ヴィラン名 『チェンソーマン』 作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない
宿泊施設に先回りしていたプッシーキャッツがA組を迎えたのは、P.M.5:20頃であった。
「やーっと来たにゃん」
「イヤ……何が、三時間ですか…!」
「ごめんね?あれ、私たちならって意味」
「自慢だったのかよ……」
疲労困憊の生徒らを見て、ピクシーボブはけらけらと笑った。
「ねこねこねこ…でも正直もう少し掛かると思ってた。私の土魔獣を思ったより簡単に攻略してたね。特に、そこの五人」
そう言って指し示すのは、飯田、緑谷、轟、爆豪。そして、デンジだった。
「躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」
ツバつけとこー、と詰め寄るピクシーボブを避けながら、緑谷は『魔獣の森』に入る前から気になっていたひとつの事を口に出す。
「そういえば…、その子はどなたかのお子さんですか?」
「…」
二本角が出た帽子を被った少年が、こちらを睨み付けている。その視線を居心地悪そうに受け止めながら、緑谷は問いかけた。
「ああ、違う違う、この子は私の従甥だよ。ほら洸太、一週間一緒に過ごすんだから挨拶しな」
「………」
マンダレイにそう促された洸太は俯くばかり。人見知りが激しいのかと考えた緑谷は、ぎこちないながらも憧れのヒーローのような笑顔を向け、右手を差し出した。
「あ、僕雄英高校一年の緑谷出久。よろしくね洸太く──」
「ふん!!」
「お」
こきん!と小気味良い音が緑谷の股間から響く。なぜそのような音が鳴ったのか。それは──。
「おのれ従甥!なぜ緑谷くんの陰嚢を!」
「きゅう」
洸太が強烈な右ストレートを緑谷の局部へ放ったからだった。すたすたと背中を向けて去っていく洸太に、デンジは感嘆の声を上げた。
「ごめん、ちょっとあの子性格に難ありで…!大丈夫!?」
「アイ…!」
「あのガキ常識どーなってんだ?」
「お前も死柄木にやってただろ」
四つん這いになり手を上げた緑谷の腰を叩きながら、デンジはそう呟いた。相澤はそれに突っ込み、そして手を叩き場の空気を変える。
「バスから荷物下ろせ。部屋に荷物置いたら食堂にて夕食、その後入浴して就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さあ早くしろ」
「あ、その前にもう一ついい?イレイザー」
すると、マンダレイが手を挙げる。
「えっとね、今はここに居ないんだけど、もう一人男の子が居るの。だからその子とも仲良くしてほしいな」
「あいつここに居ろって言ってたのにすーぐどっか行っちゃうんだから」
「問題児の集まりじゃねえか…!」
切島がそう呟くと、マンダレイはたはは…と困った様子で頭を掻いた。
「でももうちょいで帰ってくるはずなんだけど…。──あ!帰ってきた!」
がさがさ、と茂みが動き、そこから人影が現れる。
「──?こいつら…あぁ、雄英の人たちですか」
「どこ行ってたの…!あんた、もしかしてまた…!」
「はい」
濡羽色の髪を丁髷にし、それを揺らしながら無感情に答えるその少年は、端正な顔つきをしていた。
「──君!怪我してるよ!?」
「──見せなさい!!」
その時、偶々近くに居た葉隠が声を上げる。彼女が言った通り、その少年の右腕からは血が流れていた。マンダレイからは隠れるように立っていた為、それは分からなかったのだ。
血相を変えて近寄るマンダレイとピクシーボブを見ながら、その少年は小さく舌打ちをした。
「…もう…!」
「…はあ。別にいいでしょ。それより俺の事説明したんです?」
「──今からよ、バカ坊主!アンタがこんな事しなかったらもうちょい早く終わってる!」
二人に手当てをされる少年を見て、相澤は事前に受けた情報を思い返していた。
『合宿の監督をするのは良いんだけど…』
『…何か問題がありましたか?』
『ううん。…こっちにね、ひとり厄介な子がいるの』
『厄介?』
『うん。敵に家族を殺されて、心の状態が少し良くない子』
(それが彼か)
「…終わったわ」
「ありがとうございます」
「アンタね、マジでいい加減に──!」
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう。雄英高校の皆さんを待たせてますよ?」
「…!」
ピクシーボブが怒りを、マンダレイが悲しみの顔をする。しかし少年はそれを気にも留めない様子で押しのけ、A組の前に立ち、ぺこりと頭を下げた。
「早川アキです」
そう言って、アキは施設へ入っていった。
「ウメェ!ウメェ!!」
一悶着あり、荷物を置いたA組は現在食堂にて夕食を取っていた。ピクシーボブ達が作る夕食をかっ込みながら、デンジ達は嬉しさのあまり少し泣いた。
「……大丈夫かな」
「あ〜?」
その中で、ひとり浮かない顔をする緑谷を見て、デンジは首を傾げる。
「どーしたんだイズク。金玉心配なのか」
「ううん、アキくんのこと…」
「アレやばかったよな!今の若い子あんな感じなんか!?」
「中学生にあるまじき非行…!よろしくない!」
「ケロ、怪我も酷かったわ…何をしていたのかしら」
各々が早川アキを話題に出す。あのマンダレイ達に対する態度、そして怪我。誰もが一目見ても、問題があることは明らかだった。
「ふ〜ん…」
特に何も思わなかったデンジは、きょとんとしながら豚カツを頬張った。
「まぁまぁ…飯とかガキとかどうでも良いんスよ…。求められてんのはそこじゃないんスよ…。求められてんのは、この壁の向こうなんスよ…」
「なに言ってんだ峰田」
温泉に浸かる瀬呂は、突然悟り始めた峰田に問いかける。入浴の時間となり、腹を満たした一同は次に身を清めていた。峰田は男湯と女湯を仕切っている板に耳を当て、意地汚い笑みを浮かべる。
「気持ちいいねー」
「温泉あるなんてサイコーだわ」
「ほら…居るんスよ…。今日日男女の入浴時間ズラさないなんて事故…。そう、もうこれは事故なんスよ…」
『ッ!?』
その峰田の言葉を受け、ざわめきが男子勢に走る。そこに手を挙げ水を差す者が一人。
「峰田くんやめたまえ!君のやろうとしていることは君自身も女性陣も辱める愚かな行為だぞ!!」
「やかましいんスよ……」
飯田のぐうの音も出ないほどの正確な正論を菩薩のような顔で跳ね飛ばし、峰田はもぎもぎを仕切りの板にくっつけ、ロッククライミングさながらの動きで仕切りを登り始めた。
「あいつ、あんなに速かったか!? …あれ、どうしたデンジ。お前は気にならねえの?」
「あ?俺ぁもうそういう事はしねえって決めたんだ」
「ウヒャヒャヒャヒャ!デンジィ!お前は怖気付いただけだ!誠実という言葉で自分を正当化して結局のところリスクを背負いたくないんだろ!?まかせろ!お前の分までオイラが──!」
涎やら汗やらを撒き散らし、峰田がついにその頂に到着するといったその時、仕切りの向こう側から一人の少年が体を乗り出していた。
「ヒーロー以前に人のあれこれからやり直せ」
「洸太くん!?」
「クソガキィィィィ!!?」
洸太は迫り来る峰田の体を手のひらで押し出し、見事女湯防衛を達成した。ふん、と鼻を鳴らしてそれを見下す洸太。
「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
「洸太くんありがとー!」
そんな彼に、女性陣が感謝の言葉を投げかける。それにつられ、洸太は背後を振り返った。振り返ってしまった。
「……!!」
その時、少年に雷が落ちる。温泉の湯が滴る女子高生の裸体──発育の差はあるものの、小学生というまだ若々しい彼にとっては致死量の光景だった。
それを真っ向から見てしまった洸太はぐらり、バランスを崩す。そして男湯側に向かって頭から落下した。
「危ない!」
それを緑谷が間一髪で受け止め、一同は胸を撫で下ろす。ついでに峰田は飯田に確保されていた。
「峰田くん…!言わんこっちゃない!!」
「大丈夫かしら…」
八百万が心配そうに洸太が落ちていった場所を見る。マンダレイ達から見張りを用意したと聞いて安心して入浴していたが、まさかこのような事になるとは思わなかったのだ。
「でもアッチでデクくんがなんとかしてくれてたみたいやし、大丈夫だよ!」
「つーかマジでアイツ終わってんだけど…」
朗らかに笑う麗日に続き、湯を肩からかけ、耳郎は吐き捨てるようにそう言う。その目は蛙吹、麗日、葉隠、芦戸、八百万の順番に流れていく。その視線は首より下、つまり──。
「あれ?耳郎もしかして
芦戸が自身の胸部を持ち上げる。その一生自分が出来ることの無さそうな行動に思わず舌打ちをしてしまった彼女は悪くないだろう。
「ハァ…別に」
「まあまあ気にしなさんな!女の魅力はおっばいだけじゃ無いよ!」
「ふん、どうせアイツも胸にしか興味ないんだからさ、マジで…」
「……アイツ…?」
葉隠が首を傾げ、その人物が誰なのかと思案する中、八百万が口を開いた。
「あら、デンジさんなら『俺はもうそんな事しない』と仰ってましたわ」
「え、そうなん?」
「ええ、聞こえてきましたの」
「ふ〜ん?ま、アイツもだんだんまともになってきてるって事だね」
「「「「……………」」」」
「…ん?なに?」
途端に静かになる一同を見て、耳郎は何か失言をしたかと身じろぎをする。そんな彼女に、芦田は笑みを浮かべて自身の考えを突き付けた。
「──女の魅力の話して、真っ先に出るのがデンジなんだ〜」
「……ハァ!?」
ばしゃっ、と思わず湯を散らしながら立ち上がる耳郎。その反応を見て芦戸に続く女子達は黄色い声を上げた。
「いやー、青春ですなぁ」
「違っ、ウチは別にそんなんじゃ──」
「はいはいはいはい!で、好きになった決め手は?」
「──ああもう!刺すよ!!」
顔を真っ赤に染めながら、イヤホンを動かし威嚇する耳郎から逃げ回る葉隠と芦戸を見て、他の三人は苦笑いをする。
「あはは…分かりやすすぎるわ、耳郎ちゃん」
麗日の呟きの通り、今までの学校生活を振り返っても、確かに耳郎はデンジの事を気にする頻度が多かった。デンジの話題を誰かが出せば、スマホを見ていたにも関わらず直ぐに会話に入ったりと、誰がどう見てもそういうことだった。
「百ちゃんはどうなの?」
「はい?」
「ケロ、私達の中でデンジちゃんと一番仲がいい異性は貴女だと思うの」
「…そう…なのでしょうか?」
首を傾げ、自信がない様に問いかける八百万に蛙吹は首肯で返した。
それを受けた八百万は視線を下に向け、温泉に浮かぶ自身の胸を見つめ始めた。
(一番仲が良い異性……)
その言葉に思わず頬が緩み、充実感が彼女を襲う。現にデンジがA組に来る最たる理由は八百万だ。それも周囲は理解していたし、彼女自身も朧気ながら予感はしていた。
それを改めて他人から認識させられて、どこか背筋がむず痒い感覚に陥った八百万は、照れながらも頷いた。
「そうですね…そうであれば、嬉しいです」
しかし、八百万の脳裏にはある一つの事が過ぎっていた。それは朝のバスにて、連絡先を交換した時のこと。
デンジが交換方法を知らない為、八百万がスマホを操作していた時、デンジの連絡先に一人だけ名前があった。
(マキマ………?)
それが誰なのかは分からない。そもそも誰と何をしようがそれはデンジの自由だ。だが──。
(──百、それは良くない考えですわ)
ざぶん、と顔を湯につけて思考を中断させる。疲れが溜まってマイナスな事を考えてしまう。今日は早めに寝ることにしよう。八百万はそう思い、浴場から出るため立ち上がった。