 

 

 

──黄色の、見たものを支配するかの様な螺旋の瞳に引き摺り込まれた。




難産でした
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