ヴィラン名 『チェンソーマン』 作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない
「…何の用だ」
「ん〜?」
その問いかけに、デンジは手に下げたバスケットを掲げながら、ニヤリと笑う。
「差し入れ」
「……」
そのあからさまな善意に訝し気な目を向けるアキだったが、体力が消耗しているのは事実。デンジの手からバスケットをひったくる様に受け取った。
「ふぃ〜」
「…何で座るんだよ、どっか行け」
「ケチだな〜、ヤダよ」
「……」
殺してやろうかコイツ。と思ったのだが、体力を消耗している今では勝ち目は無いに等しい。さらに先ほどの夢──あれを見たアキには、戦う元気はなかった。
「…」
「なー、それ食っても良いか?腹減ってんだよ」
「……」
「あざーっす」
りんごを軽々と奪っていき、口にするデンジを見て、アキはもう何も言う事はなかった。
しばしの沈黙。お互いが果物を食べる咀嚼音だけが、辺りに響く。静寂に包まれたその空気が、アキは嫌いではなかった。
「──あのさ〜」
しかし、それも目の前の男に邪魔されてしまう。折角の空気を邪魔するデンジに青筋を立てながらも、落ち着いてアキは注意を向けた。
「──聞いたぜ、お前の家族の事」
今度こそアキは、右手を拳銃に変え、デンジに向けた。
「マンダレイか…!」
「ぴんぽ〜ん」
ふつふつと湧き起こる感情は、いつの間にか行動に変わっている。その軽口が放たれると同時に、アキは二回トリガーを引いた。
「──うぉあっぶね!!オイ待てよ!俺ぁ今回は喧嘩しに来たんじゃねえ!」
その銃口を掴み、無理やり狙いを逸らさせるデンジ。手のひらを銃弾が貫通し、鮮血が吹き出したが、それを無視してアキと目を合わせる。
「じゃあ何しに来た…!!煽るだけ煽って『そんなつもりは無いです』ってか…!?テメェ、マジで良い加減にしろよ…!」
態々自分の元へ来て、逆鱗に触れる。そんな狼藉をアキは許すつもりは無かった。
そんなアキの本気の表情を見て、ついにデンジも焦りを出し始める。
「違え!俺も分かんだよ、テメェの気持ちがよ!」
「はぁ…!?」
「俺も家族が居なくなってんだ!!」
その言葉を聞いた瞬間、アキの動きが止まった。その隙にデンジはアキの腕を取り、背面に回す様に固定。そのまま関節を固めて拳銃の狙いを付けられないようにした。
(…岸辺の先生に護身術習ってて助かったぜ〜)
心の中でほっと息を吐くデンジ。その下で身じろぎをしていたアキだったが、次第に力が弱まっていく。
「…俺ぁ、そいつといっつも一緒に居た。飯食う時も、寝る時も、仕事の時もな。…だけど、そいつは他のやつのせいで…死んじゃいねえ、けど…もう、撫でられねえし、会えねえ」
「…」
「だから分かんだよ、大切なヤツが居なくなる気持ちはな」
いつしか抵抗をやめていたアキの姿を見て、一先ず安心をする。
「…だから何だ、同情して復讐辞めさせようってか…!どうせマンダレイさんから何か頼まれてんだろ…!!」
「………」
その無言の反応で、アキはその予想を確信に変えた。親代わりをしている彼女らが、自分の進む道に不安を抱いていたのは分かっていた。
だから第三者を使ったのだ。復讐を諦めさせるために。
「言っとくぞ、俺は何を言われようが何をされようが、ヤツを諦める気は一切ない…!絶対見つけ出して、ぶっ殺す…!!」
アキの瞳に、黒い焔が灯る。それは最早、誓いと言うより、呪いであった。鬼の様な形相をした少年を見る。
デンジはしばし考え、そして口を開いた。
「じゃ〜分かったよ」
「ああ…?」
「取引だ」
ぴっ、と人差し指を立て、デンジは笑顔を見せる。
「マンダレイさんの前…いーや、プッシーキャッツの前だけ
「……は…?」
「アイツらは、お前に人を殺してほしくねえんだと。でもお前は死んでも殺してえやつが居る。んで、俺はマンダレイさんにお前の説得を頼まれたし、お前の気持ちもわかる。ここで天才の俺ぁ思いついたぜ」
「セッチューアン?だ!」
「とりあえず反省したフリすりゃ良いんだ。そんでお前が復讐したらお前の勝ち!殺したもん勝ちだ!バレなきゃどうって事ねえんだよ」
「……?」
「さらに俺がヒーローになった暁にゃ、そのオメーの仇の敵をお前に譲りま〜す!」
アキは混乱していた。コイツは何を言っているんだと。
一応コイツはヒーローの卵であるはずだ。なのに言ってる事は犯罪を助長させる事ばかり。本当に天下の雄英に居ていい人物なのか?
「どう!どう!?」
そしてこの顔である。見る者全てが苛つく様なそのドヤ顔を見たアキは、困惑を隠しきれなかった。
「…お前、マンダレイさんに何言われた」
そして、一つの好奇心が生まれる。何を対価に差し出されれば、こんなにも必死になれるのか。その問いかけに、デンジはそれはもう嬉しそうに口を開いた。
「おっぱい揉めるんだって!」
「???????」
アキ は こんらん している !
「俺夢があってさあ、胸揉みたかったんだけど、なんだかんだ揉めなかったんだよな〜、だから今回は本気で揉むんだ!」
「ち……ちょっと待て、待て!待て!!」
「あ?」
アキは思わず制止する。でなければ、自身の脳内CPUがショートしてしまうと思ったからだった。
「胸…マンダレイさん、それ了承したのか!?」
「え?いや…『何でもする』って言われたから、そうしよーって」
「…な、なるほど…」
何がなるほどなのか分からないが、兎も角アキは言葉のまま受け入れることに決めた。
もう一種の諦めだった。
「で、どうすんだ」
デンジは決断を迫る。是か、否か。
未だ混乱しているアキは冷や汗をかく。この提案に乗るべきか、どうするか……。
中学生が個人で無数の敵の中から仇を見つけるのは困難だ。となると、ヒーロー側のネットワークを使って探すのが手っ取り早い。手っ取り早いのだが……。
「ゲヘヘ!ゲヘヘヘヘヘ!!」
「…………」
もはや人間とは思えない笑い方をしているデンジを見て、アキは───。
「………分かった」
その悪魔の取引に、応じてしまった。
「ヨシ!!」
大きくガッツポーズをしたデンジは、突然持って来ていたバスケットに手を突っ込む。
「…?おい、何してんだ」
「あの人達にゃ俺らが仲良しだってことを見せておかないといけねえ。だからそのための修行道具を持って来たんだぜ」
そう言って、ごそごそとしばし物色し、デンジが取り出したものは──。
「…大丈夫かしら」
そわそわ。
「…もしものことがあったらどうしよう…」
うろうろ。
「やっぱり一人で行かせたのは間違いだったかな…?…でも、『任せてほしい』って言われちゃったし…」
そわそわうろうろ。
「ああでもまた怪我したりしたら…!」
「うううぅるせええええええいいいぃ!!!」
忙しなく動き回るマンダレイ。その落ち着きの無さに、遂に虎が文字通り吠えた。
「バッドボーイに任せるっつったろ!?良い女は動じずに男を待つんだよこの馬鹿タレ!」
「でも…」
「男があんだけ啖呵切ってんだ!口出すなんて笑止千万!」
「とか言う虎だって貧乏揺すりうっさいけどねーん」
タカタカタカタカタカタカタカ!!と残像が見えるほど膝を揺らす虎に、次はラグドールがそう指摘した。
それを見たピクシーボブはため息を吐き、一つの提案をする。
「──もうさ、全員で見に行かない?ラグドール場所どこー?」
「ん、いつもの三又のでっかい木の下!」
ラグドールの『個性』は“サーチ”。一度見た者の居場所をポイントする事が出来る彼女にとって、アキとデンジの現在地を割り出すのは造作も無い事だった。
しかしこれに苦言を呈するのが虎という男。
「待て待て待てえぇい!!我はバッドボーイと漢と漢の約束を交わした身。ここは通さんぞ…!」
出入り口のドアに立ちふさがる虎を見て、ピクシーボブはやれやれという風に首を振る。
「そんな事言って虎も見に行きたいくせにー」
「…だとしてもだ!!」
「こりゃ自分が約束したもんだから引くに引けなくなってんねー」
「…………」
図星であった。その筋肉を震わせ固まる彼に、ピクシーボブは悪戯な笑みを浮かべながら音も無く擦り寄った。
「んふふ〜、ねえねえ虎ぁ〜?」
「な、何だイキナリ…」
「漢と漢の約束…だっけ?」
「…ああ。故に、我はお前たちの行手を…」
「でも虎、元は女じゃん」
「………」
「ラグドール、二人の様子はどうだ!?」
「いじょーなーし!」
「はー時間の無駄だった」
林の中を駆けながら、そう会話する二人を背後から追いかけるピクシーボブは呆れたように呟いた。
「最初っからおとなしくついてくりゃよかったのよ。石頭なんだから、ったく…ね?マンダレイ」
「………」
「…ちょっとマンダレイ?聞いてる?」
「………」
「──信乃!」
「──え、あ!何!?」
走りながらも、何処か心ここに在らずといった様子のマンダレイは、自身の本名が呼ばれた事で、ようやく反応をピクシーボブに返す。
「…大丈夫?」
「…ごめん。ちょっと焦ってた」
「すごい形相だったよ〜あんな表情、市民にゃ見せられない!」
「うん…ごめん」
ピクシーボブが茶化して、マンダレイがそれを冷静に捌く。そのいつもの流れも出来ていないほど、マンダレイの心は不安定だった。
(重症だね〜こりゃ)
アキがまた他人を傷つけないかどうかの不安な気持ち、そしてデンジへのまた危険な行為をさせてしまった事への罪悪感。──最後に、デンジがアキを本当に救ってくれるのでは無いかと言う、期待。それら三つの感情が混じり合って、マンダレイの心の内に渦巻いていたのだ。
「やっぱ、しんどい?」
「……ごめん」
「んーにゃ。…ほれ、私も」
「え…?」
ピクシーボブはマンダレイに手を向ける。突然何事かと思い、マンダレイは目を向けると──そこには、微弱に震える彼女の手があった。
「あいつを保護して来た身としては、何の力になってあげられない事に腹立つし、情けないって思う。…だけどまあ、なるようになるよ。今はデンジくんを信じるしかない」
「流子…」
マンダレイは彼女の目を見つめる。その目は微かだが、不安に揺れていた。
(──私の馬鹿!!)
それを見た瞬間、マンダレイは自分の頭を思い切り叩く。じーんと広がる痛みと比例して、心の中はどこか落ち着き始めていた。
「し…信乃?」
「ごめん、
驚愕の表情をするピクシーボブを、マンダレイはまっすぐ見つめ返す。その目にはもう、『迷い』は存在していなかった。
「プッシーキャッツの司令塔が、真っ先にくよくよしてたらみんな元気なくなるもんね」
「…!ようやく気づいたか、このお寝坊さん!」
「行き遅れには言われたくないわ」
「テメェェェッ!!!」
「何をしてるんだお前ら!」
白目を剥いて、自分に襲いかかる親友を見て、マンダレイは笑みを浮かべる。それを虎が静止し、ラグドールが笑い眺める。
本来のプッシーキャッツの雰囲気が、戻り始めていた。
「着いたわ」
ラグドールのその言葉で、一同は足を留める。他の木より一回り大きく、そして三つ木の幹が分かれているその特徴的な樹木。そこは、アキがよく向かう場所だった。
「………ふう」
誰が吐いた息だっただろうか。先ほどの明るい雰囲気は消え、しんとした空気が張り詰める。
アキがまた何かしていないか。それだけが心配だった。ラグドールは固唾を飲み込む。ピクシーボブは顔を険しくさせる。虎は何があってもいい様に、軽くその足首を慣らす。そしてマンダレイは、静かに目を閉じた。
この草藪を掻き分ければ、自ずと答えは分かる。それがどんな答えであったとしても──自分達は、変わらない。
「開けるよ、みんな」
その決意と共に、マンダレイは草藪を通り抜けた。
「オッラァァァ!!」
「──テメェ!良い加減にしろよ!さっきからどこ投げてん──うおお!!」
「へっ、やるじゃねえか。俺の魔球を受け止めやがって」
「…んのやろ!!」
「うわあああ!?」
プッシーキャッツの視界に映るのは、血みどろで凄惨な事件現場の様な光景──ではなく。
「あぶね!…てめ〜、顔狙うなよ!デッドボールだデッドボール!」
「じゃあお前も向こうにボール飛ばすんじゃねえ!いちいち取りに行くのが面倒くさいんだよ!」
汗と土に塗れた、少年達の微笑ましいキャッチボールだった。
デンジの暴投をぼやきながら取りに行くアキ。言動こそ悪態をついていたが、その顔は──マンダレイ達が見た事のない、快活な笑顔をしていた。
「あ……れ?」
そこでマンダレイは気づく。自身の頬に伝う生暖かいものに。それは抑えようとしても、次々と流れ出てくるそれが、涙だと分かるのに時間は掛からなかった。
「──う…うう…っ………!」
「……バットボーイが、やってくれたな」
虎がマンダレイの肩に手を置く。デンジ達がどんな会話を交わしたのかは分からない。分からないが──。
「あはははは!」
今この時、アキが屈託の無い笑顔をしている事だけは、事実だった。